説明

同位体標識法

【課題】 cICAT試薬を用いる同位体標識法を改良し、試料中に存在する多数の微量たんぱく質の発現差解析を効率よく行う方法、およびそのためのシステムを提供する
【解決手段】 cICAT試薬にて標識されたペプチドからタグを開裂させ、得られた標識ペプチドを分離・精製し、質量分析を行うことを特徴とする、同位体標識を用いるたんぱく質の発現差解析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、たんぱく質の発現差解析のための同位体標識法に関する。詳細には、開裂可能なタグを含有するICAT試薬(以下、「cICAT試薬」と略称することがある)を用いて、試料中の多数の微量たんぱく質の発現差解析を行うための改良方法、ならびにそのためのシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
疾病や老化との関連においてゲノム解析が盛んに行われており、多くの結果が得られている。最近では、さらに進んで、疾病組織あるいは老化組織および正常組織における遺伝子発現産物であるたんぱく質の集団(プロテオーム)を解析することにより、疾病や老化に関与するたんぱく質をとらえようとする試みがなされている。このようなプロテオームの解析のために種々の発現差解析方法が開発され、用いられている。その中で注目されているのが同位体標識法である。
【0003】
同位体標識法はたんぱく質中のアミノ酸などに特異的に反応する2種類の同位体標識試薬(同位体元素を用いて質量数のみが異なるようにした軽鎖標識試薬と重鎖標識試薬)を、比較するたんぱく質にそれぞれ別々に標識させた後、トリプシン処理などにより得られたペプチドについて、質量分析計を用いて軽鎖標識ペプチドと重鎖標識ペプチドの量比を測定し、たんぱく質の発現差を定量的に調べる解析方法である。本方法を用いて、例えば、患者と健常人とのたんぱく質の発現差解析を行うことにより、疾患関連たんぱく質を特定することが可能であると考えられている。
【0004】
このような同位体標識法における定量性、再現性等を向上させる手段として、cICAT試薬がある。cICAT試薬は、たんぱく質の特定部位に特異的に反応する同位体標識試薬の一種であり、その一部にタグを含有し、標識されたタグ含有ペプチドを例えばアフィニティーカラム等により特異的に精製し、さらに、酸などで処理することにより、標識されたペプチドからタグ部分を切断できるように設計された試薬である(非特許文献1)。例えば、ビオチンをタグとしたcICAT試薬を用いる常法(ABIプロトコール)が知られており、各種組織・細胞中の多数のたんぱく質の正確な発現差解析に有効であることが多数報告されている(非特許文献2)。しかし、上記常法による、多数の微量たんぱく質が存在する血清などの試料中のたんぱく質の発現差解析結果の報告は殆どなく、僅かに20〜30種類の血清たんぱく質の同定・定量がなされているに過ぎない(非特許文献3)。
【非特許文献1】Hansen, K.C. et al, Mol. Cell Proteomics, 2:299-314, 2003
【非特許文献2】戸田年総、荒木令江(編集):疾患プロテオミクスの最前線 遺伝子医学 MOOK2(ISSN 1349-2527), p233-243, 2005(株式会社メデイカル ドゥ)
【非特許文献3】Zieske, L.R. et al, ASMS 2003-Poster Number W-032
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述のごとく、従来知られているcICAT試薬を用いる同位体標識法は、多数の微量たんぱく質が存在する試料中のたんぱく質の発現差解析を行う場合には必ずしも有効ではなく、より有効な発現差解析方法が切望されていた。本発明の目的は、cICAT試薬を用いる同位体標識法を改良し、試料中に存在する多数の微量たんぱく質の発現差解析を効率よく行う方法、およびそのためのシステムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記事情に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、常法に基づき、血清試料をcICAT試薬で処理し、タグ含有標識ペプチドを分画・精製した後に、得られた画分に対してタグ開裂処理を行った試料中には予想外の大量のタグおよびタグを含む試薬由来の副産物(これらを総称して「タグ等」という)が存在し、これらの残存タグ等が血清たんぱく質の同定・定量数を著しく低下させる原因であることを見出した。