説明

四重極型質量分析装置

【課題】SIM/スキャン同時測定時に、SIM測定の時間間隔を短くしてクロマトグラムのピークの測定周期を短くしながら、スキャン測定の走査速度は或る程度遅くして高感度、高質量分解能での定性分析を行えるようにする。
【解決手段】特定質量M1、M2、M3のSIM測定を行う合間に、所望の質量範囲Ms〜Meを複数に区分した細分化質量範囲のスキャン測定を順番に行う。そしてデータ処理の際には、上記質量範囲Ms〜Meをカバーする複数の細分化質量範囲に対するマススペクトルデータが揃ったならば、細分化質量範囲の質量の境界でデータを繋ぎ合わせることで質量範囲Ms〜Meに亘るマススペクトルを作成する。これにより、SIM測定の結果は周期Tsim毎に得ることができ、スキャン測定の結果(マススペクトル)は周期Tscan毎に得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分離器として四重極質量フィルタを利用した四重極型質量分析装置に関し、特に、ガスクロマトグラフ質量分析装置(GC/MS)や液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)など、クロマトグラフと質量分析装置とを組み合わせたクロマトグラフ質量分析装置に好適な四重極型質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ガスクロマトグラフ(GC)と質量分析計(MS)とを組み合わせたガスクロマトグラフ質量分析装置(GC/MS)は、環境測定、有機化合物分析、各種プロセスのモニタリングなど様々な分野で幅広く使用されている。GC/MSを用いた測定方法としては、いわゆるスキャン測定法と、SIM(選択イオンモニタリング)測定法とが知られている。
【0003】
スキャン測定法では、質量分析装置において所定の質量範囲内で分析対象のイオンの質量(厳密には質量電荷比m/z)を走査し、その質量範囲に含まれる全てのイオンを検出する。そのため、未知試料に対する定性分析など、分析対象成分の質量が不明である場合に特に有用である。一方、SIM測定法では、予め指定された1乃至複数の特定の質量を有するイオンのみを選択的に時分割で検出する。そのため、分析対象の物質が既知又は高い確度で予想可能であって、その物質の定量分析を高感度で以て行いたい場合に有用である。
【0004】
いずれの測定法でも定量分析は可能であるが、サンプル濃度が低く高感度分析が要求される場合にはSIM測定法が用いられる。但し、SIM測定法では指定された質量のみしか測定されないため、測定中に、SIM測定対象の成分の定量性に影響を及ぼすような予期せぬ夾雑物質などが溶出してきた場合でもそれを検出することができない。そこで、SIM測定時にも並行して、クロマトグラフのカラムから溶出して来る未知成分の定性分析を行うことが要求される。こうした要求から、従来、SIM測定とスキャン測定とを交互に(厳密には時分割であるが実質的には同時とみなせる)行い、SIM測定では定量分析、スキャン測定では定性分析を行う方法が広く採用されている。
【0005】
特許文献1に記載の四重極型質量分析装置では、複数の特定質量のイオンのSIM測定を繰り返し行う合間、具体的には四重極質量フィルタに印加する電圧が最大になった状態から最小である状態に戻すときに、所定のパターンで電圧を変化させることにより所定の質量範囲のスキャン測定を行い、こうしたSIM測定とスキャン測定とを交互に繰り返すようにしている。
【0006】
しかしながら、上記従来のSIM/スキャン測定では次のような問題がある。即ち、スキャン測定法では通常広い質量範囲を走査して測定を行うため、1回の質量走査(換言すれば、四重極質量フィルタに印加する電圧走査)に或る程度の時間(装置の能力にも依るが例えば500m秒程度)が必要になる。一方、SIM測定法では、クロマトグラムの定量に用いるためにクロマトグラムの1つのピークに対して少なくとも10点程度のサンプリング点が得られるように測定周期を設定する必要がある。例えば、クロマトグラムのピークの時間幅が2秒であるとすると、その1/10の200m秒間隔でのSIM測定が必要になる。
【0007】
ところが、上述のようにスキャン測定とSIM測定とを交互に行う場合において、例えばスキャン測定のために500m秒の時間幅を確保するとすると、SIM測定のために100m秒の時間を費やすとしても600m秒周期でしかSIM測定を行うことができない。こうなると、クロマトグラムのピークに対して十分な測定点数を確保することができず、十分な精度での定量分析は困難である。
【0008】
