説明

含フッ素ポリエーテル化合物およびその製造方法

【課題】高分子主鎖両末端にヨウ素原子または臭素原子ではなく、トリフルオロビニロキシ基を有する含フッ素ポリエーテル化合物およびその製造方法を提供する。
【解決手段】含フッ素ジカルボン酸フルオリド化合物を、ビス(トリフルオロビニロキシ)アニリン化合物と反応させ、下記含フッ素ポリエーテル化合物


(ここで、Rは炭素数1〜3のアルキル基であり、lおよびmはそれぞれ独立に10以上の整数であり、l+mは30〜200である)を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、含フッ素ポリエーテル化合物およびその製造方法に関する。さらに詳しくは、高分子主鎖両末端に反応活性部位を有する含フッ素ポリエーテル化合物およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
分子末端に官能基を有する含フッ素ポリエーテル化合物としては、例えば一般式


で表わされる化合物が知られている(特許文献1参照)。
【0003】
また、上記化合物の主鎖構造をオリゴマー化したより一般的な化合物として、一般式


で表わされる化合物が知られている(特許文献2参照)。
【0004】
これらの一般式で表わされる化合物群は、Si-H基を分子内に複数個有する含フッ素オルガノ水素シロキサン化合物および白金化合物触媒により硬化し、非常に優れた特性(耐薬品性、耐熱性、低温特性)を有するエラストマー性成形物を与え得るとされ、特に-50℃程度の低温条件下でも柔軟性を失わずに、使用に耐え得るとされる。また、これらを主成分とする硬化性組成物は、抜群の成形加工性を有し、RIM成形も可能とさせる。しかしながら、この硬化物は、分子内架橋構造にシロキサン結合を有するため、フッ化水素などの酸性物質が存在する条件下で使用されると、化学的劣化によりそれの機械的な強度が低下するなどの好ましくない結果を与えることもある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−343336号公報
【特許文献2】特許2,990,646号公報
【特許文献3】WO 2008/126436 A1
【特許文献4】WO 90/15042 A2
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Fluoropolymers l: Synthesis (edited by G. Hougham et. al.), 25〜50頁, Plenum Press, New York (1999)
【非特許文献2】J. Am. Chem. Soc. 128巻, 7055頁 (2006)
【非特許文献3】Tetrahedron Letters 36巻, 6373頁 (1995)
【非特許文献4】Tetrahedron Letters 38巻, 5831頁 (1997)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者は先に、Si-H結合を有する含フッ素オルガノ水素シロキサン化合物を必要としないで硬化可能であり、その上耐熱性、低温特性および成形加工性に優れ、しかも酸性条件下での使用に耐え得る硬化物を与える含フッ素ポリエーテル化合物として、一般式


(ここで、Rは水素原子または炭素数1〜3のアルキル基であり、Xはヨウ素原子または臭素原子であり、Xのフェニル基上の置換位置はNR結合置換基に対してm-またはp-位であり、lおよびmはそれぞれ独立に10以上の整数であり、l+mは30〜130である)で表わされる含フッ素ポリエーテル化合物を提案している(特許文献3参照)。
【0008】
本発明の目的は、高分子主鎖両末端にヨウ素原子または臭素原子ではなく、トリフルオロビニロキシ基を有する含フッ素ポリエーテル化合物およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明によって、一般式〔I〕


(ここで、Rは炭素数1〜3のアルキル基であり、lおよびmはそれぞれ独立に10以上の整数であり、l+mは30〜200である)で表わされる含フッ素ポリエーテル化合物が提供される。
【0010】
かかる含フッ素ポリエーテル化合物は、一般式〔II〕


(ここで、lおよびmはそれぞれ独立に10以上の整数であり、l+mは30〜200である)で表わされる含フッ素ジカルボン酸フルオリド化合物を、一般式〔III〕


(ここで、Rは炭素数1〜3のアルキル基であり、Rは水素原子またはトリメチルシリル基である)で表わされるビス(トリフルオロビニロキシ)アニリン化合物と、好ましくはピリジンまたはトリエチルアミン等の3級アミン化合物の存在下で、反応させることにより製造される。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る含フッ素ポリエーテル化合物は、高分子主鎖両末端に反応部位として4つのトリフルオロビニロキシ基を有しているので、それを加熱することによって単独で硬化し、エラストマー性成形物を与えることができる。かかる組成物を硬化して得られる成形物は、低温特性、耐薬品性などにすぐれているため、自動車燃料供給系シール材、オイルシール材、航空機燃料系および油圧系シール材、半導体製造装置シール材等の各種用途に好適に使用される。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の含フッ素ポリエーテル化合物〔I〕


