説明

回収型電気亜鉛めっき方法および装置

【課題】めっき性能を劣化させずに、無排水の回収型電気亜鉛めっきを行う方法及び装置を提供する。
【解決手段】陽イオン交換膜6により隔離された不溶性陽極4と可溶性陽極3を備えためっき浴内で電気亜鉛めっきを行い、めっき後の被めっき物5を水洗槽8〜10で順に水洗して、めっき浴から持ち出された付着めっき液を回収する。不溶性陽極の隔離により不溶性陽極上での塩や有機物の分解が防止される。水洗槽内の水洗水は順次前段の水洗槽に送る。最前段の水洗槽8内の水洗水および/またはめっき液1の一部は、濃縮器7で濃縮して、めっき浴に戻す。光沢剤としてベンジリデンアセトンを使用することにより、濃縮中にその陰極分解物を蒸発させて除去することができるので、めっき液の回収を繰り返しても、この分解物がめっき液中に蓄積するのが防止される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車部品、電気部品などに光沢亜鉛めっき皮膜を形成するのに適した電気亜鉛めっき方法および装置、特に実質的に排水を生じず、排水処理が不要になる、回収型の亜鉛めっき方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
光沢電気亜鉛めっきは、古くはシアン浴が一般的であったが、シアンの排出基準が強化されてからは、アルカリ性のジンケート浴と酸性亜鉛めっき浴が多く使われるようになってきた。ジンケート浴は、高アルカリであるため、作業上の危険があり、排水処理も厄介である。そのため、酸性めっき浴が主流になってきた。
【0003】
酸性めっき浴による光沢亜鉛めっきではめっきに光沢を付与するために、光沢剤と呼ばれる有機化合物の添加が不可欠である。めっき浴の亜鉛供給源としては、亜鉛板からなる可溶性陽極や、塩化亜鉛、硫酸亜鉛、亜硫酸亜鉛、ホウフッ化亜鉛、スルファミン酸亜鉛、メタンスルホン酸亜鉛などから選ばれた1種または2種以上の亜鉛塩を使用することが多い。また、めっき浴は、支持電解質として、各種の塩、例えば、塩化物、硫酸塩、亜硫酸塩、スルファミン酸塩、アンモニウム塩などが添加されることが多い。
【0004】
酸性亜鉛めっきに限らず、一般にめっき操業においてめっき浴から持ち出されためっき液は、多量の金属イオンや電解質の塩(これは、場合により窒素などの富栄養化物質を含有する)、場合によりさらに光沢剤などの有機物を含んでおり、排水処理コストや金属分や塩類の補給コストがかかる。また、その排水処理により生成するスラッジ等の廃棄物は環境への負荷が大きい。
【0005】
しかし、排水低減のために、持ち出されためっき液を回収してめっき浴に再循環すると、めっき液の亜鉛濃度の上昇や、陰極上で光沢剤が還元されて生ずる光沢剤の分解物の浴への蓄積を生ずる。めっき液の亜鉛濃度の上昇は、付き回りの低下、液中での結晶の発生など、めっき不良や品質低下を引き起こす。また、陰極上での光沢剤の分解は、めっき外観のシミや、その後の化成処理の劣化、従って、耐食性の劣化の原因となる。
【0006】
亜鉛濃度上昇の防止のために、不溶性陽極を使用する例もあるが(下記特許文献1、2を参照)、そうすると、不溶性陽極上で塩化物やスルファミン酸といった塩や光沢剤の酸化による分解が起こるため、めっき液が塩化物などのハロゲン化物を含んでいると、有毒な塩素ガス等が発生して、環境や健康上の問題が発生する。さらに、塩や光沢剤の分解により、これらの成分の消耗が激しく不経済である上、めっき液の組成の制御も困難となって、めっき品質の低下の原因となる。
【特許文献1】特開平8−283982号公報
