説明

同位体含有率の測定方法

【課題】所望の同位体とは質量数の異なる同位体が含まれる化合物において、所望の同位体の含有率を正確に測定する方法を提供する。
【解決手段】下記(1)〜(4)のステップを含むことを特徴とする化合物における任意の同位体の含有率を測定する方法。
(1)化合物を含む試料をクロマトグラフィーによって分離後、質量分析をするステップ
(2)(1)の質量分析によって得られたトータルイオンクロマトグラムをデータ処理して、任意の同位体を含む成分のマススペクトルを採取するステップ
(3)(2)で得られたマススペクトルをデータ処理して、各同位体のそれぞれのマスクロマトグラムを採取するステップ
(4)(3)で得られたマスクロマトグラムに基づいて、化合物における任意の同位体の含有率を算出するステップ

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、同位体標識化合物などの化合物における所望の同位体含有率を正確に測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
同位体標識化合物は、例えば、環境科学研究、薬物動態研究などの分野において、任意の対象化合物の移動を追跡するために該対象化合物の同位体を調製し、該同位体の移動を追跡する手法が汎用されている。このような同位体は同位体標識化合物と呼ばれ、通常、対象化合物の1分子内の軽水素1〜10個を重水素に置換した同位体標識化合物、対象化合物の1分子内の炭素原子(質量数12)1〜10個を質量数13の炭素原子に置換した同位体標識化合物、対象化合物の1分子内の窒素原子(質量数14)1〜5個を質量数15の窒素原子に置換した同位体標識化合物など用いられている。
同位体標識化合物において、例えば、対象化合物1分子に重水素4個が置換された同位体(d4体)を主成分とする同位体標識化合物を用いる場合、調製された同位体標識化合物には、d4体の他、通常、対象化合物1分子に重水素2個が置換された同位体(d2体)、重水素3個が置換された同位体(d3体)、あるいは、全く重水素が置換されていない同位体(d0体)が含まれる可能性がある。このように、通常、同位体標識化合物において所望の同位体の他、質量数の異なる同位体が含まれる場合、用いる同位体標識化合物における所望の同位体の含有率を予め正確に測定しなければ、同位体標識化合物の移動を十分に正確に追跡することができないという問題がある。
同位体標識化合物を用いた対象化合物の移動を追跡する手法としては、例えば、ビタミンD誘導体1分子内に3つの軽水素が重水素に置換された同位体を内部標準物質として用い、ガスクロマトグラフ質量分析法(GC-MS)による分子イオンピーク面積比から測定する方法が挙げられる。
【0003】
【特許文献1】特開平6−341980号[請求項1、実施例]
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1には、ビタミンD誘導体の同位体標識化合物において、分子内に3つの軽水素が重水素に置換された所望の同位体、1分子内の2個が置換された質量数の異なる同位体などの含有率については開示されていない。
本発明者らは、市販されているフタル酸エステルの1分子内に重水素が4個置換された同位体標識化合物について、該同位体標識化合物における重水素が4個置換された同位体(d4体)の含有率を測定することを試みた。具体的には、まず、該同位体標識化合物を液体クロマトグラフィーで分離したのち質量分析(LC−MS)し、得られたトータルイオンクロマトグラムをデータ処理してマススペクトルを求めた。しかしながら、重水素が全く置換されていない同位体(d0体)に相当する質量数を示すピークから重水素が3個置換された同位体(d3体)に相当する質量数を示すピークについてはそれぞれのS/N比が悪く、フタル酸エステル由来(d0体〜d3体)のピークであるか、バックグラウンド由来のピークであるかの判断できず、9割以上のd4体を含むと考えられる該同位体標識化合物について、d4体の含有率を%単位まで正確に測定することができなかった。
本発明の目的は、所望の同位体とは質量数の異なる同位体が含まれる化合物において、所望の同位体の含有率を正確に測定する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、下記(1)〜(4)のステップを含むことを特徴とする化合物における任意の同位体の含有率を測定する方法である。
(1)化合物を含む試料をクロマトグラフィーによって分離後、質量分析するステップ
(2)(1)の質量分析によって得られたトータルイオンクロマトグラムをデータ処理して、任意の同位体を含む成分のマススペクトルを採取するステップ
(3)(2)で得られたマススペクトルをデータ処理して、各同位体のそれぞれのマスクロマトグラムを採取するステップ
(4)(3)で得られたマスクロマトグラムに基づいて、化合物における任意の同位体の含有率を算出するステップ。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、同位体標識化合物などの化合物において、所望の同位体とは質量数の異なる同位体が含まれていても、所望の同位体含有率を正確に測定することができる。例えば、1H(軽水素)と2H(重水素)との含有比率、12Cと13Cとの含有比率、14Nと15Nとの含有比率などを正確に定量することができる。また、質量数の相違する同位体が微量で含まれていてもバックグラウンドと区別できることから、試料が高純度の同位体からなる化合物でも正確に定量できる。さらに、イオントラップ型、四重極型などの分解能の低い質量分析計を用いても、十分正確に定量することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明を詳細に説明する。
(1)は、化合物を含む試料をクロマトグラフィーによって分離後、質量分析するステップであり、クロマトグラフィーとしては、例えば、液体クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、ゲルパーミエーションクロマトグラフィーなどが挙げられる。中でも、液体クロマトグラフィーやガスクロマトグラフィーは質量分析計に直結して分析できることから好ましい。