これに対し、スキャン測定における走査速度を上げることにより1回の質量走査に要する時間を短く(例えば100m秒程度に)すれば、SIM測定の周期を短くすることは計算上可能である。しかしながら、スキャン測定での走査速度を上げすぎると、検出感度の低下やマススペクトル上でのピークの質量分解能の低下が起こったり、或いは高質量イオンの検出ができなくなったりして、定性分析に支障をきたすことになる。従って、スキャン測定時の定性性能を確保するには、走査速度を或る程度遅くしなければならず、これに伴いスキャン測定の時間も十分に確保する必要がある。
【0009】
【特許文献1】特開2000−195464号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
即ち、SIM測定において定量性能を上げるにはSIM測定の周期を短くしなければならず、スキャン測定において定性性能を上げるには走査速度を或る程度遅くして十分なスキャン時間を確保しなければならないが、両者は相反する条件であるために、いずれかの性能を犠牲にするか、或いは、適度な性能で以て両方の妥協を図る必要があった。
【0011】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、SIM測定の時間間隔を短くしてクロマトグラムのピークの測定周期を短くしながら、スキャン測定の走査速度も或る程度遅くして高感度、高質量分解能での定性分析を行うことができる四重極型質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために成された本発明は、四重極質量フィルタに印加する電圧を走査することにより所定の質量範囲に含まれるイオンを質量分析するスキャン測定と、四重極質量フィルタに印加する電圧を所定時間一定に保つことで1乃至複数の特定の質量を持つイオンを選択的に質量分析するSIM(選択イオンモニタリング)測定とを実行可能な四重極型質量分析装置において、
a)1乃至複数の特定の質量を持つイオンについてのSIM測定を所定時間間隔隔てて繰り返し行うとともに、そのSIM測定を実行していない所定時間中に、所定の質量範囲をn個(nは2以上の整数)に区分した細分化質量範囲についてのスキャン測定を順次行うように、四重極質量フィルタに印加する電圧を制御する電圧制御手段と、
b)SIM測定とスキャン測定の交互の繰り返しにおいてn回のスキャン測定により得られたデータに基づいて、前記所定の質量範囲に亘るマススペクトルを作成するデータ処理手段と、
を備えることを特徴としている。
【0013】
なお、本発明に係る四重極型質量分析装置は、前段に液体クロマトグラフやガスクロマトグラフ等のクロマトグラフを接続したクロマトグラフ質量分析装置に特に有用である。
【0014】
スキャン測定で定性分析を行う場合には、クロマトグラムのピークに対して定量分析のときほど細かい周期で測定を繰り返す必要はない。そこで、本発明に係る四重極質量分析装置では、SIM測定の繰り返し周期よりもスキャン測定における所定の質量範囲の走査の周期を長く設定し、その質量範囲を複数(n個)に区分した(つまり質量範囲を狭くした)細分化質量範囲の走査をSIM測定の繰り返し毎に実行する。従って、SIM測定の1周期に対応して得られるスキャン測定の質量範囲は、目的とする所定の質量範囲の1/nである。このように細分化質量走査をSIM測定の繰り返し毎に順番に実行すると、nサイクルで所定の質量範囲に対応したスキャン測定の全マススペクトルデータが揃うから、データ処理手段は、そのマススペクトルデータを区分された質量の境界で繋ぎ合わせるようにして所定の質量範囲に亘るマススペクトルを作成する。
【0015】
なお、SIM測定の繰り返し毎に細分化質量範囲の走査を行う順番は、質量の小さな順、質量の大きな順のいずれでもよく、またnサイクルで全ての細分化質量範囲の走査がそれぞれ1回ずつ行われさえすれば、特に質量の大小の順に限定されるものでもない。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る四重極型質量分析装置によれば、スキャン測定における検出感度や質量分解能に影響を与えずにSIM測定の繰り返し周期を決めることができるので、例えばクロマトグラムのピークを十分な精度で定量できるような短い測定周期を設定して測定を行うことができる。これにより、高い定量精度を達成することができる。一方、スキャン測定については、SIM測定の周期に影響を与えずにスキャン測定の走査速度や質量範囲を決めることができるため、走査速度を或る程度遅くして、高感度、高分解能で且つ十分な質量範囲に対するマススペクトルを作成することができる。これにより、精度の高い定性分析を行うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の一実施例である四重極型質量分析装置を備えるGC/MSについて図面を参照しながら説明する。図1はこのGC/MSの要部のブロック構成図である。
【0018】
