説明

固体高分子型燃料電池の電極構造体

【課題】 初期性能が高く、環境要因、特に加湿条件変化による性能変動が少ない固体高分子型燃料電池の電極構造体を提供する。
【解決手段】カソード電極2の触媒層21に、Pt−Co合金が電気伝導性物質に担持されたPt−Co触媒と、イオン伝導性物質と、水の排出性を高めるための造孔材と、を含有させ、カソード電極2のガス拡散層22に、触媒層21に接する保水層23を設けることにより、初期性能が高く、環境要因、特に加湿条件変化による性能変動が少ない固体高分子型燃料電池の電極構造体1が提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子型燃料電池の電極構造体に関する。特に、初期性能が高く、環境要因による変動が少ない固体高分子型燃料電池の電極構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、燃料電池は、地球温暖化や環境破壊の抑制手段として、また次世代の発電システムとして大いに期待されており、さかんに研究開発が行われている。燃料電池は、水素と酸素の電気化学的な反応によりエネルギーを発生させるものであり、例えば、リン酸型燃料電池、溶融炭酸塩型燃料電池、固体電解質型燃料電池、固体高分子型燃料電池などを挙げることができる。これらの中でも、固体高分子型燃料電池は、常温から起動が可能であるうえ小型で高出力であるため、自動車(二輪、四輪)やポータブル電源等の電力源として注目されている。
【0003】
この固体高分子型燃料電池は、電極構造体をその基本構成単位とし、電極構造体をセパレータで挟持した単セルを数十個から数百個組み合わせてなるスタック(集合電池)として用いられる。スタックの基本構成単位である電極構造体は、アノード電極(燃料極)及びカソード電極(空気極)の二つの電極と、これら電極に挟持される高分子電解質膜とから形成され、通常、両電極は、高分子電解質膜に接して酸化・還元反応を行う触媒層と、この触媒層に接するガス拡散層とから形成される。このような構成からなる固体高分子型燃料電池は、アノード電極(燃料極)側に水素を含む燃料を供給し、カソード電極(空気極)側に酸素又は空気を供給することで発電する。
【0004】
これまでの固体高分子型燃料電池のカソード電極においては、白金を担体のカーボンに担持させた白金触媒が一般的に用いられており、担体の特性改善や白金の微粒子化、分散性の向上等により、触媒活性の改善がなされてきた。しかしながら、これらの手法による特性の改善には限界があるため、従来と異なる観点からカソード電極の活性を向上させる方法として、白金とコバルトの合金をカーボンに担持させたPt−Co触媒を触媒層に用いることが提案されている(特許文献1参照)。このPt−Co触媒は、触媒のシンタリングによる粒径の増大を抑制する効果を有するため、従来一般的に用いられてきた白金触媒に比べて高い触媒活性を有する。従って、このPt−Co触媒をカソード電極の触媒として用いることにより、優れた発電性能を有する固体高分子型燃料電池を提供できるとされている。
【特許文献1】特開2003−142112号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、Pt−Co触媒をカソード電極の触媒として用いた固体高分子型燃料電池は、例えば自動車等に搭載した場合においては、運転条件の変化が大きい状態、即ち、出力変動の大きい状態で作動させたときに、加湿条件等の環境要因の変化による性能変動の絶対値が大きくなるという課題が生じていた。
【0006】
本発明は、以上のような課題に鑑みてなされたものであり、初期性能が高く、環境要因、特に加湿条件の変化による性能変動が少ない固体高分子型燃料電池の電極構造体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決するためには、高加湿条件における水排出性と低加湿条件における水保持性を両立することが必要である点に着目して鋭意研究を重ねた。その結果、カソード電極の触媒層に、Pt−Co合金が電気伝導性物質に担持されたPt−Co触媒と、イオン伝導性物質と、水の排出性を高めるための造孔材と、を含有させるとともに、カソード電極のガス拡散層に、触媒層に接する保水層を設けることにより、初期性能が高く、環境要因、特に加湿条件の変化による性能変動が少ない固体高分子型燃料電池の電極構造体が提供できることを見出し、本発明を完成するに至った。より具体的には、本発明は以下のようなものを提供する。
