説明

含フッ素化合物からなるラジカル反応用溶剤

【課題】 従来のラジカル反応用溶剤として用いられてきた四塩化炭素のラジカル反応用代替溶剤を提供する。
【解決手段】 下記一般式(1)
2m+2−n(1)
(上記式中、m=3〜10の整数、n=1〜2m+1の整数を示す)
で表わされる鎖状含フッ素炭化水素、あるいは、下記一般式(2)
2p−q(2)
(上記一般式(2)中、p=3〜10の整数、q=1〜2p−1の整数を示す)
で表わされる環状含フッ素炭化水素を各種ラジカル反応用の溶剤として使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種ラジカル反応に有用な含フッ素化合物からなるラジカル反応用溶剤に関する。ラジカル反応は、工業的に有用な反応で、各種有機化合物の合成やポリマーの合成に使用されている。
【背景技術】
【0002】
従来のラジカル反応に用いる溶剤としては、ラジカル種の違いにより様々な溶剤が用いられることが知られているが、ハロゲン化反応については、無溶剤で行う方法か四塩化炭素を用いる方法しか知られていない(非特許文献1〜5)。また、近年の検討で四塩化炭素以外の溶剤を用いる方法も提案されている(特許文献1,2)。
【0003】
一方、含フッ素化合物の反応溶剤としての用途としては、イオン反応に用いられる例が知られている(特許文献3,4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平5−239115号公報。
【特許文献2】特開平7−316132号公報。
【特許文献3】特開2006−36735号公報。
【特許文献4】特開2007−8848号公報。
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Greenwood,F.L.;Kellert,M.D.;Sedlak,J.Org.Synth.,Coll.Vol.4,p.108(1963);Vol.38.,p.8(1958)。
【非特許文献2】V.Calo,L.Lopez,and R.G.Pesce, J.Chem.Soc.,Perkin Trans.1,1977,501。
【非特許文献3】M.F.Cheung,Tetrahedron Lett.,1979,3809。
【非特許文献4】E.W.Warnhoff,D.G.Martin,and W. S.Johnson,Org.Synth.,37,8(1957)。
【非特許文献5】H.Becker,et.al.,“Organikum”,VEB Deutscher Verlag der Wissenschaften (1973),p.188。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来法の無溶剤で行う方法は、基質が限定され、所定の反応温度で溶融し、反応を阻害しないものにのみ限られる。一方、ラジカル反応に汎用的に多用される四塩化炭素は、近年の環境問題により規制され、工業的使用は全面禁止となっている。
【0007】
一方、従来の四塩化炭素を代替し、他の溶剤で実施する方法は、汎用的ではなく様々な反応で利用可能な方法とはなっていない。
【0008】
さらに、含フッ素化合物がイオン反応以外のラジカル反応に使用可能であることも知られていない。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決する方法について鋭意検討した結果、100℃以下の融点を有する含フッ素炭化水素が各種ラジカル反応の反応溶剤として使用可能であることを見出し、さらにある種の含フッ素炭化水素が四塩化炭素を用いた場合に比較し、基質の反応速度が高いということを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、
[項1] 下記一般式(1)
2m+2−n(1)
(上記式中、m=3〜10の整数、n=1〜2m+1の整数を示す)
で表わされる鎖状含フッ素炭化水素、あるいは、下記一般式(2)
2p−q(2)
(上記一般式(2)中、p=3〜10の整数、q=1〜2p−1の整数を示す)
で表わされる環状含フッ素炭化水素からなるラジカル反応用溶剤。
【0011】
[項2] 一般式(1)で表されるに鎖状含フッ素炭化水素おいて、m=4〜8、n=5〜2m+1であることを特徴とする項1に記載のラジカル反応用溶剤。
【0012】
[項3] 一般式(2)で表される環状含フッ素炭化水素において、p=4〜8、q=5〜2q−1であることを特徴とする項1に記載のラジカル反応用溶剤。
【0013】
[項4] ラジカル反応用溶剤が光ラジカル反応用溶剤であることを特徴とする項1乃至項3のいずれか1項に記載のラジカル反応用溶剤。
【0014】
[項5] ラジカル反応用溶剤が光ハロゲン化反応用溶剤であることを特徴とする項1乃至項3のいずれか1項に記載のラジカル反応用溶剤。
を提供するものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、含フッ素炭化水素系溶剤がラジカル反応に汎用的に利用可能であることを提案することができた。さらにある種の含フッ素炭化水素系溶剤は基質の種類にもよるが、従来の溶剤の四塩化炭素を用いた場合に比較し、反応速度を向上させ、工業的により効率的なラジカル反応を実施することが可能となった。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0017】
本発明の含フッ素炭化水素としては、前記一般式(1)または一般式(2)で表されるもので、大気圧または加圧条件下、0℃〜100℃の温度範囲で液体の状態で存在するものの全てを示す。
【0018】
一般式(1)で表される鎖状含フッ素炭化水素としては、C2m+2−nで表され、mが3〜10の整数、nが1〜2m+1の整数を示すものであれば特に制限されないが、具体的には例えば、1,2,3−トリフルオロプロパン(C)、1,1,1,3−テトラフルオロプロパン(C)、1,2,2,3−テトラフルオロプロパン(C)、1,1,2,2,3−ペンタフルオロプロパン(C)、1,1,1,3,3−ペンタフルオロブタン(C)(HFC−365mfc)、1,1,1,2,3,3−ヘキサフルオロブタン(C)、1,1,1,4,4,4−ヘキサフルオロブタン(C)、1,1,1,2,2,3,3,4−オクタフルオロブタン(C)、1,1,1,2,3,4,4,4−オクタフルオロブタン(C)、1,1,1,2,3,4,4,5,5,5−デカフルオロペンタン(C10)(HFC−43−10mee)、1H−パーフルオロペンタン(CHF11)、1H,6H−ドデカフルオロヘキサン(C12)、1H−パーフルオロヘキサン(CHF13)、1H−パーフルオロヘプタン(CHF15)、1H,2H−パーフルオロオクタン(C16)、1H,1H,2H−パーフルオロオクタン(C15)等があげられる。
【0019】
本発明の一般式(2)で表される環状含フッ素炭化水素としては、C2p−qで表され、pが3〜10の整数、qが1〜2p−1の整数を示すものであれば特に制限はないが、具体的には例えば、1,1,2,2,3,3,4−ヘプタフルオロシクロペンタン(C)、2H,3H−パーフルオロデカリン(C1016)等が挙げられる。
【0020】
本発明の含フッ素炭化水素が溶剤として適用可能なラジカル反応としては、具体的には例えば、芳香族化合物のベンジル位の酸化反応、還元反応並びにハロゲン化反応、アリル位の酸化反応、還元反応、ハロゲン化反応等があげられ、具体的に適用可能な化合物の製造としては、ベンジルクロリド誘導体、ベンジルブロミド誘導体、アリル位に塩素原子または臭素原子を有する不飽和炭化水素、2−クロロピリジン誘導体、2,6−ジクロロピリジン誘導体等があげられる。
【0021】
本発明の含フッ素炭化水素が溶剤として適用可能な光ラジカル反応としては、具体的には例えば、ベンジルハライド誘導体を原料としたベンジルラジカルの二量化反応、ブロモマロノニトリルを原料としたマロノニトリルラジカルのオレフィン類への付加反応、トルエン誘導体のメチル基の水素をハロゲンで置換し、ハロベンジル誘導体を得る反応等があげられ、特にトルエン誘導体のメチル基の水素をハロゲンで置換し、ハロベンジル誘導体を得る光ハロゲン化反応等については、本発明はより有効である。
【0022】
本発明の含フッ素炭化水素をラジカル反応に使用する際の使用量は、含フッ素炭化水素の種類、基質の種類、用いる反応試剤及び反応温度により異なるが、基質及び反応試剤を溶解可能な量以上を使用することが好ましい。
【実施例】
【0023】
以下実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0024】
実施例1
1,1,1,3,3−ペンタフルオロブタンを溶剤として用いた光臭素化による1−ブロモ−1−フェニル−2−ブタノンの製造
【0025】
【化1】