【特許文献2】特開平10−46399号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上述した従来技術の種々の問題点を克服した電気亜鉛めっき方法を提供することを課題とする。より具体的な本発明の課題は、浴から持ち出されためっき液を回収して、浴に戻しても、現行の電気亜鉛めっきと同等のめっき性能を維持することができ、かつめっき液中の組成塩や光沢剤の不溶性陽極上での酸化分解を防止することができる、無排水操業を可能にする回収型電気亜鉛めっき方法および装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述したように、めっき浴から持ち出されためっき液を回収してめっき浴に戻すと、めっき浴の亜鉛濃度や、光沢剤の陰極分解物の濃度が増大し、めっき性能を劣化させる。陽極を不溶性にすれば、めっき浴の亜鉛濃度上昇は防止できるが、光沢剤の陰極分解物の濃度上昇は防止できない。しかも、不溶性陽極を使用すると、陽極での塩素イオンの酸化による塩素ガスの発生やスルファミン酸イオンなどの他の陰イオンの分解が起こるようになって、めっき浴組成が不安定となったり、光沢剤成分の酸化分解物が生成することにより、めっき性能劣化の原因となる。
【0009】
本発明によれば、陽極の少なくとも一部として、陽イオン交換膜により隔離された不溶性陽極を使用し、光沢剤として、その陰極上での分解物を浴から容易に除去可能なものを選択することにより、前述した不都合を伴わずに、排液処理が実質的に不要になる、回収型の電気亜鉛めっき操業が可能になる。
【0010】
本発明は、その1側面において、光沢剤を含有するめっき液を用いた電気亜鉛めっきにおいて、少なくとも一部の陽極が陽イオン交換膜により隔離された不溶性陽極であり、めっき浴から取り出されためっき製品に付着して持ち出されためっき液を、めっき製品の水洗により水洗水中に回収し、めっき液および/または水洗水の一部を濃縮後にめっき浴に戻し、光沢剤の少なくとも一部として、その還元分解物が前記濃縮時に蒸発除去可能な有機物を使用することを特徴とする、回収型の電気亜鉛めっき方法である。
【0011】
光沢剤としての前記有機物は好ましくはベンジリデンアセトンである。
前記水洗は、めっき製品を複数の水洗槽内で順に水洗することにより行われ、後段の水洗槽内の水洗水を前段の水洗槽に戻し、めっき液および/または最前段の水洗槽内の水洗水の一部を濃縮後にめっき浴に戻す。
【0012】
前記不溶性陽極に加えて、亜鉛イオンの供給源となる可溶性陽極を併用することが好ましい。めっき液の蒸発量を増やすため、めっき浴温を好ましくは35〜55℃の範囲とする。
【0013】
別の側面からは、本発明は、陽イオン交換膜により隔離された不溶性陽極を備えた、光沢剤を含有するめっき液が収容された電気亜鉛めっき浴と、めっき浴から取り出されためっき製品から、付着しているめっき液を洗浄して回収する水洗設備と、該めっき液および/または該水洗設備から抜き出された水洗水の一部を濃縮してめっき浴に戻す濃縮器とを備えることを特徴とする、電気亜鉛めっき装置である。
【0014】
前記めっき浴が、前記不溶性陽極に加えて、亜鉛板からなる可溶性陽極をさらに備えることが好ましい。
前記水洗設備が直列に配置された複数の水洗槽からなり、後段の水洗槽内の水洗水を前段の水洗槽に戻す配管系を備え、前記濃縮器はめっき液および/または最前段の水洗槽内から抜き出された水洗水の一部を濃縮してめっき浴に戻すように設置することができる。
【0015】
本発明の電気亜鉛めっき装置は、めっき液の亜鉛濃度とpHを安定化させるための自動電流制御装置をさらに備えることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、陽極の少なくとも一部を不溶性陽極とし、この不溶性陽極を陽イオン交換膜により隔離するとともに、光沢剤の少なくとも一部として、その還元により低沸点の分解物となるベンジリデンアセトンのような有機物を使用する。それにより、めっき液回収による浴中亜鉛濃度の上昇を防ぎつつ、陰極上で生じた光沢剤の分解物が濃縮中に蒸発除去可能になる。そのため、めっき浴から持ち出されためっき液を洗浄により回収し、濃縮器で蒸発させてからめっき浴に戻すことによって、めっき液の回収率を高めると同時に、回収めっき液中に混入した光沢剤の還元分解物を蒸発除去することができ、めっき浴中での分解物の蓄積(濃度上昇)を防ぐことが可能となる。
