説明

含フッ素フタロニトリル類の取り扱い方法

【課題】閉鎖系で安全にかつ容易に取り扱うことができ、経時的な着色や縮合反応等を抑制し、各種の用途に用いられる含フッ素フタロニトリル類の取り扱い又は貯蔵方法を提供する。
【解決手段】含フッ素フタロニトリル類を液状で取り扱い又は貯蔵する方法であって、
該含フッ素フタロニトリル類の含有量が50重量%以上である有機溶媒溶液とし、15℃以上160℃以下で、有機溶媒溶液と接触する部分の酸素濃度が21体積%未満の条件下で取り扱い又は貯蔵する含フッ素フタロニトリル類の取り扱い又は貯蔵方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、含フッ素フタロニトリル類の取り扱い又は貯蔵方法に関する。より詳しくは、蒸留又は再結晶等の精製方法で精製した含フッ素フタロニトリル類の溶液又は高純度の溶融状態の含フッ素フタロニトリル類の取り扱い又は貯蔵方法に関する。
【背景技術】
【0002】
含フッ素フタロニトリル類は、フタロニトリル類にフッ素が置換された化合物であり、医薬品中間原料又は機能性色素等の原料として有用であり、現在工業的に生産され、供給されているものである。
このような含フッ素フタロニトリル類は、昇華性や刺激臭を有し、また、非常に強い毒性を有する等の労働安全衛生面での理由から、該化合物を工業的規模で、連続的に使用するには、閉鎖系で取り扱うことが望まれている。一方、含フッ素フタロニトリル類を取り扱う方法としては、従来、常温まで冷却して固化させた後、粉砕する等が行われており、粉砕による飛散を防止し、密閉状態で安全にかつ容易に取り扱うことができることが求められている。
【0003】
一方、含フッ素フタロニトリル類をハロゲン交換反応により得る場合の原料であるフッ素を含有していないフタロニトリルについての取り扱い方法としては、フタロニトリルの性質として、溶融した状態で長時間加熱されると極めて容易にタール状物質、或いは縮合化物質を生成しやすいことが開示されている(例えば、特許文献1参照。)。
またオルソフタロニトリル蒸気と塩素ガスを触媒存在下に気相で反応させて、テトラクロロオルソフタロニトリルを製造する方法において、金属成分と水分の含有量を特定のものとして、オルソフタロニトリルの自己縮合体の発生を抑制するテトラクロロオルソフタロニトリルの製造方法が開示されている(特許文献2参照。)。更に、オルソフタロニトリルの気相塩素化反応において、原料オルソフタロニトリルを溶融して気相塩素化反応に供給する場合に生成する縮合物質を除去する方法が開示されている(特許文献3参照。)。
しかしながら、フッ素等で核置換された含フッ素フタロニトリル類の取り扱い又は貯蔵方法については開示されておらず、経時変化による着色や縮合反応等を抑制し、各種の用途に用いられる含フッ素フタロニトリル類の取り扱い又は貯蔵方法をより容易なものとする工夫の余地があった。
【特許文献1】特公昭36−23330号公報(第1頁)
【特許文献2】特許第2991656号公報(第1頁)
【特許文献3】特許第2991654号公報(第1頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記現状に鑑みてなされたものであり、閉鎖系で安全にかつ容易に取り扱うことができ、経時的な着色や縮合反応等を抑制し、各種の用途に用いられる含フッ素フタロニトリル類の取り扱い又は貯蔵方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者等は含フッ素フタロニトリル類の取り扱い又は貯蔵方法について種々検討したところ、含フッ素フタロニトリル類を溶液状態又は溶融して液相状態で取り扱うことが有利であることに着目した。しかしながら、3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリルをはじめとする上記含フッ素フタロニトリル類を液状で取り扱う又は保存するためには、有機溶媒に溶解するか融点以上の温度に加熱して、槽内に保存すること等が必要となるが、一般にフタロニトリル化合物は、ハロゲン置換していないフタロニトリルを溶融状態で保存した場合と同様に、高温で長時間保持しておくと、縮合物であるフタロシアニンと思われる緑色の化合物が容易に生成するなど、熱的な経時変化が起こりやすい。そこで、本発明者らは、含フッ素フタロニトリル類を特定の温度範囲内に保持しておくと、ハロゲン置換していないフタロニトリルにみられるような着色やフタロシアニン化合物の生成はおこらずに高濃度の溶液又は溶融状態とすることができることを見いだした。また、液体で取り扱い性に優れるという特性が発揮されることから、工業的規模で、連続的に使用することができることとなり、次工程の医薬品中間体又は機能性色素の製造を容易に行うことができることを見出した。更に、温度範囲、溶液の濃度及び溶液の存在する雰囲気を特定のものとすると、含フッ素フタロニトリル類がより安定なものとなり、高濃度又は溶融状態であっても、着色等の各種副反応が抑制されることとなり、比較的長期間保存可態であることも見いだし、次工程の医薬品中間体又は機能性色素の製造に問題なく使用でき、上記課題をみごとに解決することができることに想到した。