【0026】
攪拌子を備えた光反応装置(反応容器1.4L、100W高圧水銀灯)に、窒素雰囲気下、1,1,1,3,3−ペンタフルオロブタン(200ml)と1−フェニル−2−ブタノン(3.0g、20mmol)及び臭素(3.2g、30mmol、1.5eq.)と1,2−エポキシシクロヘキサン(2.35g、24mmol、1.2eq.)を溶解させ、20℃で12時間光照射を行った。反応終了後、水を添加、亜硫酸ナトリウム(NaSO)で余剰の臭素を還元、硫酸ナトリウム(NaSO)で乾燥、ろ過し、1,1,1,3,3−ペンタフルオロブタンを減圧除去し粗製物を得た。粗製物のH−NMR測定より1−ブロモ−1−フェニル−2−ブタノン生成率は98%であった。また、F−NMR測定で反応溶剤である1,1,1,3,3−ペンタフルオロブタンの変質は認められなかった。
【0027】
比較例1 四塩化炭素を溶剤として用いた光臭素化による1−ブロモ−1−フェニル−2−ブタノンの製造
実施例1で用いた同じ反応装置を用い、1,1,1,3,3−ペンタフルオロブタンに替えて、四塩化炭素を用いた以外、実施例1と同じ操作を行ったところ1−ブロモ−1−フェニル−2−ブタノンの収率は75%であった。
【0028】
実施例2
1H−パーフルオロヘプタンを溶剤として用いた3−ブロモシクロヘキセンの製造
【0029】
【化2】

