説明

呼吸器感染症の予防および/または治療剤

【課題】
副作用がなく、安全性が高く、摂取が容易な呼吸器感染症の予防および/または治療剤の提供。
【解決手段】
ラクトバチルス・アシドフィラス(Lactobacillus acidophilus)に属する乳酸菌を抗呼吸器感染症作用の有効成分として含有する呼吸器感染症の予防および/または治療剤とする。ラクトバチルス・アシドフィラスに属する乳酸菌の1日摂取量当たりの含有量が1×10〜1×1011個であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、呼吸器感染症の予防および/または治療剤に関する。より詳細には、本発明は、ラクトバチルス・アシドフィラス(Lactobacillus acidophilus)に属する乳酸菌を抗呼吸器感染症作用の有効成分として含有する呼吸器感染症の予防および/または治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
呼吸器感染症のひとつである肺炎は日本の死亡原因の第4位となっている。特に高齢者の肺炎死亡率は高い。そして、今後進行する日本の高齢化社会を考え、肺炎を始めとする呼吸器感染症に対する予防および治療対策の必要性がますます高まっている。
現在、呼吸器感染症の予防としては主にワクチンが使用され、また治療には種々の薬剤が開発されている。しかし、呼吸器感染症の原因となる病原微生物には様々な種類が存在し、その全てに対してワクチンで予防することはできない。また、ワクチン接種や治療薬の使用による副作用が生じることもあり、問題となるケースもある。
したがって、副作用がなく、安全で、かつ様々な病原微生物に対して有効な予防および/または治療剤が強く求められている。
【0003】
生体(宿主)は病原微生物など自己とは異なる異物を排除する免疫と呼ばれる生体防御機構を有している。病気やストレスなどでこの免疫の働きが弱くなっている時などに、病原微生物を排除する防御機構が機能せず、感染症の発症に至る場合がある。この防御機構のうち、感染初期に病原微生物の排除に働くと考えられているのが自然免疫である。従って、自然免疫の活性化が感染症予防に効果的であると考えられている。
【0004】
病原微生物が感染すると、生体はこれを排除するために様々なサイトカイン(やケモカイン)を産生することが知られている。
ここで、サイトカイン、ケモカインの用語について述べれば、サイトカインは正確には、細胞間情報伝達分子のことを指すとされるが、このくくりでいうと範囲が膨大になり、どの分子までをサイトカインと呼ぶかについては、当該技術分野で共通認識が確立されていないのが現状である。そして、一般的には、ケモカインはサイトカインの一種としているが、サイトカインとケモカインを別のものとして扱って、「サイトカイン、ケモカイン」と並列的に記載している文献も多い。ケモカインは、白血球走化に対する作用(ケモタキシス)を有するサイトカインの総称とされ、炎症部で大量に産生され、血管内から炎症組織内への白血球の遊走をもたらすものである。他のサイトカインが、標的臓器の血球に対して分化増殖作用も併せ持つのに対し、ケモカインは、標的細胞の分化増殖にはほとんど関与せず、遊走活性化作用のみを有するものである。この点からみて、ケモカインは他のサイトカインとは異なる特性を有するものである。
このような背景から本願では、サイトカインを「ケモカイン以外のサイトカイン」とし、ケモカインとは別のものとして記載する。
【0005】
さて、上記のように、病原微生物が感染すると、生体はこれを排除するために様々なサイトカインやケモカインを産生する。しかし、過剰なサイトカイン、ケモカインは病原微生物への傷害だけでなく、臓器などの生体組織に対しても傷害を及ぼしてしまう可能性が指摘されており、病態悪化の一因と考えられている。特に、一般的に、病原微生物が感染後、早期にサイトカイン、ケモカインが上がりすぎると、症状が悪化することが知られている。例えば、炎症や細胞死に関連する反応(サイトカイン、ケモカインの上昇も含まれる)が高病原性インフルエンザウイルスの感染に伴う重症化を引き起こすこと(非特許文献1)、やマウスにおいて感染初期の早い、且つ継続した炎症反応(サイトカイン、ケモカインの上昇も含まれる)が病態の悪化を引き起こしていること(非特許文献2)が報告されている。また、インフルエンザウイルスの感染によりインターフェロン、炎症、自然免疫に関与した遺伝子の発現が非常に強く上昇すること、サイトカイン、ケモカインはウイルスが感染した結果、感染した細胞から主に産生されること(非特許文献3)が知られている。
