説明

哺乳動物への遺伝子導入方法

【課題】形質転換毛包及びそれを用いた哺乳動物への遺伝子導入方法の提供。
【解決手段】ウイルスベクターを用いて毛包に遺伝子を導入する形質転換毛包の作製方法であって、ウイルスベクターとしてVSV-Gでシュードタイピングされたレンチウイルスを用い、毛包に当該レンチウイルスをエクスビボで感染させることを特徴とする、形質転換毛包の作製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、形質転換毛包及びそれを用いた哺乳動物への遺伝子導入方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、疾患の原因遺伝子や組織再生に関連する遺伝子等が同定され、それに伴い多くの病態や組織再生の分子機構が解明されるようになり、外来遺伝子を患者等の細胞に導入し、疾患の治療や組織を再生する研究が進められている。
【0003】
外来遺伝子の細胞への導入に関して、一般的には、リポソームを用いる方法(リポフェクション)、アデノウイルスベクターやレトロウイルスベクターのウイルスベクターを用いる方法が知られているが、導入効率の点からウイルスベクターが広く用いられている。また、最近では、分裂細胞にしか導入できなかったレトロウイルスベクターの欠点を補うため、HIV-1等に代表されるレトロウイルス科に属するRNAウイルスを基本とし、危険性の高い特定の配列を欠損あるいは不活化したレンチウイルスベクターが用いられるようになった。更には細胞表面への結合に関与するエンベロープ蛋白質をVSV-G、EboZ等に改変することにより特定の細胞への導入効率を高めたシュードタイピングされたレンチウイルスベクターも用いられるようになっている。ヒト気道上皮細胞ではエンベロープ蛋白質としてEboZを用いると遺伝子導入効率が高いこと(非特許文献1)、ヒト皮膚表皮細胞幹細胞ではエンベロープ蛋白質としてVSV-Gを用いると遺伝子導入効率が高いこと(非特許文献2)が既に報告されている。
【0004】
一方、外来遺伝子を導入する細胞としては、遺伝子導入時や導入後のモニターの簡便性や容易性等を考慮し、体の表面に位置する皮膚組織の細胞が用いられることも多い。表皮や毛包は終末分化する細胞であるので、それぞれの幹細胞(stem cell)から常に新しい細胞が作られている(非特許文献3)。従って、長期間にわたり外来遺伝子を発現させることを目的とする場合、stem cellに遺伝子を導入する必要がある。これまでに表皮のstem cellは表皮基底層に、毛包のstem cellは毛包のbulge領域に存在することが知られている。
【0005】
また、通常の表皮生成の場合とは異なり、表皮創傷治癒の場合には毛包のstem cellが重要な役割を果たしていることが明らかにされて以来(非特許文献4)、毛包のbulge領域に存在する表皮細胞とメラノサイトのstem cellに注目が集まるとともに、毛包内のstem cellに遺伝子を導入する意義が深まっている。
つまり、bulge領域のstem cellに創傷治癒を促進するような外来遺伝子を導入しておくと、表皮が再生される際、新たな機能が付加されたstem cellにより表皮の一部が再構築されることになる。このことから、bulge領域のstem cellへの遺伝子導入技術は、表皮をより効果的に再生するのみならず、表皮においてある特定の遺伝子を発現させることによる遺伝子治療においても有効な手段であると考えられている。
【0006】
リポソーム法によるマウス毛包を含む組織への遺伝子導入については、リポソーム−トラップLacZを用いての実験結果の他(非特許文献5)、リポソーム組成物の好ましいレシピエントは成長期にある毛包であること、免疫不全マウスに移植されたヒト頭皮においてもリポソーム法で約10%の毛包に一過的に遺伝子を導入できること(非特許文献6)が報告されている。
しかしながら、リポソーム法は一過的に遺伝子を導入するため、長期間の遺伝子の発現に適していないという問題点が残されている。
【0007】
また、マウス毛包組織を、コラゲナーゼ処理した後に、アデノウイルスベクターを用いて遺伝子を導入すると、エクスビボで遺伝的にうまく改変され、続いて無傷の哺乳動物被検体に首尾よく移植できることが報告されている(特許文献1;特許文献2;特許文献3;非特許文献7)。
しかしながら、アデノウイルスベクターを用いた場合においても、導入された遺伝子は細胞質に存在するため一過的な発現でしかないという問題点が残されている。
【0008】
一方、マウス真皮をコラゲナーゼ処理することにより無傷の毛包を単離し、Moloneyマウス白血病レトロウイルス(MoMLV)ベクターを用いて癌遺伝子を導入後、ヌードマウスへ移植することにより癌が誘導できることも報告されている(非特許文献8; 非特許文献9)。さらには、マウス白血病レトロウイルス(MLV)ベクターを用いてチロシナーゼ遺伝子をパッケージング細胞に導入し、パッケージング細胞とマウス皮膚組織を共に培養したところ、マウス毛包の毛マトリックス及び毛幹にメラニンが6日まで観察できたことが報告されている(特許文献1;特許文献2;特許文献3)。
しかしながら、レトロウイルスベクターは、神経細胞等の増殖しない細胞には遺伝子導入が困難であるため、導入できる細胞が限定されるという問題点があり、またレトロウイルスベクターを用いた場合、導入された遺伝子が脱落しないでその発現が長期間保持されることは一般に困難であると考えられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】WO2001/042449号パンフレット
【特許文献2】米国特許第7067496号明細書
【特許文献3】特開2004-500809号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Kobinger GP. et al., Nat. Biothcnol. 19: 225-230, (2001)
【非特許文献2】Hachiya A. et al., Gene Ther. 14: 648-56, (2007)
【非特許文献3】Cotsarelis G., J Invest. Dermatol. 126: 1459-1468, (2006)
