説明

向精神薬のスクリーニング方法及び精神神経疾患の治療方法

【課題】客観性、信頼性を担保しつつ投薬の効果を定量的に評価することのできる新規な精神神経疾患のスクリーニング方法を提供する。
【解決手段】動物に社会性発達阻害処置を施して社会性発達不全モデル動物を作成し、得られた社会性発達不全モデル動物に対して、高感受性期直前から高感受性期直後までの何れかの時期から少なくとも高感受性期後の所定の時期まで継続して投薬を行うとともに、高感受性期後の前記投薬ステップによる投薬期間またはその直後の何れかの時期から所定期間以上継続して社会性発達誘導処置を施し、前記社会性発達不全モデル動物の社会性獲得度を評価することにより投薬効果を評価する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は向精神薬のスクリーニング方法及び精神神経疾患の治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
精神神経疾患は、脳の機能的・器質的障害によって引き起こされる疾患であり、その症状や治療効果の評価は主観的に成らざるを得ない側面がある。このため、精神神経疾患治療薬の創薬においては、有効性評価の客観性や信頼性を担保するために、試験結果の取得に多大な労力と時間を要していた。
【0003】
これまで、精神神経疾患治療薬の評価方法としては、ラットを用いた強制水泳試験が抗うつ薬のスクリーニング方法として広く利用されている(非特許文献1参照)。また、神経障害に関連する特定の遺伝子やタンパク質等を用いたスクリーニング方法等も提案されている(例えば特許文献1参照)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−323506号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Porsolt et al.,Nature, 266, 730−732,1977
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記従来技術によっても、未だ客観性、信頼性の高い精神神経疾患治療薬のスクリーニング方法は確立されていなかった。
【0007】
本発明は上記従来技術の有する問題点に鑑みなされたものであり、その目的とするところは、客観性、信頼性を担保しつつ投薬の効果を定量的に評価することのできる新規な精神神経疾患のスクリーニング方法を提供することにある。
【0008】
本発明の他の目的は、治療効果の極めて高い精神神経疾患の治療方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の上記目的は、下記の手段によって達成される。
【0010】
(1)すなわち、本発明は、社会性発達不全モデル動物に対し、高感受性期直前期、高感受性期又は高感受性期直後期の何れかの時期から少なくとも高感受性期直後期後の所定の時期まで継続して投薬を行う投薬ステップと、前記社会性発達不全モデル動物に対し、高感受性期後の前記投薬ステップによる投薬期間またはその直後の何れかの時期から所定期間以上継続して社会性発達誘導処置を施す社会性発達誘導ステップと、前記社会性発達不全モデル動物の社会性獲得度を評価することにより前記投薬ステップによる投薬効果を評価する評価ステップと、を有することを特徴とする、向精神薬の評価方法である。
【0011】
(2)本発明はまた、動物に社会性発達阻害処置を施して社会性発達不全モデル動物を作成する社会性発達不全モデル動物作成ステップを更に有する、(1)に記載の向精神薬の評価方法である。
【0012】
(3)本発明はまた、前記社会性発達不全モデル動物作成ステップは、前記動物の個体を少なくとも高感受性期が開始する前から少なくとも高感受性期が終了するまでの間前記動物の他の個体から視覚的、聴覚的、嗅覚的又は体性感覚的に隔離して飼育することにより前記社会性発達不全モデル動物を作成することを特徴とする、(2)に記載の向精神薬の評価方法である。
【0013】
(4)本発明はまた、前記社会性発達誘導ステップは、前記動物の他の個体との社会性相互作用により前記社会性発達不全モデル動物の社会性発達を誘導することを特徴とする、(1)〜(3)のいずれか1項に記載の向精神薬の評価方法である。
