説明

土壌中有害物質の含有量の簡易試験方法

【課題】有機溶剤を使用することなく、多数の検体について、公定試験方法と比較して十分に短い時間で、簡易に公定試験方法に相当する濃度を推計することができ、汚染の有無の確認や高濃度汚染地点の探索などに利用することができる土壌中有害物質の含有量の簡易試験方法を提供する。
【解決手段】比較的少量の土壌試料を採取し、これにその5倍以上の酸水溶液又はアルカリ水溶液を加え、数分以内程度の所定時間振とうさせた後、孔径0.45μmのろ紙の上に、孔径1μm以上のろ紙を重ねて成る複層ろ紙などによりろ過して得られた含有量試験用験液の分析値を求め、この分析値を振とう時間を変数とする指数関数によって得られた上記所定時間における溶出率で除すことによって土壌中有害物質の含有量を推計する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、土壌中に含有されている重金属などの有害物質の含有量の簡易で迅速な試験方法に係り、さらに詳しくは、簡便かつ速やかに調製した含有量試験用検液を分析した値から公定法による土壌中有害物質の含有量を推計する簡易試験方法、さらにはこのような方法に用いる土壌中有害物質の簡易試験キット並びに演算プログラム付き分析装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
土壌中に存在するPb(鉛)やCd(カドミウム)、Cr6+(六価クロム)、As(砒素)、F(フッ素)、B(ホウ素)等の有害物質は、土壌からの溶出による地下水汚染、あるいは直接摂取によって健康被害を引き起こす恐れがあることから、土壌汚染対策法等により、適用範囲、試験方法及び分析方法について基準が定められている。
しかし、土壌汚染対策法等で指定されている試験・分析方法、例えば環境庁告示第46号及び環境省告示第19号(以下、これらを「公定試験分析法」と称する)では、試料の乾燥、検液を得るための前処理(検液調製)において、乾燥に3日以上、前処理操作に1日以上を要する。また、0.45μmのろ紙によりろ過する際に、大型ろ紙を使用するか、あるいは事前に遠心分離しないと、目詰まりによって迅速なろ過が困難となることが多い。さらに、分析においても、高度な技術が必要であると共に、高価な分析機器を用いることが必要となるという問題がある。
【0003】
一方、土壌汚染調査の契機としては、土壌汚染対策法や地方自治体の条例で指定されている特定有害物質を取り扱っていた工場等を廃止する場合、都道府県知事等が健康被害の恐れがあると認めた場合、大規模な土地改変をする場合の他、現在操業中の事業所で汚染の疑いが生じた場合や定期調査、宅地売買等に絡む汚染有無を把握したい場合など、法律に定められた範囲外の測定機会も多数存在する。
【0004】
また、法律や条令で調査が定められた範囲では、公定法に則って汚染状況を把握する必要があるが、法律の枠外での調査や法律で指定された範囲を補足する目的においては、時間がかかり、分析にも技術や資金が必要となる公定試験分析法が必ずしも適当であるとは言えない。
例えば、汚染の可能性が発生した工事現場などでは、極力迅速な判断が求められる。また、操業中の工場敷地内や宅地売買における自主調査では、簡易かつ安価な測定方法が望まれている。
【0005】
さらに、法律の範囲で汚染調査を行う場合においても、その調査を効率的に行うためには、現場で汚染実態の概略を把握し、公定試験分析法の実施地点を定めることなど、簡易・迅速な試験方法が望まれている。
そのため、これまでにも多くの分析前処理(試験)方法や分析方法が提案されている。
【0006】
土壌試験における溶出過程を促進した方法として、酸抽出溶出促進金属測定法が提案されている。この方法は、通常純水で行う溶出操作を塩酸溶液で行い、土壌中の重金属を短時間で抽出して分析する簡易迅速分析法であって、公定法を補完する方法として用いることができるとされている(非特許文献1参照)。
【0007】
一方、「土壌汚染域の確定方法」として、土壌試料をマイクロ波あるいは超音波を利用した分解装置により処理し、含有されている重金属を加速溶出させ、ICP質量分析装置により分析する方法が開示されている(特許文献1参照)。
