説明

可視光応答型光触媒の製造方法、及び可視光応答型光触媒

【課題】簡便、確実、かつ低コストで実現可能な可視光応答型光触媒の製造方法を確立する。
【解決手段】大気圧下で酸化チタンにフェムト秒レーザを照射し、当該酸化チタンの結晶中に酸素欠陥及びTi3+の少なくとも一方を形成させる可視光応答型光触媒の製造方法を実施する。ここで、フェムト秒レーザの照射エネルギーは133〜533GW/cmであり、パルス幅は50〜1000fsであり、波長は250〜1600nmである。これにより、酸化チタンの結晶中に酸素欠陥及びTi3+の少なくとも一方を有する可視光応答型光触媒が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可視光応答型光触媒の製造方法、及び当該方法によって得られる可視光応答型光触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
代表的な光触媒として酸化チタン(TiO)がある。酸化チタンにバンドギャップより大きいエネルギーを有する紫外光を照射すると、価電子帯の電子が伝導帯に励起され、価電子帯に正孔が生成する。この正孔は強い酸化作用を有するため、悪臭物質や汚染物質の分解、防汚、殺菌等に有効である。
【0003】
ところが、通常の酸化チタン(アナターゼ型)が光触媒活性を発現するのは、波長が約400nm以下の紫外光を照射した場合に限られる。従って、主に可視光や赤外光を多く含む太陽光や蛍光灯の光では、約400nm以下の紫外光の割合が少ないため、効率よく正孔を発生させることができない。そこで、従来、可視光の照射でも光触媒活性を発現させるべく、酸化チタンに対して種々工夫が行われている。
【0004】
例えば、酸化チタンに少量のB、P、V、Cr、Mn、Fe等の陽イオンを含有させた陽イオンドープ酸化チタンが知られている(例えば、特許文献1を参照)。特許文献1によれば、酸化チタンに陽イオンをドープすると、酸化チタンの結晶構造において電子状態が変化し、これにより可視光に対しても光触媒活性を発現するようになるとされている。
【0005】
また、酸化チタンにプラズマ処理を施す方法も提案されている(例えば、特許文献2を参照)。特許文献2によれば、減圧下で、酸化チタンに対して水素プラズマ処理又は希ガス類プラズマ処理を行っている。これにより、酸化チタンの結晶構造中に安定した酸素欠陥が生成し、可視光の照射でも光触媒活性が得られるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−237598号公報
【特許文献2】国際公開第WO00/10706号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記の特許文献1や特許文献2の方法には幾つかの問題がある。特許文献1では、酸化チタンに陽イオンを導入するために当該陽イオンを含む溶液を酸化チタンに含浸させている。ところが、このような方法はウェットコンディションで行うことになるため、後に乾燥や加熱等の処理工程が必要となる。また、含浸処理では溶液が酸化チタンの全体に含浸するため、例えば、所定の部位のみに陽イオンをドープするなどの精密な触媒設計をすることは不可能である。さらに、酸化チタンへの陽イオンの導入は、ある意味で不純物を添加することになる。従って、一旦陽イオンのドープを行うと元の純粋な酸化チタンに再生することは困難である。
【0008】
特許文献2では、プラズマ処理を減圧下で行う必要がある。このため、装置構成が複雑になり、製造コストが高くなる。また、減圧下ではプラズマ処理の最中に不純物が混入する可能性が高く、目的物のイオンとともに不純物が酸化チタンに注入されるおそれがある。
【0009】
このように、現状では、有効に可視光応答型光触媒を得る手法は十分に確立されていない。本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、簡便、確実、かつ低コストで実現可能な可視光応答型光触媒の製造方法を確立するとともに、当該製造方法によって得られる可視光応答型光触媒を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するための本発明に係る可視光応答型光触媒の製造方法の特徴構成は、
