説明

呈味性非電離質を高感度、かつ選択的に検出する化学センサ

【課題】甘味物質等の非電離物質に対して高い応答感度と応答選択性を有する擬似生体脂質高分子膜の提供を目的とする。また、当該膜を膜電位受容膜とする作用電極、及びその作用電極を有した膜電位測定装置、又はその測定方法の提供を目的とする。
【解決手段】高分子材とその可塑剤、又は高分子材とその可塑剤及び脂質性物質とからなる膜本体部を、多価フェノール酸や加水分解型タンニン等の多価フェノールによって表面修飾することで、その表面に修飾部を形成させる。これにより、非電離物質に対して高い電位応答性と選択性を有する擬似生体脂質高分子膜を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、擬似生体脂質高分子膜、及び当該膜を用いた作用電極、並びに当該作用電極を有する膜電位測定装置とその測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食品業界や製薬業界において味の評価は極めて重要な作業である。そのような官能検査は従来訓練された人間の舌による直接的な判断によって行われてきた。しかし、検査士による判断は、その者の生理的状態や心理的状態、あるいは健康状態によって影響を受けやすいという問題を有していた。
【0003】
上記問題を解決し、誰もが味を客観的、かつ正確に評価できるように、近年人間の舌に代わる人工のトランスデューサとしての味覚センサ装置が開発されている。例えば、特許文献1は本発明者らによる脂質高分子膜を用いた味覚センサであり、また当該技術を基本として特許文献2から5等の多数の味覚センサが公知となっている。これらのセンサは、いずれも味物質が脂質高分子膜の表面に吸着する等の際に両者の間で生じる電位変化を当該味物質の情報として電気信号に変換して取得するものである。このような味物質の認識機構は、生物の味物質の受容機構を模倣している。それ故、脂質高分子膜を用いた味覚センサ装置は、ヒトの味覚と言う感性に非常に近い質と強度で味を測定し、評価することが可能である。
【0004】
しかし、甘味物質に関しては、従来の脂質高分子膜を用いた味覚センサ装置では他の4つの基本味物質(塩味物質、酸味物質、苦味物質、旨味物質)と比較して応答感度と応答選択性が極めて低いという問題があった。この原因の一つは当該装置が脂質高分子膜を用いた電位測定装置である事に起因する。つまり、ショ糖やグルコースのような電離しない非電離物質では、脂質高分子膜に高い膜電位を発生させることが困難なためである。この問題は味覚センサ装置の測定結果全体の精度、安定性、そして再現性にも影響を及ぼす。そこで、本発明者らはこれまでに甘味物質に対して電気的な応答性を有する脂質高分子膜の開発を進めてきた。例えば、非特許文献1に記載されたジ−n−ヘキサデシルエステル(2C16)及びテトラドデシルアンモニウムブロマイド(以下TDABとする。)、リン酸ジ−n−オクチルフェニル(以下DOPPとする。)、そしてポリ塩化ビニル(以下PVCとする。)より構成された脂質高分子膜は、ヒトが検知可能なショ糖の最低濃度である30mMに対して比較的高い応答性を有することが判明している。しかし、この脂質高分子膜は、他の基本味物質と比較するとショ糖に対する応答の特異性、すなわち甘味物質に対する選択性が不十分という問題があった。
【0005】
以上の様な背景から甘味成分等の非電離物質に対して電気的に高い応答感度と選択性を有する脂質高分子膜の開発、さらには甘味物質を高感度で測定できる味覚センサ装置の開発が望まれていた。
【特許文献1】特開平3−54446
【特許文献2】特開平4−238263
【特許文献3】特開平4−303755
【特許文献4】特開平4−324351
【特許文献5】特開平5−34311
【特許文献6】特開平3−163351
【非特許文献1】Habara M,Ikezaki H,Toko K,Biosens.Bioelectron.,2004,19,1559.
【非特許文献2】都甲 潔,九州大学中央分析センター:センターニュース,1997,15(3),2−8.
【非特許文献3】Shallenberger RS and Acree TE,Nature,1967,216,480.
【非特許文献4】Kier L,Journal of Pharmaceutical Science,1972,61,1394.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の最終課題は、非電離物質を電気的に高感度に、かつ選択的に検出できる作用電極と当該作用電極を有した膜電位測定装置とを開発し、提供することである。当該課題を解決するためには、まず非電離物質に対して高い応答感度と応答選択性を有する作用電極用受容膜の開発が必要となる。そこで、本発明の第一の課題は、従来の脂質高分子膜では困難であった非電離物質、特に甘味物質に対する作用電極用受容膜を開発し、提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために本発明者らは鋭意研究を重ねた結果、脂質高分子膜を多価フェノールで表面修飾することにより、当該膜が非電離物質に対して高い電位応答性と選択性を有することを見出した。以下の(1)から(12)に示す発明は、係る発見に基づいて完成されたものであり、上記課題を解決するための手段として提供をするものである。
(1)本発明は、高分子材と、その可塑剤とからなる膜本体部と、膜本体部の表面を表面修飾する多価フェノールからなる修飾部と、からなる擬似生体脂質高分子膜を提供する。
(2)本発明は、高分子材と、その可塑剤とを混合してなる膜本体部と、この膜本体部を多価フェノールを含む溶液中に浸漬することでその表面に生成される修飾部とからなる擬似生体脂質高分子膜を提供する。
(3)本発明は、高分子材と、その可塑剤と、脂質性物質とからなる膜本体部と、膜本体部の表面を表面修飾する多価フェノールからなる修飾部とからなる擬似生体脂質高分子膜を提供する。
(4)本発明は、高分子材と、その可塑剤と、脂質性物質とを混合してなる膜本体部と、この膜本体部を多価フェノールを含む溶液中に浸漬することでその表面に生成される修飾部とからなる擬似生体脂質高分子膜を提供する。
(5)本発明は、前記脂質性物質がテトラドデシルアンモニウムブロマイド(TDAB)であることを特徴とする擬似生体脂質高分子膜を提供する。
(6)本発明は、前記可塑剤がリン酸ジ−n−オクチルフェニル(DOPP)及びフェニルホスホン酸モノオクチルエステル(PPME)であることを特徴とする擬似生体脂質高分子膜を提供する。
(7)本発明は、前記修飾部の多価フェノールが多価フェノール酸、及び/又は加水分解型タンニンであることを特徴とする擬似生体脂質高分子膜を提供する。
(8)本発明は、前記修飾部が外来の非電離物質に応答して膜本体部に電位を発生させる機能を有することを特徴とする擬似生体脂質高分子膜を提供する。
(9)本発明は、前記修飾部が外来の非電離物質である甘味物質に応答することを特徴とする擬似生体脂質高分子膜を提供する。
(10)本発明は、支持体と、前記(1)から(9)のいずれか一に記載の擬似生体脂質高分子膜と、擬似生体脂質高分子膜の表面側で外来の非電離物質に応答して発生する膜電位をその裏面側から取得する導電体とを有する作用電極を提供する。
(11)本発明は、前記作用電極を有する膜電位測定装置を提供する。
(12)本発明は、参照電極と前記作用電極とを測定対象溶液に接触させ、非電離物質に応答して各電極で発生する電位値の差分を測定する非電離物質測定方法を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明の擬似生体脂質高分子膜によれば、非電離物質をその表面に捕捉することで、当該物質に対して高感度、かつ選択的に応答することができる。それ故、当該膜を電気化学的変化(膜電位測定,インピーダンス計測,表面分極制御法等)、屈折率(誘電率)変化(表面プラスモン共鳴法等)、質量変化(水晶振動子、表面弾性波計測等)計測のセンサ部等に使用すれば、非電離物質を高感度、かつ選択的に測定することができる。これにより甘味物質を他の基本味物質と同等の感度で検出することが可能となり、従来の味覚センサの問題が解消できる。したがって、そのような味覚センサ装置によれば、ヒトの味覚と言う感性に限りなく近い質と強さで味を客観的に評価し、また正確な味の再現をすることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下に、図を用いて前記各発明を実施するための最良の形態を説明するが、本発明はこれらの実施の形態に何ら限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において、種々なる様態で実施しうる。
