説明

固体潤滑転がり軸受

【課題】 外輪、内輪、転動体及び保持器の各部材の軌道面あるいは接触面の必要箇所に、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)の被膜を形成して固体潤滑性を付与してドライ環境において低摩擦性、低トルクを達成でき、しかもPTFE被膜の形成が容易である固体潤滑転がり軸受を提供する。
【解決手段】 外輪1、内輪2、転動体4及び保持器3からなる転がり軸受において、軸受の油分を除去した後、焼成していないPTFE原料粉末を、各部材の少なくとも軌道面あるいは接触面に付着させ、無負荷状態で外輪と内輪を相対的に回転させて馴染ませ、PTFEの被膜を形成してなる固体潤滑転がり軸受を構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体潤滑転がり軸受に係わり、更に詳しくは外輪、内輪及び転動体の転がり部若しくは摺動部に固体潤滑被膜を備えた固体潤滑転がり軸受に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、外輪と内輪との間に、保持器を介して複数の転動体を回動自在に保持し、更に少なくともフッ素樹脂を含むシールド板を前記保持器と接触するように配設してなる転がり軸受であって、該転がり軸受の回転に伴い前記シールド板から削り取られた磨耗粒子が、前記外輪及び内輪の軌道面、前記保持器のポケット内周面並びに前記転動体の転走面に転移して潤滑被膜を形成する固体潤滑転がり軸受が開示されている。
【0003】
特許文献2には、転がり軸受を組立後、少なくとも外輪の内周面、内輪の外周面並びに転動体の表面に固体潤滑剤の被膜を形成し、次いで外輪、内輪及び転動体により形成される空間内に潤滑剤含有ポリマーを充填し、固化させる潤滑剤含有ポリマー充填転がり軸受の製造方法が開示されている。
【0004】
また、特許文献3には、内輪と外輪との間に複数の転動体を介挿し、互いに隣接する前記転動体の間に間隔体を介挿した転がり軸受において、前記間隔体の前記転動体と近接する部分に空所を設けるとともに、その空所に固体潤滑剤を充填して、この固体潤滑剤から前記転動体へ潤滑剤を供給する転がり軸受が開示されている。ここで、固体潤滑剤とは、潤滑に親和性のあるポリオレフィン樹脂からなる固形状の材料で潤滑油を多量に含有しているもの、焼結した金属部材に潤滑剤を含浸したものである。
【特許文献1】特開平07−190075号公報
【特許文献2】特開平11−051066号公報
【特許文献3】特開2002−310169号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1では、実機に装着した後に、フッ素樹脂を含むシールド板から磨耗粒子が発生することを期待する消極的なものであるが、期待通りにフッ素樹脂の磨耗粒子が発生して、外輪及び内輪の軌道面、保持器のポケット内周面並びに転動体の転走面に潤滑被膜を形成されるとは限らない。しかも、潤滑被膜が形成される前にも軸受として使用されるのであるが、この間は固体潤滑機能がないので問題である。
【0006】
また、特許文献2では、固体潤滑剤の被膜の形成には、PTFE、MoS2、グラファイト、N−ラウロイルL−リジン、h−BN、フッ化黒鉛等の固体潤滑剤を、水、キシレン、ミネラルスピリッド、イソプロピルアルコール、トルエン等の分散媒に分散した懸濁液に、軸受を浸漬するか、あるいは懸濁液を噴霧した後、分散媒を蒸発させることにより行うのである。それから、ゲル状又はペースト状の潤滑剤含有ポリマーを外輪、内輪及び転動体により形成される空間内に充填し、次いで軸受ごと加熱してポリマーを前記空間内で固化させ、軸受内に保持させるのである。つまり、固体潤滑剤の被膜を形成することと、軸受の空間内を埋めるように固化した潤滑剤含有ポリマーとの組合せを必須とするものであり、固体潤滑剤の被膜のみで低トルクを実現するものではない。特に、固体潤滑剤としてPTFEを用いた場合、従来の被膜生成方法では1μm以下の膜厚とすることは困難であった。
【0007】
また、特許文献3では、熱可塑性合成樹脂で成形した間隔体の空所に、固体潤滑剤を充填するが、この固体潤滑剤はポリオレフィン系樹脂に、パラフィン系炭化水素油、ナフテン系炭化水素油、鉱油、エーテル油、エステル油等からなる潤滑剤を混ぜた原料を、樹脂の融点以上で加熱して可塑化し、その後冷却することで固形状にしたものである。そして、潤滑性をよくし、無潤滑の環境下でも軸受の長寿命を保証する効果を期待するものであるが、厳密に言えば固体潤滑ではなく、使用中に固体潤滑剤から潤滑油が徐々に滲み出ることで所望の潤滑性能を確保するのである。
【0008】
