説明

吸収型多層膜NDフィルターとその製造方法

【課題】生産性に優れかつ高温高湿環境下においても光学特性の変化が起こり難い吸収型多層膜NDフィルターとその製造方法を提供すること。
【解決手段】PET(ポリエステル)フィルム等のフレキシブル基板の少なくとも片面にSiOx等から成る誘電体膜層と吸収膜層とを交互に積層させて成る吸収型多層膜を備える吸収型多層膜NDフィルターであって、上記吸収膜層が金属膜(Ni-Ti合金膜)と、この金属膜の誘電体膜層と接する少なくとも一方の界面を窒化して形成された窒化金属膜とで構成されていることを特徴とする。このNDフィルターでは吸収膜層が金属膜で構成されるため生産性に優れ、かつ、金属膜の少なくとも片面に形成された窒化金属膜の作用により金属膜の酸化が抑制されるため高温高湿環境下においても光学特性の変化が起こり難い利点を有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可視光領域の透過光を減衰させる吸収型多層膜NDフィルターに係り、特に高温高湿環境下においても光学特性の変化が少ない吸収型多層膜NDフィルターとその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
NDフィルター(Neutral Density Filter)とは、光線の可視スペクトル域における各波長をほぼ均等に透過させるような非選択性の透過率を有する光学フィルターで、透過光量を減衰させる目的でデジタルカメラ等のレンズに装着して用いられる。例えば、晴天下等の光量が多い条件下において、レンズを絞り込んでも露出過多になってしまうときに、光量を制限してより低速でシャッタが切れるようにする場合や、絞りを開放したいがシャッタ速度を最高にしても露出過多になってしまうときに、光量を制限して絞りを開けられるようにする場合に使用されるのが一般的である。
【0003】
そして、この種のNDフィルターには、入射光を反射して減衰させる反射型NDフィルターと入射光を吸収して減衰させる吸収型NDフィルターがあり、反射光が問題となるレンズ光学系に組み込む場合には、一般的に吸収型NDフィルターが利用される。
【0004】
また、吸収型NDフィルターには、基板自体に吸収物質を混ぜるタイプ(色ガラスNDフィルター若しくは樹脂フィルムNDフィルターと称される)あるいは塗布するタイプと、基板自体に吸収はなくその表面に形成された薄膜に吸収があるタイプとがあり、後者の場合、薄膜表面の反射を防ぐために上記薄膜を多層膜(吸収型多層膜)で構成し、透過光を減衰させる機能と共に反射防止の効果を持たせている。尚、小型で薄型のデジタルカメラに用いられる吸収型多層膜NDフィルターは、フィルターの組込みスペースが狭いことから基板自体を薄くする必要があり、非常に薄いガラス薄板や樹脂フィルムが基板として用いられている。
【0005】
そして、特許文献1には、誘電体膜層と吸収膜層とを交互に積層させた多層膜により上記薄膜が構成される吸収型多層膜NDフィルターが開示され、吸収膜層を構成する材料としてTi等の金属膜が例示され、また、誘電体膜層を構成する材料としてSiOやMgF等が例示されている。また、上記吸収膜層として、金属膜の成膜時に意図的に酸素導入を行って酸素欠損による吸収を有するTiOxやTaOx等の金属酸化物膜(以下、低級金属酸化物膜と称する場合がある)を採用したNDフィルター(特許文献2参照)も知られている。また、特許文献3には、誘電体膜層とニオブ膜層とを組合せた多層膜が開示され、更に、特許文献4には、機械的接触に起因するキズが生じないようにするため、フィルター両面の最表面に硬質の誘電体膜層を形成する手法が開示されている。そして、これ等の中では、上記誘電体膜層としてSiOを用いている場合が多い。
【0006】
ところで、吸収膜層を構成するTi等の金属膜とTiOxやTaOx等の低級金属酸化物膜を比較した場合、低級金属酸化物膜に較べてTi等の金属膜は消衰係数が高いため、同じ消衰係数を得るには金属膜を採用した方が吸収膜層の膜厚を薄くすることができる。そして、フレキシブル性を有する樹脂フィルム基板に吸収型多層膜を成膜する場合、樹脂フィルム基板の反り、膜の割れや成膜時間等を考慮すると、低級金属酸化物膜に較べて膜厚を薄く設定できる金属膜を採用した方が有利である。このため、デジタルカメラ等に利用される吸収型多層膜NDフィルターの吸収膜層には金属膜が主に用いられている。
【0007】
他方、誘電体膜層を構成する材料としては、上述したようにSiOやMgF等が適用されている。そして、吸収型多層膜NDフィルターの表面反射を低減させるには、最表面側に位置する誘電体膜層の屈折率が低い程好ましく、上述したSiOとMgFを比較した場合、SiOより屈折率が低いMgFを適用した方が望ましい。しかし、MgFは若干の吸湿性を有しており、MgFが適用された吸収型多層膜NDフィルターを高温高湿環境下に晒した場合、耐久性に劣る欠点があり、更に、広く利用されているスパッタリング法によるMgFの成膜が、後述する技術的理由により困難である欠点を有している。このため、吸収型多層膜NDフィルターの誘電体膜層には、上述したSiOが主に用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平5−93811号公報
【特許文献2】特開平7−63915号公報
【特許文献3】特開2002−350610号公報
【特許文献4】特開平10−133253号公報
【特許文献5】国際公開WO2001/027345号公報
【特許文献6】国際公開WO2004/011690号公報
【特許文献7】特開2003−322709号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、非常に薄いガラス基板あるいは樹脂フィルム基板上に吸収型多層膜が形成された吸収型多層膜NDフィルターは、組込みスペースが狭い小型で薄型のデジタルカメラに適用するには最適である。
【0010】
そして、上記吸収型多層膜を構成する材料としては、SiO膜と金属膜との組合せ、あるいは、SiO膜と酸素欠損による吸収がある低級金属酸化物膜との組合せがほとんどであり、それぞれに利点と欠点が存在する。
【0011】
