説明

回転機械の異常診断方法

【課題】回転機械に設けられた軸受の振動値から算出したリアプノフ指数及びシャノンエントロピーを利用して回転機械の異常を検出する回転機械の異常診断方法を提供する。
【解決手段】診断対象となる回転機械26に設けられた軸受13の振動を計測した値から算出したカオス解析特徴量であるリアプノフ指数X及びシャノンエントロピーYを、正常な回転機械に設けられた軸受の振動を計測して予め算出したリアプノフ指数X’及びシャノンエントロピーY’とそれぞれ比較して診断対象となる回転機械26の異常を診断する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータや減速機等の回転機械の異常を診断する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、様々な分野においてカオス解析が利用されており、例えば、心電図データの異常を検出するために、心電図データを一定の遅延時間τを用いてアトラクターとして表示する具体例が特許文献1に記載されている。
また、非特許文献1では、回転部を有するモータや減速機等の回転機械に設けられた軸受の異常を診断する方法にカオス解析が用いられている。ターケンスの手法によって、軸受の振動信号を定義された埋め込み次元に埋め込んでアトラクターを構成し、そのアトラクターのフラクタル次元(相関次元)及びリアプノフ指数を算出して、軸受の異常診断を行っている。アトラクターを構成する際に設定される遅延時間τには、正常な軸受と異常のある軸受の各アトラクターに顕著な差が表れる値が選択されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平10−225443号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】関口泰久、中川紀壽、吉田博一、猿渡直行、「転がり軸受振動のカオス解析と異常診断」、設計工学、(2004)、第39巻、第2号、P.100−107
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、フラクタル次元は、一般的に他のカオス解析特徴量であるリアプノフ指数やシャノンエントロピーに比べて計算に長い時間を要する。また、フラクタル次元は、振動信号の埋め込み次元に対する相関指数の収束値であるが、事前作業である相関積分の指定範囲の選択や相関指数が収束しているか否かには最終的に人為的な線引き作業が必要となるので、信頼性に欠けるという問題があった。
本発明は、かかる事情に鑑みてなされるもので、回転機械に設けられた軸受の振動値から算出したリアプノフ指数及びシャノンエントロピーを利用して回転機械の異常を検出する回転機械の異常診断方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的に沿う本発明に係る回転機械の異常診断方法は、診断対象となる回転機械Aに設けられた軸受の振動を計測した値から算出したカオス解析特徴量であるリアプノフ指数X及びシャノンエントロピーYを、正常な回転機械Bに設けられた軸受の振動を計測して予め算出したリアプノフ指数X’及びシャノンエントロピーY’とそれぞれ比較して前記回転機械Aの異常を診断する。
【0007】
本発明に係る回転機械の異常診断方法において、α及びβを0より大きい1未満の予め設定された値として、X<X’×(1−α)、かつ、Y<Y’×(1−β)のときには、前記回転機械Aに設けられた軸受に疵が有るという判定をするのが好ましい。
【0008】
本発明に係る回転機械の異常診断方法において、前記回転機械Aに設けられた軸受に疵があるという判定をしたときには、X’−Xの値とY’−Yの値を基にして前記回転機械Aの軸受にある疵の大小を判定するのが好ましい。
【0009】
本発明に係る回転機械の異常診断方法において、α’及びβ’を0より大きい1未満の予め設定された値として、X<X’×(1−α’)、かつ、Y>Y’×(1+β’)のときには、前記回転機械Aがアンバランスな状態にあるという判定をするのが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る回転機械の異常診断方法は、診断対象となる回転機械Aに設けられた軸受の振動を計測した値から算出したリアプノフ指数X及びシャノンエントロピーYを、正常な回転機械Bに設けられた軸受の振動を計測して予め算出したリアプノフ指数X’及びシャノンエントロピーY’とそれぞれ比較して回転機械Aの異常を診断するので、人為的な線引き作業を要しないリアプノフ指数及びシャノンエントロピーを基準に、異常の有無について正確な診断を行うことが可能である。