大気圧下で酸化チタンにフェムト秒レーザを照射し、当該酸化チタンの結晶中に酸素欠陥及びTi3+の少なくとも一方を形成させることにある。
【0011】
上記課題で説明したように、従来行われていた酸化チタンの光触媒活性を可視光で発現させる手法は、製造工程が煩雑である、精密な触媒設計が不可能である、再生が困難である、装置構成が複雑になる、コスト高になる、コンタミ混入のおそれがある等の問題があった。
この点、本構成の可視光応答型光触媒の製造方法によれば、酸化チタンにフェムト秒レーザを照射するという簡便な方法で可視光応答型の酸化チタンを得ることができる。ここで、フェムト秒レーザの照射は、酸化チタンの結晶中に酸素欠陥及びTi3+の少なくとも一方が形成するように行われる。結晶中に形成した酸素欠陥又はTi3+は、比較的安定した状態で存在し続けると考えられる。その結果、酸化チタンは、紫外光だけでなく可視光に対しても有効な吸収を示すようになる。
本構成の可視光応答型光触媒の製造方法であれば、従来のような陽イオンドープを行わなくても酸化チタンに可視光吸収特性を発現させることができる。すなわち、不純物を含まない再生可能な可視光応答型酸化チタンを実現することができる。また、フェムト秒レーザを照射する手法は、酸化チタンの特定の部位に対して選択的に処理を行うことも容易である。このため、使用目的等に応じて精密な触媒設計が可能となる。さらに、本構成の可視光応答型光触媒の製造方法は、大気圧下で実施し得るものである。従って、製造装置の構成を簡素化でき、製造コストの低減に寄与し得る。
【0012】
本発明に係る可視光応答型光触媒の製造方法において、
前記フェムト秒レーザの照射エネルギーは、133〜533GW/cmであることが好ましい。
【0013】
本構成の可視光応答型光触媒の製造方法によれば、酸化チタンに照射するフェムト秒レーザの照射エネルギーを133〜533GW/cmとすることにより、酸化チタンの結晶中に酸素欠陥及びTi3+を確実に形成することができる。
【0014】
本発明に係る可視光応答型光触媒の製造方法において、
前記フェムト秒レーザのパルス幅は、50〜1000fsであることが好ましい。
【0015】
本構成の可視光応答型光触媒の製造方法によれば、酸化チタンに照射するフェムト秒レーザのパルス幅を50〜1000fsとすることにより、酸化チタンの結晶中に酸素欠陥及びTi3+を確実に形成することができる。
【0016】
本発明に係る可視光応答型光触媒の製造方法において、
前記フェムト秒レーザの波長は、250〜1600nmであることが好ましい。
【0017】
本構成の可視光応答型光触媒の製造方法によれば、酸化チタンに照射するフェムト秒レーザの波長を250〜1600nmとすることにより、酸化チタンの結晶中に酸素欠陥及びTi3+を確実に形成することができる。
【0018】
本発明に係る可視光応答型光触媒の製造方法において、
前記酸化チタンとして、ドーパントが添加された酸化チタンを用いることが好ましい。
【0019】
本構成の可視光応答型光触媒の製造方法によれば、可視光に対してある程度の吸収特性を有するドーパントが添加された酸化チタンにフェムト秒レーザを照射することにより、酸化チタン光触媒の可視光吸収特性をさらに向上させることができる。その結果、強力な可視光応答型光触媒を生成することができる。
【0020】
上記課題を解決するための本発明に係る可視光応答型光触媒の特徴構成は、
酸化チタンの結晶中に酸素欠陥及びTi3+の少なくとも一方を有することにある。
【0021】
本構成の可視光応答型光触媒では、結晶中において、酸素欠陥又はTi3+が比較的安定した状態で存在し続けると考えられる。その結果、酸化チタンは、紫外光だけでなく可視光に対しても有効な吸収を示すようになる。
本構成の可視光応答型光触媒であれば、従来のような陽イオンドープ酸化チタン等とは異なり、再生可能な純粋な酸化チタンのみで可視光吸収特性を発現する。また、本構成の可視光応答型光触媒は、使用目的等に応じて精密な触媒設計が可能となる。さらに、本構成の可視光応答型光触媒は、大気圧下で製造することができるため、製造装置の構成を簡素化でき、製造コストの低減に寄与し得る。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】図1は、ガラス基板に酸化チタン膜を形成するために使用する成膜装置の概略図である。
