説明

可視光水分解用触媒および光電極の製造方法

【課題】可視光照射に対して長時間に渡って光触媒機能を維持する光電極を与え得る可視光水分解用触媒および光電極の製造方法を提供する。
【解決手段】タンタルの酸窒化物粒子に助触媒としてCoOが担持されてなる可視光水分解用触媒、およびタンタルの酸窒化物粒子に助触媒としてCoOを担持させる工程、タンタルの酸窒化物粒子を導電性基板上に固定する工程、およびタンタルの酸窒化物粒子に電子移動を促進するネッキング処理を施す工程、を含む光電極の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な可視光水分解用触媒および光電極の製造方法に関し、さらに詳しくは可視光照射に対して長時間に渡って光触媒機能を維持する光電極を与え得る可視光水分解用触媒および光電極の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化を防止するため、さらには可採可能燃料の枯渇に対する取り組みとして水素を主要なエネルギー源と想定した水素社会実現に向け、燃料電池、水素製造技術、水素貯蔵・輸送技術などの開発が活発になされている。
水素は、現在、石炭・石油や天然ガスなどの化石燃料を原料として製造することができるが、将来的には、水・バイオマスなどの非化石燃料と太陽光などのクリーンエネルギーとを用いた水素製造技術が望まれている。
【0003】
ところで、太陽光などの光を受光して光起電力を発生し、その起電力により電気化学反応を引き起こす金属酸化物半導体が知られている。
半導体にそのバンドギャップ以上のエネルギーを持つ光が吸収されると、価電子帯の電子が伝導帯に励起されて励起電子が生成し、一方で価電子帯には正孔が生成する。かかる励起電子および正孔は、それぞれ強い還元力および酸化力を有することから、半導体に接触した分子種に酸化還元作用を及ぼす。この酸化還元作用は光触媒作用と呼ばれており、光触媒作用を示し得る半導体は光触媒と呼ばれている。この光触媒を導電性基板上に固定化したものを光電極と呼び、これを白金などの対極と組み合わせ、両極間に適切な外部電圧を印加した状態にしておいて光電極に光照射することによって、水を水素と酸素に分解することが可能である。
【0004】
そして、光触媒用の金属酸化物としては、バンドギャップの小さい材料であることが求められ、二酸化チタン(TiO)、酸化タングステン(WO)、三酸化二鉄(Fe)などが知られている。しかし、二酸化チタンは太陽光スペクトルの約380nmより長い波長の光に対してほとんど感度がない(すなわち、光電流応答性を示さない)という問題がある。また、酸化タングステンは波長約460nm以下の光に対して、三酸化二鉄は波長約540nm以下の光に対して光電流応答性を示すが、そのレベルが低く実用性は低いと考えられている。
【0005】
このため、バンドギャップが小さく、太陽光スペクトルの約380nmより長い波長の光に対して光電流応答性を示し且つそのレベルが高い材料として、タンタルを含む酸化物や酸窒化物あるいは窒化物が提案されている。
例えば、特許文献1には、X(=II、III、IV、V)族酸化物からなるp型酸化物半導体であって、半導体中にY(≦X)族窒化物の少なくとも1つ、例えば、LiN、BeN、MgN、AlN、GaNなどからなる金属−窒素結合を有するようにした化学的電気的に安定で、紫外線だけに応答して光触媒を実現し得るp型酸化物半導体が記載されている。そして具体例として、Nb2(1−X)Ta(但し、0≦x≦1)のp型酸化物半導体が記載されている。しかし、前記のp型酸化物半導体を用いて光照射により水から水素を生成し得ることは示されていない。
【0006】
また、特許文献2には、細孔構造を有する窒化タンタルに助触媒を担持させたメソポーラス窒化タンタル(Ta)が光触媒効果を有すること、前記助触媒の量は窒化タンタルの量の0.05〜5.0質量%が好ましく、前記助触媒がPt、NiO、RuOからなる群から選択されること、そして具体例として助触媒のPtを担持させた細孔窒化タンタルが犠牲試薬としてのメタノールを80容積%含むメタノール水溶液中で可視光(λ≧420nm)の光照射により1時間当たり13.0マイクロモルの水素を発生したことが記載されている。
【0007】
また、特許文献3には、一般式:Ba5−XLaTa15−X(0.25≦x≦1)で表わされるタンタル系酸窒化物が600nm付近までの可視光を吸収する光触媒効果を有すること、前記タンタル系酸窒化物に助触媒としてPt、NiO又はRuOを担持させたものは水を光分解して水素を生成する光触媒として有効に機能すること、そして具体例として助触媒のNiO又はRuOを担持させたBa4.5La0.5Ta14.50.5が290nm又は400nmより長波長の光照射により水素と酸素が生成したこと、NiOを担持させたBa5−XLaTa15−X(x=0.25、0.5、0.75、1.0)を用いて290nmより長波長の光照射により水素と酸素が生成したことが記載されている。しかし、水素発生量の経時的な変化を定量的に示すデータは示されていない。
