説明

固定砥粒ワイヤソー用水溶性加工液

【課題】切りくずが混入したときの粘度の上昇、及び、混入した切りくずによる設備の配管詰まりや固い固着の発生を抑制できる固定砥粒ワイヤソー用水溶性加工液を提供する。
【解決手段】(C)カルボン酸と、(D)水に溶解して塩基性を示す化合物と、(E)水と、を含み、25℃における電気伝導度が300μS/cm以上3000μS/cm以下であり、25℃におけるpHが5以上10以下であり、平均粒子径1.5μmのシリコン粉を10質量%添加し撹拌して形成した擬似使用液の粘度が、25℃で30mPa・s未満である、固定砥粒ワイヤソー用水溶性加工液とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固定砥粒ワイヤソー用水溶性加工液に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、半導体デバイスの製造コスト低減を図るため、シリコンウエハの大口径化が急速に進みつつあり、シリコンウエハの切断加工技術の向上が重要となっている。当該切断加工技術としては、例えば、切断ロスが少なく加工能率の良いワイヤ工具(ワイヤソー)による切断方式がある。ワイヤソーによる切断方式には、遊離砥粒方式と固定砥粒方式とがあるが、遊離砥粒方式にあっては、(1)加工液として、油剤に砥粒を分散させたスラリーを使用するため切断ワークや周辺環境の汚染が著しい、(2)切断時に発生する切りくずを多量に含んだスラリーの廃棄が必要、(3)遊離砥粒と切りくずとの分離が困難である、(4)ワイヤ走行速度に制限があり加工能率向上に限界がある、などの問題が指摘されている。このような問題を解決すべく、ピアノ線等のワイヤ表面に、電着やレジンボンド等により砥粒を固定した固定砥粒型のワイヤソーの検討がなされている。例えば、特許文献1には、30〜60μmの砥粒をレジンボンド固定した固定砥粒ワイヤソーが開示されている。当該固定砥粒ワイヤソーを1000〜2500m/minの線速で走行させて、脆性材料を切断することにより、高能率な切断加工を可能としている。
【0003】
一方、固定砥粒ワイヤソーを用いて脆性材料を切断加工する際には、潤滑、冷却、切りくずの分散等を目的として、同時に加工液を用いる。当該加工液としては、水溶性のものを用いることが好ましい。水をほとんど含有しない非水性の加工液では、非水性の揮発成分(溶剤成分)が作業環境を悪化させる、加工液が引火性液体となる、加工後の洗浄工程や廃液処理等が水溶性の加工液を用いる場合より複雑になる等の問題を有する。
【0004】
また、被加工物がシリコンである場合には下記の問題がある。すなわち、シリコンは反応性が高く、切断加工中に加工液中の水分やアルカリと反応して水素ガスを発生させ、引火する虞がある。従って、シリコンとの反応性が抑制された加工液であることが好ましい。このような観点から、特許文献2に示すような加工液が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−054850号公報
【特許文献2】特開2003−082334号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
シリコンやサファイア、ガラス、セラミックス、ネオジウムなどの脆性材料を固定砥粒化したワイヤーを用いて切断加工する際に用いる加工液としては、特許文献2に記載された加工液のように、グリコール類と水とを主成分とするものが幅広く使用されている。しかしながら、このような従来の加工液では、十分に安定した切断加工を行えない場合があった。特に、切りくずが加工液に混入することによって、様々な問題を生じることがわかった。加工液を用いてシリコン等の被加工物の切断加工を行うと、該被加工物の切りくずが加工液に混入する。このとき、場合によっては加工性能へ影響を及ぼす程に加工液の粘度が高くなることがあった。また、切りくずが加工液に混入することによって、該切りくずが設備の配管に詰まるといった不具合や、メインローラーのワイヤーを掛ける溝に固い固着(以下、「ハードケーキ」と記載することがある。)を生じ、ワイヤーの目飛び(ワイヤーが溝から外れる)が発生する等の不具合を来たすこともあった。
【0007】
そこで本発明は、切りくずが混入したときの粘度の上昇、及び、混入した切りくずによる設備の配管詰まりやハードケーキの発生を抑制できる固定砥粒ワイヤソー用水溶性加工液を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
以上の問題を解決すべく、本発明者らは鋭意検討し、以下の事項を見出した。
(1)被加工物の切りくずが加工液に混入したとき、その切りくずが微粉(1μm前後)であることや、活性な新生面を持つ切りくず同士が作用して周囲の加工液を含みながら凝集し、切りくずが増粘剤のように機能することによって、加工液の粘度が著しく上昇する。