【0008】
(1) アノード電極と、カソード電極と、これらの電極に挟持された高分子電解質膜と、を備えた固体高分子型燃料電池の電極構造体であって、前記両電極は、前記高分子電解質膜に接する触媒層と、この触媒層に接するガス拡散層を含み、前記カソード電極の触媒層は、Pt−Co合金が電気伝導性物質に担持されたPt−Co触媒と、イオン伝導性物質と、水排出性を高めるための造孔材と、を含み、前記カソード電極のガス拡散層は、前記触媒層に接する保水層を有している固体高分子型燃料電池の電極構造体。
【0009】
(1)の電極構造体は、カソード電極の触媒層に、Pt−Co触媒と、イオン伝導性物質と、水の排出性を高めるための造孔材と、を含有するとともに、カソード電極のガス拡散層に、触媒層に接する保水層を設けていることを特徴とする。Pt−Co触媒は高い触媒活性を有することから、優れた発電性能を発揮できることは上述の通りである。本発明においては、カソード電極の触媒層中に造孔材を存在させることにより、電極触媒層中の細孔等のガス拡散流路に水が溜まってガスの拡散が阻害されるフラッディング現象を回避できる。そして、造孔材の存在により触媒層の水の排出性が高まり、高加湿条件のような水が豊富にある場合における性能が向上する。即ち、造孔材の存在により細孔容積が高まり、カソード電極の触媒層の水排出性が向上するのである。さらには、カソード電極のガス拡散層に、触媒層に接する保水層を設けることにより、低加湿条件における高分子電解質膜中や触媒層中に、プロトン伝導に必要な水分を保持することが可能となる。従って、(1)の発明によれば、カソード電極の触媒層の高加湿条件における水排出性と、低加湿条件における水保持性を両立することができるため、初期性能が高く、加湿条件変化による性能変動の低減が実現できる。
【0010】
(2) 前記造孔材は、結晶性炭素繊維である(1)に記載の固体高分子型燃料電池の電極構造体。
【0011】
(2)の電極構造体のカソード電極の触媒層に含まれる造孔材は、結晶性炭素繊維である。結晶性炭素繊維は、導電性が良好であるうえ、触媒に絡みあって触媒層中に存在するため空孔を生じ易い。従って、触媒層の細孔容積が高まるため水排出性能が向上し、高加湿条件における性能変動の低減が効果的に実現できる。
【0012】
(3) 前記保水層は、高分子電解質、結晶性炭素繊維および導電性カーボン粒子を含む(1)または(2)に記載の固体高分子型燃料電池の電極構造体。
【0013】
(3)の電極構造体に設けられている保水層は、高分子電解質、結晶性炭素繊維および導電性カーボン粒子を含んでいる。高分子電解質は親水性が高いため保水性の向上に寄与し、結晶性炭素繊維の存在はガス拡散性の向上に寄与する。従って、(3)の電極構造体では、良好なガス拡散性を有しつつ低加湿条件における水保持性が確保できるため、初期性能が高く、加湿条件変化による性能変動の低減が実現できる。
【0014】
(4) 前記カソード電極のガス拡散層の表面のうち、前記触媒層に接する側の表面は、触針法により測定された面粗度(Ra)が0.65μm以下である(1)から(3)いずれかに記載の固体高分子型燃料電池の電極構造体。
【0015】
(4)の電極構造体で用いられるカソード電極のガス拡散層の表面のうち、前記触媒層に接する側の表面は、触針法により測定された面粗度(Ra)が0.65μm以下である。一般的に電極構造体では、触媒層とガス拡散層の密着性が悪い場合には抵抗が高くなる傾向にあり、環境の変化による電圧変動量が大きくなる。これに対して(4)の電極構造体では、カソード電極のガス拡散層の表面のうち、触媒層に接する側の表面の面粗度(Ra)が0.65μm以下であるため、触媒層とガス拡散層との良好な密着性を確保でき、電圧変動量を抑制することができる。従って、(4)の電極構造体によれば、初期性能が高く、環境要因による性能変動の低減が実現できる。
【0016】
(5) 前記カソード電極のガス拡散層は、以下の式1にて表される70℃飽和水蒸気圧下における吸水率が45%以上85%以下である(1)から(4)いずれかに記載された固体高分子型燃料電池の電極構造体。
【0017】
【数1】

【0018】