【0008】
さらに、非特許文献1には、タンタルの酸窒化物:TaONを導電性基板上に積層させてネッキング処理したTaON単独の光電極、およびこのTaONに水の酸化用触媒であるIrOを担持させたIrO−TaON光電極が記載されており、IrO−TaON光電極はTaON単独の光電極に比べて継続的な光吸収後の光電流およびN含量の低下が抑制され、TaON単独光電極の場合には5分間の継続的な光吸収により電流が約12mAから0mAに低下するのに対してIrO−TaON光電極では60分間の継続的な光吸収により、電流が初期の約12mAから60分後の約2mAに約17%に低下したものの低下が抑制されたことが示されている。しかし、IrO−TaON光電極によっても1時間の継続的な光吸収による光触媒機能低下の抑制は不十分であり、またIrOが高価であることから工業化の観点からも実用化は困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2001−322814号公報
【特許文献2】特開2007−022858号公報
【特許文献3】特開2007−175659号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Journal of American Chemioal Society、Volume132、Issue34、11825−12156(2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このように、従来技術によれば、太陽光に代表される光エネルギーに対して長時間に渡って光触媒機能を維持し得る可視光水分解用触媒および光電極を得ることはできなかったのである。
従って、本発明の目的は、可視光照射に対して長時間に渡って光触媒機能を維持する光電極を与え得る可視光水分解用触媒を提供することである。
また、本発明の他の目的は、可視光照射に対して長時間に渡って光触媒機能を維持し得る光電極の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、タンタルの酸窒化物粒子に助触媒としてCoOが担持されてなる可視光水分解用触媒に関する。
また、本発明は、タンタルの酸窒化物粒子に助触媒としてCoOを担持させる工程、タンタルの酸窒化物粒子を導電性基板上に固定する工程、およびタンタルの酸窒化物粒子に電子移動を促進するネッキング処理を施す工程、を含む光電極の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、可視光照射に対して長時間に渡って光触媒機能を維持する光電極を与え得る可視光水分解用触媒を得ることができる。
さらに、本発明によれば、可視光照射に対して長時間に渡って光触媒機能を維持し得る光電極を容易に得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の可視光水分解用触媒においては、光触媒としてのタンタルの酸窒化物粒子に助触媒としてのCoOを担持させたものであることが必要であり、これによって太陽光に代表される可視光照射に対して長時間に渡って光触媒機能を維持し得る。
また、本発明の光電極においては、タンタルの酸窒化物粒子に助触媒としてCoOを担持させる工程、タンタルの酸窒化物粒子を導電性基板上に固定する工程、およびタンタルの酸窒化物粒子に電子移動を促進するネッキング処理を施す工程、を含むことが必要であり、これによって太陽光に代表される可視光照射に対して長時間に渡って光触媒機能を維持し得て、特殊な装置を用いることなく簡便で安価に光電極を得ることが可能となる。
【0015】
本明細書において、可視光照射に対して長時間に渡って光触媒機能を維持し得るとは、後述の実施例の欄に詳述される測定法によって測定して、1時間以上(継続して1時間以上、又は断続的な場合は合計時間が1時間以上)光吸収させた後の光電流密度が光照射初期の値の50%以上維持されることを意味する。
【0016】
本発明においては、タンタルの酸窒化物粒子と助触媒としてのCoOとを組み合わせて用いることが必要である。
前記のタンタルの酸窒化物粒子は、例えば市販の酸化タンタル粒子を適した温度、例えば500〜900℃で30分間〜24時間程度加熱下にアンモニアと接触させることによって、粉末として得ることができる。
