説明

可視光応答性に優れる光触媒塗工液

【課題】バインダー成分による光触媒活性の低下を防ぐことで、紫外線・可視光線の両方に対して高い応答性を示し、尚且つ透明性の高い光触媒薄膜を形成可能な塗工液を提供する。
【解決手段】光触媒及びバインダー成分を含む塗工液において、前記バインダー成分が水溶性チタン化合物を含むことを特徴とする光触媒塗工液。光触媒と、非晶質チタン化合物からなるバインダーとを含有してなる、基体上に形成された光触媒薄膜。前記塗工液を基体の表面に塗布して塗膜を形成し、得られた塗膜を80〜110℃の温度で乾燥することを特徴とする光触媒薄膜の形成方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は光触媒の塗工液(コーティング液)に関するものである。さらに詳しくは、多様な基体への密着性が高く、かつ光触媒活性が高く、特に可視光応答性を有する光触媒薄膜を、光触媒本体の性能を損なう事なく発現させることの出来る塗工液に関するものである。
【背景技術】
【0002】
種々の基体の表面に酸化チタン等からなる光触媒薄膜を形成し、酸化チタン等の光触媒作用により得られる強い分解力および親水性を活用して、基体表面の清浄化、脱臭、抗菌等の応用が為されている。しかし、現在の酸化チタン薄膜を形成するための塗工液は、光触媒の微粒子を薄膜として保持するためのバインダー成分にシリコーン系材料が用いられることが多い(例えば、特許文献1および2)。ところが、光触媒粉末の粒径は極めて微細であり、粉末の大部分は製膜時に膜内に埋もれてしまうか、あるいは光触媒粒子の周囲をバインダー成分が包接してしまい、光触媒活性が損なわれてしまう欠点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−116461号公報
【特許文献2】特開2006−272757号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記問題点を解決することを課題とするものであり、バインダー成分による光触媒活性の低下を防ぐことで、紫外線・可視光線の両方に対して高い応答性を示し、尚且つ透明性の高い光触媒薄膜を形成可能な塗工液を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、光触媒成分およびバインダー成分を含む塗工液において、前記バインダー成分が水溶性チタン化合物を含むことを特徴とする光触媒塗工液を提供するものである。
【発明の効果】
【0006】
本発明の光触媒塗工液を用いて光触媒薄膜を形成すると、高活性な光触媒粉末の触媒活性のバインダー成分による低下が効果的に抑制され、微弱な照度下においても充分な光触媒活性を示す透明度の高い薄膜が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下、本発明を詳細に説明する。なお、本発明において「酸化チタン系」材料とは多様な酸化チタンおよび多様な過酸化チタン、並びにそれらの塩基あるいは酸との化合物を包含する。
【0008】
[光触媒]
本発明において、光触媒としては従来知られているいずれのものも使用することができ、例えば、酸化チタン系光触媒、酸化タングステン系光触媒、酸化ニオブ系光触媒等を挙げることができる。中でも、酸化チタン系光触媒が好ましい。
【0009】
酸化チタン系光触媒としては、例えば、アナターゼ型結晶質の二酸化チタン;白金、鉄等の金属を担持した結晶質二酸化チタン;下に構造式を示すペルオキソチタン(特にアナターゼ型結晶構造を持つペルオキソチタン)、ペルオキソチタン酸;チタン酸金属塩、例えばチタン酸ストロンチウム、チタン酸バリウム、チタン酸ナトリウムが挙げられる。これらは粉末または粉末の分散液、特に水やエタノールなどを分散媒とする分散液の形態で使用し得る。該粉末は、一次粒子径が微細なもの、即ちX線回折法により求められた一次粒子径が0.1nm〜100nmの範囲、更に好ましくは1nm〜50nmの範囲にあるものが好適に使用される。分散液中の該粉末の粒子(2次粒子)は、動的光散乱法・周波数解析(FFT−ヘテロダイン法)により求められる体積基準の50%累積分布径(D50)(以下「平均粒径」という)が0.1nm〜200nmの範囲、更に1nm〜100nm、特に1nm〜50nmの範囲にあるのが好ましい。
【0010】
