説明

固形透析用剤

【課題】 腎不全患者の血液透析療法に使用する、電解質成分、pH調整剤およびブドウ糖からなる固形透析用剤において、安定性が高く酢酸臭のない固形透析用剤およびその製造方法を提供する
【解決手段】 造粒、乾燥後にpH調整剤である固体有機酸を添加することにより、ブドウ糖分解物である5−ヒドロキシメチルフルフラール(5−HMF)類等の生成が抑えられ、より安定な粉末透析用剤が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この出願発明は固形透析用剤の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
血液透析治療に用いられる透析液は、従来の酢酸透析液から、近年、患者への負担が少ない重炭酸透析液に変わってきている。しかしながら、重炭酸型透析製剤は、含有する成分である重炭酸イオンがカルシウムイオンおよびマグネシウムイオンと反応して、不溶性化合物(炭酸カルシウム、炭酸マグネシウムなどの炭酸金属塩)を生成するため、一剤化することが困難である。そこで、カルシウムイオンおよびマグネシウムイオン等を含む電解質成分、必要に応じて添加されるブドウ糖およびpH調整剤を含む濃厚液「A剤」と、重炭酸イオンの炭酸水素ナトリウムからなる粉末の「B剤」の2剤構成の透析用剤が広く使用されてきた。
しかし、この濃厚液「A剤」は、通常約5〜15Lの濃厚液がポリエチレン容器に充填されており、その大きさおよび重量から、輸送コスト、病院での保管スペースおよび使用後の廃棄方法等が問題となっている。そこで、これらの問題を解決するための手段としてA剤を粉末剤として提供することが考えられるようになり、既に製品化もされている(例えば、特許文献1参照)。このような粉末透析製剤は、各原料成分(粉末)を、混合し、場合によりバインダー液を添加して造粒し、乾燥し、整粒して、粉末〜顆粒製剤として提供とすることが広く一般的に行われてきた。
しかしながら、これらの製品では微粉末が多く、製剤を溶解装置に投入する際に粉塵が発生したり、また、pH調整剤として使用される酢酸臭が強かったりするため、これらは製造現場、医療現場での作業環境を悪化させる原因になっている。
また、元来生体内に酢酸はほとんど存在しないものであるが(0.1mEq/L以下)、近年になって、酢酸に起因すると思われる透析中の頭痛や血圧低下等の臨床症状の発現が問題となっている。重曹型透析製剤にpH調整剤として添加される8〜12mEq/L程度の酢酸は問題ないと考えられていたが、近年の透析の長期化や、ダイアライザーの性能の向上等により、酢酸が過度に負荷され循環器に悪い影響を与えるようになり、酢酸不耐症等、酢酸の毒作用は予想以上に強いということが認識されるようになってきた。そこで、酢酸を含まない透析製剤の開発が求められている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特公昭57−88116号公報(特許請求の範囲)
【特許文献2】特開平9−301875号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
この出願発明の目的は、腎不全患者の血液透析療法に使用する透析製剤の電解質成分、pH調整剤およびブドウ糖からなる固形透析用剤において、固体有機酸をpH調整剤として使用した固形透析用剤の、安定性の高い製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
この出願発明者らはこのような課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、pH調整剤として固体有機酸を使用した固形透析用剤において、乾燥した造粒物に固体有機酸を添加することにより、安定した固形透析用剤が得られることを見出した。
【発明の効果】
【0006】
この出願発明は、電解質成分、pH調整剤およびブドウ糖からなる固形透析用剤において、乾燥した造粒物に固体有機酸を添加する工程を行うことにより、ブドウ糖分解物である5−ヒドロキシメチルフルフラール(5−HMF)類等の生成が抑えられ、より安定性の高い粉末透析用剤を提供することができるという効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
この出願発明における“透析用剤”とは、電解質成分、pH調整剤およびブドウ糖からなるいわゆるA剤であり、炭酸水素ナトリウムからなるB剤とを、適切な濃度に希釈、混合した後、血液透析用灌流液として使用される。このときの各成分の配合量は、下記の濃度であることが好ましい。
Na 130〜145 mEq/L
0〜4 mEq/L
Ca++ 0〜4 mEq/L
Mg++ 0〜2 mEq/L
Cl 55〜135 mEq/L
HCO3 20〜45 mEq/L
固体有機酸イオン 0.02〜10 mEq/L
ブドウ糖 0〜2.0 g/L
【0008】
