説明

哺乳類胚への外来細胞の移植法

外来の細胞を哺乳類胚に移植する方法および目的臓器に生着させ、臓器構成細胞として生着させ分化・発育させるための方法の提供。 哺乳類体内の形態形成期の胚と胎盤の間の腔に外来細胞を移入することを含む外来細胞の哺乳類胚への移植方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本願発明は、外来細胞の哺乳類胚への移植方法に関する。詳細には外来細胞を子宮内の胚へ移植することによって胎児の目的臓器に導入、生着させることによって外来細胞と宿主細胞より成るキメラ臓器およびキメラ動物を作製する技術に関する。本願発明によって得られるキメラ臓器およびキメラ動物によって、遺伝子の機能探索や有用物質産生、再生医療に必要な移植臓器および細胞の開発、疾患モデル動物、家畜の品質改良、遺伝子組換え動物の開発、希少動物の保存などを可能ならしめるものである。
【背景技術】
宿主由来の細胞と宿主以外の細胞が混じり合って形態形成された動物をキメラ動物という。キメラ動物は、遺伝子の機能探索や、有用物質の産生、再生医療、疾患モデル動物の作製、家畜の品種改良、希少生物の保存など様々な分野へ応用されている。
キメラ動物を作る手法として、胚性幹細胞(ES細胞と称する)を使う方法が主に行われている。ES細胞とは胚盤胞と呼ばれる卵割の進んだ受精卵(マウスの場合受精3.5日目)の内部細胞塊の細胞をin vitroで培養し、細胞塊の解離と継代を繰り返すことによって得られた多分化能(pluripotency)を保持し、正常核型を維持したまま無制限に増殖し続ける幹細胞のことで、この細胞を胚盤胞の割腔中へ注入することによって、宿主胚(受精卵由来の細胞)とES細胞由来の細胞が混じり合ったキメラ動物を作ることができる。さらにマウスにおいては,ES細胞が生殖系列の細胞へ分化した場合には生殖系列キメラ(germ line chimera)を得ることができることから、このキメラマウスを元に交配を重ねることにより導入したES細胞由来のマウス個体を作ることが可能である。しかし、この方法では、ES細胞が目的臓器に含まれるかどうかは制御できず、偶然を期待する他なかった。導入したES細胞由来の動物個体を得る効率は、ES細胞が生殖系列の細胞に分化する効率に依存しており、ES細胞の由来、系列によってその効率は異なる。
キメラ動物、臓器をつくる別の手法として、従来から行われている成体に臓器細胞を注入する方法がある。例えば、骨髄移植や臓器移植、肝臓や膵臓へ同じ臓器由来の外来細胞を導入することによる臓器再生が代表例である。また、マウスにおいて精巣由来の細胞を別のマウス精巣の輸精管中に注入することによって精巣内で外来マウス由来の精子形成に成功している(非特許文献1を参照)。この時、外来精原細胞の中に含まれる生殖細胞系の幹細胞(Germline stem cell)が宿主精巣の中で精原細胞として発生し、精子を形成している。このことから、このキメラ精巣を持ったマウスを元に交配することによって、外来細胞由来の精子から子孫を作製することが可能になった。これらの方法は、ES細胞を用いる方法に比べて、目的臓器に特異的に外来細胞を生着、成熟させることができる。しかし、成体に外来細胞を注入して目的臓器で細胞を生着させる方法であるため、外来細胞に対する移植拒絶という免疫反応をいかに制御するかが問題となっている。そのため、免疫抑制剤を使用するか、同種同系同士の動物間、あるいは免疫不全状態の動物を用いて行われるなどの制限が生じている。
