説明

回転子組立装置

【課題】永久磁石がその内部に埋め込まれた回転子を固定子に挿入する際もしくは引き抜く際に、回転子と固定子間に発生する磁気吸引力のアンバランスによって、コア表面やコイルエンドに傷がついたり、また引き抜く際に大きな力が必要となったりする。
【解決手段】回転子組立装置は、永久磁石に隣り合うスリット2に挿入されるバー13であって、少なくとも一部が挿入されるスリット2と同形状の断面形状を持つバー13を有する。電動機の組立もしくは分解の際に、このバー13を、回転子のスリット2に挿入することによって、回転子と固定子の間に発生する磁気吸引力を低減させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動機に回転子を組み付ける、または、電動機から回転子を取り外す際に用いられる回転子組立装置に関する。
【背景技術】
【0002】
周知のとおり、電動機は固定子と回転子から成る。回転子の中には、回転子内に複数のスリットが存在し、さらにスリット内に永久磁石が埋め込まれたものがある。図5は、かかる回転子の断面図である。図5において、コア1は回転子の主要部分を構成し、磁束が通過する部分であり、通常、珪素鋼板から成っている。スリット2は、コア1内に構成された空隙部分であり、コア1内で所望の磁束を通過させるための形状となっている。
【0003】
すなわち、固定子内に巻回された巻線により励磁された磁束や、回転子内に配置された永久磁石による磁束が回転子内を通過するが、磁束はコア1内において磁気抵抗が大きい空気中よりも磁気抵抗が小さい珪素鋼板部分を通過する。この特性を利用して、コア1内にスリット2を形成することによって、スリットに沿った形で磁束をコア1内に形成することができる。図5に示す回転子においては、前記のとおり磁束が通過することによって、4つの極を形成している4極の回転子である。
【0004】
前記回転子においては、さらにスリット2内に永久磁石3が埋め込まれている。図5においては、極と極の間において回転子の外周から遠い部分に永久磁石3が埋め込まれている。永久磁石3の磁極の方向は、磁束が通過する方向と直角方向であり、さらに図5に示すように、径方向に複数個の永久磁石3が並んでいる場合には、径方向に隣り合う永久磁石3同士は同じ方向に磁極が向いており、さらに隣の極と極の間に配置されている永久磁石3(周方向に隣接する永久磁石3)に対しては、逆の極性となるように配置されている。
【0005】
回転子内に磁束を通過させることによって、回転子内で極を形成することは前述したが、理想的には固定子における巻線によって励磁された磁束が全て回転子内におけるスリットに沿って形成されて、それによって磁極が形成されるのが望ましい。そのためには、スリット2が回転子の外周まで完全につながっていれば、励磁された磁束が全て磁極の形成に使われるようになる。
【0006】
すなわち、回転子が励磁された場合、回転子内には主にΦDで示される方向の磁束とΦQで示される方向の磁束が発生する。この場合、ΦDは回転子内において磁極の形成に使われるものの、ΦQについては、磁極の形成とは直角方向の磁束であるため、不要な磁束である。したがって、仮にスリット2が外周までつながっていれば、ΦQは回転子を通過することができなくなり、ΦDのみによって磁極を形成することができるようになる。しかし、現実的には、回転子を形成するためには、スリット2は図5に示されるように所々で分断されていなければならない。このスリット2が分断されることによって、図5において符号Bで示されるスリット同士の間に存在する部分及びスリット2と回転子の外周の間の部分をつなぎと呼ぶことにする。
【0007】
図5に示されるように、回転子内にはつなぎBが存在するため、このつなぎB内も磁束は通過する。そのため、回転子内に励磁された磁束のうち、ΦQについても回転子内を通過できるようになり、ΦQによる磁極が発生してしまう。これを磁束の漏れと呼ぶ。電動機に力を発生させる原理は、磁極の位置にある固定子巻線に電流を通電して、電流に鎖交する磁束との間でフレミング左手の法則によって力を発生させるので、ΦDにより発生した磁極の他に、ΦQにより発生した磁極によって力が発生してしまうと、本来のΦDによる磁極で発生する力を打ち消す方向に力が発生してしまう。これを電機子反作用という。前記回転子においては、磁束ΦQを打ち消す向きに永久磁石3を配置することによって、永久磁石による磁束で磁束ΦQをキャンセルし、前記電機子反作用を発生しにくくしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第3741653号公報
【特許文献2】特許第4391955号公報