(2)被加工物の切りくずが加工液に混入すると、該切りくずの比重が加工液を構成する組成物の比重より大きいために、比重の大きい切りくずが沈降する。このとき、切りくずが分散した状態で均一に沈降すると、沈降した切りくずが固く密に固化し、設備の配管が詰まったり、ハードケーキが発生したりする。
(3)加工液の電気伝導度を適切に調整することによって、加工液に混入する切りくずの分散挙動を制御し、上記(1)及び(2)の問題を解決することができる。
【0009】
本発明は上記知見に基づいてなされたものであり、以下の構成をとる。すなわち、
本発明の第1の態様は、(C)カルボン酸と、(D)水に溶解して塩基性を示す化合物と、(E)水と、を含み、25℃における電気伝導度が300μS/cm以上3000μS/cm以下であり、25℃におけるpHが5以上10以下であり、平均粒子径1.5μmのシリコン粉を10質量%添加し撹拌して形成した擬似使用液の粘度が、25℃で30mPa・s未満である、固定砥粒ワイヤソー用水溶性加工液である。
【0010】
本発明において、「粘度」とは、ブルックフィールド型粘度計によって測定された粘度を意味する。また、「平均粒子径」とは、株式会社堀場製作所製のレーザー回折/散乱式粒度分布測定装置「LA910」を用いて計測したものを意味する。
【0011】
本発明の第1の態様の加工液は、さらに、(A)アルコールとエチレンオキサイドとプロピレンオキサイドとからなる共重合体、及びポリオキシアルキレングリコール類から選ばれる少なくとも一種類以上のノニオン系界面活性剤を含むことが好ましい。
【0012】
また、本発明の第1の態様の加工液は、さらに、(B)グリコール類を含むことが好ましい。
【0013】
本発明の第2の態様は、(A)アルコールとエチレンオキサイドとプロピレンオキサイドとの共重合体、及びポリオキシアルキレングリコール類のうち少なくとも1種類以上のノニオン系界面活性剤を0.1質量%以上8質量%以下と、(B)グリコール類を0.1質量%以上80質量%以下と、(C)カルボン酸を0.01質量%以上5質量%以下と、(D)水に溶解して塩基性を示す化合物を0.01質量%以上7質量%以下と、(E)水と、を含み、25℃における電気伝導度が300μS/cm以上3000μS/cm以下であり、25℃におけるpHが5以上10以下であり、平均粒子径1.5μmのシリコン粉を10質量%添加し撹拌して形成した擬似使用液の粘度が、25℃で30mPa・s未満である、固定砥粒ワイヤソー用水溶性加工液である。
【0014】
本発明の第1及び第2の態様の加工液は、25℃における表面張力が20mN/m以上50mN/m以下であることが好ましい。
【0015】
また、本発明の第1及び第2の態様の加工液は、さらに、水溶性高分子及び/または消泡剤を含むことが好ましい。
【0016】
また、本発明の第1及び第2の態様の加工液は、全体の質量を100質量%として、(E)水を10質量%以上99.7質量%以下含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、切りくずが混入したときの粘度の上昇、及び、混入した切りくずによる設備の配管詰まりやハードケーキの発生を抑制できる固定砥粒ワイヤソー用水溶性加工液を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
<本発明の加工液の性状>
(電気伝導度)
本発明の固定砥粒ワイヤソー用水溶性加工液は、25℃における電気伝導度が300μS/cm以上3000μS/cm以下である。電気伝導度の上限は、2000μS/cm以下であることが好ましく、1000μS/cm以下であることがより好ましい。
【0019】
電気伝導度とは、電気の伝わりやすさを示す指標であり、電気抵抗の逆数として定義されている。加工液に含まれるイオン性の物質の濃度が高い程、加工液の電気伝導度は高くなり、電気を通しやすくなる。また、加工液に含まれるイオン性の物質の濃度が高い程、電荷を持っている微粒子(切りくず)が加工液中で凝集しやすくなる。すなわち、加工液の電気伝導度が高い程、該加工液に混入した切りくずの見かけの粒子径が大きくなり、切りくずが沈降しやすくなる。またこのとき、切りくずは立体的で嵩高い状態で沈降するため、ハードケーキが生じ難い傾向にあると考えられる。さらに、切りくずを凝集させて沈降させることにより、切りくずの沈降速度を速めることが可能であり、遠心分離等によって加工液から切りくずを分離し易くなる。
【0020】
しかしながら、電気伝導度が高すぎる場合、切りくずが加工液中で分散し難くなることによって、加工液の粘度が上昇し易くなる。
【0021】
