説明

可視光応答型光触媒およびこれを含む親水性部材ならびにこれらの製造方法

【課題】親水性に優れた可視光応答型光触媒を提供する。
【解決手段】可視光応答型光触媒において、酸化タングステンを含み、ラマンスペクトル測定におけるW−O基のピーク強度Xに対する、末端W=O基のピーク強度Yの比率を0.15≦Y/Xとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は可視光応答型光触媒およびこれを含む親水性部材ならびにこれらの製造方法に関する。さらに詳しくは、建築用、産業用、自動車用などの窓材や鏡などに好適に用いられる親水性の可視光応答型光触媒およびこれを含む親水性部材ならびにこれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、水や空気中の環境汚染物質を吸着し、太陽光や室内光の刺激によってこれらの物質を分解除去する光触媒が注目されている。この光触媒の用途は広く、例えば自動車、電車、飛行機、船舶、建造物用の窓ガラス、自動車、浴室、カーブミラー用の鏡、光学レンズ等に好適に使用されている。
【0003】
光触媒が適用されるガラスや鏡などの部材には、環境浄化機能に加えて、防曇・防汚機能を有することが要求される場合が多い。特に、窓ガラス、自動車用ガラス、サイドミラー等は降雨や空気中の湿分の結露により、表面に水滴が付着し、視認性が低下するという問題があるため、表面を親水処理する等の対策により防曇・防汚機能が付与されている。例えば、車両の窓ガラス、ドアミラーなどの表面を親水化すると、表面に吸着した水分子が平滑な膜を形成するため表面の曇りが防止される。さらに、自動車等の排気ガスのような環境汚染物質の付着を抑制し、また、付着しても降雨や水洗により簡単に洗い流され、表面を浄化することができる。
【0004】
代表的な光触媒として、優れた触媒活性を示す酸化チタンが知られている。しかし、酸化チタンは、太陽光に含まれる紫外光により環境浄化機能を発現する、紫外光応答性光触媒であるため、紫外線が少ない屋内では十分な光触媒性能が得られない。特に、近年の自動車などに使用されるガラスは、紫外光の透過を防止したUVカットタイプのものが一般的となっているため、自動車室内のような環境では、上記の紫外光応答性光触媒が機能できない。そのため、可視光によって触媒活性を示す可視光応答型光触媒が注目されており、その代表的なものとして酸化タングステンが知られている。
【0005】
しかし、酸化タングステンは単独で光触媒体として用いた場合、必ずしも充分に高い光触媒活性を示さない場合がある。このため、光触媒活性を向上させるべく、盛んに研究開発がなされている。例えば、特許文献1にはガスフロースパッタリングにより得られる酸化タングステンが優れた可視光応答触媒活性を示すことが記載されている。当該文献には、スパッタリングの際に基板を加熱する方法やスパッタリング後に加熱する方法なども記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−106342号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、上記のガスフロースパッタリング、基板加熱スパッタリングにより得られる酸化タングステンは親水性が不十分であり、十分な防曇機能や防汚機能を得ることができない。
【0008】
そこで本発明は、親水性に優れた可視光応答型光触媒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究を行った。その結果、酸化タングステンを含む可視光応答型光触媒において、酸化タングステンのW=O基の量を制御することにより、上記課題が解決されうることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明の可視光応答型光触媒は、酸化タングステンを含み、ラマンスペクトル測定におけるW−O基のピーク強度Xに対する、末端W=O基のピーク強度Yの比率が0.15≦Y/Xである点を特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明の可視光応答型光触媒は優れた親水性を示し、ガラスなどの基板への環境汚染物質の付着を抑制する防汚機能や水滴がついても曇らない防曇機能を発揮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】W−O基のピーク強度XおよびW=O基のピーク強度Yの算出方法を示す図面である。
【図2】実施例1で得られた本発明の一実施形態に係る可視光応答型光触媒のラマンスペクトルを示す図面である。
【図3】比較例1で得られた酸化タングステン膜のスパッタリング直後のラマンスペクトルを示す図面である。
【図4】結晶性の酸化タングステン粉末のラマンスペクトルを示す図面である。
【図5A】本発明の実施形態に係る可視光応答型光触媒が適用された親水性部材1を示す模式断面図である。
【図5B】本発明の実施形態に係る可視光応答型光触媒が適用された親水性部材1を示す模式断面図である。
【図5C】本発明の実施形態に係る可視光応答型光触媒が適用された親水性部材1を示す模式断面図である。
【図5D】本発明の実施形態に係る可視光応答型光触媒が適用された親水性部材1を示す模式断面図である。
【図5E】本発明の実施形態に係る可視光応答型光触媒が適用された親水性部材1を示す模式断面図である。
【図5F】本発明の実施形態に係る可視光応答型光触媒が適用された親水性部材1を示す模式断面図である。
【図5G】本発明の実施形態に係る可視光応答型光触媒が適用された親水性部材1を示す模式断面図である。
【図6】実施例および比較例で作製した評価用部材のW−O基のピーク強度Xに対する、末端W=O基のピーク強度Yの比率(Y/X)と光触媒膜の表面の水に対する接触角との関係を示す図面である。
【図7】実施例および比較例で作製した評価用部材の蛍光灯照射下における接触角の変化を示す図面である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の可視光応答型光触媒(以下、単に「光触媒」とも称する)は、酸化タングステンを含む。そして、ラマンスペクトル測定におけるW−O基のピーク強度Xに対する、末端W=O基のピーク強度Yの比率(Y/X)(以下、単に「W=O/W−O比」とも称する)が0.15≦Y/Xである点を特徴とする。
【0014】
W=O/W−O比が上記範囲にある場合には、末端W=O基が十分に存在し、これにより優れた親水性を発現する。すなわち、本発明の光触媒は、酸化タングステンにおける末端W=O基の量が所定の範囲に制御されている点に特徴を有する。W=O基が表面に存在すると、水との接触時に下記式のように水が付加反応して2つのヒドロキシル基が生成し、これにより親水性が発現すると考えられる。本発明においては、親水化しうるW=O基が触媒の表面に豊富に存在することにより、優れた親水性を達成させている。