【0011】
本発明に係る回転機械の異常診断方法において、α及びβを0より大きい1未満の予め設定された値として、X<X’×(1−α)、かつ、Y<Y’×(1−β)のときには、回転機械Aに設けられた軸受に疵が有るという判定をするので、リアプノフ指数及びシャノンエントロピーのそれぞれについて、軸受に疵が有るという判定をする閾値を設定でき、回転機械の種類に応じて適切なα、βの各値を定めることにより高水準な診断精度を確保可能である。
【0012】
本発明に係る回転機械の異常診断方法において、回転機械Aに設けられた軸受に疵があるという判定をしたときには、X’−Xの値とY’−Yの値を基にして回転機械Aの軸受にある疵の大小を判定するので、1度の軸受の振動計測によって得た値から、疵の有無の判定に加えて疵の大小判定を行うことができ、診断速度に要する時間の短縮化を図ることができる。
【0013】
本発明に係る回転機械の異常診断方法において、α’及びβ’を0より大きい1未満の予め設定された値として、X<X’×(1−α’)、かつ、Y>Y’×(1+β’)のときには、回転機械Aがアンバランスな状態にあるという判定をするので、リアプノフ指数及びシャノンエントロピーのそれぞれについて、回転機械がアンバランスな状態にあるという判定をする閾値を設定でき、回転機械の種類に応じて適切なα’、β’の各値を定めることにより高水準な診断精度を確保可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一実施の形態に係る回転機械の異常診断方法を適用して診断を行う異常診断装置の構成図である。
【図2】同異常診断装置を用いて被検体について構成したアトラクターを示す説明図であって、(A)は正常な被検体のアトラクター、(B)〜(E)は軸受の外輪に疵のある被検体のアトラクターである。
【図3】同異常診断装置を用いて被検体について構成したアトラクターを示す説明図であって、(A)は正常な被検体のアトラクター、(B)〜(E)は軸受の内輪に疵のある被検体のアトラクターである。
【図4】同異常診断装置を用いて被検体について構成したアトラクターを示す説明図であって、(A)は正常な被検体のアトラクター、(B)〜(E)は軸受の転動体に疵のある被検体のアトラクターである。
【図5】同異常診断装置を用いて被検体について構成したアトラクターを示す説明図であって、(A)は正常な被検体のアトラクター、(B)〜(E)はアンバランスな状態の被検体のアトラクターである。
【図6】(A)〜(C)はそれぞれ、同異常診断装置を用いて軸受の外輪に疵のある被検体について算出したフラクタル次元、リアプノフ指数及びシャノンエントロピーを示す説明図である。
【図7】(A)〜(C)はそれぞれ、同異常診断装置を用いて軸受の内輪に疵のある被検体について算出したフラクタル次元、リアプノフ指数及びシャノンエントロピーを示す説明図である。
【図8】(A)〜(C)はそれぞれ、同異常診断装置を用いて軸受の転動体に疵のある被検体について算出したフラクタル次元、リアプノフ指数及びシャノンエントロピーを示す説明図である。
【図9】(A)〜(C)はそれぞれ、同異常診断装置を用いてアンバランスな状態の被検体について算出したフラクタル次元、リアプノフ指数及びシャノンエントロピーを示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
続いて、添付した図面を参照しつつ、本発明を具体化した実施の形態につき説明し、本発明の理解に供する。
図1に示すように、本発明の一実施の形態に係る回転機械の異常診断方法は、診断対象となる回転機械26(回転機械A)に設けられたハウジング12に収納されている軸受13の振動を、ハウジング12に固定された加速度センサ11で計測し、その計測値(振動信号)からカオス解析特徴量であるリアプノフ指数及びシャノンエントロピーを算出し、回転機械26の異常を診断する方法である。以下、詳細に説明する。
【0016】
