説明

同位体濃度の分析方法

【課題】イオン化法として電子イオン化法を採用した質量分析において、イオン源内の残留水分による影響を抑えて正確な測定データを得ることができる同位体濃度の分析方法を提供する。
【解決手段】試料をイオン源に導入して電子イオン化法によりイオン化して質量分析することにより、前記試料中の特定の元素の安定同位体の濃度を求める際に、前記イオン源に前記試料と共に不活性ガス、例えば、ヘリウム、窒素、アルゴン、ネオン、クリプトン及びキセノンの少なくとも1種を同時に導入する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、同位体濃度の分析方法に関し、詳しくは、試料中の特定の元素の安定同位体の存在比を求めるための同位体濃度の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化合物中の特定の元素の同位体標識率を求める方法として、質量分析や赤外分光が広く利用されている。具体的には、質量分析では、前処理した試料あるいは未処理のままの試料をGCMS(Gas Chromatography Mass Spectrometry)、LCMS(Liquid Chromatography Mass Spectrometry)、IRMS(Isotope Ratio Mass Spectrometry)等の質量分析装置で測定し、分子イオンピークと質量数+α(αは互いに同位体である2つの核種の質量数の差)とのピーク比、あるいは、特定のフラグメントイオンと質量数+αとのピーク比が、互いに同位体である核種の存在比に等しいことに基づいて同位体純度(同位体標識率)を求めている。GCあるいはLCと組み合わせて質量分析を行うことで、混合物中の特定の化合物の同位体純度を求めることもできる(例えば、特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−30816号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、イオン化法に電子イオン化法を採用した質量分析で同位体濃度を求める場合は、イオン源内に残留する物質、例えば残留水分の影響によって正確なデータが得られないことがある。すなわち、電子イオン化法では、加熱などによりガス化した試料分子に電子ビームを照射することで、分子量Mの分子内から電子を飛び出させ、Mイオン(分子イオン)や、そのイオン内の結合が切れたイオン(フラグメントイオン)を生じさせるため、電子イオン化にて生じるイオンがそれだけであれば特段の問題はなく、得られたデータ、例えば分子イオンのピークとその同位体イオンのピークとの強度比などから、分子内の特定の元素の同位体存在比を求めることが可能となる。
【0005】
しかしながら、電子イオン化法により試料をイオン化した場合、特にイオン源に残留水分が多い場合には、この水分が試料への陽子(プロトン)の供給体となり、分子にプロトンが付加したイオンが僅かではあるが生じて同位体イオンとプロトン付加イオンとのピークが重なると、分析結果に誤差を生じて同位体比が大きくなってしまう。
【0006】
そこで、本発明は、イオン化法として電子イオン化法を採用した質量分析において、イオン源内の残留水分による影響を抑えて正確な測定データを得ることができる同位体濃度の分析方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明の同位体濃度の分析方法は、試料をイオン源に導入して電子イオン化法によりイオン化して質量分析することにより、前記試料中の特定の元素の安定同位体の濃度を求める同位体濃度の分析方法において、前記イオン源に前記試料と共に不活性ガスを同時に導入することを特徴としている。
【0008】
さらに、本発明の同位体濃度の分析方法は、前記不活性ガスが、ヘリウム、窒素、アルゴン、ネオン、クリプトン及びキセノンの少なくとも1種であること、前記試料が、水酸基、ケトン基又はカルボキシル基を含む分子、あるいは、アミン類又はイミン類と同じ結合構造を有する窒素原子を含む分子のいずれか1種の分子であること、また、前記試料が、グリシン、インドール、ベンズアルデヒド、ベンジルアルコール、安息香酸、フェノール、ピルビン酸、N,N−ジメチルホルムアミド、炭酸ジメチル、炭酸ジエチル、ピリジン及びメラミンのいずれか1種であることを特徴としてる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、試料と同時に不活性ガスをイオン源へ導入することで、イオン源内の残留水分と試料分子との反応によるプロトン付加分子イオンの生成を抑制することができる。特に、分子中に、水酸基、ケトン基、カルボキシル基、あるいは、アミン類又はイミン類と同じ結合構造を有する窒素原子を含む試料は、これらの分子中の酸素原子や窒素原子の不対電子がプロトン受容体として機能するため、プロトン付加分子イオンの生成をより確実に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】質量分析計の一例を示す概略図である。