【0015】
通常、表面に水酸基が生成することにより親水性が発現する場合には、大気中の埃や有機物質などの汚染物質が付着しやすく、時間の経過とともに親水性能が損なわれる場合が多い。しかし、本発明の光触媒においてはその光触媒機能により付着した汚染物質が分解されるため、親水性能の劣化が防止され、長時間にわたりその親水性が維持されうる。
【0016】
本明細書において「ピーク強度」とは、ラマンスペクトルにおけるベースラインからのピークの面積により算出される値をいう。具体的には、ガラスなどの基板上に配置された試料のラマンスペクトルとその基板単身のラマンスペクトルとを測定し、これらの差分スペクトルにおけるピークのベースラインからの積分値(面積)を採用するものとする。すなわち、W−O基のピーク強度Xとしては770cm−1付近のO−W6+−Oの伸縮振動に相当するピークの積分値(面積)を採用する。また、W=O基のピーク強度Yとしては950cm−1付近のW6+=Oの伸縮振動に相当するピークの積分値(面積)を採用する。より具体的には、図1に示すように、直線法によりピークの始点と終点とを直線(ベースライン)で結んでW−O基ピークまたはW=O基ピークとベースラインとで囲まれる面積をXまたはYとして算出する。
【0017】
W=O/W−O比(Y/X)は好ましくは0.20以上であり、さらに好ましくは0.25以上である。0.20以上である場合には、超親水性が発現するため好ましく、0.25以上であれば親水性がより一層向上する。本明細書において「親水性」とは、水濡れ性が向上する状態をいい、光触媒表面と水との接触角が20°以下、好ましくは10°以下であることをいう。また、「超親水性」とは光触媒表面と水との接触角が7°以下であることを指す。かような親水性を有すると、表面に付着した水滴が一様に広がり、ガラス、鏡等の曇りや湿分による失透が防止され、雨天時であっても視界が良好に確保されうる。なお、接触角は、市販の接触角測定装置を用いてθ/2法により測定した値を採用するものとする。
【0018】
W=O/W−O比(Y/X)の上限は特に制限されないが、0.4以下であることが好ましい。0.4を超える場合には、酸化タングステンの結晶構造をとることが困難である。
【0019】
図2に後述する実施例1で得られた本発明の一実施形態に係る可視光応答型光触媒のラマンスペクトルを示す。図2に示されるように、950cm−1付近にW=O基由来のピークが、770cm−1付近にO−W−O基由来のピークがそれぞれ存在し、W=O/W−O比(Y/X)が本発明の所望の範囲にあることが確認される。
【0020】
本発明では、例えば、酸化タングステンの成膜後に100℃以上400℃未満の温度で一定時間焼成(加熱)することにより、末端W=O基を十分に形成させ、W=O/W−O比(Y/X)を所望の範囲に制御している(製造方法の詳細については後述する)。
【0021】
これに対して、上述したような従来のガスフロースパッタリング、基板加熱スパッタリングにより得られる酸化タングステンは末端W=O基の量が少なく、スパッタリング(ガスフロースパッタリングも含む)直後の状態では親水性に乏しい。図3に後述する比較例1で得られた酸化タングステン膜のスパッタリング直後のラマンスペクトルを示す。図3に示されるように、950cm−1付近のW=O基由来のピークは非常に小さく、W=O/W−O比(Y/X)が本発明の所望の範囲から外れることが確認される。
【0022】
また、特許文献1の段落「0037」などにはスパッタリング後に酸化タングステン膜を高温(400〜900℃)で焼成する技術が記載されている。高温で焼成された酸化タングステン膜は高度に結晶化されている。このような結晶性の酸化タングステン膜においては末端W=O基が存在しないため親水性が低い。
【0023】
図4に結晶性の酸化タングステン粉末(和光純薬工業製、純度95%以上の市販品)のラマンスペクトルを示す。この酸化タングステンは粉末X線回折分析により単斜晶と三斜晶の混合体からなる結晶性の酸化タングステンであることが確認されている。図4に示されるように、この結晶性の酸化タングステンのラマンスペクトルにおいては、950cm−1付近のW=O基由来のピークが存在しない。したがって、W=O/W−O比はゼロとなり、本発明の所望の範囲から外れる。
【0024】
このように、従来のスパッタリング法(基板加熱、ガスフロースパッタリング)やスパッタリング後の高温焼成法などで製造された酸化タングステンはW=O/W−O比が本発明の所望の範囲から外れる。したがって、これらの酸化タングステンを含む光触媒は本発明の光触媒と明確に区別される。
【0025】
以下、添付した図面を参照して本発明を適用した実施形態を説明する。なお、本発明は、以下の実施形態のみには制限されない。また、図面の寸法比率は、説明の都合上誇張されており、実際の比率とは異なる場合がある。
【0026】
図5A〜5Gは本発明の実施形態に係る可視光応答型光触媒が適用された親水性部材1の基本構成を示す模式断面図である。図5A〜5Gに示されるように、可視光応答型光触媒は通常、薄膜状に成形されて、光触媒膜2を形成する。
【0027】
図5Aに示す実施形態において、親水性部材10は基板1上に光触媒膜2を有し、この光触媒膜2は酸化タングステンを含む酸化タングステン膜3と触媒活性促進剤を含む触媒活性促進剤膜4とから構成されている。本形態においては触媒活性促進剤膜4が酸化タングステン膜3の上部に部分的に設けられている。
【0028】
本実施形態において、触媒活性促進剤膜4が形成されず酸化タングステン膜3の表面が露出している領域は、酸化タングステン膜3の光および空気に対する開口部5として機能する。この開口部5の存在により、酸化タングステン膜3に十分な光が照射される。さらに、空気中に含まれる環境汚染物質が迅速に酸化タングステンに接触でき、かつ、酸化タングステンが該環境汚染物質を光分解することにより生成した中間生成物をその近傍の触媒活性促進剤膜4に供給することができ、これにより光触媒機能が向上しうる。
【0029】
図5Bに示す実施形態においては、触媒活性促進剤膜4に加えて酸化タングステン膜3も基板上に部分的に設けられている。図5Aに示す実施形態と同様に、酸化タングステン膜3や触媒活性促進剤膜4が形成されず基板の表面が露出している領域は開口部5として機能し、この開口部5の存在により光触媒機能が向上しうる。さらに、本実施形態においては、酸化タングステンの量が低減されうるため、コスト面で有利である。
【0030】