これら2つの方法とも、外来から導入された細胞が生殖細胞系列の細胞に分化することによって外来細胞の形質を子孫に伝達することができるので、導入する外来細胞に各種の遺伝子操作を加えることにより多彩な改変動物を作成することが可能である。このため、前述した様々な用途に適した動物を作り出す手法として利用されている。しかし、ES細胞法の場合、ES細胞が導入できる受精卵の時期(8細胞期胚から胚盤胞)ではまだどの臓器に分化するか特定化できず、成体に臓器細胞を移入する方法では、外来細胞を特定臓器へ分化させることは可能だが、成体に導入するため拒絶反応など免疫反応に対処する必要があった。このため、免疫反応など成体の反応を起こさずに外来細胞を目的臓器特異的に分化させるための新たな方法が求められていた。
一方、鳥類においては、胚発生の初期に出現する始原生殖細胞(PGCと称する)と呼ばれる将来卵子や精子に分化する祖細胞(生殖幹細胞)を用いて子孫を得る技術が確立されている(非特許文献2を参照)。PGCは将来の生殖巣部域から離れた場所に存在しており、生殖上皮が分化する直前に生殖巣原基に向かって血液循環にのって移動し、やがて生殖上皮内に定着し、機能的な生殖細胞へと分化を遂げる。鳥類では、胚は卵として母体外に産み落とされ、卵の中で胚の形態形成が進行することから、胚発生初期(形態形成期)の胚の操作が容易に実施可能である。例えば、発生初期のニワトリ胚より循環しているPGCを血球とともに採取し、分離し、それを別系統のニワトリ胚の血液中に注入することが可能で、効率的に外来細胞由来と宿主細胞の混じり合ったキメラ生殖巣を作製することができる。外来PGCは宿主由来のPGCと何ら変わることなく生殖原基に生着し、精子や卵子を形成するため、外来細胞由来の子孫を得ることができる。この方法であれば、宿主に免疫反応を起こさずに、外来細胞を目的臓器に分化させることができる。
しかし、哺乳類では胚の発生及び形態形成が母体の子宮内で胎盤を介した物質代謝を行いながら進行する。このため形態形成途中の胚を体外に取り出すことは胚へのダメージが大きく、その後の個体形成も難しくなるため、鳥類の場合のような発生途中の胚を操作することは難しい。そこで、胚を母体外に取り出さずに胚を操作しようとした試みがいくつか知られている。例えば、哺乳類初期胚へのウイルス導入方法として、胚に直接ウイルスを注入(非特許文献3を参照)またはウイルス産生細胞を注入(非特許文献4を参照)することによって、ウイルスを効率良くすべての体細胞中に導入しようとする報告がある。更に造血系細胞を胎盤経由で胚へと導入する方法(非特許文献5を参照)や、神経冠細胞を着床初期に羊膜腔内に子宮壁外よりインジェクションピペットを用いて注入して、細胞を閉鎖しつつある神経冠背側部およびその近傍に導入する方法(非特許文献6を参照)が報告されている。しかしながら、感染性のあるウイルスを胚へと導入することは可能であっても細胞を標的器官へと導入する方法、特に胚の神経管より腹側にある重要な臓器(肺、心臓、消化管、肝臓、腎臓、膵臓、生殖巣等)への細胞導入の方法は未だに報告されていない。
これらのことから、哺乳類における胚操作は、ES細胞の場合のように、操作後の胚を子宮内へ戻すことができる時期、すなわち胚が形態形成を開始する以前のごく限られた発生初期にしか実施することができないのが現状である。従って、生殖系列細胞を発生中の胚に直接導入して生殖系列キメラを効率良く作製する方法は知られておらず、鳥類の場合のように生殖幹細胞を他個体の胚へ移植して子孫を得ることはできなかった。
【非特許文献1】 Brinster,L,R.2002 Germline Stem Cell Transplantation and Transgenesis.Science 296:2174−2176.
【非特許文献2】 桑名 貴.1994鳥類始原生殖細胞の胚間移植.実験医学12:p260−265.
【非特許文献3】 Jaenisch,R.1980.Retroviruses and embryogenesis:Mircoinjection of Moloney leukemia virus into midgestation mouse embryos.Cell:19:181−188.
