説明

咀嚼・嚥下困難者に適した食材

【課題】高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材を提供する。
【解決手段】素材に酵素を含浸させて酵素処理を行うことで、素材の自然な形状や色調を保持しながら、口腔内においては歯茎や舌で押しつぶされる軟らかさを有し、かつ滑らかな食感を有する、圧縮応力が直径3mmのプランジャーで圧縮速度10mm/秒、クリアランスを試料の厚さ30%として測定した際に5×104N/m2以下である、当該食材を得た。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材および当該食材の製造方法に関する。さらに詳しくは、このような食材であるキノコ食材、植物性食材、動物性食材、およびこれらの食材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高齢化社会の進展に伴い加齢による咀嚼・嚥下障害者が増加している。これらの咀嚼困難者または嚥下困難者は、食べ易くするために通常の食事を細かく刻んで加工した食事や、ミキサーにかけてペースト状に加工した食事を食している。これらの食事は、通常の食事の形や色を有しておらず、視覚的に食事内容を認識できないため、食欲が湧きにくく、美味しく食事ができないという問題がある。
【0003】
そこで、植物性素材の形態を保持したまま軟らかかつ滑らかな食感に食材を加工する技術として、植物性素材を凍結・解凍後、減圧下で酵素を導入する素材の軟化方法(例えば、特許文献1、2参照)が開発されている。この方法は、植物性素材の内部にセルロース分解酵素、プロトペクチン分解酵素、ペクチン分解酵素、ヘミセルロース分解酵素などを含浸し、pH4〜6、20〜60℃の環境下で酵素反応を行うものである。この方法によって軟化された植物性食材は素材本来の形状を保持しているものの、色調を自然のままに保つことができず、退色などの変色が起こるという問題があった。
ここで、植物の色調を保つ方法として、フェルラ酸またはそのアルカリ金属塩を緑色野菜の色素であるクロロフィルの退色防止に用いる方法が知られている。また、緩衝作用を有する有機酸塩または無機酸塩を配合してpHを4.5〜8に調製することなどが示されている(例えば、特許文献3参照)。
【0004】
しかし、これらの方法を用いることによって、軟化され、かつ色調が保たれた植物性食材が調製できたとしても、この植物性食材を冷凍した場合には、解凍後、食材のかたさが著しく増加し、スポンジ状の弾性を有し、舌で押し潰せない程度に崩壊し難い物性に変化するという問題があった。また、冷凍や冷蔵の保存において顕著な退色が認められることから、美味しそうな色彩を失ってしまい、高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材として提供することはできないという問題もあった。
【0005】
また、この食材の軟化方法はキノコ類の軟化にも不向きであった。キノコ類は、蒸す、煮るまたは炒める等の調理方法によって軟らかくなるものの、弾力性があり、舌で押し潰しても組織は崩壊しない。
これは、キノコ子実体を構成する菌糸が、キチン質を主成分とする硬い細胞壁に囲まれているためである。キチン質は、加熱などでは溶出、分解しない不溶性の物質であり、セルロース分解酵素、ヘミセルロース分解酵素、ペクチン分解酵素、タンパク質分解酵素等の酵素でも分解または軟化ができない。
キノコ類は嗜好性の強い食材であり、茶碗蒸や煮物、ちらし寿司など、高齢者が好んで食する料理に使用される。しかし、従来の調理、加工技術等によって得られるキノコ食材は、咀嚼および嚥下の困難さにより、危険な食材とされるため、高齢者および咀嚼・嚥下困難者に提供されないことが多い。キノコを分解する手段として酵素を用いて完全に分解し粥状化する方法(例えば、特許文献4参照)もあるが、キノコの形状を保持したまま、軟らかな、かつ滑らかな食感を有したキノコ食材を得ることはできなかった。
【0006】
さらに、動物性食材においても、フードプロセッサー等で細かく刻んで加工したものや、ミキサー食やペースト状に加工したものを提供されることが多かった。食肉や魚介肉の形状を保ちつつ、それらの組織を軟らかくする方法として、穿孔などの部分的組織破壊方法が用いられてきたが、この方法では均一な組織とならないなどの問題があった。また、タンパク質分解酵素を接触させて、食肉を軟化する方法も提案されているが、接触、注入、タンブリング等のいずれの方法(例えば、特許文献5参照)でも、酵素溶液の組織への含浸が不均一となり、部分的に軟化し、組織全体として滑らかな食感を得ることができなかった。
【特許文献1】特開2003−284522号公報
【特許文献2】特開2004−89181号公報
【特許文献3】特許第338722号公報
【特許文献4】特開平9−275927号公報
【特許文献5】特表2003−508084号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材および当該食材の製造方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、素材に酵素を含浸させて酵素処理を行うことで、素材の自然な形状や色調を保持しながら、口腔内においては歯茎や舌で押しつぶされる軟らかさを有し、かつ滑らかな食感を有する、高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材が提供できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
本発明の食材のひとつであるキノコ食材においては、キノコ素材にキチン分解酵素を含浸させて酵素処理を行うことで、キノコ子実体に含まれるキチン質などを、子実体の形状を保持できる程度にまんべんなくかつ均質に加水分解することができる。これによって、キノコ本来の形状を保ちつつもスプーンなどで軽く押す程度で容易に崩壊し、また口腔内においても歯茎や舌で押し潰れる程度の食感となり、唾液などでまとまり感を有する食塊を形成して嚥下しやすい特性を有するキノコ食材が得られることを見出した。本発明のキノコ食材は、嚥下時に適度な速度で咽頭を通過することから、誤嚥を防止し、気道口への貼り付きもないことから、嚥下食として使用し得るものである。
【0010】
本発明の食材のひとつである植物性食材においては、酵素とともにキレート作用を有する物質を植物性素材内部に含浸させることで、植物性素材に含まれるミネラルとのキレート結合による高分子化が抑制でき、その後急速冷凍することで、解凍した際でもかたさが増加せず、また、スポンジ状に繊維化することもなく、嚥下困難者などに適した軟化された状態を維持することができることを見出した。そして、植物の軟化に伴い、酵素、キレート剤に加えて、さらにフェルラ酸またはその塩類を組合せて植物性素材内部に含浸させることで、冷凍後に解凍した際でも物性の変化が起きず、軟らかくかつ滑らかな食感を保持しており、かつ鮮やかな色調を維持している植物性食材が得られることを見出した。
このような、本発明において新たに見出された知見に基いて調製された植物性食材は、低温下で長期間保存しても物性および色調が安定していることから、高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した冷凍の食材として提供することが可能である。
【0011】
本発明の食材のひとつである動物性食材においては、素材に含まれる水分を減じた後に、減圧下でタンパク質分解酵素溶液を含浸させることで、素材の筋肉組織および結合組織を形状が保持できる程度に分解され、歯茎や舌で押し潰すことのできる程度の軟らかさ、滑らかさを有している食材が製造できることを見出した。
また、表面が乾燥し、酵素溶液が含浸し難い素材の場合には、湿度70%以上、温度50℃〜100℃の高湿高温の雰囲気下で湿潤させる処理を付加することにより、その後の酵素溶液の含浸が良好になるという知見を得た。さらに、滑らかさを増すためには、タンパク質分解酵素溶液と同時に増粘剤を含浸させることが有用であった。また、タンパク質分解酵素溶液に浸漬するか、タンパク質分解酵素を含有する粉体をまぶすことで、動物性素材表面を消化分解して、微細な間隙を生じさせるという処理をあらかじめ行い、タンパク質分解酵素含浸工程をより効率化することができることも見出した。
このような、本発明において新たに見出された知見に基いて調製された動物性食材は、素材の筋肉組織および結合組織を形状が保持できる程度に分解され、歯茎や舌で押し潰すことのできる程度の軟らかさ、滑らかさを有していることから、高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材として提供することが可能である。
【0012】
本発明は次の構成を有する。
(1)素材に酵素を含浸させて酵素処理を行うことで得られる、素材の自然な形状や色調を保持しながら、口腔内においては歯茎や舌で押しつぶされる軟らかさを有し、かつ滑らかな食感を有する、高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材。
(2)圧縮応力が直径3mmのプランジャーで圧縮速度10mm/秒、クリアランスを試料の厚さ30%として測定した際に5×104N/m2以下である、上記(1)に記載の高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材。