ガスクロマトグラフ(GC)部10では、カラムオーブン14により適度の温度に加熱されるカラム15の入口に試料気化室11が設けられ、その試料気化室11にはキャリアガス流路13を通して所定流量でキャリアガス(例えばHe)が供給されカラム15へと流れ込む。その状態でマイクロシリンジ12により試料気化室11内に少量の液体試料が注入されると、液体試料は短時間で気化しキャリアガス流に乗ってカラム15内に送られる。カラム15を通過する間に試料ガス中の各成分は時間的に分離されてその出口に到達し、インターフェイス部20においてヒータ22により加熱される試料導入管21を通って質量分析(MS)部30のイオン化室31に導入される。
【0019】
MS部30において、イオン化室31に導入された試料分子は例えば熱電子との接触によってイオン化される。発生したイオンはイオン化室31の外側に引き出され、イオンレンズ32により収束されて4本のロッド電極から構成される四重極質量フィルタ33の長軸方向の空間に導入される。四重極質量フィルタ33の各ロッド電極には直流電圧と高周波電圧とを重畳した電圧が四重極駆動部36から印加され、その印加電圧に応じた質量(質量電荷比m/z)を有するイオンのみが長軸方向の空間を通過し、イオン検出器34に到達して検出される。イオン化室31、イオンレンズ32、四重極質量フィルタ33、及びイオン検出器34は、図示しない真空ポンプにより真空吸引される真空容器35内に配設されている。
【0020】
イオン検出器34による検出信号はA/D変換器40によりデジタルデータに変換されてデータ処理部44に送られる。データ処理部44は所定の演算処理を行うことによりマススペクトル、マスクロマトグラム、或いはトータルイオンクロマトグラムを作成し、さらに定量分析や定性分析などを実行する。GC部10、インターフェイス部20及びMS部30を構成する各ブロックの動作は、分析制御部43により統括的に制御される。データ処理部44や分析制御部43の機能は、装置本体に搭載されたCPU上で専用の制御/処理ソフトウエアを実行することにより具現化される。また、データ処理部44や分析制御部43は例えばパーソナルコンピュータなどにより構成される中央制御部42と接続され、中央制御部42はキーボードやマウス等のポインティングデバイスを含む操作部45や表示部46に対する入出力制御など基本的な制御を実行する。
【0021】
本発明におけるデータ処理手段は例えば上述したように装置本体に搭載されたCPU上で専用の制御/処理ソフトウエアを実行することにより具現化される機能であり、電圧制御手段はそのソフトウエアの実行と四重極駆動部36とにより達成される機能である。
【0022】
次に、このGC/MSにおいてSIM/スキャン同時測定を行う際の特徴的な動作について図2、図3を参照しつつ説明する。図2、図3は時間経過に伴って分析対象とする質量(質量電荷比m/z)の変化を示すグラフである。但し、前述のように四重極質量フィルタ33で選別されるイオンの質量は四重極駆動部36からロッド電極に印加される電圧によって決まるから、図2、図3の縦軸は四重極質量フィルタ33のロッド電極に印加される電圧値であると読み替えることも可能である。
【0023】
ここでは一例として、SIM測定の周期をTsim=100m秒とし、この1周期の間に3つの異なる質量M1、M2、M3についてSIM測定を行うものとする。一方、スキャン測定については、その周期をTscan=500m秒とし、質量範囲はMs〜Meとする。例えば特許文献1のような従来技術ではTsim=Tscanであったが、この実施例ではTsim<Tscanである。
【0024】
例えば上記のような各パラメータは分析条件パラメータとして操作部45からユーザーが入力設定できるようにしておくことができる。また、入力設定されない場合でもデフォルト値として予め決まった値にすることができる。分析制御部43はそうしたパラメータに従って、SIM/スキャン測定の質量設定パターンを決める。具体的にまず、SIM測定の周期Tsim=100m秒の中で、3つの質量M1、M2、M3の測定にそれぞれ割り当てる時間とスキャン測定に割り当てる時間とをそれぞれ決める。ここでは、図2に示すように、質量M1に対するSIM測定の時間をT1、質量M2に対するSIM測定の時間をT2、質量M3に対するSIM測定の時間をT3とし、スキャン測定のための時間をTsとする。T1+T2+T3+Ts=Tsimである。例えばT1=T2=T3=Tsであれば、各時間は25m秒となるが、これらは必ずしも同一でなくてもよい。
【0025】