【0006】
一方、乳酸菌は古くからヒトの食生活に利用され、食べ続けられてきたもので、健康に良いものとして知られている。そして、ラクトバチルス・アシドフィラスに属する乳酸菌は、ヒト由来の菌であり、ヒト消化管内に生息することが知られ、腸内環境の改善、腸管機能の亢進をはじめ、近年は、コレステロール抑制、免疫バランスの改善による抗アレルギー作用や抗腫瘍作用など多くの生理活性を有することが報告されている。しかし、該乳酸菌の、感染初期に産生される多くのサイトカイン、ケモカインに対する影響は知られておらず、特にケモカインに対する影響は知られていない。
【0007】
乳酸菌の生理活性としては、例えば、ラクトバチルス・アシドフィラスに属する乳酸菌(以下、「L.アシドフィラス」ともいう。)が、血中および肝臓コレステロール低下作用を有すること(特許文献1)、やL.アシドフィラスやラクトバチルス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)に属する乳酸菌がI型アレルギーの発症に関わるIgE抗体量を減少させてアレルギー体質を改善することができること(特許文献2)が知られている。また、ラクトバチルス菌属に属する乳酸菌(L.アシドフィラスを含む)、ビフィドバクテリウム(Bifidobacterium)菌属に属する乳酸菌、ストレプトコッカス(Streptococcus)菌属に属する3属の乳酸菌から選択した1種または2種以上の乳酸菌を用いて複数のグループを形成し、それらグループ毎に継代培養して共生状態を維持し、この継代培養されたグループ単位の乳酸菌同士をさらに共棲培養して得た乳酸菌培養液を、加熱滅菌した後にろ過して得たろ液と、このろ液をろ過したときの残渣を粉末化した粉末とを混合した抗腫瘍活性剤(特許文献3)が知られている。
【0008】
さらに、ラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)に属する乳酸菌を有効成分として含有する、インフルエンザワクチンのアジュバントに関する発明が知られている(特許文献4)が、この「アジュバント」とは、薬剤の効果を増強する添加剤のことであり、それ自体(ラクトバチルス・プランタラム)が単独で予防または治療の効果を有するものではないうえ、ラクトバチルス・プランタラムは植物由来の菌が多く、ヒト由来の菌であるL.アシドフィラスとは、基本的にその性質は異なるものと認識されている。しかも、該特許文献4には、L.アシドフィラス自体の呼吸器感染症の予防および/または治療剤に関する知見はなんら記載されていないばかりかサイトカイン、ケモカインに関する記載もない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平7−250670公報
【特許文献2】特開2004−26729公報
【特許文献3】特開2005−97280号公報
【特許文献4】特開2010−47485号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】John C.Kash et al,「Genomic analysis of increased hostimmune and cell death responses induced by 1918 influenza virus」,Nature,2006 October 5;443(7111),p.578−581
【非特許文献2】Cristian Cilloniz et al,「Lethal Dissemination of H5N1 Influenza Virus Is Associated with Dysregulation of Inflammation and Lipoxin Signaling in a Mouse Model of Infection」,JOURNAL OF VIROLOGY,Aug.2010,p.7613−7624
【非特許文献3】Carole R.Baskina et al,「Early and sustained innate immune response defines pathology and death innonhuman primates infected by highly pathogenic influenza virus」,PNAS,March 3,2009,vol.106no.9,p.3455−3460