(3)上記(1)または(2)に記載の食材であって、さらに冷凍した後解凍しても、素材の自然な形状や色調を保持しながら、口腔内においては歯茎や舌で押しつぶされる軟らかさを有し、かつ滑らかな食感を有する高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材。
(4)食材がキノコ食材、植物性食材または動物性食材である上記(1)〜(3)のいずれかに記載の高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材。
(5)キノコ素材にキチン分解酵素を含浸させて酵素処理を行うことで得られる上記(1)〜(4)のいずれかに記載のキノコ食材。
(6)キノコ素材にキチン分解酵素とタンパク質分解酵素を含む酵素を含浸させて酵素処理を行うことで得られる上記(5)に記載のキノコ食材。
(7)植物性素材内部に酵素、フェルラ酸またはその塩類、およびキレート作用を有する物質を含浸させて酵素処理を行うことで得られる上記(1)〜(4)のいずれかに記載の植物性食材。
(8)さらに急速冷凍することを含む上記(7)に記載の植物性食材。
(9)酵素が、セルロース分解酵素、プロトペクチン分解酵素、ペクチン分解酵素、ヘミセルロース分解酵素から選ばれる1種以上である上記(7)または(8)に記載の植物性食材。
(10)キレート作用を有する物質が、クエン酸、乳酸、シュウ酸、グリシンから選ばれる1種以上のものである上記(7)〜(9)のいずれかに記載の植物性食材。
(11)素材を0℃から−5℃の温度域に15分間以内で通過させ、その後−18℃以下まで冷凍することにより急速冷凍を行う上記(7)〜(10)のいずれかに記載の植物性食材。
(12)酵素を0.01〜10%、フェルラ酸またはその塩類を0.1〜20%の範囲で含有する水溶液を植物性素材に含浸させて酵素反応を行う上記(7)〜(11)のいずれかに記載の植物性食材。
(13)食肉または魚介類からなる動物性素材の新鮮重量の15%以上の水分を除去し、酵素を含浸させて酵素処理を行うことで得られる、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の動物性食材。
(14)食肉または魚介類からなる動物性素材の新鮮重量の15%以上の水分を除去し、次いで湿度70%以上、温度50℃〜100℃の雰囲気下で湿潤させた後に、酵素を含浸させて酵素処理を行うことで得られる、上記(13)に記載の動物性食材。
(15)酵素溶液または酵素を含有する粉体で予め表面を消化分解して、微細な間隙を生じさせた動物性素材を用いる上記(13)または(14)に記載の動物性食材。
(16)酵素がタンパク質分解酵素である上記(13)〜(15)のいずれかに記載の動物性食材。
(17)酵素とともに増粘剤を含有する溶液を含浸させて酵素処理を行うことで得られる上記(1)〜(16)のいずれかに記載の高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材。
(18)増粘剤がアルギン酸塩、ペクチン、キサンタンガム、グァーガム、ローカストビーンガム、カラギーナン、グルコマンナン、カードラン、デンプンから選ばれる1種以上である上記(17)に記載の高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材。
(19)増粘剤を含有する溶液がトレハロースをさらに含有するものである上記(17)または(18)に記載の高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材。
(20)機能強化成分を含浸させたキノコ食材、植物性食材、または動物性食材である上記(1)〜(19)のいずれかに記載の高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材。
(21)キノコ子実体に酵素または酵素および増粘剤を含浸させて酵素処理を行うことで、キノコ素材表面およびキノコ素材内部を軟化またはゲル化する工程を含むキノコ食材の製造方法。
(22)酵素がキチン分解酵素である上記(21)に記載のキノコ食材の製造方法。
(23)植物性素材内部に酵素、フェルラ酸またはその塩類、およびキレート作用を有する物質を含浸させて酵素処理を行い、急速冷凍する工程を含む植物性食材の製造方法。
(24)素材を0℃から−5℃の温度域に15分間以内で通過させ、その後−18℃以下まで冷凍することにより急速冷凍を行う上記(23)に記載の植物性食材の製造方法。
(25)酵素を0.01〜10%、フェルラ酸またはその塩類を0.1〜20%の範囲で含有する水溶液を植物性素材に含浸させて酵素反応を行う上記(23)または(24)に記載の植物性食材の製造方法。
(26)酵素がセルロース分解酵素、プロトペクチン分解酵素、ペクチン分解酵素、ヘミセルロース分解酵素から選ばれる1種以上の酵素である上記(23)〜(25)のいずれかに記載の植物性食材の製造方法。
(27)食肉または魚介類からなる動物性素材の新鮮重の15%以上の水分を除去した後に、酵素を含浸させ酵素処理を行う工程を含む動物性食材の製造方法。
(28)食肉または魚介類からなる動物性素材の新鮮重の15%以上の水分を除去し、次いで湿度70%以上、温度50℃〜100℃の雰囲気下で湿潤させ、酵素を含浸させる上記(27)に記載の動物性食材の製造方法。
(29)酵素および増粘剤を素材に含浸させる上記(27)または(28)に記載の動物性食材の製造方法。
(30)酵素溶液または酵素を含有する粉体で予め表面を消化分解して、微細な間隙を生じさせた動物性素材を用いる上記(27)〜(29)のいずれかに記載の動物性食材の製造方法。
(31)酵素がタンパク質分解酵素である上記(27)〜(30)のいずれかに記載の動物性食材の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によって、キノコ食材、植物性食材、動物性食材等の高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材の提供が可能となった。
キノコは咀嚼し難く、かつ口腔内でほとんど細かくならないために嚥下も困難であったが、本発明によって、キノコを粉砕したり、ペースト状に加工したりすることなく、キノコ本来の味、色、匂いを損なわずに形状を維持し、しかも軟らかく滑らかで、口腔内で容易に嚥下することができるキノコ食材の提供が可能となった。
また、本発明によって、加工時、保存中あるいは解凍後における退色・変色、食感の劣化が抑制された植物性食材の提供が可能となった。本発明の植物性食材は通常の形状を有し、緑色など自然のままの色彩を有しているため、食欲の湧く美味しい食事を提供できる。
そして、本発明によって、通常の食肉または魚介類からなり、本来の見た目や食感を保ち、かつ軟らかい動物性食材の提供が可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の「高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材」とは、素材に酵素を含浸させて酵素処理を行い、素材の自然な形状や色調を保持しながら、口腔内においては歯茎や舌で押しつぶされる軟らかさを有し、かつ滑らかな食感を有する食材であればいずれの食材も含まれる。圧縮応力が直径3mmのプランジャーで圧縮速度10mm/秒、クリアランスを試料の厚さ30%として測定した際に5×104N/m2以下である食材であることが好ましく、高齢者および咀嚼・嚥下困難者が摂取しやすく、かつ、通常の食事と同等の形や色を有しており、食欲が湧きやすく、美味しく食材であることが特に好ましい。
さらに、本発明の「高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材」は、冷凍した後解凍しても、素材の自然な形状や色調を保持しながら、口腔内においては歯茎や舌で押しつぶされる軟らかさを有し、かつ滑らかな食感を有する食材であることが好ましい。
【0015】
ここで、本発明の高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材が有する「自然な形状」とは、「形状」を"形やありさま、ようす(大辞林 第二版(三省堂))"と定義して、製造前の元の素材と同等の形やありさま、ようすであることをいうとする。
本発明においては、食材を目視観察し、その形状を5段階基準(5点:自然な形状である、4点:僅かに変化があるが自然な形状として問題ないレベルである、3点:やや変化があり、自然な形状とはいえない、2点:明らかに変化があり、自然な形状ではない、1点:非常に変化している(破壊、崩壊))とすることで、「自然な形状」を評価した。
【0016】
本発明の高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材が有する「自然な色調」とは、「色調」を"色の配合、濃淡・強弱などの調子、色合い(大辞林 第二版(三省堂))"と定義して、製造前の元の素材と同等の色の配合、濃淡・強弱などの調子、色合いであることをいうとする。
本発明においては、食材を目視観察し、その色調を5段階基準(5点:自然な色調である、4点:僅かに変化があるが自然な色調として問題ないレベルである、3点:やや変化があり、自然な色調とはいえない、2点:明らかに変化があり、自然な色調ではない、1点:非常に変化している(変色、退色))とすることで、「自然な色調」を評価した。