【非特許文献4】Ito M. et al., Nat. Med. 11(12): 1351-1354, (2005)
【非特許文献5】Li L. et al., Nat. Med 1: 705-706 (1995)
【非特許文献6】Domashenko, A. et al., Nat. Biotechnol. 18(4): 420-423, (2000)
【非特許文献7】Norimitsu S. et al., PNAS 99(20): 13120-13124, (2002)
【非特許文献8】Weinberg WC. Et al., Carcinogenesis 12: 1119-1124, (1991)
【非特許文献9】Dennis R.R. et al., Nature 323: 822-824, (1986)
【発明の概要】
【0011】
本発明は、以下の発明に係るものである。
1.ウイルスベクターを用いて毛包に遺伝子を導入する形質転換毛包の作製方法であって、ウイルスベクターとしてVSV-Gでシュードタイピングされたレンチウイルスを用い、毛包に当該レンチウイルスをエクスビボで感染させることを特徴とする、形質転換毛包の作製方法。
2.毛包がヒト由来である上記1記載の作製方法
3.上記1又は2記載の方法により製造された形質転換毛包。
4.上記3の形質転換毛包を移植した哺乳動物。
5.下記の(1)〜(3)の工程を含む哺乳動物への遺伝子導入方法。
(1)目的遺伝子を含むVSV-Gでシュードタイピングされたレンチウイルスベクターを作製する工程
(2)前記レンチウイルスベクターをエクスビボで毛包に感染させて、形質転換毛包を作製する工程
(3)前記形質転換毛包を動物に移植する工程
6.毛包がヒト由来である上記5記載の遺伝子導入方法。
7.上記5又は6記載の遺伝子導入方法により製造され、形質転換した哺乳動物。
8.下記の(1)〜(4)の工程からなる披検遺伝子の機能を評価する方法。
(1)披検遺伝子をVSV-Gでシュードタイピングされたレンチウイルスベクターに導入する工程
(2)前記レンチウイルスベクターをエクスビボで毛包に感染させて形質転換毛包を作製する工程
(3)前記形質転換毛包を実験動物に移植する工程
(4)当該毛包から再生した毛髪の性状・形状を測定する工程
9.VSV-Gでシュードタイピングされたレンチウイルスベクターを含む、毛包形質転換剤。
10.毛包形質転換剤の製造のためのVSV-Gでシュードタイピングされたレンチウイルスベクターの使用。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】Apple-shapeになるようにtrimmingした毛包。
【図2】移植後約3ヶ月経過した時点で再生してくる毛髪。A:Caucasian:straight毛髪を含む頭皮を4分割して移植し、毛髪が再び観察された後、1週間の間隔を設けてレンチウイルスを2回皮内投与した。B:Caucasian:straight毛包を移植。C:Caucasian:curly毛包を移植。
【図3】レンチウイルスによる感染処理後の単離毛包の器官培養。A:培養21日までのappearance。B:1回感染させた毛包と2回感染させた毛包の21日間培養後の長さの比較。C:培養1週目における伸長速度。
【図4】1回感染させた毛包と2回感染させた毛包におけるグルコース消費量と乳酸産生量。A:グルコース消費量B:乳酸産生量。
【図5】未感染毛包、1回感染させた毛包、2回感染させた毛包におけるアポトーシスの観察。A:未感染毛包におけるアポトーシスの経時変化B:器官培養14日後のアポトーシスの比較。
【図6】器官培養14日後の未感染毛包、1回感染させた毛包、2回感染させた毛包におけるX-gal染色。A:未感染毛包。B: 1回感染させた毛包。C: 2回感染させた毛包。
【図7】器官培養14日後におけるβ-galactosidaseの発現。
【図8】器官培養14日後の外毛根鞘におけるβ-galactosidaseの発現。赤:β-galactosidase。緑:keratin 17(外毛根鞘のマーカー)。1バーは50μm。
【図9】器官培養7日後の毛包内メラノサイトにおけるβ-galactosidaseの発現。赤:β-galactosidase。緑:gp100(メラノサイトのマーカー)。上段は1回感染させた毛包。下段は2回感染させた毛包。
【図10】未感染毛包、1回感染させた毛包、2回感染させた毛包における最初の感染から48時間後の外来遺伝子のコピー数。
【図11】2回感染させてから移植し、その約3ヶ月後に再生してきた毛包におけるβ-galactosidaseの発現。a: Caucasian:straight毛包を移植。赤:β-galactosidase。緑:keratin 17(外毛根鞘のマーカー)。1バーは50μm。b: Caucasian:curly毛包を移植。赤:β-galactosidase。緑:keratin 17(外毛根鞘のマーカー)。1バーは50μm。c:Caucasian:straight毛包を移植。赤:β-galactosidase。緑: gp100(メラノサイトのマーカー)。1バーは100μm。d:Caucasian:curly毛包を移植。赤:β-galactosidase。緑: gp100(メラノサイトのマーカー)1バーは100μm。e:未感染のCaucasian:straight毛包を移植。赤:β-galactosidase。緑: gp100(メラノサイトのマーカー)。1バーは100μm。f:Caucasian:curly毛包を移植。赤:β-galactosidase。1バーは100μm。
【図12】直毛毛包とくせ毛毛包におけるIGFBP-5の遺伝子発現を示す図。
【図13】IGFBP-5過剰発現による直毛(straight)毛包とくせ毛(curly)毛包移植後の顕著なくせ毛度合いの増強を示す図。
【図14】IGFBP-5の過剰発現によりねじれて再生した毛髪を示す図。
【図15】IGFBP-5を過剰発現させた直毛毛包から再生してきた毛髪のSEM解析を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、形質転換毛包及びそれを用いた哺乳動物への遺伝子導入方法に関する。
【0014】
