説明

土壁の欠落防止処理剤及び方法

【課題】土壁の調湿機能の低下を抑えた土壁の欠落防止処理剤及び方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る土壁の欠落防止処理剤は、アルカン系溶媒にフッ素系ポリマーと防カビ剤を溶解して成ることを特徴とする。また、本発明に係る土壁の欠落防止処理方法は、上記の欠落防止処理剤を、土壁の表面に噴霧する工程と、前記欠落防止処理剤が噴霧された土壁を乾燥させる工程とを備えることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外壁等に用いられる土壁の欠落防止処理剤及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
土壁は、古くより寺社や家屋、土蔵等の外壁として用いられてきた材料であるが、施工期間が長く手間がかかる、土壁を施工できる職人の減少といった理由から、徐々に減少している。
【0003】
しかし、土壁の有する調湿機能が日本の風土に合うことや、海藻、藁や麻すさといった天然素材を原料とし環境に優しいこと、京都や奈良等に残る古い町並みの景観保全に役立つこと等から、近年、土壁から成る外壁が見直されてきている。調湿機能とは、外壁で囲まれた室内の湿度が高くなると空気中の水分を外壁が内部に取り込み、室内が乾燥すると外壁が水分を放出することで、室内を適度な湿度に保つという機能であり、土壁は優れた調湿機能を有することが知られている。
【0004】
ところで、建築物の外壁は、長年、風雨に曝されることにより脆くなり、亀裂が入ったり、剥がれ落ちたりするため、見栄えが悪くなる。これは、外壁内部に水が侵入することにより外壁材料が物理的・化学的に劣化し、欠落したり崩落したりするためである。そこで、外壁内部に水が侵入することを防止するために、外壁の防水性、撥水性を高める防水処理や撥水処理の方法が従来より提案されている(例えば特許文献1、2参照)。
また、近年では、ゲリラ豪雨などにより施工直後でも外壁が欠落する場合があり、そのような外壁の欠落を回避するために、防水性、撥水性を高めた外壁が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002-121543号公報
【特許文献2】特開2002-121285号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところが、これら従来の防水処理や撥水処理の方法は、土壁特有の機能である調湿機能については考慮されていない。そのため、従来の防水処理や撥水処理を土壁から成る外壁に施すと、調湿機能が損なわれてしまうおそれがあった。
本発明が解決しようとする課題は、調湿機能を損なうことがない土壁の欠落防止処理剤及び方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る土壁の欠落防止処理剤は、アルカン系溶媒にフッ素系ポリマーを溶解して成ることを特徴とする。
【0008】
また、本発明に係る土壁の欠落防止処理方法は、
アルカン系溶媒にフッ素系ポリマーを溶解して成る欠落防止処理剤を土壁の表面に噴霧する工程と、
前記欠落防止処理剤が噴霧された土壁を乾燥させる工程と
を備えることを特徴とする。
【0009】
コンクリートやタイル目地等の防水・防汚処理に用いられているコーティング剤ではシリコン系溶剤やシラン・シロキサン系溶媒を用いることが一般的だが、本発明では、より浸透性の高いアルカン系溶媒にフッ素系ポリマーを溶解して欠落防止処理剤とし、この欠落防止処理剤を土壁の表面に噴霧するようにしたため、該欠落防止処理剤を土壁の内部まで浸透させることができる。欠落防止処理剤を土壁の内部にまで確実に浸透させるためには、欠落防止処理剤を土壁の表面に噴霧する工程及び土壁を乾燥させる工程を複数回繰り返すことが好ましく、繰り返す回数は土壁の厚さや土壁の肌理の粗さ(細かさ)等によって決めると良い。