そこで、常法を変更し、cICAT標識ペプチドのタグ部分をあらかじめ開裂させて得られた試料をカラムにかけ残存タグ等を除去した後、標識ペプチドの分離・精製を行って得られた標識ペプチドを、質量分析計で解析すると、常法よりもはるかに多数の微量たんぱく質の発現差解析が可能であることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
即ち、本発明は下記のものを提供する:
(1)cICAT試薬にて標識されたペプチドからタグを開裂させ、得られた標識ペプチドを分離・精製し、質量分析を行うことを特徴とする、同位体標識を用いるたんぱく質の発現差解析方法;
(2)分離・精製段階がカラムクロマトグラフィーを用いて行われ、タグ等の除去とcICAT標識ペプチドの分離・精製が同時に行われる(1)記載の方法;
(3)タグがビオチンである(1)または(2)記載の方法;
(4)ペプチドが血清たんぱく質に由来するものである(1)〜(3)のいずれかに記載の方法;
(5)(1)〜(3)のいずれかに記載の方法を用いることを特徴とする、試料中の微量たんぱく質の発現差解析を行うためのシステム;ならびに
(6)試料が血清試料である(5)記載のシステム。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、試料中の多数の微量たんぱく質の発現差解析を効率よく行うことのできる方法ならびにそのためのシステムが提供される。かかる方法を用いることにより、例えば、患者と健常人との血清たんぱく質の発現差解析を行うことでき、疾患関連たんぱく質の探索等に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下に、本発明を詳細に説明するが、本明細書中の用語は、特に説明しない限り、当該分野において通常に理解されている意味を有するものである。
【0010】
本発明は、第1の態様において、cICAT試薬にて標識されたペプチドからタグを開裂させ、得られた標識ペプチドを分離・精製し、質量分析を行うことを特徴とする、同位体標識を用いるたんぱく質の発現差解析方法を提供するものである。本発明の方法に供されるたんぱく質含有試料は特に限定されず、いずれの試料であってもよく、動物由来、植物由来、微生物由来の試料などが挙げられる。動物由来のたんぱく質含有試料の例としては、哺乳動物、特にヒトから得られる体液試料、例えば、血清、唾液、尿、汗などが挙げられる。植物由来の試料としては、果汁、茎や葉の抽出物、種子の抽出物、地下茎部分の抽出物などが挙げられる。微生物由来の試料としては、種々の発酵液、培養液、微生物ホモジネートなどが挙げられる。これらのたんぱく質含有試料に本発明の方法を適用することによりたんぱく質の発現差解析を行って、動物や植物あるいは微生物を含む生物の代謝機構を調べることができる。特に、本発明を用いて、動物の疾病や老化に関連するたんぱく質を同定する等のプロテオミクス的研究、あるいは例えばヒトを含む動物における疾病の診断や検査を行うことができる。実施例に示すように、本発明は、特に血清中の多種多様な微量たんぱく質の発現差解析に威力を発揮する。
【0011】
本発明のたんぱく質の発現差解析方法において、先ず、上述のたんぱく質含有試料をcICAT試薬で処理してcICAT標識たんぱく質を得る。cICAT試薬と試料中のたんぱく質との反応条件は、標識されるたんぱく質中のアミノ酸の種類およびcICAT試薬の性質により様々である。一般的には、cICAT試薬は、たんぱく質に結合する部位(例えば、たんぱく質のシステインに結合する部位)、同位体標識リンカー、タグ開裂部位、およびタグから構成されている。cICAT試薬とたんぱく質との結合は共有結合によるのが通常である。同位体としては種々のものが使用できるが安定なものが好ましい。例えば、HとD、12Cと13Cなどの組み合わせが用いられる。