説明

固体高分子電解質膜およびこれを用いた固体高分子形燃料電池

【課題】フッ化水素および/またはフッ素イオン、そしてスルホン酸イオンの溶出が高度に抑制されており、極めて高い耐久性を有する、固体高分子電解質膜を提供すること。
【解決手段】カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを、全フッ素系固体高分子電解質膜の表面および内部に含有する、固体高分子電解質膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子電解質膜および固体高分子形燃料電池に関し、更に詳しくは、固体高分子形燃料電池、水電解装置、ハロゲン化水素酸電解装置、食塩電解装置、酸素および/または水素濃縮器、湿度センサ、ガスセンサなどの電気化学デバイスに用いられる固体高分子電解質膜および固体高分子形燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池は、固体高分子電解質膜を、アノード電極およびカソード電極で挟み込んだ形態を有している。固体高分子電解質膜として、水素イオンは通すが、電子は通さない性質を有する材質である、水素イオン伝導性の高い高分子膜(電解質膜)が用いられる。そしてこの固体高分子電解質膜の両側に電極を設けたものが、膜・電極接合体(MEA:Membrane Electrode Assembly)である。ここで電極は、触媒層と、集電体としての多孔質の拡散層(支持層)からなる。アノード電極側において、例えばセパレータのガス流路から供給される水素ガスが、集電体を通じて拡散し、触媒層上で反応する。この反応により生じた水素イオンは固体高分子電解質膜を通過して、反対側の電極(カソード電極)へ移動する。
【0003】
このような固体高分子形燃料電池においては、アノード電極側に燃料(水素、アルコール、天然ガス)を、カソード燃料側に酸化剤(酸素、空気)を供給することにより、燃料電池電極で起きる電気化学反応によって発電する。
アノード電極:H → 2H + 2e
カソード電極:2H + 1/2 O + 2e → H
【0004】
ところが、アノード電極およびカソード電極における上記発電反応の副反応物および/または中間生成物として、過酸化水素が発生する。そしてこの過酸化水素は、固体高分子電解質膜を徐々に劣化させてしまうという問題がある。
【0005】
固体高分子形燃料電池に用いられる固体高分子電解質膜は、一般的に、高分子鎖内にC−H結合を含む炭化水素系固体高分子電解質膜、高分子鎖内にC−H結合およびC−F結合の両方を含む部分フッ素系固体高分子電解質膜、および高分子鎖内にC−F結合を含みC−H結合を含まない全フッ素系固体高分子電解質膜、の3種に大別される。
【0006】
これらの中でも全フッ素系固体高分子電解質膜は、一般に高価であるが、安定性や高出力性に優れ、化学的に安定であるため、燃料電池に組み込んでこれを運転した時に、炭化水素系・部分フッ素系固体高分子電解質膜で見られるような、重量減少を伴う顕著な化学的分解を伴わず、高い耐久性を備えている。そのため、室温で比較的高い水素イオン(プロトン)伝導性を示し、電極界面での高い酸素還元活性を呈するという特徴がある。このように全フッ素系固体高分子電解質膜は、炭化水素系固体高分子電解質膜および部分フッ素系固体高分子電解質膜と比較して優れた特性を有する。
【0007】
固体高分子形燃料電池の耐久性を高める従来技術として、例えば、特開2000−106203号公報(特許文献1)は、部分フッ素系固体高分子電解質膜や電極触媒に、酸化物触媒、大環状金属錯体触媒、遷移金属合金触媒の少なくとも1つの触媒を添加した例を開示する。この特許文献1においては、部分フッ素系固体高分子電解質膜を燃料電池に組み込んで運転したときに生ずる大幅な重量減を伴う化学的分解を解消することを目的としている。
【0008】
一方で、本発明が対象とする、全フッ素系固体高分子電解質膜を用いた固体高分子形燃料電池は、食塩電解や水電解など電気分解用隔膜として工業的には実績があり、電気化学的にはより過酷な電気分解系での安定性が実証されている。これらの点で、全フッ素系固体高分子電解質膜は、比較的酸化劣化を受けやすい炭化水素系および特許文献1が対象とする部分フッ素系固体高分子電解質膜とは、構造が根本的に異なるため、全フッ素系固体高分子電解質膜の劣化のメカニズムおよびこの劣化における対策手段も根本から異なるものと考えられていた。
【0009】
特開平11−329455号公報(特許文献2)は、白金金属または白金金属の合金の少なくとも1種を1次触媒活性成分として含むメタノール酸化のための燃料電池アノードにおいて、上記アノードが共触媒としてフタロシアニンまたは置換フタロシアニンの遷移金属錯体を含み、これらがメタノールの陽極酸化のための白金金属およびそれらの合金の触媒効果を増幅することを特徴とするメタノール酸化のための燃料電池アノードについて開示する。この特許文献2は、Nafion(R)などの全フッ素系固体高分子電解質膜を用いた例を開示する。一方でこの特許文献2においては、フタロシアニンまたは置換フタロシアニンの遷移金属錯体が含まれるのはアノードである点、そしてこのフタロシアニンは共触媒として含まれている点において、本発明とは構成が異なる。なおこの特許文献2は、燃料としてメタノールを用いる燃料電池における白金被毒に対する耐性の向上を目的としている。