また、「重金属抽出方法及び重金属溶出量の測定方法」として、汚染土壌や廃棄物など重金属を高濃度に含有する試料に対して、液固比1以下となるよう水を混合した後、遠心ろ過してろ液中の重金属濃度を分析する重金属溶出量の測定方法が知られている(特許文献2参照)。
【0008】
さらに、秤量した土壌試料に硝酸とフッ化水素酸及び過酸化水素水を加えて密閉し、マイクロ波による加圧酸分解により分解し、これに蒸留水を加えて重量調整をした後、多元素同時分析装置により重金属濃度を分析し、試料の秤量値に基づいて土壌試料中の有害重金属量を求める土壌含有重金属の測定方法が開示されている(特許文献3参照)。
また、「土壌含有金属の溶出方法」として、秤量した土壌試料に蒸留水又は希塩酸等を加え、30〜40KHzの超音波を照射して、乾燥試料1gあたり5〜15cm2の範囲に浮遊分散させた土壌試料から重金属を溶出させ、これをろ過して得た試料液を多元素同時分析装置で分析し、土壌中の有害重金属量を求める方法が開示されている(特許文献4参照)。
【0009】
さらに、土壌中金属等の新しい分析方法を示したものとして、特許文献5には、「土壌に含まれる重金属類の溶出量分析方法及び分析装置、並びにこれに用いる試料」として、土壌から作成した検液に所定の割合でキレート剤を加え、このキレート剤に検液中の測定対象物質を吸着させる手順と、その検液をろ過し、測定対象物質を吸着したキレート剤を回収する手順と、蛍光X線分析装置により、回収したキレート剤に吸着された対象物質濃度を定量し、この結果から検液中の測定対象物質の溶出量に換算する手順について記載されている。
【0010】
また、土壌中金属等の試験分析方法に関するものとしては、特許文献6に、「土壌分析方法とそれに用いる蛍光X線土壌分析装置」として、土壌を粉砕・撹拌した後、その一部をプレスして円盤状のペレット試料を作成し、エネルギー分散型蛍光X線分析装置を用いて入射X線の照射スポットをその円盤状の異なる領域に移動させつつ検出データを蓄積し、統計的な処理を加えて分析するようにした重金属等の含有量測定方法が開示されている。
【0011】
そして、土壌汚染の試験方法に関する特許文献7には、凝集剤を添加することによって、土壌と抽出液の混合液からの被抽出液の分離を促進することが開示され、重金属等の土壌溶出簡易試験方法に関する特許文献8には、未風乾土壌に有機溶媒を加えて1分間の手振とう後、30分静置し、遠心分離ののち、0.45μmのメンブレンフィルターにより減圧ろ過して得られたろ液をICP発光分析装置等により分析する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2002−214199号公報
【特許文献2】特開2001−293454号公報
【特許文献3】特開2004−198324号公報
【特許文献4】特開2004−245579号公報
【特許文献5】特開2004−294329号公報
【特許文献6】特開2005−049205号公報
【特許文献7】特開平09−072898号公報
【特許文献8】特開2005−331409号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】環境省大気・水・環境負荷分野の環境影響評価技術検討会「大気・水・環境負荷分野の環境影響評価技術(III)<環境保全措置・評価・事後調査の進め方>」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、上記非特許文献1、特許文献1、特許文献2、特許文献3及び特許文献4に記載の方法では、土壌中の金属等の含有量を相対的に把握することが可能であるが、公定法との相関が得られていないため、結果から何らかの判断を行うことが困難であり、実用範囲はかなり制限されることになる。
また、上記特許文献5に記載の方法は、キレート剤での選択的吸着が可能な成分については有効であるものと考えられるが、対象物質以外の多種多様な金属等を含有する土壌について適用することが困難で、広い対象物質に適用できるものではない。