【0017】
本発明の高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材が有する「軟らかさ」とは、「軟らかさ」を、"ふんわりしているさま(大辞林 第二版(三省堂))"と定義して、食材を口腔内に入れ、舌や歯茎で押し潰した際、容易に押し潰れることをいうとする。
本発明においては、軟らかさの測定数値として"高齢者用食品の表示許可の取扱いについて(平成6年2月23日、衛新第15号、厚生省生活衛生局食品保健課新開発食品保健対策室長通知)"の記載に基づき、これに記載された測定方法において測定した場合に、舌や歯茎で潰せる固形物のかたさの基準として示される5×104N/m2以下を「軟らかい」とした。
また、食材を舌や歯茎で押し潰した際の「軟らかさ」の感覚を5段階基準(5点:非常にやわらかい、4点:やわらかい、3点:やわらかいとはいえない、2点:やわらかくない(ややかたい)、1点:まったくやわらかくない(非常にかたい))とすることで、「軟らかさ」を評価した。
【0018】
さらに、本発明の高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材が有する「滑らかな」食感とは、「滑らかさ」とは、"表面が平らですべすべしているさま。つるつるしているさま。すべりやすいさま。(大辞林 第二版(三省堂))"と定義して、食材を口腔内に入れた際、表面でざらつきや付着性を感じず、つるつるしている感覚を有し、舌上や咽頭において食材や咀嚼後の食塊が滑りやすいことをいうとする。
本発明においては、口腔内で食材を舌で転がしたり、咀嚼したりした際の「なめらかさ」の感覚、および咀嚼後食材の食塊を飲み込んだ際の「なめらかさ」の感覚を5段階基準(5点:非常になめらかである、4点:なめらかである、3点:なめらかであるとはいえない、2点:なめらかでない(やや粗い)、1点:まったくなめらかでない(非常に粗い))とすることで、食感の「滑らかさ」を評価した。
【0019】
このような本発明の食材に用いる素材としては、例えば、シイタケ、ブナシメジ、マイタケ等のキノコ食材、ブロッコリー、ニンジン等の植物性食材、肉類、魚類等の動物性食材等が挙げられる。食材の調製にあたり、素材に含浸させる酵素は、素材に合せて本発明の「高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材」が調製できる酵素であれば、素材に合せていずれのものも用いることができる。
【0020】
本発明の「高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材」はさらに、酵素とともに増粘剤を含有する溶液を含浸させて酵素処理を行うことで得られるものも含まれる。
ここで用いることができる「増粘剤」としては、摂取できる増粘剤であればいずれのものも用いることができ、例えば、アルギン酸塩、ペクチン、キサンタンガム、グァーガム、ローカストビーンガム、カラギーナン、グルコマンナン、カードラン、デンプン等が挙げられる。これらを1種または2種以上組み合わせて用いることもできる。
さらに、この「増粘剤を含有する溶液」が、トレハロースをさらに含有するものであってもよい。トレハロースはいずれのものも用いることができるが、例えば、林原商事株式会社等の市販のトレハロースが挙げられる。
【0021】
また、アルギニン、グルタミン等のアミノ酸、ミネラル、ビタミン等の栄養成分が挙げられる。グルタミンを水溶液として加える場合には、安定であるグルテン加水分解物を用いることもできる。
【0022】
このような「高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材」の1つである「キノコ食材」は、キチン分解酵素を含む酵素をキノコ素材に含浸させて酵素処理を行うことで得られる、高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材であればいずれのものも含まれる。
本発明において、利用できるキノコ素材は、特に限定されるものではなく、シイタケ、シメジ、マイタケ、キクラゲ、マツタケ、エノキダケ、トリュフ、エリンギ、マッシュルーム、ナメコなどが例示できる。また、これらの素材は生でも加熱調理されたものでもよく、乾物など乾燥されたものでも使用できる。
【0023】
本発明の「キノコ食材」の製造方法としては、キノコ素材に酵素を含浸させて酵素処理を行うことで高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適したキノコ食材が得られる製造方法であれば、いずれの方法も用いることができる。
酵素処理において、キノコ子実体の細胞壁間を結合する成分であるキチン質をまんべんなく均質に加水分解し、好ましい圧縮応力に調製することが重要である。さらに、キチン質の加水分解に加えて、タンパク質を同時にまんべんなく均質にしかも適度に加水分解するとキノコの軟質化が顕著になるため好ましい。
また、キチン質等を加水分解するとともに増粘剤、ゲル化剤を含浸させ、またはこれらによってコーティングすることで、キノコ素材本来の形状を保ちつつもゼリー状の食感を呈し、唾液などでまとまり感が向上して嚥下時に適度な速度で咽頭を通過することができる、誤嚥が防止され、気道口へ貼り付にくいキノコ食材を製造することができる。
即ち、本発明の「キノコ食材」の製造方法においては、キノコ素材に含まれるキチン質をまんべんなく均質に加水分解する工程、さらにはキチン質とタンパク質を同時にまんべんなく均質に加水分解する工程を有し、これらの工程において、圧縮応力が直径3mmのプランジャーで圧縮速度10mm/秒、クリアランスを試料の厚さ30%として測定した際に5×104N/m2以下になるよう適切に加水分解することが好ましい。これらの工程としては、キチン分解酵素、またはキチン分解酵素とタンパク質分解酵素を併用して、適度な条件で素材に含浸する工程等が挙げられる。
【0024】
さらに、これらの工程には、酸もしくはアルカリを含浸する化学的な処理方法を用いることができる。酸もしくはアルカリ処理は、キノコの風味を著しく減じる場合があることから、なかでも酵素処理による方法が特に好ましい。
また、増粘剤あるいはゲル化剤を含浸もしくはコーティングする方法として、酸あるいはアルカリ、酵素溶液に混合して含浸する工程や、酵素による軟化工程に次いで、増粘剤もしくはゲル化剤溶液を含浸もしくは浸漬する工程を追加することもできる。ここで、キノコ素材の中に酵素溶液や増粘剤をまんべんなく均質に含浸させるために、水中で加熱処理するか蒸す処理を行った後、一度冷凍し、次いで解凍して含浸させることも好ましい。
【0025】
本発明のキノコ食材の製造方法をさらに詳細に説明すると、以下の方法が例示される。
(1)生あるいは乾物となったキノコ素材を水中で加熱あるいは蒸した後、好ましくはキチン分解酵素溶液、あるいはキチン分解酵素とタンパク質分解酵素混合液を均質に含浸あるいは浸漬、注入させ、次いで、キノコ食材の圧縮応力が直径3mmのプランジャーで圧縮速度10mm/秒、クリアランスを試料の厚さ30%として測定した際に5×104N/m2以下になるような適切な温度と時間で放置させる。上記の溶液を含浸させる場合、キノコ素材を水中で加熱あるいは蒸した後に凍結・解凍し、または凍結しない状態のものを、加圧もしくは減圧下で溶液に浸漬させるとより均質に含浸される。特に凍結すると、氷結晶の生成によりキノコ内部に多数の空隙が発生するため、キノコ内部に酵素液が極めて均質に含浸することから好ましい。さらに、含浸する溶液にトレハロースを0.1%から30%濃度添加することによって、キノコ中への溶液の保水が向上するために軟化が効果的になるのでトレハロースを添加することが好ましい。
(2)上記(1)に加えて、増粘剤を0.1〜10%含有する溶液を上記(1)の含浸する溶液と同時に含浸する。もしくは上記(1)により軟質化したキノコ素材に浸漬あるいは含浸する。
(3)上記(1)あるいは(2)で含浸する溶液に栄養成分として、機能性成分、呈味成分、その他食品添加物、薬効成分および医療用薬剤などの必要成分を溶解または分散し、これらの添加成分をキノコ素材組織表面および内部に含浸する。
(4)増粘剤のうち、アルギン酸塩またはペクチンを含浸する食品については、これに加え、カルシウムイオン濃度0.01〜5%を含有する溶液を常圧または加圧、もしくは減圧下で浸漬し、素材表面および素材内部に含浸させ、軟化またはゲル化する。
(5)上記キノコ素材を容器中に入れ、必要に応じて他の材料も入れて調理する。さらに増粘剤を含有した溶液または増粘剤に調味料等を添加した溶液を容器に注入し調理する。
【0026】
本発明のキノコ食材の製造方法に使用できる酵素としては、いずれのものも用いることができるが、キチン分解酵素、キチン分解酵素活性を有する酵素、またはキチン分解酵素を含有する酵素剤等が挙げられる。これらは特に限定されるものではなく、Trichoderma属、Bacillus属、Aspergillus属由来の酵素が例示でき、市販のキチナーゼ(SIGMA株式会社)等を用いることもできる。酵素の添加量も特に限定されるものではなく、0.05%〜10%溶液に調製して含浸するか、キノコ重量に対して酵素量を0.01%〜5%注入することが好ましい。