本発明者らは、毛包への遺伝子導入に関し種々検討した結果、VSV-Gシュードタイプウイルスベクターをエクスビボでヒト毛包を含む組織に感染させることにより、毛包に目的遺伝子を効率よく導入でき、これを用いることにより、高い確率で被験動物に目的遺伝子を導入でき、導入した遺伝子が効率よく発現し、長期間脱落しないで高発現が保持できることを見出した。
【0015】
本発明によれば、容易にヒト毛包に遺伝子を導入し、形質転換毛包を作製することができる。そして、当該形質転換毛包を用いれば、効率よく動物に目的遺伝子を導入でき、長期的に様々な症状の改善や疾患の予防又は治療を図ることができる。また本発明の遺伝子導入方法を用いれば、例えば実験動物において導入した各種ヒト遺伝子の機能を長期的に評価することができる。
【0016】
本発明の形質転換毛包は、VSV-Gでシュードタイピングされたレンチウイルスをベクターとして用い、当該レンチウイルスベクターをエクスビボで毛包を含む組織に感染させることにより作製される。
VSV-Gでシュードタイピングされたレンチウイルスベクターとは、HIVを基本としたレンチウイルスベクターのエンベロープ蛋白質(glycoprotein)をvesicular stomatitis virus (VSV)由来のエンベロープ蛋白質(glycoprotein)で置換したウイルスベクターである。
【0017】
レンチウイルスベクターは、エンベロープ蛋白質がVSV-Gにシュードタイプされており、複製能力のあるウイルス粒子を生産する能力を欠損させた通常遺伝子導入に用いられるものであれば特に限定されない。
【0018】
レンチウイルスの作製方法としては、公知の方法を用いればよく、以下に一例を挙げるが、これに限定されるものではない。
レンチウイルスの産生にはいわゆるtriple transfectionの原理を用いるため、HIV helper functionを有するpCMVΔR8.2、β-galactosidaseをコードするpHxLacZWPtransferベクター、それからVSV-Gを発現させるベクターの3つを構築する必要があるが、使用するベクターについては、Public Health Agency of CanadaのDr. KobingerもしくはUniversity of Pennsylvania Health SystemのDr. Wilsonより入手可能である。
【0019】
ウイルスの産生に用いる動物細胞は通常レンチウイルス産生に用いる細胞であればいずれでも構わないが、細胞培養、核酸導入の簡便性、ウイルス粒子の生産性等から293T細胞が好ましい。
【0020】
293T細胞を用いてレンチウイルスを産生する際にはClontechから提供されているリン酸カルシウム沈殿法もしくはQiagen(Valencia, CA)から提供されているEffectene reagentを用いる。いずれを用いる場合においても、VSV-Gを発現させるベクター、pCMVΔR8.2、pHxLacZWP transferベクターの比率は3:1:2にする。リン酸カルシウム沈殿法を使用する場合は、endotoxinを含まない10 μgもしくは180μgのベクターmixtureをそれぞれ60 mmもしくは150 mmのプレートに播種した293T細胞に加える。10 μgのベクターmixtureに対してEffectene reagentを使用する場合には、40 μLの脂質、800 μLのベクターを濃縮するバッファー、それから55 μLのエンハンサーを加える必要がある。また、180μgのベクターmixtureに対してEffectene reagentを使用する場合には、2.9 mLの脂質、58 mLのベクターを濃縮するバッファー、それから4 mLのエンハンサーを加える必要がある。44時間経過後プレートに培地を添加し、さらに16時間培養後ウイルス様の粒子を含む培地を0.45 μmのフィルターを用いて濾過し、常法に従ってタイターの測定を行う。細胞を含まないウイルス上清は2時間の超遠心(4℃、28,000 rpm)により濃縮され、DMEM(Dulbecco’s modified Eagle’s medium(Invitrogen, Calsbard, CA))に再懸濁した後、使用するまで-80℃で保存することができる。ウイルスのストック液はMT4あるいは293T細胞を感染させて30日間培養し、培地中のp24抗原の発現をチェックすることで、複製可能なレンチウイルスが含まれていないことを確認する必要がある。
また、これ以外のレンチウイルスの作製方法としては、例えばJP2005-533485に記載の方法が挙げられる。
【0021】
遺伝子導入すべき目的(外来)遺伝子は、例えば、毛髪の成長又は質(毛の色、直毛や縮毛の形状、密度等の毛の性状等)に影響を与えるタンパク質をコードする遺伝子又はその断片、ホルモンや疾患に関与するタンパク質をコードする遺伝子又はその断片、創傷治癒の促進に関与する遺伝子又はその断片等が挙げられる。
一具体例は、後記参考例2に示されるような、縮毛毛包における発現レベルが直毛毛包と比べて高いIGFBP-5(インスリン様成長因子結合蛋白質−5(Insulin-like Growth Factor Binding Protein-5))遺伝子である。後記実施例6に例示されるように、IGFBP-5を組み込んだ本願発明のレンチウイルスベクターを用いてIGFBP-5発現形質転換毛包が作製され得、また当該形質転換毛包を被験体に移植することによって、被験体の毛髪をより縮毛にさせることができる。IGFBP-5は、1994年にクローニングされ、その全塩基配列が報告されている(Allander SV, Larsson C, Ehrenborg E, Suwanichkul A, Weber G, Morris SL, Bajalica S, Kiefer MC, Luthman H, Powell DR. Characterization of the chromosomal gene and promoter for human insulin-like growth factor binding protein-5. J Biol Chem. 1994 Apr 8;269(14):10891-8)。