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記従来の呼吸器感染症の予防・治療剤が抱える問題点を踏まえ、副作用がなく、安全性が高い呼吸器感染症の予防および/または治療剤の提供を目的とするものである。
さらに、本発明は、摂取しやすく、長期に摂取しても副作用がなく、安全性が高い呼吸器感染症の予防および/または治療剤の提供を目的とするものである。
【0012】
本発明者等は、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、意外にも、ラクトバチルス・アシドフィラス(Lactobacillus acidophilus)に属する乳酸菌が、感染初期のサイトカイン、ケモカインの発現を抑制し、呼吸器感染症の予防および/または治療に極めて有用であることを見出し、この知見をもとに本発明を完成させるに至った。
このように、本発明は、古くからヒトの食生活に利用され、食べ続けられてきた乳酸菌の新たな機能である、感染によって産生される組織傷害を引き起こすサイトカインおよび/または、ケモカインの感染初期における過剰な発現を抑制する機能の発見に基づき、長期に摂取しても副作用がなく、安全性が高く、摂取しやすい、呼吸器感染症の予防および/または治療剤の発明を完成させたのである。
すなわち、本発明は、ラクトバチルス・アシドフィラスに属する乳酸菌の新たな機能に基づく用途発明を完成させた発明である。
【0013】
本発明は、以下の(1)ないし(8)に記載の呼吸器感染症の予防および/または治療剤を要旨とする。
(1)ラクトバチルス・アシドフィラス(Lactobacillus acidophilus)に属する乳酸菌を抗呼吸器感染症作用の有効成分として含有する呼吸器感染症の予防および/または治療剤。
(2)抗呼吸器感染症作用が、生体の病原微生物感染初期にサイトカインおよび/またはケモカインの発現を調節する作用であることを特徴とする、上記(1)に記載の呼吸器感染症の予防および/または治療剤。
(3)抗呼吸器感染症作用が、生体の病原微生物感染初期にサイトカインおよびケモカインの発現を調節する作用であることを特徴とする、上記(1)に記載の呼吸器感染症の予防および/または治療剤。
(4)サイトカインおよび/またはケモカインの発現を調節する作用が、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子、マクロファージコロニー刺激因子、インターロイキン−3、インターロイキン−5、インターロイキン−13、インターロイキン−15、CXCL10、CXCL2、CXCL1、白血病阻止因子、CCL2、CCL3、CCL4、CXCL9、CCL5、インターロイキン−12p70、血管内皮増殖因子の1種以上の発現の抑制作用であることを特徴とする、上記(2)または(3)に記載の呼吸器感染症の予防および/または治療剤。
(5)サイトカインおよび/またはケモカインの発現を調節する作用が、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子、マクロファージコロニー刺激因子、インターロイキン−3、インターロイキン−5、インターロイキン−6、インターロイキン−13、インターロイキン−15、CXCL10、CXCL2、CXCL1、白血病阻止因子、CCL2、CCL3、CCL4、CXCL9、CCL5、腫瘍壊死因子α、インターロイキン−12p70、血管内皮増殖因子の2種以上の発現の抑制作用であることを特徴とする、上記(2)または(3)に記載の呼吸器感染症の予防および/または治療剤。
(6)ラクトバチルス・アシドフィラスに属する乳酸菌が、ラクトバチルス・アシドフィラスCL−92株(特許生物寄託センター受託番号FERM BP−4981)、又はその派生株若しくは変異株、およびラクトバチルス・アシドフィラスCL−0062株(特許生物寄託センター受託番号FERM BP−4980)、又はその派生株若しくは変異株から選択される少なくとも1種であることを特徴とする、上記(1)ないし(5)のいずれかに記載の呼吸器感染症の予防および/または治療剤。
