説明

合成開口レーダ試験装置

【課題】 フェーズドアレイアンテナを用いて電子的なビーム制御によりビームを移動させる合成開口レーダ装置におけるビーム移動による位相誤差を含めた試験を実現できる小型な合成開口レーダ試験装置を得る。
【解決手段】 供試体としての合成開口レーダ装置5のフェーズドアレイアンテナをポジショナ3に載せ、このフェーズドアレイアンテナが電子的な制御によりビーム方向を移動したときに、その移動を相殺するようにポジショナ3を回転させて、ビーム方向を移動しても常に試験信号発生部2を指向させる。また、試験中は、試験信号発生部2のアンテナ部27からフェーズドアレイアンテナを構成する各アンテナ素子までの、それぞれの試験信号の伝搬距離の差異を補償するためのバイアス移相量を、バイアス移動量設定部4からフェーズドアレイアンテナに送出し、ファーフィールド環境を模擬する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、合成開口レーダ試験装置に係り、特に、フェーズドアレイアンテナを用い、搭載された移動体の移動に伴ってそのビーム方向を電子的に制御しながら画像を取得する合成開口レーダ装置の試験装置に関する。
【背景技術】
【0002】
航空機等の移動体に搭載し、地上面の画像を作成するレーダとして、合成開口レーダが知られている。合成開口レーダでは、例えば、レンジ方向に対してはパルス圧縮技術により高分解能を実現し、これに直交するクロスレンジ方向については、目標との相対的な運動によって起こるドップラ周波数の目標各部ごとの微妙な差異を分解する手法がとられる。また、地上面の画像を作成するときのマッピング方式も、サイドルッキングマッピングや、スポットライトマッピング等が知られている(例えば、非特許文献1参照。)。
【0003】
この種の合成開口レーダにより高分解能な目標画像を取得するには、目標との距離を安定させてその反射信号の位相関係を維持する必要がある。しかし、航空機等に搭載した場合には、機体の動揺に伴って目標との距離及び反射信号の位相が不安定に変化し、取得した画像が劣化する。このため、機体の動揺を補正して高分解能な画像を取得する手法が種々開示されている(例えば、特許文献1参照。)。この特許文献1に開示された事例では、航空機の慣性航法装置からの最新速度データを用いて機体動揺分の位相補償量を算出し、受信信号に合成している。
【0004】
また、このような合成開口レーダを航空機に搭載することなく、室内で試験するための試験装置も開示されている(例えば、特許文献2参照。)。この特許文献2に開示された事例では、飛行中における地上のある1点との距離のヒストリに合わせて、時間とともに減衰量及び移相量を変化させた模擬ターゲット信号を発生させ、この信号を合成開口レーダの受信部フロントエンドに直接ケーブル接続している。
【特許文献1】特開2001−194456号公報(第4ページ、図1)
【特許文献2】特開2000−111642号公報(第8ページ、図1)
【非特許文献1】吉田孝監修「改訂レーダ技術」電子情報通信学会、平成8年10月1日、P.280−283
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、マッピング方式としてスポットライトマッピングを用いた合成開口レーダの場合、アンテナを常に対象の領域あるいは目標に指向させながら飛行する。このため、アンテナ部分には、ビーム指向方向を電子的に制御できる、例えばフェーズドアレイアンテナが採用され、飛行中は、航空機の移動に伴ってアンテナのビーム方向が電子的に制御される。
【0006】
しかしながら、このようにフェーズドアレイアンテナの指向方向を移動した場合には、フェーズドアレイアンテナ自身の持つビーム指向制御による位相誤差の影響を受け、上述した航空機の動揺に加えてさらに取得した画像を劣化させる要因になっていた。このため、これらフェーズドアレイアンテナの位相誤差の影響を含めて合成開口レーダを評価する試験装置が望まれていた。
【0007】
また、フェーズドアレイアンテナのビーム指向制御を含めて試験を行うには、ファーフィールド環境のもとで試験用の模擬信号を実際に空間に伝搬させることが必要となる。このため、その伝搬経路の途中に金属面オフセットパラボラを配置してファーフィールド環境を模擬するなど、試験装置が大型化していた。
【0008】