【0017】
その結果、めっき性能の劣化を生ずることなく回収型の電気亜鉛めっき操業を行うことが可能となり、排水処理が不要となるか、あるいは排水処理の負荷が大幅に低減して、処理コストが著しく低減する。また、この回収により、回収めっき液中の分解されなかった光沢剤や亜鉛イオン、塩類はめっき浴に戻されるので、それらの処理・補給コストが削減できる。
【0018】
さらに、可溶性陽極を併用し、自動電流制御装置を併用すれば、めっき浴中の亜鉛濃度を一定に保持することができ、付き回り性低下、液中結晶の発生、電気的な光沢剤分解物が原因となるめっき不良や品質低下が起こらず、均一電着性が向上する。蒸発しにくい光沢剤を使用することにより、めっき浴温を高温にしても十分な光沢が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の電気亜鉛めっき方法に使用できる電気亜鉛めっき装置の概要を示す図1を参照しながら、本発明の好適態様について説明する。
図1に示す電気亜鉛めっき装置のめっき浴Aは、酸性ないし中性の電気亜鉛めっき液1を収容している。めっき液1に挿入された陽極は、不溶性陽極4と可溶性陽極(亜鉛板)3の2種類である。そのうち、不溶性陽極4は陽イオン交換膜6により隔離されており、陽イオン交換膜6の内部には、めっき液1とは異なる内部溶液2が収容されている。通電時に、陽イオン交換膜6は陽イオンを通過させることができるが、陰イオンを通過させることはできない。
【0020】
不溶性陽極を、陰イオン交換膜の内部に隔離すると、通電時に塩素イオン、スルファミン酸イオンなどの陰イオンや一部の光沢剤成分(例、カルボン酸)が隔膜を通過して、内部溶液2内に取り込まれ、不溶性陽極を隔膜で隔離しない場合と同じ結果となる。
【0021】
5は陰極として作用する被めっき物体である。陰極5と2種類の陽極3、4との間をそれぞれ図示のように通電すると、可溶性陽極3からZnイオンがめっき液1中に溶出するとともに、液中の亜鉛イオンが陰極の被めっき物体上に析出して、めっきが行われる。図示例では、被めっき物5は1つだけが示されているが、複数個にすることもできるし、あるいは多数の小物の被めっき物(例、ボルト)をバスケットなどの適当な有孔容器に入れたもの(その場合には容器内に電極を入れて通電する)であってもよい。
【0022】
めっき液1は、光沢剤を含有する酸性ないし中性の電気亜鉛めっき液であれば特に制限されるものではない。好ましいめっき液1は、亜鉛イオン供給源、支持電解質および光沢剤を含有する。亜鉛イオン供給源としては、塩化亜鉛、硫酸亜鉛、亜硫酸亜鉛、ホウフッ化亜鉛、スルファミン酸亜鉛、メタンスルホン酸亜鉛などから選ばれた1種または2種以上の亜鉛塩を使用できる。支持電解質としては、塩化物、硫酸塩、亜硫酸塩、スルファミン酸塩、アンモニウム塩などから選ばれた1種または2種以上の塩を使用できる。めっき液1はさらにpH調整用の酸性または塩基性化合物を含有していてもよい。
【0023】
本発明においては、光沢剤の少なくとも一部として、陰極上で生成するその還元分解物が、めっき液や水洗水の蒸発濃縮のための加熱により蒸発除去可能であるものを使用する。陰極上で還元反応を受ける光沢剤は主にアルデヒド化合物およびケトン化合物である。光沢剤として機能するこれらの化合物のうち、その還元分解物が濃縮により除去可能で、光沢剤自体は濃縮により除去されない化合物の例はベンジリデンアセトンであり、これが本発明で使用する好ましい光沢剤である。しかし、還元分解物が濃縮中に除去でき、好ましくは還元前の光沢剤は、濃縮ではあまり除去されずに残存するものであれば、他の光沢剤を使用することもできる。