(7)1日摂取量当たりの乳酸菌の含有量が1×10〜1×1011個であることを特徴とする、上記(1)ないし(6)のいずれかに記載の呼吸器感染症の予防および/または治療剤。
(8)乳酸菌が生菌および/または死菌であることを特徴とする、上記(1)ないし(7)のいずれかに記載の呼吸器感染症の予防および/または治療剤。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、古くからヒトの食生活に利用され食べ続けられてきた安全な乳酸菌の新たな機能の発見に基づく用途発明に関するものであり、本発明の呼吸器感染症の予防および/または治療剤は治療剤は、副作用がなく、安全性が高い予防および/または治療剤であるという効果を有するものである。
そして、本発明は、本発明の乳酸菌の従来から知られている整腸や消化、吸収の改善等に加えて、病原微生物に感染した際にその初期にサイトカインおよび/またはケモカインの発現を調節(抑制)する該乳酸菌の作用により、呼吸器感染症予防に効果的であり、かつ、感染しても重症化を抑えるという効果がある予防および/または治療剤を提供するものであるので、医療費等の軽減にもつながる大きな効果を有するものである。
さらに、本発明の呼吸器感染症の予防および/または治療剤は、ワクチン接種のような手段を要せずに、口から容易に摂取できるものであるので、摂取しやすく、長期に服用しても副作用がなく、安全性が高い予防および/または治療剤であり、高齢者や幼児にも手軽に利用できるものであるから、健康に寄与する効果が大きいものである。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】は、実施例1における、生理食塩水試料で飼育しウイルス接種しない試験群1と生理食塩水試料で飼育でウイルス接種した試験群IIと本発明に係る乳酸菌菌体試料で飼育しウイルス接種した試験群IIIの各群のマウスの飼育期間中の一般状態の観察グラフである。
【図2】は、実施例1における同上の試験群I、II、IIIの各群のマウスの体重推移のグラフである。
【図3】は、実施例1における同上の試験群IIとIIIの各群のマウスのウイルス学的検査の比較グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明に用いるL.アシドフィラスに属する乳酸菌としては、種々の公知のものが使用でき、生菌、死菌いずれにも限定されない。
L.アシドフィラスに属する乳酸菌としては、例えば、L.アシドフィラスCL−92株(特許生物寄託センター受託番号FERM BP−4981)、又はその派生株若しくは変異株、L.アシドフィラスCL−0062株(特許生物寄託センター受託番号FERM BP−4980)、又はその派生株若しくは変異株、またはこれらの組み合わせからなる群より選択されるものなどが好ましく使用でき、特に、L.アシドフィラスCL−92株又はその派生株若しくは変異株が好ましい。
【0017】
本願発明の呼吸器感染症の予防および/または治療剤の摂取量としては、対象生物、年齢、体重等に応じて適宜決定することが好ましい。例えば、1日摂取量当たり、有効成分である上記乳酸菌の含有量が1×10〜1×1011個となるよう摂取することが好ましく、より好ましくは1×10〜1×1011個である。
【0018】
本願発明の予防および/または治療の対象とする呼吸器感染症の種類は特に限定されるものではなく、例えば、予防急性上気道感染症、急性気管支炎、百日咳、ウイルス肺炎(サイトメガロウイルス肺炎、麻疹肺炎、インフルエンザ肺炎など)、マイコプラズマ肺炎、クラミジア・ニューモニエ肺炎、オウム病、クラミジア・トラコマチス肺炎、Q熱コクシエラ肺炎、レジオネラ肺炎、細菌性肺炎、誤嚥性肺炎、びまん性嚥下性細気管支炎、胸膜炎、肺膿瘍、肺放線菌症、肺真菌症(肺クリプトコックス症、肺ムーコル症、肺トリコスポロン症)、肺アスペルギルス症、MRSA肺炎、多剤耐性緑膿菌による呼吸器感染症、肺結核症、結核性胸膜炎、非結核性抗酸菌症、寄生虫性肺疾患、ニューモシスチス肺炎、気管支拡張症、びまん性汎細気管支炎、副鼻腔気管支炎症候群、かぜ症候群、咽頭炎、喉頭蓋炎、咽頭炎などがあげられる。
【0019】
本発明の呼吸器感染症の予防および/または治療剤には、必要に応じて他の公知の添加剤、例えば、賦形剤、崩壊剤、結合剤、滑沢剤、坑酸化剤、コーティング剤、着色剤、橋味橋臭剤、界面活性剤、可塑剤、食品原料、あるいは香料、香味料などを混合して常法により、顆粒剤、散剤、カプセル剤、錠剤などの経口製剤とすることができる。