アルカン系溶媒の例として石油ベンジンが挙げられる。フッ素系ポリマーは例えば撥水剤やコーティング剤の原料として用いられている物質であり、ポリテトラフルオロエチレンやパーフルオロアルコオキシ等が挙げられる。
【0010】
前記欠落防止処理剤を噴霧する量は、土壁の表面積1m当たり250mL〜750mLが好ましく、更に好ましくは土壁の表面積1m当たり450mL〜550mLである。施工時(欠落防止処理剤の噴霧時)は土壁の水分率が10%以下の状態でするのが望ましい。
【0011】
また、前記欠落防止処理剤に界面活性剤から成る柔軟剤を含めるようにすることが好ましい。このようにすることにより、該欠落防止処理剤が土壁の内部に浸透しやすくなる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、シリコン系溶剤のように油膜を形成することなく土壁の表面に噴霧した欠落防止処理剤を該土壁の内部にまで浸透させることができるため、土壁が有する調湿機能を損なうことなく土壁の欠落を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】吸放湿試験に用いた土壁ブロックの一例を示す写真。
【図2】片面加工の吸放湿試験結果。
【図3】片面加工と同時に行った未加工の吸放湿試験結果。
【図4】両面加工の吸放湿試験結果。
【図5】両面加工と同時に行った未加工の吸放湿試験結果。
【図6】大阪土壁の促進耐候性試験結果を示す写真。
【図7】大津土壁の促進耐候性試験結果を示す写真。
【図8】漆喰の促進耐候性試験結果を示す写真。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本実施例に係る土壁の欠落防止処理方法を図面を参照して説明する。本実施例の欠落防止処理方法は、フッ素系ポリマーをアルカン系溶剤に溶解した欠落防止処理剤を土壁の内部まで浸透するように該土壁の表面から噴霧する工程と、前記欠落防止処理剤が噴霧された土壁を乾燥させる工程とを備える。
【0015】
土壁の材料としては、大阪土、大津土、じゅらく等、種々のものが挙げられる。また、欠落防止処理剤は、アルカン系溶媒にフッ素系ポリマーを溶解させたものを用いることができ、さらには、界面活性剤から成る柔軟剤を溶解させたものを用いることができる。アルカン系溶媒は非水溶性の溶媒であり例えば石油ベンジンが挙げられる。フッ素系ポリマーは撥水剤やコーティング剤の材料として用いられている物質であり、例えばテフロン(登録商標)の成分として知られているポリテトラフルオロエチレンや、パーフルオロアルコオキシが挙げられる。
アルカン系溶媒に添加するフッ素系ポリマーの量は土壁の材料や周辺環境(温度や湿度等)に応じて適宜、調整すると良く、通常は、アルカン系溶媒とフッ素系ポリマーの配合比は20:1〜10:1である。
【0016】
以下、本実施例の欠落防止処理方法の作用・効果を確かめるために行った吸放湿試験及び促進耐候性試験について説明する。なお、以下の吸放湿試験及び促進耐候性試験に用いた欠落防止処理剤は、石油ベンジン、株式会社パールトーン内で調製したフッ素系ポリマー(HM−45)、及び防カビ剤から成る。石油ベンジン、フッ素系ポリマー、及び防カビ剤の配合比は、90:9:1とした。防カビ剤を用いたのは、欠落防止処理剤を噴霧したことにより土壁の表面や内部にカビが発生することを防止するためである。
【0017】
[吸放湿試験]
1.試験体の準備
2種類の土壁材料(大阪土及び大津土)を用いて、寸法が「300mm×200mm×60mm」(タテ×ヨコ×厚み)の土壁ブロックを作製した。また、比較例として、漆喰製の土壁ブロックを作製した。
土壁ブロックの作製は、木製の縦枠板とアクリル製の横枠板からなる矩形枠内に間渡し竹、小舞竹を用いて土台を作り、該土台の表側から壁土を塗る、という土壁の一般的な工法で行った。図1に土壁ブロックの一例を示す。
次に、土壁ブロックの表面(おもてめん)及び裏面の両方(両面加工)又は片方(片面加工)と木製の縦枠板に欠落防止処理剤を噴霧し、乾燥させた後、試験体とした。欠落防止処理剤の噴霧は土壁の表面から20cmのところから行い、噴霧、乾燥の工程を2回繰り返した。また、噴霧した欠落防止処理剤の量は合計で約500mL/m2とした。
