説明

呼気分析の方法及び呼気分析装置

【課題】
多くの水分を含むヒト又は動物の呼気中のVOCs成分を、乾燥や濃縮することなく、迅速に分析短時間に精度よく呼気を分析して、迅速に被験者(又は被験動物)の身体状態を調べることを可能にする方法を提供することを目的とする。
【解決手段】
センサによってヒト又は動物の呼気分析をする方法であって、センサ表面の処理によって親水性、疎水性、荷電、導電性等を変えた複数のセンサを配設したセンサアレイを呼気と接触させて計測する。複数のセンサを配設したセンサアレイを備えていることで、呼気中の成分の量と種類による被験者(又は被験動物)の呼気のプロファイルを得る。呼気中のVOCsを構成する個々の分子種を分離同定をせずに、呼気成分のプロファイルを測定する

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、呼気中の揮発性有機化合物の種類と量による呼気プロファイルを測定して分析する方法とその呼気分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
呼気中には二酸化炭素、窒素、水蒸気、酸素の他に、多種多様な微量成分が含まれていることが知られている。例えば、アンモニアは胃に生息するピロリ菌が産生するものであり、アンモニアの呼気中からの検出がピロリ菌感染を調べるために利用されている。また呼気中のエタノールの検出が飲酒運転の検査に用いられていることは言うまでもない。
これらよりもはるかに微量のppmレベル〜pptレベルの揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds:以下VOCsと略す。)が呼気に含まれていて、このVOCsと疾病との間に関連があることが既に報告されている。
呼気の分析による疾病の診断は、非観血、非侵襲に実施できるため、被験者に苦痛を与えることなく実施できるので、その実用化が強く望まれてきた。
しかしこれらVOCsは種類が多く、またその濃度が非常に低いため、測定には呼気を捕捉し、濃縮する必要があった。また、多くの疾病ではVOCs中の複数の成分が変化するため、その解釈が難しかった。さらに、呼気中に含まれる高い水分はセンサ感度やデータ解析に与える影響が大きく、この水分の影響を排除しない状態でのセンサ評価やデータ解析は殆ど不可能とされている。
【0003】
(特許文献1)には水蒸気と揮発性有機化合物を含む呼気を注入口から容器に注入する注入工程と、冷却部により電極部を冷却して電極部の外周面に呼気を凝縮する凝縮工程と、凝縮された呼気を帯電微粒子化する帯電微粒子化工程と、帯電微粒子を化学物質検出部へ静電気力により回収する回収工程と、回収された帯電微粒子に含まれる揮発性有機物を検出する工程を含む呼気分析方法が開示されている。
(特許文献2)にはGLT管と、除湿のためのフィルタと呼気に含まれる特定ガス成分を濃縮するための多孔質構造体からなる呼気成分濃縮装置を持ち、濃縮された特定ガス成分を加熱により脱離させセンシング装置により検出する特定ガス成分検出装置が開示されている。
(特許文献3)には疾患を疑われる哺乳動物からの息や血液、唾液、尿などの試料と接触させたセンサアレイからの応答プロファイルを臨床診断マーカーと組み合わせて、主成分分析により統計的に解析して、生理学的疾患を検知する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許公報4287503号公報
【特許文献2】特開2009−47593号公報
【特許文献3】特表2005−519291号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記従来の技術においては、以下のような課題を有していた。
(1)(特許文献1)及び(特許文献2)に記載の技術は呼気を濃縮するため、多くの呼気を必要とし、患者への負担が大きく、また乳幼児などでは呼気量が微量であるため、測定が難しいという課題があった。
(2)(特許文献3)に記載の技術はセンサの技術を含んでいないため、患者の負担を軽減し、短時間で精度よく測定を実施するためには新しいセンサ技術の開発を待たねばならないという課題があった。
【0006】
本発明は上記、従来の課題を解決するもので、多くの水分を含む呼気中のVOCs成分を短時間に精度よく測定できる呼気の分析方法を提供することを目的とする。また、呼気中のVOCs成分を乾燥や濃縮することなく、迅速に分析することで迅速に被験者の身体状態を調べることを可能にする呼気分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために本発明の呼気の分析方法及び呼気分析装置は、以下の構成を有している。