【0015】
さらに、上記特許文献6に記載の方法は、簡易で、多くの金属種についてスクリーニングが可能であるが、原理的に土壌中に存在する金属等の一部しか溶出してこない公定法試験よりも数倍高い濃度を示すことがあり、相対比較や明らかに汚染がないことの判定にのみしか使用できないと考えられる。
【0016】
また、上記特許文献7に記載の方法は、試験方法のごく一部を迅速化したものに過ぎなく、試験方法全体からみた場合には、簡易化、迅速化にはほど遠いものといわざるを得ない。
そして、特許文献8に記載の方法は、比較的迅速ではあるものの、有機溶媒を使用する点、模擬的に調製した土壌でのデータが主であるため、実用上の測定精度が不明確である点、拡散溶出及び固液分離を目的とした静置時間が長い点、さらに試験サイズが大きくて廃液が多くなり、また多地点の現場調査を行う際に手間がかかる点に問題がある。
【0017】
本発明は、従来の土壌中有害物質の分析、測定方法における上記題に着目してなされたものであって、その目的とするところは、有機溶媒を使用することなく、多数の検体について、公定試験方法と比較して十分に短い時間で、簡易に公定試験方法に相当する濃度を推計することができ、土壌汚染調査のスクリーニングとして、汚染の有無の一次確認や高濃度汚染地点の探索などに利用することができる土壌中有害物質の含有量の簡易試験方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討を重ねた結果、公定試験方法に較べて十分に短い時間でも相当量の有害物質が水や酸水溶液などの溶媒中に溶出することから、各有害物質の溶出挙動を把握することによって、試験サイズを縮小し、検液の調製時間を短縮したとしても、公定試験方法による測定値を推算することができ、上記目的が達成されることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0019】
すなわち、本発明は上記知見に基づくものであって、本発明の土壌中有害物質の簡易含有量試験方法においては、6g未満の質量の土壌を採取し、これにpH2以下の酸水溶液又はpH10以上のアルカリ水溶液を採取した土壌質量の5倍以上加え、公定含有量試験で定められた公定時間未満の時間振とうさせた後にろ過し、得られた含有量試験用検液の分析値から、公定含有量試験濃度を推計するようにしており、振とう時間と、その時間における物質の溶出濃度を公定時間振とう後の溶出濃度を「1」とする比で表した溶出率との関係を振とう時間を変数とする指数関数として求めておき、当該指数関数に基づいて公定時間未満の上記振とう時間に対応する溶出率を求め、該溶出率で上記振とう時間後の分析値を除すことによって、公定含有量試験の推計値を算出することを特徴とする。
【0020】
このとき、上記簡易含有量試験方法におけるろ過操作においては、孔径0.45μmのろ紙の上に、孔径1μm以上のろ紙を重ねて成る複層ろ紙によりろ過することが望ましい。
【0021】
そして、本発明の土壌中有害物質の簡易試験キットは、上記した土壌中有害物質の簡易試験方法に好適に用いられるものであって、少なくとも、土壌試料を溶媒と共に振とうする蓋付容器と、孔径0.45μmのろ紙の上に、孔径1μm以上のろ紙を重ねて成り、上記蓋付容器内の上澄み液をろ過するための複層ろ紙と、上記複層ろ紙によるろ液を収納する検液容器を備えたことを特徴としている。
さらに、本発明の分析装置は、上記方法において得られる含有量試験用検液の分析値から、公定試験濃度を推計する演算処理プログラムを備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、6g未満の比較的少量の土壌に、その5倍以上の質量の酸水溶液(pH2以下)を加えて(但し、Cr6+の場合にはpH10以上のアルカリ水溶液)、公定時間未満の任意の時間振とうさせた後、ろ過するようにしているので、比較的短時間で、容易に土壌中有害物質の含有量の試験用検液を調製することができる。このような検液の任意の振とう時間での溶出量分析値を指数関数から求めた任意振とう時間での溶出率で割り算することにより、分析値から、公定時間振とう後の溶出濃度に対する溶出率を指数関数によって求め、公定試験方法による含有量を推計するようにしていることから、公定試験方法よりも短時間で、簡易に公定試験方法に相当する土壌中有害物質の濃度をかなりの精度で把握することができる。