【0024】
光沢剤は2種以上を使用することができる。その場合、陰極上で生成する還元分解物が濃縮により除去可能な光沢剤(例、ベンジリデンアセトン)と、陰極上では実質的に還元分解を受けない光沢剤(例えば、アニオン系および/またはノニオン系界面活性剤、ポリエチレンイミンのような有機アミン、安息香酸ナトリウムのような芳香族カルボン酸塩)とを併用することが好ましい。
【0025】
本発明で用いる電気亜鉛めっき液1は、上記の成分に加えて、消泡剤などの、めっき液に慣用の少量添加成分をさらに含有しうる。めっき液の好ましいpH範囲は2.0〜7.2である。従って、めっき液は酸性ないし中性である。
【0026】
めっき液1の組成は特に制限されないが、好ましいめっき液組成の1例を示すと、次の通りである。
塩化亜鉛:30〜60g/L
塩化アンモニウム:100〜200g/L
塩化カリウム:0〜100g/L
アニオン系および/またはノニオン系界面活性剤: 4〜10g/L
ポリエチレンイミン:0.5〜2g/L
ベンジリデンアセトン:10〜100mg/L
安息香酸ナトリウム:1〜2g/L
pH:5.5〜6.3。
【0027】
ベンジリデンアセトンは、少量で効果的にめっき光沢を付与することができるため、他の光沢剤成分(アニオン系および/またはノニオン系界面活性剤、ポリエチレンイミン、安息香酸ナトリウム)に比べて添加量を少なくすることが好ましい。ベンジリデンアセトンを多量に添加すると、めっき光沢が過剰となり、その後の化成処理性が劣化することがある。
【0028】
不溶性陽極4は、めっき液中で通電されても変化を受けない材料から構成する。例えば、白金電極、あるいは金属(例、チタン鋼)を白金または酸化イリジウムなどで被覆した電極などを使用することができる。
【0029】
この陽イオン交換膜6の内部に収容されている内部溶液2は、例えば、硫酸水溶液とすることができる。通電駆動力は水素イオンとなる。内部溶液2は、温度上昇を防止するため、図示のように、めっき浴Aの外部に設けた内部溶液貯槽Bとの間でポンプPにより循環させることが好ましい。内部溶液2に浸漬されている陽極4が不溶性陽極であるので、原理的には、内部溶液2は水を補給するだけで組成を一定に保持することができる。ただし、非通電時に微量のめっき液成分が隔膜を通過して内部溶液2内に移動するので、長期的には内部溶液の組成の調整が必要になることがある。
【0030】
電流密度などのめっき条件はめっき液1の組成により変動するが、めっき温度(めっき液1の温度)は、常温より高くして、めっき液の蒸発量を増大させることが好ましい。これは、本発明では、後で説明するように、持ち出しめっき液を回収して、めっき浴Aに戻すためである。ただし、めっき温度を高くしすぎるのは、めっき液成分の劣化の促進と、樹脂製の設備(バレルやめっき槽ライニング等)の劣化を引き起こすので、好ましくない。好ましいめっき温度は35〜55℃であり、より好ましくは40〜50℃である。
【0031】
通電を続けて被めっき物5の表面に所定量の亜鉛が析出したら、被めっき物5をめっき液1から引き上げ、水洗槽内で水洗し、被めっき物に付着しているめっき液を除去する。この水洗により、被めっき物に付着してめっき浴から持ち出されためっき液が、水洗水中に回収される。
【0032】
図示例のように、複数の水洗槽(図示例では第1〜第3の3つの水洗槽8、9、10)を用意し、めっき浴から取り出された被めっき物をこれらの水洗槽に順に浸漬して水洗を行い、下流側(後段)の水洗槽の水洗水をその1つ手前(上流側、前段側)の水洗槽に戻すことが好ましい。それにより、図示のように、前段から後段の水洗槽へのめっき液の持ち出しと後段から前段の水洗槽へのめっき液の回収とが行われ、最終段の第3水洗槽10には水が補給される。最前段である第1水洗槽8内の水洗水の汚れ(めっき液成分の濃度)が最も高く、最終段の第3水洗槽10内の水洗水の汚れは最も少ない。