(5)の電極構造体で用いられるカソード電極のガス拡散層は、上述の式1にて定義される70℃飽和水蒸気圧下における吸水率が45%以上85%以下である。式1において、「乾燥ガス拡散層重量」とは、110℃の真空乾燥機中で2時間乾燥の後のガス拡散層の重量であり、「70℃飽和水蒸気下にけるガス拡散層重量」とは、その後、70℃の飽和水蒸気下の恒温恒湿層内に2時間静置し、表面の水滴を除去した後のガス拡散層の重量である。ガス拡散層の吸水率が高い場合には、高加湿条件における水排出性が低下し、吸水率が低い場合には、低加湿条件における水保持性が低下する傾向にある。これに対して、70℃飽和水蒸気圧下における吸水率が45%以上85%以下の範囲にある(5)の電極構造体は、高加湿条件における水排出性と低加湿条件における水保持性とを両立することができるため、使用に耐えうる保水性を維持でき、初期性能が高く、環境要因、特に加湿条件変化によらず安定した性能が維持できる。
【0019】
(6) 前記カソード電極のガス拡散層は、差圧測定法により測定された差圧が60mmaq以上120mmaq以下である(1)から(5)いずれかに記載された固体高分子型燃料電池の電極構造体。
【0020】
(6)の電極構造体で用いられるカソード電極のガス拡散層は、差圧測定法により測定された差圧が60mmaq以上120mmaq以下である。ガス拡散層の差圧が小さい場合にはガス拡散性が低下して水排出性が悪化し、差圧が大きい場合にはガス拡散性が向上して保水性が減少する傾向にある。従って、差圧が60mmaq以上120mmaq以下である(6)の電極構造体は、高加湿条件における水排出性と低加湿条件における水保持性とを両立することができるため、使用に耐えうる保水性を維持でき、初期性能が高く、環境要因、特に加湿条件変化によらず安定した性能が維持できる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、初期性能が高く、環境要因による性能変動が少ない固体高分子型燃料電池の電極構造体を得ることができる。これにより、例えば、自動車のように運転条件が変化する場合においても、性能変動が少なく安定した性能を維持できる固体高分子型燃料電池を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら説明する。
【0023】
[電極構造体の全体構成]
本実施形態にかかる固体高分子型燃料電池の基本構成単位である電極構造体1の全体構成を図1に示す。図1に示すように、電極構造体1は、カソード電極2とアノード電極4と、これらの電極に挟持された高分子電解質膜3と、を備えている。これら両電極は、高分子電解質膜3に接する触媒層21、41と、ガス拡散層22、42により構成されている。また、カソード電極2のガス拡散層22には、触媒層21と接する保水層23を有している。
【0024】
[高分子電解質膜]
高分子電解質膜3は、高分子電解質から形成されている。具体的には、高分子骨格の少なくとも一部がフッ素化されたフッ素系高分子体、又は、高分子骨格にフッ素を含まない炭化水素系高分子体であって、イオン交換基を備えたものであることが好ましい。イオン交換基の種類は特に限定されず、用途に応じて任意に選択することができる。本発明においては、例えば、スルホン酸、カルボン酸、ホスホン酸等のイオン交換基のうち少なくとも一種を備えた高分子電解質を用いることができる。
【0025】
高分子骨格の少なくとも一部がフッ素化されたフッ素系高分子体であって、イオン交換基を備えた高分子電解質としては、具体的には、ナフィオン(登録商標)等のパーフルオロカーボンスルホン酸系ポリマー、パーフルオロカーボンホスホン酸系ポリマー、トリフルオロスチレンスルホン酸系ポリマー、エチレンテトラフルオロエチレン−g−スチレンスルホン酸系ポリマー等を挙げることができる。これらのうちでは、ナフィオンが好ましく用いられる。
【0026】
高分子骨格にフッ素を含まない炭化水素系高分子体であって、イオン交換基を備えた高分子電解質をしては、具体的には、ポリスルホン酸、ポリアリールエーテルケトンスルホン酸、ポリベンズイミダゾールアルキルスルホン酸、ポリベンズイミダゾールアルキルホスホン酸等を挙げることができる。
【0027】
[カソード電極の触媒層]