【非特許文献4】 Stuhlmann,H.,R.Cone,R.C.Mulligan,and R.Jaenisch.1984.Introduction of a selectable gene into different animal tissue by a retro−virus recombinant vector.Proc.Nati.Acad.Sci.81:7151−7155.
【非特許文献5】 Fleischman,R.and B.Mintz.1979.Prevention of genetic anemias in mice by microinjection of normal hematopoietic stem cells into the fetal placenta.Proc.Nati.Acad.Sci.76:5736−5740.
【非特許文献6】 Jaenisch,R.1985.Mammalian neural crest cells participate in normal embryonic development on microinjection into post−implantation mouse embryos.Nature 318:181−183.
【発明の開示】
本発明は、外来の細胞を哺乳類胚に移植する方法および目的臓器に生着させ、臓器構成細胞として生着させ分化・発育させるための方法の提供を目的とし、具体的には形態形成期の胚(胎児)と胎盤の間の腔へ外来細胞を移入(注入)することによって胎児の臓器内に外来細胞を定着させる方法および該方法により作出されたキメラ臓器、キメラ動物の提供を目的とする。
本発明者らは前述の問題点を解決すべく、種々の検討を重ねた結果、哺乳類において、妊娠中の母獣体内の受胎産物に外部より細胞を移入する方法を見出し、外来細胞を目的臓器へ導入させ、キメラ臓器ひいてはキメラ動物を作るシステムを完成させるに至った。さらに詳細には、母獣を麻酔下開腹し、胚(胎児)と胎盤との間に存在する胚体外体腔内に始原生殖細胞を注入し、移入細胞が胎児内の発達中の生殖巣原基に導入されるかどうか検討した。その結果、注入された始原生殖細胞は、目的の生殖巣原基へ導入されることを見いだした。つまり本発明は、哺乳類において個体発生の進行に伴った形態形成活動を利用して移入細胞の目的臓器への導入を可能ならしめるものであり、詳細には以下の通りである。
[1] 哺乳類体内の形態形成期の胚と胎盤の間の腔に外来細胞を移入することを含む外来細胞の哺乳類胚への移植方法、
[2] 形態形成期が、胚外体腔が形成された時期から胚外体腔と胚体内腔とが完全に分断されるまでの時期である、[1]の外来細胞の哺乳類胚への移植方法、
[3] 胚と胎盤の間の腔が、胚外体腔、絨毛羊膜腔、卵黄嚢、尿膜腔、胎児と胎盤をつなぐ血管からなる群から選択される、[1]または[2]の外来細胞の哺乳類胚への移植方法、
[4] 外来細胞が、胚性もしくは体性の幹細胞または始原生殖細胞である、[1]から[3]のいずれかの外来細胞の哺乳類胚への移植方法、
[5] [1]から[4]のいずれかの外来細胞の哺乳類胚への移植方法により移植された胚を哺乳類体内で発生・成長させることを含むキメラ臓器またはキメラ動物を作出する方法、
[6] 胚性幹細胞、体性幹細胞および始原生殖細胞からなる群から選択される細胞を哺乳類体内の哺乳類胚へ移植し、該細胞を生殖巣へ導入し、前記哺乳類体内で発生・成長させることを含む生殖系列キメラ動物を作出する方法、
[7] [1]から[4]のいずれかの外来細胞の哺乳類胚への移植方法を用いて作出されたキメラ臓器またはキメラ動物、
[8] 胚性幹細胞、体性幹細胞および始原生殖細胞からなる群から選択される細胞を哺乳類体内の哺乳類胚へ移植し、該細胞を生殖巣へ導入し、前記哺乳類体内で発生・成長させることにより作出された生殖系列キメラ動物、および