このような酸化チタン系光触媒粉末またはその分散液の市販の材料としては、MPT-623(商品名、可視光応答性光触媒、粉末状、白金を担持した結晶質二酸化チタン、石原産業製)、MPT-625(商品名、可視光応答性光触媒、粉末状、鉄を担持した結晶質二酸化チタン、石原産業製)、サガンコートTOゾル(商品名、アナターゼ型結晶質ペルオキソチタン水分散液、鯤コーポレーション製)等が挙げられる。
【0011】
ペルオキソチタンは、下記構造式に示すような、Ti-O-Ti結合の一部がTi-O-O-Ti結合に転化した化合物(錯体)である。
【0012】
【化1】

【0013】
[バインダー成分]
本発明の塗工液にバインダー成分として使用し得る水溶性チタン化合物としては、ペルオキソチタン酸;ならびに、水溶性チタンアルコキシド化合物、水溶性チタンアシレート化合物、水溶性チタンキレート化合物等の水溶性有機チタン化合物が挙げられる。
【0014】
上記水溶性チタンアルコキシド化合物としては、一般式(1):
Ti(OR (1)
〔式中、Rは独立に同種または異種のアルキル基を示す。〕
で表されるものが挙げられる。
【0015】
一般式(1)中のRで表されるアルキル基としては、炭素原子数1〜8のもの、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、t−ブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基、n−ヘプチル基、n−オクチル基、2−エチルヘキシル基等がある。
【0016】
上記の一般式(1)で表される水溶性チタンアルコキシドの具体例として、例えば、テトラメトキシチタン、テトラエトキシチタン、テトラプロポキシチタン、テトライソプロポキシチタン、テトラブトキシチタン等を用いることができる。
【0017】
上記水溶性チタンアシレート化合物としては、一般式(2):
Ti−(−O(CO)−R (2)
〔式中、Rは独立に同種または異種の一価の有機基であり、好ましくは一価の脂肪族炭化水素基である。〕
で表されるものが挙げられる。
【0018】
一般式(2)において、Rで表される有機基としては、例えば、メチル、エチル、プロピル、ブチル等のアルキル基、ビニル、アリル、1−プロペニル等のアルケニル基等の脂肪族不飽和炭化水素基、アクリロイル基、メタクリロイル基等の脂肪族不飽和結合を有する基、シクロヘキシル、1−シクロヘキセニル等の脂環式炭化水素基、フェニル、スチリル、トリル、キシリル等の芳香族炭化水素基の他、エポキシ基、グリシジル基、アクリロイルオキシ基、メタクリロイルオキシ基等の含酸素複合基、ウレイド基、アミノ基、アミド基、イソシアネート基等含窒素複合基等が挙げられる。
【0019】
上記水溶性チタンアシレート化合物としては、例えば、チタンラクテート、チタンラクテートアンモニウム塩、オキソチタンビス(モノアンモニウムオキサレート)等が挙げられ、好ましくはチタンラクテート、チタンラクテートアンモニウム塩等である。
【0020】
上記水溶性チタンキレート化合物として、例えば、チタンジイソプロポキシビス(トリエタノールアミネート)、チタンテトラアセチルアセトネート等を用いることができる。
【0021】
これらの水溶性チタン化合物の中でも、ペルオキソチタン酸が好ましい。
【0022】
このような水溶性チタン化合物の市販の材料としては、サガンコートPTAゾル(商品名、ペルオキソチタン酸中性水溶液、固形分含量0.85質量%、鯤コーポレーション社製)、ティオスカイコートTAK-B(商品名、ペルオキソチタン酸水溶液、固形分含量0.85質量%、ティオテクノ社製)、オルガチックスTC-400(商品名、チタンジイソプロポキシビス(トリエタノールアミネート)の80質量%2−プロパノール溶液、チタン分含有率9.3質量%、マツモトファインケミカル(株)製)、オルガチックスTC-310(商品名、チタンラクテートの水/2−プロパノール混合溶媒溶液、チタン分含有率8.2質量%、マツモトファインケミカル(株)製)等が挙げられる。
【0023】
これらの水溶性チタン化合物は1種でも2種以上混合してもよい。
本発明の塗工液は、光触媒成分を0.1〜10質量%、更に好ましくは0.5〜5質量%、バインダー成分として上記水溶性チタン化合物を0.01〜5質量%、更に好ましくは0.25〜2質量%、含むのが好ましい。
【0024】
[基体]
本発明の塗工液が塗布される基体は光触媒薄膜を形成することができる限り、特に限定されない。基体の材料としては、例えば有機材料、無機材料、金属材料が挙げられる。これらはそれぞれの目的、用途に応じた様々な形状を有することができる。
【0025】