そこで、本発明が前述の状況に鑑み、解決しようとするところは、外輪、内輪、転動体及び保持器の各部材の軌道面あるいは接触面の必要箇所に、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)の被膜を形成して固体潤滑性を付与してドライ環境において低摩擦性、低トルクを達成でき、しかもPTFE被膜の形成が容易である固体潤滑転がり軸受を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、前述の課題解決のために、外輪、内輪、転動体及び保持器からなる転がり軸受において、軸受の油分を除去した後、焼成していないPTFE原料粉末を、各部材の少なくとも軌道面あるいは接触面に付着させ、無負荷状態で前記外輪と内輪を相対的に回転させて馴染ませ、PTFEの被膜を形成してなる固体潤滑転がり軸受を構成した(請求項1)。
【0010】
ここで、前記PTFE原料粉末が、モールディングパウダー又はファインパウダー若しくは低分子量PTFE粉末である(請求項2)。
【0011】
また、PTFE原料粉末を各部材の軌道面あるいは接触面に付着させる前又は後に、石油ナフサ、トルエン又はキシレンからなる溶剤を該各部材の軌道面あるいは接触面に滴下し、PTFE原料粉末の展着性を高めてなることが好ましい(請求項3)。
【0012】
更に、シリコン系流体、フッ素系流体又はPTFEと同程度の表面エネルギーの一般鉱物系オイルを防錆流体として微量添加してなることも好ましい(請求項4)。
【0013】
そして、前記転がり軸受が、深溝玉軸受、アンギュラ玉軸受、円筒ころ軸受、円すいころ軸受、スラスト軸受、針状ころ軸受及び直動型軸受である(請求項5)。
【発明の効果】
【0014】
以上にしてなる請求項1に係る発明の固体潤滑転がり軸受は、組立済の転がり軸受の油分を除去した後、PTFE原料粉末を各部材の軌道面あるいは接触面に付着させ、無負荷状態で外輪と内輪を相対的に回転させて馴染ませるだけで、軌道面あるいは接触面にPTFEの被膜を形成することができるので、製造が極めて容易であるにも係わらす、PTFEによる固体潤滑の効果に優れ、ドライ環境において低摩擦性、低トルクを達成できるのである。
【0015】
請求項2によれば、PTFE原料粉末は、その結晶構造上、繊維化しやすい構造でであるので、外輪、内輪、転動体及び保持器の各部材の軌道面あるいは接触面に対する付着性に優れ、市販品をそのまま用いることができるので製造が簡単である。
【0016】
請求項3によれば、PTFE原料粉末の展着性に特に優れているので、短時間でPTFE原料粉末を所定位置に付着させることができる。
【0017】
請求項4によれば、油分を除去した場合にも防錆流体によって覆われるので、錆びが発生することを防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
次に、本発明に係る固体潤滑転がり軸受の詳細を説明する。本発明において、転がり軸受とは、深溝玉軸受、アンギュラ玉軸受、円筒ころ軸受、円すいころ軸受、スラスト軸受、針状ころ軸受及び直動型軸受であり、これらと類似の機構、用途製品に適用可能である。図1は、一般的な深溝玉軸受を示し、同心状に配した径の異なる外輪1と内輪2との間に保持器3で等間隔に位置決めされた状態で複数の転動体4,…を嵌挿した構造のものである。
【0019】
本発明は、転がり軸受の外輪1、内輪2、転動体4及び保持器3の各部材の少なくとも軌道面あるいは接触面に、薄い均一な膜厚のPTFEの被膜を形成して、ドライ環境において低摩擦性、低トルクを実現するものである。本願発明で使用するPTFE原料粉末は、モールディングパウダー又はファインパウダー若しくは低分子量PTFE粉末である。例えば、モールディングパウダーとしては三井デュポンフロロケミカル株式会社製の商品名「テフロン7−J」、ファインパウダーとしてはダイキン工業株式会社製の商品名「ポリフロンF201」、低分子量PTFE粉末としては旭硝子株式会社製の商品名「アフロンL169J」を使用する。
【0020】
以下に、転がり軸受の軌道面あるいは接触面に薄い均一な膜厚のPTFEの被膜を形成する基本的な工程を説明する。
【0021】
(工程1)準備工程
市販の転がり軸受、又は組立てた転がり軸受を用意し、有機溶剤等によって油分やグリースを除去する。これは、油分やグリースが存在すると、後述のPTFE原料粉末が所望部位に付着しないからである。
【0022】
(工程2)付着工程
容器内に入れたPTFE原料粉末に転がり軸受をまぶして、あるいは転がり軸受の外輪1と内輪2の間にPTFE原料粉末に吹き付けて、静電気若しくは分子間引力によって各部材の軌道面あるいは接触面に付着させる。尚、前記保持器3が金属製の場合には該保持器3の母材表面にも付着させる。ここで、焼成(シンタリング)しないPTFEの原料粉末は、100%結晶化したポリマーであるが、焼成した後は、結晶化度が50〜60%程度にしかならない。従って、本発明では、焼成したPTFEを再粉砕したものは使用しない。
【0023】
(工程3)展着工程