また、本発明においては、前記タンタルの酸窒化物粒子の一部、好適には50質量%以下を他の光触媒機能を有する他の金属化合物の粒子と組み合わせて用い得る。前記の他の金属化合物としては、Taの窒化物、酸化物あるいはSc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Te、La、Hf、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、Hg、Tl、Pb、Bi、Ceから選ばれる少なくとも1種の金属と酸素、窒素、硫黄、又はフッ素との化合物や、前記金属とTaと酸素、窒素、硫黄、又はフッ素との二元又は三元金属化合物などが挙げられる。タンタルの酸窒化物粒子と前記他の金属化合物の粒子とを組み合わせることによって、より広い波長範囲の光照射によって水の分解反応を達成し得る可能性がある。
また、本発明の可視光水分解用触媒がp型半導体特性又はn型半導体特性を示す必要がある場合は、半導体業界において周知の手段を用いて不純物元素をドープさせることによってp型又はn型とし得る。
【0017】
前記のCoOは、例えばタンタルの酸窒化物粒子にコバルト塩、例えば硝酸コバルト、塩化コバルト、酢酸コバルト、蟻酸コバルト、コバルトアセチルアセトナートなど、特に硝酸コバルトの水溶液を加えた後、乾燥し、適した温度、例えば300〜500℃で15分〜10時間程度加熱して、コバルト塩の陰イオンを分解することによって、タンタルの酸窒化物粒子上に生成させ得る。
好適な態様において、例えば、タンタルの酸窒化物粒子を水に加えて分散させた混合物に前記コバルト塩を加えてよく混合した後、前記のように乾燥・加熱して、コバルト塩の陰イオンを分解してタンタルの酸窒化物粒子上にCoOを高分散させて、CoOを生成させ得る。
【0018】
本発明の可視光水分解用触媒において、助触媒であるCoOの担持量はタンタルの酸窒化物粒子に生じた電子あるいは正孔を効率よく受け取り、その表面で効率よく酸化又は還元反応を進行させるために、タンタルの酸窒化物粒子に対して0.1〜50質量%、特に1〜25質量%であることが好適であり、また数nm〜数十nmの微粒子であり得る。
【0019】
本発明において「助触媒」とは、一般には光触媒粒子の表面に担持された状態において、光触媒からの電子又は正孔を受け取って、水の還元による水素生成又は水の酸化による酸素生成を促進するものである。
本発明においては、前記のCoOの一部、好適には50質量%以下を他の助触媒機能を有する他の金属化合物の粒子と組み合わせて用い得る。前記の他の金属化合物としては特定の結晶構造を示す金属又は金属と酸素、窒素、硫黄、又はフッ素との化合物が挙げられる。そして、水の還元を促進する助触媒材料としては、Ru、Rh、Pd、Ag、Ir、Pt、Auなどの金属単体又は金属酸化物が、水の酸化を促進する助触媒材料としては、Cr、Mn、Fe、Ni、Cu、Mo、Ru、Rh、Irなどの金属単体又は金属酸化物が挙げられ、特に、Mn、Mo、Ru、Rh、Irなどの金属の酸化物が挙げられる。
【0020】
本発明の可視光水分解用触媒により可視光照射に対して長時間に渡って光触媒機能が維持される理論的解明はなされていないが、後述の実施例の欄に示されるように長時間の可視光照射後にN/Taがほとんど減少していないことから、タンタルの酸窒化物自体が光吸収によって生じた電子又は正孔によって自己還元又は自己酸化される反応が助触媒のCoOによって抑制されたことも寄与していると考えられる。
【0021】
本発明における光電極は、タンタルの酸窒化物粒子に助触媒としてCoOを担持させる工程、タンタルの酸窒化物粒子を導電性基板上に固定する工程、およびタンタルの酸窒化物粒子に電子移動を促進するネッキング処理を施す工程によって得ることができる。
前記の導電性基板としては、特に制限はなく、例えば各種金属板が挙げられ、特に光電極を得るための工程において適用される雰囲気下における熱処理に対して高い耐性を有するチタン板が好適である。また、作製した光電極の裏側から光照射を受けることにより導電性基板近傍の光触媒内に生成した電荷が再結合することなく効率よく導電性基板まで移動し得て、照射した光が有効に利用され得るために、透明な導電性基板が好適に用いられ得る。透明な導電性基板としては、例えばFTO(フッ素ドープ酸化スズ)基板やガラス基板上にチタン等の金属をスパッタリングによって極薄くコーティングした導電性基板が挙げられる。
【0022】
本発明における光電極の製造方法において、第1の態様として、タンタルの酸窒化物粒子に助触媒としてCoOを予め担持させて導電性基板上に固定し、次いで電子移動を促進するネッキング処理を施す。