【0010】
なお、実施形態1は主に請求項1から2、及び6から9に関する。また、実施形態2は主に請求項3から9に関する。さらに、実施形態3は主に請求項10に関する。そして、実施形態4は主に請求項11、及び12に関する。
【0011】
<<実施形態1>>
【0012】
<実施形態1:概要>
【0013】
本実施形態は擬似生体脂質高分子膜に関する。擬似生体脂質高分子膜は、高分子材とその可塑剤からなる膜本体部、及び修飾部をその構成要素の基本としている。当該擬似生体脂質高分子膜は非電離物質に対して膜本体部に高感度で選択的な膜電位を発生させることができる。これにより従来の味覚センサ装置では極めて低い感度でしか測定できなかった甘味物質等を、高感度で、かつ選択的に測定することが可能となる。
【0014】
<実施形態1:構成>
【0015】
図1に本実施形態の構成例を示す。この図で示すように本実施形態の擬似生体脂質高分子膜(0100)は、膜本体部(0101)とそれを被覆する修飾部(0102)から構成され、さらに膜本体部は、高分子材と可塑剤とから構成されている。なお、図1は修飾部が片面側に形成されている場合を示したものであり、矢印Aで示す面が測定対象溶液と接する。以下で本実施形態の各構成要素について説明する。
【0016】
「擬似生体脂質高分子膜」(0100)は、生物の細胞膜に見られる電気的性質を模倣した機能を有する人工膜であって、測定対象の物質との間で膜電位を発生し、さらに後述する導電体との間で発生した電荷を交換可能なように構成されている。後述の実施例6で示すように、本発明の擬似生体脂質高分子膜は、前記背景技術で述べた従来の脂質高分子膜よりも高い膜電位を非電離物質に対して発生させることができる。また、実施例7で示すように、5つの基本味物質のそれぞれに対して膜電位を測定した場合、本発明の擬似生体脂質高分子膜は、甘味物質について特異的な膜電位パターンを示す。すなわち、本発明の擬似生体脂質高分子膜は、非電離物質を選択的に測定可能な受容膜として利用できる。
【0017】
なお、擬似生体脂質高分子膜の名称は、生体の細胞膜の機能を模倣していることに基づく。ここで言う脂質は、当該細胞膜が高分子であるタンパク質と脂質を主な構成成分とすることに由来したものに過ぎず、当該擬似生体脂質高分子膜が必ずしも脂質を構成要素として含有する必要はない。後述する本実施形態の膜本体部のように、それ自体が脂質の機能を兼ねている場合もある。
【0018】
((膜本体部))
【0019】
(膜本体部の構成)
【0020】
本実施形態の「膜本体部」(0101)は、擬似生体脂質高分子膜の本体を成すものであり、高分子材とその可塑剤とから構成されている。膜本体部は、後述する修飾部の多価フェノールをその表面に吸着可能なように構成されている。多価フェノールの膜本体部への吸着機序に関しては解明されていないが、両者は疎水結合、及び/又は水素結合等の電気的結合を介して結びついていると考えられている。その根拠は、多価フェノールの一つであるタンニンの性質と、後述する実施例2等の結果に基づく。タンニンはタンパク質と結合して塩基性官能基を凝集させる収斂作用を有することが知られているが、両者の結合は疎水結合と水素結合によって行われている。また、実施例2の結果から、膜本体部の構成要素による膜表面の電荷密度のバランスや疎水領域が重要であることが判明している。したがって、膜本体部はその表面に多価フェノールの疎水性部位に親和性の高い部位、若しくは多価フェノールの水酸基等と結合し易い部位を有することが好ましい。すなわち、以下で説明する高分子材又は可塑剤のうち少なくとも一方が、膜本体構成時にその表面に前記の性質を有していればよい。
【0021】
「高分子材」は、膜全体の支持部材として機能するように構成されている。
【0022】
高分子材の種類は、後述のように電荷を必要としない限りにおいて液膜型イオン選択性電極等で使用されている公知の高分子材料等を使用すればよい。具体的には、PVC、ポリ塩化ビニリデン(PVDC)、ポリスチレン(PS)、ポリウレタン(PU)、ポリサルフォン(PSF)、ポリカーボネート(PC)、ポリアリレート(PAR)、ポリアミド(PA)、ポリビニルアルコール(PVA)等のプラスチック、漆のような天然樹脂、寒天のような多糖類高分子、ゼラチン(コラーゲン)のようなゲル化タンパク質、あるいはそれらの混合物等が挙げられる。特にPVCは、入手が容易で後述の可塑剤との混合比により軟化、硬化を調節し易い等の利点がある。それ故PVCは液膜型イオン選択性電極等で最も一般的に使用されている高分子材であり、当該高分子材としても好ましい。
【0023】
高分子材は、可塑剤が電荷を有する場合には当該可塑剤の電荷に対応する正負いずれかの電荷を有していてもよい。これは、膜本体部表面の電荷密度のバランスを考慮するためである。高分子材における電荷保持は荷電高分子を使用することで達成できる。「荷電高分子」とは、正負いずれかの電荷を有するプラスチック等の高分子である。例えば、正電荷高分子としては(ポリ)ビニルアミンが、また負電荷高分子としては(ポリ)スチレンスルホン酸が挙げられる。
【0024】
「可塑剤」は、前記高分子材を可塑化し、軟性を与えることができる物質である。高分子材の軟性は添加する可塑剤の量によって決定される。例えば、可塑剤が後述するエステル化合物等であれば、その分子は極性領域と非極性領域を有する構造を持つ。具体的に説明すると、図2のAで示すDOPPの場合であれば0201の極性領域が高分子膜材の分子と電気的に結びつき、また0202の非極性領域が高分子膜材の分子どうしの接近を阻害する。これにより高分子材の分子間の距離が拡張されたまま保持されるため軟性が保たれる。
【0025】
可塑剤の種類は、使用する高分子材に応じてそれを可塑化できる物質を使用すればよい。高分子材が前述のプラスチックの場合には、一般的にエステル化合物やエーテル化合物が多用される。具体的には、DOPP、2−ニトロフェニルオクチルエーテル(POE)、4−ニトロフェニルフェニルエーテル(NPPE)、リン酸ジオクチル(DOP)、セバシン酸ジオクチル(DOS)、セバシン酸ジブチル(DBS)、リン酸トリクレシル(TCP)、又はそれらの組み合わせ等が挙げられる。いずれの可塑剤を使用するかは高分子膜材に対する相溶性、可塑化効率、低移行性、低揮発性等に応じて適宜選択すればよい。また、高分子材が高分子多糖類やゲル化タンパク質であれば可塑剤は水でよい。
【0026】
ところで、具体例として挙げた前記可塑剤自身はいずれも電荷を有していない。しかし、実際に膜本体部の作製に使用すると、ほとんどの膜本体部が電荷を有するようになる。これは市販される前記可塑剤に電荷を持った派生物等の不純物が混在するためと考えられている。例えば、図2のAで示す市販のDOPPには図2のBで示す負荷電性の派生物であるフェニルホスホン酸モノオクチルエステル(PPME)が0.6〜2.5%混在するとされている(非特許文献2)。一般的な可塑剤の製造において当該不純物の混在は不可避であり、純粋に精製することは難しい。したがって、市販の非電離性の可塑剤を使用した場合は、混在する不純物によって通常可塑剤は電荷を有するようになる。それ故、本実施形態の場合には、膜表面の電荷密度のバランスを得るために高分子材にも可塑剤と反対の電荷を有するものを使用することが好ましい。
【0027】
(膜本体部の機能)
【0028】
膜本体部は、擬似生体脂質高分子膜を支持する本体として、また、修飾部を構成する多価フェノールの足場として機能する。さらに、細胞膜の脂質と同様に膜表面側で捕捉された非電離物質に応答して発生する膜電位を膜裏面側で取得するように機能する。
【0029】
(膜本体部の作製)
【0030】