カソード電極2の触媒層21は、Pt−Co合金が電気伝導性物質に担持されたPt−Co触媒と、イオン伝導性物質と、水の排出性を高めるための造孔材と、を含有する。ここで、Pt−Co触媒とは、白金とコバルトの合金をカーボンに担持させた触媒である。また、イオン伝導性物質とは、高分子電解質により形成されるものであり、上述の高分子電解質膜3に用いられるものと同様の高分子電解質を用いることが好ましい。本発明で用いられる造孔材としては、例えば、結晶性炭素繊維、メチルセルロース、カルボキシルメチルセルロース、ポロビニルアルコール、セルロース、多糖類等が挙げられ、これらのうち、結晶性炭素繊維が好ましく用いられる。結晶性炭素繊維は、結晶として完全性が高いウィスカー状の繊維を意味し、例えば、単結晶の真性ウィスカー、多結晶の非真性ウィスカーの他、カーボンナノチューブ等も含む概念である。特に、以下の表1に示す物性を有する結晶性炭素繊維が好ましく用いられる。
【0028】
【表1】

【0029】
[アノード電極の触媒層]
アノード電極4の触媒層41は、従来の一般的な触媒層と同様の構成を有するものでよい。即ち、イオン伝導性物質と、カーボン等の担体に白金等の金属を担持させた触媒を含む構成を挙げることができる。本発明においては、カーボンに白金を担持させたものの他、カーボンに白金とルテニウムの合金を担持させたPt−Ru触媒等を用いることも可能である。また、イオン伝導性物質としては、高分子電解質膜3やカソード電極2の触媒層21において用いられるものと同様の高分子電解質を用いることが好ましい。
【0030】
[ガス拡散層]
ガス拡散層22、42は、従来の一般的なガス拡散層と同様の構成を有するものでよく、アノード電極4側とカソード電極2側とでは、同一の構成でも異なった構成であってもよい。アノード電極4のガス拡散層42に必要とされる要件は、燃料となる水素ガスが触媒層21に均等に到達できることであり、カソード電極2のガス拡散層22に必要とされる要件は、酸素ガスを含有する空気が触媒層21に均等に到達できることである。従って、ガス拡散層22、42は、これらの要件を満たすものであればよい。具体的には、テフロン(登録商標)・カーボン層とこれに接する多孔質形状のカーボンペーパー層から形成されることが好ましい。例えば、予めテフロンディスパージョン等で撥水処理を行ったカーボンペーパー上に、テフロンディスパージョンとカーボンブラック粉末とを混合したものを塗布することにより得ることができる。
【0031】
[ガス拡散層における保水層]
保水層23は、高分子電解質、結晶性炭素繊維および導電性カーボン粒子を含有する。ここで、高分子電解質としては、上述の高分子電解質膜3、カソード電極2の触媒層21、またはアノード電極4の触媒層41において用いられるものと同様の高分子電解質を用いることができる。本発明においては、例えば、ナフィオン(登録商標)を用いることが可能である。また、結晶性炭素繊維としては、上述のカソード電極2の触媒層21において好ましく用いられるものと同様の結晶性炭素繊維を用いることができる。即ち、表1に示す物性を有する結晶性炭素繊維が好ましく用いられる。導電性カーボン粒子としては、種種のものを用いることが可能であるが、電気抵抗が低く、コストも低いカーボンブラックが好ましく用いられる。カーボンブラックとしては、例えば、アセチレンブラック、ファーネスブラック、ケッチェンブラック等を挙げることができる。
【0032】
本実施形態におけるカソード電極のガス拡散層の表面のうち、触媒層に接する側の表面の面粗度(Ra)は、0.65μm以下である。本明細書中における面粗度(Ra)は、触針法により測定し、JIS B 0601−2001に規定される算術平均粗さとして得ることができる。
【0033】
また、本実施形態におけるカソード電極のガス拡散層の70℃飽和水蒸気下における吸水率は、45%以上85%以下である。本明細書における70℃飽和水蒸気下における吸水率は、以下の式1により定義される。
【0034】
【数2】

【0035】
式1において、「乾燥ガス拡散層重量」とは、110℃の真空乾燥機中で2時間乾燥の後のガス拡散層の重量であり、「70℃飽和水蒸気下にけるガス拡散層重量」とは、その後、70℃の飽和水蒸気下の恒温恒湿層内に2時間静置し、表面の水滴を除去した後のガス拡散層の重量である。70℃飽和水蒸気下における吸水率は、それぞれの重量を測定後、式1による計算により求めることができる。なお、吸水率を求める際に使用する試験片の大きさは、100×100mmである。
【0036】