前記の態様においては、先ず前記の導電性基板上にタンタルの酸窒化物粒子に助触媒としてCoOを予め担持させて固定する。
前記の導電性基板上にタンタルの酸窒化物粒子に助触媒としてCoOを予め担持させて固定する方法としては、例えば前記の光触媒としてのタンタルの酸窒化物粒子に助触媒としてのCoOが担持されてなる可視光水分解用触媒を溶媒中に懸濁させて電気泳動法を用いて導電性基板上に前記可視光水分解用触媒を積層させる方法、あるいは前記可視光水分解用触媒を含む粘性ペーストを作製して導電性基板上に塗布する方法や、前記可視光水分解用触媒を含むスラリーを作製して浸漬被覆法又は噴霧法のいずれかで導電性基板上に被覆する方法が挙げられ、特に、電気泳動法を用いると均一な多孔質薄膜を再現性よく形成し得て、また膜厚の調整等も容易であることから好適である。
前記の電気泳動法としては、例えば可視光水分解用触媒の粒子を、ヨウ素を加えたアセトン溶液中で電圧、例えば5〜50Vの直流電圧を0.1〜10分間程度加えることによって実施し得る。電気泳動法によって導電性基板上にタンタルの酸窒化物粒子に助触媒としてCoOを担持させた後、通常アセトンを用いて洗浄後、室温で乾燥させて、可視光水分解用触媒の薄膜を形成した導電性基板を得ることができる。
【0023】
本発明の光電極の製造方法の第1の態様においては、前記の工程で可視光水分解用触媒の薄膜を形成した導電性基板に、電子移動を促進するためにネッキング処理を施す。
前記のネッキング処理としては、タンタルの酸窒化物粒子間に有効な接合を形成し得る処理が挙げられ、例えば光電極の可視光水分解用触媒粒子にタンタル塩を含む溶液を含浸させて、任意の雰囲気下、例えば大気中又は不活性雰囲気下に比較的低温、例えば100〜750℃、特に200〜500℃で5分間〜5時間程度加熱する熱処理工程が挙げられる。
前記のタンタル塩としては、特に制限はなく例えば、五塩化タンタル(TaCl5)、五ヨウ化タンタル(TaI5)、五フッ化タンタル(TaF5)、五臭化タンタル(TaBr5)などが挙げられる。
前記のタンタル塩を含む溶液を与える溶媒としては、特に制限はなく、例えばメタノール、エタノールなどのアルコール、水などが挙げられる。
【0024】
また、本発明の方法の第1の態様においては、前記のネッキング処理に、アンモニアの存在下に加熱するアンモニアによる熱処理をさらに加えてもよい。前記のアンモニアによる熱処理は、例えばアンモニアの存在下、例えば1〜100mL/分のアンモニアの流通下、比較的低温、例えば350〜600℃で5分間〜5時間程度加熱することによって行われ得る。
【0025】
前記の導電性基板に可視光水分解用触媒の薄膜を形成した光電極では、可視光水分解用触媒粒子が物理的に接触しているのみであり、粒子間における電子移動が起こり難く、光照射によって生成した電子が効率よく導電性基板まで集積されにくく、高い光電流を得ることが困難となる傾向にある。これに対して、光電極の可視光水分解用触媒粒子にタンタル塩を含む溶液の含浸およびそれに続く熱処理工程からなるネッキング処理を施すことによって、可視光水分解用触媒粒子間に効果的なネッキング、すなわち電子移動のための接合を形成させることが可能となる。
【0026】
あるいは、本発明の方法の第2の態様においては、タンタルの酸窒化物粒子を導電性基板上に固定し、次いで電子移動を促進するネッキング処理を施し、好適にはさらにアンモニアによる熱処理をさらに施した後、タンタルの酸窒化物粒子上に助触媒としてのCoOを担持させる。
この第2の態様における、タンタルの酸窒化物粒子の導電性基板上への固定、電子移動を促進するネッキング処理およびタンタルの酸窒化物粒子上への助触媒としてのCoOの担持は、前記の第1の態様と実質的に同様に行い得る。
また、前記の付加的なアンモニアによる熱処理は、タンタルの酸窒化物粒子への助触媒としてのCoOの担持の後に行ってもよい。
【0027】
前記の本発明の方法によって得られる光電極は、光電気化学的分解に適用し得る。
例えば、光電極に一定の電位が印加される。電位の印加は、通常の性能評価においては作用極、対極および参照極を用い、作用極に電位を印加するいわゆる「3極式」が用いられるが、工業的応用に際しては参照極を用いず作用極と対極のみを用い、両極間に電位を印加するいわゆる「2極式」によって行い得る。n型半導体特性を示す可視光水分解用触媒を光電極化して作用極として用いる場合は、そのような光電極上において水の酸化による酸素生成が起こり、対極において水の還元による水素生成が進行する。これに対して、p型半導体特性を示す可視光水分解用触媒を光電極化して作用極として用いる場合は、そのような光電極上において水の還元による水素生成が起こり、対極において水の酸化による酸素生成が進行する。