【特許文献3】特開2010−226882号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
回転子内に永久磁石を配置することは前述したが、回転子内に永久磁石を配置することによって、電動機を組み立てる際に発生する弊害について以下に述べる。回転子は、通常、図6に示すようにコアが軸4に接着等の方法で固定されながら何枚も積層されて、スリット2の一部に永久磁石3を挿入され、それらを両側からカラー5で蓋をされている構造をしている。ただし、図6においては、回転子内部の構造の説明のためにカラー5は片側だけ取り付けられた構造となっている。
【0010】
回転子内には前述のとおり内部に永久磁石3が挿入されているため、回転子の表面まで磁束が存在し、それにより回転子自体が磁力を持っている。そのことについて、以下に説明する。
【0011】
図7は回転子が固定子内に配置された場合の、回転子の永久磁石3から発生する磁束について、FEM解析ソフトによってシミュレーションした結果を示す図である。図において符号6で示されるのは固定子コアであり、符号8で示されるのはFEM解析の都合上付いている空気層である。さらに、回転子及び固定子内を走っている何本かの曲線は、シミュレーションの結果を示す磁束である。
【0012】
図に示すとおり、永久磁石3から出た磁束は、スリット2内をほとんど通過することなく、コア1内を通過して回転子表面から固定子内を通過している。通常、電動機に力が発生するときは、固定子のスロット10内に巻回された巻線に電流を通電するが、図7の場合には電流は通電しておらず、そのため永久磁石3による磁束のみのシミュレーション結果となっている。この場合、永久磁石3から出て回転子表面に到達した磁束によって、回転子の表面付近のなかでもAで示される部分の磁束密度は、シミュレーションの結果、約1.1[T]となった。通常、希土類の永久磁石単体での表面磁束密度が2[T]程度であるので、約1.1「T」という磁束密度は、永久磁石の1/2以上の磁力を持っているということができる。
以上のように、回転子表面はかなり強い磁力を持っているため、この回転子を固定子内に挿入する場合には、回転子と固定子の間に磁気吸引力が発生する。このことについて、図8を用いて説明する。図8は、電動機を組み立てる際に発生する回転子を固定子内に挿入する工程を示す模式図である。
【0013】
固定子は回転子と同様に固定子コア6が何枚も積層されており、そのコア6内に巻線が巻かれた構造となっている。この巻線が巻かれることによってコア6の端面から外側に出ている巻線の部分をコイルエンド7という。固定子のコア6も珪素鋼板で構成されているため、固定子の内径部分は珪素鋼板が積層された形となっている。この、固定子に回転子を挿入していくと、前述のとおり回転子は表面に磁束が発生しているので、回転子と固定子の間に磁気吸引力が発生する。回転子の外径と固定子の内径の間には、組み立てた際にコンマ数mmから数mm程度の空隙ができるように作られており、この空隙のことをエアギャップと呼ぶ。図7におけるエアギャップは符号11で示される部分であるが、回転子で発生した磁束は、このエアギャップ11を乗り越えて固定子内に入っていく。エアギャップ11は、空気の層であるのでコア部分に比べると磁気抵抗が高い。しかし、エアギャップ11は、前述したとおり非常に狭い空隙であるため、磁気抵抗が高いにもかかわらず磁束9はエアギャップ11を乗り越えることができる。しかし、仮にエアギャップ11が、広くなると磁気抵抗は非常に大きくなってしまう。その場合、回転子表面からエアギャップ11を乗り越えて行ける磁束が少なくなっていくため、回転子表面の磁束密度も低下し、結果的に回転子と固定子の間に発生する磁気吸引力は小さくなる。
【0014】
回転子を固定子に挿入する際、回転子の中心位置が固定子内の中心位置と一致していれば、回転子及び固定子の構造が対称形のため、回転子と固定子の間に発生する磁気吸引力が各方向で釣り合うので、回転子は磁気吸引力を受けずに挿入できる。しかし、現実には手作業で回転子を固定子に挿入するので、両者の中心位置を一致させた状態に保つことが非常に困難であり、どちらかにわずかに寄った状態で入っていくことになる。この場合、前述したとおり磁気吸引力はエアギャップ11の寸法に比例して変わるため、回転子が固定子に対してどちらかに寄った状態では、エアギャップの狭い部分と広い部分ができてしまうため、結果的に磁気吸引力は釣り合うことなく、磁気吸引力が強い方に引かれてしまう。回転子が固定子内でどちらかに引かれると、エアギャップの差がさらに増え、したがって磁気吸引力の差もさらに増えていくため、回転子は次第に片側に寄って行き、最後は片側の固定子の内径に衝突するようにして接触することになる。