まず、SiO膜と金属膜との組合せでは、金属膜の可視波長域における吸収が大きい(すなわち、消衰係数が高い)ため非常に薄い10nm程度の膜厚でよく、生産性に優れた利点を有している。しかし、SiO膜のような酸化物誘電体膜層は酸素透過性があるため、吸収膜層である金属膜の酸化を防ぐことが困難な欠点を有している。
【0012】
図1のグラフ図は、SiO膜と金属膜とを交互に積層した吸収型多層膜を有するNDフィルターの環境試験(温度80℃、湿度90%、放置時間24時間)前後における透過率の変化を示したもので、環境試験中において金属膜が僅かでも酸化すると、消衰係数が低下(すなわち吸収が小さくなり)し、NDフィルターの透過率が増加してしまうことが確認される。尚、SiO膜より酸素透過性の低い膜(バリア膜)は他に存在するが、一般的に成膜速度がSiO膜より遅く生産性に劣るため、NDフィルターに適用することは行われていない。
【0013】
一方、SiO膜と酸素欠損による吸収がある低級金属酸化物膜との組合せでは、吸収膜層である低級金属酸化物膜が既にある程度酸化されているため酸化が進行し難い利点を有する反面、低級金属酸化物膜の可視波長域における吸収が小さい(すなわち、消衰係数が低い)ため膜厚を厚くしなければならず生産性に劣る欠点を有しており、かつ、その後のNDフィルターの製造工程に含まれるプレス加工性も劣るという欠点を有している。
【0014】
このようにSiO膜と金属膜との組合せにより吸収型多層膜が構成される従来のNDフィルター、および、SiO膜と低級金属酸化物膜との組合せにより吸収型多層膜が構成される従来のNDフィルターにおいては、それぞれに上述した利点と欠点を有しており、両タイプのNDフィルターとも改善の余地が存在した。
【0015】
本発明はこのような問題点に着目してなされたもので、その課題とするところは、上記吸収膜層が生産性に優れる金属膜により構成され、かつ、高温高湿環境下においても金属膜の酸化が抑制されて光学特性の変化が起こり難い吸収型多層膜NDフィルターとその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
そこで、上記課題を解決するため本発明者が鋭意研究を行なった結果、少なくとも片面が窒化された金属膜により上記吸収膜層を構成した場合、高温高湿環境下において金属膜の酸化が抑制されることを見出すに至った。本発明はこのような技術的発見に基づき完成されている。
【0017】
すなわち、請求項1に係る発明は、
基板の少なくとも片面に誘電体膜層と吸収膜層とを交互に積層させて成る吸収型多層膜を具備する吸収型多層膜NDフィルターにおいて、
上記吸収膜層が、金属膜と、この金属膜の上記基板若しくは誘電体膜層と接する少なくとも一方の界面を窒化して形成された窒化金属膜とで構成されていることを特徴とし、
請求項2に係る発明は、
請求項1に記載の発明に係る吸収型多層膜NDフィルターにおいて、
上記誘電体膜層が、SiCおよびSiを主成分とする成膜材料を用いた物理気相成長法により成膜された波長550nmにおける消衰係数が0.005〜0.05のSiOx(1.5<x<2)膜により構成されていることを特徴とし、
請求項3に係る発明は、
請求項1または2に記載の発明に係る吸収型多層膜NDフィルターにおいて、
上記吸収膜層を構成する金属膜が、Ni単体若しくはNi系合金から成ることを特徴とし、
また、請求項4に係る発明は、
請求項3に記載の発明に係る吸収型多層膜NDフィルターにおいて、
上記Ni系合金が、Ti、Al、V、W、Ta、Siから選択された1種類以上の元素を添加したNi系合金であることを特徴とする。
【0018】
次に、請求項5に係る発明は、
請求項4に記載の発明に係る吸収型多層膜NDフィルターにおいて、
Ti元素の添加割合が5〜15重量%であることを特徴とし、
請求項6に係る発明は、
請求項4に記載の発明に係る吸収型多層膜NDフィルターにおいて、
Al元素の添加割合が3〜8重量%であることを特徴とし、
請求項7に係る発明は、
請求項4に記載の発明に係る吸収型多層膜NDフィルターにおいて、
V元素の添加割合が3〜9重量%であることを特徴とし、
請求項8に係る発明は、
請求項4に記載の発明に係る吸収型多層膜NDフィルターにおいて、
W元素の添加割合が18〜32重量%であることを特徴とし、
請求項9に係る発明は、
請求項4に記載の発明に係る吸収型多層膜NDフィルターにおいて、
Ta元素の添加割合が5〜12重量%であることを特徴とし、
請求項10に係る発明は、
請求項4に記載の発明に係る吸収型多層膜NDフィルターにおいて、
Si元素の添加割合が2〜6重量%であることを特徴とし、
また、請求項11に係る発明は、
請求項1または2に記載の発明に係る吸収型多層膜NDフィルターにおいて、
上記基板が樹脂フィルム基板であることを特徴とする。
【0019】
次に、請求項12に係る発明は、
基板の少なくとも片面に、真空成膜プロセスにより誘電体膜層と吸収膜層とを交互に積層させて吸収型多層膜NDフィルターを製造する方法において、
上記基板上若しくは誘電体膜層上に金属膜を成膜する工程と、
成膜された金属膜に対して窒素を含むイオンビームを照射し、上記金属膜の表面を窒化させて窒化金属膜を形成する工程、
を具備することを特徴とし、
請求項13に係る発明は、
請求項12に記載の発明に係る吸収型多層膜NDフィルターの製造方法において、
上記真空成膜プロセスに用いる成膜装置が、イオンビーム照射手段を具備したロールトゥロール方式によるスパッタリングウェブコータであることを特徴とし、
また、請求項14に係る発明は、
請求項12または13に記載の発明に係る吸収型多層膜NDフィルターの製造方法において、
上記基板が樹脂フィルム基板であり、樹脂フィルム基板上に誘電体膜層を成膜することを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る吸収型多層膜NDフィルターは、金属膜と、この金属膜の基板若しくは誘電体膜層と接する少なくとも一方の界面を窒化して形成された窒化金属膜とで吸収膜層が構成されていることを特徴とする。
【0021】