また、ろ過操作において、孔径0.45μmのろ紙の上に孔径1μm以上のろ紙を重ねてなる複層ろ紙によりろ過を行うことで、さらに迅速、簡易に試験することを可能とした。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】含有量試験におけるAsの酸水溶液中への溶出率に及ぼす振とう時間の影響を示す対数グラフである。
【図2】含有量試験におけるCdの酸水溶液中への溶出率に及ぼす振とう時間の影響を示す対数グラフである。
【図3】含有量試験におけるPbの酸水溶液中への溶出率に及ぼす振とう時間の影響を示す対数グラフである。
【図4】含有量試験におけるBの酸水溶液中への溶出率に及ぼす振とう時間の影響を示す対数グラフである。
【図5】含有量試験におけるCr6+のアルカリ水溶液中への溶出率に及ぼす振とう時間の影響を示す対数グラフである。
【図6】含有量試験におけるFの酸水溶液中への溶出率に及ぼす振とう時間の影響を示す対数グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明について、その実施形態などと共に、さらに詳細に説明する。なお、本明細書において、「%」は特記しない限り質量百分率を表すものとする。
【0025】
本発明の土壌中有害物質の含有量試験用検液の調製方法においては、まず、調査対象である土壌試料を秤量し、6g未満の質量を採取し、これにその5倍以上の質量の溶媒、すなわちpH2以下の酸水溶液、又はpH10以上のアルカリ溶液(Cr6+の場合)を加え、公定時間である120分未満の任意の時間振とうさせ、土壌中物質を酸水溶液中に溶出させる。
このとき、土壌試料の採取量としては、少な過ぎれば測定精度が悪化し、多すぎると後述するように溶媒の量も多くなることから、振とう容器の大型化、重量増に繋がり、採取現場における手操作による振とう作業が困難になり、廃液も多くなることから、1〜3g程度とすることが望ましい。
【0026】
土壌中物質を溶出させる溶媒としての酸水溶液としては、土壌そのものの陽イオン交換容量と抽出能力の観点からpH2以下のものを使用するが、具体的には0.5または1モル/L程度の塩酸の水溶液を用いることができる。なお、塩酸に代えて、硫酸や硝酸等の他の酸を用いることも可能である。
一般的な土壌の陽イオン交換容量は、数十から400meq/kg程度であることから、土壌と溶媒を混合後に酸性を維持するためには、それ以上の酸が必要となる。すなわち、400meq/kgの土壌1gを中和するためにはXmeq/L×33mL/gより、12meq/L(pH1.9)の酸が33mL必要となる。上記のようにほとんどの土壌の陽イオン交換容量が400meq/kg以下であることから、pH2以下であれば酸性を維持することができるものと考えられる。
【0027】
また、当該酸水溶液の添加量については、採取した土壌試料に対して余りに多過ぎると検出感度が低下し、少な過ぎると土壌中物質が十分に溶出しない可能性があることから、採取した土壌試料の20〜40倍、さらには33倍程度の質量とすることが望ましい。
【0028】
本発明の土壌中有害物質の含有量試験用検液の調製方法において、PbやCd、As等の物質を溶出させる溶媒としては、上記のように酸水溶液を使用するが、Cr6+(六価クロム)については、pH10以上の弱アルカリ性水溶液を用いることが必要であるが、pH10程度のものを用いることが望ましい。
なお、上記のような弱アルカリ性を示す水溶液である限り、用いる試薬について特に限定されないが、公定試験分析法において規定されているように、0.005モルの無水炭酸ナトリウムと0.01モルの炭酸水素ナトリウムを1Lの純水中に溶解させたものを用いることが望ましい。