また上記含フッ素フタロニトリル類は、含フッ素フタロニトリル化合物と呼ぶこともある。
【0006】
すなわち本発明は、含フッ素フタロニトリル類を液状で取り扱い又は貯蔵する方法であって、該含フッ素フタロニトリル類の含有量が50重量%以上である有機溶媒溶液とし、15℃以上160℃以下で、有機溶媒溶液と接触する部分の酸素濃度が21体積%未満の条件下で取り扱い又は貯蔵する方法である。
以下に本発明を詳述する。
【0007】
本発明の含フッ素フタロニトリル類の取り扱い又は貯蔵方法は、含フッ素フタロニトリル類の含有量が50重量%以上である有機溶媒溶液として、取り扱い又は貯蔵方法する方法である。
上記方法により取り扱い又は貯蔵ができる含フッ素フタロニトリル類又は含フッ素フタロニトリル化合物としては、O−フタロニトリル、イソフタロニトリル、テレフタロニトリルのベンゼン核にフッ素原子を1個以上含有するものであればよく、より具体的には、当該ベンゼン核にフッ素原子を置換基として1個以上持つ化合物であり、下記一般式(1);
【0008】
【化1】

【0009】
(式中、Xは、同一若しくは異なって、塩素、臭素又はヨウ素のハロゲン原子を表す。Aは、−CNを表す。aは、Aの置換数であって、2の整数であり、bは、Xの置換数であって、0〜3の整数である。Fは、フッ素原子を表す。cは、Fの置換数であって、1〜4の整数である。ただし、b+c≦4である。)で表される。
上記一般式で表される含フッ素フタロニトリル類としては、例えば、3−フルオロ−O−フタロニトリル、4−フルオロ−O−フタロニトリル、3,6−ジフルオロ−O−フタロニトリル、3,5−ジフルオロ−O−フタロニトリル、4,5−ジフルオロ−O−フタロニトリル、3,4,5−トリフルオロ−O−フタロニトリル、3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリル、4−フルオロ−イソフタロニトリル、5−フルオロイソフタロニトリル、2,5−ジフルオロイソフタロニトリル、2,4−ジフルオロイソフタロニトリル、テトラフルオロイソフタロニトリル、5−クロロ−2,4,6−トリフルオロイソフタロニトリル、テトラフルオロテレフタロニトリルが挙げられる。これらの中でも、3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリル、テトラフルオロイソフタロニトリル、5−クロロ―2,4,6−トリフルオロイソフタロニトリルが好ましく、3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリルがより好ましい。
上記含フッ素フタロニトリル類の製造方法に特に制限はなく、例えば、芳香族ハロゲン化合物とフッ素化剤とを有機溶媒中、ハロゲン交換反応すること等によって得ることができる。例えば、上記3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリルは、テトラクロロフタロニトリルをベンゾニトリル溶媒中、フッ化カリウムでハロゲン交換反応して合成することができる。このような3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリルは、融点87℃で、毒性が強く、昇華性や刺激臭がある含フッ素フタロニトリル類であり、医薬中間体や機能性色素の原料として好適に使用されるものである。
【0010】
上記含フッ素フタロニトリル類の含有量としては、含フッ素フタロニトリル類の含有量が、50重量%以上が好ましく、このような範囲にすることで、次工程で使用する場合に、含フッ素フタロニトリル類を液状で取り扱うことができるだけでなく、分離・除去する有機溶媒等の不純物の量を少なくすることができ、工業的に有利である。上記含有量としては、50重量%以上が好ましく、75重量%以上がより好ましい。更に好ましくは85重量%以上であり、特に好ましくは95重量%以上である。上記の好適な含フッ素フタロニトリル類の含有量には、含フッ素フタロニトリル類が有機溶媒を含まない形態も、好ましい形態の一つとして挙げられる。
【0011】