【0028】
本発明における光電極と組み合わせて用い得る対極としては、通常の電解反応で用いられる電極が挙げられ、作用極から対極を伝わって供給される電荷を効率よく反応させるために、実効表面積が大きいものが好適である。また、水の還元による水素生成用対極としては白金やニッケルからなるメッシュ電極が、水の酸化による酸素生成用対極としては酸化ルテニウムや酸化イリジウムのメッシュ又は多孔質電極が挙げられる。
または、n型半導体特性を有する可視光水分解用触媒を用いた光電極を酸素生成用として、p型半導体特性を有する可視光水分解用触媒を用いた光電極を水素生成用として用いて、両極を短絡もしくは両極間に適切な電位を印加させながら光照射を行うことにより、前記対極を使用せずに水を分解する(すなわち、水素を生成させる)ことも可能である。
【0029】
また、電位を印加する際に用いる支持電解質としては、例えば硫酸ナトリウム、水酸化ナトリウム、硫酸、硫酸カリウム、水酸化カリウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、リン酸、硝酸、過塩素酸ナトリウム、過塩素酸カリウム、過塩素酸などが挙げられ、上記一定の電位において反応に寄与しないことから硫酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、水酸化ナトリウム、リン酸、硫酸を好適に挙げることができる。これらの電解質は、水溶液のpHを1〜13の間に調整するために適宜混合して用いることが望ましい。この際に、用いる可視光水分解用触媒の腐食が起こらないpH領域に調整した水溶液を用いることが望ましい。
【実施例】
【0030】
以下、本発明の実施例および比較例を示す。以下の各例は例示であって本発明の範囲を限定するものではない。
以下の各例において、得られた可視光水分解用触媒および光電極の分析および評価は以下に示す方法によって行った。なお、以下の測定法は例示であって、他の同等の装置、条件を用いて測定し得る。
【0031】
1)結晶相の測定
X線回折装置(理学電気社製「Rigaku Mini Flex2」)を用いて試料を測定した。
2)形状観察
走査型電子顕微鏡(キーエンス「VE−9800」)を用いて光電極の形状(膜厚等)を測定した。
3)化学組成分析
X線光電子分光装置(日本電子社製「JPC−9010MC」)を用いて試料の組成分析を行った。
【0032】
4)光電流値の測定
パイレックス硝子社製のセル(内容積100mL)を用いて、以下の操作により光電流値の測定を行った。
対極に白金メッシュ電極を、参照電極に銀−塩化銀(Ag/AgCl)電極を用いた。超純水に0.1mol/L相当の硫酸ナトリウムを溶かして反応水溶液(pH6.0)とした。これをセル内に50mL入れて、アルゴンガスによるバブリングを30分間行うことによって、セル内の水溶液中に溶存する空気をアルゴンに置換した。ポテンシオスタット(Princeton Applied Research社製、PARSTAT2263)を用いて作用極に印加する電位を負から正に走査しながら可視光照射を行い、この際に対極との間に流れた電流値を測定した。これを作用極の面積当たりの電流密度(mA/cm)として評価した。光源として紫外線カットオフフィルター(HOYA社製、L−42)を装着したキセノンランプ(Cermax社製、300W)を用いて、波長400nm以上の可視光のみ(照射波長範囲:400〜700nm)を照射した。
【0033】
5)定電位測定
光電極の安定性を評価するために、一定の電位を印加した状態において可視光照射を行い、その光電流密度の経時変化を追跡評価した。
6)光電極を用いた水の光電気化学的分解
気密性を有するパイレックス硝子社製のセル、作成した光電極を作用極、白金ワイヤーを対極として、ポテンシオスタット(Princeton Applied Research社製、PARSTAT2263)を用いて作用極に一定の電位を印加しながら、前記4)に記載した波長400nm以上の可視光照射を行った。この際に生成した気体(水素および酸素)をセルに直接接続したガスクロマトグラフ(アジレントテクノロジー社製)を用いて定性・定量分析した。この際の支持電解質水溶液としては前記4)に記載したのと同様に硫酸ナトリウム水溶液を用いた。
【0034】
実施例1
酸窒化タンタル粒子の合成