[9] [8]の生殖系列キメラ動物を交配して得られる外来細胞由来の細胞からなる子孫動物。
本明細書は本願の優先権の基礎である日本国特許出願特願2003−096169号の明細書および/または図面に記載される内容を包含する。
【図面の簡単な説明】
図1は、原条期から体節期にかけての胚の発生模式図である。原条期初期(図上段)より、胚外体腔、絨毛羊膜腔、卵黄嚢、尿膜腔は明確に識別できる。胚発生に伴って絨毛羊膜腔は胚子を包むように発育し(上段左図、中段左図の矢印)、卵黄茎が形成され胚内体腔が識別できるようになる(図中段)。更に発生が進行することで胚外体腔と胚内体腔が完全に分断され、臍帯が形成される(図下段)。
図2は、外来の細胞を哺乳類胚に移植する方法を示す図である。麻酔下の母獣を開腹し、胚体外体腔に子宮外壁よりピペットを挿入し外来細胞(始原生殖細胞)を注入する。図上段:妊娠親獣と妊娠子宮を示す。マウスは多産性動物で拡大図に示す子宮の各房毎に受胎産物(胚子、胎盤など)が形成される。図中段:妊娠8.5日目の子宮内の受胎産物(断面図)を示す。胚子は子宮間膜から約三分の二の脱落膜内に位置する。図下段:胚の拡大図。胚子は通常背側を子宮間膜側に向けて位置する。細胞の注入は図に示す如く胚外体腔内に行った。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
本発明は、哺乳類体内の形態形成期の胚(胎児)と胎盤の間の腔へ外来細胞を移入(注入)することによって胎児の臓器内に外来細胞を定着させる方法である。
対象動物としては、子宮内で胚発生が生じる哺乳類であれば、いかなる種類の動物であっても本発明は適応可能である。例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、ウシ、ブタ、イヌ、ネコ、サル等が挙げられる。
外来細胞の移入場所として利用可能な腔所は、胎児と胎盤の間の腔所ならどこでも候補となりうるが、「胚外体腔」もしくは「絨毛羊膜腔」が望ましい。また、「卵黄嚢」「尿膜腔」、さらには胎児と胎盤をつなぐ「血管」も候補となりうる。
外来細胞の移入時期としては、形態形成期の胚であればどの時期でも対象となりうる。ここで、形態形成期とは生物の発生の過程で新しい形態的特徴が形成される時期をいい、構成細胞の増殖・変形・移動が生じている時期をいう。形態形成期の中でも、胚盤胞期以降が望ましく、さらに胚外体腔が形成された時期から、卵黄茎の形成に伴って胚外体腔の一部から「胚内体腔」が形成されて胚外体腔と胚体内腔とが完全に分断されるまでの発生時期が望ましい(図1参照)。マウスの場合に例えるならば、胎生6日(胚が着床後、子宮外部より確認が可能となる時期)から13日(胚外体腔が胚内体腔とが完全に分断される時期:完全な臍帯が形成される時期(図1参照))の間ならいつでも構わないが、8.0〜8.5日(原条期:胚外体腔が最も明瞭な時期)が最も望ましい時期である。本発明の方法によれば、哺乳類体内から胚を取り出す必要がなく、哺乳類体内に存在する胚に外来細胞を移入すればよい。
外来細胞を導入する方法については腔所に細胞を注入できる方法であればいかなる方法も利用可能である。通常の注射針を用いてもよいし、ガラス製のマイクロピペットでもかまわない。さらに、腔所に注入する場合、必ず子宮壁を通す必要はなく、腔所に注入できるのであれば、いかなる方向からも自由に注入することができる。また、例えば、マウスの場合、発生10日以降では子宮壁を切開して胚膜を露出してから注入することも可能である。