【0014】
(5)本発明はまた、前記評価ステップは、前記社会性発達不全モデル動物の行動から抽出された行動パラメータに基づいて前記社会性発達不全モデル動物の社会性獲得度を評価することを特徴とする、(1)〜(4)のいずれか1項に記載の向精神薬の評価方法である。
【0015】
(6)本発明はまた、前記行動パラメータは、前記社会性発達不全モデル動物の頭の中心位置の時間変化、頭の向きの時間変化、鳴き声の頻度の時間変化、鳴き声の強度又は鳴き声周波数分布の時間変化である、(1)〜(5)のいずれか1項に記載の向精神薬の評価方法である。
【0016】
(7)本発明はまた、前記社会性発達不全モデル動物は、哺乳類、鳥類、魚類又は軟体動物である、(1)〜(6)のいずれか1項に記載の向精神薬の評価方法である。
【0017】
(8)本発明はまた、前記社会性発達不全モデル動物は、コモンマーモセット、タマリンマーモセット、カニクイザル、マカクザル、テナガザル、ゴリラ、オランウータン、チンパンジー、マウス、ラット、モルモット、スンクス、ウサギ、ミニブタ、ブタ、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ニワトリ、ウズラ、ハト、キジ、カラス、カケス、インコ、オウム、キュウカンチョウ、カモ、アヒル、エミュー、シチメンチョウ、ハマチ、カンパチ、ブリ、マグロ、アジ、シマアジ、タイ、ヒラメ、アユ、ウナギ、イカ又はタコである、(7)に記載の向精神薬の評価方法である。
【0018】
(9)本発明はまた、前記向精神薬は、精神安定剤、抗うつ薬、抗躁薬、中枢神経刺激薬、睡眠導入剤、鎮静催眠薬又は抗ヒスタミン薬である、(1)〜(8)のいずれか1項に記載の向精神薬の評価方法である。
【0019】
(10)さらに、本発明は、患者に対し、高感受性期直前から高感受性期直後までの何れかの時期から少なくとも高感受性期後の所定の時期まで継続して向精神薬の投薬を行う投薬ステップと、前記患者に対し、高感受性期後の前記投薬ステップによる投薬期間またはその直後の何れかの時期から所定期間以上継続して社会性発達誘導処置を施す社会性発達誘導ステップと、を有することを特徴とする、精神神経疾患の治療方法である。
【0020】
(11)本発明はまた、前記向精神薬は、精神安定剤、抗うつ薬、抗躁薬、中枢神経刺激薬、睡眠導入剤、鎮静催眠薬又は抗ヒスタミン薬である、(10)に記載の精神神経疾患の治療方法である。
【発明の効果】
【0021】
本発明の向精神薬のスクリーニング方法によれば、社会性発達不全モデル動物に対して、高感受性期を含む前後の時期に投薬を開始するとともに、高感受性期後に投薬と社会性発達誘導処置を併用するので、投薬時期の最適化及び投薬と社会性発達誘導処置との相乗効果によって、向精神薬の作用が増幅される。従って、向精神薬の投薬のみでは治療効果の差異が不明瞭で向精神薬の評価が困難な場合でも、本発明の向精神薬のスクリーニング方法を用いることによって、向精神薬の治療効果の差異が明確になり向精神薬の評価を容易に行うことができる。
【0022】
また、本発明の精神神経疾患の治療方法によれば、患者に対して、高感受性期を含む前後の時期に向精神薬の投薬を開始するとともに、高感受性期後に投薬と社会性発達誘導処置を併用するので、投薬時期の最適化及び投薬と社会性発達誘導処置との相乗効果によって、向精神薬の作用が増幅される。従って、向精神薬の投薬のみでは治療効果が認められない場合でも、本発明の精神神経疾患の治療方法を用いることによって、向精神薬の顕著な治療効果を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0024】
本発明の向精神薬のスクリーニング方法は、モデル動物作成ステップ、投薬ステップ、社会性発達誘導ステップ、及び評価ステップの4つのステップから構成されるものである。
【0025】
まず、モデル動物作成ステップでは、本発明のスクリーニング方法で利用する社会性発達不全モデル動物を作成する。ここで、社会性発達不全モデルとは、遺伝的あるいは環境的要因で発達期に社会性、即ち社会の中での個体間の相互作用に関わる能力が健常に発達しなかった結果、親子間や同士間(兄妹や友達等の他個体)刺激に対して無関心、不安・恐怖などの社会性拒否、コミュニケーション等の社会性相互作用が行えない等の精神的障害を有するに至った生体のモデルをいい、自閉症スペクトラム、広汎性発達障害(PDD)や注意欠陥/多動性障害(AD/HD)、社会不安、うつ病等の社会性発達障害モデルである。