膜本体部は、高分子材と可塑剤とを混合して作製される。膜本体部の作製方法は、従来の膜電位測定装置で使用される脂質高分子膜の作製方法等に準ずればよい。例えば、特許文献1等に記載された脂質高分子膜の作製方法が参考になる。ただし、本実施形態の場合、膜本体部の構成要素に脂質性物質は加えない。一例として、最も一般的な方法を以下で説明する。まず、高分子材と可塑剤を所定量混合する。高分子材と可塑剤との混合比率や混合方法は、それぞれの種類によって異なるため、擬似生体脂質高分子膜の使用用途や使用方法によって適宜調節すればよい。例えば、擬似生体脂質高分子膜を作用電極に使用する場合であって高分子材ポリビニルクロリド、可塑剤をジ-n-オクチルフェニルホスホナートとする場合には、それぞれを重量比で0.8:1程度で混合すればよい。次に、高分子材と可塑剤を溶剤によって溶解する。溶剤の種類は、使用する高分子材とその可塑剤の種類に応じて適宜選択する。例えば、高分子材がプラスチックの場合には、テトラヒドロフラン(以下THFとする。)、ニトロベンゼン、シクロヘキサノン等が一般的に用いられる。添加する溶剤の容量は、高分子材と可塑剤の種類や混合物の重量に応じて調整すればよい。例えば、前記ポリビニルクロリドとジ-n-オクチルフェニルホスホナートの混合物の重量が1800mgであれば、10ml程度のTHFで溶解すればよい。続いて、液状の混合物から膜を作製する。膜の作製方法は、例えば、ガラスプレート等の平面板上に液状の混合物を薄層状に広げ、溶剤を揮散させて再固化させせる。膜の厚さは、膜電位の効率的な発生等の機能上、10〜300μmの範囲内とすることが好ましい。
【0031】
((修飾部))
【0032】
(修飾部の構成)
【0033】
「修飾部」(0102)は、膜本体部の表面を表面修飾するように構成されており、多価フェノールからなる。修飾部を構成する多価フェノールは、単一種類に限らない。例えば、以下で述べるタンニン酸のように多価フェノール酸と加水分解型タンニンの混合物であってもよい。また、多価フェノールの分子どうしが重合した化合物が混合していてもよい。
【0034】
修飾部の配置は、膜本体部の表面全部であっても、一部であってもよい。ただし、表面の一部の場合には後述する機能上、少なくとも測定対象溶液に接する領域に配置するようにする。
【0035】
「多価フェノール」は、ポリフェノールとも呼ばれる植物界に広く分布する物質で、芳香族の分子内に二価以上のフェノール性水酸基を有する化合物の総称である。例えば、多価フェノール酸、フラボノイド、タンニン等が該当する。本発明の多価フェノールとしては、多価フェノール酸、又は加水分解型タンニン、あるいはそれらの混合物が好ましい。これらの物質は糖等の非電離物質との親和性が高いと考えられるためである。
【0036】
「多価フェノール酸」とは、分子内にカルボキシル基を有する多価フェノールであり、正確には二以上の水酸基を有するフェノール酸を意味する。例えば、図3のAで示す没食子酸(gallic acid:3,4,5−trihydroxyl benzoic acid)や、没食子酸の二量体で図4のAに示すHHDP(hexahydroxydiphenilic acid)等が該当する。なお、HHDPは遊離状態ではラクトン化し、通常直ちに図4のBに示すエラグ酸(ellagic acid)となる。
【0037】
「加水分解型タンニン」とは、多価フェノール酸と多価アルコールがエステル結合した化合物で、酸やアルカリ、酵素等によって加水分解されるタンニンを言う。具体的には没食子酸の派生物であるガロタンニン(gallotannin)と、エラグ酸/HHDPの派生物であるエラジタンニン(ellagitannin)等が該当する。ガロタンニンの一例としては、図3のBで示すPGG(β−1,2,3,4,6−Pentagalloyl−O−D−Glucose)が、またエラジタンニンの一例としては図4のCで示すカザリクチン(casuarictin)が挙げられる。
【0038】
本発明において「非電離物質」とは、水やエタノール等の極性溶媒中に可溶であり、かつ電離しない物質を意味する。例えば、カフェイン、カプサイシン、甘味物質等が該当する。
【0039】
「甘味物質」とは、本発明ではヒトに対して一般に甘味を感じさせる天然の物質を意味する。例えば、糖やステビオサイド等が該当する。ただし、本発明の甘味物質は、必ずしもヒトに対して甘味を感じさせる必要はない。甘味を感じさせなくとも前記の甘味を感じさせる物質に構造的に類似した同属の物質であればよい。また、ここで言う「糖」とは、C(HO)の一般式で表される炭水化物又は糖のアルデヒド基若しくはケト基を還元して得られる多価アルコールのうち比較的低分子のものを言う。具体的には、単糖類、若しくはオリゴ糖類、グリセロール、キシリトール、ソルビトール、マンニトール、アラビニトール等が該当する。
【0040】
(修飾部の機能)
【0041】
修飾部は、非電離物質と膜表面で相互作用するという本発明における中心的な機能を有する。後述の実施例4で示すように、表面に多価フェノールからなる修飾部を有する膜本体部は、膜本体部のみの場合と比較して、ショ糖に対する電位応答性が飛躍的に高くなる。また、実施例6で示すように、本発明の修飾部を有する擬似生体脂質高分子膜は、ショ糖に対する電位応答性で従来最も感度の高かった脂質高分子膜の約4倍の感度を有する。さらに、実施例7で示すように、甘味物質等の非電離物質に対して選択的な応答性を示す。このように膜本体部表面に多価フェノールからなる修飾部を付加させることによって、従来の人工脂質高分子膜では困難であった非電離物質に対して高い応答感度と選択性のある膜電位を発生させることが可能となる。
【0042】
ここで、甘味物質の化学受容説について説明をしておく。発甘味団(Glucophore)と甘味物質受容体からなる複合体の幾何学的モデルとしては、ShallenbergerとAcreeによる非特許文献3やKierによる非特許文献4のモデルが知られている。図13で示すように、それらによれば、甘味物質とその受容体の相互作用には互いに相補的な3つの基礎となる部位が必要とされている。すなわち、分子内で一定の距離で離れた水酸結合ドナー部位(AH:プロトン供与基)と水素結合アクセプター部位(B:プロトン受容基)、及び図示していない疎水結合部位(X)の3つである。甘味物質とその受容体間では、甘味物質のAH−Bのユニットが受容体側のAH−Bのユニットとお互いに結合し、また双方のX部位が疎水結合によって結合していると考えられている。
【0043】
本発明の修飾部を構成する多価フェノールが、前記化学受容説と同様の機序によって非電離物質を捕捉しているという実験的証拠はない。したがって、実際どのようにして非電離物質を捕捉しているのかは未解明である。しかしながら、非電離物質が何らかの結合力によって膜表面の多価フェノールに吸着されているであろうことは、後述の「修飾部の再利用前処理」のように測定に使用した擬似生体脂質高分子膜は十分に洗浄しなければ元の電位値には戻らないことからも推測される。また、PGG等の加水分解型カテキンが、その分子構造の中心部にグルコース等の糖を配置している事実は、多価フェノールが糖等の非電離物質に対して高い親和性を有することを示唆していると考えられる。
【0044】
(修飾部の作製)
修飾部は、多価フェノールを含む溶液中に膜本体部を浸漬することで前記膜本体部の表面に生成することができる。ここで言う「浸漬する」とは、膜本体部を混合液中に浸すことに限られず、膜本体部の表面に混合液を掛け流すことや、刷毛等を用いて当該混合液を塗布すること等、広く膜本体部表面と混合液を接触させることを意味する。混合液の組成は、非電離物質に対する応答感度、膜本体部の組成等に応じて適宜選択すればよく、特に限定されるものではない。例えば、0.05%(W/V)タンニン酸/0.3mM酒石酸/30mMKClの混合溶液(以下、タンニン酸混合液とする。)を用いてもよい。なお、タンニン酸とはウルシ科Rhus属、ブナ科Quercus属等から得られるガロタンニンを主成分とする混合物で、没食子酸やPGG等を含む。修飾部の作製方法の一例としては、前記膜本体部を前記のタンニン酸混合液中に25℃で48時間程度浸せばよい。これにより膜本体部の表面に修飾部を形成することができる。
【0045】
(修飾部の再利用前処理)