本発明において胚に移入する外来細胞は、細胞が移入される動物個体以外の個体由来の細胞をいい、起源動物は哺乳類であってもよいし、哺乳類以外の動物であってもよい。外来細胞に特段の限定はなく、いかなる細胞であっても、同種、異種の区別なく利用可能である。但し、目的臓器に移入細胞を定着させるためには、目的臓器を構成する細胞と同じ細胞系譜または、同じ細胞系譜へ分化するように運命づけられた細胞を用いる必要がある。例えば、生殖巣へ細胞を導入し、生殖系列細胞へ分化、発育させる場合は、移入する細胞として生殖系列へ寄与する細胞を用いることが重要である。生殖系列に寄与する細胞とは、将来精子や卵子といった子孫にその遺伝形質が伝搬する細胞系列のことで始原生殖細胞(PGC)やこの細胞が分化した細胞、同様の性質を持つ細胞(例えば、EG細胞:embryonic germ cell)、またはES細胞などの幹細胞や体細胞を分化、脱分化または遺伝子改変によりその形質を保持、または獲得した細胞のことを示す。このような生殖系列に寄与する細胞は公知の手法により得ることができ、例えばES細胞は哺乳類の発生過程において胚盤胞の内部細胞塊をin vitroで培養することにより得られるし(Evans,M.J.et al.,Nature,292:154−156,1981;Thomson,J.A.,Science,282:1145−1147,1998)、EG細胞は哺乳類始原生殖細胞をLIF、FGF2等のサイトカインと共に培養することにより得られる(Matusi,Y.,et al.,Cell,70:841−847,1992)。
生殖巣以外の臓器をターゲットにする場合も同様に、その臓器に分化する能力を持った細胞を移入することが望ましい。その候補としては、造血幹細胞、神経幹細胞、肝幹細胞、など体性(組織)幹細胞といわれる細胞の使用が望ましい。これらの幹細胞は、その肝細胞に特異的な表面抗原を指標にして、FACS等を用いて得ることができる。最近では、これら体性幹細胞の中にも環境に応じて幅広い分化能を持っていることが明らかとなっているので、必ずしも目的臓器特異的な幹細胞が必要とは限らない(Jiang,Y.et al.,2002.Pluripotency of mesenchymal stem cells derived from adult marrow.Nature 418:p41−49.)。例えば、中胚葉に起源する間葉系幹細胞は種々の組織へ分化し得る細胞を生み出すので種々の臓器をターゲットとすることができる。
また、本発明で定義する外来細胞の中には、これらの候補細胞に対して例えば新たな遺伝子導入やノックアウト、ノックインなどの遺伝子操作により遺伝的に改変された細胞も含まれる。遺伝的な改変が特定の疾患に関連する遺伝子の改変である場合、遺伝的に改変された細胞を移入することにより特定の疾患のモデル動物を得ることができる。また有用タンパク質をコードする遺伝子を外来細胞に組込むことにより、該有用タンパク質を産生し得るキメラ臓器、キメラ動物を得ることができる。本発明の方法により、外来細胞を移入した胚をそのまま哺乳類体内で発生させ成長させることにより、外来細胞由来の細胞と該細胞が移入された動物個体由来の細胞を併せ持つキメラ臓器およびキメラ個体を得ることができる。ここで、キメラ臓器とは、2つ以上の異なる遺伝的形質をもつ細胞、あるいは異種の動物間の細胞群間より形成される臓器のことで、それぞれの遺伝的形質を発現し、また影響を受けた臓器が形成されていることを特徴とする。類似してモザイクという用語があるが、モザイクでは細胞の起源となる親は1対であるが,キメラは親が2対以上あった場合をいう点で両者は区別される。キメラ臓器形成過程で、移入した細胞の臓器形成へ優位に寄与した場合や、またその遺伝的形質がより強く臓器形成に影響すれば、臓器は移入した細胞の動物種・系統により近い形質・機能を獲得することになる。例えば、作出されたキメラ臓器は、異種間においても移入した細胞に起源を持つ動物に対して、免疫的な拒絶反応を引き起こさない臓器、また起源動物と同様な機能を持つ臓器を形成させることが可能である。
