説明

回転サブマージアーク溶接方法

【課題】サブマージアーク溶接におけるビード形状や溶け込みの制御を可能として、アンダカットを防止しつつ、大脚長を得ることを可能とし、条件裕度を高め、ビード外観を向上する。
【解決手段】粒状フラックス20下で溶接ワイヤ22と母材間、あるいは溶接ワイヤ間にアークを発生させ、これにより生じる高熱を利用してサブマージアーク溶接を行う際に、溶接ワイヤ先端を前進方向に向かって時計方向又は反時計方向に回転させることにより、母材間に形成される溶接ビード28を、前進方向に対する溶接ワイヤ回転方向と逆方向に偏向させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転サブマージアーク溶接方法に係り、特に、サブマージアーク溶接において、溶接ビード形状や溶け込みを制御することが可能な回転サブマージアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
図1に例示する如く、粒状フラックス20下で溶接ワイヤ22と母材10間あるいは溶接ワイヤ間にアークを発生させ、これにより生じる高熱を利用して溶接を行うサブマージアーク溶接が知られている。このサブマージアーク溶接では、母材10の上に予め粒上のフラックス20を堆積しておき、その中に溶接ワイヤ22の先端を突込んで溶接を行う。アークは、フラックス20に覆われて外からは見えない。フラックス20は、大気の遮断、溶接金属の精錬作用に寄与し、スラグ26や溶接ビード28の形成に寄与する。図において、12は裏当て材、24はチップである。
【0003】
このサブマージアーク溶接は、造船や橋梁の板継ぎ溶接や、高層ビルのBOX柱、圧力容器などに広く使用されている。大電流や、多電極の採用が可能なため、高能率(高溶着速度)であり、且つ、溶け込みも深いが、溶接姿勢は、図2に例示するような下向き、又は図3に例示するような水平(横向き)に限られ、その殆んどは下向き施工である。図2、図3において、14は立板(例えばH形鋼材のフランジ)、16は下板(同じくウェブ)である。又、運棒方法は、殆んどがストレートであり、一部で揺動させている事例もある。
【0004】
図2に例示した下向き姿勢では、太径ワイヤ、高電流溶接が適用され、高能率・高品質(深溶け込み、ビード外観良好)であるが、溶接姿勢が下向きとなるようにワーク姿勢を変更する必要があり、H形鋼材の場合はウェブ片側の1継手ずつしか施工できない。
【0005】
一方、図3に例示した水平姿勢では、H形鋼材の場合でもウェブ両側の2継手同時施工が可能であるが、重力の作用でビード垂れが発生し、図3に例示したような水平隅肉溶接では、立板14側の上脚長不足やアンダカットが発生しやすい。更に、脚長が長い大脚長側では、垂れ気味となり、ビード止端部形状も悪く、水平姿勢での10mm以上の大脚長隅肉溶接の実用化は非常に困難であった。
【0006】
一方、フラックスを使わないガスシールドアーク溶接においては、出願人が特許文献1で提案したように、図4に示す如く、溶接ワイヤ22の先端を回転させる回転アーク隅肉溶接が実用化されている。特許文献1には、この回転アーク隅肉溶接を、ガスシールドアーク溶接だけではなく、サブマージアーク溶接に用いることも示唆されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭61−249667号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、発明者が特許文献1の技術をサブマージアーク溶接にそのまま適用しようと試みたところ、上手くいかないことが判明した。即ち、サブマージアーク溶接では、ガスシールドアーク溶接とはビードの偏りが逆になり、回転周波数に関しても、ガスシールドアーク溶接で一般的な50Hzの回転周波数では、ビード外観が不良になることが判明した。