において、lおよびmはそれぞれ独立に10以上の整数であり、l+mは30〜200の整数である。特に、エラストマー性高分子材料の主原料として用いる場合には、硬化後十分な機械的強度を有する成形物を得るために、l+mは50〜150であることが好ましい。Rは炭素数1〜3のアルキル基であって、分子間水素結合の形成が妨げられることにより、含フッ素ポリエーテル化合物の粘度を低下させることができる。
【0013】
本発明の含フッ素ポリエーテル化合物〔I〕は、例えば以下のような一連の工程を経て製造することができる。


注) HFPO:ヘキサフルオロプロペンオキシド
HFP:ヘキサフルオロプロペン
【0014】
第二工程で用いられるビス(トリフルオロビニロキシ)アニリン化合物〔III〕において、Rは炭素数1〜3のアルキル基であり、Rは水素原子またはトリメチルシリル基である。また、トリフルオロビニロキシ基(CF=CFO-)のベンゼン環上の置換位置は、アミノ基(-NRR)に対して3位および5位である。ビス(トリフルオロビニロキシ)アニリン化合物〔III〕の具体例としては、3,5-ビス(トリフルオロビニロキシ)-N-メチルアニリン、3,5-ビス(トリフルオロビニロキシ)-N-エチルアニリン、3,5-ビス(トリフルオロビニロキシ)-N-n-プロピルアニリンまたはこれらのN-トリメチルシリル誘導体等が挙げられる。
【0015】
かかるビス(トリフルオロビニロキシ)アニリン化合物〔III〕の出発原料となる3,5-ビス(トリフルオロビニロキシ)アニリンは、例えば3,5-ジヒドロキシ安息香酸メチルを出発原料として用いて製造することができる。3,5-ジヒドロキシ安息香酸メチルにおいて、水酸基からトリフルオロビニロキシ基への変換は、非特許文献1を参考にして行うことができる。具体的には、水酸基をカリウム塩とした後、1,2-ジブロモテトラフルオロエタンを作用させ、2-ブロモテトラフルオロエトキシ基(BrCFCFO-)とした後、脱臭化水素化反応することにより、トリフルオロビニロキシ基(CF=CFO-)へ変換することができる。
【0016】
3,5-ジヒドロキシ安息香酸メチルのカルボン酸エステル部位(CHCOO-)のアミノ基(NH-)への変換は、特許文献4および非特許文献2を参考にして行うことができる。具体的には、カルボン酸エステル部位を加水分解して遊離のカルボン酸とし、これに塩化チオニル等のハロゲン化剤を作用させ、カルボン酸クロリドとする。次いで、例えばアジ化ナトリウムによりカルボン酸アジド(-CON)に変換し、これを不活性溶媒中で加熱することで、イソシアネート基(-N=C=O)に変換される(クルチウス反応)。最後に、これを加水分解することにより、アミノ基への転化が達成される。
【0017】
3,5-ビス(トリフルオロビニロキシ)アニリンの製造方法の一例として、下記の経路が挙げられる。
3,5-ジヒドロキシ安息香酸メチル
→ 3,5-ジヒドロキシ安息香酸メチル・2カリウム塩
→ 3,5-ビス(2-ブロモテトラフルオロエトキシ)安息香酸メチル
→ 3,5-ビス(2-ブロモテトラフルオロエトキシ)安息香酸
→ 3,5-ビス(2-ブロモテトラフルオロエトキシ)安息香酸クロリド
→ 3,5-ビス(2-ブロモテトラフルオロエトキシ)安息香酸アジド
→ 1-イソシアナト-3,5-ビス(2-ブロモテトラフルオロエトキシ)ベンゼン
→ 1-イソシアナト-3,5-ビス(2-ブロモテトラフルオロエトキシ)アニリン
→ 3,5-ビス(トリフルオロビニロキシ)アニリン
【0018】
Rが炭素数1〜3のアルキル基であるビス(トリフルオロビニロキシ)アニリン化合物〔III〕は、1級アミノ基をN-モノアルキル化し、2級アミノ基へ変換することにより製造される。なお、2級アミノ基(-NHR)をトリメチルシリルクロリドまたはヘキサメチルジシラザンと反応させ、Rがトリメチルシリル基であるアミノ基(-NRR)に変換することもできる。
【0019】
1級アミノ基(-NH)から2級アミノ基(-NHR)への変換は、ジアルキル硫酸、ヨウ化アルキル等のアルキル化剤を用いて行うことができる。なお、アルキル化剤による1級アミンの直接アルキル化反応においては、N-モノアルキル化体の他に、N,N-ジアルキル化体も副生するので、反応混合物からN,N-ジアルキル化体を除去する必要がある。
【0020】
なお、1級アミノ基からの2級アミノ基への変換方法としては、非特許文献3〜4に記載されているスルホンアミドを経由する方法が好ましい。具体的には、1級アミンを、2-ニトロベンゼンスルホニルクロリドまたは2,4-ジニトロベンゼンスルホニルクロリドと反応させ、スルホンアミド化した後、ヨウ化アルキル等によりN-アルキル化し、その後チオフェノールまたはメルカプト酢酸と反応させることにより、目的とするN-モノアルキル化された2級アミンを選択的に得ることができる。
【0021】
また、3,5-ビス(トリフルオロビニロキシ)-N-メチルアニリンの製造方法の一例として、下記の如き経路を挙げることもできる。
3,5-ビス(2-ブロモテトラフルオロエトキシ)アニリン
→ 3,5-ビス(2-ブロモテトラフルオロエトキシ)-N-メチルアニリン
→ 3,5-ビス(トリフルオロビニロキシ)-N-メチルアニリン
【0022】
含フッ素ジカルボン酸フルオリド化合物〔II〕とビス(トリフルオロビニロキシ)アニリン化合物〔III〕との反応は、ピリジン等の活性水素を有しない塩基性含窒素複素環式化合物またはトリエチルアミン等の3級アミン化合物の存在下で、ハイドロクロロフルオロカーボン、ハイドロフルオロカーボン、ハイドロフルオロエーテル等の含フッ素溶媒、またはこれらの含フッ素溶媒と非プロトン性非フッ素系溶媒との混合溶媒中で、-50〜150℃、好ましくは0〜100℃の反応温度で行われる。含フッ素溶媒の具体例としては、HCFC-225、HFE-449(住友3M製品HFE-7100)、HFE-569(住友3M製品HFE-7200)、1,3-ビス(トリフルオロメチル)ベンゼン等が挙げられる。非プロトン性非フッ素系溶媒としては、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、シクロペンチルメチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等が挙げられる。ビス(トリフルオロビニロキシ)アニリン化合物〔III〕の溶解性を考慮すると、含フッ素溶媒と非プロトン性非フッ素系溶媒の混合溶媒を用いるのがより好ましい。
【0023】
本発明の含フッ素ポリエーテル化合物の具体例として、


