説明

固体高分子形燃料電池及び電解質膜の寿命予測方法

【課題】耐久性に優れ、長期の運転が可能である固体高分子形燃料電池、及び電解質膜の寿命予測方法を提供すること。
【解決手段】電解質膜4と、前記電解質膜4の両面に設けた一対の触媒層7,9と、前記触媒層7,9の外側に設けた一対のガス拡散層8,10と、前記ガス拡散層7,9の外側に設けた、反応ガスを電極に供給するためのガス流路5a,6aを有する一対の流路板5,6を具備する単電池1を複数個積層してなる固体高分子形燃料電池。前記固体高分子形燃料電池から排出される単位時間あたりのフッ素イオンの排出量(g/h)、前記電解質膜4の膜厚(cm)、前記単電池1の反応面積(cm)、前記単電池1の数(枚)、及び燃料電池の設計寿命(h)の間に、下記式の関係が成立する。
{(膜厚)×(反応面積)×(セル数)}÷(単位時間当たりのフッ素イオンの排出量)÷10 ≧(燃料電池の設計寿命)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形燃料電池及び電解質膜の寿命予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、水素を含む燃料ガスと酸素を含む酸化剤ガスから電気化学反応により電気と水と熱を取り出す装置である。その中でも、パーフルオロスルフォン酸からなるイオン交換膜を電解質膜として用いた固体高分子形燃料電池は、60℃〜80℃の低温で動作する発電装置として、車載用、定置用、携帯用の各種用途に用いられている。
【0003】
電解質膜は、アノード反応で生成されたプロトンをカソードに輸送する機能と、燃料ガスおよび酸化剤ガスとを分ける機能とを有する。長期間に渡って燃料電池発電を継続すると、電解質膜の劣化が進行し、最終的には破損し、ガスのシール機能が失われ、反応ガスが混合される、いわゆるクロスオーバーが生ずる。クロスオーバー量は運転時間が長期に渡ると増加し、それによって燃料電池の性能が低下し、更には運転不能に至る。
【0004】
電解質膜の劣化メカニズムとして、触媒近傍で発生するOHラジカルによって電解質膜が分解するメカニズムが知られている。このとき、分解生成物としてフッ素イオンが電池外に排出される。従って、排出されるフッ素イオンの濃度を測定し、累積のフッ素量を積算することで、電解質膜の劣化状況を知ることができる。また、燃料電池を開回路電位(OCV)に保持すると、電解質膜の劣化を加速することができるので、燃料電池の寿命予測試験において、燃料電池をOCVに保持し、フッ素イオン排出量を測定することで、電解質膜の寿命を加速する手法が開発されている。
【0005】
この場合、現実の電解質膜の寿命と加速試験における電解質膜の寿命は、次の関係にあることがわかっている。
【0006】
(電解質膜の寿命)=(加速係数)×(加速試験における寿命)
このように、寿命予測試験は電解質膜の劣化を加速しているため、その加速係数を正しく見積ることが必要であった。加速係数は、電解質膜の物性だけでなく、定常運転の運転条件にも依存して決定される。従って、加速係数を求めるためには、通常の運転条件での長期運転が必要とされ、長期間の開発期間が必要であるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−174922号公報
【特許文献2】特開2007−311027号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、耐久性に優れ、長期の運転が可能である固体高分子形燃料電池、及び電解質膜の寿命予測方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
実施形態によれば、電解質膜と、前記電解質膜の両面に設けた一対の触媒層と、前記触媒層の外側に設けた一対のガス拡散層と、前記ガス拡散層の外側に設けた、反応ガスを電極に供給するためのガス流路を有する一対の流路板を具備する単電池を複数個積層してなる固体高分子形燃料電池が提供される。
【0010】
前記固体高分子形燃料電池から排出される単位時間あたりのフッ素イオンの排出量(g/h)、前記電解質膜の膜厚(cm)、前記単電池の反応面積(cm)、前記単電池の数(枚)、及び燃料電池の設計寿命(h)の間に、下記式の関係が成立する。
【0011】
{(膜厚)×(反応面積)×(セル数)}÷(単位時間当たりのフッ素イオンの排出量)÷10 ≧(燃料電池の設計寿命)
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施形態に係る固体高分子形燃料電池の概略を示す断面図。
【図2】クロスオーバー量とフッ素排出量の関係を示す特性図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、実施の形態について、図面を参照して説明する。
