説明

同位体濃度の測定方法

サンプルを同位体希釈して分析にかけることにより、ある元素の一つの同位体由来の目的シグナルの強度と同元素の他の同位体由来の目的シグナルの強度の比を調整することができ、その結果、同位体濃度の正確な測定が可能となった。サンプル中の特定の元素の同位体濃度や特定位の同位体濃度を測定するためのキットも提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は同位体濃度の測定方法に関し、より詳細には、同位体希釈を利用した同位体濃度の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
同位体濃度の測定値は、化学、生物学、医学、地学および考古学などの各種の分野において利用されている。例えば、地学および考古学の分野では14C濃度の測定により年代推定が行われている。生物学の分野では、安定同位体の測定により代謝過程の研究がなされ、それが、医学の分野において疾患の判定に応用されている。
【0003】
これまでのところ、化合物あるいは単体中の特定の元素の安定同位体濃度を測定するには、質量分析あるいは赤外分光の方法でなされてきた。
【0004】
質量分析では、前処理したサンプルあるいは未処理のままのサンプルを
GC−MS(Gas Chromatography Mass Spectrometry)、LC−MS(Liquid Chromatography Mass Spectrometry)、IR−MS(Isotope Ratio Mass Spectrometry)等の質量分析で測定し、分子イオンピークと質量数−α(αは、互いに同位体である2つの核種の質量数の差である)のピークの比、または、特定のフラグメントイオンと質量数+αのピークの比により、同位体濃度が求められる。GCあるいはLCと組み合わせて質量分析を行うことで、混合物中の特定の化合物の同位体濃度を測定できる。
【0005】
特にIR−MSの場合は、ガスサンプル:CO、N、O、SOに特化した質量分析を行い、それぞれの元素の同位体濃度を求める。サンプルがCO、N、O、SO以外の場合は、まず、CO、N、O、SOへのガス化が必要である。ガス化の方法は、(1)IR−MSに接続された燃焼器での燃焼によりCO、NO、O、SOを、さらに還元によりNOからNを得る燃焼法、(2)脱炭酸など化学的な前処理によりCO、NO、O、SOを得る方法などがある(非特許文献1および2)。IR−MSはGCとの組み合わせが可能であり、さらに前述のガス化法:燃焼法と組み合わせた方法はGC−C−IRMS(GC−Combustion Isotope Ratio Mass Spectrometry)と呼ばれる。
【0006】
赤外分光では、CO、CHの炭素同位体の分析についてのみ、既存技術が存在する。たとえば、COの場合、12COおよび13COのそれぞれの固有の波長の光吸収の強度比を測定することで同位体比を分析する(特許文献1〜11参照)。
【0007】
上記のいずれの方法においても、特定の同位体が高濃度で存在する場合(特定の同位体が天然存在比に近い濃度で存在する場合も含む)は、シグナル強度が極端に異なる(例えば、同位体が13Cと12Cの場合は2桁違う)こととなり、同じレンジで測定し、そのピーク強度比すなわち同位体濃度を正確に求めることは困難であった。
【0008】
【非特許文献1】Proceedings of the Nutristion Society(1994)vol.53 pp.363−372
【0009】
【非特許文献2】Rapid Communication in Mass Spectrometry(2001)vol.15 pp.1279−1282
【0010】
【特許文献1】特表2003−507703号公報
【0011】
【特許文献2】特開2000−35401号公報
【0012】
【特許文献3】特開平6−174638号公報
【0013】
【特許文献4】特開2003−65950号公報
【0014】
【特許文献5】特開平5−340872号公報
【0015】
【特許文献6】特開平6−18411号公報
【0016】
【特許文献7】特開平5−296922号公報
【0017】
【特許文献8】特開2001−324446号公報
【0018】
【特許文献9】特開2000−275173号公報
【0019】
【特許文献10】特開2002−39942号公報
【0020】