図1に示すように、本実施の形態に係る回転機械の異常診断方法により異常の有無の判定がなされる回転機械26は、モータや減速機等の回転部を有する機械であり、その回転部にはハウジング12に収納された軸受13が設けられている。軸受13には、回転機械26が備える回転軸14に固定された内輪15、及び内輪15と間隔を有して配置された外輪16が設けられている。内輪15と外輪16の間には、転動可能に設けられた複数の転動体17が配置されている。
【0017】
本実施の形態に係る回転機械の異常診断方法を適用して回転機械26の診断を行う異常診断装置10には、マグネット、あるいはねじ等によりハウジング12に固定される加速度センサ11と、加速度センサ11に信号接続されたデータロガー22が設けられている。データロガー22は、予め設定されたサンプリング周期で加速度センサ11から計測データを取得して、その計測データを蓄積することができる。データロガー22には、データロガー22とデータ通信可能な情報処理手段18が信号接続されており、情報処理手段18は、ディスプレイ19に画像データを表示することができる。
情報処理手段18は、例えば情報端末機からなり、CPU、ハードディスク、入力デバイス等を備え、ハードディスクにはカオス解析用のソフトウェアがインストールされている。
情報処理手段18は、加速度センサ11の計測値をデータロガー22から受信する受信部20と、受信部20から加速度センサ11の計測値を取得し演算処理を行う演算部21と、演算部21での演算結果から回転機械26の異常の有無を判定する判定部23を有している。
また、情報処理手段18には、ディスプレイ19に対して画像データを出力する画像出力部24とデータを蓄積するメモリ25が設けられている。
なお、受信部20、演算部21、判定部23及び画像出力部23は、ハードディスクに搭載されたプログラム等によって構成されている。
【0018】
受信部20は、データロガー22から取得した加速度センサ11の計測値を演算部21とメモリ25に出力する。
演算部21は、受信部20から加速度センサ11の計測値を取得し、その計測値をターケンスの手法によって多次元位相空間に埋め込んでアトラクターを構成することができる。なお、演算部21は、メモリ25に記憶されている加速度センサ11の計測値を基にアトラクターを構成することもできる。
アトラクターを構成する際に定義が必要な埋め込み次元や、遅延時間τの値は、情報処理手段18の図示しない入力デバイスからの入力により設定可能であり、演算部21は、その設定された埋め込み次元及び遅延時間τを基にアトラクターを構成する。
【0019】
また、演算部21は、構成したアトラクターについてリアプノフ指数及びシャノンエントロピーを算出することができる。リアプノフ指数及びシャノンエントロピーは、それぞれアトラクターの軌道の不安定性及びアトラクターの空間的な広がりを示すカオス解析特徴量であり、例えば、特許第4346799号公報及び特許第3858067号公報にそれぞれ記載されている。
【0020】
メモリ25には、診断対象となる回転機械26と同規格かつ同仕様で、正常な回転機械(回転機械B)について加速度センサ11による計測値を基に演算部21によって予め算出されたリアプノフ指数X’(以下、単に「X’」ともいう)及びシャノンエントロピーY’(以下、単に「Y’」ともいう)が記憶されている。ここで、正常な回転機械とは、少なくともバランスが保たれ、軸受に疵がないものをいう。
【0021】
判定部23は、演算部21が軸受13の振動を計測した値から算出したリアプノフ指数X(以下、単に「X」ともいう)及びシャノンエントロピーY(以下、単に「Y」ともいう)を演算部21から取得し、メモリ25に記憶されている正常な回転機械のリアプノフ指数X’及びシャノンエントロピーY’と、リアプノフ指数X及びシャノンエントロピーYをそれぞれ比較して、回転機械26の異常を診断する。
ここで回転機械の異常の代表的なものとして、軸受の転走面の疵、回転軸の軸心回りの不適正な質量分布によるアンバランス及び軸継手で連結された2本の回転軸の軸心がずれていることによるミスアライメント等がある。
【0022】
α、α’、β及びβ’を0より大きい1未満の値として、メモリ25には、α、α’、β及びβ’を予め設定することができ、判定部23は、X<X’×(1−α)、かつ、Y<Y’×(1−β)のとき、診断対象となる軸受13に疵があるという判定をする。一方で、X<X’×(1−α’)、かつ、Y>Y’×(1+β’)のとき、判定部23は、回転機械26がアンバランスな状態にあるという判定をする。