特に好ましい電解質成分としては塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、クエン酸ナトリウム、pH調整剤としてのクエン酸であるが、その他の電解質成分も必要に応じ、特に制限なく使用できる。pH調整剤である固体有機酸としては、クエン酸の他、リンゴ酸、アスコルビン酸、コハク酸、マレイン酸、マロン酸、フマル酸などを挙げることができ、また、これらを組み合わせて用いることもできる。更に、必要に応じて、他のpH調整剤、例えば、酢酸、乳酸、塩酸などの液体状のpH調整剤を固体有機酸とともに組み合わせて用いることができるものである。
【0009】
この出願発明における造粒工程は、固形透析用剤を造粒するために一般的に行われている造粒方法、造粒装置であればよく、特に限定はしないが、バインダー液を添加しながら、練合・造粒・乾燥する湿式造粒法が特に好ましい。その際、使用する装置としては、均一に練合・造粒できる混合装置がよく、例えば、バーチカルグラニュレータやハイスピードミキサ等がある。
この出願発明の透析用剤の造粒にあたっては、塩化カルシウムおよび/または塩化マグネシウムを水および/またはエタノールに溶解して、バインダー液として用いることが好ましい。この際、原料総重量の約0.2〜20%程度、より好ましくは約0.2〜10%程度、さらに好ましくは約0.2〜5%程度の水および/またはエタノールに溶解するのがよい。これは、バインダーの水分量を約0.2%以下とした場合には、各粒子の付着凝集作用が小さく、造粒が進み難いためであり、一方、バインダーの水分量を20%以上とした場合、造粒装置内で粉末が湿潤し、飴状になり、造粒が困難となるためである。なお、この原料総重量とは、透析用剤の構成成分である電解質成分、pH調整剤のうち、造粒に供する成分を全て合わせた重量のことである。
【0010】
また、原料総重量によっては水および/またはエタノールの量が少なくなり、塩化カルシウムおよび/または塩化マグネシウムを溶解させると飽和になり、全量を溶解させることができない場合は、塩化カルシウムまたは塩化マグネシウムのどちらか、あるいは塩化カルシウムおよび塩化マグネシウムの一部を溶解させてバインダー液として用いることもできる。その場合、バインダー液に溶解しない残りの塩化カルシウムおよび/または塩化マグネシウムについては、他の成分と一緒に解砕し、造粒を行う。
【0011】
バインダー液の添加方法は、粗大粒の形成を防ぎ、含量均一性に優れた製剤とするため
、バインダー液が万遍なく行き渡るようにすれば良く、例えば、撹拌混合している粉末に噴霧したり、滴下する方法等が好ましい。このように、潮解性の塩化カルシウムおよび/または塩化マグネシウムをバインダー液として添加することによって、含量均一性に優れた固形透析用剤を製造することができる。また、原料総重量の約0.2〜20%程度の水および/またはエタノールに溶解することによって、水および/またはエタノール分含量を減少させ、乾燥時間が短縮できるので、製造効率も良く、分解も少ない製剤とすることができる。
【0012】
この出願発明では、造粒前の各成分を約1.5mm以下の粒子になるように解砕し、一定の大きさにそろえる解砕工程を組み入れることもできる。この結果、次の造粒工程において、原料を均一に混合することができるため、最終的に含量均一性に優れた透析用剤を製造することができる。この解砕工程では、透析用剤の構成成分である電解質成分、pH調整剤のうち、バインダーとする塩化カルシウムおよび/または塩化マグネシウム以外の成分を、約1.5mm以下の粒子になるように解砕する。その際に使用する装置は、各成分を約1.5mm以下の大きさに解砕できるものであれば、一般的な解砕型整粒機を使用することができる。
粒状物は、平均粒度が標準篩で12〜100メッシュであることが好ましい。
【0013】
また、この解砕工程において、塩化ナトリウムのみ、別に約1.5mm程度以下に解砕してもよい。つまり、塩化ナトリウム抜きの成分を造粒、整粒、乾燥し、塩化ナトリウム抜きの透析用剤の造粒物を製造した後、解砕した塩化ナトリウムを混合、または分包して透析用剤とすることもできる。この出願発明の透析用剤の含有成分のうち、塩化ナトリウムは原料総重量の約60〜80%程度を占めるため、塩化ナトリウム抜きの造粒物では装置の規模を小さくすることができ、製造コストの削減や製造効率を上げることができる。
さらに、分包する場合には、例えば中仕切によって複数室に分離された袋に、塩化ナトリウム抜きの造粒物と塩化ナトリウムを入れることにより、開封する際にも一度に開封することができ、入れ忘れや入れ間違いも防止でき、操作性も良い製剤を提供することができる。
【0014】
次に、乾燥工程で使用する乾燥装置としては、一般的に固形透析用剤を造粒・乾燥工程で用いられる乾燥装置、例えば流動層乾燥機や振動式乾燥機を用いることができる。
【0015】
pH調整剤の固体有機酸は乾燥した造粒物と混合する。電解質成分等の造粒物の乾燥後に固体有機酸を混合すると、ブドウ糖分解物である5−ヒドロキシメチルフルフラール(5−HMF)類等の生成が抑えられ、より安定な粉末透析用剤が得られるという利点がある。その際の混合装置は、一般的に使われるものでよく、特に限定しない。