測定後の修飾部は、その表面に一部の非電離物質が吸着したままの状態にあると考えられる。これは、一度測定対象溶液で測定に用いた擬似生体脂質高分子膜を軽く洗浄した後、基準液を再測定した場合、元の基準液測定値にならないことからも推測できる。したがって、擬似生体脂質高分子膜を再利用する際には、前処理を行う必要がある。前処理は、プラス電荷を有する膜の場合、100mM KCl/10mM KOH/30% エタノール混合液で、またマイナス電荷を有する膜の場合、100mM HCl/30% エタノール混合液で、十分に洗浄すればよい。この操作によって修飾部はリセットされ、擬似生体脂質高分子膜は複数回測定が可能となるため、ランニングコストを抑えることも可能となる。
【0046】
<実施形態1:効果>
【0047】
本実施形態の擬似生体脂質高分子膜によれば、甘味物質等の非電離物質をその表面に捕捉することにより当該物質に対して高感度、かつ選択的に応答することができる。したがって、当該膜を電気化学的変化(膜電位測定,インピーダンス計測,表面分極制御法等)、屈折率(誘電率)変化(表面プラスモン共鳴法等)、質量変化(水晶振動子、表面弾性波計測等)計測のセンサ部等に使用すれば、非電離物質を高感度、かつ選択的に測定することができる。
【0048】
<<実施形態2>>
【0049】
<実施形態2:概要>
【0050】
本実施形態は擬似生体脂質高分子膜に関する。基本的な構成は前記実施形態1の擬似生体脂質高分子膜と同様であるが、膜本体部が高分子材と可塑剤に加えて脂質性物質を構成要素とする点で実施形態1とは異なる。脂質性物質は、疎水性部位と電荷を有することから、多価フェノールの膜本体部への吸着や膜本体部の介した電荷の授受を容易にする機能を持つ。その結果、非電離物質に対してより強い膜電位応答性を得ることができる
【0051】
<実施形態2:構成>
【0052】
図5に本実施形態の構成例を示す。この図で示すように本実施形態の擬似生体脂質高分子膜(0500)の基本構成は、実施形態1と同様に膜本体部(0501)と修飾部(0502)とから構成されている。しかし、本実施形態の膜本体部は実施形態1の膜本体部の構成要素に加えて、さらに脂質性物質(0503)を有する。各構成要素に関して、実施形態1と同様の箇所についてはその説明は省略し、ここでは本実施形態に特徴的な点、及び本実施形態に特有の構成要素である脂質性物質について以下で説明をする。
【0053】
本実施形態の「膜本体部」(0501)は、高分子材、可塑剤、脂質性物質を主な構成要素としている。本実施形態の膜本体部の構成要件は実施形態1と同様であるが、脂質性物質が正負いずれかの電荷を有していることから、高分子材は必ずしも電荷を有する必要はない。実施形態1で述べた可塑剤(正確にはそれに含まれる不純物)に対応する電荷を持つ脂質性物質を使用すればよい。
【0054】
本実施形態の「脂質性物質」(0503)とは、両親媒性脂質、又はそれに類似した構造を有する両親媒性物質を言う。いずれの場合も分子構造上は極性を持つ親水性部位と長炭素鎖からなる疎水性部位とを有する。親水性部位としては、リン酸基、アミノ基、カルボキシル基、水酸基の他、イオン系アンモニウム等が挙げられる。使用する脂質性物質の種類については、特に限定はしないが、膜本体部を構成した際に膜表面に露出した脂質性物質が多価フェノールを吸着可能な性質を有することが好ましい。例えば、前述のように分子構造中に水酸基のような電荷を有する領域、及び/又は疎水性部位を有するという具合である。具体的には図6に示すTDABやその派生物である4級アンモニウム等が挙げられる。後述の実施例3で示すように、TDABは、糖に対して非常に高い膜電位応答性が得られることから本実施形態の脂質性物質としても非常に好ましい。
【0055】
<実施形態2:効果>
【0056】
本実施形態の擬似生体脂質高分子膜によれば、膜本体部に脂質性物質を加えることで甘味物質等の非電離物質に対してより高い膜電位を得ることができる。
【0057】
<<実施形態3>>
【0058】
<実施形態3:概要>
本実施形態は作用電極に関する。当該作用電極は、非電離物質の受容膜として前記実施形態1又は2の擬似生体脂質高分子膜を有し、非電離物質に対して高感度に、かつ選択的に膜電位を発生させ、かつそれを取得することができる。これにより甘味物質等の非電離物質を電位的に高感度で測定する膜電子測定装置の提供が可能となる。
【0059】
<実施形態3:構成>
図7に本実施形態の構成例を示す。この図で示すように本実施形態の作用電極(0700)は、必須の構成要素として支持体(0701)と前記実施形態1又は2の擬似生体脂質高分子膜(0702)、及び導電体(0703)とを有している。また、緩衝層(0704)を選択的に有する。これらのうち、擬似生体脂質高分子膜(0702)に関しては実施形態1又は2で詳述していることからその説明は省略し、ここでは本実施形態に特徴的な構成要素である支持体(0701)、導電体(0703)、及び緩衝層(0704)について以下で説明をする。
【0060】
((支持体))
【0061】
(支持体の構成)
【0062】
「支持体」(0701)は、作用電極の基盤であって、その一部に擬似生体脂質高分子膜を配置するように構成されている。したがって、支持体の形状が作用電極の主たる形状を決定する。当該支持体の形状は、非電離物質に応答して擬似生体脂質高分子膜で発生する膜電位を取得できる形状であれば特に限定はしない。膜電位測定装置において作用電極と参照電極を有するセンサ部の使用用途等に応じて適宜決めればよい。例えば、卓上型センサ部で使用する作用電極の場合には図7に示すように閉じた管状形状の支持体(0701)であってもよいし、図8に示すようにチップ型センサにおける作用電極(0802)の場合には板状形状の支持体(0801)であってもよい。
【0063】
当該支持体の材質は、絶縁体であり、かつ耐水性であれば特に限定はしない。具体的には、ガラス、プラスチック、セラミックス、合成ゴム、又は耐水処理を施した紙や木材等が挙げられる。ただし、最外部が耐水性の絶縁体材料で被覆されていれば、当該支持体は内部に導電体材料を有していてもよい。例えば、内部が絶縁体材料と導電体材料からなる積層構造を有しており、最外部を耐水性の絶縁体材料で被覆した多層基盤等が該当する。
【0064】
当該支持体における擬似生体脂質高分子膜の位置は、測定対象溶液に直接接触可能な位置に配置されていれば、特に限定はしない。
【0065】
((導電体))
【0066】
(導電体の構成)
【0067】
「導電体」(0703)は、擬似生体脂質高分子膜の裏面側に測定対象溶液と非接触的に配置され、また、表面側にある非電離物質に応答して発生する膜電位を取得するように構成されている。ここで言う「表面側/裏面側」とは、単に平面状物質の表裏の関係に留まらず、中空状物質の外面側と内面側のように広く物質の片面側と他面側を意味する。
【0068】
導電体の材質は、電子導電体、イオン導電体、又は電子・イオン混合導電体のいずれであってもよい。加工処理の点を考慮すれば電子導電体が好ましい。電子導電体の具体例としては、アルミニウム(Al)、クロム(Cr)、銅(Cu)、銀(以下Agとする。)、白金(Pt)、金(Au)等の金属や炭素(C)等が挙げられる。中でもAgは液膜型イオン選択性電極装置の作用電極で最も一般的な配線材として使用されており、その性能が確認されていることや入手が容易なことから本導電体の材質として好ましい。さらに、Ag表面に塩化銀(以下AgClとする。)を生成、若しくは付着させたAg/AgClは、Agのみからなる導電体において生じる分極現象を抑制できることから特に好ましい。
【0069】
導電体の形状、大きさは、作用電極の形状、電極部や擬似生体脂質高分子膜の形状や大きさに応じて適宜決めればよく、特に限定はしない。例えば、図7で示す導電体(0703)のように棒状で、かつ擬似生体脂質高分子膜(0702)よりも大きなものであってもよいし、図8で示す導電体(0804)のように平面状で擬似生体脂質高分子膜(0803)とほぼ同等の大きさであってもよい。
【0070】
(導電体の機能)
【0071】
本導電体は後述する実施形態4の膜電位測定装置では装置配線の端末部に存在し、本実施形態の作用電極で取得される電位値を電気信号として膜電位測定装置内の他の部等へ伝達する機能を有する。
【0072】
((緩衝層))
【0073】