例えば、有機材料としては、例えば、塩化ビニル樹脂、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネート、アクリル樹脂、ポリアセタール、フッ素樹脂、シリコーン樹脂、エチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA)、アクリロニトリル−ブタジエンゴム(NBR)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、エチレン−ビニルアルコール共重合体(EVOH)、ポリイミド樹脂、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン(ABS)樹脂、メラミン樹脂等の合成樹脂材料;天然、合成もしくは半合成の繊維材料および繊維製品が挙げられる。これらは、フィルム、その他の成型品、積層体などの所要の形状、構成に製品化されていてよい。
【0026】
無機材料としては、例えば、ガラス、セラミック材料等が挙げられる。これらはタイル、碍子、ミラー等の様々な形に製品化されうる。
【0027】
金属材料としては、鋳鉄、鋼材、鉄、鉄合金、アルミニウム、アルミニウム合金、ニッケル、ニッケル合金、亜鉛ダイキャスト等が挙げられ、それらはメッキが施され、有機塗料が塗布されていてもよい。また、無機または有機の材料表面に施された金属メッキ被覆であってもよい。
【0028】
基体が有機材料からなる場合は特に、基体上に光触媒薄膜を形成する前に、該基体を表面活性化処理することが好ましい。この処理により、本発明の塗工液の基体への濡れ性および塗工性が効果的に向上する。表面活性化処理としては、例えば、コロナ処理、常圧(もしくは大気圧)プラズマ処理、または低圧低温プラズマ処理を用いることができる。
【0029】
[薄膜形成]
本発明は、光触媒薄膜を形成する方法として、
上記塗工液を基体の表面に塗布して塗膜を形成し、
得られた塗膜を80〜150℃の温度で乾燥する、
ことを特徴とする光触媒薄膜の形成方法をも提供する。
基体上に光触媒薄膜を形成するには、本発明の前記塗工液を基体の表面に塗布して塗膜を形成し、得られた塗膜を80〜150℃、好ましくは90〜110℃の温度で乾燥する。
【0030】
光触媒塗工液を基体に塗布するには、従来公知のいずれの方法によっても実施できる。具体的には、ディップコーティング法、スピンコーティング法、スプレーコーティング法、刷毛塗り法、含浸法、ロール法、ワイヤーバー法、ダイコーティング法、グラビア印刷法、インクジェット法等を利用して塗膜を基体上に形成する。
【0031】
基体上の上記塗膜を乾燥する温度は、80〜150℃、好ましくは90〜110℃である。この温度での加熱、乾燥によりバインダー成分である水溶性チタン化合物は非晶質の酸化チタン系材料に転換される。この非晶質酸化チタン系材料は非晶質酸化チタンをベースとするが、水溶性チタン化合物として水溶性有機チタン化合物を用いた場合には有機分が残存していてもよい。温度が150℃よりも高いと、塗工液中のバインダー成分が結晶化してバインダーとしての機能が低下するとともに基体を保護する効果も低下する。
【0032】
形成した薄膜の厚さは通常0.01〜10μm、好ましくは0.05〜2μmである。光触媒薄膜が薄すぎると光触媒活性が劣り、また厚すぎると剥離、割れ、そり等が発生し易く、薄膜の耐久性が低下する。
【0033】
本発明の塗工液を用いて厚さ0.01〜10μmの薄膜を形成した場合、Haze値5以下、特に3.5以下、全光線透過率80%以上、特に85%以上の透明薄膜を得ることができる。また、該薄膜は光触媒活性(紫外線)10以上、光触媒活性(可視光)2.0以上を有する。
【0034】
こうして得られる光触媒薄膜は、光触媒と、非晶質酸化チタン系材料からなるバインダーとから構成されている。
【実施例】
【0035】
以下実施例により本発明を具体的に説明する。本特許はこれらの例により制限されるものではない。
【0036】
[実施例1〜4および比較例1〜3]
酸化チタン系光触媒材料として、次のものを使用した。
・市販のMPT625(商品名、鉄担持結晶質二酸化チタン微粒子、石原産業製)。
・市販のサガンコートTOゾル(鯤コーポレーション製:アナターゼ型結晶質ペルオキソチタン水分散液、ペルオキソチタン固形分0.85%)。
【0037】
これらの光触媒分散液を製膜可能な塗工液とするため次のバインダー材料を使用した。
・市販のサガンコートPTAゾル(商品名、ペルオキソチタン酸中性水溶液、固形分含量0.85質量%、鯤コーポレーション製)。
・オルガチックスTC-310(チタンラクテート、マツモトケミカル製)。