正常組織由来の試料を12C含有cICAT試薬で標識し、疾病組織由来の試料を13C含有cICAT試薬で標識して、たんぱく質の発現差解析を行ってもよい。タグとしては、これを付すことによりペプチドの分離・精製を容易化し、かつペプチドの分析に悪影響を及ぼさないものであればいかなるのもであってもよく、例えば、糖含有基などが挙げられる。アビジンのアフィニティークロマトグラフィーで容易に特異的精製できることから、ビオチンがタグとして好ましく用いられる。また、タグ開裂部位としては、標識ペプチドに悪影響を及ぼすことなく容易にタグを開裂できるものであればいずれのものであってもよい。例えば、TFA(トリフルオロ酢酸)のごとき酸処理で容易に開裂されるものが通常用いられる。
【0012】
なお、ICAT試薬とはIsotope-Coded Affinity Tagsの略であることは当該分野において公知である。本明細書において、開裂可能なタグを含有するICAT試薬をcICAT試薬と称するのは上述のとおりである。本発明に用いるcICAT試薬としては種々のものがあり、市販もされている。典型例としては、タグとしてビオチンを用いたABI社のCleavable ICAT試薬があり、本発明に好ましく用いられる。「Cleavable ICAT」はABI社の登録商標である。
【0013】
試料中のたんぱく質とcICAT試薬と反応させた後、得られたcICAT標識たんぱく質をたんぱく質分解に供してcICAT標識ペプチドを得る。このたんぱく質分解は種々の方法で行うことができ、例えば、酸による加水分解、酵素による加水分解などを用いることができる。好ましくは酵素により加水分解を用いる。好ましいたんぱく質加水分解酵素としてはトリプシン、ペプシンなどがあり、トリプシンがより好ましく用いられる。
【0014】
次に、上述のごとく得られたcICAT標識ペプチドからタグ部分を開裂させる。この段階でタグを開裂させるのが本発明の特徴である。cICATペプチドの濃縮と挟雑物の除去を行うために、cICAT標識ペプチドをタグ開裂前に精製しておいてもよい。これにはタグに特異的に結合する物質を用いたアフィニティークロマトグラフィーを用いるのが一般的である。例えば、タグがビオチンである場合には、アビジンを結合した樹脂を用いてカラムクロマトグラフィーを行って、cICAT標識ペプチドを集めることができる。cICAT標識ペプチドからタグ部分を開裂させる方法はcICAT試薬の構造、特にタグの種類や分析対象の種類などにより様々であるが、分析すべきペプチドに影響しない条件で開裂反応を行う必要がある。例えばABI社のCleavable ICAT試薬を用いる場合にはTFAを用いてビオチンタグを開裂させることができる。
【0015】
上記のような段階でタグを開裂させずに次の分離・精製工程に進んだ後、得られた画分についてタグ開裂反応を行った場合(すなわち、従来法による場合、例えばABIプロトコルによる場合)、得られた試料中に大量のタグ等が残存し、これがたんぱく質、特に微量たんぱく質の同定・定量を著しく妨害する。さらに、従来法による場合、分離・精製工程から得られたペプチド画分1つ1つにつきタグ開裂処理を施してから質量分析工程に移す必要があり、時間と労力がかかる。これに対し、本発明の方法にはこのような欠点がなく、効率よく、試料中の多種多様な微量たんぱく質の同定・定量を行うことができる。
【0016】
続いて、本発明の方法によりタグを開裂させて得られた標識ペプチド試料を分離・精製工程に供する。この分離・精製工程は種々の手段を用いて行うことができるが、カラムクロマトグラフィーを用い、試料中のタグ等の除去と、ペプチドの分離・精製を同時に行うことが好ましい。種々のクロマトグラフィー用担体が市販されており、タグの種類や分析対象に応じて適宜選択することができる。例えば、シリカゲル系の担体を用いてもよく、あるいはSCX担体(ポリLCスルホエチルA担体)を用いてもよく、アビジンアフィニティー用担体(タグがビオチンである場合)を用いてもよい。カラムの溶出条件は、分析対象やタグの性質などにより、適宜決定することができる。塩濃度勾配溶出法を用いるのが効果的な場合もある。カラムクロマトグラフィーはHPLCを用いて行うのが分離能、迅速性などの点から好ましい。また、この分離・精製工程ではカラムに限らず、フィルターを用いる方法、バッチ法などを用いてもよい。かかる分離・精製工程を2回以上行ってもよい。また、試料を分離・精製工程に供する前に、試料を濃縮しておいてもよい。一般的には、分離・精製工程においてクロマトグラムを取り、各ピークに対応する画分をそれぞれプールしておく。各画分を脱塩してから質量分析に供してもよい。