なお、本実施形態で用いられるカソード電極のガス拡散層の差圧測定法により測定された差圧は、60mmaq以上120mmaq以下である。本明細書における差圧は厚み方向の差圧であり、図2に示すように、ガス拡散層をガス流路の途中に挟持して保持し、反応ガスを流量所定流量、例えば、1分当り500L/cm流したときのガス拡散層前後の差圧から求めることができる。
【0037】
[電極構造体の製造方法]
本実施形態にかかる電極構造体の製造方法は、次の通りである。先ず、白金とコバルトの合金が電気伝導性物質に担持されたPt−Co触媒と、イオン伝導性物質と、結晶性炭素繊維とを混合してカソード触媒ペーストを得る。同様にして、アノード電極用触媒と、イオン伝導性物質等を混合してアノード触媒ペーストを得る。得られたカソード触媒ペーストおよびアノード触媒ペーストのそれぞれをテフロンシート等に塗布し、乾燥させ、カソード電極シートおよびアノード電極シートを得る。次いで、カソード電極シートとアノード電極シートで高分子電解質膜を挟持し、デカール法(転写法)により高分子電解質膜に転写させ、高分子電解質膜と触媒層との接合体を作成する。別途、カーボンペーパー上にポリテトラフルオロエチレン等とカーボンブラックとを溶媒中で混合したペーストを塗布、乾燥し、ガス拡散層シートを得る。次いで、高分子電解質と、結晶性炭素繊維および導電性カーボン粒子を混合したペーストをガス拡散層シート上に塗布、乾燥し、保水層を有するガス拡散層シートを得る。最後に、一対の、保水層を有するガス拡散層シートで高分子電解質膜と触媒層との接合体を挟持し、130℃〜160℃のホットプレスで一体化することにより、電極構造体が得られる。また、この電極構造体を一対のセパレータで挟持することにより、固体高分子型燃料電池の基本構成単位である単セルが得られる。なお、セパレータは溝を有し、反応ガスの供給通路として利用されるものであり、炭素系又は金属系の材質のものを適宜組み合わせて用いることができる。
【実施例】
【0038】
次に、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0039】
<実施例1>
[カソード電極の作成]
イオン導伝性ポリマー(商品名:Nafion(登録商標) DE2020、デュポン社製)35gと、カーボンブラックとPt−Co合金の重量比を48:52としたPt−Co担持カーボン粒子(Pt:Co(モル比)=3:1、商品名:TEC36E52、田中貴金属工業社製)10gに結晶性炭素繊維(商品名:VGCF、昭和電工社製)2.5gを混合し、カソード触媒ペーストを得た。得られた触媒ペーストをFEP(テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体)製のシート上に触媒金属量が0.3mg/cmとなるように塗布、乾燥させ、カソード電極シートを作成した。
【0040】
[アノード電極の作成]
イオン導伝性ポリマー(商品名:Nafion(登録商標) DE2021、デュポン社製)36.8gと、カーボンブラックとPt−Ru合金の重量比を46:54としたPt−Ru担持カーボン粒子(Pt:Ru(モル比)=1:1、商品名:TEC61E54、田中貴金属工業社製)10gを混合し、アノード触媒ペーストを得た。得られた触媒ペーストをFEPシート上に触媒金属量が0.15mg/cmとなるように塗布、乾燥させ、アノード電極シートを作成した。
【0041】
[高分子電解質膜と触媒層との接合体の作成]
高分子電解質膜として、Nafion(デュポン社製)を準備した。上記で得られたアノード電極シート、カソード電極シートでこの高分子電解質膜を挟持し、デカール法(転写法)により高分子電解質膜に転写し、高分子電解質膜と触媒層との接合体を得た。
【0042】
[ガス拡散層の作成]
テフロンディスパージョン(商品名:L170J、旭硝子社製)12gとカーボンブラック粉末(商品名:バルカンXC75、Cabot社製)18gとを、エチレングリコール50g中で混合して下地層ペーストAを得た。次いで、予めテフロンディスパージョン(商品名:FEP120J、三井デュポンケミカル社製)で撥水処理を行ったカーボンペーパー(商品名:TGP060、東レ社製)の上に、下地層ペーストA2.0mg/cmを塗布し、乾燥させてガス拡散層を得た。下地層ペーストAの塗布は、Wet状態で連続的に行い、規定の塗布量が塗布された後に乾燥した。