(緩衝層の構成)
【0074】
「緩衝層」(0704)は、擬似生体脂質高分子膜と導電体との間に存在する層である。当該緩衝層は必須の構成要素ではない。作用電極の構成によっては、必要に応じて適宜選択すればよい。例えば、図8で示す作用電極(0802)のように、擬似生体脂質高分子膜(0803)と導電体(0804)とが直接に接するような場合には、当該緩衝層必要はない。
【0075】
緩衝層は、緩衝作用のある電解質を含んだ電解液、又は当該電解液を保持し、かつ高分子ポリマーのようなマトリクスとしての構造を有する湿潤材等によって構成される。ここで「電解液」とは、水等の溶媒に電解質が溶解して導電性を有する液体である。
【0076】
電解液を構成する電解質の種類は、緩衝作用のあるものであれば特に限定はされない。好ましくは、塩化カリウム(以下KClとする。)溶液である。これはKClを構成する陽イオン(Kイオン)と陰イオン(Clイオン)の輸率がほぼ等しいことから、電解液内や湿潤材内で局部的電池を発生させにくいためである。また、前記導電体の一部が金属によって構成される場合には、KClと当該金属の金属塩との混合溶液であることが、より好ましい。例えば、導電体が前記Ag/AgClで構成される場合の電解液は、KClとAgClの混合溶液が望ましい。これは、Ag/AgCl表面のAgのイオン化による電極の消耗を防止し、寿命を延ばすためである。当該電解液における電解質の濃度は特に限定されない。電解質の溶解度、又は当該電解液を保持させる湿潤材の材質に応じて適宜調整すれば良い。
【0077】
(緩衝層の機能)
緩衝層の機能は、導電体周囲のイオン濃度を一定に保つことである。さらに、測定に供する溶液中に存在するイオンが擬似生体脂質高分子膜を介して導電体に到達することで生じる導電体と擬似生体脂質高分子膜との間の電位の変動を抑制することである。
【0078】
<実施形態3:機能>
【0079】
本実施形態の作用電極の機能は、従来の液膜型イオン選択性作用電極と同様である。すなわち、溶液内において測定する対象物質に対して受容膜で応答し、発生した膜電位を取得し、他の部へ伝達することである。特に本実施形態の作用電極は、非電離物質に応答して発生する膜電位を選択的に取得し、伝達する機能を有している。
【0080】
<実施形態3:効果>
【0081】
本実施形態の作用電極によれば、甘味物質等の非電離物質に応答して発生する膜電位を選択的に、かつ高感度で測定することができる作用電極を提供できる。
【0082】
<<実施形態4>>
【0083】
<実施形態4:概要>
本実施形態は膜電位測定装置とその測定方法に関する。図9に本実施形態の膜電位測定装置の一例を示す。この図で示すように、本装置は参照電極(0901)と作用電極(0902)からなるセンサ部(0903)と、各電極を測定の対象溶液に接触させることにより発生する膜電位を取得し解析する解析装置(0904)とからなる。したがって、前記実施形態3の作用電極(0905)を有することを除けば、基本構成は従来の膜電位装置と変わらない。
【0084】
しかし、本実施形態の装置は実施形態3の作用電極を有することにより、5つの基本味物質(甘味物質、酸味物質、塩味物質、苦味物質、旨味物質)の全てに対して高い感度と選択性による測定が可能な味覚センサ装置を提供できる。
【0085】
<実施形態4:構成>
図9で示すように本実施形態の膜電位測定装置の構成において特徴的な点は、当該装置が実施形態3の作用電極(0905)を有している点である。それ以外の構成については、公知の膜電位測定装置の構成に準じている。例えば、特許文献1から6等に記載された味覚センサに基づいた図10で示す測定回路によって構成される装置であってもよい。図10で示す測定回路は参照電極(1001)、作用電極(1002)、差動増幅器(1003)、A/D変換器(1004)、コンピュータ(PC等:1005)を基本構成として有している。なお、図10では複数の作用電極(マルチチャネル)を有する場合を示しているが、そのうち少なくとも一つの電極は実施形態3の作用電極で構成されている。したがって、公知技術と同様の構成についてはその説明を省略し、本実施形態に特徴的な構成についてのみ以下で説明をする。
【0086】
当該装置は、センサ部(0903)が実施形態3の作用電極(0905)を有することを特徴とする。当該作用電極は一の膜電位測定装置に少なくとも一つ有していればよい。また、図9のように一の装置が複数の作用電極を有する場合には、他の作用電極を実施形態3の作用電極とは異なる応答感度を示す電極にすることもできる。例えば、本実施形態の膜電位測定装置が味覚センサ装置であれば、他の作用電極は甘味物質以外の基本味物質に対してそれぞれ選択な応答感度を示す作用電極にしてもよい。
【0087】
本実施形態の構成要件は、実施形態3の作用電極を有し、当該電極から取得される電位値を測定、及び解析できることである。したがって、膜電位測定装置自体の基本構成要件は従来の膜電位測定装置と同様であってもよい。例えば、市販の味覚センサ装置に実施形態3の作用電極を追加する構成であっても構わない。
【0088】
<実施形態4:測定方法>
【0089】
前記実施形態3の作用電極を用いた非電離物質の測定方法は、以下のA、Bに大別できる。
【0090】
A.基準溶液処理を行わない場合
【0091】
図11は非電離物質の測定行う際に、各電極を後述する基準溶液で予め処理しない場合の処理の流れの一例を示したものである。この図で示す測定方法は、本実施形態の膜電位測定装置に基づいて行われている。以下で基準溶液処理を行わない場合の非電離物質の測定を処理の流れに沿って説明する。
(1)測定対象溶液接触工程(S1101):参照電極と前記実施形態3に記載の作用電極とを非電離物質を含む測定対象溶液に接触させる。接触は、例えば溶液中に電極を浸漬させる等して行えばよい。
(2)参照電極電位値取得工程(S1102):S1101で参照電極から発生する電位値を取得する。本工程で取得した電位値をVcとする。
(3)作用電極電位値取得工程(S1103):S1101で作用電極から発生する測定対象溶液中の非電離物質の量に応じた電位値を取得する。本工程で取得した電位値をVsとする。ここで取得した電位値が低い場合には必要に応じて電位値を増幅してもよい。増幅は、高入力インピーダンス増幅器等を使用すればよい。なお、S1102と本工程の処理の順序は問わない。両者の処理を同時に行ってもよい。
(4)差分電位値取得工程(S1104):S1102とS1103で発生した電位値の差分、すなわちVs−Vcを取得する。
(5)差分電位値出力工程(S1105):S1104で得られた差分電位値Vs−Vc等を出力する。当該差分電位値の出力パターンは、目的に応じて適宜選択すればよい。例えば、差分電位値のそのままの出力してもよいし、同一非電離物質の異なる濃度から得られる濃度ごとの差分電位値をプロットしたグラフとして出力してもよい。出力先は、モニタ、プリンタ、又はスピーカ等が挙げられる。以上の処理の流れにより非電離物質に対して発生する膜電位を測定することができる。
【0092】
B.基準溶液処理を行う場合
【0093】
図12は非電離物質の測定行う際に、基準溶液で処理する場合の処理の流れの一例を示したものである。この方法は、測定対象溶液で得られた電位差分値から基準溶液で得られる基準電位差分値を減じた電位値を目的の差分電位値とする。したがって、前記Aよりも一般に高い精度での測定が可能となる。図12で示す測定方法は本実施形態の膜電位測定装置に基づいて行われている。以下で基準溶液処理を行う場合の非電離物質の測定を処理の流れに沿って説明する。
(1)基準溶液接触工程(S1201):参照電極と前記実施形態3に記載の作用電極とを基準溶液に接触させる。基準溶液は、各電極の状態を安定的に保持する溶液であれば、特に限定はしない。好ましくは30mM KCl/0.3mM 酒石酸の混合溶液である。
(2)参照電極基準電位値取得工程(S1202):S1201で参照電極から発生した参照電極基準電位値を取得する。本工程で取得した基準電位値をbVcとする。
(3)作用電極基準電位値取得工程(S1203):S1201で作用電極から発生した基準電位値を取得する。本工程で取得した作用電極基準電位値をbVsとする。S1202と本工程の処理の順序は問わない。両者の処理を同時に行ってもよい。