一方、スキャン測定の周期Tscanは500m秒であるから、上記のようなスキャン測定の時間Tsを含むSIM測定を5回繰り返すことでMs〜Meの質量範囲の質量走査が1回行われるようにする(つまり本例では本発明におけるn=5)。従って、Ms〜Meの質量範囲を5等分することで、質量範囲がそれぞれMs〜M11、M11〜M12、M12〜M13、M13〜M14、M14〜Meである5つの細分化質量範囲を設定し、各細分化質量範囲のスキャン測定をSIM測定の繰り返しの中で順番に実行するようにする。これにより、図3に示すように、3つの質量M1、M2、M3に対するSIM測定を繰り返し実行する合間に、質量範囲が連続した5つの細分化質量範囲のスキャン測定を実行するような質量設定パターンを作成する。
【0026】
なお、上記例はSIM測定の周期Tsimとスキャン測定の周期Tscanとがパラメータとして設定されていた場合であるが、例えばスキャン測定の周期Tscanの代わりに走査速度がパラメータとして設定されていた場合にはそれに応じて質量範囲の区分数を決めることができる。
【0027】
分析が開始されると分析制御部43は上記のように定めた質量設定パターン(図3参照)に従って四重極駆動部36を制御し、四重極駆動部36はそのパターンに従った電圧を四重極質量フィルタ33に印加し、これを分析終了まで繰り返す。これにより、質量M1、M2、M3のSIM測定が100m秒の周期で実行される。例えばクロマトグラムのピークの幅が2秒である場合、そのピークに対し20点のサンプリング点において各質量M1、M2、M3のイオン強度が求まる。従って、データ処理部44では、十分に高い精度で各質量に対応した成分の定量を行うことができる。
【0028】
一方、データ処理部44では、スキャン測定が実行されている期間(図3中のt1、t2、t3、t4、t5)にそれぞれ得られるデータを一旦記憶し、スキャン測定の1周期(Tscan)期間中の5回のスキャン測定に対するデータが揃うと、Ms〜Meの質量範囲に亘るマススペクトルを作成する。即ち、図3に示すように、5つの細分化質量範囲をその質量の境界M11、M12、M13、M14で繋ぎ合わせると質量MsからMeまで連続的に質量走査したのと同じ状態となるから、これを1回の質量走査で取得されたものとみなしてマススペクトルを作成することができる。このようにして、スキャン測定の1周期(Tscan)毎に1つのマススペクトルが作成される。定性分析ではこの程度の周期でマススペクトルが得られれば十分であり、走査速度も必要以上に上げる必要がないので、定性に必要な検出感度を得ることができる。
【0029】
なお、上記実施例や変形例は本発明の一例であって、本願発明の趣旨の範囲で適宜の変更や修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の一実施例であるGC/MSの要部のブロック構成図。
【図2】本実施例のGC/MSにおいてSIM/スキャン同時測定を行う際の特徴的な動作の説明図。
【図3】本実施例のGC/MSにおいてSIM/スキャン同時測定を行う際の特徴的な動作の説明図。
【符号の説明】
【0031】
10…ガスクロマトグラフ部
11…試料気化室
12…マイクロシリンジ
13…キャリアガス流路
14…カラムオーブン
15…カラム
20…インターフェイス部
21…試料導入管
22…ヒータ
30…質量分析部
31…イオン化室
32…イオンレンズ
33…四重極質量フィルタ
34…イオン検出器
35…真空容器
36…四重極駆動部
40…A/D変換器
42…中央制御部
43…分析制御部
44…データ処理部
45…操作部
46…表示部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
四重極質量フィルタに印加する電圧を走査することにより所定の質量範囲に含まれるイオンを質量分析するスキャン測定と、四重極質量フィルタに印加する電圧を所定時間一定に保つことで1乃至複数の特定の質量を持つイオンを選択的に質量分析するSIM(選択イオンモニタリング)測定とを実行可能な四重極型質量分析装置において、
a)1乃至複数の特定の質量を持つイオンについてのSIM測定を所定時間間隔隔てて繰り返し行うとともに、そのSIM測定を実行していない所定時間中に、所定の質量範囲をn個(nは2以上の整数)に区分した細分化質量範囲についてのスキャン測定を順次行うように、四重極質量フィルタに印加する電圧を制御する電圧制御手段と、
b)SIM測定とスキャン測定の交互の繰り返しにおいてn回のスキャン測定により得られたデータに基づいて、前記所定の質量範囲に亘るマススペクトルを作成するデータ処理手段と、
を備えることを特徴とする四重極型質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−70667(P2009−70667A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−237351(P2007−237351)
【出願日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】