【0020】
本発明はL.アシドフィラスに属する乳酸菌を抗呼吸器感染症作用の有効成分として必須成分とするものであり、医薬、食品や飼料やそれらの添加剤に好適に適用できる。食品としては、例えば、適用形態として、発酵乳、ヨーグルト、乳飲料、清涼飲料水、乳酸菌飲料等の飲料、チーズ、ゼリー、生菓子、錠菓、ペースト、パンなど様々な食品に配合したものなど、一般食品が挙げられる。また、サプリメントや飼料または飼料添加剤にも適用される。飼料または飼料添加剤には他の一般的な飼料添加剤、例えばミネラル、ビタミン、アミノ酸、食物繊維などを含んでもよい。そして、医薬、食品や飼料やそれらの添加剤として、固形、液体、またはゲル等の半固形とすることができる。
【0021】
本発明に係る、サイトカイン、ケモカインについて説明する。
当該技術分野では、サイトカイン、ケモカイン名は通称的な略号で記されることが多いが、一方で、和名、または英語正式名やその正式略号で示されることもある。和名はすべてのサイトカイン、ケモカインにつけられてはおらず、英語名の正式略号が和名として用いられているものもあり、煩雑である。そこで、本発明の実施例1(試験)で用いた略号と英語正式名称、正式略号、和名およびケモカイン、サイトカイン(ケモカイン以外のサイトカイン)の分類の対照表を以下の表1に示す。
【0022】
【表1】

【0023】
以下に実施例により本発明の効果を含めて本発明を更に具体的に説明するが、当該、実施例の内容により本発明の技術的範囲が限定解釈されるものではない。
【実施例1】
【0024】
試験:生理食塩水試料で飼育するのみでウイルスを接種しない正常なマウスである試験群Iと、生理食塩水試料で飼育しウイルスを接種する試験群II、本発明に係る乳酸菌菌体試料で飼育しウイルスを接種する試験群IIIの各群のマウスを比較し、呼吸器感染症であるインフルエンザに対する本発明に係る乳酸菌菌体の予防・治療の効果について検討した。
(乳酸菌菌体試料の調整)
乳酸菌Lactobacillus acidophilusCL−92株をMRS(de Man−Rogosa−Sharpe,DIFCO)培地で培養し、1×10CFU/ml以上の菌体量となるように生理的食塩水に懸濁し、乳酸菌菌体試料とした。
(投与方法)
4週齢の雌性BALB/c系マウス(BALB/cCrSlc,SPF)103匹を購入し、4日間の訓化期間を設けた。この訓化期間後に体重の軽い動物を除外して84匹の動物を選択し、表1の通り、ランダムに群分けした。これを3〜5匹/ケージにて滅菌済飼料FR−2(株式会社フナバシファーム)、飲料水は上水道水をそれぞれ自由摂取させて飼育した。
試験群Iと試験群IIには生理食塩水を、試験群IIIには乳酸菌菌体試料を、それぞれ21日間、経口ゾンデ(有限会社 フチガミ器械)にて0.3ml/匹/日となるように強制投与した。16日目に試験群IIと試験群IIIにはマウス・インフルエンザウイルスPR8 [A/PR/8/34(H1N1)]株を1匹あたり0.05ml(6×10pfu/匹)ずつ、1回だけマイクロピペット(eppendorf

17日目(感染後1日目)、19日目(感染後3日目)、22日目(感染後6日目)に、表1に示す各群の所定の匹数をジエチルエーテルによる吸入麻酔下で安楽死させて、マウスの胸腔を解剖用剪刀で切開した。
以上をまとめて表2に示す。
【0025】
【表2】

【0026】
(評価方法および結果)
ウイルスに感染させずに生理食塩水試料で飼育した非感染群(試験I)、ウイルスに感染させて生理食塩水試料で飼育した対照群(試験群II)、およびウイルスに感染させて乳酸菌菌体試料で飼育した群(試験群III)について、(1)肺サイトカイン・ケモカインの測定、(2)肺ウイルス粒子数の測定、(3)一般状態の観察、(4)体重測定を行いそれぞれの群の差異を比較した。
【0027】
(1)肺サイトカイン・ケモカインの測定
試験開始から17日目(感染後1日目)に解剖により肺を摘出した。摘出した左肺を解剖用剪刀などで細片化し、プロテアーゼインヒビター(Protease Inhibitor Cocktail;Protease Inhibitor Cocktail for use with mammalian cell and tissue