【0010】
特開2005−56776号公報(特許文献3)には、固体高分子電解質に大環状金属錯体重量を添加することがなど記載されている。そして特許文献3には、固体高分子電解質膜は燃料電池環境下で、過酸化水素の存在によりフッ化水素および/またはフッ素イオンを溶出すること、そしてフタロシアニンのような大環状金属錯体がフッ素イオンの溶出抑制に有効であること、が報告されている。一方でこの特許文献3には、本発明における、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを、全フッ素系固体高分子電解質膜の表面および内部の両方に含有する例は記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2000−106203号公報
【特許文献2】特開平11−329455号公報
【特許文献3】特開2005−56776号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、フッ化水素および/またはフッ素イオン、そしてスルホン酸イオンの溶出が高度に抑制されており、極めて高い耐久性を有する、固体高分子電解質膜、およびこれを用いた固体高分子形燃料電池、を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、鋭意研究の結果、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを全フッ素系固体高分子電解質膜の内部および表面の両方に担持させることにより、フッ化水素および/またはフッ素イオン、スルホン酸イオンの溶出を抑制できることを見出し、本発明に至った。従って本発明では、以下の固体高分子電解質膜を提供する。
【0014】
カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを全フッ素系固体高分子電解質膜の表面および内部に含有する固体高分子電解質膜。
【0015】
上記カルボキシル基を有する金属フタロシアニンは、下記式(1)で示される固体高分子電解質膜であるのが好ましい。
【0016】
【化1】

【0017】
式(1)中、Mは、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Sn、Al、TiおよびVからなる群から選ばれる原子であり、Mは、H、Li、Na、KおよびNHからなる群から選ばれる原子または基であり、nは1〜4の整数である。
【0018】
上記の式(1)で表される金属フタロシアニンの中心金属(M)がCoまたはCuであり、nが1である金属フタロシアニンを含有する固体高分子電解質膜であるのが好ましい。
【0019】
上記カルボキシル基を有する金属フタロシアニンが、全フッ素系固体高分子電解質膜の重量に対して1.07×10−7〜4.0×10−4mol/g含有される固体高分子電解質膜であるのが好ましい。
【0020】
本発明はまた、上記カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを全フッ素系固体高分子電解質膜の表面および内部に担持させる、固体高分子電解質膜の製造方法も提供する。
【0021】
本発明はさらに、上記の固体高分子電解質膜を少なくとも有している固体高分子形燃料電池も提供する。
【発明の効果】
【0022】
本発明に係る固体高分子電解質膜は、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンが、全フッ素系固体高分子電解質膜の表面および内部の両方に担持されている構成を有する。そしてこの構成により、固体高分子電解質膜において、過酸化水素存在下であっても、フッ化水素および/またはフッ素イオンの溶出が抑制されるという効果がある。さらに、固体高分子電解質膜において、スルホン酸イオンの溶出も抑制できることから、スルホン酸イオンの溶出による抵抗値の上昇および水素イオン(プロトン)伝導性の低下といった不具合も抑制されるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】実施例1の固体高分子電解質膜の、フッ素イオン排出量(FRR)、硫酸イオン排出量(SRR)および過酸化水素分解量の経時変化である。
【図2】実施例2の固体高分子電解質膜の、フッ素イオン排出量(FRR)、硫酸イオン排出量(SRR)および過酸化水素分解量の経時変化である。
【図3】実施例1の固体高分子電解質膜の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の固体高分子電解質膜は、全フッ素系固体高分子電解質膜の表面および内部の両方に、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンが担持されていることを特徴とする。