遺伝子機能を解析することを目的とする場合、導入すべき遺伝子は限定されないが、目的遺伝子の機能を増強することを目的とする場合は目的遺伝子をプロモーター配列と共に導入するのが望ましい。プロモーター配列としては、例えば、恒常的に発現させるもの、組織特異性のあるもの、薬剤誘導性のものなどを挙げることができる。目的遺伝子の機能を低減させることを目的とする場合は、たとえば、目的遺伝子のsiRNAをコードする配列、アンチセンス配列、目的遺伝子産物のドミナントネガティブ体をコードする配列をプロモーター配列と共に導入するのが望ましい。
当該断片は、目的とする機能を少なくとも発現する領域を含む塩基配列を意味する。
【0022】
本発明に用いる毛包は、ヒト、マウス、ブタ、サル等の動物の皮膚から採取した毛包であればよく、哺乳類が好ましく、ヒト由来のものがより好ましい。
ここで、毛包とは、狭義の意味で内側から毛髄質(medulla)、内毛根鞘(IRS)、外毛根鞘(ORS)、硝子膜、結合組織性毛包からなるものをいうが、ここでは特に限定されなければ広義の意味でヒトを含む動物の皮膚から採取した毛根全体を取り巻く組織(以下、毛包器官ともいう)であり、少なくとも毛幹、毛乳頭、毛母(matrix)細胞、毛根等の毛の伸長に関与する器官を含む組織全体をいう。
更に毛包を含む組織とは、毛包及びその周辺皮膚組織(表皮、真皮、皮下脂肪等)を含む組織全体をいう。
毛包組織を用いることにより、移植の成功率が高まり、更に図 1に示すように、apple-shapeになるようにトリミングすることにより、移植効率を高めることができ好ましい。また、移植効率を高める点から、脂肪組織は図に示したようにある程度除去するのが好ましい。なお、器官培養に関しては、哺乳動物被検体に移植する際のダメージを考慮する必要はないために、できるだけトリミングする方が望ましい。
apple-shapeとは、僅かながら周辺組織を残した円柱状の毛包器官を意味する。毛包を含む組織の大きさは、用いる毛包組織によって適宜変更すればよいが、ヒトの場合は好ましくは直径3〜5mm、長さ5〜15mmである。
当該毛包の毛周期は、成長期又は退行期のいずれでもよいが、成長期にある場合は、ドナーから採取される皮膚片を直接組織培養できることから好ましい。成長期の毛包でない場合は、例えばワックス法を用いて皮膚を脱毛し、その後成長が確立されたら適当な時点で毛包を含有する皮膚片を採取することによって、再同調させることが可能である。一般にこれは、マウスを被験体とする場合、3〜10日後、好ましくは5〜7日後、より好ましくは6日後であり、他の哺乳動物被験体では成長性が再び確立されるための期間を考慮して決定すればよい。
毛包を採取し、移植するための動物としては、ヒト以外にサル、イヌ、ネコ、ヒツジ、ウマ等の動物、更にはウサギ、マウス及びラット等の実験動物が包含される。
【0023】
本発明のウイルスベクターを用いた毛包への遺伝子導入は、当該ウイルスをエクスビボで毛包を含む組織に感染させることにより行われる。当該ウイルスベクターは、直接毛包に感染することができるので、従来のレトロウイルスを用いた方法、例えばレトロウイルスを用いてパッケージング細胞に遺伝子を導入し、パッケージング細胞とマウス皮膚組織を共に培養して当該マウス組織に導入する方法(例えばUS 7067496等)よりも作業性において優れている。
ここで、外来遺伝子が導入される毛包内に存在する細胞としては、bulge領域に存在する幹細胞(stem cell)が最も好ましく、またそのstem cell由来の前駆細胞も好ましい。stem cellは、発生の過程や組織・器官の維持において細胞を供給する役割を担っており、stem cellに遺伝子が導入されることによって導入した遺伝子が効率よく発現し、長期間脱落しないで高発現が保持される。
感染方法としては、具体的には、調製された毛包又は毛包を含む組織を、レンチウイルスタイター液に浸漬後、毛包器官培養培地で培養することにより、形質転換を行う。
培地としては、例えば、RPMI1640培地、William's E培地、DMEM/HamF12(1:1)培地等が挙げられ、適宜寒天やゼラチンを添加してもよい。また、必要に応じて、抗生物質、アミノ酸、血清、成長因子、生体抽出物等を添加してもよい。
培養方法の一例として、レンチウイルスタイター液に浸漬した毛包器官を、phenol red free William’s E培地(Sigma, St.Louis, MO)を基本とし、それに2 mM L-glutamine (Invitrogen)、10 μg/mL insulin (Invitrogen)、10 μg/mL transferrin (Invitrogen)、10 ng/mL sodium selenate (Sigma)、10 ng/mL hydrocortisone (Invitrogen)、antibiotics antimycotics (Invitrogen)を添加して、5%のCO2を含む37℃に設定されたインキュベーター内で培養することが挙げられる。
【0024】
感染回数は特に制限はないが、目的遺伝子のコピー数と感染による毛包の損傷を考慮すると、2〜3回が好ましく、2回がより好ましい。
この場合、感染間隔は、ベクターの毛包に対しての致命的な損傷を抑えるため、1回目の感染から15〜20時間培養した後、再び感染させることが好ましい。
アデノウイルスベクターを用いる方法では、毛包をコラゲナーゼで処理することにより目的遺伝子の導入効率が高まるとの報告がなされている(Saito N. et al., PNAS. 99(20):13120-4, (2002))。しかし、この処理では組織培養物の壊変が生じる場合があり注意が必要である。本発明のレンチウイルスベクターを用いる方法では、コラゲナーゼ処理を全く行うことなく、効率よく感染を行うことができる。
【0025】
斯くして作製された形質転換毛包は、所望の動物(レシピエント)に移植される。
レシピエントへの毛包又は毛包を含む組織の移植は、公知の方法によって行うことができるが、レシピエントの皮膚と筋膜との間に穴を開け、毛包器官培養培地を添加し、形質転換毛包を挿入した後、皮膚と毛包を生体用瞬間接着剤で固定するという方法が好ましい。