さらに、タンパク質分解酵素をともに用いることができるが、この種類も特に限定されるものではない。例えば、パパインやブロメリンなどの植物由来タンパク質分解酵素や、Bacillus属やAspergillus属など微生物由来のタンパク質分解酵素、ペプシンやパンクレアチンなど動物由来のタンパク質分解酵素が例示できる。タンパク質分解酵素の添加量も特に限定されるものではなく、0.05%〜10%溶液に調製して含浸するか、キノコ重量に対して酵素量を0.01%〜5%注入することが好ましい。
【0027】
酵素等をキノコ素材にまんべんなく均質に含浸する方法としては、特に限定されるものではなく、浸漬や注射筒などを用いたインジェクション注入、真空、減圧あるいは加圧含浸などが例示できる。特に減圧含浸が好ましく、その場合、含浸するための減圧処理は、500Pa〜20,000Pa、好ましくは500Pa〜4,000Paの減圧とする。また、減圧処理は真空ニーダーや回転式真空タンクなど真空ポンプや減圧ポンプ、アスピレーターなど減圧可能な容器・装置を用いることができる。特に、キノコを加熱処理後、冷凍凍結し、解凍して酵素液を含浸すると、冷凍時にキノコ内部で氷結晶が生成し、その後解凍することによって生成した氷結晶が融けて多数の空隙を形成するために、酵素溶液がまんべんなく均質に浸透することから好ましい。
【0028】
次いで、酵素による加水分解処理の条件も、特に限定されるものではなく、キノコ食材の圧縮応力が直径3mmのプランジャーで圧縮速度10mm/秒、クリアランスを試料の厚さ30%として測定した際に5×104N/m2以下になるような適切な温度、時間、pHで行うと良い。これらの条件としては、処理温度が5〜60℃、時間が1〜72時間、pHは4〜8が例示できる。なお、含浸後、冷蔵庫(約5℃)で12〜72時間程度放置しても加水分解が進行する。
【0029】
さらに、増粘剤を含浸させる場合には、増粘剤の種類や素材により適時調整するが、アルギン酸塩で0.1〜5%、ペクチンで0.05〜5%、キサンタンガムで0.1〜10%、グァーガムで0.1〜5%、ローカストビーンガムで0.05〜10%、カラギーナンで0.05〜20%、グルコマンナンで0.02〜5%、カードランで0.2〜19%、デンプンで0.05〜20%の濃度で含浸させることが好ましい。1種以上の増粘剤を併用するときは、適宜減量する。
本発明のキノコ食材の製造方法に用いる増粘剤としては、比較的粘弾性を有するものであることが好ましい。増粘剤のうちでも、寒天や増粘多糖類のジェランガムはゼリー化時に脆い性質を有し、離水などを生じ、それに伴い形状保持能が不安定になるため好ましくない。
【0030】
さらに、増粘剤含有溶液にトレハロースを含有させる場合には、トレハロースを0.1%〜20%添加し、増粘剤とともに素材の組織表面および組織内部に含浸させることが好ましい。
トレハロースは、栄養成分、機能性成分、その他の成分の分解抑制、デンプン老化の抑制、味、匂い、色の変化の抑制効果を補助する作用を有する。トレハロースは二糖類から成る低分子の糖質でありながら極めて高い保水力を有することから、キノコ素材へ上述した軟化剤溶液の浸潤を高め、素材中への含浸保持を高める。また、トレハロースはキノコ素材へ浸潤し易く、しかもキノコ素材中の水分を保持して、増粘剤の素材への含浸を促進する。さらに増粘剤が含浸された後は、増粘剤との相互作用により、増粘剤のキノコ素材からの漏出を抑制する作用を有する。また、トレハロースはキノコ素材の多糖類から成る高次構造を保持する作用を有することから、含浸した増粘剤とともにキノコ食材を自然の状態に維持し、色調を含めて視覚的、官能的に美味しさを引き出す役割を有する。特にキノコ食材が冷凍した製品であれば、解凍した際にキノコ食材の形状変化を抑え、キノコ食材からの離水漏出を抑制でき有用である。
【0031】
また、含浸する増粘剤含有溶液に、栄養成分として糖質、タンパク質、脂質、食物繊維、ビタミン、ミネラル、またはその分解物など、機能性成分(フィトケミカル)としてポリフェノール、カロテノイド、含硫化合物、テルペン、β‐グルカンなど、呈味成分として甘味、塩味、苦味、酸味、辛味のいずれかを呈する調味料など、その他食品添加物、薬効成分および医療用薬剤などの必要成分を溶解または分散し、これらの添加成分をキノコ素材組織表面およびキノコ素材内部に含浸することが可能であり、新たな医療用食品の調製もできる。
【0032】
このように製造したキノコ食材は、必要に応じてパウチやカップに充填し加熱殺菌等を行うことができる。デンプンは加熱することにより軟化もしくはゲル化することから、加熱殺菌と軟化・ゲル化を同時に行うことができる。
【0033】
また、本発明の「高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材」の1つである植物性食材において、利用できる植物性素材は、植物の種類によって特に限定されず、ブロッコリー、ほうれん草、キャベツ、小松菜などの葉茎菜類、ピーマン、きゅうり、カボチャなどの果菜類、ニンジン、ダイコンなどの根菜類、エンドウ、枝豆などの豆類、さつまいもなどのイモ類が使用できる。また、これらの素材は、生でもブランチング処理(例えば、沸騰した水道水中で5分間加熱処理)されたものでもよく、乾物など乾燥されたものでも使用できる。
【0034】
植物性素材を軟化する酵素の種類や濃度、反応時間は、処理する植物によって異なるが、0.01〜10gを100mlの緩衝液などに溶解して用いることが好ましい。この溶解する液は、特に限定されるものではなく、酵素反応中に酵素が作用できるpHに維持できる溶液であれば使用できる。
【0035】
フェルラ酸およびその塩類には、フェルラ酸をはじめフェルラ酸ナトリウム、フェルラ酸カリウムなどの塩類が例示できる。その濃度は、退色を防止するのに十分な効果を発揮する濃度で、処理する植物性素材により異なるものの、0.1〜20gを100mlに溶解して用いることが望ましい。これらは上述した酵素と同時に溶解し使用しても良く、別々に調製し作用させても良いが、同時に含浸すると効率的に作業できることから好ましい。
【0036】
キレート作用を有する物質としては、キレート作用を有する物質であればいずれでもよいが、例えば、クエン酸、乳酸、シュウ酸、グリシン等が挙げられる。濃度は、風味に影響が無い程度である必要があるが、例えば、0.01〜10gを100mlに溶解して用いると良い。これらの物質は、酵素やフェルラ酸と同時に溶解して植物性素材に含浸しても、別々に調製して含浸しても良いが、同時に溶解して植物性素材に含浸すると効率的に作業できることから好ましい。
【0037】
さらに、アミノ酸等の機能強化成分を含浸させることができる。例えば、アルギニン、グルタミンを含浸させる量を素材1片あたり、0.5g以上、0.75g以上とすると、12片を喫食することで、流動食1200ml(一日最低使用量)分とほぼ同じ摂取量となる。ミネラル、ビタミンの濃度は、素材1片あたり、『日本人の食事摂取基準(2005年版)』に示されている推定平均必要量の1/6以上から上限量以下とすることで、6〜1片を喫食することで、推定平均必要量以上、上限量以下を摂取することができる。例えば、機能強化成分が銅、亜鉛、ビタミンB1、B12およびCの場合、それぞれの濃度が、植物性素材1片あたり0.3〜3mg、3.0〜30mg、0.36〜3.6mg、0.64〜6.4μg、0.2〜2gとすると、市販されている流動食200〜2000ml分と同じ摂取量となる。
これらの機能強化成分は、フェルラ酸またはその塩類、キレート作用を有する物質、酵素とは別々に溶解して含浸しても良いが、それらと同時に溶解して、植物性素材の内部に含浸すると操作が簡易で効率的であることから、好ましい。
【0038】
本発明によって調製された植物性食材は、冷凍して流通し、店頭あるいは喫食時に解凍して利用することができる。この食材を、氷菓として適当な調味を行なうことで、冷凍したまま喫食し、口内で解凍する際に滑らかに崩壊する特徴を有する氷菓として提供することもできる。ここで、氷菓として適当な調味とは、植物性食材にショ糖、異性化糖、水飴等の糖類、人工甘味料、クエン酸等の酸味料、フレーバーなどを適当量添加して、氷菓として食しやすいように調味し、着香することを言う。
これらの糖類、人工甘味料、酸味料、フレーバーなどは、フェルラ酸またはその塩類、キレート作用を有する物質、酵素とは別々に溶解して含浸しても良いが、それらと同時に溶解して、植物性素材の内部に含浸すると操作が簡易で効率的であることから、好ましい。
【0039】
本発明の「植物性食材」の製造法としては、植物性素材内部に酵素、フェルラ酸またはその塩類、およびキレート作用を有する物質を含浸させて酵素処理を行い、急速冷凍することで高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した植物性食材が得られる製造方法であれば、いずれの方法も用いることができる。ここで、酵素を0.01〜10%、フェルラ酸またはその塩類を0.1〜20%の範囲で含有する水溶液を植物性素材に含浸させて酵素反応を行うことが好ましい。
【0040】
本発明の植物性食材の製造方法をさらに詳細に説明すると、以下の方法が例示される。
植物性素材を予め沸騰水中で加熱した後に、凍結しておき、酵素等を含浸する前に解凍する。酵素、フェルラ酸またはその塩類、キレート作用を有する物質、機能強化成分を含む水溶液に、植物性素材を浸漬して減圧する。減圧は、500Pa〜20、000Paで減圧することで、水溶液を内部まで十分含浸することができるので好ましい。減圧時間も特に限定されないが、2〜60分が好ましい。また、酵素等の水溶液に、砂糖や甘味料および香料を添加することで、氷菓として好ましい風味を付与することができる。次いで、酵素等の水溶液から植物食品素材を引き上げ、酵素反応を行う。酵素反応の条件も特に限定されるものではなく、素材の種類や軟化の程度によって適時調節することができるが、好ましくは温度を0〜60℃として、1〜48時間静置し反応させると良い。また、冷蔵庫(5℃)で8〜48時間静置しても反応は可能である。