【図2】図2は、レーザ光の照射装置の概略図である。
【図3】図3は、実施例1におけるレーザ光の照射パターンを示す図である。
【図4】図4は、レーザ光を照射した後の酸化チタン膜の表面の全体写真、及び酸化チタン膜の一部の表面を走査型電子顕微鏡(SEM)により撮影した拡大写真である。
【図5】図5は、実施例2におけるレーザ光の照射パターンを示す図である。
【図6】図6は、アセトアルデヒド分解試験を行うための試験装置の概略図である。
【図7】図7は、紫外光によるアセトアルデヒド分解試験の結果を示すグラフである。
【図8】図8は、可視光によるアセトアルデヒド分解試験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明に関する実施形態を図面に基づいて説明する。ただし、本発明は、以下に説明する実施例や図面に記載される構成に限定されることを意図せず、それらと均等な構成も含む。
【0024】
本発明の可視光応答型光触媒における一つの大きな特徴は、実質的に不純物を含まず、純粋な酸化チタンのみから構成し得る点にある。従って、再生やリサイクルが容易である。原料の酸化チタンの結晶形態は、光触媒用として広く利用されているアナターゼ型酸化チタンの他、ルチル型酸化チタンやブルッカイト型酸化チタンも使用可能である。ただし、光触媒活性の大きさや入手容易性等を考慮すると、アナターゼ型酸化チタンが好ましい。原料の酸化チタンは、市販されている酸化チタン粉末をそのまま使用することができる。一方、有機チタン化合物から酸化チタンを合成しても構わない。例えば、チタンアルコキシドをゾル−ゲル反応させることにより、所望の酸化チタンを合成することができる。使用に供する酸化チタンの性状は、粉末状、膜状、固体状等、用途に応じて任意の性状とすることができる。また、多孔質体などの触媒担体に酸化チタンを担持させた担持タイプや、基板上に酸化チタンを成膜したフィルムタイプも使用可能である。なお、本実施形態では、ガラス基板に酸化チタンを成膜した酸化チタン膜を使用した。
【0025】
図1に、ガラス基板に酸化チタン膜を形成するために使用する成膜装置100の概略図に示す。成膜装置100は、主に、プロセスチャンバ1、エアロゾルチャンバ2、ガスボンベ3、メカニカルブースターポンプ4、及びロータリーポンプ5から構成される。
【0026】
プロセスチャンバ1の内部には基板を配置するためのプロセスステージ11が設けられ、当該プロセスステージ11に対向するように酸化チタンのエアロゾルを吹き付けるためのノズル12が設けられている。プロセスステージ11は可動式であり、コントローラ13により、プロセスステージ11に載置したサンプルをノズル12に対して縦方向(Y方向)及び横方向(X方向)に相対移動させることができる。プロセスステージ11上に基板Aを配置した後、メカニカルブースターポンプ4及びロータリーポンプ5を作動させ、プロセスチャンバ1の内部を減圧する。
【0027】
エアロゾルチャンバ2の内部には、成膜原料となる酸化チタン微粒子が予め導入されている。また、エアロゾルチャンバ2には、フローガスとしての不活性ガス(例えば、ヘリウム、窒素等)を供給するガスボンベ3が接続されている。エアロゾルチャンバ2の内部にガスボンベ3から不活性ガスを導入すると、酸化チタン微粒子はエアロゾルチャンバ2中に吹き上げられて不活性ガスと混合状態(エアロゾル)となり、上方のホース21を通って下流のノズル12に供給される。ここで、エアロゾルチャンバ2には、酸化チタン微粒子の分散性を向上させるために振動装置22を必要に応じて設ける。プロセスチャンバ1内では、ノズル12からプロセスステージ11上に配置された基板Aに向けて酸化チタン微粒子の噴流(エアロゾルビーム)が入射角θで吹き付けられる。ここで、吹き付けの最中にプロセスステージ11をノズル12に対して相対移動させる。プロセスステージ11の移動パターンは、設計した酸化チタン膜の形状に応じて、コントローラ13にプログラミングされている。基板Aの表面に酸化チタンのエアロゾルが衝突すると、当該エアロゾルが破壊されて薄膜化する。このとき、薄膜の表面には活性な新生面が生成する。この活性な新生面に後から到来した別のエアロゾルが衝突すると、新生面の上に新たな酸化チタン膜が形成される。そして、この衝突が繰り返されることにより薄膜が成長し、緻密で強固な酸化チタン膜となる。