例えば、実験動物用のマウスに移植する場合、マウスの毛の流れと平行になるように、マウス背部皮膚と筋膜との間に穴(直径1〜2mm、深さ10〜20mm)を開け、毛包器官培養培地を添加後、形質転換毛包を挿入し、毛包とマウス皮膚を生体用瞬間接着剤で固定するという方法を採用することにより、移植後数ヶ月で毛が再生され、しかも採取したドナーの毛髪の形状を維持することができる。
【0026】
レシピエントである被験体は、前記した哺乳動物であるが、移植された組織の拒絶反応を抑えるために、レシピエントは毛包提供動物と同系であるのが好ましい。ヒトを被験体とする場合は、その同一の個体自身の毛包を用いることが好ましいが、他の個体の毛包を用いる場合には、免疫抑制剤等の投与を伴って、移植を行うことができる。斯かる場合には、SCIDマウスやnudeマウスのような免疫不全動物をレシピエントとして利用することができる。
【0027】
尚、本発明の遺伝子導入方法は、披検遺伝子の機能を評価する方法に応用することができる。
具体的には、上記の方法を用いて披検遺伝子を導入した形質転換毛包を実験動物に適用することにより、披検遺伝子導入よって発現されたタンパク質等の効果を評価することにも用いることができる。本発明の方法を用いれば、披検遺伝子を毛包内の幹細胞(stem cell)に導入できると考えられるため、披検遺伝子の機能が長期間発現することができ、長期間その効果を評価することができ、また形質転換された実験動物を得ることができる。
【0028】
披検遺伝子としては、前記した遺伝子であればいずれでもよく、この機能の評価方法は、導入した遺伝子に応じて一般的に用いられている評価方法を用いればよい。披検遺伝子としては、既知又は未知のものを問わないが、既知のものであっても機能未知のもの又は未知のものが好ましい。特に毛髪の性状・形状に関連する遺伝子が披検遺伝子の場合には、毛髪の性状・形状等に関与する既知の遺伝子、既知の遺伝子であっても機能未知のもの、毛髪の性状・形状に関与すると予想される未知の遺伝子等が含まれる。この遺伝子としては、具体的には、例えば、毛周期を制御する遺伝子や毛色、毛髪の性状・形状を制御する遺伝子等が挙げられる。
【0029】
毛髪の性状・形状に関連する遺伝子の機能を評価する場合には、毛包から再生した毛髪の性状・形状を測定する方法等が挙げられるが、特にレシピエントである被験体に移植する前は、器官培養中における毛包器官を対象として、毛の伸長量や太さの増減、あるいは毛包の曲がり具合の程度を画像解析や顕微鏡下でのミクロメーターを用いて計測する方法や、当該毛包器官のアポトーシス細胞を計測する方法等が挙げられる。また、移植後においては、再生した毛根から毛の先端までの長さ、毛の断面の直径、毛の伸長速度、毛の色調、くせ毛度合いの程度等を直接、または画像解析を用いて評価することが挙げられる。
これによって、毛髪の成長速度・太さ等生育状況、毛髪の色、縮れ毛・直毛を含む毛髪形状等の毛髪の性状・形状を評価することができる。
また、外来遺伝子を導入した際のヒトの毛成長や毛色、毛性状改善の評価を効果的・効率的に行うことができ、毛疾患に関する遺伝子治療においても有効な手段を見出すことができる。
【0030】
以下、本発明を更に詳しく説明するため実施例を挙げるが、本発明をこれら実施例に限定するものではない。
【実施例】
【0031】
実施例1 毛包への遺伝子導入方法
(1)毛包を含む皮膚組織の調製
DallasにあるContract LaboratoryであるStephens & Associates(S&A)に依頼してパンチバイオプシーによりCaucasianの被験者から頭皮を入手した。
一人の被験者から直径4 mmのパンチバイオプシーを用いて2組織入手した。当該組織を抗菌剤を含むDMEMに浸漬させて4℃に保って輸送した。到着次第、解剖顕微鏡下で、脂肪組織を除き、図1に示すように、トリミングしてapple-shape(大きさ、直径3〜5mm、長さ5〜15mm)になるように毛包を含む皮膚組織を調製した。
【0032】
(2)ウイルスベクターの作製
VSV-Gでシュードタイピングされたレンチウイルス(HIVを基本としたレンチウイルスベクターのエンベロープ蛋白質をvesicular stomatitis virus glycoprotein(VSV-G)で置換)をPublic Health Agency of CanadaのDr. Kobingerから入手し、使用するまで-80℃で保管しておいた。
【0033】
なお、以下にウイルスベクターの作製方法の一例を挙げる。
VSV-Gでシュードタイピングされたレンチウイルスベクターは、HIV ヘルパー機能を有するpCMVΔR8.2、β-galactosidaseをコードするpHxLacZWPトランスファーベクター、VSV-Gエンベロープ蛋白質を発現させるpMD.Gベクターの3つを293T細胞に同時に導入することにより作製した。293T細胞を用いてレンチウイルスを産生する際にはClontechから提供されているリン酸カルシウム沈殿法もしくはQiagen(Valencia, CA)から提供されているEffectene reagentを用いる。いずれを用いる場合においても、VSV-Gを発現させるベクター、pCMVΔR8.2、pHxLacZWP transferベクターの比率は3:1:2にする。リン酸カルシウム沈殿法を使用する場合は、endotoxinを含まない10 μgもしくは180μgのベクターmixtureをそれぞれ60 mmもしくは150 mmのプレートに播種した293T細胞に加える。10 μgのベクターmixtureに対してEffectene reagentを使用する場合には、40 μlの脂質、800 μLのベクターを濃縮するバッファー、それから55 μLのエンハンサーを加える必要がある。また、180μgのベクターmixtureに対してEffectene reagentを使用する場合には、2.9 mLの脂質、58 mLのベクターを濃縮するバッファー、それから4 mLのエンハンサーを加える必要がある。44時間経過後プレートに培地を添加し、さらに16時間培養後ウイルス様の粒子を含む培地を0.45 μmのフィルターを用いて濾過し、常法に従ってタイターの測定を行う。細胞を含まないウイルス上清は2時間の超遠心(4℃、28,000 rpm)により濃縮され、DMEM(Dulbecco’s modified Eagle’s medium(Invitrogen, Calsbard, CA))に再懸濁した後、使用するまで-80℃で保存することができる。ウイルスのストック液はMT4あるいは293T細胞を感染させて30日間培養し、培地中のp24抗原の発現をチェックすることで、複製可能なレンチウイルスが含まれていないことを確認する必要がある。