上記図5Aや図5Bに示される形態において、酸化タングステン膜3および開口部5の幅ないし間隔は、10μm〜50mm、好ましくは100μm〜5mm程度とするのが望ましい。また、光触媒膜の断面(光触媒膜の積層方向に垂直な断面)における開口部5が占める割合は1.5±0.5面積%であることが好ましい。ただし、かかる範囲を外れる場合であっても酸化タングステン膜3、触媒活性促進剤膜4が協調して機能することができるものであれば何ら制限されるものではない。また、部分的に設けられた酸化タングステン膜3や触媒活性促進剤膜4の配置も特に制限されず、規則的であってもよいし不規則的であってもよい。開口部5の断面形状も特に制限されず、円形、楕円、正方形、長方形、略円形、多角形、不定形など任意の形状を採用できる。
【0031】
なお、図5Aおよび図5Bにおいて、触媒活性促進剤膜4が酸化タングステン膜3の上部に形成されているが、本発明はかような形態に制限されるわけではなく、触媒活性促進剤膜4が酸化タングステン膜3の下部に形成された形態も好ましく使用されうる。また、本発明は上述した図5Aおよび図5Bのような酸化タングステン膜3や触媒活性促進剤膜4が基板上に部分的に設けられている形態に限定されるわけではない。例えば、図5Cおよび図5Dに示す形態のように酸化タングステン膜3や触媒活性促進剤膜4が基板の全面に設けられた形態も好ましく使用できる。
【0032】
図5Cに示す実施形態において、親水性部材10は基板1上に光触媒膜2を有し、この光触媒膜2は酸化タングステンを含む酸化タングステン膜3と触媒活性促進剤を含む触媒活性促進剤膜4とが順に積層された構造を有する。すなわち、本実施形態において光触媒膜2は酸化タングステン膜3の上部に触媒活性促進剤膜4が設けられた2層構造を有する。かような形態によれば、光触媒膜2の表面平滑性に優れ、埃や塵がたまりにくく、拭き取りやすい構成とすることができる。なお、光触媒膜における積層の順序は特に限定されず、図5Dに示す形態のように酸化タングステン膜3の下部に触媒活性促進剤膜4を設けてもよい。
【0033】
図5Dに示す実施形態においては、光触媒膜2の表面平滑性に優れることに加え、酸化タングステン膜3と基板1との間に触媒活性促進剤膜4が存在することにより酸化タングステン膜3の光触媒作用による基板表面の劣化を防止しうる。すなわち、触媒活性促進剤膜4が光触媒作用による基板表面の劣化を防止するための層として機能しうる。酸化タングステン膜3の下部に触媒活性促進剤膜4が存在すると、触媒活性促進剤による光吸収の影響を受けにくい。特に、CuOのような光吸収特性に優れる触媒活性促進剤が酸化タングステン膜3の上面に存在すると光触媒活性を示す酸化タングステンの光吸収が妨害されるおそれがある。しかし、本形態のように酸化タングステン膜3の下部に触媒活性促進剤膜4を配置することにより、触媒活性促進剤による光吸収を抑制することができる。
【0034】
図5A〜5Dの形態では、光触媒膜2は酸化タングステン膜3および触媒活性促進剤膜4の2層から構成されているが、本発明は光触媒膜がかような積層構造を有する形態に限定されるわけではない。
【0035】
例えば、図5Eおよび図5Fに示すように、単層形態である光触媒膜2も好ましく使用されうる。光触媒膜2が単層形態である場合、酸化タングステンからなる単層膜であってもよいし、酸化タングステンに加えて触媒活性促進剤および/または他の添加物を含む単層膜であってもよい。
【0036】
光触媒膜2の表面の形態は特に制限されず、図5Eに示されるように平滑な面であってもよいし、図5Fに示されるように凹凸が設けられていてもよい。
【0037】
また、図5Gに示すように図5Bの開口部5の部位に触媒活性促進剤膜4が形成されていてもよく、かかる場合には、酸化タングステン膜3と触媒活性促進剤膜4とが隣接するため、光分解により生成した中間生成物の供給が迅速にできるため好ましい。
【0038】
なお、図5A〜5Gに示す形態においては、基板1の上面に光触媒膜2が形成されているが、基板1と光触媒膜2との間に他の層が介在していてもよい。介在しうる層としては特に制限されないが、例えば、光触媒作用により基板表面の劣化を防止するための層(例えば、シリカやテフロン(登録商標)樹脂などを用いた層)が挙げられる。
【0039】
以下、親水性部材1を構成する部材について説明する。
【0040】
(親水性部材)
親水性部材1は、基板と、可視光応答型光触媒を含み、前記基板上に配置された光触媒膜と、を有する。親水性部材1は、親水性に優れる可視光応答型光触媒から構成される光触媒膜5を用いている。したがって、当該親水性部材は防曇特性・防汚特性に優れる。
【0041】
(基板)
基板の構成材料としては特に限定されず、例えば、ソーダガラス(ソーダ石灰ガラス)、鉛ガラス(クリスタルガラス)、硼珪酸ガラス、ITOガラスやFTOガラスのような導電性ガラスなどのガラス;アクリル樹脂、ポリスチレン、ABS、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリアミド系樹脂、ポリ塩化ビニル系樹脂、ポリカーボネート系樹脂、ポリフェニレンサルファイド系樹脂、ポリフェニレンエーテル系樹脂、ポリイミド系樹脂、セルロース系樹脂などの樹脂;鏡;レンズ;金属;セラミック;石;セメント;コンクリート;及びこれらの組み合わせが挙げられる。好ましくは、防曇機能・防汚機能を効果的に発揮できるガラスである。
【0042】
基板の形状も特に限定されず、光触媒膜を形成しうる限り任意の形状であってよく、多孔体であってもよい。基板の厚さは特に限定されないが、通常1〜10mm程度である。
【0043】
(光触媒膜)
光触媒膜は、基板上に配置され、可視光応答型光触媒を含む膜である。光触媒膜の表面は親水性に優れ、防曇効果・防汚効果を発揮しうる。
【0044】
光触媒膜の厚さは特に制限されず、親水性能や膜の強度・透明性などを考慮して適宜調整すればよい。なお、光触媒膜が多層形態である場合には、各層の合計の厚みを光触媒膜の厚さとする。この光触媒膜の厚さは、通常10nm〜10μmである。多層形態となっている場合における酸化タングステン膜や触媒活性促進剤膜の各層の厚さも特に制限されない。
【0045】
ただし、基板としてガラスのような透明基板を使用した場合には、光触媒膜も透明性に優れることが好ましく、色味が目立たない程度まで膜厚を減少するのがよい。かような観点から、光触媒膜の厚さは好ましくは10nm〜1μmであり、触媒活性促進剤膜の厚さは好ましくは1〜10nmである。かような範囲であれば透明性および親水性に優れた膜が得られる。
【0046】
(可視光応答型光触媒)
本明細書において、「可視光応答型光触媒」とは、380nm以上の波長の可視光によっても親水化能などの光触媒作用を示すものである。
【0047】