【0028】
成膜装置100によって形成した酸化チタン膜を可視光応答型光触媒へと変化させるには、酸化チタン膜にフェムト秒レーザを照射する。本明細書において「フェムト秒レーザ」とは、フェムト秒オーダーのパルス幅を有するレーザ光とする。フェムト秒レーザの照射は、減圧チャンバ等を必要とせず、通常の大気圧下で行うことができる。図2に、フェムト秒レーザの照射装置200の概略図を示す。照射装置200は、主に、フェムト秒レーザ発信器51、エネルギー減衰器52、反射ミラー53、集光レンズ54、及び照射ステージ55から構成される。
【0029】
フェムト秒レーザ発信器51から出射したフェムト秒レーザ(以下、「レーザ光」とする)は、エネルギー減衰器52によって照射エネルギーが調整される。その後、エネルギー調整されたレーザ光は反射ミラー53及び集光レンズ54を経由し、照射ステージ55の上に載置された基板A上の酸化チタン膜Sを照射する。ここで、フェムト秒レーザ発信器51からのレーザ光の照射は、酸化チタン膜Sの結晶中に酸素欠陥及びTi3+の少なくとも一方が形成するように行われる。すなわち、酸化チタンのバンド構造内において、新たなドナー準位が形成されるように、レーザ照射が行われる。具体的には、酸化チタン膜Sに到達するレーザ光は、エネルギー減衰器52によって照射エネルギーが133〜533GW(ギガワット)/cmとなるように、より好適には267〜533GW/cmとなるように減衰調整される。照射エネルギーが133GW/cmより小さい場合、酸素欠陥又はTi3+が充分に形成されない。一方、照射エネルギーが大きくなり過ぎると、酸化チタン膜Sが破損されるおそれがある。また、レーザ光のパルス幅は50〜1000fsに、より好適には100〜200fsに調整される。これらの範囲であれば、レーザ光の照射により、酸化チタン膜Sが黒色化し、可視光を吸収するようになる。パルス幅が50fsより小さい場合、酸素欠陥又はTi3+が充分に形成されない。一方、パルス幅が1000fsより大きくなると、酸化チタン膜Sが溶融するおそれがある。さらに、レーザ光の波長は250〜1600nmに、より好適には700〜800nmに調整される。波長が250nmより小さい場合、あるいは1600nmより大きい場合では、酸素欠陥又はTi3+が充分に形成されない。
【0030】
上記の照射条件により、フェムト秒レーザ発信器51によってレーザ光を酸化チタン膜Sに照射すると、照射部が褐色乃至黒色に変色し、酸化チタン膜Sの結晶中に酸素欠陥又はTi3+が形成する。この酸素欠陥及びTi3+は、比較的安定した状態で存在し続けると考えられる。その結果、酸化チタンは、紫外光だけでなく可視光に対しても有効な吸収を示すようになる。また、レーザ光の照射により褐色乃至黒色に変色した酸化チタン膜Sについて、紫外光又は可視光を照射することにより電気抵抗を測定した。その結果、紫外光照射時だけでなく可視光照射時においても、酸化チタン膜Sは変色前の状態より電気抵抗が低下することが確認された。この新規で且つ特異な現象は、酸化チタンのバンド構造内の伝導帯から0.75〜1.18eV低位に新たなドナー準位が形成されたため発生すると考えられる。以上のようにして、本発明では、可視光に対して優れた活性を示し得る可視光応答型光触媒を形成することができる。
【実施例】
【0031】
本発明の可視光応答型光触媒に関する実施例について説明する。以下に説明する実施例では、初めに、図1に示した成膜装置100を用いて酸化チタン膜Sを成膜した。次いで、酸化チタン膜Sに対して、フェムト秒レーザ発信器51から照射エネルギーの異なるレーザ光を照射し、本発明の可視光応答型光触媒を生成した。各実施例に共通の酸化チタン膜Sの成膜条件は以下のとおりである。
【0032】
<成膜条件>
(1)原料:アナターゼ型酸化チタン粉末(平均粒径200nm)
(2)搬送ガス:ヘリウム
(3)ガス流量:17L/秒
(4)基板:スライドガラス
(5)ノズル−基板間距離:10mm
(6)エアロゾルビーム入射角度:40度
(7)掃引速度:3mm/秒
(8)エアロゾルビーム処理面積:10×20mm
(9)処理温度:室温
【0033】
<実施例1>