【0015】
回転子が固定子に接触してしまうと、摩擦力が発生するため非常に入りづらくなる。また、回転子が固定子に衝突した際に、コア表面に傷がつく可能性もある。さらに、場合によっては、その際に回転子が傾いてコイルエンドに衝突してコイルエンドを傷つけることもある。コイルエンドやコアの表面に傷がつくと、絶縁不良等が発生し、電動機として機能しなくなってしまう。
【0016】
また、ここまでは回転子を固定子に挿入する際のことばかり述べたが、逆に回転子を固定子から引き抜く場合にも同様に磁気吸引力が発生しているため、前記のような衝突による絶縁不良等の他に、引き抜くという行為自体が非常に多大な力を有することになってしまう。一例をあげると、回転子の外径が直径200[mm]でコアの積層寸法が150[mm]、エアギャップが0.35[mm]であり、図7に示されるような断面形状をした回転子と固定子の場合、回転子と固定子の間には最大で約600[N]の磁気吸引力が発生することがわかっている。したがって、上下方向に引き抜く場合には、この磁気吸引力+回転子の重量がかかり、非常に大きな力が必要となってしまう。
【0017】
以上のことから、本発明の目的は、回転子を固定子に挿入する際もしくは引き抜く際に、回転子と固定子間に発生する磁気吸引力のアンバランスによって、コア表面やコイルエンドに傷がついたり、また引き抜く際に大きな力が必要となったりしてしまうという課題を解決することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
前記課題を解決するために、本発明においては、永久磁石に隣接するスリットに挿入可能な複数のバーと、前記複数のバーが前記回転子において永久磁石と隣接するスリットの位置と同位置に取り付けられたダミーカラーとを有し、電動機の組立もしくは分解の際に回転子に対して挿入もしくは引き抜きをできることを特徴とする回転子組立装置を備える。
【発明の効果】
【0019】
本発明を用いることにより、回転子を固定子に挿入したり、引き出したりする場合に、回転子と固定子の間に発生する磁気吸引力を低減させ、これにより電動機の組み立て時に回転子と固定子の衝突を原因とする絶縁不良等の不具合を防止することができるようになり、引き抜く際にも磁気吸引力が余分にかかることなく簡単に引き抜くことができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施形態である回転子組立装置の一例を示す図である。
【図2】回転子組立装置を取り付けた回転子の断面図の一例を示す図である。
【図3】回転子組立装置の一例を示す図である。
【図4】本実施形態における回転子内の磁束をシミュレーションした一例を示す図である。
【図5】従来における回転子の断面図の一例を示す図である。
【図6】従来における回転子の一例を示す図である。
【図7】従来における回転子内の磁束をシミュレーションした一例を示す図である。
【図8】従来における回転子と固定子の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
図1に本発明を実施形態の一例を示す。図1における回転子を構成する部分は、図6を用いて説明した背景技術と同様であるため、詳細な説明は省略する。本実施形態の回転子組立装置は、この回転子の組み立て、分解に用いられる装置で、ダミーカラー12およびバー13から構成されている。複数本のバー13は、ダミーカラー12に取り付けられた形になっている。
【0022】
以下に、回転子組立装置におけるバー13について説明する。バー13は、鉄等の軟磁性材料からできており、ダミーカラー12に取り付けられている。長さは、コア1の積層幅とほぼ等しい。次に、バー13の断面形状について説明する。図2は、回転子組立装置を取り付けた状態での回転子の断面形状を示す図である。図2に示すとおり、永久磁石3に隣接する両側のスリット2のうち、永久磁石3寄りの位置には、回転子組立装置のバー13部分が挿入されている。この時、バー13はスリット2に対して0.1[mm]以下の隙間を持ちつつ、一部がスリットの外形と同形となっている。したがって、バー13の断面形状は、回転子内の永久磁石3に隣接する両側のスリットに挿入された場合、ほとんど隙間なく収まる形状となっているということができる。そのため、回転子組立装置内において、バー13がダミーカラー12上に取り付けられる位置は、図2で示されるバー13の位置と等しい位置でなければならず、また、バー13の本数も回転子内の永久磁石3の個数の2倍となる。
【0023】