【0016】
また、この出願発明ではブドウ糖を予め電解質成分等と混合して造粒してもよいし、クエン酸と同様に、乾燥した造粒物と混合して造粒物に付着させることもできる。この場合には、pH調製剤のクエン酸と一緒に混合させてもよいし、クエン酸を混合する前、または後に、乾燥した造粒物と混合して付着させることもできる。
【0017】
この出願発明の透析用剤の容器用包装材としては、水蒸気およびガスの透過を防ぐものが好ましく、例えば透湿度(40℃、90%RH)が1.0g/m・24hr以下のものを用いることが望ましい。材質としては、例えば、PET/ガラス蒸着PET/PE、PET/酸化アルミ/ナイロン、PET/SiOx/CPP、PET/SiOx/ナイロン/CPPおよびOPP/SiOx/CPP等がある。
以下、この出願発明を実施例により具体的に説明する。
【実施例1】
【0018】
塩化ナトリウム4508g、塩化カリウム109g、塩化カルシウム162g、クエン酸ナトリウム44g及びブドウ糖1102gをバーチカル・グラニュレーター(VG−25型、(株)パウレック)で混合した混合物に、塩化マグネシウム76gを水49g(0.82%)に溶解して添加し、練合、造粒した。この造粒物を流動層乾燥機にて乾燥した後、造粒物2859gとクエン酸44gをV型混合機にて混合したものを試作品1とした。同様にして試作品2、試作品3を得た。
比較例1
塩化ナトリウム4508g、塩化カリウム109g、塩化カルシウム162g、クエン酸ナトリウム44g、クエン酸91g及びブドウ糖1102gをバーチカル・グラニュレーター(VG−25型、(株)パウレック)で混合した混合物に、塩化マグネシウム76gを水50g(0.82%)に溶解して添加し、練合、造粒した。この造粒物を流動層乾燥機にて乾燥したものを比較品1とした。同様にして比較品2、比較品3を得た。
測定方法
このサンプル58.06gを水に溶解し200mLとした。この液10mLを取り、水11mLを加えた液について波長284nmにおける吸光度を測定した。
結果はつぎの表1のとおりである。
【0019】
(表1)
保存条件 50℃、75%RH
クエン酸後添加 0日 4日 7日 14日 21日
試作品1 0.057 0.116 0.181 0.284 0.587
試作品2 0.056 0.117 0.158 0.251 0.502
試作品3 0.057 0.119 0.193 0.285 0.541
クエン酸前添加 0日 4日 7日 14日 21日
比較品1 0.062 0.374 0.599 1.076 1.489
比較品2 0.062 0.374 0.600 1.038 1.453
比較品3 0.063 0.375 0.608 0.985 1.471

表1から明らかなように、固体有機酸(クエン酸)を造粒・乾燥後に添加することにより、ブドウ糖の安定性が高い固形透析用剤を製造することができた。
【産業上の利用可能性】
【0020】
この出願発明は、電解質成分等の各成分の造粒・乾燥工程の後に固体有機酸を添加することにより、安定性の高い、特にブドウ糖の分解を抑制した固形透析用剤およびその製造方法を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解質成分、ブドウ糖およびpH調整剤からなる固形透析用剤において、電解質成分およびブドウ糖からなる乾燥した造粒物に、固体有機酸を添加することを特徴とする固形透析用剤の製造方法。
【請求項2】
乾燥した造粒物が固体有機酸以外のpH調整剤を含むことを特徴とする請求項1に記載の固形透析用剤の製造方法。
【請求項3】
乾燥した造粒物が、乾燥した造粒物にブドウ糖を添加したものであることを特徴とする請求項1または2に記載の固形透析用剤の製造方法。
【請求項4】
電解質成分からなる乾燥した造粒物に、ブドウ糖を添加し、ついで固体有機酸を添加することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の固形透析用剤の製造方法。
【請求項5】
固体有機酸がクエン酸であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の固形透析用剤の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法により製造された固形透析用剤を、炭酸水素ナトリウムからなるB剤と組み合わせてなることを特徴とする固形透析用剤。

【公開番号】特開2010−77161(P2010−77161A)
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−2636(P2010−2636)
【出願日】平成22年1月8日(2010.1.8)
【分割の表示】特願2004−151198(P2004−151198)の分割
【原出願日】平成16年5月21日(2004.5.21)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】