説明

含フッ素化合物、潤滑剤、ならびに磁気記録媒体および磁気記録媒体の製造方法

【課題】潤滑剤として有用な含フッ素化合物であって、特定のフッ素系モノエステルモノカルボン酸と組み合わされることによって、優れた潤滑特性を有する潤滑剤を提供し得る化合物を提供する。
【解決手段】例えば、化学式(a1)で示される本発明の含フッ素化合物を、化学式(b1)で示されるフッ素系モノエステルモノカルボン酸化合物と混合して成る潤滑剤を用いて、磁気記録媒体の潤滑剤層を形成すれば、優れた潤滑性能が持続する磁気記録媒体が得られる。
【化1】




【化2】

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は高精度な潤滑性が要求される精密機械もしくは精密部品等に使用する潤滑剤として有用な新規な含フッ素化合物、当該含フッ素化合物を含む潤滑剤、ならびに当該潤滑剤を使用する磁気記録媒体およびその磁気記録媒体の製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
近年、磁気記録の分野においては、記録・再生機器のデジタル化、小型化および使用時間の長時間化等の高性能化に伴い、それに適した高密度磁気記録媒体の開発が活発に行なわれている。最近では塗布型磁気記録媒体に代わって、短波長記録に極めて有利な金属薄膜型磁気記録媒体が実用化されている。一般に、金属薄膜型磁気記録媒体とは、非磁性支持体上に、記録層として強磁性金属薄膜から成る磁性層を設けたテープおよびディスク等をいう。また、高密度磁気記録媒体の記録・再生に用いられる磁気記録媒体システムとしては、例えば、デジタルビデオデッキやハードディスクドライブが挙げられる。
【0003】
デジタルビデオテープに代表される金属薄膜型磁気記録媒体においては、磁性層は極めて良好な表面性を有する、すなわち磁性層の面の粗度が小さい。そのため、磁性層と磁気ヘッドとの接触面積が増えるので、磁性層は信号の記録・再生の過程において磁気ヘッドと高速摺動する間に大きな摩擦力を受けて磨耗されやすい。磁性層の磨耗は、磁気記録媒体の走行耐久性あるいはスチル耐久性等に大きな影響を与えるため、これを低減させることは金属薄膜型磁気記録媒体の研究開発において大きな課題となっている。
【0004】
そこで磁性層表面に潤滑剤層を設けることによって磨耗を低減し、走行耐久性およびスチル耐久性を改善しようとする試みがなされている。潤滑剤層を設ける場合、磁気記録媒体と磁気ヘッドとのスペーシングロスによる出力低下を極力抑えて高出力化を図るべく、磁性層表面の潤滑剤層は僅か数nmの厚さで潤滑特性を発揮することが求められている。
【0005】
また、一般的なハードディスクドライブにおいてはCSS(コンタクト・スタート・ストップ)方式が採用されている。CSS方式とは、高密度磁気記録媒体であるハードディスクが停止している状態では磁気ヘッドがディスクに接触し、起動時にハードディスクが高速回転し始めると、これに伴って発生する空気流により磁気ヘッドがディスク表面から浮上し、この状態で記録・再生が行われる方式である。そして、停止時にディスクの回転が減速され、再び磁気ヘッドはハードディスクと接触するようになる。
【0006】
このCSS方式においてはディスクの運転停止時あるいは起動開始時に磁気ヘッドがハードディスク表面を擦って走行するので、そのときに加わる摩擦力が大きな問題となっている。ハードディスクドライブの信頼性を保つにはCSS走行試験後の媒体の摩擦係数が初期と同じであることが望まれる。しかし、表面平坦性が高い、すなわち粗度の小さな磁気ディスクでは、この要求を満たすことは難しい。また、ハードディスクが高速で回転している際に、ヘッドと媒体とが衝突する、いわゆるヘッドクラッシュも解決すべき課題の1つである。そして、ヘッドクラッシュが発生する要因の一つとして、磁気記録媒体が適当な保護膜および潤滑剤層を有していないことが挙げられる。
【0007】
そこで、磁気記録媒体に適した潤滑剤が広く検討されている。その1つとしてフッ素系化合物がある。フッ素系化合物は優れた潤滑特性を示すため、各種フッ素系化合物の使用が提案されている。(例えば、特許文献1、2、3および4等参照)
【0008】
しかしながら、さらなる高記録密度化に伴い、MRヘッドまたはGMRヘッドの搭載ならびにコンタクト記録方式の採用等、新たな技術へ対応していくことを検討する必要がある。そのためには磁気記録媒体に用いる潤滑剤の特性をより向上させる必要がある。
【0009】
【特許文献1】
特開2002−92858号公報
【特許文献2】
特開2002−150530号公報
【特許文献3】
特開2002−241349号公報
【特許文献4】
特公平6−28717号公報
【0010】
【発明が解決しようとする課題】
磁気記録媒体に用いられる潤滑剤に要求される特性として、低温環境を含む様々な使用環境において優れた潤滑特性を発揮すること、極めて薄く塗布しても良好な潤滑特性が維持されること、磁気記録媒体が長時間使用される場合でも潤滑特性が維持されること、磁気ヘッドへの粉付きが少ないこと、等が要求される。ここで、粉つきとは、磁気記録媒体を記録再生装置で走行させたときに、磁気ヘッドとの接触により潤滑剤が磁気記録媒体から削りとられ、削りとられた潤滑剤の粉が磁気ヘッド表面に蓄積されることをいう。
【0011】
これまでにも、前記要求を満たすように、種々の潤滑剤が提案され、実用に供されてきた。しかしながら、磁気記録媒体の性能向上に伴って、潤滑剤に関する要求水準もより高くなっている。そのため、磁気記録媒体の分野においては、より優れた特性を有する潤滑剤が常に求められている。
【0012】
本発明は上記実情に鑑みてなされたものであり、磁気記録媒体用の潤滑剤として使用するのに適した化合物であって、様々な使用条件下で優れた潤滑特性を維持するとともに、長時間の使用においても潤滑効果が持続し、且つ粉つきが少ない潤滑剤を構成し得る化合物を提供することを課題とする。
【0013】
【課題を解決するための手段】
第一の要旨において、本発明は特定の構造を有する含フッ素化合物を提供する。かかる化合物は一般式(a)で示される。
【化4】



(式中、XおよびYはそれぞれ−OHおよび式(w)で表される基であり、Xが−OHのときYは式(w)で表される基であり、Xが式(w)で表される基であるときXは−OHであり、mは1〜6の整数であり、nは1〜5の整数であり、p、qは0〜30の整数であり、rは1〜12の整数である。
【化5】