これは、1)シャノンエントロピーは、軸受に疵がある場合に、疵のない軸受と比較して小さな値になり、回転機械がアンバランスな状態にある場合に、バランスの保たれた回転機械と比べて大きな値となること、2)リアプノフ指数は、軸受に疵がある場合と回転機械がアンバランスな状態にある場合の両方において、正常な回転機械と比較して小さな値になることによるものである。
【0023】
ここで、α、α’、β及びβ’の値は、事前に診断対象となる回転機械について、正常なサンプル、軸受に疵のあるサンプル、及びアンバランスな状態のサンプルを用意し、それぞれのリアプノフ指数及びシャノンエントロピーを算出した上で、その回転機械の種類、規格ごとに決定することができる。本実施の形態では、α、α’は、0.3以上0.8以下の値であり、β、β’は0.1以上0.4以下の値である。
また、判定部23は、軸受13に疵があるという判定をしたときには、更に、X’−Xの値及びY’−Yの値を基にして、軸受13にある疵の大小を判定する。
これは、リアプノフ指数及びシャノンエントロピーが共に、軸受にある疵が大きいほど小さな値になるためである。
【0024】
メモリ25には、回転機械26と同規格かつ同仕様で軸受に疵を付けた複数のサンプルについて予め演算部21により算出されたリアプノフ指数とシャノンエントロピーが記憶されている。
これらのサンプルは、判定部23が診断対象となる回転機械26の軸受13の疵の大きさを検知するために基準とするリアプノフ指数及びシャノンエントロピーを導出するために用意されたものである。各サンプルに付けられた疵は大きさが異なり、各サンプルにそれぞれ対応するリアプノフ指数及びシャノンエントロピーがメモリ25に記憶されている。
【0025】
なお、メモリ25には、回転機械26と同規格かつ同仕様の回転機械以外にも、診断対象となる回転機械の種類ごとに、1)正常な回転機械についてのリアプノフ指数及びシャノンエントロピー、及び2)軸受に疵が付けられた回転機械のリアプノフ指数及びシャノンエントロピーの各値が記憶されている。
また、画像出力部24は、判定部23による被検体(診断対象の回転機械)の異常診断の結果や、メモリ25に記憶されているアトラクター等をディスプレイ19に出力することができる。
【0026】
以下に、実際に異常診断装置10によってリアプノフ指数及びシャノンエントロピーを算出した結果について記載する。
受信部20がデジタル変換する加速度センサ11の測定値の数は100000個、計測値を基にアトラクターを構成する際の埋め込み次元を10次元、被検体の回転数を1200rpmとしてアトラクターを構成し、リアプノフ指数及びシャノンエントロピーを算出した。
なお、参考のため、リアプノフ指数及びシャノンエントロピーに加えて、フラクタル次元の算出も行った。
【0027】
軸受の疵の有無及び疵の大小についての診断を行った被検体の軸受にはKoyo製N204又はNU204の軸受を用い、軸受に疵がないもの、軸受の外輪に疵をつけたもの、軸受の内輪に疵をつけたもの、及び軸受の転動体の一つに疵を付けたものをそれぞれ用意した。
軸受の疵のある部位(即ち、外輪、内輪及び転動体)が異なる被検体ごとに、疵の大きさによってLv1、Lv2、Lv3、Lv4の4つのレベル分けをし、それぞれについてリアプノフ指数、シャノンエントロピー及びフラクタル次元を算出した。Lv1、Lv2、Lv3、Lv4の各レベルの疵の幅、長さ、深さについては、以下の表1〜表3に示すとおり(表1は外輪に付けた疵の大きさ、表2は内輪に付けた疵の大きさ、表3は転動体に付けた疵の大きさを示す)であり、Lv1〜Lv4は、疵の大きさがLv1<Lv2<Lv3<Lv4の関係になっている。
【0028】
【表1】

【0029】
【表2】

【0030】
【表3】

【0031】
また、アンバランスな状態か否かの診断については、軸受(Koyo製N204)によって回転可能に支持された回転軸に円盤を取付け、その円盤に質量分布が偏るように重りを取り付けて、アンバランスな状態となった複数の被検体を用意した。
円盤に取り付けるおもり1つの質量は7gであり、取り付けるおもりの数によって被検体を4つのレベルに分け、以下の表4に示すように、Lv1、Lv2、Lv3及びLv4の被検体には、それぞれおもりが1つ、2つ、3つ、及び4つ取り付けられている。
【0032】
【表4】

【0033】