生理食塩水(日本薬局方,生理食塩液,大塚生食注;株式会社大塚製薬工場)2mLを加えて、撹拌機(ホモジナイザーT10 ベーシック;型式T10basic;IKAジャパン株式会社)でホモジネートして肺組織液とし、サイトカイン・ケモカインの測定まで−80℃で保管した。このうち、一部をウイルス粒子の測定に使用し、一部をサイトカイン・ケモカインの測定に使用した。肺組織役を解凍して遠心して不溶物を取り除き、上清に含まれるサイトカイン・ケモカインを34種類測定した。34種類の内、Eotaxin,G−CSF,GM−CSF,Ifn−γ,IL−10,IL−12p40,IL−12p70,IL−13,IL−15,IL−17,IL−1α,IL−1β,IL−2,IL−3,IL−4,IL−5,IL−6,IL−7,IL−9,IP−10,KC,LIF,LIX,M−CSF,MCP−1,MIG,MIP−1α,MIP−1β,MIP−2,RANTES,TNF−α,VEGFの32種類のサイトカイン・ケモカインは、

マニュアルに従ってLuminex 200TM System(Luminex)を用いて測定した。
その結果、ウイルスを接種していない試験群Iに比べてウイルスを接種した試験群IIでは、ほとんどの種類のサイトカイン・ケモカイン量が増加していた。しかし、同じくウイルスを接種した群でも、乳酸菌を投与した試験群IIIでは、多くの種類のサイトカイン・ケモカイン量の増加が抑えられていた。試験群IIと試験群IIIのサイトカイン・ケモカイン量を統計的に比較解析したところ、試験群IIIの19種類のサイトカイン・ケモカインが試験群IIと比較して増加が抑制されていた (p<0.1,t検定)。 結果を表3に示す。
【0028】
【表3】

【0029】
(2)一般状態の観察
投与期間中は一日一回、観察を行い、下記の表4の評価方法を実施した。その結果、感染させなかった試験群Iではスコアの変化は起こらなかった。また、試験群IIIでは試験群IIに対してウイルス接種2日後以降のスコアを低いままに保っていた(図1)。
【0030】
【表4】

【0031】
(3)体重測定
体重測定は電子天秤にて、試験開始17日目(感染後1日目)、19日目(感染後3日目)、22日目(感染後6日目)に実施した。感染させた日の体重を100%として、その後の体重変動をグラフ化して比較した結果、ウイルスを接種していない試験群Iは、17日以降も体重が増加した。一方、試験群IIではウイルス接種後3日目から6日目にかけて顕著な体重低下が確認された。しかし、乳酸菌を投与した試験群IIIではウイルス接種後の変化は穏やかなものであった(図2)。
【0032】
(2)ウイルス粒子数の測定
試験開始から17日目(感染後1日目)、19日目(感染後3日目)、22日目(感染後6日目)に、解剖により肺を摘出し、左葉(左肺)を用いて肺サイトカイン・ケモカインの測定に記載した方法と同じ方法で、肺組織液を調製した。
この肺組織液を用いたウイルス粒子数は以下に示す逆培養法で測定した。MDCK細胞を10%仔ウシ血清(FBS、MultiSterTM Foetal Bovine Searum、Thermo Electron.)加 Eagle D−MEM培地(SIGMA)で、12 well−plate(MULTIWELL 12 Well;FALCON)にて、炭酸ガス培養装置(MC−069:37℃、5%CO、95%空気、飽和湿度;MCO−175、三洋電機特機株式会社)で2日間培養した。肺組織液の原液と10−2希釈液を0.1mlずつMDCK細胞に接種し、ウイルスを細胞に1時間吸着させた後に培地A[10×MEM(GIBCO)10mL、7.5% NaHCO3(和光純薬工業株式会社)3mL、200mM L−グルタミン[L(+)−Glutamine、和光純薬工業株式会社]2mL、1%DEAEデキストラン(DEAE−Dextran、Pharmacia Biotech)1mL、15%グルコース(D−グルコース、片山化学工業株式会社)1mL、10%BSA(Boehringer Mannheim GmbH)1mL、2.5% トリプシン(GIBCO)40μL、抗生剤(Antibiotic−Antimycotic、GIBCO)1mL、滅菌蒸留水31mL]と培地B[アガロース(AGAR NOBLE、三光純薬工業株式会社)0.8g、蒸留水 50mL]を等量混ぜ合わせ、1.5mLずつ細胞に重層した。アガロース液が固まったら炭酸ガス培養装置(MC−069:37℃、5%CO2、95%空気、飽和湿度;MCO−175、三洋電機特機株式会社)で2日間培養し、ニュートラルレッド(関東化学株式会社)1mLを重層し1時間炭酸ガス培養装置で培養後に上清を除去した。室温の暗所で1晩放置後にウイルスプラーク数を計測した。