【図2】イオン源の一例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
まず、試料をイオン化したイオンを質量分析するためには、例えば図1及び図2に示すように、イオン化法として電子イオン化法を採用したイオン源11と、イオン源11で発生したイオンの速度収束を行うトロイダル電場12a及び方向収束を行う扇形磁場12bとを有する質量分離部12と、イオン量を検出するための検出器13とを備えた質量分析計を使用する。
【0012】
イオン源11は、イオン源ブロック11aを備えたイオン源チャンバー11bと、イオン源ブロック11aに試料を導入するための試料導入部14と、同じくイオン源ブロック11aに不活性ガスを導入する不活性ガス導入部15とを備えている。試料導入部14は、マイクロシリンジ16で試料注入口17aから試料溜17内に注入した所定量の試料をニードルバルブ18で流量調整して導入するように形成されており、不活性ガス導入部15は、ガスボンベなどの不活性ガス源19内の不活性ガスを圧力調整弁20で圧力調整し、ニードルバルブ21で流量調節して導入するように形成されている。
【0013】
このような質量分析計を使用して試料中の特定の元素の安定同位体の濃度を求める際には、前記イオン源11に、前記試料導入部14から所定量の試料を導入すると共に、前記不活性ガス導入部15から所定量の不活性ガスを導入する。不活性ガスとしては、試料のイオン化に際して不活性であり、分析結果に悪影響を与えないガスを使用する。例えば、試料の同位体濃度算出に使用するピークの出現位置と同じピークを持たないガスや、各種不純物成分、特に、含有水分量が1ppm以下のガス、例えば、ヘリウム、窒素、アルゴン、ネオン、クリプトン、キセノンを用いることができ、一般に流通している高純度ガスを使用することが可能である。
【0014】
さらに、プロトン付加分子イオンの生成抑制効果を考慮すると、分子量の大きな不活性ガスを用いることが好ましく、例えば、前述のヘリウム、窒素、アルゴン、ネオン、クリプトン、キセノンを比較すると、ヘリウム、ネオン、窒素、アルゴン、クリプトン、キセノンの順に抑制効果が増大し、キセノンが最大となるが、試料の種類や質量分析計の構成、ガスコストを考慮して選定すればよく、これらの不活性ガスを複数種類混合して用いることもできる。
【0015】
不活性ガスは、一定圧力、一定流量で行うことが好ましく、導入圧力はイオン源11の圧力に応じて設定すればよく、圧力調整弁20の二次側を大気圧程度に設定しておけばよい。導入量は、試料の種類や質量分析計の構成、特に、イオン源の構成やイオン源内の残留水分量によって異なるが、通常は、毎分0.1〜5mlの範囲が適当である。不活性ガスの導入量が毎分0.1mlより少なくなりすぎると不活性ガスをイオン源11に導入した効果を十分に得ることが困難になり、不活性ガスの導入量が毎分5mlより多くなりすぎると、イオン源11における試料濃度が相対的に減少して正確な測定が困難になったり、イオン源11内を適正な圧力に維持することが困難になったりする。不活性ガスの導入温度は、常温でよく、特に加熱したり、冷却したりする必要はない。
【0016】
また、イオン源11への不活性ガスの導入は、図2に示したように、試料導入部14とは別に不活性ガス導入部15を設け、不活性ガスを試料とは別に、不活性ガスをイオン源11に直接導入することが好ましいが、試料の種類や性状によっては、試料溜17や試料溜17からイオン源11へ至る経路の途中に不活性ガスを導入し、試料と不活性ガスとを混合した状態でイオン源11に導入することも可能である。不活性ガスが流れる配管や弁等の不活性ガスが接触する部分は、ステンレス鋼やガラス等、不活性ガス中に不純物が混入しにくい材質とすることが好ましい。
【0017】
試料の質量分析手順や設定条件は、前記不活性ガスの導入を除いては、従来からの一般的な手順及び条件を採用することができる。また、装置構成においても、質量分離部12における質量分離の手段は、磁場タイプ、四重極の電場タイプ、飛行時間型のいずれであってもよく、電場−磁場の順に配列した二重収束タイプであっても、磁場−電場の順に配列した逆配列の二重収束タイプであってもよい。検出器13における検出手段も、2次電子増倍管、ファラデーカップ等、質量分析の検出器として一般的なものを使用することができる。