・KR-400(商品名、常温硬化型シリコーンレジン、信越化学工業(株)製)。
・FJ-294(商品名、汎用バインダー、GRANDEX製)。
【0038】
各実施例および各比較例において、表1に示すように、上記の光触媒材料とバインダー材料とを、それぞれの光触媒成分およびバインダー成分が表に示す濃度となるように混合、希釈して塗工液を調製した。
【0039】
各例において、50μm厚のポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム上に塗工液を塗布し、得られた塗膜を100℃で30分間加熱、乾燥して100nmの厚みの光触媒薄膜を形成した。薄膜の厚さは、薄膜測定装置F-20(商品名、FILMETRICS社製)および走査型電子顕微鏡S-3400NX(商品名、日立ハイテクノロジーズ)を用いて測定した。
【0040】
こうして得られた光触媒薄膜を以下の方法で評価した。結果を表1に示す。
・光触媒活性の評価方法
メチレンブルーの1.0mmol/L水溶液を光触媒薄膜に塗布し充分量のメチレンブルーを吸着させ、乾燥して評価用試験体を作製した。該評価用試験体について、光触媒評価チェッカーPCC-2(商品名、ULVAC社製)を用いて、紫外線または可視光線を照射し青色色素の吸光度の減少を測定した。照射光条件は、紫外線1mW/cm2、可視光(波長400nm〜600nm)1mW/cm2であった。
表1に、光触媒活性を、測定開始15分後のメチレンブルー吸光度の変化量×103として示した。
【0041】
・光透過率・ヘイズ
日本電色工業社のデジタルヘイズメーター NDH-20Dにより測定した。
【0042】
【表1】

【0043】
(注)TOゾルとKR-400を組み合わせる例は、これらは混和しないため実施しなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光触媒成分及びバインダー成分を含む塗工液において、前記バインダー成分が水溶性チタン化合物を含むことを特徴とする光触媒塗工液。
【請求項2】
上記水溶性チタン化合物が、ペルオキソチタン酸および水溶性有機チタン化合物から選ばれる少なくとも1種である、請求項1に係る塗工液。
【請求項3】
上記水溶性チタン化合物がペルオキソチタン酸である、請求項2に係る塗工液。
【請求項4】
上記水溶性有機チタン系化合物が水溶性チタンアルコキシド化合物、水溶性チタンアシレート化合物又は水溶性チタンキレート化合物である、請求項2に係る塗工液。
【請求項5】
上記バインダー成分の含有量が、上記光触媒成分に対して1〜100質量%である、請求項1〜4のいずれか1項に係る塗工液。
【請求項6】
前記光触媒成分を0.1〜10質量%、前記バインダー成分を0.01〜5質量%含有する請求項1〜5のいずれか1項に係る塗工液。
【請求項7】
上記光触媒成分が酸化チタン系光触媒である、請求項1〜6いずれか1項に係る塗工液。
【請求項8】
上記酸化チタン系光触媒が、アナターゼ型結晶質ペルオキソチタンを含む、請求項7に係る塗工液。
【請求項9】
上記光触媒成分が、白金担持結晶質二酸化チタン若しくは鉄担持結晶質二酸化チタンである、請求項1〜8のいずれか1項に係る塗工液。
【請求項10】
上記光触媒成分は、動的光散乱法・周波数解析(FFT−ヘテロダイン法)により求められる体積基準の50%累積分布径(D50)が0.1nm〜200nmの範囲にある粉体である、請求項1〜9のいずれか1項に係る塗工液。
【請求項11】
基体上に塗布し乾燥して厚み0.01μm〜10μmの範囲にある薄膜を形成した際、Haze値5以下、全光線透過率80%以上の透明薄膜を与えることを特徴とする、請求項1〜10のいずれか1項に係る塗工液。
【請求項12】
光触媒と、非晶質酸化チタン系材料からなるバインダーとを有してなる、基体上に形成された光触媒薄膜。
【請求項13】
請求項12に記載の光触媒薄膜を形成する方法であって、
請求項1〜11のいずれか1項に記載の塗工液を基体の表面に塗布して塗膜を形成し、 得られた塗膜を80〜150℃の温度で乾燥する、
ことを特徴とする光触媒薄膜の形成方法。

【公開番号】特開2010−234355(P2010−234355A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−9857(P2010−9857)
【出願日】平成22年1月20日(2010.1.20)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】