(式中、RおよびRはそれぞれ、水素、脂肪族アルキル基または脂肪族アルケニル基を示し、RおよびRのうち少なくとも一方が水素である。))
【0014】
本発明の含フッ素化合物は、一分子中に1個のカルボキシル基と、1個のエステル結合と、1個の水酸基とを有し、且つフルオロエーテルまたはフルオロポリエーテル鎖を有する。この構造により、本発明の化合物が潤滑剤、特に磁気記録媒体の潤滑剤層用の潤滑剤に含まれる場合、その磁気記録媒体は優れた潤滑特性および耐蝕性を示す。したがって、本発明はまた、上記本発明の化合物を、潤滑剤を構成する化合物として提供するものである。
【0015】
第二の要旨において、本発明は、上記本発明の化合物を少なくとも1種含んで成る潤滑剤を提供する。本発明の潤滑剤は、特に金属薄膜型磁気記録媒体の潤滑剤層を構成するのに適している。
【0016】
第二の要旨に係る潤滑剤は、上記一般式(a)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種の化合物に加えて、好ましくは、下記一般式(b)で示されるフッ素系モノエステルモノカルボン酸化合物から選ばれる少なくとも1種の化合物を含む。
【化6】



(式中、Rは脂肪族アルキル基または脂肪族アルケニル基を示し、Rはフルオロアルキル基、フルオロアルケニル基、フルオロエーテル基もしくはフルオロポリエーテル基を示し、aは0または1であり、bは1〜20の整数である。)
【0017】
上記の潤滑剤は、一般式(a)で示される含フッ素化合物と、一般式(b)で示されるフッ素系モノエステルモノカルボン酸を有する。これら2つの化合物を混合することで、優れた潤滑特性を得ることができる。したがって、この潤滑剤が磁気記録媒体の潤滑剤層に含まれる場合、その磁気記録媒体は優れた潤滑特性を示す。
【0018】
第三の要旨において、本発明は、非磁性支持体の上に磁性層として形成された強磁性金属薄膜、磁性層の上に形成された保護膜および保護膜の上に形成された潤滑剤層を有する磁気記録媒体であって、潤滑剤層が本発明の潤滑剤を含む磁気記録媒体を提供する。本発明の磁気記録媒体において、潤滑剤層を構成する潤滑剤は、好ましくは、上記一般式(a)で示される含フッ素化合物を少なくとも1種類と、上記一般式(b)で示されるフッ素系モノエステルモノカルボン酸化合物を少なくとも1種類含む。
【0019】
第四の要旨において、本発明は、上記本発明の磁気記録媒体の製造方法を提供する。本発明の磁気記録媒体の製造方法は、その潤滑剤層の形成工程に特徴を有し、それ以外の工程は従来の磁気記録媒体の製造方法で用いられている工程であってよい。本発明の製造方法における潤滑剤層の形成工程は、炭化水素系溶媒とアルコール系溶媒との混合有機溶媒に、潤滑剤層を構成する化合物(即ち、潤滑剤)を溶解して調製した塗布液を保護膜上に塗布する工程を含むことを特徴とする。炭化水素系溶媒とアルコール系溶媒とを組み合わせた混合溶媒を使用することにより、塗布ムラが極めて少ない均一な薄い潤滑剤層が形成され得る。したがって、本発明の磁気記録媒体の製造方法によれば、優れた潤滑性能を有する実用信頼性の高い磁気記録媒体を得ることが可能である。
【0020】
【発明の実施の形態】
次に本発明の実施の形態について説明する。
本発明の含フッ素化合物は一般式(a)で示され、同一分子内に1個のカルボキシル基と、1個のエステル結合と、1個の水酸基と、フルオロポリエーテルまたはフルオロポリエーテル鎖を有する。
【0021】
【化7】



【0022】
一般式(a)において、XおよびYはそれぞれ、水酸基または式(w)で表される基である。式(w)で表される基は、末端にカルボキシル基を有するアシルオキシル基である。
【化8】



