説明

固体高分子電解質膜の製造方法

【課題】本発明は、高温状態から氷点下状態に温度状態が変化した場合であっても、収縮が生じ難い固体高分子電解質膜を得ることができる固体高分子電解質膜の製造方法を提供することを主目的とする。
【解決手段】本発明は、原料固体高分子電解質膜を、膨潤処理溶液に浸漬し、膨潤固体高分子電解質膜を形成する膨潤工程と、上記膨潤固体高分子電解質膜を上記膨潤処理溶液から取り出し、乾燥することにより、上記原料固体高分子電解質膜よりも収縮した固体高分子電解質膜を形成する乾燥工程と、を有することを特徴とする固体高分子電解質膜の製造方法を提供することにより、上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温状態から氷点下状態に温度状態が変化した場合であっても、収縮が生じ難い固体高分子電解質膜を得ることができる固体高分子電解質膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子電解質型燃料電池の最小発電単位である単位セル(燃料電池セル)は、一般に、固体高分子電解質膜と、固体高分子電解質膜の外側表面に形成された一対の触媒電極層(アノード側触媒電極層およびカソード側触媒電極層)と、その触媒電極層の外側表面に形成された一対のガス拡散層(アノード側ガス拡散層およびカソード側ガス拡散層)と、そのガス拡散層の外側表面に形成された一対のセパレータ(アノード側セパレータおよびカソード側セパレータ)と、を有する。
【0003】
従来、燃料電池セルの固体高分子電解質膜(イオン交換膜)の性能を向上させるために、種々の研究がなされている。例えば特許文献1においては、イオン交換膜を、荷重をかけて延伸させ、その状態のまま水蒸気中かつ飽和水蒸気圧以上の圧力で加熱し、加熱されたイオン交換膜を、荷重を除いた後に熱水中に浸漬させるイオン交換膜の製造方法が開示されている。この技術は、イオン交換膜のシワ等の発生を抑制することを目的とするものであった。
【0004】
特許文献2においては、高分子イオン交換膜を水溶液中で加熱処理する工程を含み、加熱処理温度を水溶液の沸点または高分子イオン交換膜のガラス転移点温度のいずれか低い温度を下回る温度とした、高分子イオン交換膜の不純物除去方法が開示されている。この技術は、高分子イオン交換膜を塑性変形させることなく不純物を除去して、膜のイオン交換機能を維持することを目的とするものであった。
【0005】
特許文献3においては、固体高分子電解質膜を、純水、希酸溶液またはアルカリ溶液に浸漬した状態で、100℃以下であるが、その固体高分子電解質膜の使用温度を超える温度に加熱処理することによって、固体高分子電解質膜を膨張させ、使用の時点まで処理終了時の温度以下の温度において湿潤状態を維持する、固体高分子電解質膜の寸法安定化方法が開示されている。この技術は、固体高分子電解質膜の寸法を安定化することを目的とするものであった。
【0006】
特許文献4においては、Feフタロシアニンを濃硫酸に溶かした溶液中に、熱水中に1時間浸漬して膨潤させたナフィオン(登録商標)膜を浸漬させる技術が開示されている。この技術は、フッ化水素およびフッ素イオンの溶出を抑制することができる固体高分子電解質膜を得ることを目的とするものであった。
【0007】
特許文献5においては、陽イオン交換膜を、含水量の多い状態で外周部を固定して乾燥することにより延伸処理する技術が開示されている。この技術は、上記の方法で陽イオン交換膜を乾燥することにより、膜断面を増大させ、シワの発生を抑制することを目的とするものであった。
【0008】
【特許文献1】特開2006−310047号公報
【特許文献2】特開平7−068186号公報
【特許文献3】特開2007−012537号公報
【特許文献4】特開2005−056776号公報
【特許文献5】特開2001−35510号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記の技術は、シワの発生、塑性変形の発生、寸法の不安定化およびイオンの溶出等を抑制することを目的とするものであった。しかしながら、燃料電池セルの固体高分子電解質膜には、以下のような問題がある。すなわち、高温状態から氷点下状態に温度状態が変化した場合に、固体高分子電解質膜が大きく収縮するため、高温状態/氷点下状態のサイクルが繰り返されると、固体高分子電解質膜の寸法変化に伴って触媒電極層に応力が蓄積され、触媒電極層の破壊が生じるという問題がある。その結果、燃料電池の発電性能が低下するという問題がある。