【0018】
さらに、試料の導入方法も、試料の状態に応じて行うことができ、蒸気圧が比較的高い液体試料の場合は、図2に示したように、試料溜めへ試料を導入し、ニードルバルブを介して微小量ずつイオン源へリークさせる試料直接導入法を採用でき、このときの試料溜めへの試料導入量は、通常、1〜3μLが適当である。また、蒸気圧の低い液体試料や固体試料の場合は、ダイレクトプローブ等の先端に試料を詰めたキャピラリー管をセットし、イオン源チャンバー11bを予備排気した後、キャピラリー管をイオン源へ挿入する試料直接導入法で行うことができ、このときの液体試料の導入量は1〜2μL、固体試料の導入量は1〜2mgが適当である。
【0019】
その他の条件として、イオン源11の温度は200℃程度、イオン化電圧は30〜70eV、イオン源フィラメント電流は4A程度、質量走査範囲は同位体濃度算出に使用するピークが含まれる範囲であり、質量走査速度は1SCANあたり数秒から数十秒が適当である。
【0020】
このように、従来から一般的に行われている質量分析において、イオン源11に試料と同時に不活性ガスを導入することにより、イオン源内の残留水分と試料分子との反応によるプロトン付加分子イオンの生成を抑制することができ、イオン源内の残留水分による影響を抑えて正確な測定データを得ることができる。また、イオン源11に不活性ガスを導入するだけでよく、通常の質量分析計に不活性ガス導入部15を追加するだけで実施することが可能であるから、設備コストの上昇も僅かに抑えることができる。さらに、不活性ガスには、市販の高純度ガスを使用することができるので、分析時に要するコストの上昇も僅かに抑えることができる。したがって、試料中の安定同位体の濃度、存在比を低コストで正確に測定することができる。
【0021】
特に、分子中に、水酸基(−OH)、ケトン基(−CO−)又はカルボキシル基(−COOH)を含む試料、あるいは、アミン類(R−N(−R)−R(R、R、Rは水素又は炭化水素基を示し、アンモニアを除く))又はイミン類(R−C(=NR)−R(R、R、Rは水素又は炭化水素基を示す)))と同じ結合構造を有する窒素原子を含む試料、例えば、グリシン、インドール、ベンズアルデヒド、ベンジルアルコール、安息香酸、フェノール、ピルビン酸、N,N−ジメチルホルムアミド、炭酸ジメチル、炭酸ジエチル、ピリジン、メラミンのような場合は、これらの試料中の水酸基等に含まれる酸素原子や窒素原子がプロトン受容体となり、イオン源11でイオン化する際に残留水分の影響を受けやすいが、イオン源11に導入された不活性ガスによって試料からのプロトン付加分子イオンの生成を抑制することができるので、プロトン受容体となる前記酸素原子や窒素原子が多い試料であっても、従来に比べて正確な分析を確実に行うことができる。
【実施例1】
【0022】
図1に示す構成の質量分析計を使用して実験を行った。試料には非標識のピルビン酸を使用し、検出器13には2次電子増倍管を用いた。不活性ガスには窒素(純ガス)を使用し、圧力調整弁20にて大気圧まで減圧後、ニードルバルブ21にて流量調整を行った。また、不活性ガス導入配管には、ステンレス配管及び内面を不活性処理したガラスキャピラリー管を使用した。イオン源への試料の導入は試料直接導入法にて行った。
【0023】
試料溜めへの試料導入量を2μL、イオン源温度を200℃、イオン化電圧を30eV、イオン源フィラメント電流を4A、質量走査範囲をM/Z=40〜300、質量走査速度を1SCAN/2secにそれぞれ設定し、不活性ガスである窒素の導入量を、0(比較用)、0.5ml/min、1ml/min及び10ml/minに変化させてマススペクトルを取得した。なお、窒素流量を10ml/minに設定すると、本実験で使用した質量分析計ではイオン源内の真空度不良によって保護回路が働き、質量分析計が停止してデータを取得することができなかった。
【0024】
水素及び酸素の同位体存在比は天然存在比(H:99.985atom%、H:0.015atom%、16O:0.99759atom%、17O:0.037atom%、18O:0.204atom%)であるとし、得られたマススペクトルにおいて、M/Z=88及びM/Z=89のピーク強度比の値を用いて炭素の13C濃度を算出した。窒素流量[ml/min]と13C濃度[atom%]との関係を表1に示す。
【表1】