【0026】
本発明の向精神薬のスクリーニング方法で利用される社会性発達不全モデル動物は、動物に社会性発達を阻害する処置を施すことにより作成することができる。具体的には、生後間もなくから高感受性期(社会性環境に誘導され社会性機能発達が成立する一定の期間をいう。詳細は後述する。)が開始する前までの間の動物の個体を、少なくとも高感受性期が終了するまでの間、当該動物の他の個体から視覚、聴覚、嗅覚又は体性感覚のいずれか又は全てにおいて隔離した環境で飼育することにより作成される。この際、当該個体は、同種の動物の個体のみならずあらゆる動物の個体や他の動体、音源等、障害目標に応じた社会性機能発達に必要な環境から隔離されていることが好ましく、例えば、視覚的な社会性相互作用を許し聴覚的にだけ社会性相互作用が行えないように、他個体と見合うことができる窓が有りながら防音で外界音が聞こえない飼育環境や、あるいは、社会性相互作用を完全に欠損させるために、不透明な防音壁に囲まれた場所等で個別に飼育される。
【0027】
本発明で利用することができる動物としては、例えば、コモンマーモセット、タマリンマーモセット、カニクイザル、マカクザル、テナガザル、ゴリラ、オランウータン、チンパンジー、マウス、ラット、モルモット、スンクス、ウサギ、ミニブタ、ブタ、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ等の哺乳類、ニワトリ、ウズラ、ハト、キジ、カラス、カケス、インコ、オウム、キュウカンチョウ、カモ、アヒル、エミュー、シチメンチョウ等の鳥類、ハマチ、カンパチ、ブリ、マグロ、アジ、シマアジ、タイ、ヒラメ、アユ、ウナギ等の魚類、イカ、タコ等の軟体動物等が挙げられる。
【0028】
なお、本発明では、社会性発達不全モデル動物として何らかの遺伝的脆弱性を持つ個体を取得して利用するものであってもよく、この場合上記モデル動物作成ステップは省略される。
【0029】
次に、投薬ステップでは、上記モデル動物作成ステップで得られた社会性発達不全モデル動物に対して、向精神薬の被検薬を投薬する。投薬は、高感受性期直前期、高感受性期又は高感受性期直後期の何れかの時期から開始し、高感受性期後の所定の時期まで継続して行う。ここで、高感受性期とは、生体の社会性獲得に極めて重要な臨界期様の時期をいい、高感受性期においてある必要な刺激を受けることで社会性が著しく発達すると共に高感受性期を過ぎるとその発達がほとんど見られなくなるものである。他個体間の社会性獲得の高感受性期は、コモンマーモセットでは生後1週間〜3カ月以内の一定期間、マウスでは生後3〜9日、ヒヨコでは生後5〜10日である。また、高感受性期直前期又は高感受性期直後期とは、高感受性期直前又は直後の一定期間(高感受性期の1〜3倍、好ましくは1〜2倍の長さの期間)である。すなわち、投薬ステップにおける投薬は、上記の高感受性期を含む前後の時期に開始することが好ましく、これにより適切な社会性発達誘導処置との併用によって投薬効果を獲得し、あるいは著しく促進させることができる。投薬の開始時期が上記時期を外れると、社会性発達誘導処置との併用によっても投薬効果が無いかまたは低い効果しか得られないので好ましくない。また、その投薬期間は、後述する社会性発達誘導処置を施すのに十分な期間であれば特に限定されるものではなく、投薬の終了時期は高感受性期後の任意の時期が適宜選択される。
【0030】
さらに、社会性発達誘導ステップでは、上記社会性発達不全モデル動物に対して、社会性発達の誘導処置を施す。この社会性発達の誘導は、当該個体に対して、当該動物の他の個体との社会性相互作用を誘導することにより行うものであり、具体的には、当該動物の他の個体との視覚的、聴覚的、嗅覚的及び体性感覚的な隔離状態を解いて、個体同士自身、あるいは、ある特定時間だけ他の物質や感覚刺激による支援環境で誘導することで、個体間社会性相互作用を促すことにより行う。例えばヒヨコの例では、他者間で、食欲、閉塞的な環境からの脱出、外界の探索欲求等の同じ目的を動機として持つことができる環境条件、すなわち、餌、水、明るさ、温度、空間面積、外界との遮断等が処置された空間内において、一定時間相互作用を行うか、社会性発達が健常な他個体と共存させた、統合的な環境を供与することで、社会性獲得が成立する。