式(w)で表される基において、RおよびRはそれぞれ、水素、脂肪族アルキル基または脂肪族アルケニル基を示し、RおよびRのうち少なくとも一方が水素である。
【0023】
一般式(a)で示される化合物には、XおよびYの組合せ、ならびに式(w)におけるRおよびRの組合せに応じて、下記の化合物が含まれる。
▲1▼Xが式(w)で表される基であり、式(w)において、Rが水素であり、Rが脂肪族アルキル基または脂肪族アルケニル基であり、YがOHである。
▲2▼Xが式(w)で表される基であり、式(w)において、Rが脂肪族アルキル基または脂肪族アルケニル基であり、Rが水素であり、YがOHである。
▲3▼Xが式(w)で表される基であり、式(w)において、RおよびRがともに水素であり、YがOHである。
▲4▼XがOHであり、Yが式(w)で表される基であり、式(w)において、Rが水素であり、Rが脂肪族アルキル基または脂肪族アルケニル基である。
▲5▼XがOHであり、Yが式(w)で表される基であり、式(w)において、Rが脂肪族アルキル基または脂肪族アルケニル基であり、Rが水素である。
▲6▼XがOHであり、Yが式(w)で表される基であり、式(w)において、RおよびRがともに水素である。
【0024】
式(w)で表される基に含まれる脂肪族アルキル基または脂肪族アルケニル基の炭素数は、好ましくは1〜22であり、より好ましくは8〜18である。
【0025】
一般式(a)において、mは1〜6の整数であり、nは1〜5の整数であり、pおよびqはそれぞれ0〜30の整数である。mはより好ましくは、2〜5の整数である。nはより好ましくは1〜4の整数である。(m、n)の好ましい組合せは(2,1)または(1,2)である。pはより好ましくは2〜6の整数であり、qはより好ましくは2〜6の整数である。rは1〜12の整数である。
【0026】
一般式(a)において−(OC2m(OC2n−で示される部分が1種のオキシフルオロアルキレンのみから成る場合、一般式(a)においてq=0であるとし、一般式(a)で示される化合物は(OC2m)のみを含むものとする。この場合、mは、好ましくは2である。
【0027】
pおよびqがともに0である場合、一般式(a)で示される化合物は、1つのエーテル結合を含むから、いわゆるフルオロエーテルを含む。p≠0かつq=0である場合、あるいはpおよびqがともに1以上の整数である場合、一般式(a)で示される化合物においてエーテル結合の数は2以上となり、当該化合物はフルオロポリエーテル鎖を含むこととなる。
【0028】
一般式(a)において−(OC2m(OC2n−で示される部分は、2種のオキシフルオロアルキレン単位が共重合している部分に相当する。pおよびqは共重合体中の各オキシフルオロアルキレン単位の数を示す。オキシフルオロアルキレン単位(OC2m)とオキシフルオロアルキレン単位(OC2n)とから成る共重合体は、p個の(OC2m)のブロックとq個の(OC2n)のブロックとから成るブロック共重合体もしくは他のブロック共重合体、ランダム共重合体、または交互共重合体であってよい。したがって、一般式(a)は、−(OC2m(OC2n−で示される部分がブロック共重合体、ランダム共重合体および交互共重合体であるものを含む。
【0029】
一般式(a)で示される化合物は、分子の一方の末端にカルボキシル基が位置し、他方の末端に水酸基が位置していて、カルボン酸であると同時に、アルコールでもある構造となっている。カルボキシル基は、この化合物が磁気記録媒体の潤滑剤層に含まれる場合には、この化合物が磁気記録媒体の保護膜(一般には炭素膜)に強く吸着することを確保する。水酸基は、この化合物の汎用のアルコール系有機溶剤への溶解性を向上させる役割をする。フルオロエーテルまたはフルオロポリエーテル鎖は、この化合物が磁気記録媒体の潤滑剤層に含まれる場合には、表面に露出して、優れた潤滑特性を磁気記録媒体に付与する。
【0030】
一般式(a)で示される化合物は、アルキル無水コハク酸、アルケニル無水コハク酸または無水コハク酸と、フルオロアルキレンオキサイド基を有するフルオロアルキルジアルコールとをモル比で1:1の割合で混合し、加熱撹拌することによって製造される。ここで、フルオロアルキレンオキサイド基(即ち、オキシフルオロアルキレン基)とは、−O−R−もしくは−R−O−(−R−はフルオロアルキレン基、例えばパーフルオロアルキレン基)を指す。加熱温度は60〜120℃であり、好ましくは80〜100℃である。加熱温度が60℃未満であると多くの未反応物が残る傾向にある。一方、加熱温度が100℃を越えると副生成物が生成される傾向にある。
【0031】
使用できるアルキル無水コハク酸またはアルケニル無水コハク酸としては、メチル無水コハク酸、エチル無水コハク酸、ブチル無水コハク酸、プロピル無水コハク酸、ヘキシル無水コハク酸、ヘプチル無水コハク酸、オクチル無水コハク酸、ノニル無水コハク酸、デシル無水コハク酸、ウンデシル無水コハク酸、ドデシル無水コハク酸、トリデシル無水コハク酸、テトラデシル無水コハク酸、ペンタデシル無水コハク酸、ヘキサデシル無水コハク酸、ヘプタデシル無水コハク酸、オクタデシル無水コハク酸、ノナデシル無水コハク酸、およびイコシル無水コハク酸がある。アルキル基またはアルケニル基を有しない無水コハク酸を使用すると、式(w)で表される基において、RおよびRがともに水素となる。フロロアルキレンオキサイド基を有するフルオロアルキルジアルコールとしては、Fomblin Z dol(商品名;Ausimont社製)等がある。
【0032】
混合加熱攪拌は、好ましくは適当な溶媒の存在下で実施される。溶媒は、例えば、ノルマルヘプタン、ノルマルオクタン、またはヘキサフルオロキシレンである。
【0033】
得られた混合物から、減圧蒸留により溶媒を除去し、残留を有機溶媒で抽出して、目的化合物を分離する。分離した化合物は、赤外分光分析(IR)、ゲルパーミエーションクロマトグラフィ(GPC)および有機質量分析(FD−MS)により同定することができる。赤外分光分析により、本発明の含フッ素化合物が、アルコールの官能基としての−OH、エステル結合、およびカルボキシル基を有するものであることが確認される。
【0034】
アルキル無水コハク酸またはアルケニル無水コハク酸を使用する場合、一般に、生成物は先に説明した▲1▼〜▲4▼の構造の化合物を含む。▲1▼〜▲4▼の構造の化合物は互いに構造異性の関係にある。▲1▼〜▲4▼の構造の化合物を含む混合物は、上述の溶媒抽出の後、例えばカラムクロマトグラフィーにより各化合物に単離できる。▲1▼〜▲4▼の構造の化合物が混合されたものは分離することなく、潤滑剤または界面活性剤として使用することができる。無水コハク酸を使用する場合には、生成物は▲5▼および▲6▼の構造の化合物を含む。▲5▼および▲6▼の構造の化合物もまた、互いに構造異性の関係にある。
【0035】
このようにして得られる本発明の含フッ素化合物は潤滑剤を構成する材料として有用である。そして、本発明の含フッ素化合物を少なくとも1種含んで成る本発明の潤滑剤は、例えば、磁気記録媒体の潤滑剤層を構成するのに適している。以下に、本発明の含フッ素化合物を含む潤滑剤の好ましい形態を説明する。
【0036】
本発明の潤滑剤は、一般式(a)で示される含フッ素化合物から選ばれる少なくとも1種の化合物と、下記一般式(b)で示されるフッ素系モノエステルモノカルボン酸化合物から選ばれる少なくとも1種の化合物を含むものであることが好ましい。この潤滑剤は、これらの特定の化合物に加え、必要に応じて他の既知の潤滑剤および防錆剤等を含んでもよい。
【0037】
一般式(b)で示される化合物は、同一分子内に1個のカルボキシル基と、1個のエステル結合と、1個のアルキル基またはアルケニル基からなる末端基と、1個のフルオロアルキル基、フルオロアルケニル基、フルオロエーテル基またはフルオロポリエーテル基からなる末端基を有する。
【化9】