従って、本発明に係る吸収型多層膜NDフィルターは、上記吸収膜層が低級金属酸化物膜で構成されている従来の吸収型多層膜NDフィルターと較べて生産性に優れ、かつ、高温高湿環境下に晒された場合でも、上記窒化金属膜の作用により金属膜の酸化が抑制されるため光学特性の変化を低減させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】SiO膜と金属膜との組合せにより吸収型多層膜が構成された従来のNDフィルターを高温高湿環境下に晒した場合における透過率の変化を示すグラフ図。
【図2】平均透過率が12.5%である本発明に係る吸収型多層膜NDフィルターの分光透過特性を示すグラフ図。
【図3】本発明に係る吸収型多層膜NDフィルターの製造に用いたイオンビーム照射手段を具備するロールトゥロール方式によるスパッタリングウェブコータの説明図。
【図4】本発明に係る吸収型多層膜NDフィルターの膜構成の一例を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0024】
まず、本発明に係る吸収型多層膜NDフィルターは、基板の少なくとも片面に誘電体膜層と吸収膜層とを交互に積層させて成る吸収型多層膜を具備し、上記吸収膜層が、金属膜と、この金属膜の上記基板若しくは誘電体膜層と接する少なくとも一方の界面を窒化して形成された窒化金属膜とで構成されていることを特徴としている。
【0025】
尚、上記誘電体膜層については、従来同様、上述したSiO膜の適用が可能であるが、好ましくは、SiCおよびSiを主成分とする成膜材料を用いた物理気相成長法により成膜された波長550nmにおける消衰係数が0.005〜0.05のSiOx(1.5<x<2)膜により構成するとよい。ここで、物理気相成長法としては、真空蒸着法、イオンビームスパッタリング法、マグネトロンスパッタリング法、イオンプレーティング法等が挙げられる。また、吸収型多層膜NDフィルターの反射率を低減させるため、上記SiOx(1.5<x<2)膜により構成された最表面側の誘電体膜層上にMgF膜層を一層追加する構造を採ることが更に好ましい。
【0026】
以下、本発明に係る吸収型多層膜NDフィルターの各構成について具体的に説明する。
【0027】
(1)吸収膜層
a)金属膜
本発明に係る吸収型多層膜NDフィルターにおいて、上記吸収膜層は、金属膜とこの金属膜の基板若しくは誘電体膜層と接する少なくとも一方の界面を窒化して形成された窒化金属膜とで構成されている。上記吸収膜層を、金属膜と窒化金属膜とで構成することにより、吸収型多層膜NDフィルターが高温高湿環境下に晒された場合でも金属膜の酸化が抑制されて光学特性の変化を低減させることが可能となる。
【0028】
ところで、上記吸収膜層を単独の金属窒化膜(窒化金属膜)で構成することも考えられる(特許文献7参照)。しかし、金属窒化膜の成膜速度は金属膜の成膜速度と比較して非常に遅いため生産性に劣り、加えてその消衰係数も上述した低級金属酸化物膜と同様に低いため、金属膜を用いた場合と比較して金属窒化膜の膜厚を厚くする必要がある。従って、上記吸収膜層を金属膜に換えて単独の金属窒化膜で構成することは好ましい手段とは言えない。
【0029】
他方、金属膜の表面を僅かに窒化させた場合、酸素雰囲気中にこの金属膜が置かれても、金属膜の内部まで酸化されることがないことを本発明者は発見している。すなわち、上記吸収膜層を、金属膜とこの金属膜の基板若しくは誘電体膜層と接する少なくとも一方の界面を窒化させて形成した窒化金属膜とで構成することにより、吸収型多層膜NDフィルターが高温高湿環境下に晒された場合でも金属膜の酸化が抑制されるため、吸収型多層膜NDフィルターの光学特性が変化され難いことを本発明者は見出している。
【0030】
尚、金属膜の表面を僅かに酸化させて金属膜の内部まで酸化させないようにする方法も知られているが、本発明の金属膜表面を僅かに窒化させる方法の方が酸化を抑制する効果に優れている。これは、同じ厚さであれば、窒化金属膜の方が酸化金属膜より酸素透過性が低い(酸素透過バリア性が高い)ためである。
【0031】
ここで、本発明に係る吸収型多層膜NDフィルターの吸収膜層を構成する上記金属膜については、Ni単体若しくはNi系合金が用いられることが好ましい。光学薄膜の吸収膜層として用いられる金属材料はどれも酸化されて消衰係数が低下してしまう傾向にあるが、Ni単体若しくはNi系合金は比較的酸化され難い金属だからである。特に、上記Ni系合金が、Ti、Al、V、W、Ta、Siから選択された1種類以上の元素を添加したNi系合金で構成されることが好ましい。この理由を概略すると以下の通りである。
【0032】
すなわち、純Ni材料は強磁性体であるため、上記金属膜についてNi材料(ターゲット)を用いた直流マグネトロンスパッタリング法で成膜する場合、ターゲットと基板間のプラズマに作用させるためのターゲット裏側に配置したマグネットからの磁力が、Niターゲット材料で遮蔽されて表面に漏洩する磁界が弱くなり、プラズマを集中させて効率よく成膜することが難しくなる。これを回避するには、ターゲット裏側に配置するマグネットの磁力を強く(400ガウス以上)したカソード(強磁場カソード)を用い、Niターゲットを通過する磁界を強めてスパッタリング成膜を行うことが好ましい。但し、このような方法を採った場合でも、生産時には以下に述べるような別の問題が生ずることがある。すなわち、Niターゲットの連続使用に伴ってターゲットの厚みが減少していくと、ターゲットの厚みが薄くなった部分ではプラズマ空間の漏洩磁界が強くなっていく。そして、プラズマ空間の漏洩磁界が強くなると、放電特性(放電電圧、放電電流等)が変化して成膜速度が変化する。つまり、生産時に、同一のNiターゲットを連続して長時間使用すると、Niターゲットの消耗に伴いNi膜の成膜速度が変化する問題が生じ、特性の揃った吸収型多層膜NDフィルターを安定して生産することが難しくなる。この問題を回避するには、上述したようにTi、Al、V、W、Ta、Siから選択された1種類以上の元素が添加されたNi系合金材料を用いて金属膜を構成すればよい。
【0033】
そして、上記吸収膜層を構成する金属膜がNi−Ti合金(Ni系合金)である場合、Ti元素の添加割合は5〜15重量%であることが好ましい。Ti量の下限を5重量%とした理由は、5重量%以上含ませることによって強磁性特性を極端に弱めることができ、磁力の低い通常のマグネットを配置したカソードでも直流マグネトロンスパッタリング成膜を行うことができるからである。また、ターゲットによる磁界の遮蔽能力が低いため、ターゲット消耗に依存するプラズマ空間の漏洩磁界の変化も小さく、一定の成膜速度を維持でき、安定して成膜することができるからである。また、Ti量の上限を15.0重量%とした理由は、15.0重量%を超えてTiが含有されると多量の金属間化合物を形成してしまう恐れがあるからである。