本発明の請求項1に記載の呼気の分析方法は、センサによってヒト又は動物の呼気分析をする方法であって、センサ表面の処理によってセンサ表面の親水性、疎水性、荷電、導電性、特定物質との親和性等の性質を変えた複数のセンサを配設したセンサアレイを呼気と接触させて計測する構成を有している。
この構成により、以下のような作用を有する。
(1)センサ表面の物理的性質及び化学的性質が異なっているので、呼気中に含まれるVOCsの分子種組成とその濃度によって、各センサの反応強度が異なる。複数のセンサを配設したセンサアレイを備えていることで、呼気中の成分の量と種類による被験者(又は被験動物)の呼気のプロファイルを得ることができる。
(2)呼気中のVOCsを構成する個々の分子種を分離同定をせずに、呼気成分のプロファイルを測定するので、短時間で測定をすることができる。
(3)個々のセンサに強い分子選択性がないので、測定が終了するとセンサの表面からすばやくVOCsが除去できる。そのため簡単な操作によってセンサの反応性が回復し、連続して多くの被験者(又は被験動物)の呼気を測定できる。
【0008】
ここで、センサとしては気体分子に対して鋭敏に反応するものであれば、様々なセンサを用いることができる。例えばQCMセンサ、表面音波(SAW)センサ、抵抗センサ、光導波路センサなどが使用できる。
被験動物には、家畜やペットなどの飼育されている或いは野生の脊椎動物を含む。
【0009】
センサ表面の物理的性質及び化学的性質を変化させる方法としては、センサ表面を化学的に修飾する、あるいは物理的に被覆すること等が使用できる。
センサ表面を修飾するものとしては、疎水性あるいは親水性の基や化合物、物質選択性のある包摂化合物、酸性あるいは塩基性の基や化合物、電気分極率の高い化合物等が利用できる。
センサ表面を物理的に被覆するには、選択透過性のある膜で構造的に覆うことや、スピンコート、ディープコート等の塗布法、電気スプレー沈着法(ESD)、電気スプレーイオン化法(ESI)等により、疎水性あるいは親水性の化合物、物質選択性のある包摂化合物、酸性あるいは塩基性の化合物、電気分極率の高い化合物等を表面にコートする方法が利用できる。
【0010】
センサアレイに含まれるセンサの種類数は特に限定しないが、2種類以下では呼気のプロファイルから主成分分析しても被験者の肉体状体による差異が現れにくい傾向があり好ましくない。また16種類を超えると、冗長なデータが増え、その分析が煩雑になり好ましくない。
【0011】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の呼気の分析方法であって、被検体であるヒト又は動物の呼気に対して前記センサアレイの各センサの出すレスポンスの内から、被験者の呼吸のリズムによる変動の平衡状態部分のレスポンスを抽出する構成を有している。
この構成により、請求項1の作用に加え、以下のような作用を有する。
(1)被検体であるヒト又は動物の呼吸のリズムによる変動の平衡状態部分でのレスポンスを抽出して分析するので、呼気からの水蒸気の除去や成分濃縮を必要とせず、呼気中のVOCsによる呼気のプロファイルを得ることができる。
【0012】
ここで、呼吸のリズムのよる変動とは、被験者(又は被験動物)の呼吸に呼応して現れるセンサの応答のとことである。この応答は変化の幅が大きいが、その多くはセンサ表面の温度や気圧、水蒸気の変化に対応したものである。
呼吸の周期ごとにセンサの応答が平衡状態に達する部分で、観測される応答変化の幅は小さいがセンサ表面での分子の吸着と脱離の繰り返しに起因するものである。センサの表面に親和性の高い分子は吸着脱離する量が多いためレスポンスの振幅が大きいのに対して、センサの表面に親和性の低い分子は吸着脱離する量が少なく、レスポンスの振幅が小さい。したがって、平衡状態に達する部分では、呼気中に含まれるVOCsの量や種類に対応して各センサのレスポンスの大きさが異なるのでこれを抽出して分析することで、VOCsの量や種類に対応した結果を得ることができる。
【0013】
請求項3に記載の発明は、請求項1又は2に記載の呼気の分析方法であって、前記センサアレイに配設されたセンサがQCMセンサ、SAWセンサ等の圧電デバイス、又は抵抗センサ等、若しくは光導波路センサである構成を有している。
この構成により、請求項1又は2の作用に加え、以下のような作用を有する。