【0010】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、高温状態から氷点下状態に温度状態が変化した場合であっても、収縮が生じ難い固体高分子電解質膜を得ることができる固体高分子電解質膜の製造方法を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明においては、原料固体高分子電解質膜を、膨潤処理溶液に浸漬し、膨潤固体高分子電解質膜を形成する膨潤工程と、上記膨潤固体高分子電解質膜を上記膨潤処理溶液から取り出し、乾燥することにより、上記原料固体高分子電解質膜よりも収縮した固体高分子電解質膜を形成する乾燥工程と、を有することを特徴とする固体高分子電解質膜の製造方法を提供する。
【0012】
本発明によれば、上記の膨潤工程および乾燥工程を行うことにより、予め収縮した固体高分子電解質膜を得ることができる。これにより、高温状態から氷点下状態に温度状態が変化した場合であっても、収縮が生じ難い固体高分子電解質膜とすることができる。その結果、高温状態/氷点下状態のサイクルが繰り返されても、固体高分子電解質膜の寸法変化に伴って触媒電極層の破壊が生じることを抑制することができる。
【0013】
上記発明においては、上記膨潤処理溶液が、熱水であることが好ましい。原料固体高分子電解質膜を容易に膨潤させることができ、さらに膨潤処理溶液が固体高分子電解質膜に残留した場合であっても、燃料電池を構成する他の部材に悪影響を与える可能性が小さいからである。
【0014】
上記発明においては、上記乾燥工程の際に、上記膨潤固体高分子電解質膜が過度に収縮することを防止する収縮抑制部材を用いて、上記膨潤固体高分子電解質膜を乾燥することが好ましい。得られる固体高分子電解質膜の膜厚が過度に大きくなることを防止することができるからである。
【0015】
また、本発明においては、原料固体高分子電解質膜を、膨潤処理溶液に浸漬し、膨潤固体高分子電解質膜を形成する膨潤工程と、上記膨潤固体高分子電解質膜を上記膨潤処理溶液から取り出し、乾燥することにより、上記原料固体高分子電解質膜よりも収縮した固体高分子電解質膜を形成する乾燥工程とを行う固体高分子電解質膜形成工程を有することを特徴とする固体高分子電解質型燃料電池の製造方法を提供する。
【0016】
本発明によれば、上記の固体高分子電解質膜形成工程を行うことにより、予め収縮した固体高分子電解質膜を得ることができる。これにより、高温状態から氷点下状態に温度状態が変化した場合であっても、収縮が生じ難い固体高分子電解質膜とすることができる。その結果、高温状態/氷点下状態のサイクルが繰り返されても、固体高分子電解質膜の寸法変化に伴って触媒電極層の破壊が生じることを抑制することができ、発電性能に優れた固体高分子電解質型燃料電池を得ることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明においては、高温状態から氷点下状態に温度状態が変化した場合であっても、収縮が生じ難い固体高分子電解質膜を得ることができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の固体高分子電解質膜の製造方法および固体高分子電解質型燃料電池の製造方法について、以下詳細に説明する。
【0019】
A.固体高分子電解質膜の製造方法
本発明の固体高分子電解質膜の製造方法は、原料固体高分子電解質膜を、膨潤処理溶液に浸漬し、膨潤固体高分子電解質膜を形成する膨潤工程と、上記膨潤固体高分子電解質膜を上記膨潤処理溶液から取り出し、乾燥することにより、上記原料固体高分子電解質膜よりも収縮した固体高分子電解質膜を形成する乾燥工程と、を有することを特徴とするものである。
【0020】