【0033】
めっき液の持ち出し量を低減させるために、吸引回収装置(図示せず)を利用して、被めっき物に付着している液体を吸引し、めっき浴に戻してもよい。
本発明によれば、めっき液成分の濃度が最も高い、最前段の第1水洗槽8内の水洗水を少量ずつ抜き取り、濃縮器7で濃縮した後、濃縮水洗水を回収めっき液として、めっき浴Aに戻す。
【0034】
めっき液1の量を一定に保持するために、めっき浴Aに戻される回収めっき液(すなわち、濃縮された濃縮水洗水)の量は、めっき操業中にめっき浴から失われるめっき液の量(すなわち、被めっき物に付着してめっき浴Aの外部に持ち出されるめっき液の量とめっき浴からのめっき液の蒸発量との合計量)に等しい量とすることが好ましい。一般に、被めっき物5に付着してめっき浴Aの外部に持ち出されるめっき液の量は少ないので、めっき温度を高め(例、前述のように35〜55℃、好ましくは40〜50℃)に設定したり、濃縮量を増やすことにより、めっき液の蒸発量を増やして、より多くの量の回収めっき液(濃縮水洗水)を戻すことができるようにすることが好ましい。
【0035】
最前段の第1水洗槽8から取り出された水洗水の一部を濃縮する代わりに、またはそれに加えて、図示のように、めっき浴A内のめっき液1の一部をポンプPにより抜き出して、濃縮器7において濃縮し、めっき浴Aに戻すこともできる。水洗水とめっき液の両方を濃縮すれば、めっき液の蒸発量をさらに増やすことができる。めっき液の一部を濃縮する場合も、濃縮による蒸発量を考慮して、めっき液量が一定になるように、めっき液の取り出し量を決定すればよい。
【0036】
第1水洗槽では、持ち込まれる液量(被めっき物に付着して持ち込まれためっき液量)に比べて、取り出される液量(第1水洗槽から濃縮器7に送られる水洗水の量)の方が多いので、それぞれ同じ量の持ち込みおよび取り出しを、第1水洗槽と第2水洗槽の間、および第2水洗槽と第3水洗槽の間で行う。それにより、第1水洗槽8と第2水洗槽9における水洗水の量は一定に保持される。一方、最終段である第3水洗槽10は、持ち込み量に比べて、取り出し量が多くなるので、不足分の水を補給する。
【0037】
この最終段の第3水洗槽への水の補給量により、めっき液成分の回収率が決まる。例えば、めっき液成分の回収率を90%以上にしたい場合には、第3水洗槽内の水洗水中のめっき液成分の濃度が10%以下になるようにすればよい。従って、そのような濃度にするのに必要な量の水を第3水洗槽に補給する。これに必要な第3水洗槽への水の補給量と同量の水を、濃縮器7での濃縮とめっき浴Aから水の蒸発により蒸発させる。こうして、最終水洗槽からの排水を行わずに、めっき液量とその組成を実質的に一定に保持して、めっき操業を続けることができる。
【0038】
めっき浴Aにおけるめっき液の蒸発量が比較的少ない場合には、前述したように、めっき液1から直接ポンプPを介してめっき液の一部を抜き取り、場合により第1水洗槽8からの水洗水と一緒に、濃縮器7で濃縮することができる。
【0039】
濃縮器7における水洗水(及び場合によりめっき液)の濃縮は、減圧濃縮とすることもできるが、蒸発量が多くなるように工夫すれば、大気圧で実施することもできる。例えば、水洗水を予め適当な温度に加熱してから大気中に散布する方法、さらには水洗水に加熱空気を吹き込んで噴霧もしくはバブリングする方法などが可能である。その1例をより具体的に説明すると、加熱又は加熱されていない水洗水を、電気ヒータなどで加熱されファンなどにより送り込まれた熱風(エアーブロー)に対して噴霧すると、水洗水と熱風との接触面積が増大し、大気圧で効率よく水洗水を蒸発させることができる。必要であれば、蒸発した水を凝縮させて水に戻す冷却手段を設け、凝縮水は水洗水として再利用することもできる。別法として、例えば液温度を70〜80℃に高めてから単に噴霧するだけでもかなりの量の水分を蒸発させることができる。