一方、電気伝導度が低い場合(純水などがその代表例)は、電荷を持っている微粒子(切りくず)が各々の電荷による反発で分散し、切りくずが混入しても加工液の粘度は上昇し難い。
【0022】
しかしながら、加工液の電気伝導度が低過ぎて加工液中で切りくずが分散され過ぎると、切りくずは分散した状態で均一に沈降し、固く密に固化する。このように切りくずが沈降して固く密に固化することによって、設備の配管が詰まったり、メインローラーのワイヤー溝にハードケーキが生じることによって、ワイヤーの目飛び(ワイヤーが溝から外れる)が発生したりするなどの不具合を生じやすくなる。また、加工液中で切りくずが分散され過ぎると、切りくずの沈降する速度が遅くなる。そのため、廃液処理や加工液のリサイクルを目的として加工液中の切りくずを除去する際、遠心分離などで加工液中の切りくずを除去することが困難になる。
【0023】
本発明の加工液によれば、25℃における電気伝導度を上述した範囲にすることによって、切りくずを加工液中で適度に分散、凝集、沈降させることができる。その結果、加工液の粘度の上昇を抑制することや、設備の配管詰まりやハードケーキの発生を抑制すること等が可能となる。
【0024】
本発明の加工液の電気伝導度は、水に溶解してイオン化する物質の加工液への添加量によって調整することができる。例えば、後述する(C)成分(カルボン酸)や(D)成分(水に溶解して塩基性を示す化合物)の加工液への添加量を調整することによって、加工液の電気伝導度を適宜調整することができる。なお、本発明の加工液は、水に希釈して使用してもよいが、その場合も、希釈後の加工液の電気伝導度が上述した範囲であることが好ましい。
【0025】
(粘度)
本発明の加工液の粘度は、25℃で1mPa・s以上25mPa・s以下であることが好ましく、上限は20mPa・s以下であることがより好ましい。加工液の粘度が高くなり過ぎると、一般的には加工液中の水分量が少なく、固定砥粒ワイヤーを用いた加工に伴って発生する熱を奪う能力(以下、「冷却性」と記載する場合がある。)が弱い。そのため、加工精度の低下や工具への負荷が増す等の問題を生じる虞がある。また、本発明の加工液に所定のシリコン粉を分散させた液体(擬似使用液)の粘度は、25℃で1mPa・s以上30mPa・s未満であることが好ましく、1mPa・s以上20mPa・s以下であることがさらに好ましく、1mPa・s以上15mPa・s以下であることがさらに好ましい。該擬似使用液の粘度は、本発明の加工液にシリコン粉(平均粒子径:1.5μm)を10質量%添加し、撹拌混合後、ステンレス鋼球(直径2mm)を入れ、1000rpmで10時間撹拌し、該ステンレス鋼球を濾別して得られた擬似使用液について測定したものである。上記した加工液自体の粘度が高いと、シリコン粉を含有する擬似使用液の粘度も必然的に高くなる。なお、加工液および擬似使用液の粘度は、ブルックフィールド型粘度計にて測定することができる。
【0026】
本発明の加工液の粘度は、例えば、後述する(A)成分(ノニオン系界面活性剤)、(B)成分(グリコール類)、(C)成分(カルボン酸)、(D)成分(水に溶解して塩基性を示す化合物)、(E)成分(水)の配合量より適宜調整することができる。また、その他添加剤(例えば、粘度調整剤。)の配合によって調整することもできる。なお、本発明の加工液は、水に希釈して使用してもよいが、その場合も、希釈後の加工液の粘度が上述した範囲であることが好ましい。
【0027】
(pH)
本発明の加工液のpHは、25℃で5以上10以下である。加工液のpHが5未満である場合は、加工液の金属に対する腐食性が高まり、加工液が触れた設備やワイヤソーに備えられる金属部材を腐食させる虞がある。金属に対する腐食性は、加工液に含まれる水の量等にもよるが、加工液のpHを25℃で5以上とすることによって、上記腐食を抑制し易くなる。かかる観点から、本発明の加工液のpHは、25℃で6以上であることがより好ましく、7以上であることがさらに好ましい。逆に加工液のpHが10を超える場合は、加工液と加工液に混入した切りくず(シリコン)との反応性が高まり、加工液と切りくずとが反応して水素が発生する虞や、加工時の加工液の粘度が著しく上昇する虞がある。加工液のpHを25℃で10以下とすることによって、加工時における水素の発生や、加工時の加工液の粘度上昇を抑制し易くなる。
【0028】
本発明の加工液のpHは、例えば、後述する(B)成分(グリコール類)や、(C)成分(カルボン酸)及び(D)成分(水に溶解して塩基性を示す化合物)の含有量より適宜調整することができる。また、その他添加剤(例えば、pH調整剤。)の配合によって調整することもできる。なお、本発明の加工液は、水に希釈して使用してもよいが、その場合も、希釈後の加工液のpHが上述した範囲であることが好ましい。
【0029】
(表面張力)