【特許文献11】特開平6−148070号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
本発明は、同位体濃度を正確に測定することができる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明者らが、上記課題を解決すべく鋭意努力した結果、同位体希釈を利用することにより、サンプルの同位体濃度を正確に測定することができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0023】
本発明の要旨は以下の通りである。
(1)サンプル中の単体あるいは化合物に含まれる特定の元素の同位体濃度を測定する方法であって、サンプル中の単体または化合物に含まれる特定の元素の一つの同位体由来の任意の分析法により得られる目的シグナル強度と同元素のその他の同位体由来の目的シグナル強度との比を調整するために、サンプルを同位体濃度が既知の同種単体または同種化合物と混合する工程、
前記混合物の目的シグナル強度を測定する工程、
前記の測定された目的シグナル強度に関する情報に基づいて前記混合物中の単体または化合物の同位体濃度を求める工程、および
前記混合物中の単体または化合物の割合に基づいて前記混合物中の単体または化合物の同位体濃度を前記サンプル中の単体または化合物の同位体濃度に換算する工程
を含む前記の方法。
(2)サンプル中の単体あるいは化合物の特定位の同位体濃度を測定する方法であって、サンプル中の単体または化合物の特定位の元素の一つの同位体由来の任意の分析法により得られる目的シグナル強度と同特定位の元素のその他の同位体由来の目的シグナル強度との比を調整するために、サンプルを同位体濃度が既知の同種単体または同種化合物と混合する工程、
前記混合物の目的シグナル強度を測定する工程、
前記の測定された目的シグナル強度に関する情報に基づいて前記混合物中の単体または化合物の特定位の同位体濃度を求める工程、および
前記混合物中の単体または化合物の割合に基づいて前記混合物中の単体または化合物の特定位の同位体濃度を前記サンプル中の単体または化合物の特定位の同位体濃度に換算する工程
を含む前記の方法。
(3)サンプル中の化合物に含まれる特定の元素の同位体濃度を測定する方法であって、サンプル中の化合物に含まれる特定の元素の一つの同位体由来の任意の分析法により得られる目的シグナル強度と同元素のその他の同位体由来の目的シグナル強度との比を調整するために、前記化合物の化学構造の一部と同じ化学構造を有する同位体濃度が既知の異種化合物をサンプルと混合する工程、
前記混合物の目的シグナル強度を測定する工程、
前記の測定された目的シグナル強度に関する情報に基づいて前記混合物中の化合物の同位体濃度を求める工程、および
前記混合物中の化合物の割合に基づいて前記混合物中の化合物の同位体濃度を前記サンプル中の化合物の同位体濃度に換算する工程
を含む前記の方法。
(4)サンプル中の化合物の特定位の同位体濃度を測定する方法であって、サンプル中の化合物の特定位の元素の一つの同位体由来の任意の分析法により得られる目的シグナル強度と同特定位の元素のその他の同位体由来の目的シグナル強度との比を調整するために、前記化合物の化学構造の一部と同じ化学構造を有する同位体濃度が既知の異種化合物をサンプルと混合する工程、
前記混合物の目的シグナル強度を測定する工程、
前記の測定された目的シグナル強度に関する情報に基づいて前記混合物中の化合物の特定位の同位体濃度を求める工程、および
前記混合物中の化合物の割合に基づいて前記混合物中の化合物の特定位の同位体濃度を前記サンプル中の化合物の特定位の同位体濃度に換算する工程
を含む前記の方法。
(5)サンプル中の単体または化合物に含まれる特定の元素の一つの同位体由来の任意の分析法により得られる目的シグナル強度と同元素のその他の同位体由来の目的シグナル強度、もしくは、サンプル中の単体または化合物の特定位の元素の一つの同位体由来の任意の分析法により得られる目的シグナル強度と同特定位の元素のその他の同位体由来の目的シグナル強度をスペクトル分析法により得る(1)〜(4)のいずれかに記載の同位体濃度測定方法。
(6)スペクトル分析法が質量分析である(5)記載の同位体濃度測定方法。
(7)スペクトル分析法が赤外分光である(5)記載の同位体濃度測定方法。
(8)同位体濃度が既知の単体または化合物を含む、サンプル中の単体あるいは化合物に含まれる特定の元素の同位体濃度を測定するためのキット。