上記有機溶媒としては、含フッ素フタロニトリル類をハロゲン交換反応で製造する際に使用する有機溶媒が好ましく、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)、スルホラン(TMSO)、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホン、ベンゾニトリルなどの非プロトン性極性溶媒を用いることができる。これらの中でもベンゾニトリルが好ましい。一方、アミン、アルコール等の有機溶媒は、含フッ素フタロニトリル類のフッ素と置換反応をするので好ましくない。
本発明における有機溶媒としては、その沸点が、150℃以上のものであることが好ましく、このような形態は、本発明の好ましい形態の一つである。有機溶媒の沸点が150℃以下であると、高温で含フッ素フタロニトリル類を溶液状で貯蔵した場合に、着色しやすくなるばかりでなく、貯槽内で蒸気化して貯槽内部が加圧状態となり、安全上好ましくなく、工業的に不利である。有機溶媒の沸点としては、150℃以上が好ましく、170℃以上がより好ましく、180℃以上が更に好ましい。
【0012】
上記取り扱い又は貯蔵する温度としては、15℃以上が好ましく、15℃未満の温度では、含フッ素フタロニトリル類が析出し、含フッ素フタロニトリル類の溶液を輸送する場合に障害となるなど、工業的に不利である。このように、取り扱い又は貯蔵する温度の下限値としては、含フッ素フタロニトリル類が析出しない温度であることが好ましい。また、取り扱い又は貯蔵する温度の上限値としては、160℃以下が好ましい。160℃以上では、含フッ素フタロニトリル類の着色が起こり問題である。
上記取り扱い又は貯蔵温度としては、好ましくは、15℃以上160℃以下であり、より好ましくは、30℃以上160℃以下であり、更に好ましくは、30℃以上150℃以下であり、特に好ましくは、40℃以上140℃以下である。このように、含フッ素フタロニトリル類を取り扱い又は貯蔵する温度が、30℃以上160℃以下である含フッ素フタロニトリル類の取り扱い又は貯蔵方法は、本発明の好ましい形態の一つである。
上記温度範囲にする方法としては特に制限はなく、例えば、貯蔵槽外部にジャケットを設けてジャケットに高圧蒸気又は熱媒を流通させて貯蔵槽内部の温度を所定の温度範囲にする方法、又は、貯蔵槽内部にコイル状の加熱可能な配管を挿入して、コイル内部に高圧蒸気又は熱媒を流通する方法が挙げられる。伝熱がよい理由から、貯蔵槽内部にコイル状の加熱可能な配管を挿入して、配管内に高圧蒸気を流通する方法が好ましい。
【0013】
上記含フッ素フタロニトリル類を貯蔵して取り扱う場合の貯蔵槽に特に制限はなく、含フッ素フタロニトリル類を溶融状態で貯蔵できるものであればよい。貯蔵槽の形状としては、円筒型、角型が挙げられ、工業的に有利な理由から、円筒型が好ましい。貯蔵槽の材質としては特に制限はないが、金属イオンを含まず、耐蝕性に優れたものが好ましい。例えば、鉄製、ステンレス製、ガラス製、ハステロイ製等が挙げられ、工業的に有利という理由から、ステンレス製及びガラス製が好ましい。また、輸送する場合の配管の材質についても同様である。
上記含フッ素フタロニトリル類を貯蔵する場合における貯蔵槽としては、攪拌機を有していても、有してなくてもよいが、均一に溶融できるという理由から、攪拌機を有する貯蔵槽が好ましい。また、貯蔵時には、攪拌しながら保存してもよいし、攪拌せずに保存してもよい。
【0014】
本発明は、液状の含フッ素フタロニトリル類を含む有機溶媒溶液に接触する部分の酸素濃度を21体積%未満とすることにより、達成することができるものである。
上記酸素濃度は、21体積%未満であればよく、好ましくは、15体積%以下、より好ましくは、10体積%以下であり、更に好ましくは、6体積%以下である。酸素濃度が21%以上になると、含フッ素フタロニトリル類が着色しやすくなるだけでなく、フタロシアニン化合物が生成して含フッ素フタロニトリル類を原料とした製造に供することができなくなることもある。また、爆発の危険性が生じ工業的に好ましくない。
上記酸素濃度を21体積%未満にする方法としては特に制限はなく、不活性ガスを上記有機溶媒溶液と接触する部分に流通させて、接触する部分の酸素濃度を21体積%未満にしてもよい。このような不活性ガスとしては、窒素、アルゴン、ヘリウム、炭酸ガスが挙げられ、工業的に有利である理由から窒素が好ましい。
含フッ素フタロニトリル類を液状で取り扱い又は貯蔵する方法であって、該含フッ素フタロニトリル類の含有量が50重量%以上である有機溶媒溶液とし、15℃以上160℃以下で、有機溶媒溶液と接触する部分の気相部を不活性気体(ガス)で置換して、取り扱い又は貯蔵する含フッ素フタロニトリル類の取り扱い又は貯蔵方法もまた、本発明の一つである。
【0015】