【0017】
このようにして分離・精製工程で得られたペプチド画分を質量分析(MS)工程に供して、試料中のたんぱく質の同定を行う。MSの手段・方法は種々のものがあり、装置も多数市販されているので、適宜選択して使用することができる。また、分離能力と定性能力の向上を図るために、ガスクロマトグラフィー(GC)や液体クロマトグラフィー(LC)とMSとを組み合わせた分析方法(GC/MS、LC/MSあるいはLC/MS/MSなど)も開発されており、そのための装置の多数市販されている。特に、LC/MSは本発明のようなたんぱく質やペプチドの分析に適している。本明細書においては、単なるMSのみならず、MSを含むGC/MS、LC/MSあるいはLC/MS/MSなども質量分析(MS)と称する。MSにおけるイオン化法としてはエレクトロスプレイイオン化法(ESI)、大気圧化学イオン化法(APCI)、マトリックス支援レーザ脱離イオン化法(MALDI)が一般的であり、イオン化されたフラグメントを解析する方法としてはイオントラップ法、飛行時間法、四重極法、フーリエ変換法などがあり、適宜選択して使用することができる。
【0018】
上述のごとく、本発明の方法は、標識ペプチドの分離・精製前に一括してタグを開裂させるものであるため、従来法のような分離・精製工程から得られたペプチド画分1つ1つにつきタグ開裂処理を施す必要がなく、時間と労力が節約できる。しかも、本発明の方法は、試料中の多種多様な微量たんぱく質の同定・定量に適した方法である。それゆえ、本発明の方法は、試料中の多種多様な微量たんぱく質のハイスループット分析に好適である。したがって、本発明は、さらなる態様において、上述の本発明の方法を用いることを特徴とする、試料中の微量たんぱく質の発現差解析を行うためのシステムを提供するものである。本発明のシステムは、例えば、哺乳動物、特にヒトの血清試料中のたんぱく質の発現差解析に、好ましくはハイスループット解析に適する。
【0019】
次に、実施例を示して本発明をさらに具体的かつ詳細に説明するが、実施例はあくまでも本発明を説明するものであって、その範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0020】
1)アジレント抗体カラムによる血清主要たんぱく質の除去:
アジレント社製抗体カラム(アルブミン、IgG、α1−アンチトリプシン、IgA、
トランスフェリン、ハプトグロブリン除去用、10x100mm)を用いて、上記血清主要たんぱく質6種を除いた血清画分を解析に用いた。すなわち、200μlのヒト血清(Rockland社)を15,000rpmで遠心後、アジレント結合バッファーAで5倍希釈して、0.22μmのフィルターでろ過し、上述の抗体カラムで上記主要たんぱく質6種を除いた素通り画分を分取した。この素通り画分をCentriprep遠心式フィルターユニット(Millipore社製,YM−3)で濃縮し、50mM Tris/HCl、0.1% SDS(pH8.5)にバッファー交換後、たんぱく質濃度をローリー法で測定した。
【0021】
2)ヒト標準血清のcICAT反応:
前述の6種の血清主要たんぱく質を除いた血清たんぱく質画分(最終濃度1mg/ml)を50mM Tris/HCl、0.1% SDS(pH8.5)で可溶化し、TCEP(最終濃度1mM,95℃,10分)で還元後、2.2mMのCleavable ICAT試薬(Applied Biosystem(ABI)社製、13C(H鎖)あるいは12C(L鎖)標識)を37℃、2時間反応させた。未反応の試薬を1.0mM TCEPでクエンチングし、H鎖試料とL鎖試料を等量混合し、トリプシン(Promega社製,TPCK処理)で37℃、16時間消化した。得られた消化物を、Vision Workstation system(ABI社製)を用いて、SCXカラム((ポリLCスルホエチルAカラム(4.6x100mm))にかけ、10mM KHPO,pH2.8,25% CHCN(SCX−結合バッファー)で吸着・洗浄後、SCX−結合バッファー+0.5M KCl(SCX−溶出バッファー)で溶出させた。