本発明によれば、上記の膨潤工程および乾燥工程を行うことにより、予め収縮した固体高分子電解質膜を得ることができる。これにより、高温状態から氷点下状態に温度状態が変化した場合であっても、収縮が生じ難い固体高分子電解質膜とすることができる。その結果、高温状態/氷点下状態のサイクルが繰り返されても、固体高分子電解質膜の寸法変化に伴って触媒電極層の破壊が生じることを抑制することができる。ここで、収縮した固体高分子電解質膜が得られる理由は、膨潤処理溶液が原料固体高分子電解質膜の内部に浸透することで配向した分子鎖が緩むためであると考えられる。分子鎖が緩んだ状態(膨潤固体高分子電解質膜の状態)で乾燥を行うことで、原料固体高分子電解質膜よりも収縮した固体高分子電解質膜が得られる。
【0021】
すなわち、本発明においては、原料固体高分子電解質膜の収縮が生じる程度まで、原料固体高分子電解質膜を膨潤させる。なお、特許文献1においては、まずイオン交換膜を延伸し、次に結晶性を向上させる加熱処理を行い、最後に熱水処理を行う技術が開示されている。この技術における熱水処理は、イオン交換膜のシワを除去することを目的としているものであり、本発明のように、固体高分子電解質膜を収縮させるものではない。さらに、結晶性を向上させた後の熱水処理では、分子鎖が充分に緩和されないため、イオン交換膜の膨潤が起きず、イオン交換膜の収縮は生じないと考えられる。また、特許文献5は、イオン交換膜を延伸することを目的とした技術であり、本発明のように、固体高分子電解質膜を収縮させるものではない。
【0022】
次に、本発明の固体高分子電解質膜の製造方法について、図面を用いて説明する。図1は、本発明の固体高分子電解質膜の製造方法の一例を示す概略断面図である。図1に示される固体高分子電解質膜の製造方法においては、まず、原料固体高分子電解質膜1aを用意する(図1(a))。ここで、原料固体高分子電解質膜1aの膜厚をTとし、長さをLとする。次に、原料固体高分子電解質膜1aを膨潤処理溶液(図示せず)に浸漬し、膨潤固体高分子電解質膜1bを形成する(図1(b))。次に、膨潤固体高分子電解質膜1bを膨潤処理溶液から取り出し、乾燥することにより、原料固体高分子電解質膜1aよりも収縮した固体高分子電解質膜1cを形成する(図1(c))。ここで、固体高分子電解質膜1cの膜厚をTとし、長さをLとする。本発明においては、固体高分子電解質膜1cが原料固体高分子電解質膜1aよりも収縮した状態になるため、通常、TはTよりも大きくなり、LはLよりも小さくなる。
以下、本発明の固体高分子電解質膜の製造方法について、工程ごとに説明する。
【0023】
1.膨潤工程
本発明における膨潤工程は、原料固体高分子電解質膜を、膨潤処理溶液に浸漬し、膨潤固体高分子電解質膜を形成する工程である。
【0024】
本発明に用いられる原料固体高分子電解質膜は、プロトン伝導性および絶縁性を有し、さらに、膨潤工程および乾燥工程により収縮した固体高分子電解質膜となるものであれば特に限定されるものではない。原料固体高分子電解質膜の一例としては、パーフルオロスルホン酸系ポリマー等のフッ素系樹脂等を挙げることができる。パーフルオロスルホン酸系ポリマーとしては、具体的にはNafion(商品名、デュポン社製)、Gore Select(商品名、Gore社製)、Flemion(商品名、旭硝子社製)およびAciplex(商品名、旭化成社製)等を挙げることができる。また、原料固体高分子電解質膜の他の例としては、プロトン伝導性基を有する炭化水素系樹脂等を挙げることができる。炭化水素系樹脂としては、例えばポリエーテルサルフォン樹脂(PES)、ポリエーテルエーテルケトン樹脂(PEEK)、ポリフェニレンサルファイド樹脂(PPS)、ポリフェニレンオキサイド樹脂(PPO)、ポリベンゾイミダゾール樹脂(PBI)等にプロトン伝導性基を導入したもの等を挙げることができる。プロトン伝導性基としては、具体的にはスルホン酸基等を挙げることができる。
【0025】
また、本発明に用いられる原料固体高分子電解質膜は、無延伸のものであっても良く、一軸延伸されたものであっても良く、二軸延伸されたものであっても良い。なお、延伸成膜を行った場合、分子配向が高い方向に、低温時の収縮が起こりやすい。
【0026】
原料固体高分子電解質膜の膜厚としては、特に限定されるものではないが、例えば5μm〜100μmの範囲内、中でも10μm〜50μmの範囲内であることが好ましい。膜厚が小さすぎると短絡が生じる可能性があり、膜厚が大きすぎるとプロトン伝導性が低下する可能性があるからである。
【0027】