【0038】
一般式(b)において、Rはアルキル基またはアルケニル基である。Rの炭素数は6〜30であることが好ましく、10〜24であることがより好ましい。炭素数が6未満である場合、または炭素数が30である場合、当該化合物が呈する潤滑性能が低下することがある。
【0039】
一般式(b)において、Rはフルオロアルキル基、フルオロアルケニル基、フルオロエーテル基またはフルオロポリエーテル基である。Rがフルオロアルキル基またはフルオロアルケニル基である場合、その炭素数は1〜12であることが好ましく、6〜10であることがより好ましい。フルオロアルキル基またはフルオロアルケニル基は、パーフルオロアルキル基またはパーフルオロアルケニル基であることが好ましい。
【0040】
がフルオロアルキル基またはフルオロアルケニル基である場合、Rはフッ素化された環式炭化水素基を有していてよい。Rがフッ素化された環式炭化水素基を有するフルオロアルキル基またはフルオロアルケニル基である化合物を含む潤滑剤を用いて磁気記録媒体の潤滑剤層を構成すると、走行耐久性をより向上させることができるとともに、粉つきをより低減させることができる。
【0041】
フッ素化された環式炭化水素基は、一部または全部の水素がフッ素で置換された芳香族炭化水素基、脂環式炭化水素基、および縮合多環式炭化水素基から選択される置換基である。Rは好ましくは脂環式炭化水素基を有し、より好ましくは脂環式飽和炭化水素基(即ち、シクロアルキル基)を有する。フッ素化された環式炭化水素基は、全部の水素がフッ素で置換されていることが好ましい。環式炭化水素基は、フルオロアルキル基またはフルオロアルケニル基の水素またはフッ素と置換する。環式炭化水素基は、フルオロアルキル基またはフルオロアルケニル基のいずれの炭素に結合していてもよく、例えば、側鎖基として結合していてよい。環式炭化水素基は、フルオロアルキル基またはフルオロアルケニル基の末端の炭素に結合していることが好ましい。フッ素化された環式炭化水素基の炭素数は、好ましくは4〜8である。
【0042】
がフルオロエーテル基またはフルオロポリエーテル基である場合、その分子量は約200〜約6000であることが好ましく、約300〜約4000であることがより好ましい。分子量が200未満である場合または6000を超える場合には、磁気記録媒体の潤滑性及び信頼性が低下する場合がある。また、フルオロエーテル基またはフルオロポリエーテル基は、パーフルオロエーテル基またはパーフルオロポリエーテル基であることが好ましい。
【0043】
一般式(b)において、aは0または1である。bは0〜20の整数であり、好ましくは0〜12の整数である。
【0044】
がフルオロエーテル基またはフルオロポリエーテル基である場合、Rは下記一般式(c)、(d)及び(e)のいずれかで示されるものであることが好ましい。
【0045】
一般式(c):
【化10】



において、jは1以上の整数であり、好ましくは1〜8の整数である。
【0046】
一般式(d):
【化11】



において、hおよびiは1以上の整数であり、hおよびiはそれぞれ、1〜30であることが好ましく、1〜8であることがより好ましい。
【0047】
一般式(d)において−(OCF(CF)CF(OCF−で示される部分は、2種のオキシフルオロアルキレン単位が共重合している部分に相当し、hおよびiは共重合体中の各オキシフルオロアルキレン単位の数を示す。オキシフルオロアルキレン単位(OCF(CF)CF)とオキシフルオロアルキレン単位(OCF)とから成る共重合体は、h個の(OCF(CF)CF)のブロックとi個の(OCF)のブロックとから成るブロック共重合体もしくは他のブロック共重合体、ランダム共重合体、または交互共重合体であってよい。したがって、一般式(d)で示される基は、−(OCF(CF)CF(OCF−で示される部分がブロック共重合体、ランダム共重合体および交互共重合体であるものを含む。
【0048】
一般式(e)
【化12】