本発明の可視光応答型光触媒は酸化タングステンを含み、必要に応じて触媒活性促進剤や他の添加剤をさらに含んで構成される。可視光応答性光触媒が触媒活性促進剤や他の添加剤を含む場合、可視光応答性光触媒は酸化タングステンと触媒活性促進剤等とをそれぞれ別体(異なる膜)として存在させてもよい(例えば、図5A〜図5D、図5G)。具体的には、酸化タングステンと触媒活性促進剤等とをそれぞれ別途に薄膜に形成し積層させたり(図5A〜図5Dなど)、隣接させたり(図5G)して使用することもできる。あるいは、酸化タングステンおよび触媒活性促進剤等を混合または担持することにより単一の膜として存在させてもよい(例えば、図5E、図5F)。また、酸化チタン系光触媒を混合したものでも同様の効果が想定される。酸化チタンに可視光応答性能を発現させた、窒素ドープ型酸化チタンや遷移金属添加酸化チタンにおいても同様である。
【0048】
可視光応答型光触媒が触媒活性促進剤を含む場合、光触媒の触媒活性の促進効果と親水性の向上効果を十分に発現できるように、触媒活性促進剤を酸化タングステンと接触させておくことが好ましい。例えば、酸化タングステン膜と触媒活性促進剤膜とが接触した構造(図5A〜図5D、図5G)や酸化タングステンおよび触媒活性促進剤を含む1層構造(図5E、図5F)とし、酸化タングステンと触媒活性促進剤とを同じ領域に共存させて構成するのが好ましい。ただし、本発明はそのような態様のものに限定されず、両者が離間した場合であっても近傍に存在すれば、その親水性向上効果や光触媒効果が十分に期待できる。たとえば、触媒活性促進剤と酸化タングステンとを同一基板の別々の箇所に配置して共存させ、一体としてこれを機能させることにより、非混合状態の可視光応答性光触媒を作製することができる。
【0049】
図5Eおよび図5Fのような単層構造とする場合、その具体的な形態としては特に制限されない。例えば、酸化タングステン粉末と触媒活性促進剤粉末との混合粉末から構成されていてもよいし、酸化タングステン粉末に触媒活性促進剤(微粉末)を担持してなる担持体から構成されていてもよい。
【0050】
該担持体の製造方法は特に制限されないが、例えば、硫酸銅や硝酸銅などの触媒活性促進剤の水溶液やエタノール溶液にWO粉末を加えて混合し、70〜80℃で乾燥させてから、500〜550℃で焼成することにより調製することができる。なお、触媒活性促進剤を酸化タングステンに担持させるための最適な条件は、触媒活性促進剤の種類、形状、担持量などを考慮し適宜設定すればよい。例えば、触媒促進活性剤粉末の粒子径が小さくて表面積が大きい場合は最適な添加量も小さくなる傾向がある。CuO粉末の場合、市販のCuO粉末は粒子径が大きくて比較的表面積が小さいのに対して、湿式低温合成したCuO粉末や低温での含浸担持法などで担持したCuOは超微粒子となり表面積が大きいので、必要とされる添加量も少なくできる。担持体とした場合には、酸化タングステンと触媒活性促進剤とがごく近傍に存在するため大きな触媒活性促進効果が期待できることや触媒活性促進剤が均一に分散されて酸化タングステンの光吸収を妨げにくいことなどの利点がある。
【0051】
光触媒膜2は緻密な膜であっても良いが、完全な膜である必要はない。また、環境汚染物質や可視光が内部に侵入しやすく、触媒活性及び利用効率を高めることができる点で、多孔質とすることが好ましい。「多孔質」とは、多数の連続または不連続な空孔を有するものを意味する。多孔質体の形状や構造は特に限定されず、3次元の網の目状、ハニカム状、スポンジ状等の多様な形態でありうる。上記観点から、光触媒膜2は酸化タングステンや触媒活性促進剤の微粒子から構成されることが好ましく、これらの酸化タングステンや触媒活性促進剤の粒子径は、好ましくは1nm〜500μmであり、より好ましくは10nm〜10μmである。上記範囲であれば、成膜が容易で、結着性の高い膜が得られる。ただし、上記範囲に何ら制限されるものではなく、複数の粒子径の粒子を混合してもよいし、1次粒子が凝集した2次粒子であってもよいし、上述したような酸化タングステン粉末に触媒活性促進剤(微粉末)を担持してなる担持体であってもよい。なお、酸化タングステンや触媒活性促進剤の粒子径は、レーザー回折法を用いて得られたメディアン径を使用できる。また、これらの粒子の形状は、その種類や製造方法等によって取り得る形状が異なり、例えば、球状(粉末状)、板状、針状、柱状、角状などが挙げられるがこれらに限定されるものではなく、いずれの形状であれ問題なく使用できる。
【0052】
触媒活性促進剤を含む可視光応答性光触媒においては、酸化タングステンと触媒活性促進剤の両者に可視光を照射することが望ましいが、触媒活性促進剤に光が直接照射されなくても所望の光触媒活性を得ることができる。
【0053】
本発明に係る可視光応答性光触媒は、防曇効果および防汚効果を発揮するための触媒として極めて有効である。さらに、本発明の光触媒は可視光応答型であるため、紫外光が弱く、蛍光灯のように可視光が大部分を占める光源で照らされた自動車内のような環境においても十分な環境浄化機能を得ることができる。
【0054】
(酸化タングステン)
酸化タングステンの構造は上記のW=O/W−O比を達成できるものであれば特に制限されない。例えば、WO、WO2.72、WO2.96のようなWO(2≦n≦3)を使用することができ、好ましくは高い親水性能を発現できる点でWOを使用する。
【0055】
可視光応答型光触媒における酸化タングステンの含有率は、本発明の効果を顕著に発揮するためには、好ましくは50質量%以上、より好ましくは80質量%以上、さらに好ましくは90質量%以上、特に好ましくは100質量%である。
【0056】
(触媒活性促進剤)
可視光応答型光触媒は酸化タングステンに加えて触媒活性促進剤をさらに含むことが好ましい。触媒活性促進剤とは可視光応答型光触媒の光触媒作用を補填し、その光触媒活性を促進することができるものをいう。触媒活性促進剤による光触媒活性の促進機構の詳細は不明であるが、酸化タングステンがアルデヒド類やカルボン酸類などの環境汚染物質を光分解した場合に生成する中間体が触媒活性促進剤により分解しやすくなるためと推定される。
【0057】
本発明者らは、触媒活性促進剤を含む場合には、上記光触媒作用の促進効果に加えて、可視光応答型光触媒の親水性が向上することを見出した。親水性の向上機構の詳細は不明であるが、可視光応答型光触媒の製造方法において、加熱時に酸化タングステン近傍に触媒活性促進剤が存在すると、電子吸引性が増して、末端W=O基の形成が促進されるためと推定される。
【0058】