本発明に用いられる膨潤処理溶液は、原料固体高分子電解質膜を膨潤させる機能を有するものであれば特に限定されるものではなく、原料固体高分子電解質膜の種類等に応じて適宜選択することが好ましい。膨潤処理溶液としては、例えば水;ジメチルスルホキシド(DMSO);Nメチル−2ピロリドン;メタノール、エタノール、プロパノール、エチレングリコールおよびプロピレングリコール等のアルコール類;ジメチルアセトアミドおよびN,N−ジメチルホルムアミドのアミド類;およびこれらの混合物等を挙げることができ、中でも水、DMSOおよびこれらの混合物が好ましい。例えば膨潤処理溶液が固体高分子電解質膜に残留した場合であっても、燃料電池を構成する他の部材に悪影響を与える可能性が小さいという観点からは、膨潤処理溶液が水であることが好ましい。一方、例えば、水(熱水)の場合に比べて収縮した固体高分子電解質膜を得るという観点からは、膨潤処理溶液がDMSOを含有することが好ましい。この理由としては、DMSO溶液は固体高分子電解質膜に浸透しやすいため、配向した分子鎖が緩みやすく(膜が膨潤しやすく)、その結果、乾燥時に固体高分子電解質膜が収縮しやすくなるからであると考えられる。
【0028】
また、膨潤処理溶液は、加熱されていることが好ましい。原料固体高分子電解質膜を容易に膨潤させることができるからである。加熱された膨潤処理溶液の温度は、例えば50℃以上、中でも70℃以上であることが好ましい。一方、膨潤処理溶液の加熱温度は、通常、沸点以下である。特に、本発明においては、膨潤処理溶液が熱水であることが好ましい。原料固体高分子電解質膜を容易に膨潤させることができ、さらに膨潤処理溶液が固体高分子電解質膜に残留した場合であっても、燃料電池を構成する他の部材に悪影響を与える可能性が小さいからである。
【0029】
本発明においては、原料固体高分子電解質膜を、膨潤処理溶液に浸漬することにより膨潤させ、膨潤固体高分子電解質膜を形成する。膨潤固体高分子電解質膜の膜厚は、原料固体高分子電解質膜の膜厚に対して、例えば1.1倍以上、中でも1.2倍以上、特に1.3倍以上であることが好ましく、2.0倍以下であることが好ましい。膨潤処理溶液に原料固体高分子電解質膜を浸漬する時間は、膨潤固体高分子電解質膜の膜厚が上記範囲となる程度の時間であることが好ましく、例えば5分〜2時間の範囲内、中でも10分〜1時間の範囲内であることが好ましい。
【0030】
2.乾燥工程
次に、本発明における乾燥工程について説明する。本発明における乾燥工程は、上記膨潤固体高分子電解質膜を上記膨潤処理溶液から取り出し、乾燥することにより、上記原料固体高分子電解質膜よりも収縮した固体高分子電解質膜を形成する工程である。
【0031】
膨潤固体高分子電解質膜を乾燥する方法としては、原料固体高分子電解質膜よりも収縮した固体高分子電解質膜を形成することができる方法であれば特に限定されるものではないが、通常、乾燥機を用いる方法が採用される。膨潤固体高分子電解質膜の乾燥温度は、膜内の膨潤処理溶液を除去できる温度であれば特に限定されるものではないが、例えば40℃〜80℃の範囲内、中でも50℃〜70℃の範囲内である。また、乾燥時間は、用いられる膨潤処理溶液の種類に応じて異なるものであるが、例えば20分〜3時間の範囲内、中でも40分〜1時間の範囲内である。なお、本発明における乾燥工程は、常圧で行っても良く、真空で行っても良い。
【0032】
本発明において、得られる固体高分子電解質膜は、原料固体高分子電解質膜よりも収縮したものになる。そのため、上述した図1で説明したように、得られる固体高分子電解質膜の膜厚は、原料固体高分子電解質膜の膜厚よりも大きくなる。この際、固体高分子電解質膜の膜厚が過度に大きくなると、固体高分子電解質膜におけるプロトン伝導性が低下してしまう可能性がある。そこで、本発明においては、膨潤固体高分子電解質膜が過度に収縮することを防止する収縮抑制部材を用いて、膨潤固体高分子電解質膜を乾燥しても良い。これにより、得られる固体高分子電解質膜の膜厚が過度に大きくなることを防止することができる。収縮抑制部材を用いて膨潤固体高分子電解質膜を乾燥する方法の一例としては、膨潤固体高分子電解質膜の外周部を枠で固定しながら乾燥する方法を挙げることができる。この方法では、枠(収縮抑制部材)の寸法を適宜設定することで、固体高分子電解質膜が過度に収縮することを防止することができる。
【0033】