【0008】
本発明の方法で測定される化合物は、前記クロマトグラフィーで分離できる化合物であればよい。中でも、重水素、14C、15Nなどの同位体を主成分として含む化合物は、同位体含有率を正確に定量できることから好ましい。
【0009】
質量分析におけるイオン化方法としては、電子イオン化(EI)法、化学イオン化(CI)法、電界イオン化(FI)法、高速原子衝突(FAB)法、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法、エレクトロスプレーイオン化(ESI)法、大気圧化学イオン化(APCI)法、大気圧光イオン化(APPI)法などが例示される。中でも、電子イオン化(EI)法、化学イオン化(CI)法は、ガスクロマトグラフィーのイオン化方法に好適であり、エレクトロスプレーイオン化(ESI)法、大気圧化学イオン化(APCI)法は、液体クロマトグラフィーのイオン化方法に好適である。
【0010】
質量分析における分析計としては、例えば、磁場偏向型、四重極型、イオントラップ型、飛行時間型、タンデム型、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型などが挙げられる。中でも、四重極型、イオントラップ型、飛行時間型が好適である。
実施例では、Di-2-ethylhexyl Phthalate-3,4,5,6-d4を液体クロマトグラフィーで分離し(保持時間2.59分、図1参照)、エレクトロスプレーイオン化法(ESI)によってイオン化し、イオントラップ型の質量分析計で分析した。
【0011】
(2)は(1)の質量分析によって得られたトータルイオンクロマトグラムをデータ処理して、任意の同位体を含む成分のマススペクトルを採取するステップである。
トータルイオンクロマトグラムとは、全イオンを検出、記録するクロマトグラムであり、そのデータ処理は、トータルイオンクロマトグラムより任意の同位体を含む成分を検出する時間帯における検出、記録されたイオンをマススペクトルで現す操作である。実施例のトータルイオンクロマトグラムは図2に示し、実施例のマスクロマトグラフを図3に示した。本実施例ではトータルイオンクロマトグラムにおけるd4体(質量数395、[M+H]+)は395.21をピークトップとするピークで示される。
【0012】
任意の同位体を含む成分とは、通常、同位体標識化合物などの化合物における同位体含有率の測定対象となる任意の同位体(以下、対象同位体という場合がある)の質量数を含む成分であり、具体的には、対象同位体の質量数の±10u、好ましくは、±5uの質量数の範囲である。イオントラップ型や四重極型のような分解能の低い質量分析計では、スキャン範囲を絞り込み、狭い質量範囲で分析することにより、対象同位体及び対象同位体とは異なる質量数の同位体のそれぞれに相当する質量数のピークの分解能を高めることにより、フルスキャン法に比べてマススペクトルの分解能を向上させ、より正確に定量することができる。
【0013】
(3)は(2)で得られたマススペクトルをデータ処理して、各同位体のそれぞれのマスクロマトグラムを採取するステップである。
具体的にはまず、(2)のマススペクトルの最も大きなピークトップのm/z=±0.1u〜±0.3uの範囲のピーク、好ましくはm/z=±0.2uの範囲のピークについて、マスクロマトグラムを求める。続いて、同位体は質量数が1ずつ異なるから、ピークトップの質量数からm/z=±10〜±1程度のマスクロマトグラムを採取する
実施例では、ベースピークであるm/z=395.21±0.2(d4体、質量数395、[M+H]+)のマスクロマトグラムを図4に、m/z=394.21±0.2(d3体、質量数394、[M+H]+)のマスクロマトグラムを図5に、m/z=393.21±0.2(d2体、質量数393、[M+H]+)のマスクロマトグラムを図6に、m/z=392.21±0.2(d1体、質量数392、[M+H]+)のマスクロマトグラムを図7に、m/z=391.21±0.2(d0体、質量数391、[M+H]+)のマスクロマトグラムを図8に示した。
【0014】
(4)は(3)で得られたマスクロマトグラムに基づいて、化合物における任意の同位体の含有率を算出するステップである。具体的には、得られたマスクロマトグラムから、それぞれの同位体のピーク面積などの出力値を求め、対象同位体及び対象同位体とは異なる同位体のそれぞれの出力値の和に対する対象同位体の出力値の割合が、化合物における任意の同位体の含有率として求めることができる。
マスクロマトグラムの出力値は、通常、マスクロマトグラムのピーク面積あるいはそれに相当する電気信号の値が用いられる。
【0015】
図6〜8のマスクロマトグラムから明らかなように、一定のベースラインが観測されない場合、ピークは存在しないと判断され、d2体(質量数393、[M+H]+)、d1体(質量数392、[M+H]+)、d0体(質量数391、[M+H]+)の同位体は存在しないことがわかる。
このように、本発明によれば、(2)のマススペクトルではピークが存在するのか判断できない微量の同位体についても、一定のベースラインが観測されないことでかかる同位体は存在しないことが明瞭に判断できる。
【0016】
さらに、(1)〜(4)のステップを実施することによってカラム、ライン、オートサンプラー、イオン化部分などに化合物や不純物が残存する場合があるので、1測定ごとに溶媒のみのブランクを用いて(1)〜(4)のステップを実施することにより、洗浄することが好ましい。
【実施例】
【0017】
<試料の調製>
Di-2-ethylhexyl Phthalate-3,4,5,6-d4(以下、d4体という)を主成分とする試料(関東化学(株)、環境分析用)0.5mgを正確に量り取り、アセトニトリル5mLで溶解させたものを試料A(濃度:約100ppm)とした。試料A 1.25mLを正確に量り、アセトニトリルを加えて正確に5mLとしたものを試料B(濃度:約25ppm溶液)とした。