【0031】
社会性発達誘導ステップにおける社会性発達の誘導処置は、高感受性期後の上記投薬ステップによる投薬期間またはその直後の何れかの時期から所定期間実施する。すなわち、社会性発達の誘導処置の開始時期は、高感受性期終了後であることが好ましい。社会性発達の誘導処置を高感受性期に開始したのでは、社会性発達の誘導処置自体で社会性獲得がなされてしまい、被検薬の作用効果が潜在化するので好ましくない。また、社会性発達の誘導は、その処置期間の一部又は全部が投薬期間と重なるか、投薬期間の直後に行われることが好ましい。投薬と社会性発達誘導処置がほぼ同時期に行われないと、社会性発達誘導処置との相乗効果による投薬効果の顕著化が達成されないからである。社会性発達誘導の処置期間の長さは、例えばヒヨコのパロキセチン投与例では3〜5日間以上が好ましい。上記期間より短くては社会性発達誘導処置による相乗効果が得られないからである。
【0032】
そして、評価ステップでは、上記投薬ステップ及び社会性発達誘導ステップの終了後に、上記社会性発達不全モデル動物の社会性獲得度を評価する。ここで、社会性発達不全モデル動物の社会性獲得度は、既知の評価方法、例えば、特開2008−18066号公報等に記載の方法により評価することができる。即ち、まず、被検個体のゲージを社会性発達健常モデルの個体の飼育ゲージに隣接させて、双方の個体同士が互いに視覚的、聴覚的、嗅覚的及び体性感覚的に認識しうる状態に置く。次に、被検個体の所定時間の行動を俯瞰可能な位置からビデオカメラ等の記録装置により記録し、記録された映像及び音声を分析することにより行動パラメータを抽出する。この行動パラメータとしては、被検個体の頭の中心位置の時間変化、頭の向きの時間変化、鳴き声の頻度の時間変化、鳴き声の強度又は鳴き声周波数分布の時間変化等が挙げられる。そして、得られた多次元の行動パラメータを分析して行動パターンを同定することにより、社会性獲得の有無を判定することができる。
【0033】
本発明を適用してスクリーニングが可能な向精神薬としては、ベゲタミン等の抗精神病薬(メジャートランキライザー)、ベンゾジアゼピン系等の抗不安薬(マイナートランキライザー)、精神安定剤(トランキライザー)、三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)、RIMA(Reversible inhibitors of monoamine oxidase type−A)等のモノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)等の抗うつ薬、抗躁薬、メチルフェニデート、アンフェタミン等の中枢神経刺激薬、ベンゾジアゼピン系等の睡眠導入剤、バルビタール等の鎮静催眠薬、抗ヒスタミン薬等が挙げられる。
【0034】
一方、本発明の精神神経疾患の治療方法は、患者に対して、向精神薬の投薬を行う投薬ステップと、社会性発達誘導処置を施す社会性発達誘導ステップとから構成されるものである。
【0035】
投薬ステップにおける投薬の時期及び期間、社会性発達誘導ステップにおける社会性発達誘導処置の時期及び期間、並びに適用可能な向精神薬の種類は、上述した向精神薬のスクリーニング方法における場合と同様である。これにより、本発明の精神神経疾患の治療方法では、投薬時期の最適化及び投薬と社会性発達誘導処置との相乗効果により向精神薬の作用が増幅され、極めて優れた治療効果を得ることができる。
【0036】
次に、本発明の向精神薬のスクリーニング方法及び精神神経疾患の治療方法を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0037】
[参考例1]
社会性発達健常モデル動物の作成
【0038】
雄性9羽、雌性9羽、計18羽のヒヨコを1群として、それぞれ雄雌混合して3羽ずつを生後0日目から同一飼育ゲージ中で飼育して社会性発達健常モデルのヒヨコを得た。
【0039】
[参考例2]
社会性発達不全モデル動物の作成
【0040】