上記含フッ素フタロニトリル類の有機溶媒溶液は、上記条件にすることで、取り扱いが容易となり、安定に貯蔵できるものである。このような含フッ素フタロニトリル類は、液状であり、その粘度としては、0.5cp〜300cpが好ましく、0.8cp〜200cpがより好ましく、1.0cp〜150cpが更に好ましい。
また上記含フッ素フタロニトリル類を保存することにより生じる経時変化の指標としては、日本工業規格(JIS)K4101のハーゼン色数に基づいて着色の程度を比較することが挙げられる。ハーゼン色数としては、値が小さいほど着色の程度が低いことを意味し、本発明においては、ハーゼン色数が小さいほど好ましい。例えば、半年間貯蔵した場合のハーゼン色数としては、所定の方法でアセトン溶液にして測定した場合、0〜200であることが好ましい。ハーゼン色数が200を超えると、最終目的物の品質に影響を与えるおそれがある。より好ましくは、0〜150であり、更に好ましくは、0〜120である。このように、取り扱い又は貯蔵した含フッ素フタロニトリル類のハーゼン色数が上記範囲である含フッ素フタロニトリル類の製造方法は、本発明の好ましい形態の一つである。
【0016】
本発明の含フッ素フタロニトリル類の取り扱い又は貯蔵方法としては、必要に応じて、各種安定剤を含むものであってもよい。このような安定剤としては、例えば、メトキシベンゾキノン;p−メトキシフェノール;フェノチアジン;ハイドロキノン;ジフェニルアミン類;メチレンブルー;ジメチルジチオカルバミン酸亜鉛;ジメチルジチオカルバミン酸銅、ジブチルジチオカルバミン酸銅等のジアルキルジチオカルバミン酸塩;サリチル酸銅;チオジプロピオン酸エステル類;メルカプトベンズイミダゾール;アルキル置換ヒドロキシベンゼン類、アルキルビスフェノール類;ヒンダードフェノール類;リン酸エステル類;亜リン酸エステル類;その他のリン化合物等が挙げられ、これらの安定剤は、1種又は2種以上を用いることができる。これらの中でも、メトキシベンゾキノン、ハイドロキノンが好ましい。
【0017】
以下に本発明に用いられる含フッ素フタロニトリル類の製造方法を詳述する。
上記含フッ素フタロニトリル類は、通常、ハロゲン交換反応により好適に得られるものであり、このようなハロゲン交換反応としては、下記一般式(2);
【0018】
【化2】

【0019】
(式中、Xは、同一若しくは異なって、塩素、臭素又はヨウ素のハロゲン原子を表す。Aは、−CNを表す。aは、Aの置換数であって、2の整数であり、dは、Xの置換数であって、1〜4の整数である。)で表される芳香族ハロゲン化合物を原料として用い、有機溶媒中でフッ素化剤によりフッ素化して得られるものである。
芳香族ハロゲン化合物としては、上記含フッ素フタロニトリル類に対応する塩素化合物が好ましく、例えば、3−クロロ−O−フタロニトリル、4−クロロ−O−フタロニトリル、3,6−ジクロロ−O−フタロニトリル、3,5−ジクロロ−O−フタロニトリル、4,5−ジクロロ−O−フタロニトリル、3,4,5−トリクロロ−O−フタロニトリル、3,4,5,6−テトラクロロフタロニトリル、4−クロロ−イソフタロニトリル、5−クロロイソフタロニトリル、2,5−ジクロロイソフタロニトリル、2,4−ジクロロイソフタロニトリル、テトラクロロイソフタロニトリル、テトラクロロテレフタロニトリルが挙げられる。これらの中でも、3,4,5,6−テトラクロロフタロニトリル、テトラクロロイソフタロニトリルがより好ましい。
【0020】
上記有機溶媒としては、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)、スルホラン(TMSO)、N,N−ジメチルスルホキシド(DMF)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、ジメチルスルホラン(DMSO)、ベンゾニトリル(BN)等の非プロトン性極性溶媒を用いることができる。これらの中でも、BNが好ましい。上記ハロゲン交換反応においては、DMSOやTMSOのように極性が高い溶媒を用いると反応性が高まるが、これらは耐熱性が低く、分解しやすい。一方、BNにおいては、その極性はDMSOやTMSOのように高くはないが、耐熱性が高いため、高温での反応が可能となり、反応性が高まり、収率を向上することができるため、BNが好ましい。また、他の溶媒にみられるような溶媒と、原料又は生成物との副反応が生じない利点もあるためである。
【0021】
上記ハロゲン交換反応においては、反応温度が低くかつ反応時間が短い場合、塩素原子又は臭素原子等のハロゲン原子が完全に交換されていない化合物が一部生成することもあるが、反応により生成した目的化合物をストリッピングで取り出すことができ、反応容器である反応釜には高沸点の塩素または臭素等のハロゲン含有フッ素化合物が残存する。この残存したハロゲン含有フッ素化合物を含む留分を、次の反応に再使用することによって、未反応中間体であるハロゲン含有フッ素化合物を、容易に目的化合物である含フッ素フタロニトリル類に反応させることができる。