【0029】
土壌試料を含む酸水溶液の振とう時間、すなわち土壌中物質の溶出時間については、公定時間である120分未満とすることによって、公定試験方法よりも迅速化を図ることができるが、余りに短いと土壌中物質が溶媒中に十分溶出しない反面、長すぎると簡便法としてのメリットがなくなる。また、簡便法として、現地での検液調製を考えれば、手操作による振とう作業を続けるには限界がある。
このような観点から、振とう時間としては、30分以内とすることが望ましく、1分程度とすることも可能である。また、状況に応じて動力による機械振とうを採用してもよい。
【0030】
このようして得られた土壌試料の懸濁液は、孔径0.45μmのろ紙の上に、孔径1μm以上の粗い孔を有するろ紙を1枚以上重ねて成る複層ろ紙を用いてろ過することが望ましく、このような複層ろ紙を用いることによって、溶出量試験用検液を速やかに得ることができ、ろ過操作の迅速化を図ることができる。このとき、上記したような複数のろ紙から成る市販の成形品を用いることもできる。
【0031】
上記したように、本発明においては、土壌のサンプリング量や溶媒量を少なくしたり、振とう時間を短くしたりすることによって、検液の調製に要する時間を大幅に短縮できると共に、手作業による振とうも可能になることから、土壌のサンプリング現場において、含有量試験用の検液を調製することができ、検液調製の迅速化、簡便化が可能になり、土壌汚染調査全体の迅速化、簡易化に繋がる。
【0032】
本発明の土壌中有害物質の簡易含有量試験方法においては、それぞれ上記調製方法によって得られた含有量試験検液の分析値から、公定含有量試験濃度を推計することができる。
【0033】
すなわち、本発明者らは、上記のように試験サイズを小さくした簡易試験方法における振とう時間と土壌中有害物質の溶媒への溶出濃度との関係を求めたところ、表1に示すように、振とう時間、すなわち溶出時間さえ公定試験方法と一致させれば(120分)、試験サイズを小さくした場合でも公定試験方法による溶出濃度とほぼ一致することが確認された。
【0034】
【表1】

【0035】
また、溶出濃度を公定試験方法に規定された振とう時間(溶出時間)における溶出濃度を「1」とする溶出率で表した場合、土壌の種類や有害物質の含有量に拘らず、一部の例外を除いて、概ね同様の溶出挙動を示し、各物質の溶出率は、時間を変数とする1つの指数関数でそれぞれ表わされることを見出した。
【0036】
この知見を利用することによって、各有害物質の溶出率曲線(時間を対数で表示すれば直線となる)に基づいて、振とう時間に対応する溶出率を求め、得られた分析値を当該溶出率で除することによって、公定試験方法に相当する溶出濃度を推計することが可能となる。
この場合、土壌と汚染金属等の種類によって、関数のパラメーターが多少異なることが想定されるが、現実の汚染土壌での最小溶出率を用いることで安全側の判定を行うことが可能となる。
【0037】
一方、公定試験分析法においては、風乾土壌を6g以上採取するよう規定されているが、採取した土壌を風乾するには、少なくとも3日を要し、試料を採取した現場での検液調製が不可能となって、簡易法としての迅速性が著しく損なわれることになる。
表2は、現場で採取したままの湿潤土壌と、これに4日間の風乾処理を施して成る風乾土壌を用いて、含有量試験を実施し、溶媒中への溶出濃度に及ぼす土壌の乾燥状態の影響を調査した結果を示すものである。なお、表中の溶出濃度は、それぞれの含水率に基づいて、乾燥土壌6g当たりの溶出濃度に換算してある。
【0038】
【表2】

【0039】
この表から明らかなように、風乾土壌を用いた場合も、現場で採取したままの湿潤土壌を用いた場合も、乾燥土壌の質量当たりに換算すれば、溶出濃度は概ね同一とみなすことができる。
このことから、本発明においては、数日間かけて風乾処理を行う必要は必ずしもなく、検液調製用の土壌試料を採取するに際して、含水量測定用の試料を同時にサンプリングさえしておけば、現場で採取した湿潤土壌を用いて、その場で含有量試験用の検液を調製したとしても、同時にサンプリングされた試料の含水率に基づいた測定値の補正を最終的に行なう限り、何ら問題なく、含有物質の分析に供することができる。また、多少精度は低下するものの、目視等により土壌の含水率を定めて試験を行うことも可能である。