触媒活性促進剤としては遷移金属の化合物または貴金属の単体が挙げられる。遷移金属としては銅や鉄を使用することができる。銅化合物としては、CuO、CuOなどの酸化銅;CuNO、Cu(NOなどの硝酸塩;CuSO、CuSOなどの硫酸銅;CuS、CuSなどの硫化銅;CuCl、CuClなどの塩化銅およびこれらの水和物(例えば、Cu(NO・3HO、CuSO・5HOなど)が挙げられる。鉄化合物としては、Fe、FeO、Feなどの酸化物;FeOOHなどのオキシ水酸化物;Fe(OH)、Fe(OH)などの水酸化物;Fe(NO、Fe(NOなどの硝酸塩;FeSO、Fe(SOなどの硫酸塩;FeS、Fe、FeSなどの硫化物;FeCl、FeClなどの塩化物およびこれらの水和物が挙げられる。貴金属としてはPt、Rh、Pd、Agから選択される少なくとも1種が挙げられる。これらは1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。好ましくは親水性能を向上させる上で遷移金属の化合物であり、より好ましくは銅化合物であり、さらに好ましくは低コストである点から酸化銅、硝酸銅、硫酸銅の少なくとも一つであり、特に好ましくは親水性能を一層向上させうる点でCuOである。なお、鉄化合物を用いる場合には、親水性能を向上させる上で酸化鉄、特にFeを使用することが好ましい。
【0059】
触媒活性促進剤の使用量は、光触媒の触媒活性促進機構を有効に発現でき、かつ、酸化タングステンのW=O/W−O比(Y/X)を所望の範囲とできる量であれば、特に制限されない。一般的には、酸化タングステン100質量%に対して、0.01〜50質量%の範囲内において使用することができ、触媒活性促進剤の種類や併用の形態に応じて適宜調整されうる。かような範囲であれば、酸化タングステンと触媒活性促進剤とが協調して機能でき、優れた光触媒特性および親水特性を有する光触媒が得られる。
【0060】
ただし、光吸収特性に優れる触媒活性促進剤を使用する場合、例えば、触媒活性促進剤として銅化合物を使用する場合には、銅化合物が酸化タングステンの光吸収を妨げて光分解反応を抑制することのないように、その添加量の上限値に留意する必要がある。具体的には、銅化合物の添加量は、酸化タングステンに対して、好ましくは5質量%以下であり、より好ましくは1〜2質量%である。かような範囲であれば、銅化合物が酸化タングステンの光吸収を妨げることなく、光分解反応を迅速に進行させることができる。
【0061】
(その他の添加剤)
本発明の可視光応答型光触媒はその親水性能および光触媒性能を損なわない範囲で酸化タングステンおよび触媒活性促進剤に加えて他の添加剤を含んでもよい。かような添加剤としては例えば、塗工性、膜強度、意匠性向上の目的で界面活性剤、レベリング剤、消泡剤、安定剤、増粘剤、結着剤、導電剤、顔料、光安定剤、つや出し剤、つや消し剤、帯電防止剤、緩衝材、分散剤などが挙げられる。
【0062】
(光触媒の製造方法)
本発明の他の一形態によれば、可視光応答型光触媒の製造方法が提供される。この製造方法は、酸化タングステンを含む光触媒膜を得る工程と、前記光触媒膜を100℃以上400℃未満で焼成して可視光応答型光触媒を得る工程と、を有する。本形態の製造方法によれば、成膜後に所定の温度で焼成(加熱)することにより、所望のW=O/W−O比(Y/X)を有し、優れた親水特性を有する可視光応答型光触媒が得られうる。
【0063】
(1)光触媒膜の製造工程(成膜工程)
まず、光触媒膜を形成する。例えば、図5A〜図5Dに示す2層形態の光触媒膜は、酸化タングステンを含む酸化タングステン膜および触媒活性促進剤を含む触媒活性促進剤膜を積層順序にあわせて形成すればよい。また、図5A〜図5B、図5Gのように酸化タングステン膜や触媒活性促進剤膜が部分的に設けられる形態や図5Fのように表面に凹凸を設ける形態の場合には、マスクパターンを使用して所望のパターンを有する光触媒膜を形成すればよい。
【0064】
成膜の方法は特に制限されず、従来公知の方法が使用されうる。例えば、マグネトロンスパッタリング法、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法、デュアルマグネトロンスパッタ法などのスパッタリング法、アークイオンプレーティング法などのイオンプレーティング法、化学蒸着(CVD)法などの乾式法やスピンコーティング法、ディップコーティング法、スプレーコーティング法、ゾルゲル法、ドクターブレード法などの湿式法が採用されうる。
【0065】
乾式法は比較的低温で成膜が可能であり、基板のような成膜下地へのダメージを最小限に抑えることができるという利点がある。乾式法の中でも特にスパッタリング法を用いることが好ましい。スパッタリング法は強度が高くて均一な透明膜を形成するのに有利であることに加え、バイアス電圧等を制御することで、成膜される層の膜質をコントロールできるという利点がある。さらに、スパッタリングレートなどのスパッタ条件を調節することで、粒子の分散形態を制御することができる。
【0066】
スパッタリング法を使用する場合、酸化タングステンのターゲット材料として、W(金属タングステン)ターゲットまたはWOターゲットを使用することが好ましい。これらのターゲット材料を使用することで、光触媒活性の高い酸化タングステン薄膜が得られる。より好ましくはWOターゲットを使用する。W(金属タングステン)をターゲット材料として使用する場合には、可視光応答性とするためにスパッタリング時に基板を加熱する必要がある(特許文献1を参照)。この際の基板温度としては、酸化タングステンが高度に結晶化されず、所望の酸化タングステン構造を得る点で200〜400℃であることが好ましい。一方、WOターゲットを使用する場合にはこのスパッタリング基板の加熱が不要となるため、安価に製造することが可能となる。
【0067】
また、触媒活性促進剤のターゲットとしては、貴金属の単体または遷移金属の化合物もしくは遷移金属の化合物を生成しうる化合物が使用されうる。例えば、触媒活性促進剤として銅化合物を含む場合には、コスト面から、汎用的に使用されるCuターゲットまたはCuOターゲットを使用するのが好ましく、CuOターゲットを使用するのがより好ましい。他の添加剤を含む場合や基板表面の劣化を防止するための層などの異なる層を含む場合には、対象物質を形成しうるターゲットを用いてスパッタリングを行えばよい。
【0068】
スパッタ雰囲気としては空気、酸素、酸素を含有した不活性ガス(窒素、ヘリウム、アルゴン等)等を使用することができる。このうち、空気は、低コストであるため好ましい。なお、W(金属タングステン)ターゲットを使用する場合には、不活性ガスに加えて酸素を含む反応ガスを流入させる必要がある。酸素を含有した不活性ガスを使用する場合、雰囲気ガス中の酸素の比率は10%以上とすることが好ましい。
【0069】
スパッタリング条件としては所望の膜が形成できるような条件であれば特に制限されない。スパッタリング条件はスパッタ装置ごとに異なるため、適宜、予備実験などを通じて好適な範囲を把握しておくのが望ましい。
【0070】
一方、湿式法は膜厚や構造の制御が容易であることに加え、大掛かりな装置が不要であるため低コストであり、大量生産性に優れる点で有利である。具体的な方法としては、酸化タングステン粉末や触媒活性促進剤粉末の分散液を用いて光触媒膜を形成する方法やタングステンイオンや触媒活性促進剤の前駆体イオンの水溶液(前駆体水溶液)を用いて光触媒膜を形成する方法がある。