上記有機溶媒と芳香族ハロゲン化合物との仕込み割合としては、有機溶媒100重量部に対して、芳香族ハロゲン化合物を1〜100重量部であることが好ましい。より好ましくは、5〜80重量部、更に好ましくは、10〜70重量部である。
【0022】
上記フッ素化剤としては、遊離フッ化水素酸を生成する工程により製造されたものであり、フッ素化剤に対して遊離フッ化水素酸の含有量を500ppm以下としたものである。このようなフッ素化剤を用いることにより、上記芳香族ハロゲン化合物を有機溶媒中でフッ素化して含フッ素フタロニトリル類を製造するに際し、フッ素化剤中のフッ化水素酸の含有量を、500ppm以下とすることができる。フッ化水素酸の含有量が、500ppmを超えると、目的とする含フッ素フタロニトリル類の収率が低下するだけでなく、フッ化水素酸の有する腐蝕性に起因して、反応器の腐蝕が起こるおそれがある。
上記フッ化水素酸の含有量としては、使用するフッ素化剤に対して重量割合で、好ましくは、500ppm以下であり、より好ましくは、400ppm以下であり、更に好ましくは、300ppm以下である。
上記フッ素化水素酸が多量に含まれる場合の収率の低下としては、例えば、テトラクロロフタロニトリルをベンゾニトリル溶媒中、フッ素化剤としてフッ化カリウム(KF)を用いてハロゲン交換反応した際、フッ素化剤に対して約800ppmのフッ化水素が含有されていると、目的物の3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリルの収率が、約20%低下することとなる。KFは、HFとKF・HFの型の化合物を形成するので、このKF・HFが、収率に悪影響を及ぼしていることが挙げられる。
上記フッ化水素酸の含有量を所望の範囲に調整する方法としては、特に制限はなく、例えばハロゲン交換反応の仕込み時に、500ppm以下の量のフッ化水素酸を含有するように製造したフッ化カリウムを使用する方法、フッ化水素を含有する薬液を添加してフッ素化剤に対するフッ化水素の量が500ppm以下とする方法、又は、フッ化水素ガスを反応器に導入する方法が挙げられる。これらの中でも、フッ化水素酸の含有量を500ppm以下となるように製造したフッ化カリウムを使用する方法、又は、仕込み時にフッ化水素を含有する薬液を添加する方法が好ましい。
【0023】
上記フッ素化剤としては、この種の反応に一般に用いられているフッ素化剤を好適に用いることができる。例えば、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、フッ化セシウム等のアルカリ金属フッ化物;フッ化カルシウム、フッ化バリウム等のアルカリ土類金属フッ化物;フッ化アンチモン等の遷移金属のフッ化物;N−フルオロペンタクロロピリジニウム塩、テトラエチルアンモニウムフルオライド、テトラブチルアンモニウムフルオライド等の有機塩基とフッ素との塩等を挙げることができる。なかでも、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、フッ化セシウム等のアルカリ金属フッ化物が好ましく、スプレードライした微粒子状のフッ化カリウム(スプレードライフッ化カリウム)がより好ましい。
上記スプレードライフッ化カリウムの粒径としては、0.01μm〜2000μmが好ましい。より好ましくは、0.05μm〜1500μmであり、更に好ましくは、0.1μm〜1000μmである。
上記フッ素化剤は、シリカ等の無機化合物を含有していてもよい。無機化合物としては、ケイ素、アルミニウム、チタン、ジルコニウム等の元素の酸化物を挙げることができる。具体的には、微粉砕したシリカ、ゼオライト、珪藻土等のシリカ及びアルミナ化合物、チタニア、ジルコニアを主成分とする化合物を挙げることができる。なかでも、微粒子状シリカが好ましい。
上記フッ素化剤の使用量としては、フッ素原子により置換される原料化合物の芳香族ハロゲン化合物に含まれる塩素等のハロゲン原子に対し、少なくとも等モルである必要があり、一般的には、ハロゲン原子1モルに対して、フッ素化剤中のフッ素原子が1〜2モルが好ましい。より好ましくは、1〜1.5モルである。
【0024】
上記ハロゲン交換反応においては、また、アルカリ金属若しくはアルカリ土類金属の酸化物、水酸化物及び/又は炭酸化物を存在させてもよい。これらの存在により、芳香族化合物の酸フルオライド類を発生防止又は除去することができ、芳香族化合物の酸フルオライド類に起因するフッ化水素酸やフッ化イオン等の発生を防止することができる。