(1)センサアレイに配設されたセンサがQCMセンサ、SAWセンサ等の圧電デバイス、又は抵抗センサ等、若しくは光導波路センサであるので、非常に鋭敏に呼気中のVOCsの分子に対して反応するので、呼気の濃縮をしなくてもよい。そのため呼気の濃縮のための設備・装置が不要となる。
(2)少量の呼気から成分分析ができるので、乳幼児や高齢者、重症患者などを被験者とする場合にも、被験者の負担が少ない。
(3)連続的に、多くの検体(呼気)を、少量の呼気から鋭敏に測定して分析でき、比較できるので、多数の被験者からその呼気のプロファイルの異なる者を選び出し、精密検査をすることができ、初期診断の煩雑さが低減される。呼気中のVOCsの種類や量が人の健康状態や疾病の有無と深く関係しており、そのVOCsの種類と量とが本発明で測定される呼気のプロファイルに反映されるからである。
(4)少量の呼気から、非観血且つ非侵襲に、迅速に連続して測定できるので、人間だけで無く、家畜やペット、野生動物などの健康状態も効率よく調べることができる。
【0014】
ここでQCMセンサ、SAWセンサ等の圧電デバイスが好ましく利用できる。抵抗センサとしては櫛形半導体センサ等が好ましく利用できる。光導波路センサとしてはエバネッセント吸収方式によるものが好ましく利用できる。
【0015】
請求項4に記載の呼気の分析方法は、請求項1乃至3の内いずれか1に記載の被検体であるヒト又は動物の呼気の分析方法であって、前記センサアレイによる呼気の計測値を統計的に主成分分析して、被験者のデータをマッピングする構成を有している。
この構成により、請求項1乃至3の作用に加え、以下のような作用を有する。
(1)センサーアレイで測定した被験者(又は被験動物)の呼気プロファイルを、疾病患者の呼気プロファイルと統計的に比較することで、疑わしい疾病を推定・診断できる。
(2)呼気中のVOCsの個々の成分を分離同定定量することなく、被験者(又は被験動物)の健康状態を診断できるので、被験者(又は被験動物)の負担が軽くなるだけでなく、測定の装置や時間も削減できる。
(3)既知のVOCsを疾病患者(又は疾病患蓄)の呼気から濃縮分離して測定したデータと比較することで、その疾病特有の未知のVOCsの変化を捉えることが可能となり、診断や治療法の開発に役立つ。
【0016】
ここで前記センサアレイによる呼気の計測値とは、請求項2に記載した被験者(又は被験動物)の呼吸のリズムによる変動の平衡状態部分のレスポンスばかりでなく、被験者の呼吸の速度や呼吸量などセンサアレイから得られる全ての計測値を含む。これらを総合して統計的に分析を行う。
また呼気から得られる以外の、血圧や体温、血糖値、尿酸値等の測定値や性別、年齢などの被験者(又は被験動物)の生体情報を同時に分析に利用することも可能である。
【0017】
請求項5に記載の呼気分析装置は、センサ表面の処理によってセンサ表面の親水性、疎水性、荷電、導電性、特定物質との親和性等の性質を変えた複数のセンサを配設したセンサアレイを備えた検知部と、ヒト又は動物の呼気を導入する導入口と呼気を排出する排出口とを備えたサンプル採取部と、前記サンプル採取部から一定量の呼気検体を検知部に送るためのポンプ部と、検知部からの信号を計測して情報として記録する記録部と、を備えている構成を有している。
この構成により、以下のような作用を有する。
(1)センサ表面の物理的性質及び化学的性質が異なっているので、呼気中に含まれるVOCs分子種組成とその濃度によって、各センサの反応強度が異なる。複数のセンサを配設したセンサアレイを備えていることで、呼気中の成分の量と種類による被験者の呼気のプロファイルを得ることができる。
(2)呼気中のVOCsの個々の成分を分離同定定量することなく、被験者(又は被験動物)の呼気プロファイルを得ることができるので、測定に必要な呼気の量が少なく、測定に必要な時間も短く、患者(又は患蓄)への負担が小さい。
(3)呼気の乾燥や濃縮が不要であり、検出部の構成も複雑でないので、装置の小型化が容易である。
(4)個々のセンサに強い分子選択性がないので、測定が終了するとセンサの表面からすばやくVOCsが除去できる。そのため簡単な操作によってセンサの反応性が回復し、連続して多くの被験者(又は被験動物)の呼気を測定できる。
【0018】
ここで記録部とはセンサアレイを構成するセンサからでる応答を経時的に計測して記録する部分であり、データレコーダあるいはデータロガーと呼ばれる機能を有する装置であれば特に限定はしない。例えば電圧変化としてインタフェースからパソコン等に取り込んでその記録媒体に記録するものでもよい。