【0041】
本発明の植物性食材の製造方法に使用できる酵素としては、セルロース分解酵素、プロトペクチン分解酵素、ペクチン分解酵素、ヘミセルロース分解酵素から選ばれる1種以上の酵素が挙げられる。これらは特に限定されるものではなく、天野エンザイム株式会社等の市販の物を用いることができる。
【0042】
本発明の植物性食材の製造方法で行う急速冷凍としては、素材を0℃から−5℃の温度域に15分間以内で通過させ、その後−18℃以下まで冷凍することによって行うことが好ましい。これは、ブラストチラー(福島工業株式会社製)などの冷凍装置や液体窒素、冷却したアルコール等を用い行うことができる。冷凍時に氷結晶が生成する0℃〜−5℃の温度域を短時間で通過させる急速冷凍によって、素材における氷結晶の発生を極力抑えることができるため、形状変化や離水の防止、さらには組織崩壊によるフェルラ酸およびその塩類の効果減弱を抑えるのに有効である。
【0043】
さらに、本発明の「高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材」の1つである「動物性食材」は、食肉または魚介類からなる動物性素材の新鮮重量の15%以上の水分を除去し、酵素を含浸させて酵素処理を行うことで得られる、高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材であればいずれのものも含まれる。
【0044】
本発明において利用できる動物性素材は、特に限定されるものではなく、トリ、ブタ、ウシ等の食肉や、魚類、イカ、タコ、貝類等の魚介類の肉が例示できる。また、これらの動物性素材は生でも加熱調理されたものでもよく、乾物など乾燥されたものでも使用できる。
【0045】
本発明の「動物性食材」の製造方法としては、食肉または魚介類からなる動物性素材の新鮮重の15%以上の水分を除去した後に、酵素を含浸させ酵素処理を行うことで高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した動物性食材が得られる製造方法であれば、いずれの方法も用いることができる。例えば、動物性素材の新鮮重の15%以上の水分を除去し、次いで湿度70%以上、温度50℃〜100℃の雰囲気下で湿潤させ、酵素を含浸させることで酵素処理を行ってもよく、酵素とともに増粘剤を素材に含浸させてもよい。また、酵素溶液または酵素を含有する粉体で予め表面を消化分解して、微細な間隙を生じさせた動物性素材を用いて本発明の「動物性食材」を製造してもよい。
【0046】
本発明の「動物性食材」の製造方法において、食肉または魚介類からなる動物性素材中の水分を減じた後、タンパク質分解酵素溶液をまんべんなくかつ均質に浸透させることで、食肉、魚介類等の動物性素材の筋肉組織および結合組織を含むタンパク質を、形状が保持できる程度に分解し、圧縮応力を調整することができる。
酵素溶液と同時に、増粘剤を含浸させることにより、より滑らかな食感を得ることができる。また、水分を減じた素材の表面および内部を、高温高湿環境下で湿潤させることにより、タンパク質分解酵素溶液含浸工程をより効率化することができる。さらに、水分を減じる工程およびタンパク質分解酵素含浸工程を効率化する方法として、予め食品素材をタンパク質分解酵素溶液に浸漬するか、タンパク質分解酵素を含有する粉体をまぶすという処理をあらかじめ行うことで、動物性素材表面を消化分解して、組織に微細な間隙を生じさせ、水分の移動を容易にさせることができると共に、この間隙にタンパク質分解酵素や多糖類溶液が浸透し、含浸工程をより効率化することができる。
【0047】
本発明の「動物性食材」の製造方法における、食肉または魚介類からなる素材から水分を減じる方法としては、加熱乾燥、熱風乾燥、冷風乾燥、凍結乾燥、塩蔵、遠心分離、毛細管現象、油ちょう等が挙げられ、素材に合せてこれらから1種類以上の方法を選択して行うことができる。
加熱乾燥では、例えば密封容器に素材を封じ、湯煎等により50〜90℃に加熱することで、水分をドリップとして除去する。熱風乾燥や冷風乾燥では、例えば、10〜120℃の空気を吹き付けることで水分を蒸発させ、除去する。凍結乾燥では、例えば、素材を−20〜−80℃まで冷却した後、減圧することで、素材中の凍結した水分を昇華させ水分を除去する。塩蔵では、5%以上の食塩水や、食塩と水を混合したスラリーに素材を接触させることで、水分を除去する。遠心分離では、食品用の遠心脱水機などが利用でき、カゴ状の容器に素材をいれ、回転運動させることにより水分を除去する。例えば、株式会社 岩月機械製作所製OKS型 独自ジャイロバランス式 遠心脱水機にて5,000回転/分で10分間処理することにより脱水できるが、この装置のみに依存するものではない。毛細管現象では、例えば、キッチンペーパーを重層し、食品を挟み込み、水分を除去する。油ちょうでは、例えば、70〜180℃に加熱した食用油脂中で素材を加熱することで、水分を蒸発させることで除去する。除去する水分は、素材の新鮮重の15%以上であればよく、15%未満であると水分除去の効果を生じない。
【0048】
水分を減じた後に、含浸させる酵素としては、食肉または魚介類からなる動物性素材の筋肉組織および結合組織を含むタンパク質を、形状が保持できる程度に加水分解するタンパク質分解酵素、ペプチン分解酵素、コラーゲン分解活性を持つタンパク質分解酵素、あるいはそれらの酵素を含有する酵素剤等が挙げられる。これらの酵素は特に限定されるものではなくアスペルギルス(Aspergillus)属、バチルス(Bacillus)属などの微生物由来の酵素、パパイン、ブロメライン、アクチニジンなどの植物由来の酵素、ペプシンやパンクレアチンなどの動物由来の酵素が例示できる。これらの酵素の添加量も特に限定されるものではなく、0.1〜10%水溶液に調整して含浸することが好ましい。
【0049】
酵素溶液を前述の方法で水分を減じた食肉または魚介類からなる動物性素材にまんべんなく均質に含浸させる方法としては、減圧処理が好ましい。減圧処理は500〜20,000Pa、好ましくは500〜4,000Paの減圧とする。また、減圧処理は、真空ニーダーや回転式真空タンク、真空ポンプや減圧ポンプ、アスピレーター等の減圧可能な容器、装置を用いることができる。
【0050】
酵素溶液を含浸する工程において、酵素溶液含浸と同時に増粘剤を素材に含浸させることができる。グァーガムやカラギーナン等のように低温で溶解しない物質を増粘剤として用いる場合には、一度加熱溶解してから、酵素が失活しない程度の温度(60℃以下)まで温度を低下させた後に、酵素液と混合して含浸させることが好ましい。
【0051】
水分を減じた食肉または魚介類からなる動物性素材を酵素液に浸漬する前に、湿度70%以上、温度50〜100℃の雰囲気下で、表面を湿潤させることで、含浸を効率化させることができる。使用する装置としては、Self Cooking Center(株式会社 ラショナル・ジャパン製)などがあげられる。
【0052】
さらに、動物性素材に、あらかじめ酵素の溶液または、同じ酵素を含有する粉体を接触させることで、素材の組織表面を消化し、組織間に微細な間隙を生じさせることにより、水分を除去する工程および酵素溶液ならびに増粘剤を含浸させる工程を効率化することができる。食品素材をタンパク質分解酵素溶液に浸漬するか、タンパク質分解酵素を含有する粉体をまぶすという処理をあらかじめ行うことで、動物性素材表面を消化分解して、組織に微細な間隙を生ぜしめ、水分の移動を容易にして、水分を除去する工程をより効率化することができると共に、この間隙にタンパク質分解酵素や多糖類溶液が容易に浸透し、含浸工程をより効率化することができる。
【0053】
この場合に用いるタンパク質分解酵素溶液は、0.1〜10%水溶液に調整して含浸することが好ましい。粉体は、0.1〜5%のタンパク質分解酵素と、風味を向上させるための、ミネラル、糖質の混合物であることが望ましい。接触させる時間は、30分〜2時間程度で良い。
【0054】
以下、実施例、比較例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。素材の種類によって、酵素の種類や濃度、処理時間などを適時調整し、また高齢者や咀嚼・嚥下困難者の状態に合わせた物性のものを調製することが可能である。
【0055】
[実施例]
以下の実施例および比較例において、官能試験および圧縮応力の測定は次のように行った。
1.官能試験
パネラー10名を任意に選択して、各サンプルの形状と色調を目視観察で評価し、さらに食感として、サンプルを食した際の滑らかさとかたさを評価した。
<評価の基準(評価点)>
1)形状
5点:自然な形状、
4点:僅かに変化があるが自然の形状に近い、
3点:やや変化があり自然な形状とは言い難い、
2点:形状崩壊がみられる、
1点:著しく崩壊し原型がない。
【0056】
2)色調
5点:ブランチング処理のみ行ったサンプル(原材料)と色調がほぼ同じ、
以下、ブランチング処理のみ行ったサンプル(原材料)と比較した場合の結果として、
4点:僅かに変色または退色を感じるが問題とならない、