【0025】
上記カルボキシル基を有する金属フタロシアニンとして、例えば下記式(1)で示される金属フタロシアニンを挙げることができる。
【0026】
【化2】

【0027】
上記式(1)中、Mは、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Sn、Al、TiおよびVからなる群から選ばれる原子であり、Mは、H、Li、Na、KおよびNHからなる群から選ばれる原子または基であり、nは1〜4の整数である。
【0028】
式(1)において、Mは、同一の原子または基であってもよく、あるいは異なる原子または基であってもよい。また、Mは、H、NaおよびNHからなる群から選ばれる原子または基であるのがより好ましい。
【0029】
本発明に用いられるカルボキシル基を有する金属フタロシアニンは、上記式(1)の金属フタロシアニンであるのが好ましい。また、上記式(1)中、中心金属(M)が、CoまたはCuあるのがより好ましい。さらに、上記式(1)中、nは1であることがより好ましい。
【0030】
本発明に用いられる全フッ素系固体高分子電解質膜とは、高分子鎖内にC−F結合を含み、かつ、C−H結合を含まないものをいう。全フッ素系固体高分子電解質膜として、例えば下記式
【0031】
【化3】

【0032】
[上記式中、x、y、pおよびqは独立して任意の整数を示す。]
で示される構造を有する、パーフルオロカーボンスルホン酸ポリマーなどが挙げられる。なお、全フッ素系固体高分子電解質膜は、C−H以外の結合である、例えばC−Cl結合またはその他の結合(例えば、−O−、−S−、−C(=O)−、−N(R)−など)を必要に応じて含んでもよい。
【0033】
全フッ素系固体高分子電解質膜の具体例として、例えば、ナフィオン(デュポン社製)、アシプレックス(旭化成社製)、フレミオン(旭硝子社製)などが好ましい一例として挙げられる。
【0034】
本発明において、固体高分子電解質膜に含有される、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンの量は、固体高分子電解質膜の重量(g)に対して、1.0×10−8 mol/g〜1.0×10−3 mol/gであるのが好ましく、1.0×10−7〜4.0×10−4mol/gであるのがより好ましい。ここでいう「固体高分子電解質膜に含有される、金属フタロシアニンの量」は、固体高分子電解質膜の表面に担持された金属フタロシアニンの量および固体高分子電解質膜の内部に担持された金属フタロシアニンの量の総量を意味する。
固体高分子電解質膜の内部に含有される、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンの量は、固体高分子電解質膜の重量(g)に対して、5.0×10-5mol/g〜5.0×10−4mol/gであるのが好ましく、5.0×10-5mol/g〜3.0×10−4mol/gであるのがより好ましい。
また、固体高分子電解質膜の表面に含有される、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンの量は、固体高分子電解質膜の重量(g)に対して、1.0×10−7mol/g〜1.0×10−5mol/gであるのが好ましく、5.0×10−7mol/g〜1.0×10−5mol/gであるのがより好ましい。
【0035】
次に、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを、固体高分子電解質膜の表面および内部の両方に含有させる(担持させる)方法について説明する。具体的には、公知の担時させる方法の中から、固体高分子電解質膜の内部に、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを浸漬し、担時させた後、固体高分子電解質膜の表面に噴霧する方法を例示して説明している。
【0036】
本発明で用いられる、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンは、水およびアルカリ性水溶液へ溶解する性質を有する。そのため、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを含む水溶液またはアルカリ性水溶液を調製し、次いで、得られた水溶液またはアルカリ水溶液中に固体高分子電解質膜を浸漬することによって、固体高分子電解質膜の内部に、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを担持させることができる。
前記工程において、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを含むアルカリ性水溶液を用いることがより好ましい。
【0037】