参考例1で用いたヒヨコと同時期に生まれた雄性3羽、雌性3羽、計6羽のヒヨコを1群として、それぞれ1羽ずつを他の個体と視覚的、聴覚的、嗅覚的及び体性感覚的に完全に隔離した飼育ゲージ中で飼育した以外は参考例1とほぼ同様の条件で飼育して社会性発達不全モデルのヒヨコを得た。
【0041】
[実施例1]
抗うつ薬投与・社会性発達誘導処置群(1)の作成
【0042】
参考例2の社会性発達不全モデルの個体に、生後5日目から15日目まで1日体重1kg当たり3.3mgのパロキセチン塩酸塩水和物を生理食塩水に溶解して経口投与した。
【0043】
更に、生後12日目から14日目までこの個体の飼育ゲージを参考例1の社会性発達健常モデルの個体の飼育ゲージに隣接させて、双方の個体同士が互いに視覚的、聴覚的、嗅覚的及び体性感覚的に認識しうる状態で飼育することにより、この個体に社会性発達健常モデルの個体との社会性相互作用による社会性発達の誘導処置を施して、抗うつ薬投与・社会性発達誘導処置群(1)を得た。
【0044】
[実施例2]
抗うつ薬投与・社会性発達誘導処置群(2)の作成
【0045】
パロキセチン塩酸塩水和物の投与量を1日体重1kg当たり0.4mgとした以外は実施例1とほぼ同様に処理して、抗うつ薬投与・社会性発達誘導処置群(2)を得た。
【0046】
[実施例3]
抗うつ薬未投与・社会性発達誘導処置群の作成
【0047】
パロキセチン塩酸塩水和物の生理食塩水溶液に代えて生理食塩水のみを投与した以外は実施例1とほぼ同様に処理して、抗うつ薬未投与・社会性発達誘導処置群を得た。
【0048】
[比較例1]
抗うつ薬投与・社会性発達誘導未処置群(1)の作成
【0049】
生後12日目以降も隔離飼育を続けることにより社会性発達誘導処置を施さなかった以外は実施例1とほぼ同様に処理して、抗うつ薬投与・社会性発達誘導未処置群(1)を得た。
【0050】
[比較例2]
抗うつ薬投与・社会性発達誘導未処置群(2)の作成
【0051】
生後12日目以降も隔離飼育を続けることにより社会性発達誘導処置を施さなかった以外は実施例2とほぼ同様に処理して、抗うつ薬投与・社会性発達誘導未処置群(2)を得た。
【0052】
[比較例3]
抗うつ薬未投与・社会性発達誘導未処置群の作成
【0053】
生後12日目以降も隔離飼育を続けることにより社会性発達誘導処置を施さなかった以外は実施例3とほぼ同様に処理して、抗うつ薬未投与・社会性発達誘導未処置群を得た。
【0054】
[実施例4]
社会性獲得の評価
【0055】
被検個体のゲージを参考例1の社会性発達健常モデルの個体の飼育ゲージに隣接させて、双方の個体同士が互いに視覚的、聴覚的、嗅覚的及び体性感覚的に認識しうる状態に置いた。被検個体の所定時間の行動を俯瞰可能な位置からビデオカメラにより撮影記録し、記録された映像及び音声を分析することにより、被検個体の頭の中心位置、頭の向き、鳴き声種及び鳴き声頻度を行動パラメータとして抽出した。得られた行動パラメータの経時変化から行動パターンを同定して社会性獲得の有無(強い社会性獲得、弱い社会性獲得又は社会性未獲得)を判定した。社会性獲得度は、群の総個体数に対する社会性獲得個体数の割合で示した。
【0056】
実施例1〜3及び比較例1〜3で得られた各群の個体の社会性発達誘導処置前(生後11日目)及び社会性誘導処置後(生後15日目)の社会性獲得度の評価結果を表1に示す。
【表1】

【0057】
比較例1〜3の結果から明らかなとおり、社会性発達不全モデルに対して、抗うつ薬の投薬のみでは治療効果に差異がなく、抗うつ薬の評価は困難であったのに対し、実施例1〜3の結果から明らかなとおり、抗うつ薬の投薬と社会性発達誘導処置とを併用することによって治療効果の差異が明確になり、抗うつ薬の評価が容易に行えることがわかった。
【0058】
また、比較例1〜3の結果から明らかなとおり、社会性発達不全モデルに対して、抗うつ薬の投薬のみでは治療効果が得られないのに対し、実施例1〜3の結果から明らかなとおり、抗うつ薬の投薬と社会性発達誘導処置とを併用することによって優れた治療効果が得られることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0059】
上述したように、本発明によれば、投薬時期の最適化及び投薬と社会性発達誘導処置との相乗効果により向精神薬の作用が増幅されるので、向精神薬のスクリーニング方法に利用した場合、向精神薬の治療効果の差異が明確になり向精神薬の評価を容易に行うことができる。また、本発明の方法は、精神神経疾患の治療方法に利用した場合、向精神薬の顕著な治療効果を得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