【0040】
以上のようにして、実質的に無排水のめっき操業が可能となる。しかし、このように回収めっき液をめっき浴に戻しながら、回収型のめっき操業を続けると、めっき液の組成変化、特に、亜鉛濃度の増大や光沢剤分解物の蓄積(濃度増大)が起こり、めっき性能が劣化するようになる。本発明によれば、これらの問題は、次の手段により解消される。
【0041】
つき回り性の低下やめっき液中の結晶発生を生ずる、めっき液の亜鉛濃度の増大は、陽極の少なくとも一部を不溶性陽極とすることにより防止することができる。不溶性陽極だけを使用すると、めっき液から析出した分の亜鉛イオンを補給する必要があるので、図示例のように、不溶性陽極4と可溶性陽極(亜鉛板)3とを併用することが好ましい。可溶性陽極3からの亜鉛の溶解量は、自動電流制御装置(図示せず)により不溶性陽極4と可溶性陽極3への通電量を制御して、めっき液中の亜鉛濃度が一定になるように調整することが好ましい。
【0042】
ただし、不溶性陽極をめっき液1に直接浸漬して使用すると、この不溶性陽極上でのめっき液中の電解質塩の分解により、例えば、塩化物からの塩素ガスの発生や、スルファミン酸イオンの分解などが起こる。これらは、光沢剤のない状態での電流−電圧曲線の測定により実際に確認された。さらに、不溶性陽極上で光沢剤の有機物の酸化分解が起こり、光沢剤が不必要に消耗される上、その分解物がめっき液中に蓄積される。この点は、めっき液のHPLC(高速液体クロマトグラフィー)分析により確認された。
【0043】
すなわち、亜鉛陽極(可溶性)と鉄陰極で電気亜鉛めっきを行うと、めっき後はめっき液からは、当初のめっき液成分とその不純物の他に、光沢剤の陰極分解生成物のみが同定された。しかし、亜鉛陽極+白金陽極(不溶性)と鉄陰極の組み合わせでは、さらに不溶性陽極上で発生した未知の物質が確認され、この物質が増えると、めっき液は黒色に変化した。
【0044】
そこで、不溶性陽極によるこれらの弊害を防止するため、本発明では、不溶性陽極4は陽イオン交換膜6により隔離して、この膜で隔離された内部に設置する。陽イオン交換膜には(株)アトムス社製「イーディーコア」などが使用できる。陽イオン交換膜6の内部には、別の内部溶液2を満たす。それにより、不溶性陽極を使用しても、陽極上でのめっき液成分の塩の分解と光沢剤の分解を防止することができ、亜鉛濃度とめっき液pHも容易に安定化させることができる。不溶性陽極を陽イオン交換膜で隔離すると、電流−電圧曲線とHPLC分析結果はいずれも、陽極が可溶性の亜鉛陽極である場合と同じ結果になり、不溶性陽極上でのめっき液成分塩や光沢剤などの有機物の分解が防止されることが確認された。
【0045】
陽イオン交換膜で隔離された不溶性陽極を使用する場合でも、陰極(被めっき物)上での光沢剤の還元による分解物の発生は起こる。従って、この分解物を除去しないと、回収型のめっき操業を続けるうちに、この分解物がめっき液中に蓄積し、その濃度が高まり、めっき性能を悪化させることになる。
【0046】
この分解物の除去手段として、活性炭による吸着除去も考えられるが、各種の光沢剤について活性炭による吸着除去率について調べた結果、活性炭では、光沢剤自体とその還元分解物のいずれも、効果的に除去することができないことが判明した。
【0047】
そのため、本発明では、前述したように、光沢剤として、その還元分解物が濃縮のための加熱中に蒸発除去され、光沢剤そのものは残留するようなものを選択する。それにより、回収めっき液(最前段の水洗槽8内の水洗水)を濃縮器7で濃縮する際に、光沢剤の分解物を除去することができる。
【0048】