などが例示される。
【0024】
本発明の含フッ素ポリエーテル化合物は、それを単独で加熱することによって硬化する。すなわち、この含フッ素ポリエーテル化合物は、反応部位として一分子当り4つのトリフルオロビニロキシ基を有しているので、加熱することによりトリフルオロビニロキシ基の二量化反応が進行して、鎖延長反応を伴って硬化し、エラストマー性成形物を与えることができる。
【実施例】
【0025】
次に、実施例について本発明を説明する。
【0026】
参考例1
含フッ素ジカルボン酸フルオリド化合物の調製


攪拌装置、温度センサ、ガス導入口およびドライアイス/エタノール冷却凝縮器を備えた内容量1Lのガラス製反応容器を低温恒温槽に設置し、ジアルコキシド化合物 CsOCFCF(CF)OCFCFOCF(CF)CFOCs を23ミリモルを含むテトラグライム溶液60gを仕込んだ。内温を-33〜-30℃に調整した後、ガス導入口よりヘキサフルオロプロペンを40g仕込んだ。次に、ヘキサフルオロプロペンオキシドを10g/hr、ヘキサフルオロプロペンを4g/hrの供給速度で反応容器内に仕込んだ。42時間経過後、ガスの供給を停止し(ヘキサフルオロプロペンオキシド総仕込量428g)、さらに1時間-33〜-30℃に内温を保った。減圧下でヘキサフルオロプロペンを反応系内より除去した後、室温までゆっくり昇温した。さらに100℃まで昇温し、減圧下でヘキサフルオロプロペンオリゴマーを反応混合物より除去した。このようにして、フッ化セシウム、テトラグライムおよび含フッ素ジカルボン酸フルオリドからなる混合物を淡黄色粘稠な懸濁液として478g得た。これを精製せずに、次の工程に用いた。
【0027】
また、上記混合物の一部をメタノールによりジエステル体〔A〕とした後、19F-NMRによりヘキサフルオロプロペンオキシド数平均重合度および二官能性比(ヘキサフルオロプロペンオキシドオリゴマー〔B〕とのモル分率)を求めた。