【0030】
リービッヒコンデンサー及び攪拌子を備えた300mlのナス型フラスコに、乾燥した1H−パーフルオロヘプタン100g、シクロヘキセン16.3g(0.2mol)並びにN−ブロモコハク酸イミド(以降NBSと略す)16.5g(0.09mol)を加え、還流下1時間反応を行った。反応終了後、冷却し析出したコハク酸イミドを濾別、濾液を減圧下濃縮し、3−ブロモシクロヘキセン粗製物28.7gを得た。粗製物のH−NMR測定より3−ブロモシクロヘキセン生成率は73%あった。
【0031】
比較例2 四塩化炭素を溶剤として用いた3−ブロモシクロヘキセンの製造
実施例2と同じ反応装置を用い、1H−パーフルオロヘプタン100gに替えて四塩化炭素100gを用いた以外、実施例2と同じ操作を行い、3−ブロモシクロヘキセン粗製物30.2gを得た。粗製物のH−NMR測定より3−ブロモシクロヘキセン生成率は59%あった。
【0032】
実施例3
1H,2H−パーフルオロオクタンを溶剤として用いた2−クロロピリジンの製造
【0033】
【化3】

【0034】
塩素吹き込み管を備え付けた光反応装置(反応容器1.4L、100W高圧水銀灯)に、窒素雰囲気下、1H,2H−パーフルオロオクタン(300ml)とピリジン(80g、1.0mol)を溶かし、塩素を吹き込みながら、70℃で48時間光照射を行った。反応終了後、水を添加、亜硫酸ナトリウムで余剰の塩素を還元、20%−水酸化ナトリウム水溶液で中和、硫酸ナトリウムで乾燥、ろ過、濃縮し、2−クロロピリジンの粗製物を得た。粗製物のH−NMR測定より2,6−ジクロロピリジンの生成率は45%であった。また、F−NMR測定で反応溶剤である1H,2H−パーフルオロオクタンの変質は認められなかった。
【0035】
実施例4 1H−パーフルオロヘキサンを溶剤として用いた1,4−ビス(ブロモメチル)ベンゼンの製造
【0036】
【化4】

【0037】
攪拌子及びよリービッヒコンデンサーを備えた100mlの光反応装置(100W高圧水銀灯)に、窒素雰囲気下、1H−パーフルオロヘキサン(20ml)、p−キシレン(5g、47mmol)及び臭素8.9g(56mol,1.2eq.)を仕込み、還流下(52℃)光照射を18時間行った。反応後、水を添加、亜硫酸ナトリウムで余剰の塩素を還元、分液、硫酸ナトリウム(NaSO)で乾燥、ろ過し、溶媒を除去後、再結晶にて1,4−ビス(ブロモメチル)ベンゼンを9.4g(収率76%)得た。また、F−NMR測定で反応溶剤である1H−パーフルオロヘキサンの変質は認められなかった。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明で用いる含フッ素炭化水素は、各種有機物を溶解可能でかつラジカル反応に対して安定で、様々なラジカル反応に使用可能である。
【0039】
また、本発明の含フッ素炭化水素はオゾン破壊係数が0のため、工業的に利用が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)
2m+2−n(1)
(上記式中、m=3〜10の整数、n=1〜2m+1の整数を示す。)
で表わされる鎖状含フッ素炭化水素、あるいは、下記一般式(2)
2p−q(2)
(上記一般式(2)中、p=3〜10の整数、q=1〜2p−1の整数を示す。)
で表わされる環状含フッ素炭化水素からなるラジカル反応用溶剤。
【請求項2】
一般式(1)で表されるに鎖状含フッ素炭化水素おいて、m=4〜8、n=5〜2m+1であることを特徴とする請求項1に記載のラジカル反応用溶剤。
【請求項3】
一般式(2)で表される環状含フッ素炭化水素において、p=4〜8、q=5〜2q−1であることを特徴とする請求項1に記載のラジカル反応用溶剤。
【請求項4】
ラジカル反応用溶剤が光ラジカル反応用溶剤であることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載のラジカル反応用溶剤。
【請求項5】
ラジカル反応用溶剤が光ハロゲン化反応用溶剤であることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載のラジカル反応用溶剤。





























【公開番号】特開2011−102280(P2011−102280A)
【公開日】平成23年5月26日(2011.5.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−258696(P2009−258696)
【出願日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【出願人】(591180358)東ソ−・エフテック株式会社 (91)
【Fターム(参考)】