本発明は、上述の事情を考慮してなされたものであり、フェーズドアレイアンテナを用いて電子的なビーム制御によりビームを移動させる合成開口レーダ装置におけるビーム移動による位相誤差を含めた試験を実現する小型な合成開口レーダ試験装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明の合成開口レーダ試験装置は、フェーズドアレイアンテナを用い、搭載された移動体の移動に伴ってそのビーム方向を電子的に制御しながら画像を取得する合成開口レーダ装置を試験する合成開口レーダ試験装置であって、前記移動体の移動情報を模擬する移動情報発生部と、この移動情報発生部からの移動情報に基づいて前記合成開口レーダ装置で受信される信号を模擬した試験信号を前記合成開口レーダ装置に向けて放射する試験信号発生部と、前記移動情報発生部からの移動情報に基づいて前記合成開口レーダ装置のフェーズドアレイアンテナを回転させるポジショナと、前記試験信号発生部から前記フェーズドアレイアンテナまでの間の前記試験信号の伝搬距離に基づいて前記フェーズドアレイアンテナのバイアス移相量を設定するバイアス移相量設定部とを備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、フェーズドアレイアンテナを用いて電子的なビーム制御によりビームを移動させる合成開口レーダ装置におけるビーム移動による位相誤差を含めた試験を実現できる小型な合成開口レーダ試験装置を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に、本発明に係る合成開口レーダ試験装置を実施するための最良の形態について、図1及び図2を参照して説明する。
【実施例1】
【0012】
図1は、本発明に係る合成開口レーダ試験装置の一実施例を示すブロック図である。図1に示すように、この合成開口レーダ試験装置は、移動情報発生部1、試験信号発生部2、ポジショナ3、及びバイアス移相量設定部4から構成されている。なお、この図1には、供試体として、フェーズドアレイアンテナを用いたスポットライトマッピング方式の合成開口レーダ装置5も併せて例示している。
【0013】
移動情報発生部1は、合成開口レーダ装置5からの送信トリガ信号に基づいて、合成開口レーダ装置5の搭載母体の移動情報を試験信号発生部2、及びポジショナ3に出力する。本実施例においては搭載母体を航空機とし、その移動情報としては、模擬する飛行経路のシナリオに従った自機の位置情報及び速度情報を時系列に出力するものとしている。
【0014】
試験信号発生部2は、レーダ反射波として合成開口レーダ装置5で受信される信号を、移動情報発生部1からの自機の移動情報、すなわち飛行経路のシナリオに沿って模擬し、試験信号として合成開口レーダ装置5に向けて放射する。ここに、試験信号発生部2は、チャープ種信号発生部21、ドップラ変調部22、位相設定部23、遅延時間設定部24、周波数変換部25、レベル調整部26、及びアンテナ部27から構成されている。
【0015】
チャープ種信号発生部21は、合成開口レーダ装置5からの送信トリガ信号に同期して、試験信号の源信号となるチャープ種信号を発生する。ドップラ変調部22は、移動情報発生部1からの移動情報に基づいて、このチャープ種信号に対してドップラ周波数成分を付加する。位相設定部23は、対象目標との距離に基づいて位相を設定する。
【0016】
遅延時間設定部24は、対象目標との距離に基づいて送信トリガ信号からの遅延時間を設定する。周波数変換部25は、前出の各部を経由してきたチャープ種信号を、合成開口レーダ装置5が受信する周波数帯の高周波信号に変換する。レベル調整部26は、この高周波信号のレベルを、移動情報発生部1からの移動情報に基づいて調整する。アンテナ部27は、レベル調整された高周波信号を、試験信号として合成開口レーダ装置5に向けて放射する。
【0017】
ポジショナ3は、移動情報発生部1からの移動情報に基づいて、合成開口レーダ装置5のフェーズドアレイアンテナを回転させる。本実施例においては、このポジショナ3の回転軸は、1軸としている。また、ポジショナ3は、航空機の移動に伴って電子的に制御されるフェーズドアレイアンテナのビーム方向の移動、すなわち、マッピング対象の方向へ向けた飛行中のビーム方向の移動を相殺するように回転し、合成開口レーダ装置5の試験中は、常にこのフェーズドアレイアンテナのビーム方向を試験信号発生部2のアンテナ部27に指向させている。
【0018】
ここに、ポジショナ3は、制御部31、駆動部32、及び回転台33から構成されている。制御部31は、移動情報発生部1からの移動情報に基づいて、飛行中におけるビーム方向の移動を相殺するための駆動信号を生成し、駆動部32に送出する。駆動部32は、この駆動信号を受けとって回転台33を駆動する。回転台33には、合成開口レーダ装置5のフェーズドアレイアンテナが取り付けられる。