本発明者らは、従来の加工液は、使用するワイヤーへの濡れ性や被加工物の隙間への浸透性が不十分であり、加工部(被加工物のうち、ワイヤーが接触する部分)に到達すべき加工液が不足し、加工性能の低下を招いている場合があることを見出した。加工液の表面張力が高すぎる場合、加工液の濡れ性や浸透性が悪くなり、加工部に加工液が行き渡らなくなる虞がある。極端な例では、加工部が乾燥した状態で切断加工することとなる。そのため、加工部における発熱が著しくなり、工具へ過度の負荷がかかってワイヤーが断線したり、加工精度が低下して被加工物の面粗さが悪くなったりする虞があった。かかる観点から、本発明の加工液の表面張力は、25℃で50mN/m以下であることが好ましく、45mN/m以下であることがより好ましく、40mN/m以下であることがさらに好ましい。加工液の表面張力を上記範囲とすることによって、被加工物(シリコン等)やワイヤー(ニッケルや樹脂等)に対する濡れ性や、加工部への浸透性を向上させることができる。
【0030】
一方、表面張力が低い場合、加工液の起泡が強くなる。そのため、切断加工時に加工液中に泡が噛み込まれ、冷却性が弱まるという問題があった。また、加工液から泡が発生することによって、加工液を溜めるために設置されているタンクから該泡がオーバーフローする等の問題もあった。かかる観点から、本発明の加工液の表面張力は、25℃で20mN/m以上であることが好ましく、30mN/m以上であることがより好ましい。
【0031】
本発明の加工液の表面張力は、例えば、後述する(A)成分や消泡剤の配合量を調整することによって、適宜調整することができる。なお、本発明の加工液は、水に希釈して使用してもよいが、その場合も、希釈後の加工液の表面張力が上述した範囲であることが好ましい。
【0032】
<本発明の加工液が含む成分>
本発明の加工液には、例えば、以下に説明する成分を含ませることができる。
【0033】
((A)成分)
本発明の加工液は、(A)成分として、アルコールとエチレンオキサイドとプロピレンオキサイドとの共重合体、及びポリオキシアルキレングリコール類から選ばれる少なくとも一種類以上のノニオン系界面活性剤を含ませることができる。加工液に(A)成分を含有させることによって、該加工液の表面張力を低下させ、加工液の濡れ性や浸透性を向上させることができる。
【0034】
上記アルコールとして用いることができるものに特に制限はないが、例えば、炭素数8以上12以下のアルコールを用いることができる。
【0035】
上記ポリオキシアルキレングリコール類の具体例としては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリオキシエチレンとポリオキシプロピレンの共重合体等を挙げることができる。本発明に用いるポリオキシアルキレングリコール類の質量平均分子量(ゲルパーミエーションクロマトグラフィーを用いた標準ポリスチレン換算)は、10000以下であることが好ましく、5000以下であることがより好ましく、3500以下であることがさらに好ましい。
【0036】
本発明の加工液は、切断加工の作業環境に応じて、適宜水で希釈して作製することができる。すなわち、本発明の加工液に含まれる成分のうち水以外の成分からなる濃縮組成物を作製し、該濃縮組成物を作業現場等において水で希釈して、本発明の加工液を作製することもできる。また、高濃度の本発明の加工液を作製(水を少なめにして本発明の加工液を作製)し、切断加工の作業環境に応じてそのまま使用したり、水でさらに希釈して用いたりすることもできる。本発明の加工液を実際に切断加工に使用する際において、(A)成分の含有量は、本発明の加工液全体の質量を基準(100質量%)として、下限が好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは0.2質量%以上、さらに好ましくは0.5質量%以上であり、上限が好ましくは0.8質量%以下、より好ましくは0.7質量%以下、さらに好ましくは0.6質量%以下である。ただし、上述したように高濃度の本発明の加工液を作製する場合、(A)成分の含有量の上限は、本発明の加工液全体の質量を基準(100質量%)として、好ましくは8質量%以下、より好ましくは7質量%以下、さらに好ましくは6質量%以下である。
【0037】
((B)成分)
また、本発明の加工液は、(B)成分として、グリコール類を含ませることができる。本発明の加工液に所定量の(B)成分を含有させることによって、(B)成分以外の成分を本発明の加工液に安定的に溶解させることや、本発明の加工液の乾燥を抑制することができる。
【0038】