各種の光沢剤を調査した結果、そのような光沢剤として好適であるのはベンジリデンアセトン(BDA)であることが判明した。光沢剤がBDAである場合、めっき液中のその濃度は10〜100ppm(=mg/L)程度が好ましい。BDAは沸点が262℃であり、その還元分解(水素化)物であるベンジルアセトン(BZA)の沸点は235℃と、より低い。そのため、濃縮により、陰極上での分解により生じた分解物は90%以上が除去されるが、その時の光沢剤それ自体の除去率は50%程度にとどまり、分解物を優先的に除去できる。
【0049】
さらに、光沢剤としてのBDAの使用には、その分解物であるBZAのめっき性能への悪影響が比較的小さく、例えば、BZAの濃度が2000ppm程度まで高くなっても、これを含まない時と同様のめっき皮膜を形成することができる、という別の利点もある。
【0050】
この点は、光沢剤BDAを50ppm含有し、その分解物を全く含有しない電気亜鉛めっき液と、それにさらにBDA分解物であるBZAを2000ppm添加した電気亜鉛めっき液を用いて、各種の条件(1A10分、2A10分、10−0.5Aパルス10分)でめっき実験を行った場合のめっき性能(ハルセルテストでの外観)、エリクセンテスト、Fe除去への影響を比較することにより確認した。いずれのめっき条件でも、両者のめっき液間のめっき性能の著しい差異は認められなかった。一方、光沢剤を代えて実験すると、光沢剤の分解物を含有するめっき液と含有しないめっき液との間のめっき性能の差は顕著であり、光沢剤分解物を含有するめっき液を使用した場合には、付き回り性が著しく低下した。
【0051】
好ましい光沢剤であるBDAの還元分解物であるBZAの沸点は235℃と水より高い。しかし、水洗水(及び場合によりめっき液)の濃縮が減圧濃縮ではなく、大気濃縮である場合も、蒸発する水に同伴されてこの分解生成物BZAも一緒に蒸発する。従って、大気圧においてBZAの沸点より著しく低温での蒸発であっても、BZAを少なくとも部分的に蒸発除去することができる。もちろん、減圧濃縮すれば、BZAの除去はより効率的になるが、操業コストが嵩む。噴霧等を利用した上記方法による大気圧での濃縮でも、本発明の目的にとって十分な程度まで(例、めっきへの実質的な悪影響がない2000ppm又はそれ以下まで)、BZAを除去することができる。
【0052】
こうして、回収型の電気亜鉛めっき操業を続けても、めっき液における光沢剤分解物の蓄積とそれによるめっき性能の劣化を防ぐことができ、特に光沢剤としてBDAを使用すると、めっき性能の劣化防止がより効果的となる。ただし、濃縮中に光沢剤のBDA自体も一部が蒸発して失われるので、必要に応じて、光沢剤をめっき液1に補給すればよい。
【0053】
めっき操業を長期間続けて、めっき液中の分解物濃度が許容できないほど高くなった時には、めっき液自体を更新すればよい。その時以外は、水洗槽を含むめっき装置全体からの排水が実質的にゼロである回収型の電気亜鉛めっき操業が可能である。また、特にめっき液中の亜鉛イオン濃度が比較的低い場合、高電流密度部の電流効率を抑えることができるため、従来に比べて均一電着性の向上が可能となる。
【0054】
図2に、下記組成のめっき液を濃縮した結果を示す:
めっき液組成: 塩化亜鉛30g/L、塩化アンモニウム100g/L、塩化カリウム100g/L、界面活性剤5g/L、ポリエチレンイミン0.5g/L、ベンジリデンアセトン(BDA)20mg/L、安息香酸ナトリウム1g/L、ベンジルアセトン(BZA)1000mg/L(pH:6.0)。
【0055】
このめっき液は、老化めっき液の模擬液とするために、めっき液に予め1000mg/L(=1000ppm)のBZAを添加することにより調製した。
濃縮方法としては、
(1)ロータリーエバポレーターを使用した減圧濃縮:真空度:−0.079〜0.086MPa、浴温度45℃;
(2)エアーブロー法による大気濃縮:浴温度40℃および50℃、熱風流量100mL/分(熱風にめっき液を噴霧)。
【0056】