(4)測定対象溶液接触工程(S1204):前記S1101と同様に参照電極と前記実施形態3に記載の作用電極とを非電離物質を含む測定対象溶液に接触させる。
(5)参照電極電位値取得工程(S1205):前記S1102と同様にS1204で参照電極から発生した測定電位値を取得する。本工程で取得した測定電位値をVcとする。
(6)作用電極電位値取得工程(S1206):前記S1103と同様にS1204で作用電極から発生した測定電位値を取得する。本工程で取得した測定電位値をVsとする。S1205と本工程の処理の順序は問わない。両者の処理を同時に行っても構わない。ここで取得した電位値が低いような場合には必要に応じて電位値を増幅してもよい。
(7)基準差分電位値取得工程(S1207):前記S1202とS1203で発生した基準電位値の差分、すなわちbVs−bVcを取得する。
(8)測定差分電位値取得工程(S1208):前記S1205とS1206で発生した測定電位値の差分、すなわちVs−Vcを取得する。
(9)目的差分電位値取得工程(S1209):S1207で取得された基準差分電位値とS1208取得された測定差分電位値の両電位値の差分である(Vs−Vc)−(bVs−bVc)を目的差分電位値として取得する。本測定方法によれば、引き続き、擬似生体脂質高分子膜への非電離物質の吸着に基づいた電位変化を測定することもできる。当該測定方法について、以下で説明する。
(10)洗浄工程(S1210):前記S1205とS1206で電位値を取得した後、基準溶液を用いて各電極に付着した測定対象溶液を軽く洗浄する。
(11)基準溶液再接触工程(S1211):洗浄後の参照電極と作用電極とを再び基準溶液に接触させる。
(12)参照電極再基準電位値取得工程(S1212):S1211において参照電極で得られる基準電位値を取得する。本工程で取得した再基準電位値をbVc’とする。
(13)作用電極歳基準電位値取得工程(S1213):S1211において作用電極で得られる基準電位値を取得する。本工程で取得した再基準電位値をbVs’とする。S1212と本工程の処理の順序は問わない。同時に行っても構わない。
(14)再基準差分電位値取得工程(S1214):前記S1212とS1213で発生した再基準電位値の差分、すなわちbVs’−bVc’を取得する。
(15)再差分電位値取得工程(S1215):S1207で取得された基準差分電位値とS1214取得された再基準差分電位値の両電位値の差分である(bVs’−bVc’)−(bVs−bVc)を再差分電位値として取得する。ここで、非電離物質の擬似生体脂質高分子膜への吸着がなければ、再差分電位値は0となるが、実際には吸着により正負いずれかの電位を取得できる。非電離物質が甘味物質である場合には、当該再差分電位値を取得することによって、甘味物質を食べた後の舌の上に残る後味を測定することが可能となる。
(16)差分電位値出力工程(S1216):前記S1209で得られる目的差分電位値(Vs−Vc)−(bVs−bVc)、S1215で得られる再差分電位値(bVs’−bVc’)−(bVs−bVc)等を出力する。当該差分電位値の出力パターンは、目的に応じて適宜選択すればよい。
【0094】
以上の処理は、計算機に実行させるためのプログラムで実行することができる。また、このプログラムを計算機によって読み取り可能な記録媒体に記録することができる。
【0095】
<実施形態4:効果>
本実施形態の膜電位測定装置によれば、非電離物質を電位的に高感度で測定することが可能となる。従来の味覚センサ装置においては甘味物質に対する応答感度の著しい低さが最大の問題であった。しかし、本実施形態の膜電位測定装置によれば、他の基本味物質のそれぞれに応答する作用電極を有することで、上記問題を解決することができる。すなわち、基本味の全てを高感度に、かつ選択的に測定することが可能となる。加えて、各味覚物質の相乗効果や抑制効果の正確な測定が可能となる等、ヒトの味覚という感性に限りなく近い味覚センサ装置を提供することができる。また、当該装置を用いることで、精度の高い味の再現、味覚のデータベース化等も可能となる。
【0096】
<<実施例>>
【0097】
以下の実施例1から7をもって本発明を具体的に説明する。ただし、以下の実施例は単に例示するのみであり、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0098】
<擬似生体脂質高分子膜の作製>
本発明の擬似生体脂質高分子膜の作製方法についての具体例を以下に挙げる。ここでは、前記実施形態2の擬似生体脂質高分子膜について説明する。なお、擬似生体脂質高分子膜の修飾部の説明は、作製上の関係から実施例2の作用電極の作製の説明と一部前後する。
【0099】
(膜本体部の作製方法)
1.ねじ口瓶(SV−20)に攪拌子を入れ、続いて、マイクロピペットでTHF(シグマ?アルドリッチ:以下同じ)を5ml入れた。THFは揮発性物質のため、以降、操作後は直ちにフッ素樹脂シート(100μm厚)を挟んで蓋をした。
2.脂質性物質としてTDAB(フルカ)を2.5mg、可塑剤としてDOPP(同仁化学:0.3%PPME含有)を1.5ml、それぞれマイクロピペットで加えた後、30分間攪拌した。
3.THF5mlを加え(合計10ml)、さらに30分間攪拌した。
4.高分子材としてPVC(和光純薬:以下同じ)を800mg入れて1時間攪拌した。
5.上記THFにより溶解した混合溶液をシャーレに取り出し、薄く広げた。
6・シャーレの蓋をした状態でドラフト内にて72時間以上乾燥させた。この工程で、THFが揮散するため混合液が再固化する。以上の工程によって膜本体部を作製した。なお、この方法で得られた膜本体部の厚さは約200μmであった。
【0100】
(修飾部の作製方法)
1.タンニン酸溶解液として30mM KCl/0.3mM 酒石酸の混合溶液を35ml調整した。
2.多価フェノールとしてタンニン酸(関東化学)を17.5mg(0.05%W/V)を加えた後、攪拌子で1分間攪拌した。これにより、タンニン酸混合液を調製した。
3.上記で作製したシャーレ内の膜本体部をTHF、若しくはエタノールで洗浄したカッターで21区画に切り分けた。
4.膜本体部を支持体に貼り付けた。支持体への膜張り方法については、実施例2に記載した。
5.前記タンニン酸溶液に1区画分の膜本体部を貼り付けた支持体を48時間完全に浸漬させた。なお、膜本体部はTHF(もしくはエタノール)で洗浄したピンセットで取り扱った。
以上の工程をもって、擬似生体脂質高分子膜を作製した。
【0101】
また、上記以外の修飾部の作製方法として以下の方法も用いた。
1.タンニン酸溶解液として30mM KCl/0.3mM 酒石酸の混合溶液を35ml調整した。
2.多価フェノール酸として没食子酸(東京化成工業)を17.5mg(0.05%W/V)を加えた後、攪拌子で1分間攪拌した。これにより、タンニン酸混合液を調製した。
3.上記で作製したシャーレ内の膜本体部をTHF、若しくはエタノールで洗浄したカッターで21区画に切り分けた。
4.膜本体部を支持体に貼り付けた。
5.100mM KCl/10mM KOH/30% エタノール混合液に90秒浸漬後、30mM KCl/0.3mM 酒石酸の混合溶液に270秒浸漬させた。その後、タンニン酸混合溶液に30秒浸漬した後、再び、30mM KCl/0.3mM 酒石酸の混合溶液に40秒浸漬させた。
6.本手順5を約140回繰り返した。
以上の工程をもって、擬似生体脂質高分子膜を作製した。
【実施例2】
【0102】
<作用電極の作製>
前記実施例1で作製した擬似生体脂質高分子膜を用いて作用電極を作製する。
【0103】
(接着剤の作製)
1.ねじ口瓶(SV−20)に攪拌子を入れ、マイクロピペットでTHFを10ml入れた。操作後は直ちにフッ素樹脂シート(100μm厚)を挟んで蓋をした。
2.PVCを800mg加え、攪拌子で1500rpm程度の回転速度にて1時間攪拌した。以上の工程により得られる溶液を膜張り用の接着剤として使用した。
【0104】
(支持体への膜張り)
1.不織布(ベンコット:旭化成せんい)上にフッ素樹脂シート(500μm厚)を敷き、実施例1で作製した擬似生体脂質高分子膜を置いた。
2.支持体の膜張り付け箇所にピペットを使って20μlの前記接着剤を塗布した。