(B)成分として用いるグリコール類の具体例としては、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,4−ブタンジオール、ヘキサメチレングリコール、ネオペンチルグリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ジプロピレングリコール、トリプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、エチレングリコールとプロピレングリコールとの共重合体、及びエチレンオキサイドとプロピレンオキサイドとの共重合体等のグリコール、トリエチレングリコールモノブチルエーテル、トリエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル及びトリプロピレングリコールモノメチルエーテル、等のグリコールモノアルキルエーテル、エチレンオキサイドとプロピレンオキサイドとの共重合体のモノアルキルエーテル等の水溶性グリコール類が挙げられる。上記例示したグリコール類のうち、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール又はポリプロピレングリコールを用いることが好ましく、特にジプロピレングリコール、又はジエチレングリコールを用いることが好ましい。これらは1種を単独であるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。また、上記2種以上の成分からなる共重合体として用いてもよい。上記グリコール類の質量平均分子量(ゲルパーミエーションクロマトグラフィーを用いた標準ポリスチレン換算)は好ましくは100以上700以下であり、より好ましくは、100以上200以下である。
【0039】
本発明の加工液を実際に切断加工に使用する際において、(B)成分の含有量は、本発明の加工液全体の質量を基準(100質量%)として、下限が好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは0.5質量%以上、さらに好ましくは2質量%以上であり、上限が好ましくは8質量%以下、より好ましくは7質量%以下である。なお、上述したように高濃度の本発明の加工液を作製する場合、(B)成分の含有量の上限は、本発明の加工液全体の質量を基準(100質量%)として、好ましくは80質量%以下、より好ましくは70質量%以下である。(B)成分の含有量を上記範囲とすることによって、(B)成分以外の成分を本発明の加工液に安定的に溶解させることや、本発明の加工液の乾燥を抑制することができる。
【0040】
((C)成分)
また、本発明の加工液は、(C)成分として、カルボン酸を含ませることができる。本発明の加工液に所定量の(C)成分を含有させることによって、後述する(D)成分との組み合わせで、本発明の加工液のpHや電気伝導度を調整することができる、切断加工時の本発明の加工液のpHの変動を緩衝することができる、本発明の加工液の金属に対する腐食を緩和することができる、他の成分を本発明の加工液に安定的に溶解することができる、などの効果を奏することができる。
【0041】
(C)成分として用いるカルボン酸の具体例としては、クエン酸、コハク酸、乳酸、リンゴ酸、アジピン酸、蓚酸、ドデカン二酸、酢酸などを挙げることができる。これらの中で、クエン酸、コハク酸を用いることが好ましく、クエン酸を用いることがより好ましい。これらは、1種を単独であるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0042】
本発明の加工液を実際に切断加工に使用する際において、(C)成分の含有量は、本発明の加工液全体の質量を基準(100質量%)として、下限が好ましくは0.01質量%以上、より好ましくは0.1質量%以上である。上限が好ましくは0.5質量%以下、より好ましくは0.3質量%以下、さらに好ましくは0.2質量%以下である。なお、上述したように高濃度の本発明の加工液を作製する場合、(C)成分の含有量の上限は、本発明の加工液全体の質量を基準(100質量%)として、好ましくは5質量%以下、より好ましくは3質量%以下、さらに好ましくは2質量%以下である。(C)成分の含有量を上記範囲とすることによって、上述した(C)成分を含有させることによる効果を奏することができる。(C)成分の含有量が少なすぎれば、当該効果を十分に得られない虞があり、(C)成分の含有量が多すぎれば、(C)成分を中和するための(D)成分の使用量が増え、意図しない電気伝導度の上昇を招く上、金属を腐食しやすくなる。
【0043】
(D)水に溶解して塩基性を示す化合物
また、本発明の加工液は、(D)成分として、水に溶解して塩基性を示す化合物(以下、「塩基性化合物」と記載する場合がある。)を含有している。本発明の加工液に所定量の(D)成分を含有させることによって、上記(C)成分との組み合わせで、本発明の加工液のpHや電気伝導度を調整することができる、切断加工時に本発明の加工液のpHの変動を緩衝させることができる、本発明の加工液の金属に対する腐食を緩和することができる、本発明の加工液に他の成分を安定的に溶解することができる、などの効果を奏することができる。