(9)同位体濃度が既知の単体または化合物を含む、サンプル中の単体あるいは化合物の特定位の同位体濃度を測定するためのキット。
【0024】
本明細書において、「同位体」とは、原子核内の陽子数および中性子数によって特定される原子種をいう。また「その他の同位体」とは、陽子数が同じ(つまり同じ元素)であるが、中性子数が異なる原子種をいう。
【0025】
「同位体濃度」とは、単体または化合物中に含まれている特定の同位体の割合(すなわち、単体または化合物中に含まれている特定の同位体の量/単体または化合物中に含まれている特定の元素の量)を言う。「特定位の同位体濃度」という場合は、単体または化合物の特定位置に特定の同位体が含まれている割合(すなわち、単体または化合物の特定位置の同位体の量/単体または化合物の特定位置の元素の量)を言う。同位体濃度は、通常、百分率で表わされるが、それに限定されるわけではなく、他の表現形式(例えば、割合、比など)で表されてもよい。
【0026】
「同種単体」とは、特定の同位体の同位体濃度のみが異なり、同じ化学構造式で表すことができる単体を意味する。
【0027】
「同種化合物」とは、特定の同位体の同位体濃度のみが異なり、同じ化学構造式で表すことができる化合物を意味する。
【0028】
「異種化合物」とは、サンプル中に含まれる化合物とは化学構造式が異なる化合物を言う。
【0029】
「スペクトル分析法」とは、スペクトルを得るために用いられる手法をいい、質量分析、赤外分光法などを含む。ここでいうスペクトルとは横軸にエネルギーまたはそれに相当する量をとり、そのエネルギーの成分が出現する頻度を縦軸に目盛った図形をいい、マススペクトル、赤外スペクトルなどが含まれる(化学大辞典、大木道則ら編、東京化学同人刊)。また、前記の手法を用いて、任意の成分のみを測定して得られる強度、任意の成分から得られるクロマトグラムなどの測定もスペクトル分析法に含むこととする。
【0030】
「シグナル強度」は選択する分析法によって種々の形で得られるものであるが、質量分析におけるマススペクトルの分子イオンピークあるいは特定のフラグメントイオンピーク、または特定のイオンのクロマトグラムにおけるピーク、赤外分光の吸収スペクトルにおける特定の波数(または波長)の吸収強度などの高さまたは面積を例示することができる。
【発明の効果】
【0031】
本発明により、同位体濃度を正確に測定することができる方法が提供された。
本明細書は、本願の優先権の基礎である日本国特許出願、特願2003−194075号の明細書および/または図面に記載される内容を包含する。
【図面の簡単な説明】
【0032】
[図1]CIL製Ac−DL−[1−13C]Ala(化学純度99.1%)の赤外分光スペクトルを示す。
[図2]合成Ac−DL−[1−13C]Ala(化学純度91.1%)の赤外分光スペトルを示す。
[図3]CIL製Ac−DL−[1−13C]Ala(化学純度99.1%)と天然存在比Ac−DL−Alaの混合物のGC−MSスペクトルを示す。
[図4]合成Ac−DL−[1−13C]Ala(化学純度91.1%)と天然存在比Ac−DL−Alaの混合物のGC−MSスペクトルを示す。
[図5]Ac−DL−Ala(天然存在比)のGC−MSスペクトルを示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
本発明は、サンプル中の単体または化合物の同位体濃度を測定する方法を提供する。
【0034】
本発明の方法を適用する対象となるサンプルは、同位体が存在する元素を含む単体または化合物の1種またはそれ以上を含有する限り、いかなるものであってもよい。サンプルとしては、化学合成したあるいは生物由来の単体または化合物試料、診断の対象となる被験者(ヒト以外の動物も含む)から採取した試料(例えば、呼気、血液、尿、唾液、便、など)、あるいはさらに単離・精製した試料、水、岩石、鉱物または植物などの天然物、食品を例示することができるが、これらに限定されるわけではない。
【0035】