石英製のボートに市販の酸化タンタル(高純度化学研究所製)10gを、幅2cm、長さ3cm、深さ2cm程度となるように充填し、これを石英管(外形3cm、内径2.6cm、長さ60cm)の中央に配置し、両側に気密用のキャップ(ステンレス製)を装着してセラミック環状炉に設置した。窒素を100mL/分で10分間流通させて残存空気を除去した後に、流通気体をアンモニアに切り替えて100mL/分で10分間流通させた。次いで、アンモニアの流量を60mL/分に調整し、環状炉の温度を室温から850℃まで約1時間かけて昇温させ、850℃に達してから24時間保持した。その後、自然冷却によって200℃まで温度が下がった段階で再び気体を窒素(100mL/分)に切り替えてアンモニアを窒素に置換し、さらに室温まで温度が下がった段階で気密用キャップを外して、石英製ボートを取り出し、粉末を回収した。
得られた粉末についてX線回折装置を用いた分析により、酸窒化タンタル(TaON)であることを確認した。
【0035】
酸窒化タンタル粒子への酸化コバル助触媒の担持
得られた酸窒化タンタル(TaON)粒子1gを少量の超純水とともに蒸発皿に入れ、超音波洗浄機内に10分間静置して粒子を十分に分散させた。この分散液に、0.1mol/Lの硝酸コバルト水溶液を、酸窒化タンタル粒子に対して酸化コバルト(CoO)として5wt%になるように加えてよく混合し、約80℃で加熱して徐々に水分を蒸発させた後、電気炉で400℃、30分間焼成することにより硝酸を分解して、CoO助触媒を酸窒化タンタル粒子上に高分散に担持させて、酸化コバルトを担持させた酸窒化タンタル粒子を得た。
【0036】
電気泳動法による多孔質薄膜光電極の作製
得られた酸化コバルト−酸窒化タンタル粒子40mgを、ヨウ素10mgを含むアセトン50mLに加えて、超音波洗浄機内で10分間静置させて粒子を分散させた。得られた分散液にチタン板(長さ50mm、幅15mm、厚さ1mm)を2枚、約8mmの間隔を持たせて垂直に浸し、両チタン板の間にポテンシオスタット(Princeton Applied Research社製、PARSTAT2263)を用いて10Vの電圧を3分間印加して、陰極側のチタン板上に粒子を積層させた。なお、酸化コバルト−酸窒化タンタル粒子を積層させる面積は電極の一部(長さ40mm、幅15mm)とした。チタン板を溶液から取り出し、アセトンで洗浄した後に室温で乾燥した。
得られた積層チタン板は、平均で30〜40mgの酸化コバルト−酸窒化タンタル粒子が積層され、走査電子顕微鏡による観察から膜厚はおよそ1.5〜2.0μmであることが確認された。
【0037】
塩化タンタル溶液を用いたネッキング処理
得られた酸化コバルト−酸窒化タンタル粒子積層チタン板:薄膜電極に、0.1mol/Lに調整した塩化タンタル−メタノール溶液を10μL滴下し、乾燥させた。この操作を10回繰り返した後、電気炉を用いて空気中、400℃で30分間焼成した。
【0038】
アンモニアによる熱処理
得られたネッキング処理光電極を、石英管(外形3cm、内径2.6cm、長さ60cm)の中央に配置し、両側に気密用のキャップ(ステンレス製)を装着してセラミック環状炉に設置した。窒素を100mL/分で10分間流通させて残存空気を除去した後に、流通気体をアンモニアに切り替えて20mL/分に調整し、環状炉の温度を室温から450℃まで約30分間かけて昇温させ、450℃に達してから1時間保持した。その後、自然冷却によって200℃まで温度が下がった段階で再び気体を窒素(100mL/分)に切り替えてアンモニアを窒素に置換し、さらに室温まで温度が下がった段階で気密用キャップを外して、光電極を取り出した。
【0039】
測定および評価
上記の一連の工程によって得られた酸化コバルト−酸窒化タンタル光電極を用いて、光電流値測定を行った。作用極の電位を銀−塩化銀参照電極に対して−1Vから+1Vまで走査した際の、−0.5V、0V、+0.5Vそして+1Vにおける光電流密度はそれぞれ0.54mA/cm、0.92mA/cm、1.95mA/cm、4.15mA/cmとなった。
次に、作用極の電位を銀−塩化銀参照電極に対して+0.4Vに固定し、1時間連続して可視光照射を行った際の光電流値の経時変化を追跡した。光照射開始直後、30分後、1時間後の光電流密度はそれぞれ、0.96mA/cm、0.94mA/cm、0.94mA/cmとなった。XPSを用いて算出した電極におけるタンタルに対する窒素の比(N/Ta)は、1時間の定電位測定前後で0.37および0.31となった。
【0040】
また、前記の一連の工程によって得られた酸化コバルト−酸窒化タンタル光電極を用いて水の光電気化学的分解を行った。
作用極の電位を白金対極に対して+0.6Vに固定して、前記の可視光照射を行った。4時間の光照射によって、水素と酸素はそれぞれ、64.5μmolおよび32.0μmolとなった。外部回路に流れた電子数から算出した水素生成の電流効率は約92%となった。
【0041】
実施例2