無負荷状態で前記外輪1を固定し、内輪2を回転させてPTFE原料粉末を馴染ませ、各部材の軌道面あるいは接触面に展着して薄い均一なPTFE被膜を形成する。尚、前記内輪2を固定し、外輪1を回転させても良い。特に重要なことは、PTFE原料粉末は、その結晶構造上、繊維化しやすい構造を有しているので、焼成した後のPTFEを再粉砕した粉末とは比較にならない程の展着性を備えている。このようにすると、軌道面あるいは接触面にPTFEの単分子膜が生成し、PTFEの潤滑効果を発現するのである。
【0024】
(工程4)仕上げ工程
転がり軸受に振動を与えて余分なPTFE原料粉末を落とすか、若しくは圧縮エアーによって余分なPTFE原料粉末を吹き飛ばす。
【0025】
ここで、展着性を高めて早く完了させるために、石油ナフサ、トルエン、キシレン等の溶剤を1〜2滴程度たらして、上記工程2、3を実施すると更によい。尚、前記PTFE原料粉末は、その結晶構造上、繊維化しやすい構造で、石油ナフサなどを湿潤材として混合、ペースト押し出し成形という特殊な成形が可能である。
【0026】
そして、工程2、3を繰り返しても良いが、過剰なPTFEは軸受の隙間に入り込み、厚い膜(層)を形成して剥がれ易くなるので芳しくない。従って、工程2、3を1回か数回繰り返すだけでも良い。
【0027】
また、市販の転がり軸受の油分を除去すると錆が発生する。SUS製の特殊な転がり軸受ならば錆は発生しにくいが、一般流通の転がり軸受は錆びるので、これを防止するために、微量のシリコン系流体、フッ素系流体又はPTFEと同程度の表面エネルギーの一般鉱物系オイルを防錆流体として均一に塗布することが望ましい。PTFEと同程度の表面張力を持ち、PTFEと馴染み易い防錆効果のある油脂類やシリコンオイルのような液体化合物で防錆程度に転がり軸受の表面を濡らしても、PTFE潤滑膜の効果は維持できる。微量の前記防錆液を使用する方法は、PTFE原料粉末の付着前後を問わない。シリコンオイルを、湿潤材若しくは展着補助材として挙げた石油ナフサ、トルエンに溶かして用いても良い。これは、微量のシリコンオイルを防錆程度に均一に被覆する有効な手段である。
【0028】
PTFE被膜を形成した転がり軸受をレーザー顕微鏡で観察すると、単分子膜レベルの薄いPTFE被膜が観察できる。厚さ測定は正確ではないが、レーザー顕微鏡では1μm以下と判明している。このように、被膜の膜厚が薄くなるほどPTFEの潤滑効果が発現し、良好な軸受性能が得られる。
【産業上の利用可能性】
【0029】
食品用の機械では、鉱物油等は食品への混入を嫌うので、植物油系のものを潤滑剤に使用していた。しかし、植物油は潤滑性能が悪く、短寿命であるといった欠点がある。あるいは、シールド付軸受で油を封止しているが、完全なシールは難しく、使用中に黒くなった油が食品を汚すことがある。上記の方法でPTFE原料粉末で処理し、PTFE被膜を形成した転がり軸受は、本来の潤滑性能が維持されるとともに、油だれも防止することができるので、食品用の機械にも良好に使用できるのある。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明に係る転がり軸受の代表的な構造を示す部分断面図である。
【符号の説明】
【0031】
1 外輪
2 内輪
3 保持器
4 転動体


【特許請求の範囲】
【請求項1】
外輪、内輪、転動体及び保持器からなる転がり軸受において、軸受の油分を除去した後、焼成していないPTFE原料粉末を、各部材の少なくとも軌道面あるいは接触面に付着させ、無負荷状態で前記外輪と内輪を相対的に回転させて馴染ませ、PTFEの被膜を形成してなることを特徴とする固体潤滑転がり軸受。
【請求項2】
前記PTFE原料粉末が、モールディングパウダー又はファインパウダー若しくは低分子量PTFE粉末である請求項1記載の固体潤滑転がり軸受。
【請求項3】
PTFE原料粉末を各部材の軌道面あるいは接触面に付着させる前又は後に、石油ナフサ、トルエン又はキシレンからなる溶剤を該各部材の軌道面あるいは接触面に滴下し、PTFE原料粉末の展着性を高めてなる請求項1又は2記載の固体潤滑転がり軸受。
【請求項4】
シリコン系流体、フッ素系流体又はPTFEと同程度の表面エネルギーの一般鉱物系オイルを防錆流体として微量添加してなる請求項1〜3何れかに記載の固体潤滑転がり軸受。
【請求項5】
前記転がり軸受が、深溝玉軸受、アンギュラ玉軸受、円筒ころ軸受、円すいころ軸受、スラスト軸受、針状ころ軸受及び直動型軸受である請求項1〜4何れかに記載の固体潤滑転がり軸受。


【図1】
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【公開番号】特開2006−10008(P2006−10008A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−190422(P2004−190422)
【出願日】平成16年6月28日(2004.6.28)
【出願人】(000107619)スターライト工業株式会社 (62)
【Fターム(参考)】