【発明の効果】
【0019】
以上のように、本発明の呼気の分析方法及び呼気分析装置によれば、以下のような有利な効果が得られる。
請求項1に記載の発明によれば、
(1)センサアレイを構成するセンサ表面の物理的性質及び化学的性質物性が異なっているので、呼気中に含まれるVOCsの分子種組成とその濃度によって、各センサの反応強度が異なる。複数のセンサを配設したセンサアレイを備えていることで、呼気中の成分の量と種類による被験者の呼気のプロファイルを得ることができる呼気の分析方法を提供できる。
(2)呼気中のVOCsを構成する個々の分子種を分離同定をせずに、呼気成分のプロファイルを測定するので、短時間で測定をすることができる呼気の分析方法を提供できる。
(3)個々のセンサに強い分子選択性がないので、測定が終了するとセンサの表面からすばやくVOCsが除去できる。そのため簡単な操作によってセンサの反応性が回復し、連続して多くの被験者(又は被験動物)の呼気を測定できる呼気の分析方法を提供できる。
【0020】
請求項2に記載の発明によれば、請求項1の効果に加え、
(1)被験者(又は被験動物)の呼吸のリズムによる変動の平衡状態部分でのレスポンスを抽出して分析するので、呼気からの水蒸気の除去や成分濃縮を必要とせず、呼気中のVOCsによる呼気のプロファイルを得ることができる呼気の分析方法を提供できる。
【0021】
請求項3に記載の発明によれば、請求項1又は2の効果に加え、
(1)センサアレイに配設されたセンサがQCMセンサ、SAWセンサ等の圧電デバイス、又は抵抗センサ等、若しくは光導波路センサであるので、非常に鋭敏に呼気中のVOCsの分子に対して反応するので、呼気の濃縮をしなくてもよい。そのため呼気の濃縮のための設備・装置が不要となる呼気の分析方法を提供できる。
(2)少量の呼気から成分分析ができるので、乳幼児や高齢者、重症患者などを被験者とする場合にも、被験者の負担が少ない呼気の分析方法を提供できる。
(3)連続的に、多くの検体(呼気)を、少量の呼気から鋭敏に測定して分析でき、比較できるので、多数の被験者からその肉体状態の異なる者を選び出し、精密検査をすることができ、初期診断の煩雑さが低減される呼気の分析方法を提供できる。
(4)少量の呼気から、非観血且つ非侵襲に、迅速に連続して測定できるので、人間だけで無く、家畜やペット、野生動物などの健康状態などを効率よく調べることができる呼気の分析方法を提供できる。
【0022】
請求項4に記載の発明によれば、請求項1乃至3の効果に加え、
(1)センサーアレイで測定した被験者(又は被験動物)の呼気プロファイルを、疾病患者(又は疾病患蓄)の呼気プロファイルと統計的に比較することで、疑わしい疾病を推定・診断できる分析方法を提供できる。
(2)呼気中のVOCsの個々の成分を分離同定定量することなく、被験者(又は被験動物)の健康状態を診断できるので、被験者(又は被験動物)の負担が軽くなるだけでなく、測定の装置や時間も削減できる分析方法を提供できる。
(3)既知のVOCsを疾病患者(又は疾病患蓄)の呼気から濃縮分離して測定したデータと比較することで、その疾病特有の未知のVOCsの変化を捉えることが可能となり、診断や治療法の開発に役立つ分析方法を提供できる。
【0023】
請求項5に記載の発明によれば、
(1)センサ表面の物理的性質及び化学的性質が異なっているので、呼気中に含まれるVOCs分子種組成とその濃度によって、各センサの反応強度が異なる。複数のセンサを配設したセンサアレイを備えていることで、呼気中の成分の量と種類による被験者の呼気のプロファイルを得ることができる呼気分析装置を提供できる。
(2)呼気中のVOCsの個々の成分を分離同定定量することなく、被験者(又は被験動物)の呼気プロファイルを得ることができるので、測定に必要な呼気の量が少なく、測定に必要な時間も短く、患者(又は患蓄)への負担が小さい呼気分析装置を提供できる。
(3)呼気の乾燥や濃縮が不要であり、検出部の構成も複雑でないので、装置の小型化が容易である呼気分析装置を提供できる。
(4)個々のセンサに強い分子選択性がないので、測定が終了するとセンサの表面からすばやくVOCsが除去できる。そのため簡単な操作によってセンサの反応性が回復し、連続して多くの被験者(又は被験動物)の呼気を測定できる呼気分析装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】実施の形態1の呼気分析装置の模式図
【図2】実施の形態1のサンプル採取部を被験者が装着した状態を示す模式図