【0019】
バイアス移相量設定部4は、試験信号発生部2から合成開口レーダ装置5のフェーズドアレイアンテナまでの間の試験信号の伝搬距離に基づいて、試験中にこのフェーズドアレイアンテナに加える移相量を設定する。本実施例においては、試験信号発生部2からこのフェーズドアレイアンテナを構成する各アンテナ素子までの試験信号の伝搬距離の差異を補償するように、これら各アンテナ素子毎にバイアス移相量を設定するものとしている。
【0020】
次に、前述の図1、及び図2の概念図を参照して、上述のように構成した合成開口レーダ試験装置の試験中における動作を説明する。図2は、フェーズドアレイアンテナを用いたスポットライトマッピング方式の合成開口レーダ装置5の飛行中におけるビーム方向の移動の一例をモデル化して示す概念図である。この図2に示すように、スポットライトマッピング方式の合成開口レーダ装置5では、フェーズドアレイアンテナのビーム方向を常にマッピング対象の領域Aに指向させるように、搭載母体としての航空機6の飛行経路に沿った移動に伴って、電子的な制御によりそのビーム方向をビーム方向1〜ビーム方向3に移動させる。以降の説明では、この図2に例示した場面を模擬した試験での動作を取り上げている。
【0021】
まず、供試体としての合成開口レーダ装置5から継続出力される送信トリガ信号を受けて、移動情報発生部1は搭載母体としての航空機6の移動情報を発生し、試験信号発生部2、ポジショナ3、及び合成開口レーダ装置5に送出する。このときの移動情報は、図2に例示した航空機6の飛行経路のシナリオを模擬した位置情報及び速度情報であり、送信トリガ信号に同期しながら飛行の時間経過に沿って各部に対し時系列的に出力される。
【0022】
同じく合成開口レーダ装置5からの送信トリガ信号を受けて、試験信号発生部2は、飛行中にレーダ反射波として合成開口レーダ装置5で受信される信号を、この送信トリガ信号に同期させて模擬発生し、これを試験信号として合成開口レーダ装置5に向けて放射する。すなわち試験信号発生部2内では、まずチャープ種信号発生部21において、送信トリガ信号に同期して試験信号の源信号となるチャープ種信号が生成される。
【0023】
このチャープ種信号に対して、ドップラ変調部22、位相設定部23、及び遅延時間設定部24の各部において、移動情報発生部1からの移動情報に基づいて、それぞれドップラ周波数成分、位相、及び送信遅延時間が設定され、続けて周波数変換部25においてレーダ信号の周波数帯の高周波信号に変換され、さらに、レベル調整部26においてレーダ反射波の受信レベルを模擬する信号レベルに調整された後、アンテナ部27から合成開口レーダ装置5に向けて試験信号として放射される。そして、この試験信号は、所定の距離を伝搬して合成開口レーダ装置5のフェーズドアレイアンテナで受信される。
【0024】
一方、移動情報発生部1からの移動情報は、合成開口レーダ装置5にも送出されており、この合成開口レーダ装置5のフェーズドアレイアンテナのビーム方向も、電子的な制御により図2に例示したように飛行経路のシナリオに沿って移動する。また、このときに、このフェーズドアレイアンテナが取り付けられたポジショナ3は、同じく、移動情報発生部1からの移動情報に基づいて、そのビーム方向が常に試験信号発生部2に指向するように、このフェーズドアレイアンテナのビーム方向の電子的な移動を相殺する方向にフェーズドアレイアンテナを回転駆動する。このようにして、合成開口レーダ装置5がフェーズドアレイアンテナのビーム方向を電子的に移動した場合においても、試験信号は常にビーム指向方向から受信され、合成開口レーダ装置5では、ビームの指向制御による位相誤差を含んだ試験信号が処理される。従って、ビームの指向制御による位相誤差の影響を評価することが可能となる。
【0025】
さらにこれら試験中を通して、バイアス移相量設定部4からは、合成開口レーダ装置5のフェーズドアレイアンテナを構成する各アンテナ素子毎にバイアス移相量を算出し、送出している。このバイアス移相量は、試験信号の伝搬経路となる試験信号発生部2のアンテナ部27からフェーズドアレイアンテナを構成するそれぞれのアンテナ素子までの距離が、いずれのアンテナ素子においてもすべて等距離となるように、伝搬距離の差異を位相的に補償するものである。そしてこれらバイアス移相量を、例えば、フェーズドアレイアンテナを構成する各アンテナ素子に対応して設けられたそれぞれの移相器の移相量に重畳させることによって、フェーズドアレイアンテナで受信される試験信号を、ファーフィールド環境で受信した場合と等価なものとしている。