一方、収縮抑制部材を用いて膨潤固体高分子電解質膜を乾燥する方法の他の例としては、膨潤固体高分子電解質膜の両面に荷重を加えながら乾燥する方法を挙げることができる。この方法では、プレス機(収縮抑制部材)が加える荷重を適宜設定することで、固体高分子電解質膜が過度に収縮することを防止することができる。さらに、均一に荷重を加えることが容易であるため、枠で固定する場合と比較して、固体高分子電解質膜の破断等が生じ難いという利点を有する。また、この方法においては、膨潤固体高分子電解質膜とプレス機との接触表面に、膨潤処理溶液に対して膨潤固体高分子電解質膜よりも膨潤性の低い収縮抑制フィルムを配置することが好ましい。収縮抑制フィルムを配置することで、膨潤固体高分子電解質膜とプレス機との接触表面ですべりが生じることを抑制することができるからである。収縮抑制フィルムとしては、例えばポリエチレン(PE)製フィルム等を挙げることができる。
【0034】
本発明においては、膨潤固体高分子電解質膜を乾燥することにより、原料固体高分子電解質膜よりも収縮した固体高分子電解質膜を形成する。固体高分子電解質膜の膜厚は、原料固体高分子電解質膜の膜厚に対して、例えば1.05倍以上、中でも1.09倍以上、特に1.20倍以上であることが好ましく、1.60倍以下であることが好ましい。固体高分子電解質膜の膜厚が小さすぎると、高温状態から氷点下状態に温度状態が変化した場合であっても、収縮が生じやすくなる可能性があり、固体高分子電解質膜の膜厚が大きすぎると、プロトン伝導性が低下する可能性があるからである。
【0035】
B.固体高分子電解質型燃料電池の製造方法
次に、本発明の固体高分子電解質型燃料電池の製造方法について説明する。本発明の固体高分子電解質型燃料電池の製造方法は、原料固体高分子電解質膜を、膨潤処理溶液に浸漬し、膨潤固体高分子電解質膜を形成する膨潤工程と、上記膨潤固体高分子電解質膜を上記膨潤処理溶液から取り出し、乾燥することにより、上記原料固体高分子電解質膜よりも収縮した固体高分子電解質膜を形成する乾燥工程とを行う固体高分子電解質膜形成工程を有することを特徴とするものである。
【0036】
本発明によれば、上記の固体高分子電解質膜形成工程を行うことにより、予め収縮した固体高分子電解質膜を得ることができる。これにより、高温状態から氷点下状態に温度状態が変化した場合であっても、収縮が生じ難い固体高分子電解質膜とすることができる。その結果、高温状態/氷点下状態のサイクルが繰り返されても、固体高分子電解質膜の寸法変化に伴って触媒電極層の破壊が生じることを抑制することができ、発電性能に優れた固体高分子電解質型燃料電池を得ることができる。
【0037】
図2は、本発明の固体高分子電解質型燃料電池の製造方法の一例を示す概略断面図である。図2に示される固体高分子電解質型燃料電池の製造方法においては、まず、原料固体高分子電解質膜1aを用意する(図2(a))。ここで、原料固体高分子電解質膜1aの膜厚をTとし、長さをLとする。次に、原料固体高分子電解質膜1aを膨潤処理溶液(図示せず)に浸漬し、膨潤固体高分子電解質膜1bを形成する(図2(b))。次に、膨潤固体高分子電解質膜1bを膨潤処理溶液から取り出し、乾燥することにより、原料固体高分子電解質膜1aよりも収縮した固体高分子電解質膜1cを形成する(図2(c))。ここで、固体高分子電解質膜1cの膜厚をTとし、長さをLとする。本発明においては、固体高分子電解質膜1cが原料固体高分子電解質膜1aよりも収縮した状態になるため、通常、TはTよりも大きくなり、LはLよりも小さくなる。次に、固体高分子電解質膜1cの両面に、アノード側触媒電極層2aおよびカソード側触媒電極層2bをそれぞれ形成する(図2(d))。これにより膜−電極複合体(MEA)が得られ、さらに通常は、ガス拡散層(アノード側ガス拡散槽およびカソード側ガス拡散層)およびセパレータ(アノード側セパレータおよびカソード側セパレータ)を配置することにより、固体高分子電解質型燃料電池を得る。
【0038】
本発明における固体高分子電解質膜形成工程は、膨潤工程および乾燥工程を有するものである。これらの工程については、「A.固体高分子電解質膜の製造方法」に記載した内容と同様であるので、ここでの説明は省略する。
【0039】