アトラクターを構成する際に定義される遅延時間τは、設定される値によっては正常な被検体についてのアトラクターの形状と異常のある被検体についてのアトラクターの形状に顕著な差が表れないことが先行技術(例えば非特許文献1)あるいは出願人が行った実験によって確認されている。従って、被検体のリアプノフ指数及びシャノンエントロピーの算出を行う事前準備の段階で、正常な被検体と異常のある被検体の各アトラクターの形状に顕著な差が表れる遅延時間τの値を選択する必要がある。
具体的には、遅延時間τの設定値を変えて、正常な被検体と異常のある被検体のそれぞれについてアトラクターを構成し、各アトラクターの形状を比較して、形状の差が顕著となる値の遅延時間τを選出する。
【0034】
今回のリアプノフ指数及びシャノンエントロピーの算出においては、アトラクターの形状に顕著な差が表れた0.3msを遅延時間τに設定した。遅延時間τに0.3msを設定したときのアトラクターの形状を図2〜図5に示す。なお、図2〜図5の(A)は、それぞれ正常な被検体のアトラクターの形状を示し、図2〜図5の(B)〜(E)はそれぞれ軸受の外輪に疵のある被検体、軸受の内輪に疵のある被検体、軸受の転動体に疵のある被検体、及びアンバランスな状態の被検体についてのアトラクターの形状を表している。
【0035】
アトラクターは、図2〜図5に示すように、正常な被検体では楕円形となり、軸受に付けられた疵が大きくなるのに伴って楕円形が崩れて複雑な形状に変化する。また、アンバランスな状態になると、アトラクターが直線的な形状に近づくことが確認され、軸受の疵の有無及びアンバランスな状態か否かでアトラクターの形状に顕著な差が表れた。
【0036】
そして、各被検体について、演算部21が算出したフラクタル次元、リアプノフ指数、及びシャノンエントロピーの数値は、図6〜図9の(A)〜(C)にそれぞれ示すようになった。図6〜図9は、それぞれ軸受の外輪に疵のある被検体、軸受の内輪に疵のある被検体、軸受の転動体に疵のある被検体、及びアンバランスな状態の被検体についての値を示している。
軸受に疵のある被検体は、疵のある部位(外輪、内輪又は転動体)に関係なく、リアプノフ指数及びシャノンエントロピーの2つの値が共に軸受に疵のない被検体に比べて小さくなった。
また、軸受に疵のある被検体のリアプノフ指数は、シャノンエントロピーに比べて正常な被検体に対する差が顕著となった。
【0037】
アンバランスな状態の被検体については、リアプノフ指数がバランスの保たれた被検体に比べて小さい値となったのに対し、シャノンエントロピーは、アンバランスな状態の被検体の値がバランスの保たれた被検体の値に比べて大きくなった。
そして、アンバランスな状態の被検体についても、軸受に疵のある被検体と同様に、リアプノフ指数が、シャノンエントロピーに比べバランスの保たれた被検体との差が顕著となった。
【0038】
このリアプノフ指数及びシャノンエントロピーの算出結果より、1)リアプノフ指数及びシャノンエントロピーの値を基にして、被検体が正常か異常かを判定可能であること、及び2)被検体に異常があるという判定をしたときには、シャノンエントロピーの値を基にしてその異常が軸受に疵のある状態か、アンバランスな状態かの切り分けが可能であることが確認できた。
具体的には、正常な被検体に対してシャノンエントロピーの値が小さいとき被検体の異常は軸受に疵があることによるものという判定をし、正常な被検体に対してシャノンエントロピーの値が大きいとき被検体の異常はアンバランスな状態にあることによるものという判定をすることで、異常状態の切り分けが可能である。
【0039】
ここで、シャノンエントロピーは、軸受の疵が大きくなるのに伴い徐々に値が小さくなる傾向にあるのに対し、リアプノフ指数は、正常な被検体と軸受に小さな疵のある被検体との差が大きく、軸受の疵の大小についての差は小さいという傾向が、実際の計測で確認された。
従って、シャノンエントロピーに比べリアプノフ指数に重みをおいて、被検体の異常の有無を判定することも有効と考えられる。
【0040】
軸受の疵の大きさについては、図6〜図9に示すように、疵のある部位、即ち軸受の外輪か内輪か転動体かにより、リアプノフ指数及びシャノンエントロピーの値に違いはあるものの、疵が大きくなるのに伴ってリアプノフ指数及びシャノンエントロピーの値が共に小さくなる。
また、軸受の仕様及び回転数から特徴周波数を算出しFFT解析をすること等の周知な方法により軸受の疵のある部位の特定は可能である。