【0044】
(D)成分として用いる塩基性化合物の具体例としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム等のアルカリ金属元素を含む化合物や、トリエタノールアミン、トリイソプロパノールアミン、エチレンジアミン、N−(2−アミノエチル)−2−アミノエタノール、N−(β−アミノエチル)エタノールアミン等のアミンを挙げることができる。これらは1種を単独であるいは2種以上を組み合わせて用いることがでる。
【0045】
本発明の加工液を実際に切断加工に使用する際において、(D)成分の含有量は、本発明の加工液全体の質量を基準(100質量%)として、下限が好ましくは0.01質量%以上、より好ましくは0.1質量%以上であり、上限が好ましくは0.7質量%以下、より好ましくは0.6質量%以下、さらに好ましくは0.5質量%以下である。なお、上述したように高濃度の本発明の加工液を作製する場合、(D)成分の含有量の上限は、本発明の加工液全体の質量を基準(100質量%)として、好ましくは7質量%以下、より好ましくは6質量%以下、さらに好ましくは5質量%以下である。(D)成分の含有量を上記範囲とすることによって、上述した(D)成分を含有させることによる効果を奏することができる。また、(D)成分の含有量が多過ぎれば、中和するために必要な(C)成分の量が増え、本発明の意図しない電気伝導度の上昇を招く上、切りくずの分散が悪化する。
【0046】
また、本発明の加工液には、上記(C)成分及び(D)成分に替えて、(C)成分及び(D)成分から形成された塩を含有させることもできる。当該塩の含有量については、(C)成分及び(D)成分換算で、上記の含有量となるように含有されることが好ましい。当該塩の具体例としては、カルボン酸のアルカリ金属塩やカルボン酸のアミン塩等が挙げられる。
【0047】
((E)成分)
また、本発明の加工液は、(E)成分として、水を含有している。当該水としては、蒸留水、水道水等、その種類は特に限定されない。ただし、電気伝導度の高い水、例えば高硬度の水を用いる場合は、含有するイオンの量を調整して使用することが好ましい。例えば、水道水は地方、国により含有するイオン濃度(硬度)が異なる。
【0048】
固定砥粒化したワイヤーを用いる切断加工は、従来の遊離砥粒方式と比較して切断加工に伴う発熱量が多い。そのため、ワイヤーや被加工物に対する負荷が多くなる。また、発熱に伴って被加工物が膨張することにより、加工精度に悪影響を及ぼすことが分かっている。さらに、ワイヤーに固定化したダイヤモンド砥粒が摩滅しやすくなり、工具寿命にも悪影響を及ぼすことが分かっている。このため、加工中の加工液には冷却性が求められる。冷却性を向上させるためには、加工液中の水分量を増やす必要がある。しかしながら、シリコンを被加工物とする場合、加工液中の水と切りくずとが反応して水素ガスを発生する場合がある。そのため、従来の水性の加工液では、水分量を増やすことが容易でないため、冷却性の問題に関して根本的な解決に至っていなかった。加工液に混入した切りくずと加工液中の水とが反応して水素ガスが発生すると、加工液をポンプで供給する際に泡を噛み込んでしまうため、加工液の供給流量が不安定となる不具合や、泡の噛み込みにより液比重が低下するため、液比重で加工液を制御するワイヤソーマシンでは異常を検知し、加工が停止する不具合などを来たすことがあった。また、発生した水素ガスが静電気などによって爆発する危険性もあった。
【0049】
本発明の加工液によれば、上述した各成分を配合するとともにpHを上述した所定の値とすることによって、加工液と切りくずとの反応を抑制することができるため、水分量を増やして冷却性を向上させることができる。すなわち、本発明の加工液によれば、水素発生の抑制と冷却性の向上とを両立することができる。
【0050】
また、加工液中の水分量を増やした場合、加工液が触れる設備やワイヤーの金属部材を腐食させやすくなる虞がある。しかしながら、本発明の加工液によれば、(B)成分や(C)成分を所定量含有させたり、pHを上述した所定の範囲内の値にしたりすることによって、腐食を抑制することができるため、水分量を増やして冷却性を向上させることができる。すなわち、本発明の加工液によれば、腐食の抑制と冷却性の向上とを両立することができる。
【0051】