サンプル中の単体または化合物は、同位体が存在する元素を含む限り、いかなるものであってもよい。単体または化合物としては、H、Oなどの単体、二酸化炭素、メタン、アミノ酸、ペプチド、タンパク質、グルコース、フルクトース、ガラクトースなどの単糖、スクロース、マルトースなどの二糖、サイクロデキストリンなどをはじめとする糖類、ギ酸、酢酸、酪酸、クエン酸、コハク酸、乳酸などの有機酸およびそれらの塩、ラウリン酸、オクタン酸などの脂肪酸およびそれらの塩、トリオクタノイン、トリオレイン、トリパルミチンなどの脂肪類、その他アセトンなどのケトン、アセトアルデヒドなどのアルデヒド、アセトアミドなどのアミド、メタノール、エタノールなどのアルコール類などの化合物を例示することができるが、これらに限定されるわけではない。アミノ酸、ペプチド、タンパク質及び糖は、保護または修飾されていてもよい。サンプル中の単体または化合物は、気体、液体、固体のいずれの形態であってもよい。
【0036】
単体または化合物に含有される同位体としては、12Cと13C、HとH、16Oと17Oと18O、14Nと15N、28Siと29Siと30Si、32Sと33Sと34Sと36S、35Clと37Clなどを例示することができるが、これらに限定されるわけではない。
【0037】
スペクトル分析法での測定は、サンプルを未処理のまま用いて測定してもよいが、無機塩などの脱塩、誘導体化などの前処理をしたサンプルを用いて測定してもよい。誘導体化としては、水酸基のシリル化、アシル化、ベンゾイル化、アルキル化またはダンシル化、カルボニル基のオキシム生成、シリル化、ケタール/アセタール生成、ヒドラゾン生成、シッフ塩基生成または酸化、カルボキシル基のエステル化またはシリル化、アミノ基のアシル化、ベンゾイル化、シリル化、チオ尿素生成、シッフ塩基生成、2,4−ジニトロフェニル化、スルホンアミド生成、カルバメート生成またはアルキル化、アミドのシリル化、アシル化またはアルキル化、グアニジノ基のアシル化、イミノ基のアシル化、ベンゾイル化、シリル化、2,4−ジニトロフェニル化またはスルホンアミド生成などを例示することできる。これらの処理は公知の方法で行うことができる。
【0038】
本発明の方法において、目的シグナル強度を測定する分析法としては、スペクトル分析法(例えば、GC−MS、LC−MS、IR−MS、MS、赤外分光法など)を例示することができるが、これらに限定されるわけではない。
【0039】
本発明の方法において、サンプル中の単体または化合物に含まれる特定の元素の一つの同位体由来の任意の分析法により得られる目的シグナル強度と同元素のその他の同位体由来の目的シグナル強度との比を調整するために、もしくは、サンプル中の単体または化合物の特定位の元素の一つの同位体由来の任意の分析法により得られる目的シグナル強度と同特定位の元素のその他の同位体由来の目的シグナル強度との比を調整するために、サンプルを同位体濃度が既知の同種単体または同種化合物と混合する。または、サンプル中の化合物に含まれる特定の元素の一つの同位体由来の任意の分析法により得られる目的シグナル強度と同元素のその他の同位体由来の目的シグナル強度との比を調整するために、もしくは、サンプル中の化合物の特定位の元素の一つの同位体由来の任意の分析法により得られる目的シグナル強度と同特定位の元素のその他の同位体由来の目的シグナル強度との比を調整するために、前記化合物の化学構造の一部と同じ化学構造を有する同位体濃度が既知の異種化合物をサンプルと混合する。
【0040】
サンプル中の単体または化合物に含まれる特定の元素の一つの同位体由来の任意の分析法により得られる目的シグナル強度と同元素のその他の同位体由来の目的シグナル強度との比、もしくは、サンプル中の単体または化合物の特定位の元素の一つの同位体由来の任意の分析法により得られる目的シグナル強度と同特定位の元素のその他の同位体由来の目的シグナル強度との比は、目的とする正確な同位体濃度測定が可能となる限り、いかなる強度比になるように調整されてもよいが、好ましくは、シグナル強度の違いが1桁以下(すなわち、強度比が1:99〜99:1)、より好ましくは、シグナル強度の桁が異ならない程度(すなわち、強度比が1:9〜9:1)、さらに好ましくは、シグナル強度の比が約1:1となるように調整される。
【0041】
従って、サンプル中の単体または化合物に含まれる一つの同位体の濃度が高いと予想される場合には、その同位体の濃度が低い同種単体または同種化合物とサンプルとを混合するとよい。逆に、サンプル中の単体または化合物に含まれる一つの同位体の濃度が低いと予想される場合には、その同位体の濃度が高い同種単体または同種化合物とサンプルとを混合するとよい。
【0042】