【0071】
酸化タングステン粉末や触媒活性促進剤粉末の分散液を使用する場合、予め所望の粒子径に制御された粒子(酸化タングステンや触媒活性促進剤の微粒子、担持体)を使用することで容易に粒子径を制御でき、得られる光触媒の性能予測が容易である点で好ましい。一方、タングステンイオンや触媒活性促進剤の前駆体イオンの水溶液を使用する場合には、膜厚や構造の制御が容易である点で好ましい。
【0072】
分散液を使用する場合には、まず、酸化タングステンや触媒活性促進剤の微粒子を溶媒に分散させた分散液(酸化タングステン分散液、触媒活性促進剤分散液、または酸化タングステンおよび触媒活性促進剤の混合分散液)を調製する。具体的には、微粒子(酸化タングステン、触媒活性促進剤)を溶媒に添加し、適当な分散装置(例えば、ホモジナイザ、超音波分散装置、サンドミル、ジェットミル、ビーズミル等)で撹拌することにより、分散液を得る。
【0073】
酸化タングステンや触媒活性促進剤の微粒子としては市販品を使用してもよいし、公知の方法を用いて調製したものを使用してもよい。使用されうる分散媒としては、水を使用することが最も好ましい。ただし、分散性を向上させるためにメタノール、エタノール、1−プロパノールまたは2−プロパノールなどのアルコール類を水に添加すること、界面活性剤を添加することが効果的である。分散液における微粒子(酸化タングステン、触媒活性促進剤)の固形分濃度、アルコール類や界面活性剤の使用量は特に制限されず、均一な塗布が可能となるように適宜調整すればよい。
【0074】
次いで、上記の分散液を基板上にスピンコーティング法、ディップコーティング法、スプレーコーティング法、ゾルゲル法、ドクターブレード法などの方法を用いて所望の密度(多孔質構造)や厚さとなるように塗布する。そして、これを乾燥することにより溶媒が除去され、酸化タングステン膜や触媒活性促進剤膜が形成される。塗膜を乾燥するための乾燥手段は特に制限されず、従来公知の知見が適宜参照されうる。例えば、伝導伝熱型、輻射伝熱型、熱風伝熱型、誘電加熱型の乾燥機又は加熱炉が好適であり、具体的には、ベルト式、溝型攪拌式、スクリュー式、回転型、円盤型、捏和型、流動層式、気流式、赤外線型、電子線型の乾燥機又は加熱炉が挙げられる。乾燥条件(乾燥時間、乾燥温度など)は、分散液の塗布量や溶媒の揮発速度に応じて適宜設定されうる。
【0075】
一方、前駆体水溶液を使用する場合には、まず、タングステンイオン水溶液や触媒活性促進剤の前駆体イオンの水溶液を準備する。タングステンイオンの水溶液は酸化タングステンを生成しうるものであれば特に制限されず、例えば、タングステン酸(HWO)水溶液、ペルオキソタングステン酸((WO(O)HO)・nHO)水溶液などが挙げられる。好ましくは成膜が容易となる点でタングステン酸水溶液を使用する。タングステンイオンの濃度は使用する水溶液の種類等に応じて適宜調整すればよく、好ましくは5〜50質量%である。タングステン酸水溶液を使用する場合、酸化タングステンの凝集を防ぎ、透明性に優れた塗膜とするため、ポリエチレングリコール(PEG)、グリセロール、マンニトール、エチレングリコールなどの安定剤を添加してもよい。安定剤の添加量は特に制限されないが、一例を挙げると、酸化タングステン/安定剤の比率が0.5質量/質量である。
【0076】
触媒活性促進剤の前駆体イオンとしては、触媒活性促進剤を生成しうるものであれば特に制限されない。例えば、銅化合物を触媒活性促進剤として使用する場合、硝酸銅水溶液や硫酸銅水溶液が好ましく使用されうる。これらのイオン濃度は5〜50質量%であることが好ましい。
【0077】
次いで、上記の前駆体水溶液を基板上にスピンコーティング法、ディップコーティング法、スプレーコーティング法、ゾルゲル法、ドクターブレード法などの方法を用いて所望の密度(多孔質構造)や厚さとなるように塗布する。そして、これを焼成することにより、酸化タングステン膜や触媒活性促進剤膜が形成される。塗膜を焼成するための焼成手段は特に制限されず、従来公知の知見が適宜参照されうる。焼成条件(焼成時間、焼成温度など)は、前駆体水溶液の種類、濃度、塗布量に応じて適宜設定されうる。例えば、タングステン酸水溶液を使用する場合には、焼成温度を100〜400℃とすることが好ましい。焼成時間は使用する装置や目的とする膜厚によって異なるが、30分以上とすることが好ましい。30分以上であれば、酸化タングステンの構造を安定化することができる。一例を挙げると390℃で30分以上である。焼成時間の上限値は特に制限されないが、例えば、24時間以下とすればよい。また、ペルオキソタングステン酸水溶液を使用する場合も同様の条件が必要となる。焼成雰囲気も特に制限されず、通常空気が用いられるが、不活性ガス(窒素、ヘリウム、アルゴン等)や酸素、酸素富化空気等の含酸素ガスを用いることもできる
酸化タングステンと触媒活性促進剤とを含む混合膜を形成する場合、上記方法において酸化タングステン粉末および触媒活性促進剤粉末の両方が分散した分散液またはタングステンイオンおよび触媒活性促進剤前駆体イオンの両方が溶解した水溶液を使用すればよい。また、触媒活性促進剤が担持された酸化タングステンを使用する場合には、上記の方法により予め担持体粒子を調製し、この担持体粒子の分散液を用いて成膜すればよい。
【0078】
他の添加剤を含む場合や基板表面の劣化を防止するための層などの異なる層を含む場合には、対象物質単体の分散液や水溶液または対象物質を混合させた酸化タングステンや触媒活性促進剤の分散液や水溶液を塗布することにより成膜すればよい。
【0079】
触媒活性促進剤膜および酸化タングステン膜の積層形態とする場合には、上述した乾式法もしくは湿式法を用いて、基板上に一方の膜を形成した後に他の膜を形成すればよい。この際、2つの膜の成膜方法は同一であってもよいし、異なっていてもよいが、操作の容易性から同一であることが好ましい。特に、スパッタリングを用いた場合には、ターゲットを変更するだけで連続的に酸化タングステン膜や触媒活性促進剤膜を形成することができるため同一の方法により行うことが好ましい。
【0080】
(2)焼成(加熱)工程
次に、上記で得られた光触媒膜を100℃以上400℃未満で焼成(加熱)することにより可視光応答型光触媒を得る。本工程によりW=O/W−O比(Y/X)を所望の範囲とすることができる。上記成膜工程で得られる光触媒は酸化タングステンのアモルファス構造を有するが、本工程によりこのアモルファス構造が局所的に結晶化し、末端W=O基の量が増加すると考えられる。
【0081】
上述したように、焼成温度が400℃以上の高温である場合には、酸化タングステンがほとんど完全に結晶化し、末端W=O基が消失するため、親水性が低下する。一方、100℃未満であると光触媒の末端W=O基の量が少ないため、親水性が不十分である。