このような本発明の方法を使えば、従来不可能であった形態形成期の胚の操作が可能となり、目的のキメラ臓器、キメラ動物を簡便かつ効率的に作出することができる。また、本発明は、哺乳類において同定された胚性及び体性の幹細胞ならびに始原生殖細胞を再生医療などの分野への応用するため必要な技術を提供する。すなわち、本発明は、これら幹細胞の分化メカニズム等の細胞系譜に関する研究、および実際にこれら細胞より臓器、個体を作出する技術開発において利用可能である。
本発明は上記方法により作出されたキメラ臓器およびキメラ動物を含み、さらにキメラ動物において外来細胞が生殖巣へ導入され、生殖系列細胞へ分化した場合は生殖系列キメラ動物ができ、生殖系列キメラ動物を交配することにより外来細胞由来の個体を作成することができる。本発明はこのようにして得られる子孫動物をも包含する。
以下、実施例にそって本発明をさらに詳細に説明するが、これら実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例1】
実施例1では、マウス胚の器官形成期胚の胚体外腔に子宮外壁を通して、予め蛍光標識を施したニワトリの単離始原生殖細胞を注入、ホスト胚の生殖巣原基中に注入始原生殖細胞を導入することができたことを示す。
本実施例は、以下のようにして行った。妊娠8.5日(膣栓確認日を0日とする)のICRマウス母獣を麻酔し、腹壁切開によって腹腔内にある妊娠子宮を露出させる。マウス胚の着床場所は、子宮間膜から約三分の二の脱落膜内で、胚は背側を子宮間膜側に向けて位置していることが多い。あらかじめ、27Gの注射針で着床部位付近の子宮壁に軽く傷をつけ、その後ガラスマイクロピペットでPKH26によって予め蛍光標識したニワトリ始原生殖細胞を注入した(図面2参照)。マイクロピペットは、先端の直径は約100μmのものを用いた。注入した液量は約1.0μlで、胚あたりの細胞数はおよそ380個である。ホスト胚に細胞を注入した後、子宮を腹腔内に戻し、腹筋を縫合、皮膚を9mmウゥンドクリップ(オートクリップウゥンドクリップアプライヤー#7630(BECTON DICKINSON社製)、滅菌クリップ#7632)で塞いだ。37℃保温器中で、麻酔から覚醒させ後、レシピエン母獣の飼育を継続した。
妊娠10.5日に胚を摘出して、胚の生殖巣原基を生理食塩水中で実態蛍光顕微鏡により観察して、注入したニワトリ始原生殖細胞の分布を観察した。更に、ホスト生殖巣原基内に蛍光標識された細胞の存在が確認された胚はロスマン固定の後、組織切片を作製して導入された細胞がニワトリ始原生殖細胞特異的なPAS陽性であることを確認した。
153例の胚に注入操作を行い、生存していた胚は101例であった。その内の1例で注入したニワトリ始原生殖細胞がホストのマウス胚生殖巣原基内に定着していたことが確認できた。
【実施例2】
本実施例は、マウス胚の器官形成期胚の胚体外腔に子宮外壁を通して、始原生殖細胞と直径が近い花粉粒子(カジノキ花粉)を注入、ホスト胚の胸腔および腹腔にある種々の臓器中に注入粒子を導入することができたことを示す。
本実施例は、以下のようにして行った。妊娠8.5日および9.5日(膣栓確認日を0日とする)のICRマウス母獣を麻酔し、復壁切開によって復腔内にある妊娠子宮を露出させる。マウス胚の着床場所は、子宮間膜から約三分の二の脱落膜内で、胚は背側を子宮間膜側に向けて位置していることが多い。あらかじめ、27Gの注射針で着床部位付近の子宮壁に軽く傷をつけ、その後ガラスマイクロピペットで予め四酸化オスミウムで染色、滅菌後に洗浄したカジノキ花粉(Polysciences,Inc.,Warrington,PA)を注入した。マイクロピペットは、先端の直径は約100μmのものを用いた。注入した液量は約1.0μlで、胚あたりの細胞数はおよそ400個である。ホスト胚に細胞を注入した後、子宮を腹腔内に戻し、腹筋を縫合、皮膚を9mmウゥンドクリップ(オートクリップウゥンドクリップアプライヤー#7630(BECTON DICKINSON社製)、滅菌クリップ#7632)で塞いだ。37℃保温器中で、麻酔から覚醒させた後、レシピエン母獣の飼育を継続した。妊娠15.0日に胚を摘出して、胚をブアン固定してアルコール脱水、パラフィン包埋の後に連続切片として注入花粉粒子の胚体内分布を観察した。