水の含有量は、本発明の加工液全体の質量を基準(100質量%)として、下限が好ましくは10質量%以上、より好ましくは25質量%以上、さらに好ましくは50質量%以上である。水の含有量を10質量%以上とすることによって、加工液の冷却性を確保しやすくなり、加工精度の低下防止や工具への負荷軽減を図り易くなる。一方、上限は、好ましくは99.7質量%以下である。水分量が100%(純水)では濡れ性や浸透性の観点から加工液として不適であるが、微量でも本発明で規定する他の成分を含有すれば少なからず効果があると考えられる。また、加工液の冷却性は加工液に含まれる水分が多い程良い。
【0052】
(水溶性高分子)
本発明の加工液には、水溶性高分子を含ませることができる。本発明の加工液は、上述したように電気伝導度を所定の値とすることによって、加工液中の切りくずの分散性を制御することができる。本発明の加工液に水溶性高分子を含有させることによって、加工液に混入した切りくずの分散性をさらに制御し易くなる。
【0053】
本発明に用いることができる水溶性高分子としては、従来の加工液に用いていたものを特に限定なく用いることができる。例えば、ポリビニルピロリドン、または、ビニルピロリドン由来の構造単位を含む共重合体等を用いることができる。水溶性高分子の含有量は、水溶性高分子を含有させることによる上記効果を奏することができ、他の成分による効果を妨げたり、加工液に悪影響を及ぼしたりしない範囲で適宜選択することができる。
【0054】
(消泡剤)
本発明の加工液には、消泡剤を含有させることができる。本発明の加工液に消泡剤を含有させることによって、加工液中に生じる泡を減らすことができる。
【0055】
消泡剤としては、公知のものを特に限定することなく用いることができる。ただし、加工液中で安定的に分散できるものが好ましい。
【0056】
本発明の加工液を実際に切断加工に使用する際において、消泡剤の含有量は、本発明の加工液全体の質量を基準(100質量%)として、下限が好ましくは0.01質量%以上、より好ましくは0.02質量%以上、さらに好ましくは0.03質量%以上であり、上限が好ましくは0.06質量%以下、より好ましくは0.05質量%以下、さらに好ましくは0.04質量%以下である。なお、上述したように高濃度の本発明の加工液を作製する場合、消泡剤の含有量の上限は、本発明の加工液全体の質量を基準(100質量%)として、好ましくは0.6質量%以下、より好ましくは0.5質量%以下、さらに好ましくは0.4質量%以下である。消泡剤の含有量を上記範囲とすることによって、上述した消泡剤を含有させることによる効果を奏することができる。また、消泡剤の含有量が多過ぎれば、加工液が分離するなど、加工液の安定性を低下させる虞がある。
【0057】
(その他の成分)
本発明の加工液には、上述した成分以外の成分が含まれていてもよい。被加工物に対して腐食、変色等の悪影響を及ぼさず、且つ、混合後の系の安定性に影響を及ぼさないような種々の添加剤を、加工性能に影響を及ぼさない範囲で添加することができる。このような添加剤としては、例えば、粘度調整剤、pH調整剤、酸化防止剤等を挙げることができる。粘度調整剤、pH調整剤、及び酸化防止剤としては、公知のものを特に限定することなく用いることができる。ただし、水に可溶なものが好ましい。
【実施例】
【0058】
<加工液の作製>
本発明の固定砥粒ワイヤソー用水溶性加工液(実施例1〜4)及び本発明以外の固定砥粒ワイヤソー用水溶性加工液(比較例1〜13)を、表1及び表2に示す組成となるように作製した。表1及び表2に示した各成分の配合量は、質量%で示している。なお、比較例9は、ユシロ化学工業製のシンセティック油剤10質量%及び水90質量%を含む加工液である。また、表1及び表2中のC10アルコール:EOPOは、炭素数が10のアルコールと、エチレンオキサイドとプロピレンオキサイドとの共重合体を意味している。
【0059】
<評価>
作製した加工液に対して、表1及び表2に示した項目について評価を行った。「外観」は、加工液の外観を目視で観察した結果を示している。「pH」は、加工液の25℃でのpHを測定した結果を示している。「曇点」は、加工液の曇点を測定した結果を示している。「加工液粘度」は、ブルックフィールド型粘度計を用い測定した、加工液の25℃での粘度を示している。「表面張力」は、株式会社合社製のデジタルテンションメータRTM−101型を使用し、デュヌイ/リング法を用いて、加工液の25℃での静的な表面張力を測定した結果を示している。「電気伝導度」は、株式会社堀場製作所製の導電率計ES−51を使用して、加工液の25℃での電気伝導度を測定した結果を示している。「擬似使用液粘度」は、以下の手順で行った測定の結果を示している。まず、各加工液にシリコン粉(平均粒子径1.5μm)を10質量%添加し、撹拌混合後、ステンレス鋼球(直径2mm)を入れ、1000rpmで10時間撹拌して擬似使用液を作製した。次に、該擬似使用液から、金網(50メッシュ)でステンレス鋼球をろ別した後、ブルックフィールド型粘度計用いて擬似使用液の25℃での粘度を測定した。