実施例1では、酸化チタン膜Sから可視光応答型光触媒を形成するのに適したレーザ光の照射エネルギー範囲を確認する試験を行った。フェムト秒レーザ発信器51によるレーザ光の照射は、図2に示した照射装置200を用いて行った。実施例1におけるレーザ光の照射条件は以下のとおりである。
【0034】
<照射条件>
(1)波長:775nm
(2)パルス幅:150fs
(3)繰り返し周波数:1kHz
(4)レンズ焦点距離:100mm
(5)ビームスポット径:250μm
(6)照射エネルギー:67〜1267GW/cmの範囲で67GW/cm
(7)掃引速度:1μm/パルス
(8)照射雰囲気:大気
【0035】
図3に、実施例1におけるレーザ光の照射パターンを示す。同図に示すように、酸化チタン膜Sの上に、67〜1267GW/cmの範囲で67GW/cm毎に照射エネルギーを調整したレーザ光をライン状に照射した。
【0036】
図4に、レーザ光を照射した後の酸化チタン膜Sの表面の全体写真、及び酸化チタン膜Sの一部の表面を走査型電子顕微鏡(SEM)により撮影した拡大写真を示す。同図より、照射エネルギーを133GW/cm以上に調整した場合、白色の酸化チタン膜Sが褐色乃至黒色に変色した。ただし、照射エネルギーを1200GW/cmまで上げると、酸化チタン膜Sにクラック等の形状変化が見られた。これらの結果から、酸化チタン膜Sを可視光応答型光触媒に変化させるには、レーザ光の照射エネルギーを133〜1067GW/cm程度に調整するのが好適と考えられる。
【0037】
<実施例2>
実施例2では、可視光応答型光触媒によるアセトアルデヒドの分解試験を行った。この実施例2において使用した可視光応答型光触媒は、図2に示した照射装置200を用いて酸化チタン膜Sにレーザ光を照射したものである。実施例2におけるレーザ光の照射条件は以下のとおりである。
【0038】
<照射条件>
(1)波長:775nm
(2)パルス幅:150fs
(3)繰り返し周波数:1kHz
(4)レンズ焦点距離:100mm
(5)ビームスポット径:250μm
(6)照射エネルギー:133〜800GW/cmの範囲で133GW/cm
(7)掃引速度:1μm/パルス
(8)照射雰囲気:大気
【0039】
図5に、実施例2におけるレーザ光の照射パターンを示す。図5(a)に示すように、酸化チタン膜Sの上に照射エネルギーを調整したレーザ光を全面に照射し、可視光応答型光触媒の試料を得た。試料は、133〜800GW/cmの範囲で133GW/cm毎に照射した試料を準備した(全6サンプル)。図5(b)にレーザ光を照射した後の酸化チタン膜Sの表面写真の例を示す。同図より、白色の酸化チタン膜Sが褐色乃至黒色に変色したことが確認できる。
【0040】
上記6つの試料を用いて、アセトアルデヒド分解試験を行った。図6に、アセトアルデヒド分解試験を行うための試験装置300の概略図を示す。図6(a)に示すように、容量1Lの透明容器61の内部にステージ62を配置し、当該ステージ62上に各照射エネルギーで照射した試料(基板Aに形成した酸化チタン膜S)を載置した。そして、透明容器61にアセトアルデヒド100ppmを含むガスを導入し、紫外光を透明容器の下方から各サンプルに向けて照射した。紫外光は、図6(b)に示すスペクトルを有する。紫外光の照射は4時間継続し、1時間毎にガス検知管63を用いてガス濃度を測定した。また、対照試験として、レーザ光を照射していない酸化チタン膜Sについても同様のアセトアルデヒド分解試験を行った。試験結果を図7のグラフに示す。
【0041】
次に、図6の試験装置300を使用し、可視光によるアセトアルデヒド分解試験を行った。可視光は、図8(a)に示すスペクトルを有する。試験条件は、紫外光照射試験における試験条件と同様である。試験結果を図8(b)のグラフに示す。
【0042】
図7及び図8の試験結果より、フェムト秒レーザ発信器51により酸化チタン膜Sにレーザ光を照射エネルギー133〜533GW/cmで照射して得た可視光応答型光触媒は、優れたアセトアルデヒド分解性能を示すことが確認された。紫外光を照射した場合では、アセトアルデヒドを最高で80%以上分解することができた。可視光を照射した場合においても、アセトアルデヒドを約50%分解することができた。特に、可視光の照射によって発現する光触媒活性は、陽イオンドープ等の処理を施していない従来の純粋な酸化チタンには見られない新たな知見である。この理由については、まだ完全には解明されていないが、レーザ光の照射により酸化チタンの結晶中に形成した酸素欠陥又はTi3+が比較的安定した状態で存在し続けたことに起因するものと考えられる。このように、本発明の可視光応答型光触媒は、紫外光だけでなく可視光に対しても有意な光触媒活性を示しており、有機物質の分解に優れた効果が認められた。