【0082】
また、親水性を一層向上させる目的で、焼成温度は好ましくは120℃以上であり、より好ましくは140℃以上、特に好ましくは250℃以上である。一方、酸化タングステンの最適な構造を形成させる点で、焼成温度は好ましくは400℃以下である。
【0083】
焼成(加熱)手段は特に制限されず、公知の乾燥機又は加熱炉が用いられる。例えば、伝導伝熱型、輻射伝熱型、熱風伝熱型、誘電加熱型の乾燥機又は加熱炉が好適である。具体的には、ベルト式、溝型攪拌式、スクリュー式、回転型、円盤型、捏和型、流動層式、気流式、赤外線型、電子線型の乾燥機又は加熱炉が挙げられる。
【0084】
焼成雰囲気は特に制限されず、通常コスト面で優れる空気が用いられるが、不活性ガス(窒素、ヘリウム、アルゴン等)や酸素、酸素富化空気等の含酸素ガスを用いることもできる。
【0085】
焼成時間はW=O基が十分に形成される範囲であればよく、特に制限されないが、30分以上であることが好ましい。また、焼成時間の上限も特に制限されず、例えば、24時間以下である。
【0086】
上記の方法において使用される基板の材料としては特に制限されない。好ましくは、基板として、親水性部材の構成要素として好適に使用される基板(ガラスなど)を使用する。これらの基板を用いた場合には、後述する焼成工程により、基板上に可視光応答型光触媒を含む光触媒膜が配置された親水性部材1が得られる。
【0087】
ただし、親水性部材1に使用される基板材料以外のものを使用してももちろんよい。例えば、テフロンシートのような樹脂シートを基板として使用し、樹脂シート上に光触媒膜を形成してもよい。この場合、続く焼成工程後に、樹脂シートを光触媒膜(可視光応答型光触媒)から剥離させることにより、本発明の実施形態に係る可視光応答型光触媒を得ることができる。そして、得られた可視光応答型光触媒を基板の上に配置させることにより、基板上に可視光応答型光触媒を含む光触媒膜が配置された親水性部材1を得ることができる。すなわち、本発明の他の一形態によれば、基板上に光触媒膜を有する親水性部材の製造方法であって、基板上に、本発明の可視光応答型光触媒を含む光触媒膜を作製する工程を有する、親水性部材の製造方法が提供される。
【0088】
本実施形態の可視光応答型光触媒は、種々の用途に用いられうる。その代表例が図1に示す親水性部材1である。具体的には、自動車、電車、飛行機、船舶、建造物用のガラス、鏡、タイル、天然石、コンクリート、看板、塗装下地などに使用可能である。特に、自動車においてもウィンドシールド用ガラス、フロントドア、リアドア、リアパーシェルに使用されるガラスのいずれにおいても好適に使用されうる。
【実施例】
【0089】
以下、本発明による可視光応答型光触媒の効果を、以下の実施例および比較例を用いて説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0090】
[実施例1]
(1)成膜工程
基板として自動車ウィンドシールド用ソーダガラス(グリーンガラス)(厚さ:2mm)を準備した。このソーダガラス上に、マグネトロンスパッタリング法(装置:神港精機製 SRV−4300型)により、酸化タングステン膜としてのWO膜(厚さ:100nm)を形成した。この際、ターゲットとしてはWOディスクを使用し、酸素比率20%のAr雰囲気下、基板とターゲット間距離100mm、圧力5×10−4Pa、成膜速度3nm/min、投入電力100W、基板温度25℃の条件でスパッタリングを行った。
【0091】
続いて、規則的に孔が設けられているメタルマスク(全体における孔の割合:1.5面積%、孔形状:円型)を使用して、メタルマスクの孔に該当する部分に可視光応答型光触媒膜としてのCuO膜(厚さ:50nm、WOに対して0.7質量%)を酸化タングステン膜上に形成させた。この際、ターゲットとしてはCuOディスクを使用し、酸素比率20%のAr雰囲気下、基板とターゲット間距離100mm、圧力5×10−4Pa、成膜速度6nm/min、投入電力100W、基板温度25℃であった。
【0092】
(2)焼成工程
次に、得られた部材を乾燥機に入れ、大気雰囲気下において250℃で9時間焼成することにより、評価用部材(図5Aに示す形態の親水性部材)を得た。
【0093】
[実施例2]
焼成の条件を150℃で8時間としたこと以外は実施例1と同様にして評価用部材を得た。
【0094】
[実施例3]
焼成の条件を120℃で8時間としたこと以外は実施例1と同様にして評価用部材を得た。
【0095】
[実施例4]
焼成の条件を100℃で8時間としたこと以外は実施例1と同様にして評価用部材を得た。
【0096】
[実施例5]
可視光応答型光触媒膜としてのCuO膜の代わりに、WO膜(厚さ:50nm)を形成したこと以外は実施例1と同様にして評価用部材(図5Fに示す形態の親水性部材)を得た。
【0097】
[実施例6]
CuO膜を形成しなかったこと以外は実施例1と同様にして評価用部材(図5Eに示す形態の親水性部材)を得た。
【0098】
[実施例7]
(1)成膜工程
基板として自動車ウィンドシールド用ソーダガラス(グリーンガラス)(厚さ:2mm)を準備した。このソーダガラス上に、20質量%のタングステン酸(HWO)水溶液をスピンコーターにより塗布した。この際、スピンコートの条件は、200rpmで15秒間とした。なお、タングステン酸水溶液はNaWO水溶液をプロトン交換樹脂を用いてイオン交換したものを使用した。次いで、400℃で30分焼成することにより、酸化タングステン膜としてのWO膜(厚さ:10μm)を形成させた。
【0099】
続いて、該酸化タングステン膜上にCu溶液(SYMETRIX社製の20倍希釈品)をスピンコーターにより塗布した。この際、スピンコートの条件は、200rpmで15秒間とした。次いで、390℃で30分焼成することにより、触媒活性促進剤膜としてのCuO膜(厚さ:1μm)を形成させた。
【0100】
(2)焼成工程
次に、得られた部材を乾燥機に入れ、大気雰囲気下390℃で1時間焼成することにより、評価用部材(図5Cに示す形態の親水性部材)を得た。
【0101】
[比較例1]
部材の焼成を行わなかったこと以外は実施例1と同様にして評価用部材を得た。
【0102】
[比較例2]
部材の焼成を行わなかったこと以外は実施例5と同様にして評価用部材を得た。
【0103】
[ラマンスペクトル測定]
上記実施例および比較例で作製した評価用部材について、以下の方法によりラマンスペクトルを測定した。このうち、実施例1および比較例1で得られたスペクトルを図2および図3に示す。
【0104】
【表1】

【0105】