において、Rはフルオロアルキル基を示し、uは1から6の整数であり、vは1から30の整数である。Rは、好ましくはパーフルオロアルキル基である。Rの炭素数は好ましくは1〜30であり、より好ましくは1〜8である。vは、より好ましくは1〜8の整数である。
【0049】
一般式(c)、(d)および(e)におけるj、hおよびiならびにuおよびvが上記の範囲外である場合、磁気記録媒体の潤滑性および保存信頼性が低下することがある。
【0050】
一般式(b)で示される化合物は、例えば特許文献4に記載されている合成法で合成できる。
【0051】
本発明の潤滑剤において、一般式(a)で示される化合物と、一般式(b)で示される化合物との混合比は、好ましくは重量比で1:9〜9:1の範囲内にあり、より好ましくは2:8〜8:2の範囲内にあり、さらに好ましくは3:7〜7:3の範囲内にある。
【0052】
本発明の潤滑剤が、一般式(a)で示される化合物と、一般式(b)で示される化合物とを含む場合、本発明の潤滑剤は、それらの化合物のみで構成されててよい。あるいは、潤滑剤は、これらの化合物以外に他の潤滑剤、防錆剤および極圧剤等が適宜含まれて成る組成物であってもよい。その場合、潤滑剤組成物において、一般式(a)で示される化合物と一般式(b)で示される化合物とを合わせた割合は、組成物の全量に対して30重量%以上であることが好ましく、50重量%以上であることがより好ましい。一般式(a)で示される化合物と一般式(b)で示される化合物とを合わせた割合が30重量%未満であると、例えばこの組成物で磁気記録媒体の潤滑剤層を形成した場合、良好な潤滑特性を磁気記録媒体に付与することができない場合がある。
【0053】
本発明の磁気記録媒体は、非磁性支持体の上に磁性層として形成された強磁性金属薄膜、磁性層の上に形成された保護膜および保護膜の上に形成された潤滑剤層を有する磁気記録媒体であって、潤滑剤層が本発明の潤滑剤を含むものである。潤滑剤層中に含まれる本発明の潤滑剤の量は、潤滑剤層の表面1m当たり0.05〜100mgであることが好ましく、0.1〜50mgであることがより好ましい。潤滑剤層にこのような少量の潤滑剤を均一に存在させるために、本発明の磁気記録媒体の潤滑剤層は次の方法で形成することが望ましい。
【0054】
潤滑剤層は、常套の材料および手段を用いて非磁性支持体の上に強磁性金属薄膜および保護膜をこの順に形成した後、保護膜上に形成する。潤滑剤層の形成工程は、炭化水素系溶媒とアルコール系溶媒との混合溶媒に本発明の潤滑剤を溶解して調製した塗布液を保護膜上に塗布する工程、ならびに塗布した塗布液を乾燥して混合溶媒を蒸発させる工程を含む。最終的に混合溶媒が蒸発することにより、保護膜上には溶媒に溶解した潤滑剤が残って潤滑剤層を形成する。従って、塗布液を厚く塗布しても、溶媒が蒸発することにより、保護膜上には均一で非常に薄い潤滑剤層、すなわち少量の潤滑剤が保護膜を均一に被覆した潤滑剤層が形成される。
【0055】
本発明で使用できる炭化水素系溶媒は、例えば、トルエン、ヘキサン、へプタン、オクタン、ノナン、キシレンおよびケトン等である。本発明で使用できるアルコール系溶媒は、例えば、メチルアルコール、エチルアルコール、プロピルアルコール、イソプロピルアルコールおよびブチルアルコール等の低級アルコールである。混合有機溶媒は、具体的には、トルエンとイソプロピルアルコールの混合溶媒、ヘキサンとイソプロピルアルコールの混合溶媒、またはヘプタンとイソプロピルアルコールの混合溶媒であることが好ましい。アルコール系溶媒の割合が大きすぎると塗布ムラが生じやすく、一方、炭化水素系溶媒の割合が大きすぎるとコスト面で不利であるため、両者は、混合割合が重量比で1:9〜9:1の範囲、好ましくは3:7〜7:3の範囲となるように混合して使用することが好ましい。
【0056】
塗布液の濃度および塗布厚は、溶媒が蒸発した後に保護膜上に形成される潤滑剤層が所望の厚さになるように塗布する。一般には、潤滑剤の濃度が100〜10000ppmである塗布液を、10〜100μmの厚さとなるように塗布することが好ましい。
【0057】
上記混合溶媒を用いて潤滑剤層を形成する方法としては、バーコーティング法、グラビアコーティング法、リバースロールコーティング法、ダイコーティング法、ディップコーティング法およびスピンコーティング法等の湿式塗布法ならびに有機蒸着法があり、いずれの方法を採用してもよい。
【0058】
塗布液を塗布した後、乾燥処理して有機溶媒を蒸発させると、保護膜上に潤滑剤層が形成される。乾燥処理は、加熱あるいは自然乾燥によって実施することができる。そして、最終的に得られる潤滑剤層の厚さは3〜5nm程度とすることが好ましい。ただし、潤滑剤の組成に応じて潤滑剤層の厚さの最適範囲が存在するため、潤滑剤層の厚さは必ずしもこの範囲に限定されるものではない。
【0059】
このように、所定の混合有機溶媒を用いることにより、塗布ムラのない均一な厚さの潤滑剤層が得られ、しかも溶媒が最終的に蒸発した後には数nmという非常に薄い潤滑剤層を形成することができる。その結果、優れた潤滑性能を有する実用信頼性の高い磁気記録媒体が得られる。
【0060】
先に述べたとおり、本発明の磁気記録媒体は、潤滑剤層以外の層に関しては、常套の材料および手段を採用して形成することができる。
【0061】
例えば、非磁性支持体は、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、芳香族ポリアミド、もしくは芳香族ポリイミドからなるフィルム;ポリ塩化ビニルもしくはポリ塩化ビニリデン等のビニル系樹脂からなるフィルム;ポリカーボネート、ガラス、セラミック、アルミニウムもしくは銅等の金属、アルミニウム合金もしくはチタン合金等の軽金属、または単結晶シリコン等から成る基板;あるいは紙であってよい。非磁性支持体としてアルミニウム合金から成る基板またはガラス基板等の剛性の大きい基板を使用する場合には、アルマイト処理等により基板表面に酸化被膜やNi−P被膜等を形成してその表面を硬くしてもよい。
【0062】
非磁性支持体の強磁性金属薄膜が形成される表面(即ち、磁性層と接する側の面)には、実用信頼性と良好なRF出力値とを両立するために、直径20〜700nm、高さ5〜70nmの突起形成処理が施されていることが望ましい。突起は、具体的には、例えば、SiOまたはZnO等の無機物質から成る超微粒子、あるいはイミド等の有機物質から成る超微粒子を非磁性支持体の表面に分散し固着させることにより形成される。あるいは、突起はそのような微粒子を含む高分子材料をフィルムに成形することにより形成される。
【0063】
本発明の磁気記録媒体において、磁性層は強磁性金属薄膜である。磁性層に適した強磁性金属としては、Fe系金属、Co系金属、およびNi系金属がある。本発明においてはCo系金属で磁性層を形成することが特に好ましい。ここで、「Co系金属」とは、コバルト、およびコバルトを主成分として好ましくは50原子%以上含む合金をいう。「Fe系金属」および「Ni系金属」も同様である。
【0064】
強磁性金属薄膜は、具体的には、Fe、CoおよびNi、ならびにCo−Ni、Co−Fe、Co−Cr、Co−Cu、Co−Pt、Co−Pd、Co−Sn、Co−Au、Fe−Cr、Fe−Co−Ni、Fe−Cu、Ni−Cr、Fe−Co−Cr、Co−Ni−Cr、Co−Pt−CrおよびFe−Co−Ni−Cr等の合金から選択される1または複数の材料で形成される。強磁性金属薄膜は酸素を含んでいてよく、酸素はこれらの金属または合金の酸化物の形態で含まれていてよい。強磁性金属薄膜は、単層膜の形態であってもよく、あるいは多層膜の形態であってもよい。
【0065】
強磁性金属薄膜はイオンプレーティング法、スパッタリング法または電子ビーム蒸着法等で形成することができる。強磁性金属薄膜を酸素雰囲気下で形成すれば、強磁性金属薄膜に酸素が含まれることとなる。強磁性金属薄膜の厚さは一般に30nm〜300nmである。
【0066】
保護膜は、好ましくは炭素膜である。炭素膜は、ビッカース硬度が約2.45×10N/mm(約2500kg/mm)と高く、磁気記録媒体のダメージを潤滑剤層と共に防止する。実用信頼性と出力とのバランスを考慮すれば、その厚さは1〜20nmであることが好ましい。
【0067】
炭素膜は、炭化水素ガスのみ、または炭化水素ガスと不活性ガスとの混合ガスを用いたプラズマCVD法により形成されるグラファイト状カーボンもしくはダイヤモンドライクカーボンであることが好ましい。ダイヤモンドライクカーボンは適度な硬度を有し、磁気ヘッドを損傷することなく磁気記録媒体の損傷を抑制し得ることから、最も好ましい材料である。
【0068】
炭素膜は、具体的には、真空容器中に炭化水素ガスまたは炭化水素ガスとアルゴン等の不活性ガスの混合ガスを導入し、容器内の圧力を0.13〜130Paに保った状態で真空容器内部で放電を発生させ、炭化水素ガスのプラズマを発生させることにより、強磁性金属薄膜上に形成する。放電形式は外部電極方式および内部電極方式のいずれでもよく、放電周波数は実験的に決めることができる。また、非磁性支持体側に配置される電極に0kVから−3kVの電圧を印加することによって、炭素膜の硬度を増大させることができ、また、炭素膜と強磁性金属薄膜との密着性を向上させることができる。炭化水素ガスとしては、メタン、エタン、プロパン、ブタン、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタンまたはベンゼン等を用いることができる。
【0069】
なお、硬質の炭素膜を形成するためには、放電エネルギーを大きくすることが望ましく、併せて非磁性支持体の温度を高温に維持することが望ましい。例えば、放電エネルギーは、交流電流、例えば高周波電流と直流電流を重畳して実効値を600V以上にすることが望ましい。
【0070】
本発明においては、炭素膜の表層部に含窒素プラズマ重合膜を形成し、潤滑剤層が炭素膜の含窒素プラズマ重合膜上に形成されていることが好ましい。含窒素プラズマ重合により炭素膜の表層部にアミノ基が存在することとなり、その結果、潤滑剤層と炭素膜との間の付着強度がより大きくなり、磁気記録媒体の耐久性がより向上することとなる。そして、潤滑剤層に特定の含フッ素化合物等を含有させることと相俟って、電磁変換特性が損なわれることなく優れた潤滑性能を有し、走行耐久性、スチル耐久性および耐蝕性が向上し、かつ粉つきの少ない実用信頼性の高い磁気記録媒体が得られる。
【0071】
含窒素プラズマ重合膜は、真空容器中にプロピルアミン、ブチルアミン、エチレンジアミン、プロピレンジアミンもしくはテトラメチレンジアミン等のアミン化合物をガス化して導入し、容器内の圧力を0.13〜130Paに保った状態で、真空容器内部に高周波放電を生じさせて形成する。含窒素プラズマ重合膜を形成することにより上記特定の含フッ素化合物を含む潤滑剤の化学吸着力が向上し、その結果、潤滑剤層と炭素膜との間の付着強度が向上する。含窒素プラズマ重合膜の膜厚は3nm未満が適当であり、これよりも含窒素プラズマ重合膜が厚い場合には炭素膜の保護効果が低下する。なお、炭素膜の表層部に含窒素プラズマ重合膜を形成する方法は、米国特許第5540957号および第5637393号に開示されており、この引用によりこれらの特許に開示された内容は本明細書の一部を構成する。
【0072】
本発明の磁気記録媒体は、非磁性支持体の磁性層が形成された面とは反対の面にバックコート層を有してよい。バックコート層は、ポリウレタン、ニトロセルロース、ポリエステル、カーボンおよび炭酸カルシウム等から選ばれる1つもしくは複数の材料により形成される層であってよく、あるいは、金属、金属酸化物または合金から成る薄膜であってよい。バックコート層の厚さは約50〜500nmとすることが好ましい。
【0073】
【実施例】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0074】
(実施例1)
<化合物(a1)の合成>
下記の化学式(a1)で示される化合物を合成した。
【化13】