【0041】
よって、診断対象となる回転機械が備える軸受の疵のある部位は特定できるので、軸受の疵のある部位が異なる回転機械ごとに、軸受の疵の大きさを判定するための基準となるリアプノフ指数及びシャノンエントロピーを記憶しておき、診断対象となる回転機械について算出したリアプノフ指数及びシャノンエントロピーを記憶している基準値と比べることによって、軸受の疵の大きさを検知することができる。
メモリ25には、予め算出されたリアプノフ指数及びシャノンエントロピーの基準値が記憶されており、判定部23は、診断対象の回転機械について軸受の疵のある部位を特定した上で、この基準値を基にして軸受にある疵の大きさを検知する。
【0042】
フラクタル次元については、図6〜図9に示すように、異常のある被検体についての値と正常な被検体についての値の相違が、リアプノフ指数及びシャノンエントロピーに比べて顕著ではない。従って、被検体に異常があるか否かを判定するための基準には、リアプノフ指数及びシャノンエントロピーを採用するほうが異常診断に適している。
また、異常診断装置10によるリアプノフ指数及びシャノンエントロピーの算出はそれぞれ1秒程度で完了したが、フラクタル次元の算出には1時間程度の時間を要した。このことより、異常診断にフラクタル次元ではなく、リアプノフ指数及びシャノンエントロピーを用いることは、診断時間の短縮化の観点からも有効である。
異常診断装置10においては、軸受の異常診断を行うにあたってフラクタル次元の算出を行わない。
【0043】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、本発明は、上記した形態に限定されるものでなく、要旨を逸脱しない条件の変更等は全て本発明の適用範囲である。
例えば、加速度センサの代わりにAEセンサや超音波センサを用いて軸受の振動を計測してリアプノフ指数及びシャノンエントロピーを算出することができる。また、データロガーを用いずに、情報処理手段が直接、軸受の振動を取得するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0044】
10:異常診断装置、11:加速度センサ、12:ハウジング、13:軸受、14:回転軸、15:内輪、16:外輪、17:転動体、18:情報処理手段、19:ディスプレイ、20:受信部、21:演算部、22:データロガー、23:判定部、24:画像出力部、25:メモリ、26:回転機械

【特許請求の範囲】
【請求項1】
診断対象となる回転機械Aに設けられた軸受の振動を計測した値から算出したカオス解析特徴量であるリアプノフ指数X及びシャノンエントロピーYを、正常な回転機械Bに設けられた軸受の振動を計測して予め算出したリアプノフ指数X’及びシャノンエントロピーY’とそれぞれ比較して前記回転機械Aの異常を診断することを特徴とする回転機械の異常診断方法。
【請求項2】
請求項1記載の回転機械の異常診断方法において、α及びβを0より大きい1未満の予め設定された値として、X<X’×(1−α)、かつ、Y<Y’×(1−β)のときには、前記回転機械Aに設けられた軸受に疵が有るという判定をすることを特徴とする軸受の異常診断方法。
【請求項3】
請求項2記載の回転機械の異常診断方法において、前記回転機械Aに設けられた軸受に疵があるという判定をしたときには、X’−Xの値とY’−Yの値を基にして前記回転機械Aの軸受にある疵の大小を判定することを特徴とする回転機械の異常診断方法。
【請求項4】
請求項1記載の回転機械の異常診断方法において、α’及びβ’を0より大きい1未満の予め設定された値として、X<X’×(1−α’)、かつ、Y>Y’×(1+β’)のときには、前記回転機械Aがアンバランスな状態にあるという判定をすることを特徴とする回転機械の異常診断方法。

【図1】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−58107(P2012−58107A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−202319(P2010−202319)
【出願日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【出願人】(000233697)株式会社日鉄エレックス (51)
【Fターム(参考)】