または、サンプル中の化合物に含まれる一つの同位体の濃度が高いと予想される場合には、前記化合物の化学構造の一部と同じ化学構造を有し、その同位体の濃度が低い異種化合物とサンプルとを混合するとよい。逆に、サンプル中の化合物に含まれる一つの同位体の濃度が低いと予想される場合には、前記化合物の化学構造の一部と同じ化学構造を有し、その同位体の濃度が高い異種化合物とサンプルとを混合するとよい。
【0043】
13C濃度を質量分析法で測定する場合を例にとると、サンプル中の化合物の13Cが高濃度の場合は、サンプルに13C濃度既知で13C濃度が天然存在比付近の同種化合物を混合する。サンプル中の化合物の13C濃度が天然存在比に近い場合は、サンプルに13C濃度既知で13C濃度が高濃度の同種化合物を混合する。13C由来の目的シグナル強度と12C由来の目的シグナル強度との比が同程度(例えば、約1:1)となるようにそれぞれを混合し、質量分析法で測定し、混合物中の化合物の13C濃度を求め、混合物中の化合物の割合から換算して、サンプル中の化合物の13C濃度を求める。
【0044】
または、サンプル中の化合物の13Cが高濃度の場合は、サンプルに13C濃度既知で13C濃度が天然存在比付近の、前記化合物の化学構造の一部と同じ化学構造を有する異種化合物を混合する。サンプル中の化合物の13C濃度が天然存在比に近い場合は、サンプルに13C濃度既知で13C濃度が高濃度の、前記化合物の化学構造の一部と同じ化学構造を有する異種化合物を混合する。13C由来の目的シグナル強度と12C由来の目的シグナル強度との比が同程度(例えば、約1:1)となるようにそれぞれを混合し、質量分析法で測定し、混合物中の化合物の13C濃度を求め、混合物中の化合物の割合から換算して、サンプル中の化合物の13C濃度を求める。
【0045】
サンプルと混合する同種単体、同種化合物または異種化合物の同位体濃度は、公知のいかなる方法で測定してもよいが、測定値の正確性の点からは、本発明の測定法、燃焼法またはGC−C−IRMSで測定することが好ましい。
【0046】
本発明の方法において、サンプルと同位体濃度が既知の同種単体または同種化合物との混合物、またはサンプルとサンプル中の化合物の化学構造の一部と同じ化学構造を有する異種化合物の混合物が質量分析または赤外分光等のスペクトル分析法を包含する任意の分析法で測定され、目的シグナル強度に関する情報に基づいて、混合物中の単体または化合物の同位体濃度が求められる。目的シグナル強度を測定する分析法は上記のとおりである。目的シグナル強度に関する情報としては以下のものを例示することができるが、これらに限定されることはない。
(1)一つの同位体を含む同位体分子イオンのピークとその他の同位体を含む同位体分子イオンのピークの高さの比(例えば、GC−MS、LC−MS、IR−MS、MSなどの場合)
(2)一つの同位体を含む同位体分子イオンのピークとその他の同位体を含む同位体分子イオンのピークの面積の比(例えば、GC−MS、LC−MS、IR−MS、MSなどの場合)
(3)一つの同位体を含むフラグメントイオンのピークとその他の同位体を含むフラグメントイオン(フラグメントイオンは同種)のピークの高さの比(例えば、GC−MS、LC−MS、IR−MS、MSなどの場合)
(4)一つの同位体を含むフラグメントイオンのピークとその他の同位体を含むフラグメントイオン(フラグメントイオンは同種)のピークの面積の比(例えば、GC−MS、LC−MS、IR−MS、MSなどの場合)
(5)一つの同位体を含む結合の分子振動に由来する吸収強度とその他の同位体を含む結合(結合の種類は同じ)の分子振動に由来する吸収強度の比(例えば、赤外分光法などの場合)
サンプル中の単体または化合物がCOの場合を例にとり、(1)〜(5)の情報から混合物中の単体または化合物の同位体濃度を求める方法を以下に説明する。
【0047】
13C高濃度のCO13C濃度を測定する場合、13C濃度が既知で天然存在比付近のCOを混合する。混合サンプルをGC−MSで測定し、同位体分子イオンであるm/z=44(1216)とm/z=45(1316)のピークの高さまたは面積から下記式1を用いて、混合物のCO13C濃度を求める(上記(1)または(2))。また、同位体を含むフラグメントイオンであるm/z=12(12C)とm/z=13(13C)のピークの高さまたは面積から下記式1を用いて、混合物のCO13C濃度を求める(上記(3)または(4))。また、混合物を−200℃、大気圧で赤外分光法で測定し、12COに見られる2350cm−1の吸収と13COに見られる2280cm−1の吸収の強度から下記式1を用いて混合物のCO13C濃度を求める(上記(5))。