3.支持体の膜張り付け箇所をフッ素樹脂シート上の膜に押し付けた後、フッ素樹脂シートごと裏返し、空気を抜くように当該シート上からさらに綿密に押した。
4.支持体からフッ素樹脂シートを慎重に剥がして、1時間乾燥させた。
5.支持体と膜本体部の密着性を確実にするために、ピペットを使って支持体と膜本体部の間隙にTHFを塗布した後、一日乾燥させた。
6.支持体内部に緩衝層として3.3M KCl/飽和AgClを入れ、導電体としてAgCl/Clからなる電極棒を支持体内部に配置した。なお、上記作業は全てピンセットを用いてグローブを着用した状態でドラフト内にて行った。また、ピンセットはTHF、若しくはエタノールで洗浄し、膜取扱用、雑用をそれぞれ使い分けた。以上の工程をもって作用電極を作製した。
【0105】
(プリコンディション処理)
上記作用電極を用いた測定において、安定した測定電位を得るために実測定前の処理としてプリコンディション処理を行った。当該処理は、基準溶液に予め電極を浸漬することで、電極の膜に呈味物質を吸着させ測定電位を安定させる操作である。基準溶液には通常、測定対象溶液の一つが用いられる。ここでは、30mM KCl/0.3mM 酒石酸を基準溶液として、前記作製した作用電極を2日間当該溶液中に浸漬した。
【実施例3】
【0106】
<膜本体部構成要素の非電離物質応答感度における至適濃度条件の検証>
【0107】
(目的)非電離物質に最も高感度に応答する脂質性物質と可塑剤の濃度を検証する。
【0108】
(方法)脂質性物質と可塑剤との濃度を変えた擬似生体脂質高分子膜を作製し、各膜に対する測定対象溶液の応答電位を測定した。
1.脂質性物質と可塑剤はそれぞれTDABとDOPPを以下に示した濃度範囲で用いた。
脂質性物質:TDAB・・・・・・・・・・・1.3mg〜3.0mg
可塑剤:DOPP(0.3%PPME含有)・・1.0ml〜1.7ml
2.TDABとDOPPの濃度を上記範囲で変えた擬似生体脂質高分子膜を作製した。各擬似生体脂質高分子膜の膜本体部の作製方法は前記実施例1に準じて行った。
3.各膜に対する測定対象溶液の応答電位を測定した。測定対象溶液には1Mショ糖/30mM KCl/0.3mM 酒石酸の混合液を用いた。
【0109】
なお、本実施例以降での電位測定を行う膜電位測定装置は、いずれも市販の味覚センサ(SA402B:(株)インセント)を用いた。それ故、前記実施例2の作用電極(以下、本発明の作用電極とする。)は、その支持体を当該センサの作用電極支持体と同型のもので作製した。そして、本発明の作用電極を他の作用電極と同様の方法で当該センサに配置し、同様の操作で測定に使用した。電極で取得した電位の処理も、当該センサのコンピュータにインストールされている解析プログラムに従って従来の作用電極と同様に行った。
【0110】
(結果)測定の結果を図14に示す。図中X軸はDOPPの濃度(ml)を、またY軸はTDABの濃度を、そしてZ軸は擬似生体脂質高分子膜から得られる応答電位(mV)を表す。
【0111】
この図で示すようにショ糖に対する電位応答性は破線で示すようにDOPPが2.25〜2.5mg間、TDABが1.5mlのときに電荷のピークが見られた。すなわち、ショ糖に対する電位応答性はTDABやDOPPの濃度の増加に伴って直線的に増加するのでなく、正電荷を帯びたTDAB(脂質性物質)と負電荷を有するDOPP(可塑剤:ただし、実際に負電荷を有するのはPPME等の不純物)の膜表面における電荷密度のバランスが重要であることが示唆された。それ故、実施例1の擬似生体脂質高分子膜は、非電離物質に対して応答感度の高いTDABとDOPPの濃度条件で作製している。
【実施例4】
【0112】
<修飾部の非電離物質に対する応答性の検証>
【0113】
(目的)多価フェノールからなる修飾部の機能について検証した。
【0114】
(方法)膜本体部のみと、修飾部を有する擬似生体脂質高分子膜との非電離物質に対する応答性を検証した。
1.実施例1の膜本体部のみを用いて、実施例2の方法に従って作用電極を作製した。この作用電極を作用電極C(Control)とする。
2.実施例1の修飾部を有する擬似生体脂質高分子膜を用いて、実施例2の方法に従って作用電極を作製した。この作用電極を作用電極T(Test)とする。
3.それぞれの作用電極を味覚センサA402Bに取り付けた。
4.非電離物質は、ショ糖を用いた。測定対象溶液は、以下のショ糖溶液を調製した。
(a)1mM ショ糖/30mM KCl/0.3mM 酒石酸
(b)3mM ショ糖/30mM KCl/0.3mM 酒石酸
(c)10mM ショ糖/30mM KCl/0.3mM 酒石酸
(d)30mM ショ糖/30mM KCl/0.3mM 酒石酸
(e)100mM ショ糖/30mM KCl/0.3mM 酒石酸
(f)300mM ショ糖/30mM KCl/0.3mM 酒石酸
(g)1M ショ糖/30mM KCl/0.3mM 酒石酸
5.各作用電極における上記(a)〜(g)の各濃度のショ糖溶液の応答電位を前記実施例3の方法に従って測定した。
【0115】
(結果)測定の結果を図15に示す。各濃度において作用電極Cで得られた電位値は黒四角で、作用電極Tで得られた電位値は黒丸でそれぞれグラフ中にスポットし、それらの基づく近似線を記した。
【0116】
この図で示すように作用電極Cでは上記測定濃度範囲内での応答はほとんど見られず、1Mショ糖水溶液の測定でやや応答電位が得られる程度であった。これに対して作用電極Tでは30mVから応答電位が得られ、特に100mM以上の濃度では著しい応答電位が確認された。以上の結果から、本発明の修飾部は擬似生体脂質高分子膜が非電離物質に応答する上で重要な機能を果たしていることが立証された。
【実施例5】
【0117】
<擬似生体脂質高分子の非電離物質に対する応答性の検証>
【0118】
(目的)ショ糖以外の非電離物質に対する擬似生体脂質高分子の応答性について検証した。
【0119】
(方法)前記実施例4の作用電極Tを用いて、甘味物質以外の非電離物質であるカフェインの応答性について検証した。また、比較に実施例4で応答性の見られた1mMショ糖についても測定を行った。測定装置、及び測定方法は実施例3、及び4に準じた。測定対象溶液は、以下のように調製した。
(a)0.1mM カフェイン/30mM KCl/0.3mM 酒石酸
(b)0.3mM カフェイン/30mM KCl/0.3mM 酒石酸
(c)1mM カフェイン/30mM KCl/0.3mM 酒石酸
(d)10mM カフェイン/30mM KCl/0.3mM 酒石酸
(e)1M ショ糖/30mM KCl/0.3mM 酒石酸
【0120】
(結果)測定の結果を図16に示す。それぞれの濃度で5回測定を行い、その平均値を棒グラフで示している。図中のエラーバーは当該測定結果の誤差範囲を示すものである。
【0121】
この図で示すように、カフェインの応答電位は10mMにおいても10mV以下と、ショ糖と比較すると低い。しかし、従来の脂質高分子膜では例え高濃度であってもカフェインからは応答電位を得ることができなかった(図示せず)。当該事実を鑑みれば、本発明の擬似生体脂質高分子は従来膜よりもカフェインに対して高い応答性を有すると解することができる。これはまた、本発明の擬似生体脂質高分子膜が甘味物質以外の非電離物質に対しても従来膜よりも高い応答性を有することを示唆している。
【実施例6】
【0122】
<非電離物質に対する応答感度の検証>
【0123】
(目的)本発明の擬似生体脂質高分子膜の非電離物質に対する応答感度について検証した。
【0124】
(方法)従来の非電離物質に対して最も応答性の高かった脂質高分子膜(以下、従来膜とする。)と本発明の膜との非電離物質に対する応答感度を比較した。
1.従来膜は、背景技術で述べた非特許文献1に記載のPVC、DOPP、2C16、そしてTDABから構成される脂質高分子膜を使用した。当該膜は膜本体部のみからなり修飾部は有していない。この膜を用いて前記実施例2で示した方法に従って作用電極を作製した。当該作用電極を作用電極F(Former)とする。
2.作用電極Tは前記実施例5で作製した電極と同様のものを使用した。
3.それぞれの作用電極を味覚センサA402Bに取り付けた後、前記実施例3〜5と同様の測定条件で測定した。