化学式(a1)で示される化合物は、一般式(a)において、Xが式(w)で示される基であり、Yが−OHであり、m=2、n=1、p=3、q=4、r=1である。さらに、式(w)で示される基において、Rは水素であり、Rは炭素数8のオクチル基である。
【0075】
化学式(a1)で示される化合物の製造方法を説明する。出発原料は化学式(f1)で示されるオクチル無水コハク酸21.2g(0.10モル)と化学式(g1)で示されるFomblin Z dol(商品名;Ausimont社製)79.0g(0.10モル)である。
【0076】
【化14】



【0077】
【化15】



【0078】
上記の原料とノルマルオクタン500mlとを撹拌翼を備えた1リットルのフラスコに投入し、80℃にて24時間攪拌して反応させた。反応終了後、ノルマルオクタンを留去し、反応混合物をアセトンに溶解し、−10℃に冷却して未反応のオクチル無水コハク酸を除去した。さらに、反応混合物をメタノールに溶解して同様の処理を実施し、未反応のFomblin Z dolを除去して透明液体99gを得た。この透明液体はIR、GPCおよびFD−MSにより、出発原料および副生成物を含まない化学式(a1)で示される化合物であることが確認された。この化合物の赤外スペクトルを図1に示すとともに、IR吸収スペクトル、ならびにGPCおよびFD−MSから判った事項を以下にまとめる。
【0079】
IR;酸無水物の1,775cm−1の吸収ピーク消滅、カルボン酸の1,705cm、エステルの1,760cm−1の吸収ピーク、およびアルコールの3,330cmの吸収ピーク出現。
GPC;Fomblin Z dol、オクチル無水コハク酸検出されず。
FD−MS;m/e 1,002に主ピーク有り。
【0080】
上記においては、化学式(a1)のみを得られた生成物として示しているが、上記の方法で製造した生成物は、それに加えて、下記化学式(a1’)で示される化合物、下記化学式(a1”)で示される化合物、および下記化学式(a1’’’)で示される化合物を含む混合物として得られる。化学式(a1’)で示される化合物は、Xが式(w)で示される基であって、Rがオクチル基であり、Rが水素であり、Yが−OHである。化学式(a1”)で示される化合物は、Xが−OHであり、Yが式(w)で示される基であって、Rが水素であり、Rがオクチル基である。化学式(a1’’’)で示される化合物は、Xが−OHであり、Yが式(w)で示される基であって、Rがオクチル基であり、Rが水素である。上記IR、GPCおよびMSは化学式(a1)で示される化合物を単離して測定したものである。
【0081】
【化16】



【0082】
【化17】



【0083】
【化18】



【0084】
化学式(a1’)、(a1”)および(a’’’)で示される化合物もまた、化学式(a1)で示される化合物と同じ性質を有し、潤滑剤として有用である。化学式(a1)、(a1’)、(a1”)および(a’’’)で示される化合物は、互いに構造異性の関係にある。これらの化合物は上記の製造方法に従って製造した場合に、生成物中に含まれる。これらの化合物は、それぞれ単離して潤滑剤として使用してよい。あるいは、化学式(a1)、(a1’)、(a1”)および(a’’’)で示される化合物を分離することなく、生成物(即ち構造異性体を含む混合物)をそのまま潤滑剤として使用してよい。
【0085】
<化合物(a2)〜(a5)の合成>
オクチル無水コハク酸に代えて、化学式(f2)、(f3)および(f4)で示される化合物をそれぞれ用い、化学式(a1)で示される化合物の製造方法と同じ方法で、化学式(a2)、(a3)および(a4)で示される化合物を製造した。下記の化学式(a2)〜(a4)で示される化合物は、実際の合成においては構造異性体とともに得られる。
【0086】
【化19】