アルカリ性水溶液の調製に用いることができる塩基として、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウムなどのアルカリ金属の水酸化物、およびアンモニア水などが挙げられる。浸漬に用いられるアルカリ性水溶液における塩基の濃度は、0.005mol/L〜1.0mol/Lであるのが好ましく、0.01mol/L〜0.5mol/Lであるのがより好ましい。こうして得られるアルカリ性水溶液に、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを溶解し、この様な手順で調製することが好ましい。
【0038】
カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを含む水溶液またはアルカリ性水溶液における、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンの濃度は、1.0×10−4mol/L〜1.0×10−2mol/Lであるのが好ましく、1.0×10−3mol/L〜5.0×10−3mol/Lであるのがより好ましい。
【0039】
こうして得られる、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを含む水溶液またはアルカリ性水溶液に、固体高分子電解質膜を浸漬することによって、固体高分子電解質膜の内部に、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンが担持される。上記溶液中に、固体高分子電解質膜を浸漬する時間は、1時間〜48時間であるのが好ましく、2時間〜36時間であるのがより好ましい。また、上記溶液の温度は、30℃〜100℃であるのが好ましく、50℃〜100℃であるのがより好ましい。
【0040】
上記溶液中に浸漬した固体高分子電解質膜は、次いで酸性水溶液中に浸漬するのが好ましい。固体高分子電解質膜を酸性水溶液中に浸漬することによって、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを、固体高分子電解質膜の内部に、より良好に固着し、含有させることができる。この酸性水溶液中に含まれる酸としては、例えば、塩酸、硫酸、硝酸などの無機酸、および酢酸、プロピオン酸、クエン酸などの有機酸が挙げられる。
【0041】
酸性水溶液中に固体高分子電解質膜を浸漬する時間は、5分〜60分であるのが好ましく、5分〜10分であるのがより好ましい。また、酸性水溶液の温度は10℃〜50℃であるのが好ましく、15℃〜25℃であるのがより好ましい。
【0042】
次に、得られたカルボキシル基を有する金属フタロシアニンを内部に担持した固体高分子電解質膜の表面に、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを担持させ、含有させる。なお本明細書において「カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを、全フッ素系固体高分子電解質膜の表面に含有する」とは、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンが、全フッ素系固体高分子電解質膜の表面に固着された状態(表面に担持された状態)を意味する。固体高分子電解質膜の表面に、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを担持させる方法として、例えば、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを含む水溶液またはアルカリ性水溶液を、霧吹きまたはエアブラシなどの噴霧器を用いて、固体高分子電解質膜の表面に噴霧する方法が挙げられる。
【0043】
上記処理に用いることができる溶液として、例えば、上記浸漬に用いられる、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを含む水溶液またはアルカリ性水溶液を用いることができる。カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを含むアルカリ性水溶液を用いる場合は、このアルカリ性水溶液中に含まれる塩基がアンモニア水であるのが、塩基成分の揮発性などの点においてより好ましい。
また、上記溶液中に含まれる、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンの濃度は、1.0×10−4mol/L〜1.0×10−2mol/Lであるのが好ましく、1.0×10−3mol/L〜5.0×10−3mol/Lであるのがより好ましい。
【0044】
上記溶液が噴霧された固体高分子電解質膜は、次いで熱処理されるのが好ましい。熱処理を行う温度は、70℃〜95℃であるのが好ましく、80℃〜95℃であるのがより好ましい。また、熱処理を行う時間としては0.5時間〜2時間であるのが好ましく、0.5時間〜0.75時間であるのがより好ましい。
【0045】