【0018】
2.吸放湿試験の手順
温度23℃、湿度53%RHに設定した恒温恒湿槽Aと、温度23℃湿度93%RHに設定した恒温恒湿槽Bを用いて、各試験体の吸放湿機能(調湿機能に相当)を調べた。
吸放湿試験は、恒温恒湿槽Aと恒温恒湿槽Bに試験体を交互に24時間ずつ入れることにより行った。
【0019】
3.吸放湿量の測定
各槽から取り出した直後の試験体の重量を計測した結果を図2〜図5に示す。図2は土壁ブロックの片面に欠落防止処理剤を噴霧したもの(片面加工)、図3は土壁ブロックに欠落防止処理剤を全く噴霧しなかったもの(未加工)の結果で、図2及び図3は同時に実験を行った。また、図4は土壁ブロックの両面に欠落防止処理剤を噴霧したもの(両面加工)及び図5は土壁ブロックに欠落防止処理剤を全く噴霧しなかったもの(未加工)の結果で、図4及び図5は同時に実験を行った。これら図2〜図5には、各槽から取り出した直後の重量と、前回の測定重量との差分重量及び前回の測定重量に対する差分重量の割合を示している。差分重量及びその割合がプラスの値は吸湿量を、マイナスの値は放湿量を示している。
【0020】
これら図2〜図5に示すように、本実施例に係る大津土や大阪土の土壁から成る土壁ブロックでは、片面或いは両面に欠落防止処理剤を噴霧した試験体と未加工の試験体との間に吸湿量、放湿量共に大きな違いはなく、調湿機能は損なわれていなかった。
一方、比較例に係る漆喰製の土壁ブロックの片面或いは両面に欠落防止処理剤を噴霧した試験体は、欠落防止処理剤を噴霧しなかった漆喰製の土壁ブロック(未加工)に比べると、吸湿量、放湿量が共に低下し、調湿機能が低下する傾向にあった。
漆喰は土壁に比べると肌理が細かく、元々吸放湿量が小さい。そのため、漆喰製の土壁ブロックの表面に噴霧した欠落防止処理剤が内部にまで染み込みにくく、吸放湿量が低下したものと思われる。一方、大津土や大阪土では、表面に噴霧した欠落防止処理剤が該表面に被膜を形成することなく内部まで染み込んだため吸放湿量が低下することがなく、調湿機能が維持されたものと思われる。
【0021】
[促進耐候性試験]
1.土壁ブロックの作成
肌理が粗い土壁材料である大阪土と、肌理が細かい土壁材料である大津土を用いて、寸法が「200mm×140mm×30mm」(タテ×ヨコ×厚み)の土壁ブロックを作製した。土壁ブロックの作製は、木製の矩形枠内に間渡し竹、小舞竹を用いて土台を作り、該土台の表側から壁土を塗る、という土壁の一般的な工法で行った。なお、促進耐候性試験では、背面に木製の板を貼り、表面(おもてめん)のみが露出した試験体を用いた。また、比較例として漆喰の土壁ブロックを同様の手順で作成した。
【0022】
2.試験の手順
土壁ブロックの表面(おもてめん)に本実施例の欠落防止処理を施し、これを試験体とした。噴霧した欠落防止処理剤の量は、吸放湿試験と同様約500mL/m2とした。また、対照群として、シラン・シロキサン系の防水処理剤を塗布した試験体(以下「対照試験体」と呼ぶ)、撥水処理を何も施していない試験体(以下「ブランク試験体」と呼ぶ)をそれぞれ準備した。シラン・シロキサン系防水処理剤は、コンクリート等の一般的な土壁の防水処理に用いられる処理剤であり、クレディエンス株式会社の製品であるウエテキシSや旭化成ジオテック株式会社の製品であるマジカルリペラー等が挙げられる。
【0023】
続いて、これらの試験体に、「JIS K 5400:1990 9.8.1」に準じたサンシャインカーボンアーク灯式促進耐候性試験を実施し、試験開始前(pre)と試験開始後の各試験体の状態を観察した。なお、サンシャインカーボンアーク灯式促進耐候性試験の主な試験条件は次の表1の通りである。また、耐候性試験の実施時間は100〜300時間とした。日本の平均的な年間降水量(約1600mm)で換算すると、300時間の耐候性試験は2.8年分に相当する。
【表1】

【0024】