【0043】
[保水層を有するガス拡散層の作成]
次いで、イオン導伝性ポリマー(商品名:Nafion DE2021、デュポン社製)25gと、カーボンブラック粉末(商品名:ケッチェンブラック、Cabot社製)5gに結晶性炭素繊維(商品名:VGCF、昭和電工社製)2.5gを混合し、下地層ペーストBを得た。上記の方法により得られた下地層ペーストAの層上に、下地層ペーストBを0.3mg/cmとなるように塗布し、乾燥させることにより、保水層を有するガス拡散層を作成した。
【0044】
[電極構造体の作成]
保水層を有するガス拡散層2枚を用いて、保水層が触媒層に接するように上記の高分子電解質膜と触媒層との接合体を挟み込み、ホットプレスで一体化することにより、電極構造体を得た。
【0045】
<実施例2>
下地層ペーストBの塗布量を0.4mg/cmとした以外は、実施例1と同様の方法により電極構造体を得た。
【0046】
<実施例3>
下地層ペーストBの塗布量を0.2mg/cmとした以外は、実施例1と同様の方法により電極構造体を得た。
【0047】
<実施例4>
下地層ペーストBに添加するカーボンブラック粉末(商品名:ケッチェンブラック、Cabot社製)の量を3.5gとした以外は、実施例1と同様の方法により電極構造体を得た。
【0048】
<実施例5>
下地層ペーストAのカーボンペーパー上への塗布量を2.3mg/cmとした以外は、実施例1と同様の方法により電極構造体を得た。
【0049】
<実施例6>
下地層ペーストAのカーボンペーパー上への塗布量を1.9mg/cmとした以外は、実施例1と同様の方法により電極構造体を得た。
【0050】
<実施例7>
下地層ペーストAのカーボンペーパー上への塗布量を1.2mg/cmとした以外は、実施例1と同様の方法により電極構造体を得た。
【0051】
<比較例1>
下地層ペーストBにカーボンブラック粉末を添加しなかった以外は、実施例1と同様の方法により電極構造体を得た。
【0052】
<比較例2>
下地層ペーストBを塗布せず、下地層ペーストAのみの塗布とした以外は、実施例1と同様の方法により電極構造体を得た。
【0053】
<比較例3>
下地層ペーストA、Bを塗布せず、あらかじめ撥水処理したカーボンペーパーのみを拡散層として使用した以外は、実施例1と同様の方法により電極構造体を得た。
【0054】
<評価>
[面粗度の測定]
実施例及び比較例で得られたガス拡散層について、触針法による面粗度の測定を行い、JIS B 0601−2001に規定される算術平均粗さRaを求めた。
【0055】
[70℃飽和水蒸気圧下における吸水率の測定]
実施例及び比較例で得られた保水層を有するガス拡散層を、110℃の真空乾燥機中で2時間乾燥後、重量を測定した。その後、70℃−RH100%(70℃の飽和水蒸気下)の恒温恒湿層内に2時間静置し、表面の水滴を除去した後に重量を測定した。なお、試験片の大きさは100×100mmとした。乾燥状態のガス拡散層重量と飽和水蒸気下におけるガス拡散層重量を用いて、以下の式1により吸水率を求めた。
【0056】
【数3】

【0057】
[差圧の測定]
ガス拡散層の差圧は、図2に示すように、ガス拡散層をガス流路の途中に挟持して保持し、反応ガスを1分当り500L/cm流したときのガス拡散層前後の差圧から求めた。
【0058】
[初期性能の測定]
実施例及び比較例で得られた電極構造体を1対のセパレータで挟持して単セルとした後、以下の運転条件により、印加電流1A/cmにおける端子電圧を測定した。尚、利用率とは、供給したガスに対する消費されたガスの割合である。
〔運転条件〕 運転温度:75℃
相対湿度:An(アノード)=Ca(カソード)=80%RH
圧力:An/Ca=160/160kPa
利用率(消費量/供給量):An=Ca=50%
【0059】
[電圧変動幅の測定]
以下の運転条件により、相対湿度100%の高加湿条件および相対湿度20%の低加湿条件のそれぞれにおいて、印加電流1A/cmにおける端子電圧を測定した。それぞれの加湿条件下での端子電圧の差の絶対値を電圧変動幅と規定した。以上、得られた評価結果をまとめて表2に示す。
〔運転条件〕 運転温度:75℃
圧力:An/Ca=160/160kPa
利用率(消費量/供給量)An/Ca=50%
高加湿条件:An=Ca=100%RH
低加湿条件:An=Ca=20%RH
【0060】