得られた固体高分子電解質膜は、次いで酸性水溶液中に浸漬されるのが好ましい。固体高分子電解質膜を酸性水溶液中に浸漬することによって、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを、固体高分子電解質膜の表面に、より良好に固着させることができるという利点がある。この酸性水溶液中に含まれる酸としては、例えば、塩酸、硫酸、硝酸などの無機酸、および酢酸、プロピオン酸、クエン酸などの有機酸が挙げられる。
【0046】
固体高分子電解質膜を酸性水溶液中に浸漬する時間は、5分〜60分であるのが好ましく、5分〜10分であるのがより好ましい。また、温度は10℃〜50℃であるのが好ましく、15℃〜25℃であるのがより好ましい。
【0047】
こうして、固体高分子電解質膜の表面および内部に、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンが担持されることとなる。そして上記のように、浸漬および噴霧という2段階の処理を行うことによって、固体高分子電解質膜の表面および内部の両方に、十分な量の、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを担持させることができるという利点がある。
【0048】
より具体的には、こうして製造された、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを、全フッ素系固体高分子電解質膜の表面および内部の両方に含有する固体高分子電解質膜は、過酸化水素による固体高分子電解質膜の劣化がより良好に抑制されるという利点がある。固体高分子形燃料電池においては、燃料電池の電極で起こる電気化学反応に伴い、過酸化水素、そしてヒドロキシラジカルが発生する。そしてこれらが、全フッ素系固体高分子電解質膜を劣化させ、この劣化により、フッ化水素および/またはフッ素イオン、そしてスルホン酸イオンの溶出が生じることとなる。しかしながら、本発明のように、固体高分子電解質膜の表面および内部の両方に、十分な量の、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを担持させることによって、フッ化水素および/またはフッ素イオン、そしてスルホン酸イオンの溶出が高度に抑制されることとなる。これにより、固体高分子電解質膜の耐久性が飛躍的に向上することとなる。
【0049】
さらに、本発明の、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを、全フッ素系固体高分子電解質膜の表面および内部の両方に含有する固体高分子電解質膜は、その製造において、カルボキシル基を有する金属フタロシアニン溶液が用いられている。ここで、溶液状態である、カルボキシル基を有する金属フタロシアニン溶液が用いられることによって、固体高分子電解質膜における水素イオン(プロトン)伝導に重要なイオンクラスター内に、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンが挿入され、そして固定されることとなる。これにより、固体高分子電解質膜が有するC−S結合に対する、過酸化水素に基づくヒドロキシラジカルの攻撃を抑制することができ、これにより固体高分子電解質膜における水素イオン(プロトン)伝導性の低下が低減されることとなるという効果がある。
【0050】
また、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを固体高分子電解質膜へ導入することは、固体高分子電解質膜の水素イオン(プロトン)伝導能力を低下させないという利点がある。そのため、本発明の、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを全フッ素系固体高分子電解質膜の表面と内部に含有する固体高分子電解質膜は、燃料電池などに好適に用いることができる。
【0051】
次に、全フッ素系固体高分子電解質膜の表面と内部にカルボキシル基を有する金属フタロシアニンを含有する本発明の固体高分子電解質膜を有する燃料電池について説明する。
【0052】
本発明の燃料電池は、全フッ素系固体高分子電解質膜の表面と内部にカルボキシル基を有する金属フタロシアニンを含有する固体高分子電解質膜の一方の面にカソード層が形成され、他方の面にアノード層(燃料極)が形成されてセル構造が構成される。さらに、カソード層とアノード層にはリード線が取り付けられる。
【0053】
このセルがセパレータを介して複数積層され、ケーシング内に配設されて燃料電池が構成される。このセルに燃料と、酸素または酸素含有ガス(酸化剤)が供給され、電解質膜を介して酸化還元反応が起こり、起電力が生じる。
【0054】
カソード層、アノード層にはそれぞれ電極反応を促進する触媒金属を担持させた電極材が設けられており、この電極材に電極板が取り付けられて電極を形成する。
【0055】
電極材には種々の材料が検討されており、燃料やガスの拡散層となるカーボンクロスまたはカーボンペーパーに、触媒金属を含有する触媒層を形成する。
【0056】