【0040】
なお、状況が許す限り、風乾土壌や、現地に持ち込んだ適当な乾燥装置によって乾燥した土壌の試料を用いて検液を調製することが可能であることは言うまでもない。
【0041】
このように、本発明の土壌中有害物質の簡易含有量試験方法は、簡便法であって、極めて迅速かつ容易に有害物質の含有量レベルを把握することができることから、土壌汚染調査のスクリーニングに利用することができる。すなわち、適宜公定試験方法と組み合わせながら、明らかに汚染されていないことの確認や、高濃度地点の探索、公定法による調査の実施が必要な地点の絞り込み、明らかな汚染地域の把握、大まかな汚染レベルの把握などに広く適用することができる。
なお、土壌中有害物質の分析には、これら有害物質の種類に応じて、例えば吸光光度法、イオン電極法、ICP発光分析法、イオンクロマトグラフ法などを適用することができる。
【0042】
本発明によって、振とう・濾過作業時間の大幅な短縮および振とう試料の少量化が実現されるので、汚染土壌現場での手作業による振とう作業が可能となり、現場に持ち運んで簡易測定ができる簡易キットが実現可能となった。本発明の具体例としての簡易測定キットは、土壌試料を溶媒と共に振とうする蓋付容器、孔径0.45μmのろ紙の上に、孔径1μm以上のろ紙を重ねて成り、上記蓋付容器内の上澄み液をろ過するための複層ろ紙、上記複層ろ紙によるろ液を収納する検液容器を備え、例えばこれらをバッグなどの可搬容器に収納しておけば、調査現場で速やかに土壌中有害物質の含有量試験用の検液を調製することができる。
さらに、当該試験キットには、振とう後の土壌と溶媒との懸濁液の上澄み液を採取するためのシリンジや、これに接続されるろ紙ホルダーや、溶媒、すなわち含有量試験用として所定濃度に調製した酸(またはアルカリ)水溶液、さらには検液調製が済み、不要となった溶媒廃液を保管する廃液容器や、このような廃液を中和するために用いるアルカリ(または酸)などの中和剤を組み込むようにすることができる。
【0043】
そして、本発明の土壌中有害物質の分析装置には、当該装置によって得られた分析値から、公定試験濃度を推計するための演算処理プログラム、例えば上記のようにして得られた各成分ごとに求められた、振とう時間と溶出率の関係式による演算プログラムを搭載しておくことが望ましく、これによって本発明の簡易法によって求めた分析値から、公定試験法による分析値へ換算した値が極めて容易に得られるようになる。
【実施例】
【0044】
以下、本発明を実施例により更に詳述するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0045】
(1)予備試験(溶出時間と各成分の溶出率の関係把握)
【0046】
(1)−1 Asの含有量試験
各種汚染土壌のうち、サンプルGの風乾土壌を1.5g採取して、100mLのポリエチレン容器に入れ、これに1モル/Lの濃度の塩酸水溶液を50mL加え、卓上振とう器によって1分〜120分の各時間それぞれ振とうした。
所定の振とう時間を終えた各容器を5分間静置したのち、各容器の上澄み液をシリンジによってそれぞれ20mL程度採取し、これを直径47mmの孔径0.45μmのろ紙の上に、孔径2.7μmのろ紙を重ねた複層ろ紙とろ紙ホルダーを用いてろ過することによって、振とう時間の異なる溶出量試験用検液を得た。
【0047】
得られた検液を適宜希釈し、水素化物発生ICP発光分析装置を用いてそれぞれ分析し、振とう時間に対するAsの溶出濃度を測定した。
その結果、振とう時間を120分とした時の溶出濃度が0.06mg/Lとなり、公定試験分析法による値とほぼ等しくなることが確認された。
【0048】
また、時間ごとの溶出濃度を120分における上記溶出濃度0.06mg/Lを「1」とする溶出率に換算し、対数表示の両軸に対してプロットした結果、図1に示す溶出直線が得られ、含有量試験におけるAsの溶出率yが次式で表わされることが判った。