【0087】
【化20】



【0088】
【化21】



【0089】
【化22】



【0090】
【化23】



【0091】
【化24】



【0092】
実施例2〜6において、本発明の磁気記録媒体の実施例を説明する。
【0093】
(実施例2)
非磁性支持体として、表面に粒状突起を有するポリエステルフィルムを用意した。具体的には、▲1▼シリカ微粒子を含む高分子材料をフィルムに成形することにより形成された勾配のゆるやかな突起(平均高さ7nm、直径1μm)を100μm当たり数個有し、かつ▲2▼直径15nmのシリカコロイド粒子が紫外線硬化エポキシ樹脂でポリエステルフィルム表面に固着されて形成された急峻な突起を1mm当り1×10個有するポリエステルフィルムを使用した。本実施例で使用したポリエステルフィルムは、重合触媒の残さに由来する微粒子によってフィルム表面に形成される比較的大きな突起の数が極めて少ないものであった。
【0094】
ポリエステルフィルムの粒状突起が形成された面に、連続真空斜め蒸着法によりCoから成る強磁性金属薄膜(膜厚100nm)を微量の酸素の存在下で形成した。強磁性金属薄膜中の酸素含有量は原子分率で5%であった。
【0095】
次に、強磁性金属薄膜の上に、プラズマCVD法によってダイヤモンドライクカーボンから成る厚さ5nmの保護膜を形成した。保護膜は、真空容器中にヘキサンガスとアルゴンガスとを4:1の比(圧力比)で混合したガスを導入し、トータルガス圧を39Paに保ちながら、周波数20kHz、電圧1500Vの交流と1000Vの直流を重畳し、これを放電管内の電極に印加することにより形成した。さらに、炭素膜上にプロピルアミンガスを導入し、6.5Paの圧力を保った状態で10kHzの高周波プラズマ処理を行い、炭素膜の表層部に厚さ2.5nmの含窒素プラズマ重合膜を形成した。
【0096】
続いて、上記化学式(a1)で示される含フッ素化合物を、イソプロピルアルコールとトルエンとの混合有機溶媒(重量比1:1)に溶解して塗布液を調製した。調製した塗布液をリバースロールコータを用いて保護膜上に湿式塗布法で塗布した後、乾燥処理して溶媒を蒸発させた。最終的に保護膜上には、潤滑剤を表面1mあたり7mg含有する潤滑剤層が形成された。
【0097】
次いで、非磁性支持体の磁性層が形成された面とは反対側の面(即ち、裏面)に、ポリウレタン、ニトロセルロースおよびカーボンブラックより構成された固形分30%のメチルエチルケトン/トルエン/シクロヘキサノン溶液をリバースロールコータにより塗布して、乾燥後の厚さが約500nmのバックコート層を形成した。その後、これを所定幅に裁断して磁気テープを作製した。
【0098】
(実施例3)
上記化学式(a1)で示される含フッ素化合物と、下記化学式(b1)で示されるフッ素系モノエステルモノカルボン酸化合物とを1:1(重量比)の割合で混合して潤滑剤を調製して、実施例2と同様の方法で磁気テープを作製した。
【0099】
【化25】



【0100】
(実施例4)
上記化学式(a1)で示される含フッ素化合物と、上記化学式(b1)で示されるフッ素系モノエステルモノカルボン酸化合物とを7:3(重量比)の割合で混合して潤滑剤を調製して、実施例2と同様の方法で磁気テープを作製した。
【0101】
(実施例5)
化学式(a5)で示される含フッ素化合物と、下記化学式(b2)で示されるフッ素系モノエステルモノカルボン酸化合物とを4:6(重量比)の割合で混合して潤滑剤を調製して、実施例2と同様の方法で磁気テープを作製した。化学式(a5)で示される化合物は、オクタデシル無水コハク酸とHO−CHCF(OC(OCFOCFCH−OHで示されるジアルコールを用いて、化学式(a1)と同様にして合成したものである。
【0102】
【化26】



【0103】
【化27】



【0104】
(実施例6)
化学式(a2’)で示される含フッ素化合物と、化学式(b2)で示されるフッ素系モノエステルモノカルボン酸化合物とを1:1(重量比)の割合で混合して潤滑剤を調製して、実施例2と同様の方法で磁気テープを作製した。化学式(a2’)で示される含フッ素化合物は、上記化学式(a2)で示される化合物の構造異性体であり、化学式(a2)で示される化合物の合成により得られた構造異性体の混合物から、単離して得たものである。
【0105】
【化28】



【0106】
(実施例7)
上記化学式(a6)で示される含フッ素化合物と、下記化学式(b3)で示されるフッ素系モノエステルモノカルボン酸化合物とを1:1(重量比)の割合で混合して潤滑剤を調製して、実施例2と同様の方法で磁気テープを作製した。
【0107】
【化29】



【0108】
(比較例1)
化学式(b1)で示されるフッ素系モノエステルモノカルボン酸のみを潤滑剤として使用して、実施例2と同様の方法で磁気テープを作製した。
【0109】
(比較例2)
公知の潤滑剤である化学式(x1)で示される化合物を使用して、実施例2と同様の方法で磁気テープを作製した。
【0110】
【化30】



【0111】
(比較例3)
公知の潤滑剤である化学式(x2)で示される化合物を使用して、実施例2と同様の方法で磁気テープを作製した。
【0112】
【化31】



【0113】
(比較例4)
公知の潤滑剤である化学式(x3)で示される化合物を使用して、実施例2と同様の方法で磁気テープを作製した。
【0114】
【化32】



【0115】
実施例2〜7および比較例1〜4で得られた磁気テープ試料について、それぞれ下記の評価を行った。
【0116】
(I)走行性試験
各試料を、巻き付け角90°でステンレスのガイドピンに巻き付け、テンション0.2Nの条件で試料を18mm/秒の速度で巻き出し、同じ速度で巻き取り、巻き取り側においてテンションを測定した。巻き取り側のテンションと巻き出し側のテンションとの比からオイラーの式より動摩擦係数を計算して求めた。摩擦係数は巻き出し、巻取りをセットで1パスとし100パス目および1000パス目における摩擦係数を計算した。走行性試験は、23℃、60%RHの環境下で実施した。
【0117】
(II)スチル寿命試験
スチル寿命は、スチル寿命測定用に改造した市販デジタルVTR(松下電器産業(株)製、商品名NV−DJ1)を用い、3℃、5%RHの環境下で測定した。スチル寿命は初期から出力が6dB低下するまでの時間(分)で示す。
【0118】
(III)耐久性試験
耐久性は、ヘッド目詰まりおよび粉つきで評価した。RF(高周波)出力測定用に改造した市販デジタルVTR(松下電器産業(株)製、NV−DJ1)を用い、各試料を23℃、60%RHの環境下で100パス、133時間繰り返し再生を行い、再生中のRF出力からヘッド目詰まりを測定した。この繰り返し再生中、RF出力が6dB以上低下したときにヘッド目詰まりが発生したものとし、そのような低下が測定された時間を合計した時間をヘッド目詰まりとした。また、繰り返し再生後の磁気ヘッドを光学顕微鏡を用いて観察し、磁気ヘッドに付着している粉つきを観察した。粉つきは5段階で評価し、粉つきがほとんど見られないレベルを5、粉つきがヘッド面積に対し30%以下であり出力に影響しないレベルを4、粉つきがヘッド面積に対し50%以下であり出力に影響しないレベルを3、粉つきがヘッド面積に対し50%以下であり出力に影響するレベルを2、粉つきがヘッド面積に対し50%以上であるレベルを1とした。
【0119】
(IV)高温高湿保存性試験
高温高湿下での保存性を評価するために、次の手順で試験を実施した。作成した各試料を、50℃、80%RHの環境下で10日間放置(即ち、保存)した。保存後の表面状態を光学顕微鏡で観察することにより、各試料の錆の発生状態を調べた。錆の発生が多いほど、耐蝕性に劣り、高温高湿下での保存特性が劣ると評価される。錆の発生度合いは、4段階で評価し、錆が発生せず表面状態が非常に良いものを「Very good」、錆の発生が殆ど認められず表面状態が良好なものを「Good」、錆が発生したものを「Bad」、錆の発生が極めて多かったものを「Very bad」とした。
各試験の評価結果を表1に示す。
【0120】
【表1】