【0018】
<ステップ(1)>
試料Aについて、(1)は下記液体クロマトグラフィーの条件で実施した。試料Aの液体クロマトグラムを図1に示した。保持時間が2.6分の成分についてステップ(2)の質量分析を実施した。
システム:Agilent 1100シリーズ(アジレント・テクノロジー、ステップ(2)の質量
分析計を含むシステム)
カラム :ZORBAX SB-C18 Rapid Resolution Cartridge(3.5μm、2.1mmφ×30mm)
移動相 :水/アセトニトリル(0.1%酢酸含有)=1:9(容積比)
流量 :0.2ml/min
測定波長 :254nm(UV)
カラム温度:40℃
注入量 :5μl
データ処理 :LC-MSワークステーション(Qual Browser Ver.1.3)
【0019】
<ステップ(2)>
試料Aの上記成分について、下記条件で質量分析を行った。
質量分析計:LCQ DECA XP plus(サーモエレクトロン、イオントラップ型)
イオン化法:エレクトロスプレーイオン化法(ESI)
イオン極性:Positive
測定モード:m/z=388.5〜398.5のズームスキャン法
データ処理:LC-MSワークステーション(Qual Browser Ver.1.3)
【0020】
<ステップ(3)>
前記で得られたデータから、d4体(質量数395、[M+H]+)のマスクロマトグラムを図4に、d3体(質量数394、[M+H]+)のマスクロマトグラムを図5に、d2体(質量数393、[M+H]+)のマスクロマトグラムを図6に、d1体(質量数392、[M+H]+)のマスクロマトグラムを図7に、d0体(質量数391、[M+H]+)のマスクロマトグラムを図8に示した。
図6〜8は、ベースラインに対する正のピークが認められないことから、d2体(質量数393、[M+H]+)、d1体(質量数392、[M+H]+)、d0体(質量数391、[M+H]+)の同位体は存在しないと判断された。
【0021】
<ステップ(4)>
ステップ(2)のデータ処理装置を用いて、ピーク面積が観測されたd0〜d4体の[M+H]+に相当するマスクロマトグラムのピーク面積値より、次式に従ってd4体含有率(%)を定量した。