(式1)
混合CO13C濃度=13CO関連シグナルの面積(または高さ)/{13CO関連シグナルの面積(または高さ)+12CO関連シグナルの面積(または高さ)}
【0048】
本発明の方法において、サンプルと同位体濃度が既知の同種単体または同種化合物とを混合する場合、サンプルと同位体濃度が既知の同種単体または同種化合物との混合物中の単体または化合物の割合に基づいて、混合物中の単体または化合物の同位体濃度はサンプル中の単体または化合物の同位体濃度に換算される。混合物中の単体または化合物の割合に基づいて、混合物中の単体または化合物の同位体濃度をサンプル中の単体または化合物の同位体濃度に換算するには、以下のようにするとよい。
【0049】
混合物中の単体または化合物の割合を下記式2より求め、混合物中の単体または化合物の13C濃度と混合物中の単体または化合物の割合から下記式3よりサンプルの13C濃度を求める。
(式2)
混合物中の単体または化合物の割合=サンプル中の単体または化合物のmol数/(サンプル中の単体または化合物のmol数+混合した濃度既知同種単体または同種化合物のmol数)
mol数の代わりに単体または化合物の重量を用いて、混合物中の単体または化合物の割合を求めてもよい。
(式3)
混合物中の単体または化合物の13C濃度=混合した濃度既知の同種単体または同種化合物の13C濃度×(1+混合物中の単体または化合物の割合)+サンプルの13C濃度×混合物中の単体または化合物の割合
混合用に用いた同種単体または同種化合物の13C濃度はあらかじめ本発明の測定法または燃焼法等で求めておく。
【0050】
予め同位体濃度既知の同種単体または同種化合物で検量することによって、測定試料(サンプルと同位体濃度既知の同種単体または同種化合物または異種化合物の混合物)中の単体または化合物の濃度と測定された目的シグナル強度に関する情報との関係を示す検量線を作成しておくと便利である。さらに、この検量線をコンピュータに記憶させておけば、スペクトルの測定から同位体濃度の計算までを自動化することができる。
【0051】
また、本発明は、サンプル中の単体あるいは化合物に含まれる特定の元素の同位体濃度を測定するためのキット及びサンプル中の単体あるいは化合物の特定位の同位体濃度を測定するためのキットを提供する。
本発明のキットは、同位体濃度が既知の単体または化合物(以下、「標準品」ということもある)を含む。単体は、対象となるサンプルに含まれる単体と同種または異種の単体でありうる。化合物は、対象となるサンプルに含まれる化合物と同種または異種の化合物でありうる。また、化合物は、対象となるサンプルに含まれる化合物の化学構造の一部と同じ化学構造を有する異種化合物であってもよい。
本発明のキットは、さらに、サンプル中の単体や化合物、キットに含まれる標準品を処理する(例えば、無機塩などの脱塩、誘導体化など)ための試薬またはカラム、取扱説明書などを含んでもよい。取扱説明書には、測定の手順、標準品の同位体濃度、サンプル中の単体あるいは化合物に含まれる特定の元素の同位体濃度を算出するための計算式、サンプル中の単体あるいは化合物の特定位の同位体濃度を算出するための計算式、検量線などが記載されているとよい。
本発明のキットを用い、本発明の方法により、サンプル中の特定の元素の同位体濃度や特定位の同位体濃度を測定することができる。
【実施例】
【0052】
以下、本発明を実施例によって具体的に説明する。なお、これらの実施例は、本発明を説明するためのものであって、本発明の範囲を限定するものではない。
【0053】
Ac−DL−[1−13C]Ala(化学純度が99.1%のもの):CILより購入した。赤外分光スペクトルを図1に示す。
【0054】
Ac−DL−[1−13C]Ala(化学純度が91.1%のもの):特公昭48−17259および石油学会誌(1974)No.17 pp.11に基づいて製造した。赤外分光スペクトルを図2に示す。CIL製Ac−DL−[1−13C]Alaと同波長に吸収が認められた。
【0055】
Ac−DL−Ala(13Cの含有量が天然存在比である):東京化成より購入した。13Cで濃度を燃焼法で測定したところ、1.079%であった。
[実施例1]Ac−DL−[1−13C]AlaのGC−MSによる13C濃度の測定