【0014】
図1に示すように、固体高分子電解質形燃料電池は、アノード2とカソード3の間に、イオン交換膜からなる電解質膜4を挟んで構成される単電池1を複数個積層して構成される。イオン交換膜は、例えば、パーフルオロスルホン酸等のスルホン基を有するフッ素樹脂からなる。
【0015】
アノード2はアノード触媒層7とアノードガス拡散層8からなり、カソード3はカソード触媒層9とカソードガス拡散層10からなる。アノード2には、アノード流路板5のガス流路5aから水素を含む燃料ガスが導入され、カソード3には、カソード流路板6のガス流路6aから空気あるいは酸素を含む酸化剤ガスが導入される。アノード2では下記(1)式で示される水素の酸化反応が進み、カソード3では下記(2)式で示される酸素の還元反応が進み、電気と熱と水を生成する。
【0016】
H → 2H + 2e ・・・(1)
1/2O + 2H + 2e → HO ・・・(2)
電解質膜4は、アノード反応で生成されたプロトンをカソード3に輸送する機能と、燃料ガスおよび酸化剤ガスとを分ける機能とを有する。長期間に渡って燃料電池発電を継続すると、電解質膜4の劣化が進行してガスシール機能が損なわれ、クロスオーバーが生じ、燃料電池の性能が低下し、最後には燃料電池の運転不能に到ってしまう。従って、電解質膜4のガスシール機能即ち耐久性は、燃料電池の寿命を決定する重要な因子である。
【0017】
本実施形態に係る固体高分子電解質形燃料電池は、フッ素イオンの排出量(g/h)、電解質膜の膜厚(cm)、単電池の反応面積(cm)、及び単電池のセル数(枚)の値から、下記式(3)を満たすように構成される。このように構成されることにより、長期運転可能で耐久性に優れた固体高分子形燃料電池を得ることができる。
【0018】
{(膜厚)×(反応面積)×(セル数)}÷(単位時間当たりのフッ素イオンの排出量)÷10≧(燃料電池の設計寿命) ・・・(3)
上記式(3)における燃料電池の設計寿命について、家庭用の燃料電池システムにおいては、10年間の耐用年数が目標とされている。すなわち、10年間=87600時間の運転時間の耐久性が求められる。一方、自動車用には5000時間の寿命が必要とされており、設計寿命には大きな差がある。
【0019】
以下、式(3)を導く手順について説明する。
【0020】
電解質膜の耐久性を評価するにあたって、固体高分子電解質形燃料電池が運転不能となるクライテリアを設定する必要がある。図2に電解質膜の劣化加速試験としてOCV保持試験を行った際の、クロスオーバーとフッ素イオンの排出量の積算値の変化を示す。
【0021】
図2から、クロスオーバー量が最終的に急増して運転不能になっても、フッ素イオン排出量は大きな変化はしていないことがわかる。クロスオーバー量が大きく増加するとき、電解質膜は破損しているため、不可逆な反応であり、クロスオーバー量が減少することは無い。従って、クロスオーバー量が不可逆な領域まで増加したときの運転時間を電解質膜の寿命とすることができる。
【0022】
このような電解質膜の寿命と、固体高分子形燃料電池から排出される単位時間あたりのフッ素イオンの排出量(g/h)との関係につき検討を重ねた結果、電解質膜の寿命は、フッ素イオンの排出量(g/h)、電解質膜の膜厚(cm)、単電池の反応面積(cm)、及び単電池のセル数(枚)の値から、下記式(4)により求められることを見出した。
【0023】
{(膜厚)×(反応面積)×(セル数)}÷(単位時間当たりのフッ素イオンの排出量)÷10=(電解質膜の寿命) ・・・(4)
なお、フッ素イオン排出量は、燃料電池からの排ガスを冷却し、排ガス中に含まれる湿分を凝縮して得られる凝縮水中に含まれるフッ素濃度を計測して算出することができる。即ち、固体高分子形燃料電池の発電運転中に、燃料電池から排気される反応ガス中の蒸気を凝縮して得られる水中に含まれるフッ素イオン重量を、凝縮した時間で割ることにより算出する。
フッ素濃度の計測は、例えばイオンクロマトグラフを用いて計測することが可能である。
【0024】
上記式(4)は次のように導出される。
【0025】
まず、図2における総フッ素イオン排出量をOCV保持時間で割って、単位時間当たりのフッ素イオンの排出量を算出する。図2におけるOCV保持時間にOCV試験の加速係数をかけることで、電解質膜の寿命を求めることができる。加速係数は(燃料電池の運転条件での電解質膜寿命)÷(OCV試験における電解質膜の寿命)で求められる値であり、OCV試験の試験条件で決まる。試験条件のうち、燃料電池の温度及びガスの湿度が電解質膜の寿命に影響を与える因子である。電解質膜の寿命は、電解質膜の膜厚に比例し、フッ素イオンの排出量に反比例する。
【0026】
上記のように得た電解質膜の寿命から、下記式(5)により表される数値を得た。
【0027】