【図3】実施の形態1のセンサの表面の状態を示す模式図(a)被験者が息を吸入している時、(b)息を吐出している時
【図4】実施の形態1におけるセンサの応答を示す図(a)被験者の呼吸に対するセンサの応答のデータのグラフ、(b)(a)のグラフを微分して得られたグラフ
【図5】実施例9による各センサの振動数シフトを示すグラフ
【図6】実施例10及び比較例1による水分と振動数シフトのグラフ
【図7】実施例11による主成分分析の結果を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明を実施するための最良の形態を、図面を参照しながら説明する。
なお、本発明はこの実施の形態に限定されるものではない。
(実施の形態1)
図1は実施の形態1における呼気の分析方法を示す模式図である。
図1中、1は本発明の実施の形態1における呼気分析装置である。被験者の口と鼻を覆うように作られたフード状のサンプル採取部2の凹面部(被験者の口と鼻がある側)の導入口3より呼気を採取する。
複数のセンサからなるセンサアレイを内部に備えた検知部5にはポンプ部6が接続されており、フレキシブルなチューブなどで形成されたサンプル導入管4を通じてサンプル採取部2より、ポンプの吸引力で一定量の呼気試料をサンプル採取部2から検知部5に導入する。
導入された呼気試料に対する検知部6内のセンサアレイの応答を記録部7で計測し記録する。
記録部7はインターフェースを介して電圧などの変化をパソコン等に取り込みその記憶装置に記録するものや、記録紙上に応答波形として記録するレコーダーやデータロガー等が利用できる。測定後のデータ解析の迅速さ、簡便さから電子記録として取り込めるものが好ましい。
【0026】
図2は実施の形態1における呼気分析装置のサンプル採取部2を被験者10が装着した状態を示す模式図である。吸入口8にはフィルターと弁が装着されており、吸入方向のみに空気の流れを制限し、外気の影響を排除できるようになっている。吸入口8から取り入れた空気を被験者10は吸気として取り込む。被験者が吐き出した呼気は排出口9から大気中に排出される。排出口には弁が装着されており、排出方向のみに空気を流せるようになっている。
【0027】
以下、実施の形態1における呼気の分析方法の原理について説明する。
図3は実施の形態1における測定時のセンサアレイを構成するセンサの表面状態を示す模式図である。
検知部6内に配設されたセンサアレイを構成するセンサの表面では被験者の呼吸により、多種多様な分子が吸着と脱離を繰り返す。図3中ではそれらの分子を分子種A13、分子種B14、分子種C15で示している。図3(a)に示すように被験者が息を吸入している時に比べて、被験者が息を吐出している時は図3(b)に示すように多くの分子がセンサ表面に吸着しているため、センサの応答が大きくなる。
センサアレイに配設されたセンサはそれぞれ表面の親水性や疎水性などの性質が異なっているため、呼気中に含まれているVOCsの種類と濃度によってセンサの応答の大きさが変化する。センサ表面に親和性が高い分子はより多くの分子数が吸着脱離を繰り返すのに対して、センサ表面に親和性が低い分子はより少ない分子数が吸着脱離を繰り返すためである。
【0028】
図4はQCMセンサを用いた場合の実施の形態1における呼吸に対するセンサの応答を示す模式図である。縦軸が振動数を示す。(a)がセンサの応答を測定したデータである。被験者が息を吐出するとセンサ表面に分子が吸着するため重くなり、グラフは下降し、定常状態となる。そして被験者が息を吸入すると、センサ表面の分子が脱離して、センサ表面が軽くなりグラフが上昇して元に戻る。
このデータを微分したものが図4(b)に示したグラフである。被験者の呼吸のリズムによる影響が排除され、定常状態でのレスポンスが抽出される。これは定常状態における呼気中の分子種の吸着脱離の繰り返しを示している。この振幅の平均値を用いることでセンサごとの呼気検体の応答データが得られる。
また、各センサのデータからは被験者の呼吸の速度や呼吸量の大きさが読み取れる。このデータも被験者のデータとして利用することができる。
【0029】
実施の形態1の呼気の分析方法は以上のように構成されているので、以下の作用を有する。
(1)呼気を乾燥したり、濃縮したりすることなく、迅速に微量のVOCs成分による呼気プロファイルを得ることができる。
(2)被験者が乳幼児や重症患者のような呼吸量が少ない場合にも呼気プロファイルを得ることができる。
(3)センサアレイを構成する個々のセンサは分子選択性が高くないので、簡単な洗浄操作によって表面に吸着した分子を除くことができ、繰り返し測定できる。。