【0034】
また、Al元素、V元素、W元素、Ta元素、Si元素の添加量も同様な理由により以下のように決定される。すなわち、吸収膜層を構成する金属膜がNi−Al合金(Ni系合金)である場合、Al元素の添加割合は3〜8重量%であることが好ましく、上記金属膜がNi−V合金である場合、V元素の添加割合は3〜9重量%であることが好ましく、上記金属膜がNi−W合金である場合、W元素は添加割合が18〜32重量%であることが好ましい。同様に、上記金属膜がNi−Ta合金である場合、Ta元素の添加割合は5〜12重量%であることが好ましく、上記金属膜がNi−Si合金である場合、Si元素の添加割合は2〜6重量%であることが好ましい。
【0035】
次に、成膜時に意図的に酸素導入を行わずに成膜した金属膜は、成膜時に意図的に酸素導入を行って成膜した酸素欠損による吸収を有するTiOxやTaOx等の低級金属酸化物膜と比較して上述したように消衰係数が高い。そして、フレキシブル性を有する樹脂フィルム基板に誘電体膜層と吸収膜層とを交互に積層させて吸収型多層膜を成膜する場合、樹脂フィルム基板の反り、膜の割れや成膜時間等を考慮すると、消衰係数の高い金属膜を採用した方が低級金属酸化物膜より膜厚を薄くできるので望ましい。但し、金属膜は容易に酸化が進行して消衰係数が低下し、金属膜から成る吸収膜層を用いたNDフィルターでは透過率が経時的に高くなってしまうことが知られている。
【0036】
そこで、本発明の吸収型多層膜NDフィルターにおいては、上記吸収膜層を、金属膜と、この金属膜の基板若しくは誘電体膜層と接する少なくとも一方の界面を窒化させて形成した窒化金属膜とで構成している。そして、金属膜の基板若しくは誘電体膜層と接する少なくとも一方の界面を窒化させて窒化金属膜を形成することにより、高温高湿環境下に晒された場合、金属膜の酸化が抑制されて光学特性の変化が低減されることを実現している。
【0037】
そして、物理気相成長法により成膜された金属膜とこの金属膜の少なくとも一方の界面に形成された窒化金属膜とで構成される上記吸収膜層全体の膜厚は3nm〜20nmであることが望ましい。上記吸収膜層全体の膜厚が3nm未満であると、窒化金属膜に対する金属膜の膜厚が薄くなり過ぎる結果、金属膜の内部まで酸化が進行してしまう恐れがあるからである。一方、吸収膜層全体の膜厚が20nmを超えて厚くなると、誘電体膜層と較べ柔らかい金属膜が厚くなることから膜応力の緩和が予測される一方、分光透過率が極端に低下してしまう恐れがあるからである。また、金属膜の少なくとも一方の界面に形成される窒化金属膜の膜厚は0.5nm以上であることが望ましい。窒化金属膜の膜厚が0.5nm未満であると、膜厚が薄くなり過ぎる結果、金属膜の酸化を抑制できなくなる恐れがあるからである。尚、上記膜厚の上限については、金属膜内部の酸化が抑制できることを条件に原則として任意であるが、その膜厚が5nmを超えてしまう場合、窒化金属膜形成のための時間が長くかかり過ぎる結果、生産性の低下につながるため好ましくない。
【0038】
b)窒化金属膜
本発明に係る吸収型多層膜NDフィルターにおいては、上述したように吸収膜層が、金属膜とこの金属膜の基板若しくは誘電体膜層と接する少なくとも一方の界面を窒化して形成された窒化金属膜とで構成されている。
【0039】
ところで、金属膜表面(界面)を窒化させることは容易でないが、スパッタリング法等により基板上若しくは誘電体膜層上に金属膜を成膜した後、成膜された金属膜に対し窒素を含むイオンビームを照射して窒化させる方法が例示される。但し、この方法は、金属膜の成膜後に窒素を含むイオンビームを照射して窒化させるため、金属膜の誘電体膜層との界面の一方側(媒質:空気側)にしか窒化金属膜を形成することができない。しかし、誘電体膜層との界面の一方側に形成された窒化金属膜の作用により、金属膜内部までの酸化が抑制され効果について十分であることを本発明者は確認している。尚、一番表面側(空気側)に位置する金属膜から成る吸収膜層に関しては、表面(大気)からの酸化を抑制するため、金属膜の少なくとも表面側(空気側)に窒化金属膜を形成することが好ましい。
【0040】
そして、スパッタリング法等により基板上若しくは誘電体膜層上に金属膜を成膜した直後に、成膜された金属膜表面に対し反応性イオンとして窒素イオンを照射することにより、金属膜表面を窒化金属膜に変化させることができ、従来は困難であった窒化金属膜を再現性良く形成することが可能となる。具体的には、窒素とアルゴン混合ガス(1:1)のイオンビームを上記金属膜表面に照射し、金属膜の極表面近傍のみをイオンビームにより窒化させた後、この金属膜から成る吸収膜層上にSiOx膜から成る誘電体膜層を成膜して上記吸収型多層膜が形成される。
【0041】
尚、予め成膜された金属膜に対し窒素を含むイオンビームを照射して窒化金属膜を形成する上記方法以外に、例えば、以下の方法も利用できる。すなわち、スパッタリング法等により基板上若しくは誘電体膜層上に金属膜を成膜する初期段階において、成膜装置内に窒素プラズマ若しくは窒素イオンビームを発生させながら金属膜を成膜する(窒素プラズマを発生させる前者の方法をプラズマアシスト成膜と称し、また、窒素イオンビームを発生させる後者の方法をイオンアシスト成膜と称する)ことで、基板上若しくは誘電体膜層上にまず窒化金属膜を形成し、その後、窒素プラズマ若しくは窒素イオンビームの発生を停止させた状態で上記窒化金属膜上に金属膜を成膜する方法も利用することができる。そして、この方法と、金属膜に対し窒素を含むイオンビームを照射する上述した方法を組み合わせることにより、金属膜両面に窒化金属膜を形成することも可能となる。更に、スパッタリング法等により基板上若しくは誘電体膜層上に金属膜を成膜する初期段階において、成膜装置内に窒素プラズマ(プラズマアシスト成膜)若しくは窒素イオンビーム(イオンアシスト成膜)を発生させながら金属膜を成膜することで、基板上若しくは誘電体膜層上にまず窒化金属膜を形成し、その後、窒素プラズマ若しくは窒素イオンビームの発生を停止させた状態で上記窒化金属膜上に金属膜を成膜し、再び成膜装置内に窒素プラズマ若しくは窒素イオンビームを発生させながら金属膜を成膜することで、金属膜両面に窒化金属膜を形成することも可能となる。