また、本発明の固体高分子電解質型燃料電池の製造方法は、固体高分子電解質膜形成工程の他に、通常、触媒電極層形成工程、ガス拡散層設置工程およびセパレータ設置工程等を有する。これらの工程については、一般的な固体高分子電解質型燃料電池の製造方法と同様である。触媒電極層は、例えば、Pt等の触媒、炭素等の導電化材およびパーフルオロスルホン酸系ポリマー等の電解質材料を含有する触媒電極層形成用組成物を塗布することにより形成することができる。ガス拡散層としては、例えばカーボン繊維からなるもの等を挙げることができる。また、触媒電極層およびガス拡散層の界面に、撥水層が形成されていても良い。また、セパレータとしては、例えば、カーボン製セパレータおよび金属製セパレータ等を挙げることができる。
【0040】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は、例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0041】
以下に実施例を示して本発明をさらに具体的に説明する。
[実施例1]
原料固体高分子電解質膜として、厚さ30.4μmの固体高分子電解質膜A(パーフルオロスルホン酸系ポリマー)を用意し、100mm角に切断した。次に、切断した固体高分子電解質膜をガラスシャーレ中の80℃の熱水(200mL)に20分間浸漬した。なお、20分間の浸漬で、固体高分子電解質膜の吸水は、ほぼ平衡に達していた。次に、固体高分子電解質膜を熱水から取り出し、テフロン(登録商標)のシートの上に置き、乾燥機を用いて、60℃の条件で60分間乾燥した。これにより、固体高分子電解質膜中の水分は完全に除去され、固体高分子電解質膜を得た。得られた固体高分子電解質膜の膜厚は36.8μmであった。すなわち、固体高分子電解質膜の膜厚は、30.4μmから36.8μmに増加した。
【0042】
[実施例2]
熱水(200mL)の代わりに、80℃のDMSO水溶液(純水100mL/DMSO100mL)を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、固体高分子電解質膜を得た。得られた固体高分子電解質膜の膜厚は45.3μmであった。すなわち、固体高分子電解質膜の膜厚は、30.4μmから45.3μmに増加した。
【0043】
[実施例3]
原料固体高分子電解質膜として、厚さ30.4μmの固体高分子電解質膜A(パーフルオロスルホン酸系ポリマー)を用意し、100mm角に切断した。次に、切断した固体高分子電解質膜をポリエチレン(PE)製のチャック付き袋に入れ、その中に80℃の熱水を入れた。なお、熱水の添加量は、固体高分子電解質膜が完全に浸漬する量とした。次に、チャックを閉めた状態で、袋を90℃に設定した乾燥機の中に入れ、20分間静置した。次に、袋のチャックを開けて熱水を除去し、膨潤した固体高分子電解質膜が重ならないように平坦に置き、チャックを開けた状態とした。次に、その状態で、乾燥機を用いて、60℃の条件で60分間乾燥した。これにより、固体高分子電解質膜中の水分は完全に除去され、固体高分子電解質膜を得た。得られた固体高分子電解質膜の膜厚は33.3μmであった。すなわち、固体高分子電解質膜の膜厚は、30.4μmから33.3μmに増加した。
【0044】
[比較例1]
膜厚30.4μmの固体高分子電解質膜A(パーフルオロスルホン酸系ポリマー)を100mm角に切断し、固体高分子電解質膜を得た。
【0045】
[比較例2]
膜厚15.0μmの固体高分子電解質膜B(パーフルオロスルホン酸系ポリマー)を100mm角に切断し、固体高分子電解質膜を得た。
【0046】
[比較例3]
膜厚45.1μmの固体高分子電解質膜C(パーフルオロスルホン酸系ポリマー)を100mm角に切断し、固体高分子電解質膜を得た。
【0047】
[評価]
実施例1〜3および比較例1〜3で得られた固体高分子電解質膜を用いて、低温での収縮力測定を行った。低温での収縮力測定の方法は、以下の通りである。まず恒温槽の温度を80℃にセットした引張試験機のチャックに、固体高分子電解質膜をセットし、5分間静置した。この際、固体高分子電解質膜のサイズを幅25mm、チャック間距離50mmとした。また、固体高分子電解質膜の長手方向を引張りの軸方向とした。次に、固体高分子電解質膜に5%の引張歪みを与えた。その後、恒温槽の温度を80℃から−30℃まで変化させ、その時のロードセル検出張力をモニタリングした。実施例1で得られた固体高分子電解質膜を用いた場合の結果を図3に示す。また−30℃での張力を収縮力として表1に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