触媒層はカーボンナノファイバーやカーボン粉末などの炭素材に白金やルテニウムの触媒金属を担持し、この触媒金属を担持したカーボン粉末を固体高分子電解質溶液などの溶媒に混合してペースト状に形成し、このペーストをカーボンクロスまたはカーボンペーパーに塗布し、溶媒を揮発させることにより形成される。
【0057】
こうして製造される本発明の燃料電池は、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを表面および内部の両方に担持させた固体高分子電解質膜を用いているため、過酸化水素による電解質膜の劣化が高度に抑制されており、燃料電池としての耐久性が優れているという特徴がある。
【実施例】
【0058】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。実施例中、「部」および「%」は、ことわりのない限り、重量基準による。
【0059】
実施例1
1−1(金属フタロシアニンの内部担持)
テトラカルボキシコバルトフタロシアニン(CoPc(COOH)、オリヱント化学工業社製)の濃度を3.3×10−3mol/Lに調整した水酸化ナトリウム水溶液(水酸化ナトリウム濃度:1×10−4mol/L)に、ナフィオン117(デュポン社製)を浸漬し、90℃、24時間撹拌した。次いで、1mol/Lの塩酸水に室温で5分間浸漬し、テトラカルボキシコバルトフタロシアニンを内部に担持する固体高分子電解質膜を得た。なおこの得られた固体高分子電解質膜を、5cm×5cmの大きさに切断した。
【0060】
1−2(金属フタロシアニンの表面担持)
1−1で得た、テトラカルボキシコバルトフタロシアニンを内部に担持する固体高分子電解質膜の両面に、テトラカルボキシコバルトフタロシアニン(CoPc(COOH)、オリヱント化学工業社製)の濃度を4.4×10−3mol/Lに調整したアンモニア水(アンモニア濃度:3.0mol/L)を、Air Brush Kit V−100(VIVAZ社製エアブラシ)を用いて噴霧し、密閉容器内で90℃、30分加熱した。次いで、1mol/Lの塩酸水に室温で5分間浸漬した後、超純水で洗浄し、テトラカルボキシコバルトフタロシアニンを内部および表面の両方に担持する固体高分子電解質膜を得た。
【0061】
金属フタロシアニンの担持量の測定
触媒を担持した固体高分子電解質膜の表面および内部を900℃で10時間加熱して灰化した。得られた金属の酸化物を1mLの王水で溶解したのち、全量を50mLに希釈した。誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP法;SIIナノテクノロジー社製 SPS−3100)によってこの溶液の金属イオンの濃度を求めて、金属フタロシアニンの担持量を算出した。
1−2で得られた固体高分子電解質膜のCoPc(COOH)表面担持量は7.81×10−6mol/gであり、内部担持量は6.85×10−5mol/gであった。
【0062】
図3は、実施例1で得られた固体高分子電解質膜の断面図(写真)である。この断面図(写真)から、実施例1で得られた固体高分子電解質膜は、その表面および内部の両方に、テトラカルボキシコバルトフタロシアニンが担持されていることが分かる。
【0063】
実施例2
2−1(金属フタロシアニンの内部担持)
1−1でテトラカルボキシコバルトフタロシアニン(CoPc(COOH))に換えてテトラカルボキシ銅フタロシアニン(CuPc(COOH)、オリヱント化学工業社製)を用いたこと以外は同様の操作を行うことにより、テトラカルボキシ銅フタロシアニンを内部に担持する固体高分子電解質膜を得た。
【0064】
2−2(金属フタロシアニンの表面担持)
2−1で得た、テトラカルボキシ銅フタロシアニンを内部に担持する固体高分子電解質膜の両面に、テトラカルボキシコバルトフタロシアニン(CoPc(COOH))に換えてテトラカルボキシ銅フタロシアニン(CuPc(COOH)、オリヱント化学工業社製)を用いたこと以外は1−2と同様の操作を行うことにより、テトラカルボキシ銅フタロシアニンを内部および表面の両方に担持する固体高分子電解質膜を得た。得られた固体高分子電解質膜のCuPc(COOH)表面担持量は8.07×10−7mol/gであり、内部担持量は1.97×10−4mol/gであった。
【0065】
比較例1
金属フタロシアニンを担持していない市販のナフィオン117膜を比較例1とした。
【0066】
比較例2
実施例1において、1−1のテトラカルボキシコバルトフタロシアニン(CoPc(COOH))を内部担持のみ施した固体高分子電解質膜を作成した。
【0067】
比較例3
特開2005−56776号公報に記載のコバルトフタロシアニンの1.0%ピリジン溶液に80℃で15秒〜60秒間浸漬して内部担持を施した固体高分子電解質膜を作成した。
【0068】
比較例4
実施例1において、1−2のテトラカルボキシコバルトフタロシアニン(CoPc(COOH))を表面担持のみ施した固体高分子電解質膜を作成した。
【0069】
比較例5