上記アルカリ金属若しくはアルカリ土類金属の酸化物、水酸化物及び/又は炭酸化物としては、NaO、KO等のアルカリ金属の酸化物;MgO、CaO等のアルカリ土類金属の酸化物;NaOH、KOH等のアルカリ金属の水酸化物;Mg(OH)、Ca(OH)等のアルカリ土類金属の水酸化物;NaCO、KCO等のアルカリ金属の炭酸化物;MgCO、CaCO等のアルカリ土類金属の炭酸化物等が例示できる。これらの中でも、効果が高いという点から、アルカリ金属の水酸化物が好ましく、KOHがより好ましい。
【0025】
上記アルカリ金属若しくはアルカリ土類金属の酸化物、水酸化物及び/又は炭酸化物の添加量としては、有機溶媒に対し50〜1500ppmであり、好ましくは、100〜600ppmである。添加量が50ppm未満の場合には、芳香族化合物の酸フルオライド類の発生防止効果が十分ではなく、一方、1500ppmを越える場合には、ハロゲン交換反応における出発原料に対してヒドロキシル化反応等の副反応が起こり易くなるため好ましくない。
【0026】
上記ハロゲン交換反応では、できるだけ無水条件下で行うのが、副反応による芳香族化合物の酸フルオライドの発生を抑えかつ反応速度を高めるために好ましい。そのため、反応に先立って、ベンゼン、トルエン等を加えて水分を共沸混合物として予め蒸留除去するのが好ましい。芳香族ハロゲン化合物、有機溶媒及びフッ素化剤を含む反応液中の水含量としては、50〜2000ppmである。2000ppmを超えると、タール状の副生物が生じ、含フッ素フタロニトリル類の収率が低下する一方、50ppmより少ないとフッ素化剤の溶媒への溶解度が低下し、収率が低下する。水含量としては、好ましくは、80〜1900ppmであり、より好ましくは、100〜1800ppmである。
なお上記水分量は、芳香族ハロゲン化合物、有機溶媒及びフッ素化剤を反応容器に仕込んでから測定するか、又は、芳香族ハロゲン化合物、有機溶媒及びフッ素化剤のそれぞれの水分量を測定して求めることができる。
【0027】
上記ハロゲン交換反応においては、反応系にさらに相間移動触媒を存在させることが好ましい。相間移動触媒を存在させることにより、反応速度が速くなり、反応時間を短縮できることとなる。このような相間移動触媒としては、ジベンゾ−18−クラウン−6−エーテル等のクラウン化合物、分子量300〜600のポリエチレングリコール等が使用できる。この相間移動触媒の添加量としては、ハロゲン交換反応における原料であるクロロ又はブロモ等の芳香族ハロゲン化合物1モルに対し、0.01〜0.25モルが好ましく、0.05〜0.20モルがより好ましい。
【0028】
上記反応温度としては、通常、150〜400℃である。好ましくは180〜380℃であり、より好ましくは、200〜360℃である。このような反応における圧力としては、特に制限はないが、上記温度範囲で常圧下還流しながら反応を行ってもよく、自然発生圧力下行ってもよい。また、窒素ガス等により圧力を高くして反応させてもよい。反応温度及び反応圧力としては、190〜400℃の温度範囲で約0〜約3MPa(ゲージ圧)であり、好ましくは、230〜360℃の温度範囲で約0.15〜約2.2MPa(ゲージ圧)である。
上記反応における反応時間は、通常、2〜48時間である。好ましくは、3〜30時間であり、より好ましくは、6〜25時間、更に好ましくは、8〜20時間である。
上記反応に用いる反応容器には特に制限はないが、一般には、SUS316等の耐薬品性の素材を使用し、攪拌翼を配設した耐圧性反応容器を用いるのがよい。
【0029】
上記製造方法により、上記一般式(1)で表される含フッ素フタロニトリル類が得られることとなる。
上記含フッ素フタロニトリル類の精製方法としては、特に制限はなく、1)上記ハロゲン交換反応によって得られた反応液をろ過し、固形分をろ別した後、ろ液を蒸留して、反応溶媒を回収し、残留分を、別途選択された溶媒を使用して再結晶を行い、含フッ素フタロニトリル類を得る方法、2)上記ハロゲン交換反応によって得られた反応液を粗蒸留し、ハロゲン交換反応によって副生する塩化カリウム等の固形分を分離した後、留出液を蒸留して、反応溶媒を回収した後、更に含フッ素フタロニトリル類を蒸留して得る方法が挙げられる。これらの中でも、工業的に有利な理由から2)が好ましい。
上記製造方法及び精製方法によって得られる含フッ素フタロニトリル類の純度は、通常95重量%以上、好ましくは97重量%以上、更に好ましくは98重量%以上である。
【0030】
上記製造方法及び精製方法によって製造した場合、通常、含フッ素フタロニトリル類の含有量が50重量%以上のものが得られることとなり、15℃以上160℃以下の温度範囲に調節された貯槽内で、有機溶媒溶液と接触する部分の酸素濃度が21体積%未満の条件下で貯蔵することで、着色等の各種副反応が抑制され、比較的長期間保存可態となる。