3点:やや変色または退色を認める、
2点:明らかに変色または退色を認める、
1点:ブランチング処理のみ行ったサンプル(原材料)を、さらに凍結・融解し、これを3回行った後、5日間保存して、変色もしくは退色させたサンプルの色調とほぼ同じ。
【0057】
3)食感
a.滑らかさ
5点:非常に滑らか、
4点:十分滑らか、
3点:ややザラツキがある、
2点:明らかにザラツキがある、
1点:非常にザラツク。
【0058】
b.かたさ
5点:非常に軟らかい、
4点:十分軟らかい、
3点:ややかたく感じられる、
2点:明らかにかたい、
1点:非常にかたい。
なお、官能評価のかたさと圧縮応力の相関に関しては、素材そのもののもつ食感のイメージの違い、すなわち通常の肉は硬く、野菜類は肉ほど硬くないなどがあり、素材の種類により十分な相関性を示さなかった。しかし、概ね6×105〜6×106N/m2の圧縮応力の食材では、官能評価におけるかたさの評価は3点であった。
【0059】
c.氷菓が崩壊する際の滑らかさ
5点:非常に滑らかに崩壊する、
4点:十分滑らかに崩壊する、
3点:ややザラツクが崩壊する、
2点:かろうじて崩壊する、
1点:崩壊しない。
【0060】
d.美味しさ
5点:非常に美味しい、
4点:やや美味しい、
3点:どちらともいえない、
2点:やや美味しくない、
1点:美味しくない。
【0061】
4)動物性食材の嚥下性
5点:非常に嚥下性が良好である、
4点:嚥下性が良好である、
3点:どちらともいえない、
2点:嚥下性はやや悪い、
1点:嚥下性は悪い。
「嚥下性」は「試料咀嚼後に食塊として咽頭通過させる際の飲み込みやすさ」のことをいい、本発明においては、食塊を飲み込む際に咽頭に滞留することなく円滑に飲み込み易い場合を「嚥下性は良好」であるとした。
【0062】
2.圧縮応力の測定
レオメーター(山電株式会社、RE2−33005S)を用いて、直径3mmのプランジャーで圧縮速度10mm/秒、クリアランスを試料の厚さ30%として食材の圧縮応力(N/m2)を測定した。測定温度は20±2℃とした。
「高齢者用食品の表示許可の取り扱いについて(衛新第15号、厚生省生活衛生局食品保健課新開発食品保健対策室長通知、平成6年2月23日)」中の高齢者用食品の試験方法を参考とした。
【0063】
I.キノコ食材
実施例1〜5に示すように、本発明の高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材の1つであるキノコ食材を調製した。
【実施例1】
【0064】
生シイタケを1/4カットして沸騰水中で10分間加熱処理し凍結した。次いで、1%キチン分解酵素(キチナーゼ:SIGMA株式会社)を含むクエン酸緩衝液(pH6)に浸漬して50℃で解凍し、さらに、2,000Paの減圧下で10分間キチン分解酵素を含むクエン酸緩衝液を含浸した。その後、50℃で2時間加温放置して、酵素処理を行った。次いで、蒸し器で10分間加熱を行い、酵素失活処理を行なった。
これによって得られたシイタケ食材(発明品1)の圧縮応力は、3.2×104N/m2であった。
【実施例2】
【0065】
干シイタケを1/4カットして15分間加熱処理した後凍結した。次いで、1.2%キチン分解酵素(キチナーゼ:協和化成株式会社)と5%トレハロース(林原商事株式会社)を含むクエン酸緩衝液(pH6)に浸して50℃で解凍し、さらに、2,000Paの減圧下で10分間キチン分解酵素を含浸した。その後、50℃で5時間加温放置して酵素処理を行った。次いで蒸し器で10分間加熱処理を行い酵素失活処理した。このようにして得られた本発明のシイタケ食材の圧縮応力は、3.5×104N/m2であった。
【0066】
上記実施例1、2によって得られたシイタケ食材は、いずれも型崩れせずにシイタケそのものの形状を示した。色調および風味も本来のシイタケと同様であった。このシイタケ食材は、食すると歯茎で押し潰せるほど軟らかく、口腔内でまとまり感があり、飲み込み易い物性を有していた。
【実施例3】
【0067】
ブナシメジを裁断した後、蒸し器で15分間加熱処理した。次いで、1.2%キチン分解酵素(キチナーゼ:協和化成株式会社)と1%タンパク質分解酵素(プロテアーゼP:天野エンザイム株式会社)を含むクエン酸緩衝液(pH6)に浸して凍結した。これをそのまま50℃で解凍し、さらに、500Paの減圧下で10分間キチン分解酵素を含浸した。その後、50℃で6時間加温放置して酵素処理を行った。次いで、10分間煮沸し、酵素失活処理を行なった。このようにして得られたブナシメジ食材の圧縮応力は、4.6×104N/m2であった。
このブナシメジ食材は型崩れをせずにブナシメジそのものの形状を示し、色調および風味も本来のブナシメジと同様であった。このブナシメジ食材は、食すると歯茎で押し潰せる程度に軟らかく、口腔内でまとまり感があり、飲み込み易い物性を有していた。
【実施例4】
【0068】
マイタケを裁断した後、圧力鍋を用いて15分間加熱調理した。次いで、1.2%のキチン分解酵素(キチナーゼ:協和化成株式会社)と5%トレハロース(林原商事株式会社)を含む1%アルギン酸ナトリウム(キミカ株式会社)溶液に浸し、1,000Paの減圧下で10分間含浸させた。その後、50℃で5時間加温放置して酵素処理を行った。その後、沸騰水中で15分間加熱し、酵素失活処理を行なった。このようにして得られたマイタケ食材の圧縮応力は、1.9×104N/m2であった。
このマイタケ食材は、型崩れをせずに滑らかな形状を示し、表面および内部はゼリー状を呈していた。このマイタケ食材を食すると、舌で押し潰せる程度に軟らかく、口腔内でまとまり感があり、飲み込み易い物性を有していた。
【実施例5】
【0069】
生のシイタケをスライスした後、10分間の沸騰加熱を行い、冷凍した。次いで、1.2%キチン分解酵素(キチナーゼ:協和化成株式会社))と1%タンパク質分解酵素(プロテアーゼM:天野エンザイム株式会社)を含む溶液に浸し、500Paの減圧下で5分間液を含浸させた。次いで50℃で8時間加温放置して、酵素処理を行った。その後、沸騰水中で15分間加熱し、酵素失活処理を行なった。このようにして得られたシイタケ食材の圧縮応力は、1.4×104N/m2であった。
このシイタケ食材は、型崩れをせずにスライスしたシイタケそのものの形状を示した。このシイタケ食材を食すると、舌で押し潰せるほど軟らかく、口腔内でまとまり感があり、飲み込み易い物性を有していた。
【0070】
[比較例1]
1%キチン分解酵素(キチナーゼ:SIGMA株式会社)に代えて、1%ペクチン分解酵素(ペクチナーゼ:天野エンザイム株式会社)を用いる以外は実施例1と同様の方法でシイタケを処理した。この処理シイタケ(比較品1)の圧縮応力は、9.2×106N/m2であった。
【0071】
[比較例2]
1%キチン分解酵素(キチナーゼ:SIGMA株式会社)に代えて、1%ヘミセルロース分解酵素(ヘミセルラーゼ:天野エンザイム株式会社)を用いる以外は実施例1と同様の方法でシイタケを処理した。この処理シイタケ(比較品2)の圧縮応力は、7.7×106N/m2であった。
【0072】
[比較例3]
1%キチン分解酵素(キチナーゼ:SIGMA株式会社)に代えて、1%ペクチン分解酵素(ペクチナー:天野エンザイム株式会社)、1%ヘミセルロース分解酵素(ヘミセルラーゼ:天野エンザイム株式会社)、および1%セルロース分解酵素(セルラーゼ:天野エンザイム株式会社)を混合して用いる以外は実施例1と同様の方法でシイタケを処理した。この処理シイタケ(比較品3)の圧縮応力は、8.1×106N/m2であった。
【0073】
[比較例4]
1%キチン分解酵素(キチナーゼ:SIGMA株式会社)を含むクエン酸緩衝液(pH6)に代えて、キチン分解酵素を含まないクエン酸緩衝液(pH6)を用いる以外は実施例1と同様の方法でシイタケを処理した。この処理シイタケの圧縮応力は2.4×106N/m2であった。
【0074】
上記比較例1〜4によって得られた処理シイタケは、いずれも型崩れせずにシイタケそのものの形状と色調を保持していたが、口腔内で歯にて容易に噛み切ることができずに、弾性が強く嚥下に適さない物性であった。
【0075】
【表1】

【0076】
[比較例5]
干しシイタケ50gを500mlの水に浸して戻した後、1/4カットして、砂糖30gと醤油50mlを入れて加熱しながら1時間煮た。このシイタケの煮物の圧縮応力は2.4×106N/m2であった。
【0077】
[比較例6]
生シイタケを1/4カットし、アルミホイールで包んで、オーブントースター(1200W)で10分間加熱した。このシイタケ調理品の圧縮応力は8.1×106N/m2であった。
【0078】
上記比較例5、6によって得たシイタケの煮物およびシイタケ調理品は、いずれも軟らかいが、弾力性があるため、舌で押し潰して崩壊させることは容易ではなかった。
【0079】
II.植物性食材
実施例6〜13に示すように、本発明の高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材の1つである植物性食材を調製した。
【実施例6】
【0080】
約3cm立方に切断したブロッコリーを沸騰した水道水中で分間加熱した。その後、家庭用冷蔵冷凍庫の冷凍庫にて、1昼夜凍結した。この凍結ブロッコリーを、1%ヘミセルロース分解酵素(天野エンザイム株式会社)を含む表2に示した組成液に浸漬し、減圧下にてそれぞれの組成液を組織内部に含浸させた。その後ブロッコリーを組成液から取り出し、密閉容器にいれ、5℃で24時間または、40℃で1時間酵素処理を行った。次いで、80℃に加熱して30分保持することで酵素失活処理を行い、ブラストチラー(福島工業株式会社製)を用いて、このブロッコリーを0℃から−5℃の温度域に10分間で通過させて冷却し、さらに−20℃まで冷却して、1時間保持した後に室温にて解凍した。