【0125】
(結果)図17に本実施例の結果を示す。各濃度において作用電極Fで得られた電位値は黒三角で、作用電極Tで得られた電位値は黒丸でそれぞれグラフ中にスポットし、それらの基づく近似線を記した。なお、本実施例は同一条件で5回測定を行い、その平均値をプロットで示している。図中のエラーバーは当該測定結果の誤差範囲を示すものである。
【0126】
この図で示すように作用電極FとTは共に30mM前後のショ糖溶液から応答電位が得られた。しかし、その後の応答感度は作用電極Tにおいて著しく、300mMでは作用電極Fの約3倍、1Mでは約4倍の応答電位が得られた。このように本発明の擬似生体脂質高分子膜は、従来膜よりも非電離物質に対して高い応答感度を有することが明らかとなった。
【0127】
また、作用電極Tにおいて300mMから1Mの範囲のショ糖濃度から得られる応答電位の絶対値は、約20mV〜約80mVであった。他の受容膜で測定されるそれぞれの基本味物質に対する応答電位は、通常0mV〜10mVの範囲内にある。この事実を鑑みれば、当該測定値は非電離物質に対する応答感度として十分な値であると言える。
【実施例7】
【0128】
<非電離物質に対する選択性の検証>
【0129】
(目的)本発明の擬似生体脂質高分子膜の応答感度が非電離物質に対して選択性を有するかについて検証した。
【0130】
(方法)本実施例で用いた各基本味物質の測定対象溶液の組成は以下の通りである。
(1)塩味:300mM KCl/0.3mM 酒石酸
(2)酸味:30mM KCl/3mM 酒石酸
(3)旨味:10mM MSG(グルタミン酸水素ナトリウム)/30mM KCl/0.3mM 酒石酸
(4)苦味:0.1mMキニーネ塩酸塩/30mM KCl/0.3mM 酒石酸 (5)甘味:1M ショ糖/30mM KCl/0.3mM 酒石酸
前記作用電極Tと、作用電極Fでそれぞれの測定対象溶液の応答電位を測定した。なお、想定装置、及び測定方法等については前記実施例3〜6に準じた。
【0131】
(結果)図18に本実施例の結果を示す。測定対象溶液の測定は同一条件で5回を行い、その平均値を棒グラフとして示した。図中のエラーバーは各測定結果の誤差範囲である。また、図中の黒棒は作用電極Tの測定値を、白棒は作用電極Fの測定値をそれぞれ示している。
【0132】
この図で示すように、従来膜を有する作用電極Fで基本味を測定した場合、酸味物質と苦味物質は20mV〜30mVの応答電位を、また旨味物質と甘味物質の各物質はいずれも約−40mV〜−20mVを示した。このように従来膜は甘味物質以外に旨味物質に対しても比較的近い応答感度を示した。したがって、従来膜は実施例6で示した非電荷物質に対する応答性が見られてもその選択性が低いため非電荷物質の受容膜として十分な機能を有しているとは言い難かった。
【0133】
一方、本発明の擬似生体脂質高分子膜を有する作用電極Tで基本味を測定した場合、甘味物質から約−70mVの応答電位が得られた。これは他のいずれの基本味物質から得られる応答電位とも明瞭に区別できる。塩味物質に対する応答電位が約−30mVと若干高いことから、塩味物質による誤測定が懸念されるかもしれない。しかし、これは塩味物質に対する受容膜を有した作用電極を併用することで容易に解決できる。非電離物質は塩味物質の受容膜では応答電位がほとんど得られないためである。したがって、本発明の擬似生体脂質高分子膜は、非電離物質に対して高い選択性を有することが立証された。
【0134】
(結論)以上、実施例3から7の結果より本発明の擬似生体脂質高分子膜は、非電離物質に対して高い応答感度と選択性を有することが証明された。したがって、本発明の擬似生体脂質高分子膜とそれを用いた作用電極、さらに当該電極を有する膜電位測定装置は、非電離物質を測定する上で有用である。
【図面の簡単な説明】
【0135】
【図1】実施形態1の擬似生体脂質高分子膜の構成を説明するための図
【図2】可塑剤DOPPとそれに含まれる不純物PPMEの構造を説明するための図
【図3】没食子酸とPGGの構造を説明するための図
【図4】HHDPとエラグ酸、およびカザリクチンの構造を説明するための図
【図5】実施形態2の擬似生体脂質高分子膜の構成を説明するための膜の拡大概念図
【図6】脂質性物質TDABの構造を説明するための図
【図7】実施形態3の構成を説明するための作用電極の断面図
【図8】実施形態3のチップ型センサにおける作用電極を説明するための斜断図
【図9】実施形態4の膜電位装置を説明するための図
【図10】味覚センサの測定回路を説明するための図
【図11】実施形態4で基準溶液処理を行わない場合の測定方法の流れ図
【図12】実施形態4で基準溶液処理を行う場合の測定方法の流れ図
【図13】甘味物質の化学受容説を説明するための図
【図14】実施例3の結果を説明するための図
【図15】実施例4の結果を説明するための図
【図16】実施例5の結果を説明するための図
【図17】実施例6の結果を説明するための図
【図18】実施例7の結果を説明するための図
【符号の説明】
【0136】
0101、0501:膜本体部
0102、0502:修飾部
0503:脂質性物質
0700、0806、0905、1006:擬似生体脂質高分子膜を有する作用電極
0702、0803:擬似生体脂質高分子膜
0802、0902、1002:作用電極
0703、0804:導電体
0805、0901、1001:参照電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子材と、その可塑剤とからなる膜本体部と、
膜本体部の表面を表面修飾する多価フェノールからなる修飾部と、
からなる擬似生体脂質高分子膜。
【請求項2】
高分子材と、その可塑剤とを混合してなる膜本体部と、
この膜本体部を多価フェノールを含む溶液中に浸漬することでその表面に生成される修飾部と、
からなる擬似生体脂質高分子膜。
【請求項3】
高分子材と、その可塑剤と、脂質性物質とからなる膜本体部と、
膜本体部の表面を表面修飾する多価フェノールからなる修飾部と、
からなる擬似生体脂質高分子膜。
【請求項4】
高分子材と、その可塑剤と、脂質性物質とを混合してなる膜本体部と、
この膜本体部を多価フェノールを含む溶液中に浸漬することでその表面に生成される修飾部と、
からなる擬似生体脂質高分子膜。
【請求項5】
前記脂質性物質は、テトラドデシルアンモニウムブロマイド(TDAB)である請求項3又は4に記載の擬似生体脂質高分子膜。
【請求項6】
前記可塑剤は、リン酸ジ−n−オクチルフェニル(DOPP)及びフェニルホスホン酸モノオクチルエステル(PPME)である請求項1から5のいずれか一に記載の擬似生体脂質高分子膜。
【請求項7】
前記修飾部の多価フェノールは、多価フェノール酸、及び/又は加水分解型タンニンである請求項1から6のいずれか一に記載の擬似生体脂質高分子膜。
【請求項8】
前記修飾部は、外来の非電離物質に応答して膜本体部に電位を発生させる機能を有する請求項1から7のいずれか一に記載の擬似生体脂質高分子膜。
【請求項9】
前記修飾部は、外来の非電離物質である甘味物質に応答する請求項8に記載の擬似生体脂質高分子膜。
【請求項10】
支持体と、
請求項1から9のいずれか一に記載の擬似生体脂質高分子膜と、
擬似生体脂質高分子膜の表面側で外来の非電離物質に応答して発生する膜電位をその裏面側から取得する導電体と、
を有する作用電極。
【請求項11】
請求項10に記載の作用電極を有する膜電位測定装置。
【請求項12】
参照電極と請求項10に記載の作用電極とを測定対象溶液に接触させ、非電離物質に応答して各電極で発生する電位値の差分を測定する非電離物質測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2007−217630(P2007−217630A)
【公開日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−42268(P2006−42268)
【出願日】平成18年2月20日(2006.2.20)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(502240607)株式会社インテリジェントセンサーテクノロジー (10)
【Fターム(参考)】