説明

可溶性導電性高分子の製造方法

【目的】 有機溶媒に対する溶解性が優れ、その重合体溶液が空気中で安定で、且つその重合体溶液を有機溶媒に溶解させて成膜等の成形加工した後でも導電性を有する可溶性導電性高分子の製造方法を提供する。
【構成】 不活性ガス気流下で、酸化剤、例えば、塩化第二鉄等のハロゲン化金属を含むハロゲン化炭化水素溶媒、例えば、ジクロロエタン中にモノマーであるピロール−3−カルボン酸エステルを投入する。該溶媒を徐々に蒸発させながら重合を行うことにより、酸化電位を一定に保持しながら重合できる。次の式(1)で示されるピロール−3−カルボン酸エステル重合体を得る。
【化1】

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、有機溶媒可溶性で且つ導電性を有するピロール−3−カルボン酸エステル重合体の製造方法に関する。本発明の重合体は、特に有機半導体物質として電子工業材料、電気材料等に利用される。
【0002】
【従来の技術】ピロールを化学酸化重合することによって、導電性高分子が製造されることは既によく知られている〔アドバンシス イン ヘテロサイクリック ケミストリー 15巻67頁(1973)〕。ところで、導電性高分子の製造方法には、化学酸化重合法及び電解酸化重合法が知られている。この化学酸化重合法は単量体を酸化剤の存在下で酸化して重合する方法であり、電解酸化重合法に比べて簡便に行え、製造コストが低く、大量生産が可能な方法として注目されている。
【0003】現在、化学酸化重合法によって得られ、実用化レベル程度の電気伝導率を有する導電性高分子は、粉体状で得られており、その粉体は有機溶媒に不溶で、かつ熱によって溶融しないため、成膜等の二次加工が困難だという問題点を有する。このような問題を解決するために、例えば、この粉体状の重合体を加工するために重合体を圧縮成形してフィルムを得る方法(特開平1−257017号公報)等が提案されている。また、重合体に可溶性を付与するために、ピロール環の3位にアルキル鎖を導入したピロール誘導体とするJ.Ruheらの方法〔シンセティックメタルズ 28巻,177頁(1989)〕が報告されている。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、前記の圧縮成形による方法では成形装置が大掛かりであり、得られたフィルムが脆性で取り扱いが不便である等の問題があった。また、ピロール誘導体とする方法では、その重合体溶液が空気中で不安定であるので、この重合体溶液をアルゴン等の不活性ガス中で保存する必要があり、そのためにその重合体溶液の取扱いが困難であった。
【0005】そこで本発明は、これらの問題を除去するものであり、有機溶媒溶解性に優れ、その重合体溶液が空気中で安定で、かつその重合体溶液を有機溶媒に溶解させて成膜等の成形加工した後でも導電性を有する可溶性導電性高分子の製造方法を提供するものである。
【0006】
【課題を解決するための手段】上記した問題点を解決するために本発明は、不活性ガス気流下で、酸化剤を含むハロゲン化炭化水素溶媒中にピロール−3−カルボン酸エステルを投入し、該溶媒を蒸発させながらピロール−3−カルボン酸エステルを重合させることにより、溶液中の酸化電位を一定に保持した状態で化学酸化重合することを特徴とする次の式(1)で示されるピロール−3−カルボン酸エステル重合体の製造方法とするものである。
【0007】
【化2】