これによって調製した本発明のブロッコリー食材(発明品2〜9)および比較として調製した処理ブロッコリー(比較品4〜15)について圧縮応力を測定するとともに、上記基準に従い官能評価を行った。
【0081】
【表2】

【0082】
その結果、本発明のブロッコリー食材(発明品2〜9)は、いずれも圧縮応力が5×104N/m2以下であり、官能評価において、退色せず、滑らかで軟らかいことが確認された。一方、比較として調製した処理ブロッコリー(比較品4〜15)はいずれも退色し、滑らかさおよび軟らかさが低下しており、本発明のブロッコリー食材と同様の色調や物性が得られなかった。
【実施例7】
【0083】
ブラストチラー(福島工業株式会社)を用いて、表3に示した冷却条件とした以外は、実施例6のブロッコリー食材(発明品5)と同様の条件で、ブロッコリー食材(発明品10〜12)、または処理ブロッコリー(比較品16〜18)を調製した。
冷却条件の違いによる温度の違いは、ブロッコリーの中心部に温度センサーを挿入することで、モニターした。
解凍後に、これらについて圧縮応力を測定するとともに、上記基準に従い官能評価を行った。結果を表3に示した。
【0084】
【表3】

【0085】
その結果、本発明のブロッコリー食材(発明品10〜12)は、いずれも圧縮応力が5×104N/m2以下であり、官能評価において、退色せず、滑らかで軟らかいことが確認された。一方、比較として調製した処理ブロッコリー(比較品16〜18)は、いずれも滑らかさおよび軟らかさの低下が認められ、高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材ではないことが示された。
【実施例8】
【0086】
皮と芯を取り除き、12等分に切断したリンゴ20gを家庭用冷蔵冷凍庫の冷凍庫にて1昼夜凍結した。この凍結リンゴについて、0.1%ヘミセルロース分解酵素(天野エンザイム株式会社)とともに表4に示した栄養機能成分(栄養素)を含む溶液に浸漬し、減圧下にてこの組成液を組織内部に含浸させた。その後リンゴを組成液から取り出し、密閉容器に入れ、5℃で24時間酵素処理を行った。次いで、80℃に加熱して30分保持することで酵素失活処理を行い、ブラストチラー(福島工業株式会社製)を用いて、このリンゴを0℃から−5℃の温度域に5分間で通過させて冷却し、さらに−20℃まで冷却し1時間保持した後に、室温にて解凍した。
これによって調製した本発明のリンゴ食材について、解凍後に、上記基準に従い官能評価を行い、また、リンゴ1片当たりの機能強化成分を分析した。結果を表4に示した。
【0087】
【表4】

【0088】
その結果、本発明のリンゴ食材は、圧縮応力が1.5×104N/m2であり、官能評価において退色もなく食感も滑らかであることが確認された。また各機能強化成分がリンゴ中に含浸されていたことから、栄養強化されたリンゴ食材が得られることが確認された。
【実施例9】
【0089】
皮を取り除き、厚さ1cmの輪切りとしたニンジンを沸騰した水道水中で5分間加熱した。その後、家庭用冷蔵冷凍庫の冷凍庫にて、1昼夜凍結した。この凍結ニンジンを、1%ヘミセルロース分解酵素(天野エンザイム株式会社)、0.05Mクエン酸、0.1%フェルラ酸、25%ショ糖、0.1%レモンフレーバーを含む組成液に浸漬し、減圧下にてこの組成液を組織内部に含浸させた。その後ニンジンを組成液から取り出し、密閉容器に入れ、5℃で24時間酵素処理を行った。次いで、80℃に加熱して30分保持することで酵素失活処理を行い、ブラストチラー(福島工業株式会社製)を用いて、ニンジンの0℃から−5℃の品温範囲を5分間で通過させて冷却し、さらに−20℃まで冷却し、本発明のニンジン食材(発明品13)とした。
また比較として、クエン酸無添加の組成液を使用した処理ニンジン(比較品19)、酵素無添加の組成液を使用した処理ニンジン(比較品20)を同様に調製した。これらについて上記基準に従い官能評価を行った。
食感については、凍結したままのサンプルを口中に含んで解凍した際に感じる食感を評価の対象とした。
官能評価の結果を表5に示した。その結果、本発明のニンジン食材(発明品13)は、調製した処理ニンジン(比較品19、20)と比較して、口内で滑らかに崩壊し、美味しいことが確認された。
【0090】
【表5】

【実施例10】
【0091】
ブランチング処理したニンジンを−15℃で凍結後、40℃に加温したフェルラ酸およびクエン酸を含有した1%ペクチン分解酵素液(ペクチナーゼ:天野エンザイム株式会社)に30分間浸漬して解凍した後、真空ポンプで5分間減圧(5300Pa、すなわち40mmHg)し、さらに60分間放置して酵素処理を行った。次いで、80℃に加熱して30分保持することで酵素失活処理を行い、ブラストチラー(福島工業株式会社製)を用いて、ニンジンの0℃から−5℃の品温範囲を5分間で通過させて冷却し、さらに−20℃まで急速冷凍し、−18℃で1週間保存後、室温で自然解凍した。
【0092】
[比較例7]
以下の点が違う以外は、実施例10と同様の方法で処理ニンジンを調製した。
1)フェルラ酸およびクエン酸を含有していない1%ペクチン分解酵素液を用いる(比較品21)。
2)フェルラ酸のみを含有し、クエン酸を含有していない1%ペクチン分解酵素液を用いる(比較品22)。
3)フェルラ酸と、0.05Mクエン酸の代わり0.05M酢酸とを含有させた、1%ペクチン分解酵素液を用いる(比較品23)。
【0093】
これによって調製した本発明のニンジン食材(発明品14)および比較として調製した処理ニンジン(比較品21〜23)について圧縮応力を測定するとともに、上記基準に従い官能評価を行った。その結果を表6に示した。
【0094】
【表6】

【0095】
その結果、本発明のニンジン食材(発明品14)は、圧縮応力が5×104N/m2以下であり、官能評価において、ニンジンの自然な形状や色調を保持し、食感では滑らかで、歯茎や舌で容易に押し潰れる程度に軟らかいことが確認された。一方、比較として調製した処理ニンジン(比較品21)は、圧縮応力も5×104N/m2をはるかに超えた数値であり、形状には問題なかったものの、変色しており、自然な色調が保持できないことが確認された。また、食感が弾力性のあるスポンジ状あるいはゴム状であり、滑らかさがなく、歯茎や舌で押し潰れないかたさであった。
処理ニンジン(比較品22および23)も、圧縮応力も5×104N/m2をはるかに超えた数値であり、形状および色調では問題ないものの、処理ニンジン(比較品21)と同様の食感であった。
この結果より、酵素とともにフェルラ酸を含浸させて酵素処理をした場合には、ニンジンの変色、退色等の色調の変化が発生し難くなるものの、滑らかさおよびかたさは変化してしまうことが示された。また、クエン酸のごときキレート効果を持つ有機酸のみが滑らかさや軟らかさを保持でき、有機酸でも酢酸のようなキレート効果がないものは滑らかさや軟らかさを保持できなかった。従って、本発明の植物性食材を得るためには、酵素、フェルラ酸およびキレート剤を組合せて用いることが重要であることが示された。
【0096】
III.動物性食材
実施例11〜14に示すように、本発明の高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材の1つである、動物性食材を調製した。
【実施例11】
【0097】
ブタモモ肉(約10mm厚カット)を表7に示した方法と条件で、水分除去処理を行ない、それぞれの重量減少率(%)を測定した。次いで、1%タンパク質分解酵素溶液(プロテアーゼP[アマノ]3G;天野エンザイム株式会社)に浸し、2,000Paの減圧下で10分間減圧処理した。その後、ブタモモ肉を恒温器にて45℃、30分間酵素処理し、さらに80℃で1時間酵素失活処理を行い、ブタモモ肉食材(発明品15〜18)を調製した。
【0098】
[比較例8]
以下の点が違う以外は、実施例11と同様の方法で処理ブタモモ肉を調製した。
1)水分除去処理をしないブタモモ肉を用いる(比較品24)、
2)酵素反応時間を3時間とする(比較品25)。
【0099】
これによって調製した本発明のブタモモ肉食材(発明品15〜18)および比較として調製した処理ブタモモ肉(比較品24、25)について圧縮応力を測定するとともに、上記基準に従い官能評価を行った。その結果を表7に示した。
【0100】
【表7】

【0101】
その結果、本発明のブタモモ肉食材(発明品15〜18)の水分除去処理における重量減少率({(処理前重量―処理後重量)/処理前重量}×100)は15%以上と、タンパク質分解酵素液がブタモモ肉の軟化において十分量含浸される程度に減少していることが示された。本発明のブタモモ肉食材(発明品15〜18)は、圧縮応力が5×103〜5×104N/m2であり、官能試験において型崩れをせずに食肉の形状を維持している上で、歯茎で押しつぶせるほど軟らかく、口腔内で滑らかな食感を有していることが確認された。一方、水分除去処理を行わなかった処理ブタモモ肉(比較品24)は、圧縮応力が5×104N/m2以上で、歯茎では押し潰すことができず、滑らかな食感ではなかった。また、酵素反応時間を3時間とした処理ブタモモ肉(比較品25)は、食肉の形状を維持することができず、部分的に液状化していて食品として適さない外観であり、滑らかさを評価できなかった。