その集計を平均値および標準誤差で表示した。なお、プラーク数が最高希釈倍率において20以下の場合はウイルス数集計および統計処理から除外し、その前の希釈倍率のプラーク数を採用した。又、原液においてプラーク数が20以下の場合でもウイルス数集計および統計処理に採用した。
その結果、試験群IIに対して試験群IIIでは接種後1日目、3日目、6日目のいずれの日でも肺組織内ウイルス粒子数の抑制が観察された(図3)(試験群Iにはウイルスを接種していないため図は省略)。乳酸菌の投与により、感染初期からウイルスの増殖が抑制されたことが明らかになった。
【0033】
(結果の検討)
「背景技術」で述べたように、病原微生物の感染後、早期にサイトカイン・ケモカインが上がりすぎると、症状が悪化することが知られている。上記の「評価方法および結果」の(1)肺サイトカイン・ケモカインの測定(量)(表3)で示したとおり、乳酸菌菌体を投与した試験群は接種1日目の過剰なサイトカイン・ケモカイン量の上昇を抑制していた。そして、(2)一般状態の観察(図1)、(3)体重測定(体重推移)(図2)のいずれの測定結果からも、乳酸菌菌体の投与はインフルエンザ症状を抑制した。(1)、(2)、(3)の結果より、乳酸菌菌体の投与は、19種類のサイトカイン・ケモカインの感染初期の過剰な増加を抑制し、症状が悪化することを防いだと考えられる。さらに、(4)肺ウイルス粒子数の測定結果(図3)より、乳酸菌の投与は感染初期からウイルス粒子の増殖を抑制した。先に述べたように、病原微生物の感染は早期のサイトカイン・ケモカイン量の増加を誘導し、その後症状の悪化を引き起こす。乳酸菌の投与は感染初期の病原微生物の増殖を抑制することで、感染初期の過剰なサイトカイン・ケモカイン量の上昇を防ぎ、症状の悪化を抑制したものと考えられる。従って、乳酸菌の症状の悪化を抑制する作用は、ウイルスに対してだけではなく、肺に感染する様々な病原微生物に対して有効であるといえる。
この実施例1(試験)により、ラクトバチルス・アシドフィラス(Lactobacillus acidophilus)に属する乳酸菌が、呼吸器感染症の予防および/または治療に顕著な効果があることが確認された。
【実施例2】
【0034】
(液状(ドリンク形態)剤の調整)
1%酵母エキスを添加した脱脂乳を殺菌し、これにL.アシドフィラスCL−92菌スタータを接種し、pH管理により菌数を調整しながら発酵乳を製造した。この際、必要に応じて、他の乳酸菌と共生発酵することにより発酵を速やかに行うことができる。例えば、37℃、6時間培養により10個/gの菌体を含む液状のドリンク形態の呼吸器感染症の予防および/または治療剤が得られた。
【実施例3】
【0035】
(凍結乾燥粉末および錠剤の調整)
実施例1と同様に製造した発酵乳を集菌し、真空凍結乾燥することにより粉末形態のインフルエンザの予防および/または治療剤が得られた。また、集菌用の発酵素材については、L.アシドフィラスCL−92株の発酵を良好にする目的で、異なる乳培地以外を用いることができる。例えば、MRS培地などが一般的に挙げられる。
さらに、該粉末について、常法による造粒や賦形剤を添加して打錠することにより、錠剤形態の呼吸器感染症の予防および/または治療剤が得られた。
なお、本発明の呼吸器感染症の予防および/または治療剤/または治療剤には、必要に応じて他の公知の添加剤、例えば、賦形剤、崩壊剤、結合剤、滑沢剤、坑酸化剤、コーティング剤、着色剤、橋味橋臭剤、界面活性剤、可塑剤、食品原料、あるいは香料、香味料などを混合することが可能である。
【0036】
(適用例)
本発明の呼吸器感染症の予防および/または治療剤は、医薬、食品や飼料に好適に適用できる。他の組成物と混合する場合は、有効成分である本発明の乳酸菌の含有量が1日当たり10個以上を摂取できるよう配合することが推奨される。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明は、古くからヒトの食生活に利用され食べ続けられてきた安全な乳酸菌の新たな機能の発見に基づく用途発明に関するものであり、本発明は、副作用がなく、安全性が高い呼吸器感染症の予防および/または治療剤を提供するものであるので、その産業上の利用可能性は大である。