溶出画分を大型アビジンカラム(6.2x66.5mm)にかけ、素通り部分を洗浄後、吸着したICAT試薬反応ペプチドを30% CHCN/0.4% TFAで溶出した(Vision Workstation Systemを使用)。溶出画分を乾燥後、95%TFA(5%スカベンジャー含有)で37℃、2時間反応させてビオチン部分を切断し、ICAT標識ペプチド(H鎖、L鎖)を得た。本ペプチドを減圧乾固した後SCX−結合バッファーに溶解し、再びSCXカラムにかけ、SCX−結合バッファーで充分に洗浄し、タグ等の画分を除いた後、SCX−結合バッファー+KCl(0〜0.5Mグラジエント)でペプチド画分を分画(50分画)し(図1)、それぞれC18 trap columnで脱塩し、減圧乾固した。
【0022】
3)nano−LCによるcICATペプチドの分離精製:
SCXによる分画・脱塩したICAT標識ペプチドを0.1%TFA−2% CHCNにて再溶解し、nano-LC(LC-Packings)/Q-Star XL(ABI, ESI-Q/TOF、以下、「Q−Star」と称す)およびnano-LC/Probot(LC-Packings)/ABI-4700 Proteomics Analyzer(ABI,MALDI-TOF/TOF、以下、「ABI−4700」と称す)にて分析した(カラム;PepMapTM C18 100, 3μm, 100オングストローム, 75μm i.d. x 150mm(LC-Packings)、Q−Star用移動相;A:5% CHCN/0.1% HCOOH、B:95% CHCN/0.1% HCOOHによるリニアグラジエント、ABI−4700用移動相;A:5% CHCN/0.1% TFA、B:95% CHCN/0.1% TFAによるリニアグラジエント)。各質量分析は、以下の条件で行なった。
【0023】
4)Q−Star XL(ESI−Q/TOF)での測定:
BSA消化物(50fmol)を用いてnano−LCの調整を行い、規定のシーケンスカバレージ(約40%程度)が得られるのを確認した後、常法により試料の測定を行った。測定はMS 1秒、第一MS/MS 3秒、第二MS/MS 3秒の合計7秒が1サイクルの自動測定モード(IDAモード)で行った。
【0024】
5)ABI−4700(MALDI−TOF/TOF)での測定:
nano-LC/Probot systemで試料を分離し、マトリックス(CHCA,875ng/ウェル)と共にスポットした。サンプルプレートを装置内に導入後、MSリフレクターモードでキャリブラント(Des−[Arg1]−ブラジキニン(M+H)=904.468、アンジオテンシンI(M+H)=1296.685、ACTH(1−17)(M+H)=2093.087、ACTH(18−39)(M+H)=2465.199、ACTH(7−38)(M+H)=3657.929)測定用のレーザー強度を決定した。続いて試料がアプライされている任意のスポットを数点選び、MS測定およびMS/MS測定用のレーザー強度の検討を行った後、自動測定用のメソッドを作成、MS−MS/MS連続測定(MS積算:1250、MS/MS積算:2000)を行った。
【0025】
6)ヒト血清たんぱく質のcICAT法による解析結果
上記質量分析装置により得られたデータは、検索対象DBとしてRefSeqを使用する統合データ同定システム(HiSpec)を用いて解析し、ペプチド/たんぱく質の同定およびH鎖とL鎖の比較定量を行った。なお、H鎖標識とL鎖標識は等量反応させたので(前述)、H鎖標識/L鎖標識比(Ratio)は理論的には1になる。結果を表1に示す。すなわち、総合Scoreの高い同定たんぱく質順に順位(Rank, Q-Star or ABI-4700)をつけ、その一般名(Description)、GI番号、分子量(Mass)、H鎖およびL鎖別Score値、H鎖/L鎖比(Ratio,比較定量値)、Cys残基数(Total Cys)、実際に同定したH鎖標識およびL鎖標識反応トリプシン消化断片数(NRPepCnt(H,L))、および配列カバー率(Protein Coverage (H,L))を纏めたものである。
【0026】
【表1−1】