【0121】
表1から明らかなように、本発明の含フッ素化合物を含む潤滑剤で磁気記録媒体の潤滑剤層を構成した実施例2〜7の試料は、高温高湿下における保存特性に優れ、また、摩擦係数およびスチル寿命等の他の性能も、比較例1〜4の試料と比較して良好であった。また、本発明の含フッ素化合物と特定のフッ素系モノエステルモノカルボン酸を使用した実施例3〜7の試料はいずれも、常温常湿や低温低湿等の環境下において、摩擦係数がより小さく、スチル寿命がより長く、ヘッド目詰まり時間がより短く、ヘッド粉つきもより少なかった。この結果より、本発明の含フッ素化合物と一般式(b)で示されるフッ素系モノエステルモノカルボン酸との組合せによって、より優れた潤滑特性が得られることが判る。
【0122】
【発明の効果】
本発明の含フッ素化合物は、優れた潤滑性能を示し潤滑剤として有用である。したがって、本発明の潤滑剤は、様々な機械、装置もしくは部品の潤滑剤として有用なものであり、特に磁気記録媒体用の潤滑剤として有用である。本発明の化合物はまた、界面活性剤としても有用なものである。
【0123】
本発明の含フッ素化合物はまた、特定のフッ素系モノエステルモノカルボン酸と組み合わされることによって、より優れた潤滑特性を発揮する潤滑剤を構成し得る。そのような潤滑剤を、非磁性支持体上に強磁性金属薄膜、保護膜および潤滑剤層がこの順に設けられて成る磁気記録媒体の潤滑剤層に用いることで、様々な使用条件下において優れた潤滑性を維持し、長時間使用された場合でも潤滑剤による潤滑効果が持続され、且つ粉つきが少ない磁気記録媒体、即ち優れた走行性および耐久性を示す磁気記録媒体が得られる。また、本発明の化合物を含む潤滑剤を使用すれば、耐蝕性に優れた磁気記録媒体が得られる。これらの特性を有する本発明の磁気記録媒体は、特にデジタルビデオテープレコーダやHDDで用いるのに適している。
【図面の簡単な説明】
【図1】実施例1で合成した化学式(a1)で示される含フッ素化合物の赤外分光分析の結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(a)で示される含フッ素化合物。
【化1】



(式中、XおよびYは、それぞれ−OHまたは式(w)で表される基であり、Xが−OHのときYは式(w)で表される基であり、Xが式(w)で表される基であるときXは−OHであり、mは1〜6の整数であり、nは1〜5の整数であり、p、qは0〜30の整数であり、rは1〜12の整数である。
【化2】



(式中、RおよびRはそれぞれ、水素、脂肪族アルキル基または脂肪族アルケニル基を示し、RおよびRのうち少なくとも一方が水素である。))
【請求項2】
請求項1に記載の含フッ素化合物を少なくとも1種含んで成る潤滑剤。
【請求項3】
前記一般式(a)で示される含フッ素化合物から選ばれる少なくとも1種の化合物、および下記一般式(b)で示されるフッ素系モノエステルモノカルボン酸化合物から選ばれる少なくとも1種の化合物を含む潤滑剤。
【化3】



(式中、Rは脂肪族アルキル基または脂肪族アルケニル基を示し、Rはフルオロアルキル基、フルオロアルケニル基、フルオロエーテル基またはフルオロポリエーテル基を示し、aは0または1であり、bは1〜20の整数である。)
【請求項4】
一般式(b)で示される化合物として、Rがフッ素化された環式炭化水素基を有するフルオロアルキル基またはフルオロアルケニル基である化合物を少なくとも1種含む、請求項3に記載の潤滑剤。
【請求項5】
上記一般式(a)で示される含フッ素化合物と上記一般式(b)で示されるフッ素系モノエステルモノカルボン酸化合物との混合割合が重量比で1:9〜9:1の範囲内にあることを特徴とする請求項3または請求項4に記載の潤滑剤。
【請求項6】
請求項2〜5のいずれか1項に記載の潤滑剤を含む磁気記録媒体用の潤滑剤。
【請求項7】
非磁性支持体の上に磁性層として形成された強磁性金属薄膜、磁性層の上に形成された保護膜および保護膜の上に形成された潤滑剤層を有する磁気記録媒体であって、潤滑剤層が請求項2〜6のいずれか1項に記載の潤滑剤を少なくとも1種含む磁気記録媒体。
【請求項8】
保護膜がダイヤモンドライクカーボンである請求項7に記載の磁気記録媒体。
【請求項9】
保護膜が表層部に含窒素プラズマ重合膜を有する炭素膜であり、潤滑剤層が炭素膜の含窒素プラズマ重合膜上に形成されている請求項7または請求項8に記載の磁気記録媒体。
【請求項10】
請求項7〜9のいずれか1項に記載の磁気記録媒体の製造方法であって、保護膜の上に潤滑剤層を形成する工程が、炭化水素系溶媒とアルコール系溶媒との混合有機溶媒に潤滑剤を溶解して調製した塗布液を保護膜の上に塗布する工程を含むことを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
【請求項11】
炭化水素系溶媒とアルコール系溶媒との混合割合が重量比で1:9〜9:1の範囲内にあることを特徴とする請求項10に記載の磁気記録媒体の製造方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2004−307349(P2004−307349A)
【公開日】平成16年11月4日(2004.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2003−98973(P2003−98973)
【出願日】平成15年4月2日(2003.4.2)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】