焼成を行った実施例1の評価用部材のスペクトル(図2)においては、O−W6+−Oの伸縮振動に対応する770cm−1付近のピーク(W−O基のピーク)とW6+=Oの伸縮振動に対応する950cm−1付近のピーク(W=O基のピーク)とが確認された。一方、焼成を行わなかった比較例1の評価用部材のスペクトル(図3)においては、W=O基のピークが非常に小さいことが確認された。
【0106】
実施例2〜5の評価用部材においても、実施例1と同様にW−O基のピークとW=O基のピークとの両方が確認された。また、比較例2の評価用部材では、比較例1と同様にW−O基のピークのみが観察され、W=O基のピークはほとんど存在しないことが確認された。
【0107】
得られた各ラマンスペクトルにおいてW−O基ピークの面積(ベースラインとW−O基ピークとで囲まれる面積)(W−O基のピーク強度X)およびW=O基ピークの面積(ベースラインとW=O基ピークとで囲まれる面積)(W=O基のピーク強度Y)を算出した。そして、得られたXおよびYからW=O/W−O比(Y/X)を求めた。表2に実施例および比較例で得られた評価用部材のラマンスペクトルにおけるW=O/W−Oピーク比(Y/X)の算出結果を示す。
【0108】
これらの結果から、成膜後に焼成を行った実施例の評価用部材においては、ラマンスペクトルにW=Oピークが存在し、W=O/W−Oピーク比(Y/X)が所定範囲になることがわかる。一方、成膜後に焼成を行わなかった比較例の評価用部材においては、ラマンスペクトル中のW=Oピークがほとんど存在せず(非常に小さく)、W=O/W−Oピーク比(Y/X)が所定範囲から外れることがわかる。
[評価:接触角の測定]
上記実施例および比較例で作製した評価用部材の光触媒膜表面の水に対する接触角を、接触角測定装置(協和界面科学株式会社製、FACE接触角計CA−X)を用い、θ/2法により測定した。なお、測定は室内(大気圧、25℃、湿度50〜60%)で行った。結果を表2および図6に示す。
【0109】
【表2】

【0110】
表2および図6に示される結果から、100℃以上で焼成された光触媒はW=O/W−O比が0.15以上であり、水との接触角が20°以下である親水性に優れる可視光応答型光触媒が得られた。
【0111】
さらに、触媒活性促進剤を含む実施例1の評価用部材は触媒活性促進剤を含まない実施例6および7の評価用部材に比べて接触角が有意に低下しており、触媒活性促進剤の添加により親水性が向上することが確認される。
【0112】
また、触媒活性促進剤を含む実施例1、2、3、4、および7の比較から、140℃以上、特に250℃以上で焼成を行なった場合は、超親水性能を有することが確認された。
[評価:耐久性試験]
上記実施例1〜4および比較例1で作製した評価用部材を大気中で一定時間蛍光灯照射させた。その際、所定時間ごとに評価用部材の接触角を上記の方法により測定した。図7に結果を示す。
【0113】
図7から、比較例の評価用部材は照射時間の経過とともに接触角が増大しており、親水性能が劣化していることがわかる。一方、実施例の評価用部材は照射時間が経過した場合であっても接触角がほとんど変化しておらず、大気中に放置した場合であっても親水性能の劣化が防止されることがわかる。実施例のようなW=O量が制御された評価用部材は埃などの化学物質の付着が抑制されるため、長時間接触角を低く維持することができるが、比較例の評価用部材は時間の経過とともに表面に大気中の埃や有機物などが付着し、接触角が低下すると考えられる。このことからW=O/W−Oピーク強度の比率が所定範囲にある実施例の評価用部材は、長時間放置した場合であっても優れた親水性を維持でき、防汚効果にも優れることが確認された。
【符号の説明】
【0114】
1 基板、
2 光触媒膜、
3 酸化タングステン膜、
4 触媒活性促進剤膜、
5 開口部、
6 ベースライン、
7 W−Oピーク、
8 W=Oピーク、
10 親水性部材。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化タングステンを含み、ラマンスペクトル測定におけるW−O基のピーク強度Xに対する、末端W=O基のピーク強度Yの比率が0.15≦Y/Xである、可視光応答型光触媒。
【請求項2】
前記酸化タングステンの構造がWOである、請求項1に記載の可視光応答型光触媒。
【請求項3】
さらに触媒活性促進剤を含み、
前記触媒活性促進剤は遷移金属の化合物または貴金属の単体である、請求項1または2に記載の可視光応答型光触媒。
【請求項4】
前記触媒活性促進剤が前記遷移金属の化合物を含み、
前記遷移金属の化合物が銅化合物である、請求項3に記載の可視光応答型光触媒。
【請求項5】
前記銅化合物が酸化銅、硝酸銅、硫酸銅の少なくとも一つである、請求項4に記載の可視光応答型光触媒。
【請求項6】
前記銅化合物が酸化銅を含み、
前記酸化銅の構造がCuOである、請求項5に記載の可視光応答型光触媒。
【請求項7】
基板と、
請求項1〜6のいずれか1項に記載の可視光応答型光触媒を含み、前記基板上に配置された光触媒膜と、
を有する親水性部材。
【請求項8】
前記基板の構成材料はガラスである、請求項7に記載の親水性部材。
【請求項9】
酸化タングステンを含む光触媒膜を得る工程と、
前記光触媒膜を100℃以上400℃未満で焼成して可視光応答型光触媒を得る工程と、
を有する、可視光応答型光触媒の製造方法。
【請求項10】
前記光触媒膜をスパッタリング法により作製する、請求項9に記載の製造方法。
【請求項11】
基板上に光触媒膜を有する親水性部材の製造方法であって、
基板上に、請求項1〜6のいずれか1項に記載の可視光応答型光触媒または請求項9もしくは10に記載の製造方法により得られる可視光応答型光触媒を含む光触媒膜を作製する工程を有する、親水性部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図5C】
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【図5D】
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【図5E】
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【図5F】
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【図5G】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−120967(P2012−120967A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−272746(P2010−272746)
【出願日】平成22年12月7日(2010.12.7)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】