【0025】
表1に示す結果から、試料と同時にイオン源へ窒素を導入することにより、求めた13C濃度が期待値の1.108atom%へ近付き、イオン源の残留水分が分析値に与える悪影響が低減していることが分かる。
【実施例2】
【0026】
試料を非標識N,N−ジメチルホルムアミドとし、不活性ガスをアルゴンとし、アルゴンの導入量を0ml/min、1ml/min及び2ml/minに変化させた以外は、実施例1と同様にしてマススペクトルを取得し、M/Z=73及びM/Z=74のピーク強度比を用いて13C濃度を算出した。アルゴン流量[ml/min]と13C濃度[atom%]との関係を表2に示す。この結果からも、試料と同時にアルゴンガスをイオン源へ導入することにより、13C濃度が期待値に近付いていることが分かる。
【表2】

【実施例3】
【0027】
ガス導入量を1ml/minとして不活性ガスの種類をネオン、窒素、アルゴン、クリプトン及びキセノンに変えた以外は、実施例2と同様にしてマススペクトルを取得して13C濃度を算出した。導入した不活性ガスの種類と13C濃度[atom%]との関係を表3に示す。この結果から、導入する不活性ガスの分子量(Ne<N<Ar<Kr<Xe)が大きくなるのに従って13C濃度が期待値に近付いていることが分かる。
【表3】

【実施例4】
【0028】
試料を非標識メラミンとし、窒素導入量を1ml/minとして窒素導入圧力を0MPa、0.1MPa及び0.2MPa(いずれもゲージ圧)に変化させた以外は、実施例1と同様にしてマススペクトルを取得し、M/Z=126及びM/Z=127のピーク強度比から13C濃度を算出した。窒素圧力[MPaG]と13C濃度[atom%]との関係を結果を表4に示す。この結果から、窒素導入圧力は分析結果にほとんど影響を与えないことが分かる。
【表4】

【実施例5】
【0029】
試料を非標識ピリジンとし、窒素導入量を1ml/minとして窒素導入温度を室温(26℃)、75℃及び150℃に変化させた以外は、実施例1と同様にしてマススペクトルを取得し、M/Z=79及びM/Z=80のピーク強度比から13C濃度を算出した。窒素温度[℃]と13C濃度[atom%]との関係を結果を表5に示す。この結果から、窒素導入温度は分析結果にほとんど影響を与えないことが分かる。
【表5】

【符号の説明】
【0030】
11…イオン源、11a…イオン源ブロック、11b…イオン源チャンバー、12…質量分離部、12a…トロイダル電場、12b…扇形磁場、13…検出器、14…試料導入部、15…不活性ガス導入部、16…マイクロシリンジ、17…試料溜、17a…試料注入口、18…ニードルバルブ、19…不活性ガス源、20…圧力調整弁、21…ニードルバルブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料をイオン源に導入して電子イオン化法によりイオン化したイオンを質量分析することにより、前記試料中の特定の元素の安定同位体の濃度を求める同位体濃度の分析方法において、前記イオン源に前記試料と共に不活性ガスを同時に導入する同位体濃度の分析方法。
【請求項2】
前記不活性ガスは、ヘリウム、窒素、アルゴン、ネオン、クリプトン及びキセノンの少なくとも1種である請求項1記載の同位体濃度の分析方法。
【請求項3】
前記試料は、水酸基、ケトン基又はカルボキシル基を含む分子、あるいは、アミン類又はイミン類と同じ結合構造を有する窒素原子を含む分子のいずれか1種の分子である請求項1又は2記載の同位体濃度の分析方法。
【請求項4】
前記試料は、グリシン、インドール、ベンズアルデヒド、ベンジルアルコール、安息香酸、フェノール、ピルビン酸、N,N−ジメチルホルムアミド、炭酸ジメチル、炭酸ジエチル、ピリジン及びメラミンのいずれか1種である請求項1乃至3のいずれか1項記載の同位体濃度の分析方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−117926(P2012−117926A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−268204(P2010−268204)
【出願日】平成22年12月1日(2010.12.1)
【出願人】(000231235)大陽日酸株式会社 (642)
【Fターム(参考)】