また上記条件下とすることで、取り扱いが容易なものとなり、工業的規模で、連続的に使用することができる。このように、次工程に含フッ素フタロニトリル類を使用する場合としては、必要に応じて含フッ素フタロニトリル類を更に精製して使用してもよい。例えば、ハロゲン交換反応により含フッ素フタロニトリル類を製造した場合、含フッ素フタロニトリル類以外の含有物としては、ハロゲン交換反応において使用した有機溶媒が主な成分であり、該有機溶媒を分離・除去して、含フッ素フタロニトリル類を次工程に使用してもよい。
【発明の効果】
【0031】
本発明の含フッ素フタロニトリル類の取り扱い又は貯蔵方法は、上述の構成よりなり、閉鎖系で安全にかつ容易に取り扱うことができ、経時的な着色や縮合反応等を抑制し、各種の用途に用いられる含フッ素フタロニトリル類の取り扱い又は貯蔵方法であり、含フッ素フタロニトリル類は、医薬品中間原料又は機能性色素等の原料として有用であり、工業的に生産され、供給されるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下に実施例を掲げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。なお、特に断りのない限り、「部」は「重量部」を、「%」は「重量%」を意味するものとする。
【0033】
実施例1
1LのSUS316製オートクレーブにベンゾニトリル300g、3,4,5,6−テトラクロロフタロニトリル100g(0.376モル)及びスプレードライフッ化カリウム96gr(1.655モル)を仕込んだ後、オートクレーブ内の空気を窒素置換し、攪拌下、260℃で20時間ハロゲン交換反応を行った。反応終了後、反応液をガスクロマトグラフィー分析したところ、反応液中には、目的物である3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリル67.8g(0.339モル、収率90.2モル%)と有効成分であるモノクロロトリフルオロフタロニトリル6.9g(0.032モル、収率8.5モル%)とが含まれていた。
上記と同様の反応を3回実施した後、各反応液をろ過し、塩化カリウム等を含有する無機塩を分離した後、ろ液を理論段数20段の精密蒸留装置で蒸留して、ベンゾニトリル溶媒を回収した。更に蒸留操作を継続して3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリル135gを分離した。この純度は、ガスクロマトグラフィー分析によると、99.2%であった。また、このテトラフルオロフタロニトリル5gをアセトン15mlに溶解した後に測定したハーゼンは5であった。
【0034】
上記3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリル30gをsus304製試験管に仕込み窒素ガスで試験管内部を置換した後、上部に密栓をして油浴中で100℃に保持して溶融状態として、着色の度合いを観察した。酸素濃度計で測定した試験管内部の酸素濃度は、3.0体積%であった。1ヶ月経過した時点では、着色度合いに変化は見られなかった。
更に、3ヶ月経過した時点では、若干の着色が観察された。6ヵ月後に、溶融実験を終了し、室温まで冷却すると薄い淡黄色となっていた。この3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリル5grを取り出し、アセトン15mlに溶解した後、着色度合いを調べる為にハーゼンによる比色で着色度合いを測定したところ、着色度合いは、50であった。
【0035】
実施例2
実施例1において精密蒸留で得た、3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリル30gを使用して、同様の方法で、130℃に保持して溶融状態として着色の度合いを観察した。酸素濃度計で測定した試験管内部の酸素濃度は、3.0体積%であった。
6ヶ月経過した時点では、溶融実験を止め、実施例1と同様の方法で、着色度合いを測定したところ、ハーゼン70であった。
【0036】
実施例3
実施例1において精密蒸留で得た、3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリル30gを使用して、同様の方法で、150℃に保持して溶融状態として着色度合いを観察した。酸素濃度計で測定した試験管内部の酸素濃度は、3.0体積%であった。6ヶ月経過した時点で、溶融実験を止め、実施例1と同様の方法で、着色度合いを測定したところ、ハーゼン90であった。
【0037】
実施例4
