説明

可調節機能付き弾性表面波機器

【課題】 機械的接触による機構による共振特性の調節機能を持った表面弾性波(SAW)機器を提供する。
【解決手段】 本発明のSAW応用装置は、意図する周波数帯域のSAWの伝搬方向に沿った2次元あるいは1次元のラウエ条件、あるいはブラッグ条件に近い空間周期性を持つ凸構造群が形成された制御板を用いて、SAWが分布する固体表面に機械的に接触させる事で、その空間周期性による共振特性の変化を誘起することが可能とした。特にSAWが分布する固体表面に前述のラウエ条件、あるいはブラッグ条件の凹凸構造を形成し、その凹凸構造と噛み合う凸構造を持つ制御板を用いた機械的接触の機構を用いる事で、平坦な固体表面で生じるSAWの作用による摩擦減衰効果のため機械的接触による共振特性の変化が弱まる効果を低減させることが可能となった。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、携帯型無線通信機器等で用いられている弾性表面波(SAW)共振器を始めとしたSAWを利用した機器に対して、機械的接触作用による共振特性の調節機能を付加する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
SAWフィルターやSAW共振器は無線通信分野における小型で安価、高信頼性な機能部品として用いられている。また、それらの応用分野として、無線式認識タグ、物理的・化学的な外部作用を検出する衝撃センサー、化学センサーが挙げられる(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
またSAWを物理的な仕事の担体として用いた、SAWの物理的作用による超音波モータや微粒子操作や液滴の輸送、なども実現されている(例えば、非特許文献2参照)。
【0003】
またSAWの機械的な作用によりSAWが伝搬している表面の摩擦係数が減少する現象も知られている(例えば、非特許文献3参照)。以下この効果を摩擦減衰効果と呼ぶ。
【0004】
またSAWを含めた固体中音響波は応力を示強ベクトル、変位を示量ベクトルとした連続体中の波動である。圧電物質中では表面電荷も示強量としてSAWの波動を形成する成分となる。SAWを構成する波動の構成成分によってRayleigh−SAW,Love−SAWなどの種類がある。
【0005】
前述の一般的なSAW機器において、SAWは圧電性基板あるいは圧電性薄膜の表面に励振される。SAWの励振には櫛歯型の電極(IDT)を圧電性を持つ表面に接触させ、圧電性を介して励振する構成が用いられる。また同時にSAWの検出にもIDTにおける電気−機械変換が用いられる。
【0006】
圧電性基板や薄膜には温度安定性、伝搬損失、結合損失に優れたから水晶やニオブ酸リチウム単結晶や酸化亜鉛や窒化アルミニウム薄膜など無機材料が専ら用いられている。IDTの周期性で定められる共振効果によって特定周波数帯のSAWを高効率に発信又は受信することができる。
【0007】
また通常SAW機器に用いられるSAWの周波数は10MHz以上の帯域であり、前述の物質表面に励振されるSAWの波長は100マイクロメートル以下である。
【0008】
SAW機器における機能の多くは共振現象に関連している。SAWフィルターやSAW共振器では、一般にIDTの周期性で決まる共振効果によるSAW結合効率の周波数依存性が利用されている。それに加えて、基板や薄膜の表面に周期的な構造を成膜やエッチング技法によって修飾して、それらにより生じる共振的効果が共振器や周波数選択性を持った反射器として利用される。IDTの形状によって励振されるSAWの周波数帯域や伝搬方向が定められ、またIDTと反射器の間隔や2つのIDTの間隔によって位相や遅延時間が定められる。
【0009】
前述のSAWの媒体となる圧電性基板や薄膜に用いる物質は高剛性の固体であり、SAWに共振をもたらす空間的周期性を持つ構造は、基板や薄膜の表面に固定され形状的に変動させる事が困難であり、それに伴いSAWの時間的及び周波数的な応答特性も意図的に変動させる事が困難である。光や電磁波は空気や真空中でも伝搬するため可変式の半透鏡や回折格子によって可調整フィルターなどが容易に実現されているのに対して、SAWにはそれらに該当する可調整機構の付加が難しく、SAW機器において共振機構そのものを能動的に制御することは行われていない。局所的な高電界印加や温調、或いは電気的負荷の変化等によって共振特性の変動を得ることは理論上可能であるが、その共振特性の可動範囲は狭く実用されていない。
【0010】
【非特許文献1】日本学術振興会弾性波素子技術第150委員会・編「弾性波デバイス技術」オーム社 2005年
【非特許文献2】黒澤実,「弾性表面波モータ」,トライボロジスト,47 p.681−686 2002年
【非特許文献3】Thorsten Hesjedal,and Gerd Behme,“The Origin of Ultrasound Induced Friction Reduction in Microscopic Mechanical Contact”,IEEE Transactions on Ultrasonics,Ferroelectrics,and Frequency Control,49 3 2002 p.356−364.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
【0012】