CIL製Ac−DL−[1−13C]Ala(化学純度が99.1%のもの)と、特公昭48−17259および石油学会誌(1974)No.17 pp.11に基づいて製造した合成Ac−DL−[1−13C]Ala(化学純度が91.1%のもの)の各々を天然存在比のAc−DL−Ala(東京化成)と混合して13Cを約50%に希釈し、誘導体化(−OMe化)した後、GC−MSで測定した。分子イオンであるm/z=145と質量数が+1のm/z=146の存在比から、混合物の13C濃度を計算し、混合物中のAc−DL−[1−13C]Alaの割合から換算して、CIL製および合成Ac−DL−[1−13C]Alaの13C濃度を求めた。
<方法>
(1)サンプル(CIL製Ac−DL−[1−13C]Alaまたは特公昭48−17259および石油学会誌(1974)No.17 pp.11に基づいて製造した合成Ac−DL−[1−13C]Ala)と天然存在比Ac−DL−Alaをそれぞれ約100mg秤量し、混合した。
(2)10%HCl−MeOHを7.5mL加え、溶解した。
(3)500μLをミニバイアルにとり、70℃で1時間半加熱した。
(4)(3)をメタノールにより20倍に希釈して、四重極または二重収束GC−MSで測定した(n=3)。
(5)1位炭素以外(残りのC、H、O、N)は天然存在比として(下記表1参照)、m/z=145、146の分子種の存在比から下記の式4を用いて、混合物の13C濃度を求めた。
(6)事前にHPLCによりサンプルAc−DL−[1−13C]Alaおよび混合したAc−DL−Alaのmol数を求め、下記式5を用いて混合物中のAc−DL−[1−13C]Alaの割合からCIL製および合成Ac−DL−[1−13C]Alaサンプルの13C濃度を算出した。
(測定条件)
装置: QP2010(島津)
カラム: TC−5 30m×0.25mmφ 膜厚0.25μm(GLサイエンス)
カラム温度: 80℃→(20℃/min)→180℃
気化室温度: 250℃
イオン源温度: 200℃
インターフェース温度: 230℃
キャリアガス: He
キャリアガス圧力: 100KPa
注入モード: スプリット(スプリット比60)
注入量: 1μL
測定モード: SIM(測定イオン m/z=145,146)
【0056】

【0057】

【0058】

【0059】
CIL製Ac−DL−[1−13C]Alaと天然存在比Ac−DL−Alaの混合物、合成Ac−DL−[1−13C]Alaと天然存在比Ac−DL−Alaの混合物および天然存在比Ac−DL−AlaのGC−MSスペクトルをそれぞれ図3、4および5に示す。また、分析結果を以下の表にまとめる。
【0060】

【0061】
燃焼法では、13C濃度はAc−DL−[1−13C]Alaの炭素5個の平均の値となるので、1位以外の炭素を天然存在比(1.07%)として、1位炭素の13C濃度を求めた。
【0062】
13C濃度が天然存在比の場合、m/z=145と146のピークの比が99:1程度となるので、従来法のGC−MS測定では、燃焼法による値1.079%に対して、2.84%、2.50%という測定結果となり、正確な値は求められない。
【0063】
13C濃度が高濃度の場合、m/z=145と146のピークの比が1:99程度となるので、従来法のGC−MS測定の場合は、99.66%、98.86%いう測定結果となるが、13C濃度既知の同種化合物と混合する本発明の測定法を用いて13C濃度を求めた場合は、四重極、二重収束のどちらの場合も、98.04%、98.05%と燃焼法による値98.05%とほぼ同じ値となる。
【0064】
ただ、燃焼法の場合は、化学純度が低い場合は、有機不純物によって13C濃度が希釈されるので、実際の13C濃度よりも低い値となる。(合成Ac−DL−[1−13C]Alaの燃焼法による値92.18%は、本発明の測定法による値95.40%(四重極)、95.45%(二重収束)より低い値となっている。)
本明細書で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明の方法により、同位体濃度を正確に測定することができる。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