y=0.789x0.051(式中のxは振とう時間(分))
【0049】
(1)−2 Cdの含有量試験
各種汚染土壌のうち、サンプルAの風乾土壌を用い、分析にICP発光分析装置を用いたこと以外は、上記同様の操作を繰り返すことによって、図2に示すようなCdの溶出直線を得た。
図に示すように、Cdの場合には、溶出速度が速く、1分程度の振とう時間でも120分経過後でも、溶出濃度に相違がなく、ほとんど公定試験分析法による値に一致することから、試験サイズを縮小した簡易法による分析値をそのまま利用しても差し支えないことが確認された。
【0050】
(1)−3 Pbの含有量試験
各種汚染土壌のうち、サンプルIの風乾土壌を用いたこと以外は、上記同様の操作を繰り返すことによって、図3に示すようなPbの溶出直線が得られた。
その結果、振とう時間を120分とした時のPbの溶出濃度は0.25mg/Lとなり、公定試験分析法による値とほぼ等しくなることが確認されると共に、含有量試験におけるAsの溶出率yが次式によって表わされることが判明した。
y=0.670x0.084(式中のxは振とう時間(分))
【0051】
(1)−4 Bの含有量試験
各種汚染土壌のうち、サンプルFの風乾土壌を用いたこと以外は、上記同様の操作を繰り返すことによって、図4に示すように、Bの溶出直線を得た。
その結果、振とう時間を120分とした時のBの溶出濃度は122mg/Lとなり、公定試験方法による値とほぼ等しくなると共に、含有量試験におけるBの溶出率yが次式によって表わされることが判明した。
y=0.776x0.059(式中のxは振とう時間(分))
【0052】
(1)−5 Cr6+の含有量試験
各種汚染土壌のうち、サンプルDの風乾土壌を用い、溶媒として0.005モルの無水炭酸ナトリウムと0.01モルの炭酸水素ナトリウムを1Lの純水中に溶解させた弱アルカリ性水溶液(pH=10.06)を用いると共に、分析に吸光光度計を用いたこと以外は、上記同様の操作を繰り返すことによって、図5に示すように、Cr6+の溶出直線を得た。
その結果、振とう時間を120分とした時のCr6+の溶出濃度は8.7mg/Lとなり、公定試験方法による値とほぼ等しくなると共に、含有量試験におけるCr6+の溶出率yが次式によって表わされることが判明した。
y=0.593x0.116(式中のxは振とう時間(分))
【0053】
(1)−6 Fの含有量試験
各種汚染土壌のうち、サンプルEの風乾土壌を用いると共に、溶媒として1モル/Lの塩酸水溶液を用い、さらにFの分析装置としてイオンクロマトグラフを用いたこと以外は、上記同様の操作を繰り返すことによって、図6に示すようなFの溶出直線が得られた。
図に示すように、Cdの場合と同様に、酸水溶液への溶出速度が速く、1分程度の振とう時間でも120分経過後でも、溶出濃度に相違がなく、試験サイズを縮小した簡易法による分析値をそのまま利用しても差し支えないことが確認された。
【0054】
(2)本発明による土壌中有害物質の簡易試験
各種汚染土壌のうちから、湿潤状態のサンプルB、L、M、N、Oの各土壌試料をそれぞれ乾燥重量で1.5gとなるように採取し、100mLのポリエチレン容器に入れ、この中に、Cr6+については、0.005モルの無水炭酸ナトリウムと0.01モルの炭酸水素ナトリウムを1Lの純水中に溶解させた弱アルカリ性水溶液を50mL、これ以外については、1モル/Lの濃度の塩酸水溶液を50mL加え、手作業によって1分間振とうし、5分間静置したのち、容器内の上澄み液を同様にシリンジによって20mL程度採取し、これを直径47mmの孔径0.45μmのろ紙の上に、孔径2.7μmのろ紙を重ねた複層ろ紙とろ紙ホルダーを用いてろ過することによって、含有量試験検液を調製した。
【0055】
得られた含有量試験用検液を適宜希釈し、上記同様の分析装置を用いて各成分をそれぞれ分析し、各成分の溶媒(塩酸水溶液又はアルカリ水溶液)中への溶出濃度を測定した。