【0026】
以上説明したように、本実施例においては、供試体としての合成開口レーダ装置5のフェーズドアレイアンテナをポジショナ3に載せ、このフェーズドアレイアンテナが電子的にビーム方向を移動したときに、その移動を相殺するようにポジショナ3を回転させている。従って、ビーム方向を移動しても常に試験信号発生部2を指向し試験信号を受信しているので、フェーズドアレイアンテナのビーム移動による位相誤差を含めた合成開口レーダ装置の試験にも対応することができる。
【0027】
また、試験中は、試験信号発生部2のアンテナ部27からフェーズドアレイアンテナを構成する各アンテナ素子までの、それぞれの試験信号の伝搬距離の差異を補償するためのバイアス移相量が、バイアス移動量設定部4から、フェーズドアレイアンテナに送出される。従って、試験信号発生部2と合成開口レーダ装置5との設置距離に応じて適切なバイアス移相量を設定することができ、試験装置を大型化することなくファーフィールド環境を模擬することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明に係る合成開口レーダ試験装置の一実施例を示すブロック図。
【図2】スポットライトマッピング方式のビーム方向の移動の一例をモデル化して示す概念図。
【符号の説明】
【0029】
1 移動情報発生部
2 試験信号発生部
3 ポジショナ
4 バイアス移相量設定部
5 合成開口レーダ装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェーズドアレイアンテナを用い、搭載された移動体の移動に伴ってそのビーム方向を電子的に制御しながら画像を取得する合成開口レーダ装置を試験する合成開口レーダ試験装置であって、
前記移動体の移動情報を模擬する移動情報発生部と、
この移動情報発生部からの移動情報に基づいて前記合成開口レーダ装置で受信される信号を模擬した試験信号を前記合成開口レーダ装置に向けて放射する試験信号発生部と、
前記移動情報発生部からの移動情報に基づいて前記合成開口レーダ装置のフェーズドアレイアンテナを回転させるポジショナと、
前記試験信号発生部から前記フェーズドアレイアンテナまでの間の前記試験信号の伝搬距離に基づいて前記フェーズドアレイアンテナのバイアス移相量を設定するバイアス移相量設定部とを備えたことを特徴とする合成開口レーダ試験装置。
【請求項2】
前記試験信号発生部は、前記合成開口レーダからの送信トリガ信号に同期してチャープ種信号を発生するチャープ種信号発生部と、
前記移動情報発生部からの移動情報に基づいて、前記チャープ種信号に対してドップラ周波数成分を付加するドップラ変調部、位相設定を行う位相設定部、前記送信トリガ信号からの遅延時間を設定する遅延時間設定部と、
これらドップラ変調部、位相設定部、及び遅延設定部の各部を経由した前記チャープ種信号を高周波信号に変換する周波数変換部と、
前記移動情報発生部からの移動情報に基づいて、前記周波数変換部からの高周波信号のレベルを調整するレベル調整部と、
このレベル調整部からの高周波信号を前記試験信号として前記合成開口レーダ装置に向けて送信するアンテナ部とを備えたことを特徴とする請求項1に記載の合成開口レーダ試験装置。
【請求項3】
前記ポジショナは、前記移動体の移動に伴って制御される前記フェーズドアレイアンテナのビーム方向の移動を相殺して、このフェーズドアレイアンテナのビーム方向が常に前記試験信号発生部に向くようにこのフェーズドアレイアンテナを回転させることを特徴とする請求項2または請求項3に記載の合成開口レーダ試験装置。
【請求項4】
前記バイアス移相量設定部は、前記フェーズドアレイアンテナを構成する各アンテナ素子毎の前記試験信号伝搬距離の差異を補償するように、これらアンテナ素子毎のバイアス移相量を設定することを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の合成開口レーダ試験装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−101260(P2007−101260A)
【公開日】平成19年4月19日(2007.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−289066(P2005−289066)
【出願日】平成17年9月30日(2005.9.30)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】