実施例1において精密蒸留装置で蒸留して得た、3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリル30gに、ベンゾニトリル20gを添加して、3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリルの含有量を60重量%に調整した後、sus304製試験管に仕込み、窒素ガスで内部を置換した後、上部に密栓をして油浴中で150℃に保持して溶融状態として、着色の度合いを観察した。酸素濃度計で測定した試験管内部の酸素濃度は、3.5体積%であった。6ヶ月経過した時点で実施例1と同様の方法で、ハーゼンで着色度合いを調べると、50であった。
【0038】
実施例5
実施例4において、3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリル溶液の温度を50℃とした以外は同様の方法で、貯蔵して、着色度合いを観察した。酸素濃度計で測定した試験管内部の酸素濃度は、3.5体積%であった。6ヶ月経過した時点でのハーゼンは、10であった。
【0039】
実施例6
実施例1において精密蒸留装置で蒸留して得た、3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリル28.5gに、ベンゾニトリル1.5gを添加して、3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリルの含有量を95重量%に調整した後、sus304製試験管に仕込み、窒素ガスで内部を置換した後、上部に密栓をして油浴中で150℃に保持して溶融状態として、着色の度合いを観察した。酸素濃度計で測定した試験管内部の酸素濃度は、4.6体積%であった。6ヶ月経時した時点で実施例1と同様の方法で、ハーゼンで着色度合いを調べると、70であった。
【0040】
実施例7
実施例6においてテトラフルオロフタロニトリル溶液の温度を50℃とした以外は同様の方法で、貯蔵して、着色の度合いを観察した。酸素濃度計で測定した試験管内部の酸素濃度は、4.6体積%であった。6ヶ月経時した時点でのハーゼンは、15であった。
【0041】
比較例1
実施例1におけるハロゲン交換反応と同様にして得られた、3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリル30gを使用して、窒素置換をしなかったこと以外は、実施例1と同様の方法で、180℃に保持して溶融状態として着色の度合いを観察したところ、1ヶ月経時した時点で、フタロシアニンと思われる青紫〜緑色に着色していた。また、sus304製試験管の上部には、多量の昇華した3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリルが付着していた。
【0042】
比較例2
実施例1において、精密蒸留装置で蒸留して得た3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリル30grに、ベンゾニトリル30grを添加して、3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリルの含有量を50重量%に調製した後、実施例1と同様の条件で行い、SUS304製試験管に仕込み、窒素ガスで内部を置換した後、上部に密栓をして10℃に保持して、着色の度合いを観察した。酸素濃度計で測定した試験管内部の酸素濃度は、3.0体積%であった。
1ヶ月経過した時点で、内部に3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリルが析出しており、この温度では、工業的な取り扱いまたは貯蔵が不適当と推察された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
含フッ素フタロニトリル類を液状で取り扱い又は貯蔵する方法であって、
該含フッ素フタロニトリル類の含有量が50重量%以上である有機溶媒溶液とし、15℃以上160℃以下で、有機溶媒溶液と接触する部分の酸素濃度が21体積%未満の条件下で取り扱い又は貯蔵する
ことを特徴とする含フッ素フタロニトリル類の取り扱い又は貯蔵方法。
【請求項2】
前記有機溶媒の沸点は、150℃以上であることを特徴とする請求項1記載の含フッ素フタロニトリル類の取り扱い又は貯蔵方法。

【公開番号】特開2006−282575(P2006−282575A)
【公開日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−104258(P2005−104258)
【出願日】平成17年3月31日(2005.3.31)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】