そして、同様に、予備試験によって求めた各成分の溶出式からそれぞれ溶出量yを求め、得られた溶出濃度をそれぞれの溶出率yで除すした結果、表3に示すように、公定試験分析法による溶出濃度と概ね一致する結果となった。
【0056】
なお、含有量試験結果については、本来、上記溶出濃度から乾燥土壌1kg当たりの含有量(mg)に換算表示するものであるが、この実施例においては、換算前のデータとして溶出濃度を示した。
【0057】
【表3】

【0058】
なお、この実施例においては、土壌中有害物質の代表例として、Pb、Cd、As、B、Cr6+及びFの分析例について説明したが、これら以外の有害物質であるSe、Hg、シアンの含有量についても、同様の操作によって試験することができる。
さらに、推計に用いる各式については、今後さらに集積されるデータに基づいて式の係数を変更していくことによってより精度の高い推計が可能になるものと考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
6g未満の質量の土壌を採取し、これにpH2以下の酸水溶液又はpH10以上のアルカリ水溶液を採取した土壌質量の5倍以上加え、公定含有量試験で定められた公定時間未満の時間振とうさせた後、ろ過して検液を得、得られた検液の分析値から、公定含有量試験濃度を推計する土壌中有害物質の簡易含有量試験方法であって、
振とう時間と、その時間における物質の溶出濃度を公定時間振とう後の溶出濃度を「1」とする比で表した溶出率との関係を振とう時間を変数とする指数関数として求めておき、
当該指数関数に基づいて公定時間未満の上記振とう時間に対応する溶出率を求め、該溶出率で上記振とう時間後の分析値を除すことによって、公定含有量試験の推計値を算出することを特徴とする簡易含有量試験方法。
【請求項2】
上記ろ過操作に際して、孔径0.45μmのろ紙の上に孔径1μm以上のろ紙を重ねて成る複層ろ紙を用いることを特徴とする請求項1に記載の土壌中有害物質の簡易含有量試験方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の簡易含有量試験方法に用いるキットであって、
土壌試料を溶媒と共に振とうする蓋付容器と、
孔径0.45μmのろ紙の上に、孔径1μm以上のろ紙を重ねて成り、上記蓋付容器内の上澄み液をろ過するための複層ろ紙と、
上記複層ろ紙によるろ液を収納する検液容器を備えたことを特徴とする土壌中有害物質の簡易試験キット。
【請求項4】
上記蓋付容器内の上澄み液を取り出すシリンジと、該シリンジに接続可能なろ紙ホルダーを備えたことを特徴とする請求項3に記載の土壌中有害物質の簡易試験キット。
【請求項5】
溶媒を備えたことを特徴とする請求項3又は4に記載の土壌中有害物質の簡易試験キット。
【請求項6】
使用済みの溶媒を保管する廃液容器と、当該容器内の廃液を中和するための中和剤を備えたことを特徴とする請求項3〜5のいずれか1つの項に記載の土壌中有害物質の簡易試験キット。
【請求項7】
請求項1又は2に記載の方法において得られる検液の分析値から、公定試験濃度を推計する演算処理プログラムを備えたことを特徴とする土壌中有害物質の分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−73264(P2012−73264A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−247526(P2011−247526)
【出願日】平成23年11月11日(2011.11.11)
【分割の表示】特願2006−109718(P2006−109718)の分割
【原出願日】平成18年4月12日(2006.4.12)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年3月15日 社団法人日本水環境学会発行の「第40回日本水環境学会年会講演集」に発表
【出願人】(593016008)セントラル科学株式会社 (3)
【出願人】(303034883)有限会社環境資源システム総合研究所 (3)
【Fターム(参考)】