【0042】
(2)誘電体膜層
次に、吸収型多層膜の誘電体膜層については、従来同様、SiO膜の適用も可能であるが、SiCおよびSiを主成分とする成膜材料を用いた物理気相成長法により成膜された波長550nmにおける消衰係数が0.005〜0.05のSiOx(1.5<x<2)膜により構成することが好ましい。SiOx(1.5<x<2)膜はSiO膜と較べて膜内に含まれる酸素量が少ないため、高温高湿環境下において隣接する金属膜表面を酸化させる作用が弱いからである。尚、SiOx膜の消衰係数が0.05を超えると、成膜が完成した吸収型多層膜NDフィルターの可視波長域(波長400nm〜700nm)における最大透過率と最小透過率の差を平均透過率で割った値で定義される「分光透過特性のフラット性」を10%以下にすることが困難となる。特に、平坦な分光透過特性を得るためにはSiOx膜の消衰係数が0.03以下であることが望ましい。このような平坦な分光透過特性を有するSiOx膜を得るには、波長550nmにおける消衰係数0.005〜0.03となるように成膜時の酸素導入量を制御すればよい。
【0043】
また、上記誘電体膜層の各膜厚は3nm〜150nmであることが望ましい。各膜厚が3nm未満であると光学薄膜としての寄与が少ないばかりか、膜厚制御が困難となる場合があるからである。一方、誘電体膜層の各膜厚が150nmを超えた場合、このような厚い膜は波長550nmにおける消衰係数を制御することを必要とする光学薄膜の設計において必要がなくかつ生産効率を低下させ好ましくないからである。
【0044】
尚、吸収型多層膜NDフィルターの上記基板が樹脂フィルム基板で構成される場合、樹脂フィルム基板からの酸素の供給を抑制するため、吸収型多層膜の樹脂フィルム基板と接する膜については上記誘電体膜層で構成することが望ましい。また、上記誘電体膜層としてはSiOやSiOx以外にもMgF、Al等を用いてもよい。
【0045】
また、本発明に係る吸収型多層膜NDフィルターにおいては、SiOx膜から成る誘電体膜層を最表面側に配置させ、この誘電体膜層上にMgF膜層を一層追加して積層する構造を採ることも好ましい。吸収型多層膜NDフィルターの表面反射を低減させるには、前述したように最表面側に位置する誘電体膜層の屈折率が低い程好ましい。そして、一般的な誘電体膜材料の内で屈折率が最も低いのは、波長550nmにおける屈折率が1.38のMgFであり、次に屈折率が低いのは波長550nmにおける屈折率が1.45のSiOである。従って、低反射性に優れた吸収型多層膜NDフィルターを得るには、誘電体膜層を構成する材料として屈折率が最も低いMgFを適用すればよいことが分る。
【0046】
しかし、広く利用されているスパッタリング法でフッ化物誘電体であるMgFを成膜しようとすると、成膜時にフッ素が解離して排気されてしまうのでスパッタリング成膜には適さない膜材料である。また、MgF膜は、表面硬度が求められるカメラレンズ等の最表面に使用される程硬質ではあるが、膜の内部構造は柱状構造をとる場合が多く、若干の吸湿性がある。このため、高温高湿環境下において金属膜から成る吸収膜層の酸化の進行を妨げる機能においてSiOx膜より劣る膜材料である。但し、MgFは真空蒸着法には適した膜材料で、電子ビーム蒸着法でも抵抗加熱蒸着法のどちらでも成膜することが可能な材料である。
【0047】
そこで、SiOx膜から成る最表面側の誘電体膜層上にMgF膜層を一層追加して成膜するには、例えば、スパッタリングロールコータにより最表面側の誘電体膜層を成膜した後、金属膜から成る吸収膜層と誘電体膜層が積層された樹脂フィルム基板等をスパッタリングロールコータから取り出し、次いで、電子ビーム真空蒸着ロールコータにセットしてMgF膜層を成膜してもよいし、あるいは、ウェットコータやディップコータ等のコーティング装置を用いてMgF粒子が分散されたコーティング液を塗布しかつ温風乾燥させてMgF膜層を成膜してもよくその方法は任意である。また、上記吸収膜層と誘電体膜層が積層された樹脂フィルム基板等をスパッタリングロールコータから取り出し、かつ、取り出した樹脂フィルム基板等を切断してシート形状に加工してから電子ビーム真空蒸着装置にセットしMgF膜を成膜してもよい。更に、スパッタリング法と真空蒸着法の両方を装備したロールコータを用いて、SiOx膜から成る最表面側の誘電体膜層上にMgF膜層を連続して成膜してもよい。
【0048】
尚、SiOx膜から成る最表面側の誘電体膜層上にMgF膜層を一層追加して積層する構造を採る場合、MgF膜層の膜厚が20nm〜150nm、最表面側の誘電体膜層とMgF膜層の合計膜厚が200nm以下であることが好ましい。MgF膜層の膜厚が20nm未満の場合、低屈折率のMgF膜層による反射防止の効果があまり期待できなくなり、反対にMgF膜層の膜厚が150nmを超えるとMgF膜層による膜応力が大きくなり過ぎるからである。更に、最表面側の誘電体膜層とMgF膜層の合計膜厚が200nmを超えた場合、可視波長域での反射防止の効果を得るにはこのような厚い膜は必要がなくかつ生産効率を低下させ好ましくないからである。
【0049】
(3)吸収型多層膜NDフィルター
本発明に係る吸収型多層膜NDフィルターは、上述したように基板の少なくとも片面に誘電体膜層と吸収膜層とを交互に積層させて成る吸収型多層膜を具備し、吸収膜層が、金属膜と、この金属膜の上記基板若しくは誘電体膜層と接する少なくとも一方の界面を窒化して形成された窒化金属膜とで構成されていることを特徴としている。
【0050】
ところで、NDフィルターの膜構成を設計するためには、誘電体膜層と吸収膜層の光学定数(屈折率、消衰係数)を知らなければならない。そして、これら光学定数を測定するには、分光エリプソメトリー法と分光干渉法がある。金属を原料とする吸収膜層は、成膜後大気中に晒したときから酸化が進行してしまうので、吸収膜層(単層)のみで測定した光学定数と、NDフィルターを構成したときの光学定数の測定値が大きく異なる場合がある。そこで、NDフィルターを構成した状態で、誘電体膜層と吸収膜層の光学定数を測定し、ここで得られた光学定数をもとに、もう一度NDフィルターの膜構成を再設計することを繰り返して最適な膜構成を求めることが理想的である。