そして、本発明は、本発明の乳酸菌の従来から知られている整腸や消化、吸収の改善等に加えて、病原微生物に感染した際にその初期にサイトカインおよび/またはケモカインの発現を調節(抑制)する該乳酸菌の作用により、呼吸器感染症予防に効果的であり、かつ、感染しても重症化を抑えるという効果がある予防および/または治療剤を提供するものであるので、医療費等の軽減にもつながり、その産業上の利用可能性は大である。
さらに、本発明の呼吸器感染症の予防および/または治療剤は、ワクチン接種のような手段を要せずに、口から容易に摂取できるものであるので、摂取しやすく、長期に服用しても副作用がなく、安全性が高い予防および/または治療剤であり、高齢者や幼児にも手軽に利用できるものであるから、健康に寄与する効果が大きく、産業上の利用可能性が大である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトバチルス・アシドフィラス(Lactobacillus acidophilus)に属する乳酸菌を抗呼吸器感染症作用の有効成分として含有する呼吸器感染症の予防および/または治療剤。
【請求項2】
抗呼吸器感染症作用が、生体の病原微生物感染初期にサイトカインおよび/またはケモカインの発現を調節する作用であることを特徴とする、請求項1に記載の呼吸器感染症の予防および/または治療剤。
【請求項3】
抗呼吸器感染症作用が、生体の病原微生物感染初期にサイトカインおよびケモカインの発現を調節する作用であることを特徴とする、請求項1に記載の呼吸器感染症の予防および/または治療剤。
【請求項4】
サイトカインおよび/またはケモカインの発現を調節する作用が、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子、マクロファージコロニー刺激因子、インターロイキン−3、インターロイキン−5、インターロイキン−13、インターロイキン−15、CXCL10、CXCL2、CXCL1、白血病阻止因子、CCL2、CCL3、CCL4、CXCL9、CCL5、インターロイキン−12p70、血管内皮増殖因子の1種以上の発現の抑制作用であることを特徴とする、請求項2または3に記載の呼吸器感染症の予防および/または治療剤。
【請求項5】
サイトカインおよび/またはケモカインの発現を調節する作用が、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子、マクロファージコロニー刺激因子、インターロイキン−3、インターロイキン−5、インターロイキン−6、インターロイキン−13、インターロイキン−15、CXCL10、CXCL2、CXCL1、白血病阻止因子、CCL2、CCL3、CCL4、CXCL9、CCL5、腫瘍壊死因子α、インターロイキン−12p70、血管内皮増殖因子の2種以上の発現の抑制作用であることを特徴とする、請求項2または3に記載の呼吸器感染症の予防および/または治療剤。
【請求項6】
ラクトバチルス・アシドフィラスに属する乳酸菌が、ラクトバチルス・アシドフィラスCL−92株(特許生物寄託センター受託番号FERM BP−4981)、又はその派生株若しくは変異株、およびラクトバチルス・アシドフィラスCL−0062株(特許生物寄託センター受託番号FERM BP−4980)、又はその派生株若しくは変異株から選択される少なくとも1種であることを特徴とする、請求項1ないし5のいずれかに記載の呼吸器感染症の予防および/または治療剤。
【請求項7】
1日摂取量当たりの乳酸菌の含有量が1×10〜1×1011個であることを特徴とする、請求項1ないし6のいずれかに記載の呼吸器感染症の予防および/または治療剤。
【請求項8】
乳酸菌が生菌および/または死菌であることを特徴とする、請求項1ないし7のいずれかに記載の呼吸器感染症の予防および/または治療剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−241009(P2012−241009A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−122705(P2011−122705)
【出願日】平成23年5月13日(2011.5.13)
【出願人】(000104353)カルピス株式会社 (35)
【Fターム(参考)】