社会性発達不全モデル動物に対し、高感受性期直前期、高感受性期又は高感受性期直後期の何れかの時期から少なくとも高感受性期直後期後の所定の時期まで継続して投薬を行う投薬ステップと、
前記社会性発達不全モデル動物に対し、高感受性期後の前記投薬ステップによる投薬期間またはその直後の何れかの時期から所定期間以上継続して社会性発達誘導処置を施す社会性発達誘導ステップと、
前記社会性発達不全モデル動物の社会性獲得度を評価することにより前記投薬ステップによる投薬効果を評価する評価ステップと、
を有することを特徴とする、向精神薬の評価方法。
【請求項2】
動物に社会性発達阻害処置を施して社会性発達不全モデル動物を作成する社会性発達不全モデル動物作成ステップを更に有する、
請求項1に記載の向精神薬の評価方法。
【請求項3】
前記社会性発達不全モデル動物作成ステップは、前記動物の個体を少なくとも高感受性期が開始する前から少なくとも高感受性期が終了するまでの間前記動物の他の個体から視覚的、聴覚的、嗅覚的又は体性感覚的に隔離して飼育することにより前記社会性発達不全モデル動物を作成することを特徴とする、
請求項2に記載の向精神薬の評価方法。
【請求項4】
前記社会性発達誘導ステップは、前記動物の他の個体との社会性相互作用により前記社会性発達不全モデル動物の社会性発達を誘導することを特徴とする、
請求項1〜3のいずれか1項に記載の向精神薬の評価方法。
【請求項5】
前記評価ステップは、前記社会性発達不全モデル動物の行動から抽出された行動パラメータに基づいて前記社会性発達不全モデル動物の社会性獲得度を評価することを特徴とする、
請求項1〜4のいずれか1項に記載の向精神薬の評価方法。
【請求項6】
前記行動パラメータは、前記社会性発達不全モデル動物の頭の中心位置の時間変化、頭の向きの時間変化、鳴き声の頻度の時間変化、鳴き声の強度又は鳴き声周波数分布の時間変化である、
請求項1〜5のいずれか1項に記載の向精神薬の評価方法。
【請求項7】
前記社会性発達不全モデル動物は、哺乳類、鳥類、魚類又は軟体動物である、
請求項1〜6のいずれか1項に記載の向精神薬の評価方法。
【請求項8】
前記社会性発達不全モデル動物は、コモンマーモセット、タマリンマーモセット、カニクイザル、マカクザル、テナガザル、ゴリラ、オランウータン、チンパンジー、マウス、ラット、モルモット、スンクス、ウサギ、ミニブタ、ブタ、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ニワトリ、ウズラ、ハト、キジ、カラス、カケス、インコ、オウム、キュウカンチョウ、カモ、アヒル、エミュー、シチメンチョウ、ハマチ、カンパチ、ブリ、マグロ、アジ、シマアジ、タイ、ヒラメ、アユ、ウナギ、イカ又はタコである、
請求項7に記載の向精神薬の評価方法。
【請求項9】
前記向精神薬は、精神安定剤、抗うつ薬、抗躁薬、中枢神経刺激薬、睡眠導入剤、鎮静催眠薬又は抗ヒスタミン薬である、
請求項1〜8のいずれか1項に記載の向精神薬の評価方法。
【請求項10】
患者に対し、高感受性期直前から高感受性期直後までの何れかの時期から少なくとも高感受性期後の所定の時期まで継続して向精神薬の投薬を行う投薬ステップと、
前記患者に対し、高感受性期後の前記投薬ステップによる投薬期間またはその直後の何れかの時期から所定期間以上継続して社会性発達誘導処置を施す社会性発達誘導ステップと、
を有することを特徴とする、精神神経疾患の治療方法。
【請求項11】
前記向精神薬は、精神安定剤、抗うつ薬、抗躁薬、中枢神経刺激薬、睡眠導入剤、鎮静催眠薬又は抗ヒスタミン薬である、
請求項10に記載の精神神経疾患の治療方法。

【公開番号】特開2010−190650(P2010−190650A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−33941(P2009−33941)
【出願日】平成21年2月17日(2009.2.17)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】