図3に示されるように、温度が低下するに従って、張力(収縮力)が増大することが確認された。一方、表1に示されるように、実施例1および比較例1を比較すると、実施例1で得られた固体高分子電解質膜は、−30℃での収縮力が大幅に低下していることが確認された。また、実施例2で得られた固体高分子電解質膜は、実施例1で得られた固体高分子電解質膜と比較して、膜厚が大きくなっており、より収縮していることが確認された。熱水の場合に比べて収縮した理由としては、DMSO溶液は固体高分子電解質膜に浸透しやすいため、配向した分子鎖が緩みやすく(膜が膨潤しやすく)、その結果、乾燥時に固体高分子電解質膜が収縮しやすくなるからであると考えられる。実施例3で得られた固体高分子電解質膜は、実施例1および実施例2と比較して、−30℃での収縮力は大きいものの、膜厚を小さくすることができた。すなわち、過度に固体高分子電解質膜が収縮することを防止しつつ、−30℃での収縮力を低下させることができた。比較例2で得られた固体高分子電解質膜は、比較例1で得られた固体高分子電解質膜と比較して、収縮力が小さくなり、比較例3で得られた固体高分子電解質膜は、比較例1で得られた固体高分子電解質膜と比較して、収縮力が大きくなった。これから、膜厚に応じて収縮力が異なることが確認された。
【0050】
一方、図4は、表1における固体高分子電解質膜の膜厚と−30℃での収縮力との関係を示すグラフである。図4に示すように、上述した膨潤工程および乾燥工程を行うことにより、氷点下状態での収縮力が抑制できることが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明の固体高分子電解質膜の製造方法の一例を示す概略断面図である。
【図2】本発明の固体高分子電解質型燃料電池の製造方法の一例を示す概略断面図である。
【図3】実施例1で得られた固体高分子電解質膜を用いた場合における、低温での収縮力測定結果を示すグラフである。
【図4】表1における固体高分子電解質膜の膜厚と−30℃での収縮力との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0052】
1a … 原料固体高分子電解質膜
1b … 膨潤固体高分子電解質膜
1c … 固体高分子電解質膜
2a … アノード側触媒電極層
2b … カソード側触媒電極層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料固体高分子電解質膜を、膨潤処理溶液に浸漬し、膨潤固体高分子電解質膜を形成する膨潤工程と、
前記膨潤固体高分子電解質膜を前記膨潤処理溶液から取り出し、乾燥することにより、前記原料固体高分子電解質膜よりも収縮した固体高分子電解質膜を形成する乾燥工程と、
を有することを特徴とする固体高分子電解質膜の製造方法。
【請求項2】
前記膨潤処理溶液が、熱水であることを特徴とする請求項1に記載の固体高分子電解質膜の製造方法。
【請求項3】
前記乾燥工程の際に、前記膨潤固体高分子電解質膜が過度に収縮することを防止する収縮抑制部材を用いて、前記膨潤固体高分子電解質膜を乾燥することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の固体高分子電解質膜の製造方法。
【請求項4】
原料固体高分子電解質膜を、膨潤処理溶液に浸漬し、膨潤固体高分子電解質膜を形成する膨潤工程と、前記膨潤固体高分子電解質膜を前記膨潤処理溶液から取り出し、乾燥することにより、前記原料固体高分子電解質膜よりも収縮した固体高分子電解質膜を形成する乾燥工程とを行う固体高分子電解質膜形成工程を有することを特徴とする固体高分子電解質型燃料電池の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−176465(P2009−176465A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−11528(P2008−11528)
【出願日】平成20年1月22日(2008.1.22)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】