特開2005−56776号公報に記載のコバルトフタロシアニンの濃硫酸溶液への浸漬による内部担持を施した固体高分子膜を作成した。0.1%コバルトフタロシアニンの濃硫酸溶液に80℃、3時間浸漬させることにより内部担持を施した固体高分子電解質膜を作成した。
【0070】
実施例および比較例により得られた固体高分子電解質膜を用いて下記評価を行った。
【0071】
プロトン伝導度の測定
プロトン伝導度の測定は、四端子交流インピーダンス法で行った。測定雰囲気の条件として、純窒素中で温度30℃、湿度68%に保った。この中に固体電解質膜を組み入れた測定セルごと入れ、6時間以上保持したのち、交流インピーダンスを測定した。この測定値を解析してプロトン伝導度を得た。なお、表1中「試験前」のプロトン伝導度は、各実施例および比較例により得られた状態の固体電解質膜のプロトン伝導度であり、そして「試験後」のプロトン伝導度は、下記のフッ素イオン・硫酸イオンの溶出試験後の固体電解質膜のプロトン伝導度である。
【0072】
フッ素イオン・硫酸イオンの溶出量測定試験(分解率%)
実施例1〜2、比較例1〜5で得られた固体高分子電解質膜のフッ素イオン・硫酸イオンの溶出量測定試験を以下のように行った。
10%過酸化水素を含む0.01M過塩素酸水溶液500mLを80℃に保持し、これに固体高分子電解質膜を浸漬し、逐次、イオンクロマトグラフィーにてフッ素イオン・硫酸イオンの定量を行い、それぞれの時間おける排出率を求めた。
【0073】
イオンクロマトグラフィーによる定量は、カラム(ダイオネクス社製、AS−14A)、ガードカラム(ダイオネクス社製、AS−14G)、サプレッサー(ダイオネクス社製、ASRS ULTRAII)でシステムアップしたイオンクロマトグラフ装置を用いて行った。カラム温度はカラムオーブン(島津製作所製、CTO−10A)により35℃とした。溶離液として6.4mmol/L炭酸ナトリウム水溶液と0.8mmol/L炭酸ナトリウム水溶液の混合溶液を用いて、1mL/minの一定流速で流した。
【0074】
検量線の作成
0.01M過塩素酸水溶液ナトリウム水溶液中に、フッ化ナトリウムおよび硫酸ナトリウムがそれぞれ0.5ppm、1.0ppm、2.0ppmの濃度で含まれる標準溶液を、オートサンプラー(DAS−80)で25μL導入し、検出器(島津製作所製、CDD−6A)により検出することで検量線を作成した。
【0075】
サンプリングした溶液を0.2M水酸化ナトリウム水溶液で中和し、10倍希釈後にオートサンプラーで25μL導入することで、フッ素イオン・硫酸イオンをそれぞれ定量した。
【0076】
総過酸化水素分解量
固体高分子電解質膜の分解によりフッ素イオン・硫酸イオンを生じさせるのに要した過酸化水素の総量(mol)である。
【0077】
浸漬時間
上記「フッ素イオン・硫酸イオンの溶出量測定試験(分解率%)」で、10%過酸化水素を含む0.01M過塩素酸水溶液中に、固体高分子電解質膜を浸漬した時間である。
【0078】
図1は、実施例1の固体高分子電解質膜の、フッ素イオン排出量、硫酸イオン排出量および過酸化水素分解量の経時変化を表すグラフである。
【0079】
【表1】

【0080】
実施例の固体高分子電解質膜は、要した過酸化水素の総量が非常に多く、優れた耐久性を有していることが分かる。実施例の固体高分子電解質膜はまた、試験前および試験後におけるプロトン伝導度は大きく低下することはなかった。そしてこれら実施例の固体高分子電解質は、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを含むアルカリ水溶液を用いて調製されている。そのため、調製処理が簡便であり、調製により得られた固体高分子電解質の洗浄も容易であり、ピリジンなど有機溶媒による調整と違って固体高分子膜を劣化させないという利点もある。
さらに、実施例1の固体高分子電解質膜は、比較例3、比較例4の固体高分子電解質膜と比べて硫酸イオンの排出率が低く、全フッ素系固体高分子電解質膜の耐久性が向上していることが分かる。
【0081】
比較例1は、全フッ素系固体高分子電解質膜をそのまま用いた実験例である。この比較例1においては、総過酸化水素分解量が低く、過酸化水素の存在下で劣化することが分かる。
ピリジン溶液に固体高分子電解質膜を浸漬し、コバルトフタロシアニンを担持させた比較例3の電解質膜は、担持後のプロトン伝導率の低下が著しかった。
また、比較例5の固体高分子電解質膜は、残存硫酸イオンを多く含んでおり、微量イオン分析でフッ素イオン・硫酸イオンの溶出量を分析することができず、評価不能であった。
【0082】
実施例1の結果と、比較例1の結果との対比
実施例1のテトラカルボキシコバルトフタロシアニンを表面および内部に担持された固体高分子電解質膜は、何の処理もしていない比較例1Aと比べて、総過酸化水素分解量は91.67倍(2.75/0.03=91.67)であり、フッ素イオン排出速度は0.89倍(0.71/0.8=0.89)、硫酸イオン排出速度は1.78倍(24/13.5=1.78)であった。
フッ素イオン1mol、硫酸イオン1mol排出させるために必要な過酸化水素の分解量で評価すると、
フッ素イオン:91.67÷0.89=103.0倍