【0043】
<別実施形態>
上記実施形態(実施例)においては、フェムト秒レーザを照射する酸化チタンとして、実質的に不純物を含まない純粋な酸化チタンを使用している。しかしながら、本発明の技術思想は、酸化チタンにフェムト秒レーザを照射することにより、酸化チタンの結晶中に酸素欠陥及びTi3+の少なくとも一方を形成させ、その結果、可視光応答特性を向上させることにある。従って、照射対象の酸化チタンとして、純粋な酸化チタンだけでなく、ドーパントが添加された酸化チタン、例えば、ホウ素(B)、リン(P)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)等がドープされた陽イオンドープ酸化チタンや、硫黄(S)、窒素(N)等がドープされた陰イオンドープ酸化チタンを使用することも可能である。この場合、可視光に対してある程度の吸収特性を有するドーパントが添加された酸化チタンにフェムト秒レーザを照射することで、元々酸化チタン光触媒が備えていた可視光吸収特性をさらに向上させることができる。よって、強力な可視光応答型光触媒を生成するためには、ドーパントが添加された酸化チタンへのフェムト秒レーザの照射も有効である。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明の可視光応答型光触媒は、蛍光灯などの照明器具が設置された室内や、太陽光を利用できる屋外での使用において特に有用であり、悪臭物質や汚染物質の分解、防汚、殺菌等を目的として利用することができる。
【符号の説明】
【0045】
1 プロセスチャンバ
2 エアロゾルチャンバ
3 ガスボンベ
4 メカニカルブースターポンプ
5 ロータリーポンプ
11 プロセスステージ
12 ノズル
51 フェムト秒レーザ発信器
52 エネルギー減衰器
53 反射ミラー
54 集光レンズ
55 照射ステージ
100 成膜装置
200 照射装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
大気圧下で酸化チタンにフェムト秒レーザを照射し、当該酸化チタンの結晶中に酸素欠陥及びTi3+の少なくとも一方を形成させる可視光応答型光触媒の製造方法。
【請求項2】
前記フェムト秒レーザの照射エネルギーは、133〜533GW/cmである請求項1に記載の可視光応答型光触媒の製造方法。
【請求項3】
前記フェムト秒レーザのパルス幅は、50〜1000fsである請求項1又は2に記載の可視光応答型光触媒の製造方法。
【請求項4】
前記フェムト秒レーザの波長は、250〜1600nmである請求項1〜3の何れか一項に記載の可視光応答型光触媒の製造方法。
【請求項5】
前記酸化チタンとして、ドーパントが添加された酸化チタンを用いる請求項1〜4の何れか一項に記載の可視光応答型光触媒の製造方法。
【請求項6】
酸化チタンの結晶中に酸素欠陥及びTi3+の少なくとも一方を有する可視光応答型光触媒。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−30172(P2012−30172A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−171679(P2010−171679)
【出願日】平成22年7月30日(2010.7.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名:社団法人レーザー学会 刊行物名:レーザー学会学術講演会第30回年次大会 講演予稿集 発行年月日:2010年2月2日
【出願人】(591286270)株式会社伏見製薬所 (50)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(508114454)地方独立行政法人 大阪市立工業研究所 (60)
【Fターム(参考)】