s=F(-131ppm)ピーク積分値
t=F(-133ppm)ピーク積分値
u=F(-146ppm)ピーク積分値
注) ケミカルシフトはCFCl基準
二官能性比=(t/s-0.5)/(t/s+0.5)=0.89
ヘキサフルオロプロペンオキシド数平均重合度=4u/(2t+s)=102
【0028】
実施例
参考例1で得られた含フッ素ジカルボン酸フルオリド、フッ化セシウムおよびテトラグライムからなる混合物78g(約4.5ミリモル)を、含フッ素系溶媒(住友3M製品HFE-7100)90mlに溶解し、そこにトリエチルアミン1.9g(19ミリモル)およびジエチルエーテル36mlを加えた。そこに、3,5-ビス(トリフルオロビニロキシ)-N-メチルアニリン3.6g(12ミリモル)を加え、30℃で2時間反応を行った。得られた反応混合物を飽和食塩水に加え、分離した有機層を1.5重量%水酸化カリウム水溶液で洗浄した後、無水硫酸マグネシウムで乾燥、ロ過した。減圧下でロ液から含フッ素系溶媒およびジエチルエーテルを留去した後、得られた粘稠な液体をジエチルエーテルで数回洗浄し、次いで減圧下でジエチルエーテルを完全に留去した。このようにして、含フッ素ポリエーテル化合物


を、僅かに黄色味を帯びた透明な液体として65g得た。E型粘度計(東機産業製TEV-22)により粘度を測定したところ、15Pa・s(25℃)であった。
19F-NMR(ケミカルシフトはCFCl基準): -124ppm(F)
-147ppm(F)
-120ppm(F)
-124ppm(F)
-135ppm(F)
H-NMR(ケミカルシフトはTMS基準): 7.2ppm(H)
6.8ppm(H)
3.1ppm(H)
IR(neat): 1840cm−1(C=C)
1710cm−1(C=O)
1560cm−1(Ar)
1590cm−1(Ar)
【0029】
参考例2
実施例1の含フッ素ポリエーテル化合物100重量部およびアセチレンカーボンブラック13重量部を混合し、硬化性組成物を調製した。
【0030】
この硬化性組成物について、モンサントディスクレオメーターを使用して、150℃、30分間の硬化挙動を測定し、次のような結果を得た。
ML 0.7 dN・m
MH 8.5 dN・m
t10 6.0 分
t50 10 分
t90 15 分
【0031】
さらに、150℃で30分間圧縮成形してP24 Oリングを成形し、次いで、80℃、5時間および230℃、15時間のオーブン加硫(二次加硫)を、窒素雰囲気下で行った。これについて、圧縮永久歪(ASTM D395 Method B準拠;200℃、70時間)の測定を行い、50%という値を得た。
【0032】
また、このP24 Oリングのガラス転移温度Tgを、示差走査熱量分析計(SIIナノテクノロジー社製DSC6220)を用いて測定すると、-55℃という値が得られた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式〔I〕


(ここで、Rは炭素数1〜3のアルキル基であり、lおよびmはそれぞれ独立に10以上の整数であり、l+mは30〜200である)で表わされる含フッ素ポリエーテル化合物。
【請求項2】
一般式〔I〕において、Rがメチル基である請求項1記載の含フッ素ポリエーテル化合物。
【請求項3】
一般式〔I〕において、l+mが50〜150である請求項1記載の含フッ素ポリエーテル化合物。
【請求項4】
一般式〔II〕


(ここで、lおよびmはそれぞれ独立に10以上の整数であり、l+mは30〜200である)で表わされる含フッ素ジカルボン酸フルオリド化合物を、一般式〔III〕


(ここで、Rは炭素数1〜3のアルキル基であり、Rは水素原子またはトリメチルシリル基である)で表わされるビス(トリフルオロビニロキシ)アニリン化合物と反応させることを特徴とする請求項1記載の含フッ素ポリエーテル化合物の製造方法。
【請求項5】
ピリジンまたは3級アミン化合物の存在下で反応が行われる請求項4記載の含フッ素ポリエーテル化合物の製造方法。
【請求項6】
一般式〔III〕


(ここで、Rは水素原子または炭素数1〜3のアルキル基であり、Rは水素原子またはトリメチルシリル基である)で表わされるビス(トリフルオロビニロキシ)アニリン化合物。