図2に、この方法で濃縮されためっき液中のBZA含有量を示す。この図に示すように、減圧濃縮した場合に最もBZA含有量が低くなり、95%以上のBZAが除去されたが、大気濃縮でも、浴温50℃の場合で70%以上、浴温40℃では60%以上のBZAが除去され、BZAの除去方法として有効であることがわかる。
【0057】
一方、BDAの濃度は、濃縮前の20ppmに対し、濃縮後の濃度は、減圧濃縮の場合で11ppm、50℃大気濃縮では14ppm、40℃大気濃縮では16ppmであった。すなわち、不要成分の分解生成物であるBZAに比べて、有効成分であるBDAの除去率は非常に低く、減圧濃縮と大気濃縮のいずれでも、BZAが優先的に除去されることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明に係る電気亜鉛めっき装置の1例を示す説明図である。
【図2】本発明の効果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0059】
A:めっき浴、B:内部溶液貯槽、1:電気亜鉛めっき液、2:内部溶液、3:可溶性陽極(亜鉛板)、4:不溶性陽極、5:陰極(被めっき物)、6:陽イオン交換膜、7:濃縮器、8〜10:水洗槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光沢剤を含有するめっき液を用いた電気亜鉛めっきにおいて、少なくとも一部の陽極が陽イオン交換膜により隔離された不溶性陽極であり、めっき浴から取り出されためっき製品に付着して持ち出されためっき液を、めっき製品の水洗により水洗水中に回収し、めっき液および/または水洗水の一部を濃縮後にめっき浴に戻し、光沢剤の少なくとも一部として、その還元分解物が前記濃縮時に蒸発除去可能な有機物を使用することを特徴とする、回収型の電気亜鉛めっき方法。
【請求項2】
光沢剤としての前記有機物がベンジリデンアセトンである、請求項1に記載の電気亜鉛めっき方法。
【請求項3】
前記水洗がめっき製品を複数の水洗槽内で順に水洗することにより行われ、後段の水洗槽内の水洗水を前段の水洗槽に戻し、めっき液および/または最前段の水洗槽内の水洗水の一部を濃縮後にめっき浴に戻す、請求項1または2に記載の電気亜鉛めっき方法。
【請求項4】
前記不溶性陽極に加えて、可溶性陽極も併用する、請求項1〜3のいずれか1項に記載の電気亜鉛めっき方法。
【請求項5】
めっき浴温が35〜55℃である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の電気亜鉛めっき方法。
【請求項6】
陽イオン交換膜により隔離された不溶性陽極を備えた、光沢剤を含有するめっき液が収容された電気亜鉛めっき浴と、めっき浴から取り出されためっき製品から、付着しているめっき液を洗浄して回収する水洗設備と、該めっき液および/または該水洗設備から抜き出された水洗水の一部を濃縮してめっき浴に戻す濃縮器とを備えることを特徴とする、電気亜鉛めっき装置。
【請求項7】
前記めっき浴が、前記不溶性陽極に加えて、亜鉛板からなる可溶性陽極をさらに備える、請求項6に記載の電気亜鉛めっき装置。
【請求項8】
前記水洗設備が直列に配置された複数の水洗槽からなり、後段の水洗槽内の水洗水を前段の水洗槽に戻す配管系を備え、前記濃縮器は、めっき液および/または最前段の水洗槽内から抜き出された水洗水の一部を濃縮してめっき浴に戻すように設置されている、請求項6または7に記載の電気亜鉛めっき装置。
【請求項9】
めっき液の亜鉛濃度とpHを安定化させるための自動電流制御装置をさらに備える、請求項6〜8のいずれか1項に記載の電気亜鉛めっき装置。

【図1】
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【図2】
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