(4)疾患を持つ患者の呼気プロファイルデータと比較することで、多くの被験者の中から、その疾患が疑われる者を迅速に選別し、精密検査を行うことが可能となる。
(5)呼気を乾燥したりや凝縮するプロセスがないので、小型の呼気測定装置を作成することができ、移動式の検査が可能となる。
(6)薬や治療の効果を評価する新しい指標として利用することができる。
(7)高価な試薬や高価な装置を使用することなく、短時間で多くの被験者の呼気を測定できるので、発展途上国や海上、宇宙などでも検査が実施できる。
【実施例1】
【0030】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
まず、QCMセンサを用いて、そのセンサ表面を修飾してセンサ表面の親水性、疎水性、荷電、導電性等を変える方法を説明する。
(シリカ粒子膜の作成)
両面に金製の電極が形成された基準振動数9MHzの圧電性基板(水晶発振子)を担体として用いた。この担体をピラナ(H2SO4:H22=3:1)処理した後、メルカプトエタノールのエタノール溶液(10mmol/L)に12時間浸漬して担体の電極表面を水酸基修飾した。エタノール及びイオン交換水で十分洗浄した後、窒素ガスを吹き付けて乾燥させ、担体の表面を水酸基修飾することにより電荷(アニオン性)を導入した。
次いで、ポリアリルアミン塩酸塩(カチオン性、シグマアルドリッチ製、重量平均分子量70000)の0.1wt%水溶液に、担体を20分間浸漬した。続いて、担体をイオン交換水に1分間浸漬して過剰吸着分を洗浄し窒素ガスで乾燥して、担体の表面にポリアリルアミン塩酸塩の有機化合物膜を形成した。
次いで、シリカゾル(スノーテックス20L、粒子径40〜50nm、pH9.5〜11.0、Na安定型、アニオン性、日産化学製)の20〜21wt%水溶液に、担体を10〜20分間浸漬した。続いて、担体をイオン交換水に1分間浸漬して過剰吸着分を洗浄し窒素ガスで乾燥して、有機化合物膜の表面にシリカ微粒子が吸着した微粒子膜を形成した。
次いで、ポリアリルアミン塩酸塩(カチオン性、シグマアルドリッチ製、重量平均分子量70000)の0.1wt%水溶液(pH=10〜11、30℃)に、担体を20分間浸漬した。続いて、担体をイオン交換水に1分間浸漬して過剰吸着分を洗浄し窒素ガスで乾燥して、微粒子膜の表面にポリアリルアミン塩酸塩の有機化合物膜を形成した。
同様の方法で、微粒子膜及び有機化合物膜の形成を繰り返し行い、微粒子膜、有機化合物膜が各々15層ずつ積層されたシリカ粒子膜センサを得た。
【実施例2】
【0031】
(TSPP導入膜センサの作成)
実施例1で得られたシリカ粒子膜センサを、機能性分子としてのテトラキススルホフェニルポルフィリン(TSPP、分子量Mr=934.99、東京化成工業製)の1mM水溶液に1時間浸漬して、TSPP導入膜センサを得た。
【実施例3】
【0032】
(β−シクロデキストリン導入膜センサの作成)
実施例1のシリカ粒子膜センサを、機能性分子としてのβ−シクロデキストリン硫酸ナトリウム(β−CD、CAS番号37191−69−8、シグマアルドリッチ製)の水溶液(約1mM)に1時間浸漬して、β−シクロデキストリン導入膜センサを得た。
【実施例4】
【0033】
(CA[6]導入膜センサの作成)
実施例1のシリカ粒子膜センサを、機能性分子としての4−スルホカリックス[6]アレーンテトラキススルホフェニルポルフィリンのマンガン錯体(CA[6]、分子量Mr=1117.11、東京化成製)の1mM水溶液に1時間浸漬して、CA[6]導入膜センサを得た。
【実施例5】
【0034】
(PDDA/TSPP膜センサの作成)
両面に金製の電極が形成された基準振動数9MHzの水晶振動子を基板として用いた。この基板をピラナ(H2SO4:H22=3:1)処理した後、メルカプトエタンスルホン酸ナトリウム(分子量Mr=164.18、東京化成工業製)のエタノール溶液(10mmol/L)に12時間浸漬して基板の電極表面をスルホン酸アニオン修飾した。エタノール及びイオン交換水で十分洗浄した後、窒素ガスを吹き付けて乾燥させ、基板及び両面の電極に水酸基を有する表面処理層を形成した。
次に、ポリジアリルジメチルアンモニウムクロライド(PDDA、分子量Mr=200000−350000、20wt%水溶液、東京化成工業製)(カチオン性高分子)の水溶液(5mg/mL)に基板を20分間浸漬した後、イオン交換水で十分洗浄し、窒素ガスを吹き付けて乾燥させ、表面処理層の上にカチオン性高分子膜を製膜した。