図6は大阪土壁、図7は大津土壁、図8は漆喰の試験結果を示している。また、それぞれ、(1)は本実施例に係る欠落防止処理剤を噴霧した試験体、(2)は対照試験体、(3)はブランク試験体の結果を示す。
図6に示すように、本実施例に係る処理を行った大阪土壁は試験開始から100時間経過した時点では全く欠落がみられず、200時間及び300時間が経過した時点では若干欠落した様子が窺えるが、ほぼ初期の風合いや感触が維持されていた。
これに対して、対照試験体及びブランク試験体は試験開始から100時間経過した地点で表面が大きく崩落し、これ以上の試験は不可能な状態であった。
【0025】
一方、図7に示すように、大津土壁については、いずれの試験体も300時間が経過しても欠落・崩落がみられず、表面が変色するのみであった。特に、対照試験体及びブランク試験体は本実施例に係る処理を施した試験体に比べると変色の程度が大きかった。
また、図8に示すように、比較例としての漆喰についても、いずれの試験体も200時間が経過しても欠落・崩落がみられず、表面の一部が変色するのみであった。
【0026】
土壁の中でも大阪土壁のように肌理が粗く、多数の小孔が存在するものは、水が染み込み易く、促進耐候性試験を実施すると時間の経過と共に、崩落が起きる。このような土壁に対して、本実施例に係る欠落防止処理を行うと、水の染み込みを防止することができるため、促進耐候性試験による崩落を有効に防止することができたものと思われる。
【0027】
これに対して、大津土壁のように肌理が細かい土壁、あるいは更に肌理が細かい漆喰は水が染み込みにくいため、促進耐候性試験を実施しても崩落しない。このように、元々崩落が起き難い土壁材料である大津土壁や漆喰に対して、本実施例の欠落防止処理を行っても、その作用・効果を確認することが出来なかったものと思われる。
以上より、本実施例の欠落防止処理方法は、肌理の粗い土壁に対して、特に優れた欠落防止効果を発揮し、且つ、調湿機能の低下を抑えることができると言える。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカン系溶媒にフッ素系ポリマーを溶解して成ることを特徴とする土壁の欠落防止処理剤。
【請求項2】
前記アルカン系溶媒が石油ベンジンであることを特徴とする請求項1に記載の土壁の欠落防止処理剤。
【請求項3】
前記アルカン系溶媒と前記フッ素系ポリマーの配合比が10:1〜20:1であることを特徴とする請求項1又は2に記載の土壁の欠落防止処理剤。
【請求項4】
更に、界面活性剤から成る柔軟剤を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の土壁の欠落防止処理剤。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の欠落防止処理剤を、土壁の表面に噴霧する工程と、
欠落防止処理剤が噴霧された土壁を乾燥させる工程と
を備える土壁の欠落防止処理方法。
【請求項6】
欠落防止処理剤を土壁に噴霧する工程、及び、該土壁を乾燥させる工程を複数回繰り返すことを特徴とする請求項5に記載の土壁の欠落防止処理方法。
【請求項7】
前記欠落防止処理剤を噴霧する量が、土壁の表面積1m当たり250mL〜750mLであることを特徴とする請求項5又は6に記載の土壁の欠落防止処理方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図1】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−108331(P2013−108331A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−256365(P2011−256365)
【出願日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【出願人】(598050384)
【出願人】(511285314)
【出願人】(511285325)