サンプル中の単体あるいは化合物に含まれる特定の元素の同位体濃度を測定する方法であって、サンプル中の単体または化合物に含まれる特定の元素の一つの同位体由来の任意の分析法により得られる目的シグナル強度と同元素のその他の同位体由来の目的シグナル強度との比を調整するために、サンプルを同位体濃度が既知の同種単体または同種化合物と混合する工程、
前記混合物の目的シグナル強度を測定する工程、
前記の測定された目的シグナル強度に関する情報に基づいて前記混合物中の単体または化合物の同位体濃度を求める工程、および
前記混合物中の単体または化合物の割合に基づいて前記混合物中の単体または化合物の同位体濃度を前記サンプル中の単体または化合物の同位体濃度に換算する工程
を含む前記の方法。
【請求項2】
サンプル中の単体あるいは化合物の特定位の同位体濃度を測定する方法であって、サンプル中の単体または化合物の特定位の元素の一つの同位体由来の任意の分析法により得られる目的シグナル強度と同特定位の元素のその他の同位体由来の目的シグナル強度との比を調整するために、サンプルを同位体濃度が既知の同種単体または同種化合物と混合する工程、
前記混合物の目的シグナル強度を測定する工程、
前記の測定された目的シグナル強度に関する情報に基づいて前記混合物中の単体または化合物の特定位の同位体濃度を求める工程、および
前記混合物中の単体または化合物の割合に基づいて前記混合物中の単体または化合物の特定位の同位体濃度を前記サンプル中の単体または化合物の特定位の同位体濃度に換算する工程
を含む前記の方法。
【請求項3】
サンプル中の化合物に含まれる特定の元素の同位体濃度を測定する方法であって、サンプル中の化合物に含まれる特定の元素の一つの同位体由来の任意の分析法により得られる目的シグナル強度と同元素のその他の同位体由来の目的シグナル強度との比を調整するために、前記化合物の化学構造の一部と同じ化学構造を有する同位体濃度が既知の異種化合物をサンプルと混合する工程、
前記混合物の目的シグナル強度を測定する工程、
前記の測定された目的シグナル強度に関する情報に基づいて前記混合物中の化合物の同位体濃度を求める工程、および
前記混合物中の化合物の割合に基づいて前記混合物中の化合物の同位体濃度を前記サンプル中の化合物の同位体濃度に換算する工程
を含む前記の方法。
【請求項4】
サンプル中の化合物の特定位の同位体濃度を測定する方法であって、サンプル中の化合物の特定位の元素の一つの同位体由来の任意の分析法により得られる目的シグナル強度と同特定位の元素のその他の同位体由来の目的シグナル強度との比を調整するために、前記化合物の化学構造の一部と同じ化学構造を有する同位体濃度が既知の異種化合物をサンプルと混合する工程、
前記混合物の目的シグナル強度を測定する工程、
前記の測定された目的シグナル強度に関する情報に基づいて前記混合物中の特定位の化合物の同位体濃度を求める工程、および
前記混合物中の化合物の割合に基づいて前記混合物中の化合物の特定位の同位体濃度を前記サンプル中の化合物の特定位の同位体濃度に換算する工程
を含む前記の方法。
【請求項5】
サンプル中の単体または化合物に含まれる特定の元素の一つの同位体由来の任意の分析法により得られる目的シグナル強度と同元素のその他の同位体由来の目的シグナル強度、もしくは、サンプル中の単体または化合物の特定位の元素の一つの同位体由来の任意の分析法により得られる目的シグナル強度と同特定位の元素のその他の同位体由来の目的シグナル強度をスペクトル分析法により得る請求項1〜4のいずれかに記載の同位体濃度測定方法。
【請求項6】
スペクトル分析法が質量分析である請求項5記載の同位体濃度測定方法。
【請求項7】
スペクトル分析法が赤外分光である請求項5記載の同位体濃度測定方法。
【請求項8】
同位体濃度が既知の単体または化合物を含む、サンプル中の単体あるいは化合物に含まれる特定の元素の同位体濃度を測定するためのキット。
【請求項9】
同位体濃度が既知の単体または化合物を含む、サンプル中の単体あるいは化合物の特定位の同位体濃度を測定するためのキット。

【国際公開番号】WO2005/010506
【国際公開日】平成17年2月3日(2005.2.3)
【発行日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−511992(P2005−511992)
【国際出願番号】PCT/JP2004/009643
【国際出願日】平成16年7月7日(2004.7.7)
【出願人】(000220262)東京瓦斯株式会社 (1,166)
【Fターム(参考)】