【0009】
本発明は、前記従来の問題点を解消するべくなされたもので、ガスシールドアーク溶接の回転条件をそのまま適用したのでは、溶接が上手くいかないサブマージアーク溶接の回転条件を適切に制御して、ビード形状や溶け込みを制御し、良好なビード外観を得ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、粒状フラックス下で溶接ワイヤと母材間、あるいは溶接ワイヤ間にアークを発生させ、これにより生じる高熱を利用してサブマージアーク溶接を行う際に、溶接ワイヤ先端を前進方向に向かって時計方向又は反時計方向に回転させることにより、母材間に形成される溶接ビードを、前進方向に対する溶接ワイヤ回転方向と逆方向に偏向させるようにして、前記課題を解決したものである。
【0011】
ここで、前記溶接ワイヤの前進方向に向かって該溶接ワイヤの先端を反時計方向に回転することにより、溶接ビードを前進方向右側に偏向させることができる。
【0012】
あるいは、前記溶接ワイヤの前進方向に向かって該溶接ワイヤの先端を時計方向に回転することにより、溶接ビードを前進方向左側に偏向させることができる。
【0013】
又、前記溶接ワイヤ先端の回転径を0mmより大きく5mm以下とし、回転周波数を0Hzより大きく30Hzより小さくすることができる。
【0014】
あるいは、前記溶接ワイヤ先端の回転ピッチを0mmより大きく3mm以下とすることができる。
【0015】
又、略垂直姿勢の一方の母材の側面に、略水平姿勢で先端面が平面状の他方の母材を溶接する水平隅肉溶接とすることができる。
【0016】
あるいは、一方の母材の略垂直な側面または先端面に、先端面がとがった開先形状を持つ他方の母材をあてて溶接する下向き溶接とすることができる。
【0017】
あるいは、両方の母材が共に斜めとされ、溶接ワイヤが下向きとされた下向き隅肉溶接とすることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、サブマージアーク溶接においても、溶接ワイヤ先端の回転により、ビード形状や溶け込みを制御することが可能となる。従って、アンダカットを防止しつつ、大脚長を得ることができ、条件裕度を高め、ビード外観を向上することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明が対象とするサブマージアーク溶接の原理を示す斜視図
【図2】下向き溶接の例を示す断面図
【図3】水平隅肉溶接の例を示す断面図
【図4】ガスシールドアーク溶接における回転アーク隅肉溶接の様子を示す斜視図
【図5】本発明の原理を説明する為の、回転方向と回転周波数の影響を調べた実験結果の一部を示す図
【図6】同じく回転径の影響を調べた結果の一部を示す図
【図7】本発明の第1、第2実施形態を従来法と比較して示す図
【図8】前記実施形態における回転ピッチ制御の例を示す図
【図9】本発明の第3実施形態の説明図
【図10】同じく第4実施形態の説明図
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態を詳細に説明する。
【0021】
図3に示したような、左側の立板14と右側の下板16のトーチ角度50°での水平隅肉サブマージアーク溶接について、発明者が、直径1.6mmの溶接ワイヤ22の先端を回転径3mmで回転させて実験を行ったところ、溶接ビード28前方をかき上げるように溶接ワイヤ22の先端を時計方向CWに回転(正転と称する)させた時は表1、逆に、溶接ビード28前方をかき下げるように溶接ワイヤ22の先端を反時計方向CCWに回転(逆転と称する)させた時は表2に示す様な結果が得られた。
【0022】
【表1】