【0051】
(4)吸収型多層膜NDフィルターの製造方法
次に、基板の少なくとも片面に誘電体膜層と吸収膜層とを交互に積層させて成る吸収型多層膜を具備し、金属膜とこの金属膜の上記誘電体膜層と接する界面を窒化して形成された窒化金属膜とで上記吸収膜層が構成され、かつ、SiCおよびSiを主成分とする成膜材料を用いた物理気相成長法により成膜された波長550nmにおける消衰係数が0.005〜0.05のSiOx(1.5<x<2)膜により上記誘電体膜層が構成されていると共に、上記誘電体膜層が基板上に成膜されている本発明の実施の形態に係る吸収型多層膜NDフィルターを製造する方法として、
SiCおよびSiを主成分とする成膜材料を用いかつ酸素ガスの導入量を制御した物理気相成長法により波長550nmにおける消衰係数が0.005〜0.05のSiOx(1.5<x<2)膜から成る誘電体膜層を成膜する工程と、
酸素ガスの導入を停止した物理気相成長法により金属膜から成る吸収膜層を成膜する工程と、
成膜された金属膜に対して窒素を含むイオンビームを照射し、金属膜の極表面を窒化させて窒化金属膜を形成する工程、
を具備する方法が例示される。
【0052】
尚、上記基板として長尺状の樹脂フィルム基板を採用し、かつ、この樹脂フィルム基板に対し、イオンビーム照射手段を具備したロールトゥロール方式によるスパッタリングウェブコータを用いてSiOx(1.5<x<2)膜から成る誘電体膜層と金属膜、および、金属膜の極表面が窒化された窒化金属膜を形成する方法を採ってもよい。
【0053】
ここで、SiCおよびSiを主成分とする成膜材料(ターゲット)としては、SiCおよびSiを主成分とする成膜材料であれば任意の材料が適用できる。例えば、SiCとSiを含有する材料より構成され、かつ、SiCの体積比率(%)=[SiCの全体積/(SiCの全体積+Siの全体積)]×100とした場合のSiCの体積比率が50%〜70%であるスパッタリングターゲット(特許文献6参照)、あるいは、SiC粉末を、鋳込み成形法、プレス成形法または押出し成形法により成形し、この成形体に対し、真空中または減圧非酸化雰囲気中で、1450℃以上2200℃以下の温度で溶融したSiを含浸させて上記成形体の気孔を金属Siで満たすと共に、SiCと金属Siを含みSiに対するCの原子比が0.5以上0.95以下であるスパッタリングターゲット(特許文献5参照)等が挙げられる。
【0054】
次に、樹脂フィルム基板としてPET(ポリエチレンテレフタレート)を適用し、かつ、この樹脂フィルム基板の両面にそれぞれ成膜されたSiOxから成る酸化物誘電体膜層(片面3層)とNi−Tiから成る金属吸収膜層(片面2層)、および、上記吸収膜層の誘電体膜層と接する界面に形成された窒化金属膜を有し、平均透過率が12.5%である実施の形態に係る吸収型多層膜NDフィルターの膜構成の一例を表1に示す。
【0055】
尚、上記誘電体膜層にSiOx(1.5<x<2)が適用され、吸収膜層にNi−Ti合金(Ti含有量:約8wt%)が適用されている。また、表1では金属吸収膜層と記載されているが、吸収膜層を構成する金属膜の誘電体膜層と接する界面にはスパッタリング成膜後において窒素を含むイオンビームが照射されて窒化金属膜が形成されている。上記界面に窒化金属膜が形成されていても、その膜厚は非常に薄いため分光透過特性に影響を与えることはない。また、表1に示された平均透過率が12.5%である実施の形態に係る吸収型多層膜NDフィルターの分光透過特性を図2に示す。
【0056】
【表1】

【0057】
次に、表1に示された実施の形態に係る吸収型多層膜NDフィルターを製造するための成膜装置、すなわち、イオンビーム照射手段を具備したロールトゥロール方式によるスパッタリングウェブコータの一例を図3に示す。
【0058】
すなわち、このイオンビーム照射手段を具備したスパッタリングウェブコータは、図3に示すように、真空ポンプ(図示せず)を備えたスパッタリング室20と、このスパッタリング室20内に設けられ長尺状の樹脂フィルム基板10の巻取りと巻出しをする第一ロール1並びに第二ロール2と、第一ロール1と第二ロール2間の搬送路中に設けられ樹脂フィルム基板10が巻き付けられる水冷キャンロール3と、上記第一ロール1と水冷キャンロール3との間並びに第二ロール2と水冷キャンロール3との間に設けられた二つのガイドロール11、12とを備えており、かつ、第一ロール1と第二ロール2はパウダークラッチにより張力バランスが保たれている。また、水冷キャンロール3の回転により樹脂フィルム基板10の搬送方向が決められるようになっており、本明細書においては、樹脂フィルム基板10が第一ロール1から第二ロール2側に巻き取られる水冷キャンロール3の回転方向を正転方向、第二ロール2から第一ロール1側に巻き取られる水冷キャンロール3の回転方向を逆転方向と定義している。
【0059】
また、上記スパッタリング室20内には、水冷キャンロール3の外周面に沿ってSiOxから成る誘電体膜層を成膜するデュアルマグネトロンスパッタリングカソード4と、吸収膜層を構成する金属膜を成膜するスパッタリングカソード5がそれぞれ配置されており、更に、ガイドロール11と第一ロール1との間には成膜された金属膜に対し窒素を含むイオンビームを照射して金属膜の極表面を窒化させるイオンビーム照射手段6が付設されている。
【0060】
そして、長尺状の樹脂フィルム基板10が第一ロール1から第二ロール2側に巻き取られる正転搬送時に、水冷キャンロール3外周面に沿って搬送される樹脂フィルム基板10に対しデュアルマグネトロンスパッタリングカソード4によりSiOxから成る誘電体膜層を成膜しながら第二ロール2により必要量の樹脂フィルム基板10を巻き取った後、水冷キャンロール3の回転方向を反転させて樹脂フィルム基板10の逆転搬送時に、水冷キャンロール3外周面に沿って搬送される樹脂フィルム基板10に対しスパッタリングカソード5により吸収膜層を構成する金属膜を成膜し、更に、成膜された金属膜に対してイオンビーム照射手段6から窒素を含むイオンビームを照射し、金属膜の極表面を窒化させて窒化金属膜を形成しながら第一ロール1により巻取り、以下、これ等一連の工程を繰り返して誘電体膜層と吸収膜層が交互に積層された吸収型多層膜を樹脂フィルム基板10の片面(表面)に形成することができる。