本発明は、SAWの共振特性に可調整機構を付加することを実現させることを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決する手段である本発明の特徴を以下に挙げる。
微細な凸構造を持つ誘電体あるいは導体による制御板を用いる。この制御板を用いた機械的接触によるスイッチ機構をSAWが分布する固体表面に付加する。この機械的接触による作用によって周波数選択性を持った可調整機器を実現する。周波数域、時間域、或いは空間的なSAW波形を制御するため、この凸構造は後に示す特定の設計条件による形状を模っている。
【0014】
前記の機械的接触による作用とは、制御板の機械的接触によって、音響波動の機械的な境界条件及び誘電的な境界条件の変化を誘起する事ができ、それによって共振特性の変化を誘起することである。また接触部に強い応力を印加することによる機械的負荷により部分的に物質の音響的特性の変化を誘起することによって共振特性の変化を誘起することでもある。
【0015】
前記の境界条件の変化によるSAWの共振特性の変化の機構を説明する。前述の通りSAWの波動を形成する成分は応力ベクトル、変位ベクトル、あるいは圧電物質中での表面電荷から構成されている。SAWが分布する固体表面に物質を接触させることで、摩擦力や垂直抗力の反作用、及び静電力を介して接触面を跨いで波動が伝搬する経路が形成され、それに伴い波動が形成するモード形性条件が変動する。この物理的機構によってSAWの共振特性の変化が誘起される。
【0016】
SAWの波動場は媒質となる固体表面に集中して分布している。そのため、SAWを始めとした固体表面近傍での音響波のモード形性条件の変動は固体表面の境界条件の変化に敏感である。
【0017】
但し、摩擦力や垂直抗力は物質同士の接触が無いと伝えることが出来ない力であり、前述の摩擦減衰効果によって摩擦力を介した波動伝搬が弱まる効果や、製造精度に起因した粗さのため接触面に生じる欠陥によって摩擦力や垂直抗力を介した波動伝搬が弱まる効果が生じ、そのため制御板をSAWが分布する平坦な固体表面に接触させたつもりでも、接触に伴う全周波数帯域に及ぶダンピングの効果は生じても、実際に共振特性の変化を誘起することは難しい。
【0018】
そこで本発明では、SAWが分布する固体表面に凹凸の構造を形成した可調節機構を用いる。この凹凸構造は制御板の凸構造と噛み合う形状をしている。SAWが分布する固体表面の凹凸構造によって特定方位に伝搬する特定周波数帯域のSAWの共振器及び反射器を形成する。そこに制御板を噛み合わせることで境界条件の変化を起こす。
【0019】
この凹凸構造の高低差はSAW波長よりも小さい。また周波数選択性の設計条件として、凹凸構造は特定周波数のSAWに対する2次元的或いは1次元的なラウエ条件、あるいはブラッグ条件を満たす空間周期特性を持った波形を基本として、共振応答の周波数特性に見られるサイドローブ抑制等を目的とした凹凸構造の空間周期、空間占有比率、波形断面形状など形状に微修正を加えて特定の共振特性が得られる設計を用いる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によって、平坦な固体表面への制御板の接触とは異なり、境界条件の変化を立体的に起こす事ができる。そのため接触面を跨ぐ波動の伝達条件は平坦面への制御板の接触の場合と大きく異なり、摩擦力を介すせん断応力の結合がなくても垂直抗力による結合によって全方位の波動ベクトル成分が接触面を伝達できるようになる。そのため制御板と凹凸構造が完全に密着して噛み合わせる事で、摩擦減衰効果の影響を受けない境界条件の変化を誘起して共振特性を変化させる効果が得られる。
【0021】
また本発明によって、制御板と凹凸構造が機械的に噛み合う事によって、摩擦減衰効果が弱まる効果も得られ、それに伴い共振特性を変化させる効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下に、本発明を実施するための最良の形態を図面に基づいて説明する。なお、いわゆる当業者は特許請求の範囲内における本発明を変更・修正をして他の実施形態をなすことは容易であり、これらの変更・修正はこの特許請求の範囲に含まれるものであり、以下の説明はこの発明における最良の形態の例であって、この特許請求の範囲を限定するものではない。
【0023】
図1は本発明の一実施形態を示す斜視図である。この形態では圧電性基板表面に励振用IDTと受信用IDTを対面させた2ポート型のSAW機器の中に、本発明の機構が組み込まれている。これらのIDTの間をSAWが伝搬するため、基板上の凹凸構造や制御板の凸構造はSAW伝搬方向に沿った1次元的な空間周期性を持っており、それはIDTの設計によって定められたSAWの励振帯域中の特定周波数成分に合わせたブラッグ条件の周期性を持っている。
【0024】
図2は本発明の一実施形態を示す断面図である。基板上の凹凸構造と制御板の凸構造が噛み合うように制御板は板ばね等で支持しておき、その機械的接触の条件を変化させる駆動には、手動、あるいは静電力や電磁力を用いた引力や反発力を用いる。駆動後は固定用機構を用いて固定しておき、固定用機構を解除すると板バネの力で初期位置に戻る。
【実施例】
【0025】
本発明の実施例を示す。厚さ0.5mmの圧電性単結晶の128°YX−LiNbOを基板として図1ないし図2の形態と同一の構成を用いてSAWの伝送実験及び制御板を用いた共振特性の変化を確認する解析による検証と実験による検証を行った。
【0026】