次に、テトラキススルホフェニルポルフィリン(TSPP、分子量Mr=934.99、東京化成工業製)(アニオン性機能性分子)の水溶液(1mmol/L)に基板を20分間浸漬した後、イオン交換水で十分洗浄し、窒素ガスを吹き付けて乾燥させ、カチオン性高分子膜の上にアニオン性高分子膜を製膜した。
このようにして、カチオン性高分子膜とアニオン性高分子膜の製膜を交互に5回繰り返し行い、カチオン性高分子膜(PDDA)とアニオン性高分子膜(TSPP)が各々15層ずつの交互積層部が形成されたPDDA/TSPP膜センサを得た。
【実施例6】
【0035】
(PDDA/Mn−TSPP膜センサの作成)
実施例5のPDDA/TSPP膜センサを、アニオン性機能性分子を、テトラキススルホフェニルポルフィリンのマンガン錯体(MnTSPP、分子量Mr=1023.36、シグマアルドリッチ製)の水溶液(1mmol/L)に基板を20分間浸漬した後、イオン交換水で十分洗浄し、窒素ガスを吹き付けて乾燥させて製膜した以外は、実施例5と同様にして、カチオン性高分子膜(PDDA)とアニオン性機能性分子(MnTSPP)が各々15層ずつの交互積層部が形成されたPDDA/Mn−TSPP膜センサを得た。
【実施例7】
【0036】
(PDDA/TCPP膜センサの作成)
実験例5のPDDA/TSPP膜センサを、アニオン性機能性分子を、テトラキスカルボキシルフェニルポルフィリン(TCPP、分子量Mr=790.77、東京化成製)のエタノール溶液(1mmol/L)に基板を20分間浸漬した後、エタノールで十分洗浄し、窒素ガスを吹き付けて乾燥させて製膜した以外は、実施例5と同様にして、カチオン性高分子膜(PDDA)とアニオン性機能性分子(TCPP)が各々10層ずつの交互積層部が形成されたPDDA/TCPP膜センサを得た。
【実施例8】
【0037】
(センサアレイの作成)
実施例1〜7で作成した表面を修飾したQCMセンサと、何も修飾していないブランクのQCMセンサ(両面に金製の電極が形成された基準振動数9MHzの水晶振動子)との、合計8つのセンサを測定チャンバ内に設置してセンサアレイとした。この測定チャンバを外気の温度や振動の影響を除外するための外箱の中に配設して、検知部5とした。検知部5に接続されたポンプ部6の吸引力で検知部内5内の測定チャンバに呼気が導入され、測定チャンバ内のセンサアレイの応答を記録部7で測定・記録する。
センサアレイの8種類のセンサはQCM周波数コントロール装置(日本電波工業(株)製NAPICOS PSA10A)と接続して、パソコンにデータを取り込んだ。
またポンプ部と検知部の間に湿度測定のため湿度ロガー(KNラボラトリーズ製、DS1923)を接続して、湿度変化を記録した。
ポンプ部にはミニポンプ(柴田製 MP−シグマ30)を用いて、呼気の採取量を0.05〜1.5L/分に調整した。
【0038】
表1に実施例8で作成したセンサーアレイについて、センサの表面を構成する陽イオン性膜及び陰イオン性膜、導入された機能性分子とそれにより、センサが持つ特性を表1に示す。表中のPAHはポリアリルアミンを,PDDAはポリジアリルジメチルアンモニウムクロライド、TSPPはテトラキススルホフェニルポルフィリン、MnTSPPはテトラキススルホフェニルポルフィリンのマンガン錯体、TCPPはテトラキスカルボキシルフェニルポルフィリンを表す。測定チャンネル8は何も修飾していないブランクのQCMセンサ(両面に金製の電極が形成された基準振動数9MHzの水晶振動子)を表す。
【0039】
【表1】

【実施例9】
【0040】
(呼気の測定)
サンプル採取部として3M社製のフィルター付きマスク(3100)を使用した。
ポンプの流速は0.4L/分に調製した。まず、外気を検知部の測定チャンバ内に流し入れ、ベースラインを測定した。センサアレイは実施例8のものを使用した。
次に被験者にマスクを着装してもらい、平常状体の呼吸を維持してもらう。その状態でポンプの流速は0.4L/分で検知部に被験者の呼気を導入した。
10分間呼気を導入することで、ほぼ測定チャンバー内のセンサアレイの個々のセンサは飽和状態となる。その状態から5〜10回の呼吸のリズムを観測した。
その間にセンサアレイの各センサから得られたデータ及び湿度ロガーのデータを用いて呼気の分析をした。
【0041】
図5に実施例9の結果を示す。各センサのレスポンスが分かり易いように500Hzずつ値をずらして示している。P1〜P8の8人の被験者の結果を横に並べている。
各センサごとに異なるレスポンスをしていること、及び、被験者によってことなる呼気プロファイルが得られることが示された。