【実施例12】
【0102】
ブタヒレ肉(約10mm厚カット)を凍結乾燥機で3日間水分除去処理し、ブタヒレ肉が元々保持していた水分を昇華させ、新鮮重の約70%相当の重量を減じさせた。次いで、表8に示した増粘剤を含む1.2%タンパク質分解酵素液(プロテアーゼP「アマノ」3G;天野エンザイム株式会社)に浸漬し、2,000Paの減圧下で20分間減圧処理した。その後恒温器にて45℃、30分間酵素処理した。さらに80℃で1時間酵素失活処理を行い、ブタヒレ肉食材(発明品19〜22)を調製した。また、増粘剤を添加しない以外は同じ方法で調製したブタヒレ肉食材(発明品23)を得た。
【0103】
[比較例9]
酵素を添加せずに、ブタヒレ肉食材(発明品22)と同じ増粘剤のみを含む液を使用する以外は、実施例12と同様の方法で処理ブタヒレ肉(比較品26)を調製した。
これによって調製した本発明のブタヒレ肉食材(発明品19〜23)および比較として調製した処理ブタヒレ肉(比較品26)について圧縮応力を測定するとともに、上記基準に従い官能評価を行った。その結果および各食材の増粘剤の含有率を食物繊維の分析値(酵素−重量法)として表8に示した。
【0104】
【表8】

【0105】
その結果、本発明のブタヒレ肉食材(発明品19〜23)は圧縮応力がいずれも5×104N/m2以下であり、歯茎で押しつぶせるほど軟らかく、口腔内で滑らかな食感を有していた。
嚥下のしやすさにおいては、本発明のブタヒレ肉食材の中でも、増粘剤を含浸したブタヒレ肉食材(発明品19〜22)が増粘剤を含浸させなかったブタヒレ肉食材(発明品23)に対して、大きく向上したことから、増粘剤を含浸することで、さらに嚥下しやすい食材を調製できることが示された。一方、酵素を使用しなかった処理ブタヒレ肉(比較品26)は、圧縮応力が5×104N/m2以上であり、滑らかさも、嚥下性も劣っていた。しかし、処理ブタヒレ肉(比較品26)には増粘剤が本発明品2と同程度含まれていることから、増粘剤が浸透するだけでは、本発明品は調製できないことが示された。
【実施例13】
【0106】
ニワトリムネ肉(約10mm厚カット)を凍結乾燥機で3日間水分除去処理し、ニワトリムネ肉が元々保持していた水分を昇華させ、新鮮重の約70%相当の重量を減じさせた。次いで、スチームコンベクションを用いて、60℃湿度100%で2時間加湿処理を施した。その後、常温で1%タンパク質分解酵素液(プロテアーゼP「アマノ」3G:天野エンザイム株式会社)に浸漬し、2,000Paの減圧下で20分間減圧処理した。その後スチームコンベクションにて、45℃、30分間酵素処理した。その後、さらに80℃で40分間加熱処理を行い、調理とともに酵素失活処理し、ニワトリムネ肉食材(発明品24)を調製した。
【0107】
[比較例10]
凍結乾燥後の加湿・加温処理をしない以外は、実施例13と同様の方法でニワトリムネ肉食材(発明品25)を調製した。また、酵素を添加しない以外は、実施例13と同様の方法で処理ニワトリムネ肉(比較品27)を調製した。
これによって調製した本発明のニワトリムネ肉食材(発明品24、25)および比較として調製した処理ニワトリムネ肉(比較品27)について圧縮応力を測定するとともに、上記基準に従い官能評価を行った。その結果を表9に示した。
【0108】
【表9】

【0109】
その結果、本発明のニワトリムネ肉食材(発明品24、25)は、圧縮応力が5.0×104N/m2以下であり、歯茎で押しつぶせるほど軟らかく、口腔内で滑らかな食感を有していることが確認された。一方、食した際の滑らかさにおいては、凍結乾燥後に加湿したニワトリムネ肉食材(本発明品24)の方が、やや滑らかな食感のある食材であることが示された。一方、酵素を使用しなかった処理ニワトリムネ肉(比較品27)は、圧縮応力が5×104N/m2以上であり、極めて滑らかさや食感も劣っていた。このことから、加湿処理だけでは、本発明の高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材が調製できないことが示された。
【実施例14】
【0110】
1.前処理
1)素材表面の酵素処理
水分除去処理の前に、サケ(約20mm厚カット)をタンパク質分解酵素であるプロテアーゼP「アマノ」3G(天野エンザイム株式会社)1%水溶液に浸漬し2時間4℃で静置した。
2)水分除去処理
上記1)の処理をした後、次いで、表10に示した条件で水分除去処理を行った(本発明品26、27)。比較対象として、上記1)の処理を実施せずに表10に示した条件で水分除去処理を行った(本発明品27、29)。
表10に示されるように、各サケの重量が減少していることから、上記1)の水分除去処理前に、素材表面の酵素処理を行なうことによって、水分除去率が著しく増大することが認められた。これは、水分除去処理をする前に、タンパク質分解酵素によって、素材表面を消化分解して組織に微細な間隙を生じさせたことにより、乾燥効率が向上し、これによって素材中の水分減少率の増大をはかることができたためである。
【0111】
2.サケ食材の調製
上記1.で前処理をした動物性素材(サケ)を用いて、1.0%タンパク質分解酵素(プロテアーゼP「アマノ」3G:天野エンザイム株式会社)および0.5%ローカストビーンガムを含む酵素溶液に浸し、2,000Paの減圧下で20分間減圧処理し、次いで、恒温器にて45℃、30分間酵素処理した後、80℃で1時間酵素失活処理を行い、サケ食材(素材表面の酵素処理を行った本発明品26、28および素材表面の酵素処理を行わなかった発明品27および29)を調製した。
これらのサケ食材について圧縮応力を測定するとともに、上記基準に従い官能評価を行った。その結果を表10に示した。
【0112】
【表10】

【0113】
その結果、本発明のサケ食材(発明品26、27、28、29)は、圧縮応力が5×103〜5×104N/m2の範囲内であり、いずれも型崩れをせずにサケ肉の形状を維持した上、歯茎で押しつぶせるほど軟らかく、口腔内で滑らかな食感を有していることが示された。しかし、滑らかさについては、素材表面の酵素処理を行ったサケ食材(発明品26、28)の方が優れていることが示された。
この結果より、動物性素材の前処理において、水分除去処理の前に、素材表面を酵素処理することで、食材中の水分減少率の増大をはかることができ、これによってその後の酵素液含浸の効率が上がったことが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
素材に酵素を含浸させて酵素処理を行うことで得られる、素材の自然な形状や色調を保持しながら、口腔内においては歯茎や舌で押しつぶされる軟らかさを有し、かつ滑らかな食感を有する、次の1)および2)を満たす高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材。
1)圧縮応力が直径3mmのプランジャーで圧縮速度10mm/秒、クリアランスを試料の厚さ30%として測定した際に5×104N/m2以下である。
2)食材が動物性食材である
【請求項2】
食肉または魚介類からなる動物性素材の新鮮重量の15%以上の水分を除去し、酵素を含浸させて酵素処理を行うことで得られる、請求項1に記載の動物性食材。
【請求項3】
食肉または魚介類からなる動物性素材の新鮮重量の15%以上の水分を除去し、次いで湿度70%以上、温度50℃〜100℃の雰囲気下で湿潤させた後に、酵素を含浸させて酵素処理を行うことで得られる、請求項に記載の動物性食材。
【請求項4】
酵素溶液または酵素を含有する粉体で予め表面を消化分解して、微細な間隙を生じさせた動物性素材を用いる請求項またはに記載の動物性食材。
【請求項5】
酵素がタンパク質分解酵素である請求項のいずれかに記載の動物性食材。
【請求項6】
酵素とともに増粘剤を含有する溶液を含浸させて酵素処理を行うことで得られる請求項1〜のいずれかに記載の高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材。
【請求項7】
増粘剤がアルギン酸塩、ペクチン、キサンタンガム、グァーガム、ローカストビーンガム、カラギーナン、グルコマンナン、カードラン、デンプンから選ばれる1種以上である請求項に記載の高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材。
【請求項8】
増粘剤を含有する溶液がトレハロースをさらに含有するものである請求項またはに記載の高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材。
【請求項9】
機能強化成分を含浸させた動物性食材である請求項1〜のいずれかに記載の高齢者および咀嚼・嚥下困難者に適した食材。

【公開番号】特開2013−63094(P2013−63094A)
【公開日】平成25年4月11日(2013.4.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2013−5086(P2013−5086)
【出願日】平成25年1月16日(2013.1.16)
【分割の表示】特願2009−535970(P2009−535970)の分割
【原出願日】平成20年9月30日(2008.9.30)
【出願人】(502138359)イーエヌ大塚製薬株式会社 (56)
【Fターム(参考)】