【0023】
【表2】

【0024】
図5に回転周波数が30Hzと50Hzの時の例を示す。
【0025】
表1、表2から、溶接ワイヤを正転させたとき(表1)には、ガスシールドアーク溶接時の傾向と逆に下板側の脚長(下脚長)が大きくなり、反時計方向に回転(逆転)させたとき(表2)には、ガスシールドアーク溶接時の傾向と逆に立板側の脚長(上脚長)が大きくなること、更に、回転周波数を高くするほどビード偏向は大きくなるが、回転ガスシールドアーク溶接で一般的な50Hzまで回転周波数を高めると、正転、逆転共に、ハンピングビードなど、ビード外観不良となり、限界があることが判明した。
【0026】
又、回転径の影響を調べるべく、同じ条件で回転径を7mmに大きくした場合には、表3(正転時)、表4(逆転時)及び図6に示す如く、ビード外観不良となり、回転径7mmでは良好な隅肉溶接結果が得られないことが分かった。
【0027】
【表3】

【0028】
【表4】

【0029】
なお、回転ガスアークシールド溶接では、回転径1〜10mmまで運用可能である。
【0030】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、その第1実施形態は、図3に示したような水平隅肉サブマージアーク溶接において、図7(B)に示す如く、溶接ワイヤ22の先端を前進方向に向かって時計方向CWに回転周波数30Hzで回転するようにしたものである。
【0031】
これにより、図7(A)に示す非回転時(従来)は上脚長7.0mm、下脚長8.0mmであったのが、前進方向に対する溶接ワイヤ回転方向と逆方向(図では下板側)にビード形状を偏向させ、下板側の溶け込みを広くして、上脚長を6.0mm、下脚長を11.5mmとすることができた。
【0032】
又、図7(C)に示す第2実施形態のように、溶接ワイヤ22の先端を反時計方向CCWに回転させた場合には、前進方向に対する溶接ワイヤ回転方向と逆方向(図では立板側)にビード形状を偏向させ、立板側の溶け込みを広くして、上脚長を8.2mm、下脚長を8.0mmとすることができた。
【0033】
このように、回転周波数と回転径を適切に制御することで、サブマージアーク溶接においても溶接ワイヤの先端を回転させることにより、ビード形状や溶け込みを制御することが可能となる。なお、回転条件を制御する方法として、回転周波数と回転径を制御して、図8に示す如く、回転ピッチを所定値(図8では1.3mm)に制御することもできる。溶接速度は溶着量で決定する。
【0034】
なお、前記第1、第2実施形態においては、本発明が水平隅肉溶接に適用されていたが、本発明の適用対象はこれに限定されず、図9に示す第3実施形態の如く、立板14の略垂直な側面と先端面が尖った開先形状を持つ下板16間の下向き溶接にも適用できる。図において、12は裏当て材である。
【0035】
図9の例では、溶接ワイヤ22の先端を前進方向に向かって反時計方向CCWに回転させることによって、立板14側の溶け込みを向上しつつ、ビード表面を平滑化することができる。
【0036】
なお、立板14の代りに、図10に示す第4実施形態の如く、平板18であってもよい。
【0037】
更に、電極数や姿勢にも制限は無く、図2に示したような下向き隅肉溶接にも適用できる。
【符号の説明】
【0038】
10…母材
12…裏当て材
14…立板(母材)
16…下板(母材)
18…平板(母材)
20…フラックス
22…溶接ワイヤ
24…チップ
28…溶接ビード

【特許請求の範囲】
【請求項1】
粒状フラックス下で溶接ワイヤと母材間、あるいは溶接ワイヤ間にアークを発生させ、これにより生じる高熱を利用してサブマージアーク溶接を行う際に、
溶接ワイヤ先端を前進方向に向かって時計方向又は反時計方向に回転させることにより、母材間に形成される溶接ビードを、前進方向に対する溶接ワイヤ回転方向と逆方向に偏向させることを特徴とする回転サブマージアーク溶接方法。
【請求項2】
前記溶接ワイヤの前進方向に向かって該溶接ワイヤの先端を反時計方向に回転することにより、溶接ビードを前進方向右側に偏向させることを特徴とする請求項1に記載の回転サブマージアーク溶接方法。
【請求項3】
前記溶接ワイヤの前進方向に向かって該溶接ワイヤの先端を時計方向に回転することにより、溶接ビードを前進方向左側に偏向させることを特徴とする請求項1に記載の回転サブマージアーク溶接方法。
【請求項4】
前記溶接ワイヤ先端の回転径が0mmより大きく5mm以下であり、回転周波数が0Hzより大きく30Hzより小さいことを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の回転サブマージアーク溶接方法。
【請求項5】
前記溶接ワイヤ先端の回転ピッチが0mmより大きく3mm以下であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の回転サブマージアーク溶接方法。
【請求項6】
略垂直姿勢の一方の母材の側面に、略水平姿勢で先端面が平面状の他方の母材を溶接する水平隅肉溶接であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の回転サブマージアーク溶接方法。
【請求項7】
一方の母材の略垂直な側面又は先端面に、先端面がとがった開先形状を持つ他方の母材をあてて溶接する下向き溶接であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の回転サブマージアーク溶接方法。
【請求項8】
両方の母材が共に斜めとされ、溶接ワイヤが下向きとされた下向き隅肉溶接であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の回転サブマージアーク溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図8】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−50975(P2011−50975A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−200819(P2009−200819)
【出願日】平成21年8月31日(2009.8.31)
【出願人】(000004123)JFEエンジニアリング株式会社 (1,044)
【Fターム(参考)】