ここで、図1では、説明しやすくするために、回転子の断面がむき出しとなっている形としたが、実際には回転子には両側にカラー5が取り付けられているため、図3のような形になる。この場合、穴付きカラー14には、バー13と同じ位置に、バー13を通すための穴が開けられている。なお、バー13の長さはコア1の積層幅とほぼ等しいと前述したが、この場合についてはバー13の長さはコア1の積層幅に穴付きカラー14の幅を加えた長さとなる。
【0024】
以上のような回転子組立装置の使用方法を以下に説明する。電動機の組立において、回転子を固定子内に挿入する際、まず回転子単体の状態のときに、回転子に回転子組立装置を差し込んでおく。この状態のまま、回転子を固定子内に挿入し、挿入が完了したら、回転子組立装置を引っ張って、回転子から外す。
【0025】
また、電動機の分解において固定子から回転子を引き抜く場合には、まず回転子に回転子組立装置を差し込む。この状態のまま、回転子を固定子から引き抜き、引き抜いた後、回転子組立装置を引っ張って回転子から外す。以上の手順で、モータの組立または分解時に、回転子を固定子に挿入したり、固定子から引き抜いたりする工程を行う。
【0026】
次に、回転子組立装置を回転子内に挿入した際の回転子内の磁束の流れについて、図4を用いて説明する。図4は図7の場合と同様に、回転子が固定子内に配置された場合の、回転子の永久磁石3から発生する磁束について、FEM解析ソフトによってシミュレーションした結果を示す図である。図4においては、図7と同様にスロット10内の巻線に電流は通電されておらず、永久磁石3から発生する磁束のみのシミュレーションとなっている。図4が図7と異なる点は、永久磁石3に隣接する両側のスリット2の一部に、バー13が入っている点だけである。
【0027】
図4のシミュレーション結果をみると、図7の場合には、永久磁石3から発生した磁束のほとんどが回転子表面まで到達していたが、図4の場合には回転子表面まで到達する磁束はわずかで、ほとんどの磁束がバー13上を通過し、永久磁石の反対の極に向かって回り込んでいるのがわかる。このように、バー13が磁束を通過させることによって、磁束が磁石の周りでループした形になり、回転子表面まで到達する磁束が非常に少なくなる。
【0028】
そのため、Aで示される位置における磁束密度は0.1[T]と、図4の場合に比べて1/10以下となっていることもシミュレーションの結果わかっている。前述したとおり、磁束密度が低くなるということは、回転子と固定子間に発生する磁気吸引力も小さくなるため、回転子組立装置が回転子内に入っている間は、回転子と固定子間に発生する磁気吸引力が非常に小さくなり、固定子への回転子の挿入や固定子からの回転子の引き抜きといった作業が、磁気吸引力の影響をあまり受けることなくできるようになる。
【0029】
以上が、本発明における回転子組立装置の一例である。なお、回転子組立装置の材質については、軟磁性材料であれば鉄に限らず、珪素鋼板等他の物でもよい。また、バーの断面形状については、前記説明においてはスリット2の一部分と同形状であるとしたが、スリット全体と同形状としてもよい。その他、ダミーカラーの形状についても、単なる円板とは限らず、使用方法によって様々な変形例が考えられる。さらに、本発明においてはバーをダミーカラーに取り付ける形をとったが、バーのみでも同様の効果が得られるため、ダミーカラーは無くても構わない。
【符号の説明】
【0030】
1 コア、2 スリット、3 永久磁石、4 軸、5 カラー、6 固定子コア、7 コイルエンド、9 磁束、10 スロット、11 エアギャップ、12 ダミーカラー、13 バー、14 穴付きカラー。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁路を形成する複数のスリットが形成されるとともに前記スリットの一部に永久磁石が配された回転子を備えたIPM型電動機の組立、または、分解の際に用いられる回転子組立装置であって、
前記永久磁石に両隣に位置するスリットに挿入される複数のバーであって、それぞれが磁性材料から成るとともに、その断面形状の少なくとも一部が挿入されるスリットと同形の複数のバーを備える、
ことを特徴とする回転子組立装置。
【請求項2】
請求項1に記載の回転子組立装置であって、
前記複数のバーは、その一端がダミーカラーに取り付けられることにより、一体化された一部品として取り扱い可能である、ことを特徴とする回転子組立装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図4】
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【図7】
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