【0022】
d0〜d4体の[M+H]+に相当するマスクロマトグラムのピーク面積値及びd4体含有率を表1に示した。
【0023】
【表1】

【0024】
<検出の確認>
溶媒としてアセトニトリルを用いてステップ(1)〜(4)を繰り返して洗浄(以下、ステップ(5)という)したのち、試料Bについてもステップ(1)〜(5)で定量した。
試料Bのd4体(質量数395、[M+H]+)のマスクロマトグラムにおけるピーク面積値が、試料Aの定量結果から得たd4体(質量数395、[M+H]+)のピーク面積値の28.2%になることを確認した。結果を表2に示した。
【0025】
【表2】

【0026】
<システムの再現性>
試料Aの定量(ステップ(1)〜(5)を6回繰り返し、d4体(質量数395、[M+H]+)のピーク面積値の相対標準偏差が1.7%になることを確認した。結果を表3に示した。
【0027】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明の測定方法を用いれば、同位体標識化合物の純度測定、環境科学研究、薬物動態研究などの分野において利用される同位体標識化合物の定量測定、放射性同位体の半減期測定などに用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】Di-2-ethylhexyl Phthalate-3,4,5,6-d4の液体クロマトグラフィーによるクロマトグラムである。
【図2】Di-2-ethylhexyl Phthalate-3,4,5,6-d4の質量分析によるトータルイオンクロマトグラムである。
【図3】前記トータルイオンクロマトグラムをデータ処理して、Di-2-ethylhexyl Phthalate-3,4,5,6-d4を含む成分のマススペクトルである。
【図4】m/z=395.21±0.2(d4体相当)のマスクロマトグラムである。
【図5】m/z=394.21±0.2(d3体相当)のマスクロマトグラムである。
【図6】m/z=393.21±0.2(d2体相当)のマスクロマトグラムである。
【図7】m/z=392.21±0.2(d1体相当)のマスクロマトグラムである。
【図8】m/z=391.21±0.2(d0体相当)のマスクロマトグラムである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(1)〜(4)のステップを含むことを特徴とする化合物における任意の同位体の含有率を測定する方法。
(1)化合物を含む試料をクロマトグラフィーによって分離後、質量分析するステップ
(2)(1)の質量分析によって得られたトータルイオンクロマトグラムをデータ処理して、任意の同位体を含む成分のマススペクトルを採取するステップ
(3)(2)で得られたマススペクトルをデータ処理して、各同位体のそれぞれのマスクロマトグラムを採取するステップ
(4)(3)で得られたマスクロマトグラムに基づいて、該化合物における任意の同位体の含有率を算出するステップ
【請求項2】
(1)のクロマトグラフィーが液体クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー又はゲルパーミエーションクロマトグラフィーであることを特徴とする請求項1に記載の測定方法。
【請求項3】
(2)の質量分析のイオン化方法が、電子イオン化(EI)法、化学イオン化(CI)法、電界イオン化(FI)法、高速原子衝突(FAB)法、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法、エレクトロスプレーイオン化(ESI)法、大気圧化学イオン化(APCI)法、または大気圧光イオン化(APPI)法であることを特徴とする請求項1又は2に記載の測定方法。
【請求項4】
(2)の質量分析を、磁場偏向型、四重極型、イオントラップ型、飛行時間型、タンデム型又はフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型で分析することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の測定方法。
【請求項5】
化合物が、重水素、質量数14の炭素原子及び質量数15の窒素原子を含む同位体標識化合物であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の測定方法。
【請求項6】
(4)のステップにおいて、ベースラインの安定しないマスクロマトグラムの同位体を含有率なしと判断するステップをさらに含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の測定方法。
【請求項7】
さらに下記(5)のステップを含むことを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の測定方法。
(5):試料が溶媒のみで(1)〜(4)のステップを実施するステップ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−205745(P2007−205745A)
【公開日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−21871(P2006−21871)
【出願日】平成18年1月31日(2006.1.31)
【出願人】(390000686)株式会社住化分析センター (72)
【Fターム(参考)】