妊娠8.5日および9.5日のマウス胚に花粉粒子を注入した結果、胚体内に分布している全花粉粒子の1.81%が胸腔内に、0.82%のものが腹腔内(臍帯内、消化管内、肝臓、膵臓近傍)に分布していた。
本明細書で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
【産業上の利用可能性】
本発明は哺乳類杯胚への細胞の移植技術であり、発生工学の研究およびその実用化に貢献するものである。本発明により、外来細胞の個体発生過程での生死、発育、分化を明らかにすることができ、細胞系譜での位置づけを明確化できる。また本発明は、キメラ臓器、キメラ動物を作出し、新たな形質をもった臓器および個体作出を可能とする。これらは再生医療等の移植研究やその手段、材料として利用できる。さらに生殖系列に寄与する細胞を用いる場合は、効率的な生殖系列キメラの作製が可能となり、種の保存、希少生物の救済、産業動物における原種等の保存、トランスジェニック動物の作製、細胞レベルでの新しい遺伝子マーカー動物の作出、疾患モデル動物の作成、遺伝子操作による有用物質の合成・産生、生殖幹細胞に対する毒性作用の検定法等の技術開発への応用を提供するものである。
【図1】

【図2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳類体内の形態形成期の胚と胎盤の間の腔に外来細胞を移入することを含む外来細胞の哺乳類胚への移植方法。
【請求項2】
形態形成期が、胚外体腔が形成された時期から胚外体腔と胚体内腔とが完全に分断されるまでの時期である、請求項1に記載の外来細胞の哺乳類胚への移植方法。
【請求項3】
胚と胎盤の間の腔が、胚外体腔、絨毛羊膜腔、卵黄嚢、尿膜腔、胎児と胎盤をつなぐ血管からなる群から選択される、請求項1または請求項2に記載の外来細胞の哺乳類胚への移植方法。
【請求項4】
外来細胞が、胚性もしくは体性の幹細胞または始原生殖細胞である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の外来細胞の哺乳類胚への移植方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載の外来細胞の哺乳類胚への移植方法により移植された胚を哺乳類体内で発生・成長させることを含むキメラ臓器またはキメラ動物を作出する方法。
【請求項6】
胚性幹細胞、体性幹細胞および始原生殖細胞からなる群から選択される細胞を哺乳類体内の哺乳類胚へ移植し、該細胞を生殖巣へ導入し、前記哺乳類体内で発生・成長させることを含む生殖系列キメラ動物を作出する方法。
【請求項7】
請求項1から4のいずれか1項に記載の外来細胞の哺乳類胚への移植方法を用いて作出されたキメラ臓器またはキメラ動物。
【請求項8】
胚性幹細胞、体性幹細胞および始原生殖細胞からなる群から選択される細胞を哺乳類体内の哺乳類胚へ移植し、該細胞を生殖巣へ導入し、前記哺乳類体内で発生・成長させることにより作出された生殖系列キメラ動物。
【請求項9】
請求項8に記載の生殖系列キメラ動物を交配して得られる外来細胞由来の細胞からなる子孫動物。

【国際公開番号】WO2004/087898
【国際公開日】平成16年10月14日(2004.10.14)
【発行日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−504242(P2005−504242)
【国際出願番号】PCT/JP2004/004519
【国際出願日】平成16年3月30日(2004.3.30)
【出願人】(000173555)財団法人化学及血清療法研究所 (86)