【実施例10】
【0042】
(サンプルバッグによる呼気の測定)
3L〜10L間のサンプリングバックに呼気を集め、実施例9の呼気の測定と同じ流れで測定を行った。
(比較例1)
サンプルバッグに様々な湿度の空気を作成し、実施例10と同様に測定した。
【0043】
図6に実施例10と比較例1の結果を示す。センサアレイ中のチャンネル5(CH2)のTSPP導入膜センサの応答から求めた振動シフトを縦軸に、呼気試料の湿度を横軸に示している。四角で示した比較例1の結果はよい直線性を示す。一方、実施例10の被験者(CR、CY、CS、CMで示す)の呼気はその直線から外れたところにグループを形成している。(円で囲って示してる。)これより各センサの応答は湿度以外の成分によるものを含んでいることが示された。
【実施例11】
【0044】
実施例9及び実施例10、比較例1で得られた8つのセンサからの応答データから求めた振動数シフトを主成分分析した。
【0045】
図7に実施例11の結果を示す。人の呼気(R1,R2,R3,M,S,Yで示している)は、比較例1の大気に水分を加えたもの(rhで示している)とは、円で囲って示したように違うところに示されており、大気とは異なることと、水分以外のVOCs成分による個人の差があることが観測された。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明は、呼気を乾燥や濃縮することなく、呼気中のVOCsの分子種と量に起因した呼気のプロファイルを迅速に測定分析でき、被験者(又は被験動物)の肉体状態を知ることができる呼気の分析方法を提供できる。また本発明によれば、少量の呼気から、迅速に精度よく、被験者(又は被験動物)の肉体状態を判断でき、診断の迅速化や集団検診の簡易化ができる呼気分析装置を提供できる。
【符号の説明】
【0047】
1 呼気分析装置
2 サンプル採取部
3 導入口
4 サンプル導入管
5 検知部
6 ポンプ部
7 記録部
8 吸入口
9 排出口
10 被験者
11 センサ膜
12 センサ基板
13 呼気中の分子A
14 呼気中の分子B
15 呼気中の分子C



【特許請求の範囲】
【請求項1】
センサによってヒト又は動物の呼気分析をする方法であって、センサ表面の処理によってセンサ表面の親水性、疎水性、荷電、導電性、特定物質との親和性等の性質を変えた複数のセンサを配設したセンサアレイを呼気と接触させて計測することを特徴とする呼気分析の方法。
【請求項2】
呼気に対して前記センサアレイの各センサの出すレスポンスの内から、被検体であるヒト又は動物の呼吸のリズムによる変動の平衡状態部分のレスポンスを抽出することを特徴とする請求項1に記載の呼気分析の方法。
【請求項3】
前記センサアレイに配設されたセンサがQCMセンサ、SAWセンサ等の圧電デバイス、又は抵抗センサ等、若しくは光導波路センサであることを特徴とする請求項1又は2に記載の呼気分析の方法。
【請求項4】
前記センサアレイによる呼気の計測値を統計的に主成分分析して、被検体であるヒト又は動物のデータをマッピングすることを特徴とする請求項1乃至3の内いずれか1に記載の呼気分析の方法。
【請求項5】
センサ表面の処理によってセンサ表面の親水性、疎水性、荷電、導電性、特定物質との親和性等の性質を変えた複数のセンサを配設したセンサアレイを備えた検知部と、ヒト又は動物の呼気を導入する導入口と呼気を排出する排出口とを備えたサンプル採取部と、前記サンプル採取部から一定量の呼気検体を検知部に送るためのポンプ部と、検知部からの信号を計測して情報として記録する記録部と、を備えていることを特徴とする呼気分析装置。


【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−102747(P2011−102747A)
【公開日】平成23年5月26日(2011.5.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−257537(P2009−257537)
【出願日】平成21年11月10日(2009.11.10)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、文部科学省、地域科学技術振興事業委託研究(知的クラスター創成事業第2期)、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(802000031)財団法人北九州産業学術推進機構 (187)
【Fターム(参考)】