128°YX−LiNbOではRayleigh−SAWが励振される。このモードの位相速度は3960m/secであり、Rayleigh−SAWが最も位相速度が遅いモードである。周波数100MHzを中心とした帯域で実施するため、IDTの空間周期は40マイクロメートルとしている。
【0027】
図3は本発明の実施例として行ったコンピュータを用いた数値解析によって求めた音響波の強度分布図である。図3内左端に設置された励振用IDTから周波数100MHzのSAWが励振され右方向に表面に沿って伝搬する。
【0028】
図3の中央付近には空間周期40マイクロメートルで深さ5マイクロメートルの凹凸構造が12段形成されている。この凹凸構造は周波数100MHzのSAWに対してブラッグ条件を満たしており、殆どのSAW成分は凹凸構造によってブラッグ反射されたり回折によってバルク波(BAW)へと変換されたりして、凹凸構造を越えて伝搬するSAW成分は弱められている。
【0029】
図4は本発明の実施例として行ったコンピュータを用いた数値解析によって求めた制御板を接触させた場合の音響波の強度分布である。この数値解析では制御板は基板と同じ面方位のLiNbOで形成されている。凹凸構造と制御板の凸構造は密接しているが、接触面を介してせん断応力成分の結合は無い条件(接触面での摩擦が小さい弱い接触の条件)となっている。この場合制御板によって凹凸構造による音響波の散乱が弱められ、SAWは凹凸構造があった場所もスムーズに伝搬できるようにブラッグ条件による共振の効果が弱められている。
【0030】
図5は本発明の実施例として行ったコンピュータを用いた数値解析によって求めた21段の凹凸構造部の透過率スペクトルである。実線が制御板を用いていない場合で、破線が制御板を接触させた場合である。実線では前述のブラッグ反射などによって共振中心周辺の周波数帯域のSAWの伝搬損が13db生じている。しかし破線のように制御板を用いる事によってこの帯域のブラッグ条件による共振は弱められ、伝搬損は2dbと共振から離れた帯域と同程度まで回復されている。
【0031】
図6は本発明の実施例で用いた試作機の写真である。IDTはAl膜でできており、100対の櫛歯パターンに形成されている。これらのIDTの共振周波数は96MHzであった。2つのIDTの間に加工された21段の凹凸構造は高速原子線を用いたドライエッチングの方法で作製されている。凹凸構造の深さは4.5マイクロメートルであった。制御板はパイレックスガラスの板に高速原子線を用いたドライエッチングの方法で凸構造が作製されている。
【0032】
図7は本発明の実施例として行った、凹凸構造部のSAW透過率の計測結果をグラフ化したものである。そして図8は本発明の実施例として行った、図7のグラフのデータから求めた凹凸構造のSAW透過率の変化を示すグラフである。凹凸構造によって93MHzをピーク周波数としたブラッグ条件による共振のためSAWの伝搬が共振点で16db弱められているが、制御板の凸構造を基板の凹に挿入させて接触させる事で共振の効果を弱め共振ピークの帯域においてSAWの伝搬を1.5db回復されている。
【産業上の利用可能性】
【0033】
共振特性の可調節機能を持ったSAW機器として、再設定・再利用可能なワイヤレス認識タグとしての利用や、電子機器のセキュリティを高める物理的鍵としての利用が考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の一実施形態を示す斜視図である。
【図2】本発明の一実施形態を示す断面図である。
【図3】本発明の実施例として行ったコンピュータを用いた数値解析によって求めた音響波の強度分布図である。
【図4】本発明の実施例として行ったコンピュータを用いた数値解析によって求めた制御板を接触させた場合の音響波の強度分布である。この数値解析では制御板は基板と同じ面方位のLiNbOで形成されている。
【図5】本発明の実施例として行ったコンピュータを用いた数値解析によって求めた21段の凹凸構造部の透過率スペクトルである。
【図6】本発明の実施例で用いた試作機の写真である。
【図7】本発明の実施例として行った、凹凸構造部のSAW透過率の計測結果をグラフ化したものである。
【図8】本発明の本発明の実施例として行った、図7のグラフのデータから求めた凹凸構造のSAW透過率の変化を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面弾性波(SAW)の伝搬及び共振現象を利用した電子機器及び光学機器において、微細な凸構造を持つ制御板を採用し、その制御板をSAW媒体となる固体表面に接触させる機械的なスイッチ機構を構成することによって、共振の中心周波数、共振Q値などのスペクトル形状の整形など、共振に伴って生じる周波数、時間、空間特性を調節する機能が付加されたSAW応用装置。
【請求項2】
請求項1に記載のSAW応用装置において、制御板の接触に対する感度の増強を目的としてSAW媒体となる固体表面に制御板と噛み合う凹凸構造が加工してあることを特徴としたSAW応用装置。
【請求項3】
請求項1ないし請求項2に記載のSAW応用装置において、制御板の凸構造及びSAW媒体となる固体表面の凹凸構造の空間周期特性がSAWに対してSAWの伝搬方向に沿った2次元ないし1次元的なラウエ条件またはブラッグ条件を満たしていることを特徴としたSAW応用装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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