【0034】
(3)形質転換
109オーダーTU/mlのレンチウイルスタイター液に調整し、これを用いて、調製した毛包を含む皮膚組織を4時間浸漬後、毛包器官培養培地で37℃、5%のCO2を含む環境で培養した。
19時間培養後、再度同じタイター液に浸漬して2度目の感染を試み、2回目の感染後、上記の培地で14日から35日間器官培養した。
毛包器官培養培地:phenol red free Williams E medium (Sigma, St. Louis, MO) supplemented with 2mM L-glutamine (Invitrogen, Calsbard, CA), 10μg/mL insulin (Invitrogen), 10μg/mL transferrin (Invitrogen), 10 ng/mL sodium selenate (Sigma), 10 ng/mL hydrocortisone (Invitrogen) and antibiotics antimycotics (Invitrogen))
【0035】
(4)移植
ウイルスに感染後、18Gのシリンジ(直径1mm)で免疫不全(Severe Combined Immunodeficient; SCID)マウス背部皮膚と筋膜との間にマウスの毛の流れと平行になるように穴(直径約1mm、深さ約10〜20mm)を開け、約25μLの毛包器官培養培地を添加し、毛包を挿入した後に毛包とマウス皮膚を生体用瞬間接着剤で固定した。
この結果、ほとんどの毛包が移植後3ヶ月ほどの時間の経過を経て、毛を再生させることを観察できた(図 2B and 2C)。さらに、採取したドナーの毛髪の形状を維持していることも確認できた。
【0036】
参考例1 毛包を含む組織の形状
パンチバイオプシーにより採取した毛包組織を、頭皮を4等分した状態のまま(大きさ直径2〜3mm)(apple-shapeにせず)実施例1と同様に形質転換し、マウスに移植した。
この結果、マウス皮膚からの圧力により移植した直毛の毛髪の形状が曲がって再生された図2A)。
【0037】
実施例2 感染回数による毛包への影響
レンチウイルス感染がもたらす毛包へのダメージを評価すべく、毛包の伸長速度、毛包を培養する培地中のグルコースから乳酸への変換量、毛包内のアポトーシスの状態を解析した。
(1)毛包の伸長速度
毛包の伸長速度は、顕微鏡写真とSPOTソフトウェア(Diagnostic Instruments, Sterling Heights, MI)を用いて週に一度測定した。
器官培養を開始して最初の1週間は、未感染のコントロール、1回感染させた毛包、2回感染させた毛包で比較を行ったところ、有意な差ではないが、感染処理により伸長速度が阻害されていることが示唆された(図 3)。その後、2週間目から1回感染させた毛包と2回感染させた毛包で比較を行ったが、2回感染させた毛包は14日目から1回感染よりも伸長が少なくなり、21日目において伸長は認められなかった。
【0038】
(2)培地中のグルコースから乳酸への変換量
培地中のグルコース消費量と乳酸産生量は、2300 STAT Plus glucose and lactate analyzer (YSI, Inc., Yellow Springs, OH)を用いて測定した。
1回感染させた毛包、2回感染させた毛包を用いて、4、14、21日目の1日あたりのグルコースから乳酸への変換量を解析したところ、これらの変換量に差は認められなかった(図 4)。
【0039】
(3)毛包内のアポトーシスの状態
ApopTaq(R) In Situ apoptosis detection kit (Chemicon, Temecula CA)を用いて、毛包のアポトーシスの状態を観察した。
未感染の毛包アポトーシスについて経時的な変化を観察した。図5Aに示したように赤色で示したアポトーシスのシグナルは経時的に増加しており、特に14日目においては毛球部が既に退行期に移行した形態を示していた。この知見に基づき、14日目において、未感染のコントロール、1回感染させた毛包、2回感染させた毛包で比較を行ったところ、アポトーシスの状態に差は認められなかった(図5B)。
【0040】
以上より、レンチウイルスによる感染は毛包の伸長に若干の影響を与えているものの、その影響は器官培養における毛周期の変化に比べると極めて小さいものであり、退行期様の形態を示し始める14日目までの条件であれば、後述するように2回感染させる方が好ましいと考えられた。
【0041】
実施例3 遺伝子の導入効率の確認
実施例1の方法に従い、器官培養14日後に、遺伝子(β-galactosidase)を導入した形質転換毛包におけるその導入効率について、β-galactosidaseの基質X-galを用いて検討を行った。
毛包をリン酸バッファー(PBS)で3回洗浄した後、0.1% グルタルアルデヒドで固定し、5mM K3Fe(CN)6, 5mM K4Fe(CN)6, 1mM MgCl2, 0.02% NP-40と0.01% deoxycholateを含む0.1Mリン酸緩衝液(pH 7.4)で希釈したX-gal溶液1mg/mL中で18時間インキュベートした。
結果を図6に示す。青く発色した面積が広ければ広いほど、導入効率が高いことを示す。2回感染させた毛包は全体に渡って青く発色しており、回数に依存した遺伝子導入効率を観察することができた。
【0042】
次に免疫組織学的解析により、毛包内のどの部位で外来遺伝子が発現しているかについて検討を行った。
毛包に対して水平または垂直方向に切片を作成してβ-galactosidaseに対する抗体を用いて、発現部位の解析を行った。