「水素発生量」は、上記擬似使用液10mlを50℃に加熱し、30分間に発生する水素量を測定した結果を示している。「ハードケーキ」は、擬似使用液をガラス容器内で1週間静置し、上澄み液を除去した後、ガラス容器の底に残った沈降層の固さを、薬さじで確認した。沈降層が固く、薬さじがガラス容器の底面に達しない場合を「×」とし、達した場合を「○」とした。「沈降性」は、ガラス容器内で1週間静置し、上澄みの色から目視で判断した。上澄みがシリコン粉により懸濁している場合は「×」、澄んでいる場合は「○」とした。「腐食性」は、鋳鉄切りくずをガラス製のシャーレに入れ、切り屑が完全に浸るまで、加工液を注いだ。その後、蓋をして10分静置した後、蓋をしたままシャーレを斜めにして加工液を流出させた。次いで、シャーレを水平台の上に置き、この状態で24時間静置して錆の発生の有無を観察評価した。腐食性の評価の表示において、「○」は錆の発生が鋳鉄切りくずの10%未満であったことを表す。
【0060】
【表1】

【0061】
【表2】

【0062】
表1に示したように、実施例1〜4は、ハードケーキ、沈降性、及び腐食性の各評価で良好な結果が得られた。また、実施例1〜4は、水素発生量が少なく、疑似加工液の粘度が低かった。一方、表1及び表2に示したように、比較例1〜13は、ハードケーキ、沈降性、及び腐食性のいずれかの評価で悪い結果となるか、疑似加工液の粘度が高くなるか、又は水素の発生量が多くなっていた。
【0063】
以上、現時点において、もっとも、実践的であり、かつ、好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は、本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲および明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う固定砥粒ワイヤソー用水溶性加工液もまた本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明の固定砥粒ワイヤソー用水溶性加工液は、固定砥粒ワイヤソーを用いてシリコンウエハを切断する際に使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(C)カルボン酸と、(D)水に溶解して塩基性を示す化合物と、(E)水と、を含み、
25℃における電気伝導度が300μS/cm以上3000μS/cm以下であり、
25℃におけるpHが5以上10以下であり、
平均粒子径1.5μmのシリコン粉を10質量%添加し撹拌して形成した擬似使用液の粘度が、25℃で30mPa・s未満である、
固定砥粒ワイヤソー用水溶性加工液。
【請求項2】
さらに、(A)アルコールとエチレンオキサイドとプロピレンオキサイドとの共重合体、及びポリオキシアルキレングリコール類から選ばれる少なくとも一種類以上のノニオン系界面活性剤を含む、請求項1に記載の固定砥粒ワイヤソー用水溶性加工液。
【請求項3】
さらに、(B)グリコール類を含む、請求項1または2に記載の固定砥粒ワイヤソー用水溶性加工液。
【請求項4】
(A)アルコールとエチレンオキサイドとプロピレンオキサイドとの共重合体、及びポリオキシアルキレングリコール類のうち少なくとも1種類以上のノニオン系界面活性剤を0.1質量%以上8質量%以下と、
(B)グリコール類を0.1質量%以上80質量%以下と、
(C)カルボン酸を0.01質量%以上5質量%以下と、
(D)水に溶解して塩基性を示す化合物を0.01質量%以上7質量%以下と、
(E)水と、を含み、
25℃における電気伝導度が300μS/cm以上3000μS/cm以下であり、
25℃におけるpHが5以上10以下であり、
平均粒子径1.5μmのシリコン粉を10質量%添加し撹拌して形成した擬似使用液の粘度が、25℃で30mPa・s未満である、
固定砥粒ワイヤソー用水溶性加工液。
【請求項5】
25℃における表面張力が20mN/m以上50mN/m以下である、請求項1〜4のいずれかに記載の固定砥粒ワイヤソー用水溶性加工液。
【請求項6】
さらに、水溶性高分子及び/または消泡剤を含む、請求項1〜5のいずれかに記載の固定砥粒ワイヤソー用水溶性加工液。
【請求項7】
固定砥粒ワイヤソー用水溶性加工液全体の質量を100質量%として、前記(E)水を10質量%以上99.7質量%以下含む、請求項1〜6のいずれかに記載の固定砥粒ワイヤソー用水溶性加工液。

【公開番号】特開2012−172117(P2012−172117A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−37634(P2011−37634)
【出願日】平成23年2月23日(2011.2.23)
【出願人】(000115083)ユシロ化学工業株式会社 (69)
【Fターム(参考)】