硫酸イオン:91.67÷1.78=51.5倍
である。
【0083】
実施例2の結果と、比較例1の結果との対比
実施例2のテトラカルボキシ銅フタロシアニンを表面および内部に担持された固体高分子電解質膜は、何の処理もしていない比較例1Aと比べて、総過酸化水素分解量は20.67倍(0.62/0.03=20.67)であり、フッ素イオン排出速度は0.89倍(0.70/0.8=0.89)、硫酸イオン排出速度は0.089倍(1.2/13.5=0.089)であった。
フッ素イオン1mol、硫酸イオン1mol排出させるために必要な過酸化水素の分解量で評価すると、
フッ素イオン:20.67÷0.89=23.2倍
硫酸イオン:20.67÷0.089=232.2倍
である。
【0084】
上記と同様にして、比較例1(1Aまたは1B)と、比較例2、3及び4の結果とを対比した。得られた計算結果を以下の表2に示す。比較例2は浸漬時間が400時間であるため、比較例1Bの結果を用いて計算した。比較例3および4は浸漬時間が600時間であるため、比較例1Aの結果を用いて計算した。
【表2】

【0085】
表2に示される通り、実施例1の固体高分子電解質膜は、比較例2、3および4の固体高分子電解質膜と比べて、フッ素イオン1mol排出に必要な過酸化水素量および硫酸イオン1mol排出に必要な過酸化水素量が何れも多い。つまり、実施例1の固体高分子電解質膜は、フッ素イオンではブランク実験(比較例1A)の約100倍、硫酸イオンでは約50倍の過酸化水素分解結果と、また実施例2の固体高分子電解質膜は、フッ素イオンではブランク実験(比較例1A)の約20倍、硫酸イオンでは約200倍の過酸化水素分解結果と同じになるため、劣化速度を抑制し、耐久性に優れている。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明の、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを表面および内部の両方に担持させた全フッ素系固体高分子電解質膜は、過酸化水素の存在下であってもフッ素イオンおよび硫酸イオンの排出を抑えられているという特徴がある。従って、この全フッ素系固体高分子電解質膜は、極めて優れた耐久性を有している。そしてこの全フッ素系固体高分子電解質膜は、燃料電池の電解質膜として使用した場合、長期間安定して電力や熱エネルギーを取り出すことができる。
【0087】
本発明の、カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを表面および内部の両方に担持させた全フッ素系固体高分子電解質膜はまた、水電解装置、ハロゲン化水素酸電解装置、食塩電解装置、酸素および/または水素濃縮器、湿度センサ、ガスセンサなどの電気化学デバイスの固体高分子電解質膜として好適に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを、全フッ素系固体高分子電解質膜の表面および内部に含有する、固体高分子電解質膜。
【請求項2】
前記カルボキシル基を有する金属フタロシアニンが下記式(1)で示される、請求項1記載の固体高分子電解質膜。
【化1】

[式(1)中、Mは、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Sn、Al、TiおよびVからなる群から選ばれる原子であり、Mは、H、Li、Na、KおよびNHからなる群から選ばれる原子または基であり、nは1〜4の整数である。]
【請求項3】
前記MがCoまたはCuであり、nが1である、請求項2記載の固体高分子電解質膜。
【請求項4】
前記カルボキシル基を有する金属フタロシアニンの含有量が、全フッ素系固体高分子電解質膜の重量に対して1.07×10−7〜4.0×10−4mol/gである、請求項1〜3いずれかに記載の固体高分子電解質膜。
【請求項5】
カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを含有する溶液に、全フッ素系固体高分子電解質膜を浸漬する工程;および
カルボキシル基を有する金属フタロシアニンを含有する溶液を、全フッ素系固体高分子電解質膜に噴霧する工程;
を少なくとも包含する、表面および内部にカルボキシル基を有する金属フタロシアニンを担持させた固体高分子電解質膜の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜4いずれかに記載の固体高分子電解質膜を少なくとも有する、固体高分子形燃料電池。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2012−64402(P2012−64402A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−206922(P2010−206922)
【出願日】平成22年9月15日(2010.9.15)
【出願人】(000103895)オリヱント化学工業株式会社 (59)
【Fターム(参考)】