酸窒化タンタル粒子に担持させる酸化コバルトの量を3wt%に変えた他は実施例1と同様にして、酸化コバルト−酸窒化タンタル粒子および光電極を作製し、評価を行った。
作用極の電位を銀−塩化銀参照電極に対して−1Vから+1Vまで走査した際の、−0.5V、0V、+0.5Vそして+1Vにおける光電流密度はそれぞれ0.40mA/cm、0.85mA/cm、1.55mA/cm、2.33mA/cmとなった。
次に、作用極の電位を銀−塩化銀参照電極に対して+0.4Vに固定し、1時間連続して可視光照射を行った際の光電流値の経時変化を追跡した。光照射開始直後、30分後、1時間後の光電流密度はそれぞれ、0.75mA/cm、0.66mA/cm、0.58mA/cmとなった。XPSを用いて算出した電極におけるタンタルに対する窒素の比(N/Ta)は、1時間の定電位測定前後で0.39および0.32となった。
【0042】
実施例3
酸窒化タンタル粒子に担持させる酸化コバルトの量を7wt%に変えた他は実施例1と同様にして、酸化コバルト−酸窒化タンタル粒子および光電極を作製し、評価を行った。
作用極の電位を銀−塩化銀参照電極に対して−1Vから+1Vまで走査した際の、−0.5V、0V、+0.5Vそして+1Vにおける光電流密度はそれぞれ0.40mA/cm、0.85mA/cm、1.55mA/cm、2.33mA/cmとなった。
次に、作用極の電位を銀−塩化銀参照電極に対して+0.4Vに固定し、1時間連続して可視光照射を行った際の光電流値の経時変化を追跡した。光照射開始直後、30分後、1時間後の光電流密度はそれぞれ、0.70mA/cm、0.63mA/cm、0.63mA/cmとなった。XPSを用いて算出した電極におけるタンタルに対する窒素の比(N/Ta)は、1時間の定電位測定前後で0.35および0.33となった。
【0043】
実施例4
塩化タンタル溶液を用いたネッキング処理を行ったが、その後のアンモニアによる熱処理を行わなかった他は実施例1と同様にして、酸化コバルト−酸窒化タンタル粒子および光電極を作製し、評価を行った。
作用極の電位を銀−塩化銀参照電極に対して−1Vから+1Vまで走査した際の、−0.5V、0V、+0.5Vそして+1Vにおける光電流密度はそれぞれ0.21mA/cm、0.35mA/cm、0.89mA/cm、1.25mA/cmとなった。
次に、作用極の電位を銀−塩化銀参照電極に対して+0.4Vに固定し、1時間連続して可視光照射を行った際の光電流値の経時変化を追跡した。光照射開始直後、30分後、1時間後の光電流密度はそれぞれ、0.28mA/cm、0.24mA/cm、0.23mA/cmとなった。XPSを用いて算出した電極におけるタンタルに対する窒素の比(N/Ta)は、1時間の定電位測定前後で0.25および0.22となった。
【0044】
比較例1
酸窒化タンタル粒子に酸化コバルトを担持させなかった他は実施例1と同様にして、酸窒化タンタル粒子および光電極を作製し、評価を行った。
作用極の電位を銀−塩化銀参照電極に対して−1Vから+1Vまで走査した際の、−0.5V、0V、+0.5Vそして+1Vにおける光電流密度はそれぞれ0.31mA/cm、0.63mA/cm、1.22mA/cm、2.01mA/cmとなった。
次に、作用極の電位を銀−塩化銀参照電極に対して+0.4Vに固定し、1時間連続して可視光照射を行った際の光電流値の経時変化を追跡した。光照射開始直後、30分後、1時間後の光電流密度はそれぞれ、0.70mA/cm、0.05mA/cm、0.00mA/cmとなった。XPSを用いて算出した電極におけるタンタルに対する窒素の比(N/Ta)は、1時間の定電位測定前後で0.59および0.16となった。
【0045】
比較例2
電気泳動して得られた酸化コバルト−酸窒化タンタル粒子積層チタン板の塩化タンタル溶液を用いたネッキング処理を施さなかった他は実施例1と同様にして、酸化コバルト−酸窒化タンタル粒子および光電極を作製して、評価を行った。
作用極の電位を銀−塩化銀参照電極に対して−1Vから+1Vまで走査した際の、−0.5V、0V、+0.5Vそして+1Vにおける光電流密度はそれぞれ0mA/cm、0mA/cm、0.01mA/cm、0.05mA/cmとなった。
次に、作用極の電位を銀−塩化銀参照電極に対して+0.4Vに固定し、1時間連続して可視光照射を行った際の光電流値の経時変化を追跡した。光照射開始直後、30分後、1時間後の光電流密度はそれぞれ、0.01mA/cm、0.01mA/cm、0.01mA/cmとなった。XPSを用いて算出した電極におけるタンタルに対する窒素の比(N/Ta)は、1時間の定電位測定前後で0.35および0.33となった。
【0046】
実施例5