【0008】(式中、Rは炭素原子数が10〜20のアルキル鎖、nは2以上の整数を表す)
本発明で用いるピロール−3−カルボン酸エステルは、A.M.van Leusenらが「テトラヘドロンレター」5337頁(1972)に報告したアクリル酸エステルとトシルメチルイソシアニドとのカップリング反応によって、合成することができる。
【0009】本発明で使用されるピロール−3−カルボン酸エステルのエステル基は、炭素原子数が10〜20のアルキル鎖を有するものが好ましい。その理由は、炭素原子数10〜20のアルキル鎖を有するエステル基を導入することにより、ポリマー主鎖間の相互作用(NHの水素結合等)が減少し、さらに溶媒への親和性の拡大(エントロピー効果)によって重合体の溶解性が増すからである。また、アルキル鎖の炭素原子数が10未満では、前記効果が発揮されず、また炭素原子数が20超の場合は、ポリマー主鎖間の距離が増大し、その結果、導電性が極端に低下するからである。さらにそのエステル基は、そのアルキル鎖中にメチル基、エチル基のような側鎖、エーテル結合、二重結合を有しているものでもよいが、直鎖のアルキル鎖、特にステアリル(オクタデシル)鎖、ウンデシル鎖、テトラデシル鎖、ヘキサデシル鎖、エイコシル鎖を有するものが好ましい。
【0010】本発明の化学酸化重合を行うための溶媒としては、ジクロロエタン、ジフルオロエタン、ジブロモエタン、トリクロロエタン、テトラクロロエタン、クロロホルム等のハロゲン化炭化水素が好適に使用でき、特に、その中でもクロロホルムが最も望ましい。その理由は、これらのハロゲン化炭化水素を溶媒として使用した場合、好適な濃度の酸化剤が溶媒中に存在していると、酸化電位がこれらのピロール−3−カルボン酸エステルを重合させるのに最適な酸化電位となるからである。
【0011】本発明の化学酸化重合に用いる酸化剤としては、塩化第二鉄、塩化アルミニウム、塩化亜鉛等のハロゲン化金属が望ましく、特に、塩化第二鉄は他の酸化剤に比べ空気中で比較的に安定であるので取り扱い性がよく、重合に最適な酸化電位を示すため好ましい。化学酸化重合における酸化剤の濃度は溶媒1リットル当り、0.2〜1.0モル、特に0.3〜0.6モルが好ましい。その理由は0.2モル未満では重合が円滑に行われず、高収率を得るのに長時間を要し、一方、1.0モル超では、通常の重合反応以外の反応が生じるからである。
【0012】また、モノマー(ピロール−3−カルボン酸エステル)の濃度は溶媒1リットル当り、0.01〜0.5モル、特に0.08〜0.3モルが好ましい。その理由は0.01モル未満では、得られた重合体の溶解性が低下もしくは不溶性となり、一方、0.5モル超では、重合収率があがらず、また、重合度の低下が生じるからである。高い電気伝導率を有する重合体を高収率で得るためには、モノマー1モルに対して酸化剤が2モル以上必要である。
【0013】本発明におけるモノマー(ピロール−3−カルボン酸エステル)の重合は以下の如く行われる。0.1〜0.3リットル/分の流量で不活性ガスを流した状態で、−20〜10℃好ましくは0〜5℃に冷却した反応容器に溶媒を注入した後、攪拌しながら徐々に酸化剤を加える。次いでモノマーを加えて0.5〜3時間、好ましくは1時間攪拌を行う。
【0014】攪拌終了後、温度を5〜40℃、好ましくは20〜30℃に昇温し、不活性ガスの流量を1.5リットル/分以上に上げて、容器内の溶媒を徐々に蒸発させ反応混合物の容量が反応開始前の1/4以下になるまで溶媒を蒸発させながら重合を行う。このようにする理由は、重合が開始されると酸化剤が消費されるので、重合溶液中の酸化電位が極端に低下するのを防ぎ、重合反応の間、酸化電位を一定に保持するためである。
【0015】その後さらに、同反応雰囲気下で反応混合物が固形状になるまで0.5〜3時間好ましくは1時間放置する。得られた固形物を直ちに吸引濾過し、水、エチルアルコール、ジエチルエーテルの順で洗浄して、副生成物及び未反応物を除去し、減圧乾燥する。なお、洗浄する際に、得られた固形物を1時間以上水中に浸積してはならない。これは固形物中に含まれる酸化剤が水中で反応を起こすためである。また、エチルアルコール、ジエチルエーテルで洗浄する際は、ソックスレー抽出器を用いるのが望ましい。
【0016】この方法によって得られるピロール−3−カルボン酸エステル重合体は、溶解パラメーターが9〜10(cal/cc)1/2 の範囲にある有機溶媒、特にクロロホルムに可溶である。また、このピロール−3−カルボン酸エステル重合体は、ピロール環の3位の置換基が高級アルコールのエステルであるため、溶媒溶解性に優れ、その重合体溶液が空気中でも安定であり、且つ溶媒に溶解して成形加工した後でも導電性を有する。
【0017】
【実施例1】流量0.2リットル/分の窒素気流下で、100mlの丸底フラスコにクロロホルム20ml、塩化第二鉄1.30gを投入し、3℃に冷却して攪拌した。その溶液中にステアリルピロール−3−カルボキシレート0.726gを一度に加え、同温で1時間攪拌した。1時間後、攪拌しながら徐々に室温に戻し、窒素流量を0.2リットル/分から1.5リットル/分まで上げて溶媒を蒸発させることにより、溶液中の酸化電位を保持して化学酸化重合を行った。その後、1時間そのまま放置し、蒸留純水を30ml加えた。得られた固形物を多量の蒸留純水中に注ぎ込み、吸引濾過した。ソックスレー抽出器を用いて、固形物をエタノール、さらにジエチルエーテルで洗浄し、真空減圧下で乾燥した。
【0018】得られた乾燥した重合体に対してFT−IR(フーリェ変換赤外分光法)測定を行った結果、図1に示す吸収ピークを示した。さらに、得られた重合体の電気伝導度を測定するために、この重合体をクロロホルムに溶解させ、ガラス板上にキャスティングして厚さ25μmのフィルムに成形した。得られたフィルムの電気伝導率は、5×10-4S/cmの値を示した。さらに、このフィルムをヨウ素蒸気中でヨウ素ドーピングすることによって、電気伝導率を2×10-2S/cmまで向上させることができた。
【0019】
【実施例2】実施例1に記載のステアリルピロール−3−カルボキシレートに代えて、ピロール−3−カルボン酸エステルのピロール環の3位の置換基であるエステル基中のアルキル鎖の炭素原子数が実施例1とは異なるウンデシル、テトラデシル、ヘキサデシル及びエイコシルとしたものを各々用い、実施例1に記載した方法でピロール−3−カルボン酸エステル重合体を製造した。得られた重合体を、実施例1と同様にしてクロロホルムに溶解させ、ガラス板上にキャスティングして厚さ25μmのフィルムに成形し、さらにヨウ素蒸気中でヨウ素ドーピングした。得られた4種類のフィルムの電気伝導率を次の表1に示す。
【0020】
【表1】