【0061】
尚、表1に示された樹脂フィルム基板10の表裏両面に吸収型多層膜を形成するには、片面(表面)に吸収型多層膜が形成された樹脂フィルム基板10を第二ロール2から取り外し、かつ、樹脂フィルム基板10の表裏を反転させながら第一ロール1に巻き付けた後、再度、樹脂フィルム基板10の裏面に対して、上述した誘電体膜層と吸収膜層の成膜並びに吸収膜層を構成する成膜された金属膜に対し窒素を含むイオンビームを照射する各工程を繰り返して、誘電体膜層と吸収膜層が交互に積層された吸収型多層膜を形成すればよい。
【0062】
ここで、上記樹脂フィルム基板を構成する材質は特に限定されないが、透明であるものが好ましく、量産性を考慮した場合、後述する乾式のスパッタリングロールコーティングが可能となるフレキシブル基板が好ましい。フレキシブル基板は、従来のガラス基板等に比べて廉価・軽量・変形性に富むといった点においても優れている。そして、上記基板を構成する樹脂フィルムの具体例として、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエーテルスルフォン(PES)、ポリアリレート(PAR)、ポリカーボネート(PC)、ポリオレフィン(PO)およびノルボルネンの樹脂材料から選択された樹脂フィルムの単体、あるいは、上記樹脂材料から選択された樹脂フィルム単体とこの単体の片面または両面を覆うアクリル系有機膜との複合体が挙げられる。特に、ノルボルネン樹脂材料については、代表的なものとして、日本ゼオン社のゼオノア(商品名)やJSR社のアートン(商品名)等が挙げられる。
【0063】
次に、本発明の実施例について具体的に説明する。
【実施例1】
【0064】
基板が樹脂フィルム基板で構成され、誘電体膜層がSiOx(1.5<x<2)膜で構成され、かつ、吸収膜層がNi−Ti膜とこの合金膜の誘電体膜層と接する界面に形成された窒化金属膜とで構成された表1に示す平均透過率が12.5%である吸収型多層膜NDフィルターを、イオンビーム照射手段を具備する図3のスパッタリングウェブコータを用いて製造した。
【0065】
上記樹脂フィルム基板には、厚さ100μm、幅300mmの光学用PETフィルムを用い、かつ、フィルムの張力は50Nで成膜を行った。また、上記SiOx(1.5<x<2)膜の成膜には、成膜材料にSiCセラミックターゲットを用いたデュアルマグネトロンスパッタリング法により行い、かつ、成膜中に酸素ガスを導入してSiOx(1.5<x<2)膜から成る誘電体膜層を得ている。一方、Ni−Ti膜の成膜には、Ni−Ti合金(Ti添加割合8重量%)を用いたDCマグネトロンスパッタリング法により行い、かつ、Ni−Ti膜の成膜直後に、Ni−Ti膜に対し窒素とアルゴン混合ガス(1:1)のイオンビーム(2kW)を照射して上記吸収膜層を得ている。これ等一連の工程により、図4に示すように樹脂フィルム基板(PETフィルム基板)上にSiOx(1.5<x<2)膜が成膜され、このSiOx膜上にNi−Ti膜が成膜され、かつ、成膜されたNi−Ti膜の極表面近傍のみが窒素イオンビームにより窒化されて窒化金属膜(図4においてイオンビームによってNi−Ti膜の表面が窒化された部分)となり、更に、この窒化金属膜上にSiOx膜が順次成膜される構造となっている。
【0066】
尚、上記誘電体膜層(物理的膜厚が70nmと20nmの各層)と吸収膜層(物理的膜厚が7nm)の各成膜条件、すなわち「キャンロールの回転方向」「スパッタリング電力(kW)」および「樹脂フィルム搬送速度(m/分)」を表2に示す。
【0067】
【表2】

【実施例2】
【0068】
基板が樹脂フィルム基板で構成され、誘電体膜層がSiOx(1.5<x<2)膜で構成され、かつ、吸収膜層がNi−W膜とこの合金膜の誘電体膜層と接する界面に形成された窒化金属膜とで構成された表3に示す平均透過率が12.5%である吸収型多層膜NDフィルターを、実施例1と同様、イオンビーム照射手段を具備するスパッタリングウェブコータを用いて製造した。
【0069】
【表3】

【0070】
上記樹脂フィルム基板には、厚さ100μm、幅300mmの光学用PETフィルムを用い、かつ、フィルムの張力は50Nで成膜を行った。また、上記SiOx(1.5<x<2)膜の成膜には、成膜材料にSiCセラミックターゲットを用いたデュアルマグネトロンスパッタリング法により行い、かつ、成膜中に酸素ガスを導入してSiOx(1.5<x<2)膜から成る誘電体膜層を得ている。一方、Ni−W膜の成膜には、Ni−W合金(W添加割合25重量%)を用いたDCマグネトロンスパッタリング法により行い、かつ、Ni−W膜の成膜直後に、Ni−W膜に対し窒素とアルゴン混合ガス(1:1)のイオンビーム(2kW)を照射して上記吸収膜層を得ている。これ等一連の工程により、樹脂フィルム基板(PETフィルム基板)上にSiOx(1.5<x<2)膜が成膜され、このSiOx膜上にNi−W膜が成膜され、かつ、成膜されたNi−W膜の極表面近傍のみが窒素イオンビームにより窒化されて窒化金属膜となり、更に、この窒化金属膜上にSiOx膜が順次成膜される構造となっている。
【0071】
尚、上記誘電体膜層(物理的膜厚が70nmと20nmの各層)と吸収膜層(物理的膜厚が6nm)の各成膜条件、すなわち「キャンロールの回転方向」「スパッタリング電力(kW)」および「樹脂フィルム搬送速度(m/分)」を表4に示す。
【0072】
【表4】

【0073】
[比較例]
表1に示す実施例1に係る吸収型多層膜NDフィルターと同様の膜構成で、窒素イオンビームによるNi−Ti膜表面の窒化処理のみを行わなかった比較サンプル(比較例1に係る吸収型多層膜NDフィルター)、および、表3に示す実施例2に係る吸収型多層膜NDフィルターと同様の膜構成で、窒素イオンビームによるNi−W膜表面の窒化処理のみを行わなかった比較サンプル(比較例2に係る吸収型多層膜NDフィルター)を、各実施例と同様の条件で製造した。
【0074】
「環境試験と評価」