{(膜厚)×(反応面積)×(セル数)}÷(単位時間当たりのフッ素イオンの排出量)÷(電解質膜の寿命)=10 ・・・(5)
上記式(5)を変形することで上記式(4)式を得ることができる。
【0028】
式(4)式により得られた電解質膜の寿命に対して、下記式(6)の不等式とすれば、燃料電池の設計寿命を満たすことになる。
【0029】
(電解質膜の寿命)≧(燃料電池の設計寿命) ・・・(6)
従って、式(4)と式(6)から式(3)が得られる。従って、燃料電池の設計寿命に対して式(3)を満たす電解質膜を選択すれば、必要とされる燃料電池の設計寿命を確保することができる。
【0030】
上述したように、燃料電池の設計寿命は、家庭用燃料電池では87600時間、自動車用燃料電池では5000時間であり、式(3)を満たす電解質膜を選択することによって、耐久性に優れた長寿命の固体高分子形燃料電池を得ることができる。
【0031】
ここで、単位時間、単位面積当たりのフッ素溶出量が0.003 (μg / h・cm2)の電解質膜を家庭用燃料電池に適用すると、87600時間以上の寿命の固体高分子形燃料電池を実現するためには、26μmの厚さの電解質膜が必要である。
【0032】
一方、同じフッ素溶出量の電解質膜を自動車用燃料電池に適用すると、5000時間以上の寿命の固体高分子形燃料電池を実現するためには、1.5μmの厚さの電解質膜を用いればよい。しかし、電解質膜の製膜の限界、燃料電池製造工程におけるハンドリングの限界から、このような薄膜は適用が困難である。この場合には、製造上の条件から膜厚が規定されることになる。
【0033】
自動車用燃料電池に適用する電解質膜において、単位時間、単位面積当たりのフッ素溶出量が0.05 (μg/h・cm) であるフッ素溶出量の多い電解質膜であっても、25μmの膜厚で5000時間の燃料電池の寿命を達成することができる。
【0034】
以上説明した実施形態によれば、耐久性に優れ、長期の運転が可能である。
【0035】
以上、本発明の実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0036】
1…単電池、2…アノード、3…カソード、4…電解質膜、5…アノード流路板、5a…ガス流路、6…カソード流路板、6a…ガス流路、7…アノード触媒層、8…アノードガス拡散層、9…カソード触媒層、10…カソードガス拡散層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解質膜と、前記電解質膜の両面に設けた一対の触媒層と、前記触媒層の外側に設けた一対のガス拡散層と、前記ガス拡散層の外側に設けた、反応ガスを電極に供給するためのガス流路を有する一対の流路板を具備する単電池を複数個積層してなる固体高分子形燃料電池において、
前記固体高分子形燃料電池から排出される単位時間あたりのフッ素イオンの排出量(g/h)、前記電解質膜の膜厚(cm)、前記単電池の反応面積(cm)、前記単電池の数(枚)、及び燃料電池の設計寿命(h)の間に、下記式の関係が成立することを特徴とする固体高分子形燃料電池。
{(膜厚)×(反応面積)×(セル数)}÷(単位時間当たりのフッ素イオンの排出量)÷10 ≧ 燃料電池の設計寿命)
【請求項2】
前記フッ素イオンの排出量は、前記固体高分子形燃料電池の発電運転中に、燃料電池から排気される反応ガス中の蒸気を凝縮して得られる水中に含まれるフッ素イオン重量を、前記凝縮した時間で割ることにより算出することを特徴とする請求項1に記載の固体高分子形燃料電池。
【請求項3】
電解質膜と、前記電解質膜の両面に設けた一対の触媒層と、前記触媒層の外側に設けた一対のガス拡散層と、前記ガス拡散層の外側に設けた、反応ガスを電極に供給するためのガス流路を有する一対の流路板を具備する単電池を複数個積層してなる固体高分子形燃料電池における電解質膜の寿命予測方法において、
前記固体高分子形燃料電池から排出される単位時間あたりのフッ素イオンの排出量(g/h)、前記電解質膜の膜厚(cm)、前記単電池の反応面積(cm)、及び前記単電池の数(枚)に基づき、下記式により求めることを特徴とする電解質膜の寿命予測方法。
{(膜厚)×(反応面積)×(セル数)}÷(単位時間当たりのフッ素イオンの排出量)÷10=電解質膜の寿命

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−30271(P2013−30271A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−163408(P2011−163408)
【出願日】平成23年7月26日(2011.7.26)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【出願人】(301060299)東芝燃料電池システム株式会社 (358)
【Fターム(参考)】