結果を図7〜9に示す。器官培養14日後の外毛根鞘(ORS)と内毛根鞘(IRS)においては毛球部から離れているほど強い赤色の陽性所見が観察された(図 7)。一方、垂直方向に切片を作成し、外毛根鞘(ORS)のマーカーであるkeratin 17とβ-galactosidaseに特異的な抗体を用いて発現解析を行ったところ、両蛋白質の共発現を示す黄色の陽性所見は、毛包内ORSの全般に渡って観察された(図 8)。また、メラノサイトのmelanosome(gp100)に対する抗体HMB45とβ-galactosidaseに対する抗体を用いた場合は、器官培養7日後において両蛋白質の共発現を示す黄色の陽性所見がメラノサイトが存在するmatrixの領域で観察された(図 9)。
【0043】
実施例4 外来遺伝子のコピー数の検討
2回目の感染から24時間後に毛包器官からDNeasy mini kit (Qiagen, Valencia CA)を用いてゲノムDNAとベクターDNAを抽出した。導入したβ-galactosidaseに特異的なTaqMan(R) probe(Applied Biosystems)とABI PRISM 7300 sequence detection system (Applied Biosystems)を用いて外来遺伝子のコピー数を検討したところ、2回感染させた毛包におけるコピー数は1回感染させた毛包に比べて著しく多いことが明らかになった(図10)。
【0044】
実施例5 形質転換毛包移植マウスにおける導入遺伝子の解析
移植してから約3ヶ月後にヒト毛包由来の毛髪が再生されてくるが、その時点で毛包を回収して毛包に対して垂直方向に切片を作成し、β-galactosidaseに対する抗体を用いて発現部位の解析を行った。
約3ヵ月後に再生されたstraight毛包(図 11a)とcurly毛包(図 11b)から垂直方向に切片を作成し、keratin 17とβ-galactosidaseに特異的な抗体を用いて発現解析を行ったところ、β-galactosidase は内毛根鞘(IRS)及び外毛根鞘(ORS)、そして毛髄質(medulla)で発現していることが確認された。さらにHMB45とβ-galactosidaseに対する抗体を用いた場合、両蛋白質の共発現を示す黄色の陽性所見は、メラノサイトが存在する毛母(matrix)の領域で観察された(図 11c, 11d)。そして、3ヶ月後においても毛包ケラチノサイト及びメラノサイトで遺伝子発現が認められることから、幹細胞に外来遺伝子が導入されていることが示唆された。
一方、未処理毛包から再生した毛包においてはβ-galactosidase の陽性所見は認められず(図 11e)、予想外にも感染処理を行ったヒト毛包に隣接する一部のマウス毛包の毛球部でわずかなβ-galactosidaseの陽性所見を確認することができた(図 11f 図中左下はヒト毛包、マウス毛包は中央部)。このことから外来遺伝子が導入されたヒト細胞の一部がマウス毛包へ移動したことが示唆された。
【0045】
参考例2 毛包におけるIGFBP-5発現解析
(1)ヒト毛包の準備
Cincinnati Children’s Hospital Medical CenterのInstitutional Review Boardにより承認されたプロトコールに従い、直毛を有するコーカサス人種、くせ毛を有するアフリカ系人種 (kinky)、Hispanic(curly)からinformed consentを得た後に直径6mmのパンチバイオプシーによる頭皮片をそれぞれ2つずつ採取した。採取後、抗菌剤を含むDMEMに浸漬させて4℃に保って移送されち、採取後2時間以内に解剖顕微鏡下で、脂肪組織を除いて毛包を単離した。
【0046】
(2)発現解析
単離した毛包を、RNAの分解を妨げるために直ちにRNAlater(Qiagen, Valencia, CA)に浸漬させ、その後RNeasy micro kit(Qiagen)を用いてtotal RNAを回収した。常法に従いoligo dTとMoloney murine leukemia virus reverse transcriptase を用いてcDNAを合成後、直毛とくせ毛 (kinky)におけるIGFBP−5の発現量の違いを検討するため、同遺伝子に特異的なprobeとTaqMan Gene Expression Assays(Assay ID:Hs00181213_m1)をApplied Biosystems(Foster City, CA)から購入し、ABI PRISM 7300 sequence detection system(Applied Biosystems)を用いてreal-time定量的RT-PCRを実施した。glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase(GAPDH Assay ID:human GAPDH VIC-MGB No. 4326317E)の発現を内部標準とした。
直毛毛包におけるIGFBP-5の遺伝子発現を1として相対的に評価したところ、くせ毛 (kinky)毛包におけるIGFBP-5の発現は3.5ほどに相当し、直毛毛包よりも高いことが明らかになった(図 12)。
【0047】
実施例6 IGFBP-5の毛包における過剰発現による形質転換
(1)毛包へのIGFBP-5遺伝子の導入
実施例1(2)の方法に従って、IGFBP-5導入用VSV-Gシュードタイプレンチウイルスベクターを作製した。IGFBP-5発現用のプロモーターにはCMVを用いた。IGFBP-5遺伝子は下記のプライマーを用いて、human skin cDNAs (Invitrogen)からPCRで増幅してクローニングし、シークエンスを確認後、レンチウイルス用トランスファーベクターに導入した。
5’: ATATATCTAGAGCCACCATGGTGTTGGTCACCGC
3’: ATATAGGATCCCTCAACGTTGCTGTC