【表2】

【0061】
図3は、実施例1、5、6、7における面粗度(Ra)と電圧変動幅の関係を示した図である。これにより、面粗度(Ra)が小さいほど電圧変動幅が小さい傾向にあり、加湿条件変化によらず安定した性能が維持できることが示唆された。電池としての使用に耐えうる範囲の電圧変動幅を考慮すると、面粗度は0.65以下が好ましいことが示された。
【0062】
図4は、実施例1、2、3および比較例1、2、3における70℃飽和水蒸気圧下における吸水率と端子電圧の関係を示した図である。これにより、吸水率が大きすぎたり小さすぎたりする場合には、端子電圧の変動幅が大きいことが示唆された。これは即ち、吸水率が大きすぎる場合には高加湿条件下の性能が低下し、吸水率が小さすぎる場合には、低加湿条件下の性能が低下することを意味する。電池としての使用に耐えうる範囲の必要最低端子電圧を考慮すると、70℃飽和水蒸気圧下における吸水率として45%以上85%以下が好ましいことが示された。
【0063】
図5は、実施例1、2、3、4および比較例1における差圧と電圧変動幅の関係を示した図である。これにより、差圧が大きすぎたり小さすぎたりする場合には、端子電圧の変動幅が大きいことが示唆された。これは即ち、差圧が大きすぎる場合には高加湿条件下の性能が低下し、差圧が小さすぎる場合には低加湿条件下の性能が低下することを意味する。電池としての使用に耐えうる範囲の電圧変動幅を考慮すると、差圧は60mmaq以上120mmaq以下が好ましいことが示された。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本発明にかかる固体高分子型燃料電池の電極構造体の全体構成を示す図である。
【図2】面圧方向の差圧の測定法を示した図である。
【図3】面粗度(Ra)と電圧変動幅の関係を示した図である。
【図4】70℃飽和水蒸気圧下における吸水率と端子電圧の関係を示した図である。
【図5】差圧と電圧変動幅の関係を示した図である。
【符号の説明】
【0065】
1 電極構造体
2 カソード電極
21、41 触媒層
22、42 ガス拡散層
23 保水層
3 高分子電解質膜
4 アノード電極
5 MFC
6 差圧計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アノード電極と、カソード電極と、これらの電極に挟持された高分子電解質膜と、を備えた固体高分子型燃料電池の電極構造体であって、
前記両電極は、前記高分子電解質膜に接する触媒層と、この触媒層に接するガス拡散層を含み、
前記カソード電極の触媒層は、Pt−Co合金が電気伝導性物質に担持されたPt−Co触媒と、イオン伝導性物質と、水の排出性を高めるための造孔材と、を含み、
前記カソード電極のガス拡散層は、前記触媒層に接する保水層を有している固体高分子型燃料電池の電極構造体。
【請求項2】
前記造孔材は、結晶性炭素繊維である請求項1に記載の固体高分子型燃料電池の電極構造体。
【請求項3】
前記保水層は、高分子電解質、結晶性炭素繊維および導電性カーボン粒子を含む請求項1または2に記載の固体高分子型燃料電池の電極構造体。
【請求項4】
前記カソード電極のガス拡散層の表面のうち、前記触媒層に接する側の表面は、触針法により測定された面粗度(Ra)が0.65μm以下である請求項1から3いずれかに記載の固体高分子型燃料電池の電極構造体。
【請求項5】
前記カソード電極のガス拡散層は、以下の式1にて表される70℃飽和水蒸気圧下における吸水率が45%以上85%以下である請求項1から4いずれかに記載された固体高分子型燃料電池の電極構造体。
【数1】

【請求項6】
前記カソード電極のガス拡散層は、差圧測定法により測定された差圧が60mmaq以上120mmaq以下である請求項1から5いずれかに記載された固体高分子型燃料電池の電極構造体。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2006−134648(P2006−134648A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−320678(P2004−320678)
【出願日】平成16年11月4日(2004.11.4)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】