次に、吸収膜層にNi−Ti膜が適用された実施例1に係る平均透過率12.5%の吸収型多層膜NDフィルターと、同じく吸収膜層にNi−Ti膜が適用された比較例1に係る平均透過率12.5%の吸収型多層膜NDフィルターについて、環境試験前後(温度80℃、湿度90%、放置時間24時間)における分光透過特性を自記分光光度計によりそれぞれ測定し、かつ、その平均透過率(400〜700nmの1nm間隔に測定した透過率の平均値)を計測した。
【0075】
また、吸収膜層にNi−W膜が適用された実施例2に係る平均透過率12.5%の吸収型多層膜NDフィルターと、吸収膜層にNi−W膜が適用された比較例2に係る平均透過率12.5%の吸収型多層膜NDフィルターについても、環境試験前後(温度80℃、湿度90%、放置時間24時間)における分光透過特性を自記分光光度計によりそれぞれ測定し、かつ、その平均透過率(400〜700nmの1nm間隔に測定した透過率の平均値)を計測した。
【0076】
これ等の結果を表5に示す。
【0077】
【表5】

【0078】
そして、表5に示されたデータから確認されるように、実施例1に係る吸収型多層膜NDフィルターにおいては環境試験前の平均透過率が12.3%、環境試験後の平均透過率が12.5%であることから増加分が0.2%(12.5−12.3)に過ぎないのに対し、比較例1に係る吸収型多層膜NDフィルターにおいては環境試験前の平均透過率が12.3%、環境試験後の平均透過率が12.8%であることから増加分が0.5%(12.8−12.3)になっており、高温高湿環境下における光学特性の耐性が実施例1より劣っていることが分かる。
【0079】
同様に、実施例2に係る吸収型多層膜NDフィルターにおいては環境試験前の平均透過率が12.3%、環境試験後の平均透過率が12.4%であることから増加分が0.1%(12.4−12.3)に過ぎないのに対し、比較例2に係る吸収型多層膜NDフィルターにおいては環境試験前の平均透過率が12.3%、環境試験後の平均透過率が12.7%であることから増加分が0.4%(12.7−12.3)になっており、高温高湿環境下における光学特性の耐性が実施例2より劣っていることも分かる。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明に係る吸収型多層膜NDフィルターは吸収膜層に金属膜が適用されていることから生産性に優れ、かつ、金属膜の酸化が抑制されて耐環境性にも優れているため、厳しい環境下で長時間の信頼性を要求される小型で薄型のデジタルカメラ等に利用される産業上の利用可能性を有している。
【符号の説明】
【0081】
1 第一ロール
2 第二ロール
3 水冷キャンロール
4 デュアルマグネトロンスパッタリングカソード
5 スパッタリングカソード
6 イオンビーム照射手段
10 樹脂フィルム基板
11 ガイドロール
12 ガイドロール
20 スパッタリング室

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板の少なくとも片面に誘電体膜層と吸収膜層とを交互に積層させて成る吸収型多層膜を具備する吸収型多層膜NDフィルターにおいて、
上記吸収膜層が、金属膜と、この金属膜の上記基板若しくは誘電体膜層と接する少なくとも一方の界面を窒化して形成された窒化金属膜とで構成されていることを特徴とする吸収型多層膜NDフィルター。
【請求項2】
上記誘電体膜層が、SiCおよびSiを主成分とする成膜材料を用いた物理気相成長法により成膜された波長550nmにおける消衰係数が0.005〜0.05のSiOx(1.5<x<2)膜により構成されていることを特徴とする請求項1に記載の吸収型多層膜NDフィルター。
【請求項3】
上記吸収膜層を構成する金属膜が、Ni単体若しくはNi系合金から成ることを特徴とする請求項1または2に記載の吸収型多層膜NDフィルター。
【請求項4】
上記Ni系合金が、Ti、Al、V、W、Ta、Siから選択された1種類以上の元素を添加したNi系合金であることを特徴とする請求項3に記載の吸収型多層膜NDフィルター。
【請求項5】
Ti元素の添加割合が5〜15重量%であることを特徴とする請求項4に記載の吸収型多層膜NDフィルター。
【請求項6】
Al元素の添加割合が3〜8重量%であることを特徴とする請求項4に記載の吸収型多層膜NDフィルター。
【請求項7】
V元素の添加割合が3〜9重量%であることを特徴とする請求項4に記載の吸収型多層膜NDフィルター。
【請求項8】
W元素の添加割合が18〜32重量%であることを特徴とする請求項4に記載の吸収型多層膜NDフィルター。
【請求項9】
Ta元素の添加割合が5〜12重量%であることを特徴とする請求項4に記載の吸収型多層膜NDフィルター。
【請求項10】
Si元素の添加割合が2〜6重量%であることを特徴とする請求項4に記載の吸収型多層膜NDフィルター。
【請求項11】
上記基板が樹脂フィルム基板であることを特徴とする請求項1または2に記載の吸収型多層膜NDフィルター。
【請求項12】
基板の少なくとも片面に、真空成膜プロセスにより誘電体膜層と吸収膜層とを交互に積層させて吸収型多層膜NDフィルターを製造する方法において、
上記基板上若しくは誘電体膜層上に金属膜を成膜する工程と、
成膜された金属膜に対して窒素を含むイオンビームを照射し、上記金属膜の表面を窒化させて窒化金属膜を形成する工程、
を具備することを特徴とする吸収型多層膜NDフィルターの製造方法。
【請求項13】
上記真空成膜プロセスに用いる成膜装置が、イオンビーム照射手段を具備したロールトゥロール方式によるスパッタリングウェブコータであることを特徴とする請求項12に記載の吸収型多層膜NDフィルターの製造方法。
【請求項14】
上記基板が樹脂フィルム基板であり、樹脂フィルム基板上に誘電体膜層を成膜することを特徴とする請求項12または13に記載の吸収型多層膜NDフィルターの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−107496(P2011−107496A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−263646(P2009−263646)
【出願日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】