【表1−2】

【表1−3】

【表1−4】

【表1−5】

【表1−6】

【表1−7】

【表1−8】

【表1−9】

【表1−10】

【表1−11】

【表1−12】

【表1−13】

【表1−14】

【表1−15】

【0027】
その結果、本画分(SCX50画分)をABI−4700で解析し、ランク1でペプチドのMascot scoreが30以上のものを選択すると、158種類のたんぱく質の同定と比較定量が可能であり、Peptide Scoreを20以上とすると、約286種類が同定・定量された。一方、同様にSCX50画分をC18-nanoLC/Q-Star systemで解析した場合は、ランク1、Peptide Scoreが20以上のものを選択すると、119種類のたんぱく質の同定および定量が可能であった。また、殆どのたんぱく質のH鎖標識/L鎖標識比(比較定量値)は約1であったので、本改良法による比較定量法は満足すべきものと考えられる。
【0028】
ABI−4700でのトップ119種類とQ−Starでのトップ119種類を比較検討したところ、両者の共通なたんぱく質は80種類であり、Q−Starでのみ同定・定量されたものが39種類、ABI−4700でのみ同定・定量されたものが39種類であり、どちらか一つでも同定・定量されたものは合計158種類であった(図2)。一方、ABI−4700およびQ−StarでScoreが20以上のものを選択すると、両者で共通なものは94種類、Q−Starでのみ同定されたものが25種類、ABI−4700でのみ同定されたものが192種類であり、どちらか一つでも同定されたものは合計311種類であった(図3)。
【0029】
以上の結果から、本発明の方法を用いることにより、血清中の多数の微量たんぱく質の同定・比較定量が可能となることがわかった。
【0030】
比較例:従来法による血清たんぱく質の同定・定量
常法により、血清(アルブミン等主要たんぱく質6種類を除去した血清をcICAT試薬により反応させ、得られた標識たんぱく質をトリプシン消化し、トリプシン消化物を含む反応液をSCXカラムクロマトグラフィーにかけ、試薬由来物質等を充分に除いたのちに、塩濃度勾配法でペプチド画分を50分画した。得られた各画分をさらにアビジンアフィニティーカラムによりビオチン含有標識ペプチドを特異的に精製した。このビオチン含有標識ペプチドをTFA処理によりビオチン部分等を切断し、蒸発乾固後、得られた試料を質量分析装置で測定し、血清たんぱく質の同定及び定量を行ったところ、主要な血清たんぱく質(30〜50種類、Mascot Score 20以上)は同定・定量できたが、微量な血清たんぱく質は殆ど同定できなかった。その原因を追求した結果、上記のTFA処理後の各分画試料中に、ビオチン含有標識ペプチドに由来する当量のビオチンをはるかに超える大量のビオチンが存在することが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明は、試料中に存在する多数の微量たんぱく質の発現差解析を効率よく行う方法ならびにそのためのシステムを提供するものなので、プロテオミクス研究分野、分析機器分野などに利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】図1は、ビオチン結合ICAT標識血清ペプチドをTFA処理した試料からのビオチン画分およびビオチンが除去されたICAT標識血清ペプチドのSCXカラムクロマトグラフィーによる分画パターンである。保持時間約5分のところにビオチンのピーク、および保持時間約14分のところにビオチンを含む試薬由来の副産物のピークが見られ、ペプチドのピークから分離されたことがわかる。
【図2】図2は、Q−Star XLおよびABI−4700により同定されたヒト血清たんぱく質トップ119種類のベン図(Diagrammatic Representation)である。
【図3】図3は、Q−Star XLおよびABI−4700により同定された全てのヒト血清たんぱく質311種類のベン図(Diagrammatic Representation)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
開裂可能なタグを含有するICAT試薬にて標識されたペプチドからタグを開裂させ、得られた標識ペプチドを分離・精製し、質量分析を行うことを特徴とする、同位体標識を用いるたんぱく質の発現差解析方法。
【請求項2】
分離・精製段階がカラムクロマトグラフィーを用いて行われ、タグ等の除去とcICAT標識ペプチドの分離・精製が同時に行われる請求項1記載の方法。
【請求項3】
タグがビオチンである請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
ペプチドが血清たんぱく質に由来するものである請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項記載の方法を用いることを特徴とする、試料中の微量たんぱく質の発現差解析を行うためのシステム。
【請求項6】
試料が血清試料である請求項5記載のシステム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−24631(P2007−24631A)
【公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−205749(P2005−205749)
【出願日】平成17年7月14日(2005.7.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年4月厚生労働省発行の「疾患関連たんぱく質解析研究 平成16年度 総括・分担研究報告書」に発表
【出願人】(598001179)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (6)
【出願人】(597128004)国立医薬品食品衛生研究所長 (22)
【Fターム(参考)】