IGFBP-5を過剰に発現させるため、参考例2の方法で単離した毛包を1.6×109TU/mlのレンチウイルスタイター液に4時間浸漬後、毛包器官培養培地 (phenol red free Williams E medium (Sigma, St. Louis, MO) supplemented with 2mM L-glutamine (Invitrogen, Calsbard, CA), 10μg/mL insulin (Invitrogen), 10μg/mL transferrin (Invitrogen), 10ng/mL sodium selenate (Sigma), 10ng/mL hydrocortisone (Invitrogen) and antibiotics antimycotics (Invitrogen))で37℃、5%のCO2を含む環境下で培養した。その19時間培養後、再度同じタイター液に浸漬して2度目の感染を行なった。なお、IGFBP-5の対照コントロールとして、β-galactosidase (LacZ)遺伝子を採用し、CMV promoterで発現させるレンチウイルスのタイター液を作製して同様に処理した。
【0048】
(2)移植
ウイルスに感染後、免疫不全(Severe Combined Immunodeficient; SCID)マウスに移植して再生してくる毛髪形状を評価した。まず18Gのシリンジ (直径1mm) で免疫不全マウス背部皮膚と筋膜との間にマウスの毛の流れと平行になるように穴 (直径約1mm、深さ約5〜20mm) を開け、約25μLの毛包器官培養培地を添加し、毛包を挿入した。挿入した毛包とマウス皮膚を生体用瞬間接着剤で固定した。さらに2.5% lidocaineを挿入部位に滴下して局所的に麻酔し、接着film (Tegaderm, 3M, Ontario, Canada) で移植部位を含むマウスの背中全てをカバーした。そのfilmは最低でも48時間はマウス背部に付着していることを確認した。
【0049】
(3)毛包移植後の毛髪形状の変化
β-galactosidase を過剰発現させた毛包を移植した場合、直毛(straight)、くせ毛(curly)に関わらず、移植から数ヵ月後に生えてきた毛髪は毛包提供者の毛髪形状を維持していた(図 13A, 3D)。一方、IGFBP-5を過剰発現させた直毛毛包を移植した場合、くせ毛(curly)を移植したような形状の毛髪が再生されており、中には著しくねじれている毛髪も観察された(図 13B、13C、図14)。また、IGFBP-5を過剰発現させたくせ毛(curly)毛包を移植した場合は、そのくせ毛度合いが顕著に増強されていた(図 13E、13F)。
【0050】
さらに再生してきた毛髪のSEM解析を行った。すなわち、再生した毛髪を2-3 mmにカットし、aluminum specimen mount (Electron Microscopy Sciences, Hatfield, PA)上に準備した。毛髪シャフトの形状ならびにそのcross-sectionはHummer Sputter Coater (Anatech, Hayward, CA)を用いて吸引しながら2分間 gold palladiumをコートしてから視覚化した。画像はoperating voltageを20 kVに設定し、FEI Quanta 200 SEM (FEI, Hillsboro, OR)を用いて取得した。
【0051】
図 15 に示したようにコーカサス人種の直毛毛包にβ-galactosidaseを過剰発現して再生した毛髪は、毛包提供者の毛髪と同様に薄い鱗片状のcuticleが互いに約4/5ほどを重なり合わせ、紋理は不規則だが密な横行波状を示していた。一方で同じ提供者由来の毛包にIGFBP-5を過剰発現させ、再生した毛髪をSEMで観察すると、cuticleが疎で横行波状の規則性もなくなり、アフリカ系人種由来のくせ毛(kinky)と非常に類似していた(Guohua Wei, Bharat Bhushan, Peter M. Torgerson, Ultramicroscopy 105:248-266, 2005)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウイルスベクターを用いて毛包に遺伝子を導入する形質転換毛包の作製方法であって、ウイルスベクターとしてVSV-Gでシュードタイピングされたレンチウイルスを用い、毛包に当該レンチウイルスをエクスビボで感染させることを特徴とする、形質転換毛包の作製方法。
【請求項2】
毛包がヒト由来である請求項1に記載の作製方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の方法により製造された形質転換毛包。
【請求項4】
請求項3記載の形質転換毛包を移植した哺乳動物。
【請求項5】
下記の(1)〜(3)の工程を含む哺乳動物への遺伝子導入方法。
(1)目的遺伝子を含むVSV-Gでシュードタイピングされたレンチウイルスベクターを作製する工程
(2)前記レンチウイルスベクターをエクスビボで毛包に感染させて、形質転換毛包を作製する工程
(3)前記形質転換毛包を動物に移植する工程
【請求項6】
毛包がヒト由来である請求項5記載の遺伝子導入方法。
【請求項7】
請求項5又は6に記載の遺伝子導入方法により製造され、形質転換した哺乳動物。
【請求項8】
下記の(1)〜(4)の工程からなる披検遺伝子の機能を評価する方法。
(1)披検遺伝子をVSV-Gでシュードタイピングされたレンチウイルスベクターに導入する工程
(2)前記レンチウイルスベクターをエクスビボで毛包に感染させて形質転換毛包を作製する工程
(3)前記形質転換毛包を実験動物に移植する工程
(4)当該毛包から再生した毛髪の性状・形状を測定する工程
【請求項9】
VSV-Gでシュードタイピングされたレンチウイルスベクターを含む、毛包形質転換剤。
【請求項10】
毛包形質転換剤の製造のためのVSV-Gでシュードタイピングされたレンチウイルスベクターの使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公表番号】特表2011−509649(P2011−509649A)
【公表日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−513551(P2010−513551)
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【国際出願番号】PCT/JP2008/073963
【国際公開番号】WO2009/093408
【国際公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】