酸窒化タンタル粒子に酸化コバルトを担持させないで用い、電気泳動・ネッキング処理・アンモニアによる熱処理を行った後、硝酸コバルト水溶液を滴下し、これを電気炉で400℃、30分間焼成して5wt%相当の酸化コバルトを担持させた他は実施例1と同様にして光電極を作製し、評価を行った。
作用極の電位を銀−塩化銀参照電極に対して−1Vから+1Vまで走査した際の、−0.5V、0V、+0.5Vそして+1Vにおける光電流密度はそれぞれ0.45mA/cm、0.87mA/cm、1.79mA/cm、2.65mA/cmとなった。
次に、作用極の電位を銀−塩化銀参照電極に対して+0.4Vに固定し、1時間連続して可視光照射を行った際の光電流値の経時変化を追跡した。光照射開始直後、30分後、1時間後の光電流密度はそれぞれ、0.80mA/cm、0.65mA/cm、0.57mA/cmとなった。XPSを用いて算出した電極におけるタンタルに対する窒素の比(N/Ta)は、1時間の定電位測定前後で0.30および0.25となった。
【0047】
実施例1〜5の結果と比較例1〜2の結果との比較から、可視光照射の1時間連続照射という長時間照射後、実施例1〜5の本発明の酸窒化タンタル粒子のネッキング処理を施した酸化コバルト−酸窒化タンタル粒子積層チタン板の構成の光電極では電流密度がいずれも70%以上のレベルで維持されたのに対して、比較例1のCoOを担持しない可視光水分解用触媒を用いた光電極では電流密度がほぼ0%に低下し、比較例2のネッキング処理をしないで得られた光電極は電流密度の絶対値が低い。さらに、CoOを担持した可視光水分解用触媒を用いた光電極では、いずれの場合もN/Taの低下が少ない。
また、実施例1〜3、5の結果と実施例4の結果との比較から、酸化コバルト−酸窒化タンタル粒子積層チタン板:薄膜電極のアンモニアによる熱処理が電流密度の絶対値を増大させる効果を有していることが理解される。
さらに、実施例1〜3の結果と実施例5の結果との比較から、予め導電性基板に固定した酸化コバルト−酸窒化タンタル粒子にネッキング処理、次いでアンモニアによる熱処理を適用して得られる光電極は、最後に酸化コバルトを担持させて得られる光電極と比べて可視光照射を1時間連続照射後に75%以上というより高いレベルで電流密度が維持されている。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明によって、可視光照射に対して長時間に渡って光触媒機能を維持し得る太陽光を利用して水を分解して水素を製造し得る可視光水分解用触媒を得ることができ、この可視光水分解用触媒を用いて太陽光と水とから水素を発生し得る光電極を簡便で安価に得ることが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンタルの酸窒化物粒子に助触媒としてCoOが担持されてなる可視光水分解用触媒。
【請求項2】
前記CoOの担持量が、前記タンタルの酸窒化物粒子に対して0.1〜50質量%である請求項1に記載の可視光水分解用触媒。
【請求項3】
タンタルの酸窒化物粒子に助触媒としてCoOを担持させる工程、タンタルの酸窒化物粒子を導電性基板上に固定する工程、およびタンタルの酸窒化物粒子に電子移動を促進するネッキング処理を施す工程、を含む光電極の製造方法。
【請求項4】
前記ネッキング処理が、光電極の可視光水分解用触媒粒子にタンタル塩を含む溶液を含浸させる工程およびそれに続く熱処理工程を含む請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記熱処理工程が、100〜750℃で5分間〜5時間加熱する方法である請求項3又は4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記CoOの担持量が、前記タンタルを含む酸窒化物粒子に対して0.1〜50質量%である請求項3〜5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記ネッキング処理後に、アンモニアによる熱処理工程をさらに含む請求項3〜6のいずれか1項に記載の製造方法。

【公開番号】特開2012−50913(P2012−50913A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−194528(P2010−194528)
【出願日】平成22年8月31日(2010.8.31)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(504173471)国立大学法人北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】