【0021】[比較例1]実施例1において、以下に述べる操作以外は実施例1と同じ条件で反応を行って重合体を製造した。すなわち、丸底フラスコ中にモノマーを一度に加えた後、窒素流量を0.2リットル/分に保ったまま、3℃で5時間反応させた。その後、反応物を大量の純水中に注入し、一昼夜放置して重合体を沈殿させた。この重合体を実施例1と同様に精製したところ、スポンジ状の固形物が得られたが、この固形物は、溶媒に不溶であった。
【0022】[比較例2]実施例1において、反応溶液をクロロホルムからジエチルエーテルに変更した以外は実施例1と同じ条件で反応を行なって重合体を得た。しかし得られた重合体は、収率が低く有機溶媒に一部分しか溶解性を示さなかった。したがって、この重合体を溶液の形態でキャスティングしてフィルムにすることはできなかった。この重合体を圧縮成形しペレット状に加工して電気伝導率を測定したところ、2×10-4S/cmとなり実施例1と比較して低い値であった。
【0023】また、得られた重合体のFT−IR測定を行ったところ、図1のような吸収ピークを示し、実施例1で得られた重合体と異なった吸収ピークを示した。
【0024】
【発明の効果】本発明のピロール−3−カルボン酸エステル重合体は、溶解パラメーターが9〜10(cal/cc)1/2 の有機溶媒、特にクロロホルムに可溶性であるとともに、10-2〜10-4S/cmの導電性を有しており、さらに有機溶媒に溶解した後に成形加工しても溶解する以前の導電性が保たれる。有機溶媒に溶解した重合体溶液をキャスティングすることにより、導電性フィルムに容易に加工することが可能である。
【0025】さらに、成形された導電性フィルムにヨウ素等でドーピングすることによって、電気伝導率を向上させることができ、用途を拡大することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】実施例1及び比較例2で得られた重合体をFT−IRで測定したスペクトルを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 不活性ガス気流下で、酸化剤を含むハロゲン化炭化水素溶媒中にピロール−3−カルボン酸エステルを投入し、該溶媒を蒸発させながらピロール−3−カルボン酸エステルを重合させることにより、溶液中の酸化電位を一定に保持した状態で化学酸化重合することを特徴とする次の式(1)で示されるピロール−3−カルボン酸エステル重合体の製造方法。
【化1】


(式中、Rは炭素原子数が10〜20のアルキル鎖、nは2以上の整数を表す)
【請求項2】 化学酸化重合に用いる酸化剤が塩化第二鉄、塩化アルミニウム、塩化亜鉛等のハロゲン化金属である請求項1記載のピロール−3−カルボン酸エステル重合体の製造方法。
【請求項3】 ハロゲン化炭化水素溶媒がジクロロエタン、ジフルオロエタン、ジブロモエタン、トリクロロエタン、テトラクロロエタン、クロロホルムである請求項1記載のピロール−3−カルボン酸エステル重合体の製造方法。

【図1】
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