説明

土壌試料の乾燥装置及び乾燥方法

【課題】簡易な構成の装置により、汚染物質等を飛散させたり変質させたりすることなく短時間で土壌試料を乾燥させることができる、土壌試料の乾燥装置及び乾燥方法を提供する。
【解決方法】土壌汚染の分析のために土壌試料を乾燥する乾燥装置であって、土壌試料を収容するチャンバーと、土壌試料にマイクロ波を照射するマイクロ波照射手段と、前記チャンバーを減圧する減圧手段と、該チャンバー内に挿入されたキャピラリとを有する土壌試料の乾燥装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、簡易な構成の装置により、汚染物質等を飛散させたり変質させたりすることなく短時間で土壌試料を乾燥させることができる、土壌試料の乾燥装置及び乾燥方法に関する。
【背景技術】
【0002】
土壌を分析する場合、前処理として土壌試料を乾燥させる必要がある。例えば、土壌の含有量を測定する場合には、「採取した土壌を風乾し、中小礫、木片等を除き、土塊、団粒を粗砕した後、非金属製の2mmの目のふるいを通過させて得た土壌を十分混合する」と定められている(環境省告示第46号)。ここで風乾は、含有量測定の基準となる土壌重量を乾燥重量基準で測るために行われるが、乾燥に一昼夜から数日を必要とする。そのため、風乾よりも短時間に土壌試料を乾燥させることができる方法が望まれている。
【0003】
一般に、短時間で乾燥を行う方法として、減圧条件下でマイクロ波を照射させる方法が知られている。しかしながら、この方法は、真空度が高くなり過ぎるとマイクロ波を照射させる際に真空放電が発生することがあり、発生した真空放電によって乾燥させる対象物に局所的な温度の上昇が起こり、対象物に含まれる成分の飛散や変質を招くおそれがある。即ち、土壌試料にマイクロ波を照射して乾燥させた場合、カドミウム化合物等の汚染物質が飛散したり変質したりして、正確な分析を行うことができないというおそれがあった。
【0004】
マイクロ波を照射させる際に発生する真空放電を防止するために、特許文献1には、チャンバーに通じる流路中に設けた小孔により対象物の周囲に気流を発生させる方法が開示されている。しかしながら、特許文献1に開示されている方法では、マイクロ波照射中の、チャンバー内の真空度や対象物の温度の制御が充分にできなかった。また、小孔から対象物に向けて気流をジェット噴射状に流入させるため、土壌試料に適用した場合は、試料の飛散のおそれがあった。
特許文献2には、流量調整弁を設けた吸気用パイプにより対象物の周囲に気流を発生させ、かつ、対象物の変質温度に対応する飽和蒸気圧以下に減圧し、更に、マイクロ波をオンオフ制御して対象物の変質温度以下の温度に保持する方法が開示されている。しかしながら、特許文献2に開示されている方法は、圧力センサ、温度センサ、流量センサ等を用いた制御系が必要となるため装置が大規模となり、多種類の試料を少量ずつ乾燥させることが必要な土壌試料の分析のための土壌試料の乾燥には向かないものであった。
【特許文献1】特開昭61−267296号公報
【特許文献2】国際公開WO2005/100891号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、簡易な構成の装置により、汚染物質等を飛散させたり変質させたりすることなく短時間で土壌試料を乾燥させることができる、土壌試料の乾燥装置及び乾燥方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
土壌汚染の分析のために土壌試料を乾燥する乾燥装置であって、土壌試料を収容するチャンバーと、土壌試料にマイクロ波を照射するマイクロ波照射手段と、上記チャンバーを減圧する減圧手段と、該チャンバー内に挿入されたキャピラリとを有する土壌試料の乾燥装置である。
また、本発明の乾燥方法は、土壌汚染の分析のために土壌試料を乾燥する方法であって、土壌試料をチャンバー内で減圧しながらマイクロ波を照射する工程を有し、上記工程において上記チャンバーにキャピラリを挿入することにより、上記チャンバー内の圧力を2〜30kPaに保持する土壌試料の乾燥方法である。
以下に本発明を詳述する。
【0007】
本発明者らは、マイクロ波を照射する装置のチャンバーにキャピラリを挿入するだけで、圧力センサ、温度センサ、及び、流量センサ等を用いた制御系を必要とすることのなくチャンバー内の圧力を一定範囲に保持することができ、汚染物質を飛散させたり変質させたりすることなく短時間で土壌試料を乾燥させることができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
本発明の土壌試料の乾燥装置は、土壌試料を収容するチャンバーと、土壌試料にマイクロ波を照射するマイクロ波照射手段と、上記チャンバーを減圧する減圧手段と、該チャンバー内に挿入されたキャピラリとを有する。
上記チャンバー内に挿入されたキャピラリを有することにより、上記チャンバーの外部から上記チャンバー内に一定流量の気体を供給することができ、これにより上記チャンバー内の圧力を一定に保持できることから、土壌試料にマイクロ波を照射する際の真空放電の発生を防止できる。
【0009】
上記チャンバー内での上記キャピラリの形状は、円弧状であることが好ましい。上記キャピラリの形状が円弧状の形状であることにより、土壌試料の周囲に気流を発生させ、土壌試料にマイクロ波を照射する際の真空放電の発生を防止する効果が向上する。
【0010】
上記キャピラリの内径及び長さを変えることで、上記チャンバー内の真空度を設定できる。
上記キャピラリの内径及び長さの好ましい範囲は土壌試料の状態や真空ポンプの性能等により変化するが、内径の好ましい下限は0.05mm、上限は3mm、かつ、長さの好ましい下限は0.1m、上限は5mである。上記キャピラリの内径及び長さを上記範囲内とすることで、マイクロ波照射中のチャンバー内の真空度を、真空放電の発生を防止し、かつ、短時間に土壌試料を乾燥させることができる範囲に保つことができる。
【0011】
上記マイクロ波照射手段は特に限定されず、市販されているマイクロ波照射装置をそのまま使用できる。好ましくは出力が600W以下の状態で使用できる装置であり、より好ましくは出力が100〜600Wの範囲で使用できる装置である。この出力範囲は市販マイクロ波照射装置としては低出力の範囲である。本発明では、乾燥対象試料の重量および含有水分量、マイクロ波の出力、照射時間の3要素の兼ね合いによって適度な乾燥が行われるように調整することができるが、最も頻繁に行われると想定される使用態様は、試料と出力が固定され、時間の調整によって最適な乾燥状態を探索する態様である。この際に高出力の装置を用いると乾燥が短時間で完結して試料温度の過熱及びそれに伴う試料中の測定対象成分の揮発等を招く可能性が高いため、これを避けるために、上記のような低出力のマイクロ波照射装置が好ましい。
【0012】
図1、2に、本発明の土壌試料の乾燥装置の一例を模式的に示した。
図1、2中で、マイクロ波発生装置である電子レンジ1内には、土壌試料を導入するチャンバー2が設置されており、チャンバー2に備え付けられた吸排気配管3内を通ってキャピラリ4がチャンバー2内に挿入されており、キャピラリ4はチャンバー内では円弧状の形状となっている。また、チャンバー2の蓋には、チャンバー内の雰囲気を大気に戻す際の空気流による土壌試料の飛散を防止するために空気流回避フィルム5が備え付けられている。吸排気配管3はチャンバー2と真空ポンプ6を接続しており、吸排気配管3には、チャンバー内の雰囲気を大気に戻すための開放バルブ7、キャピラリ4を通してチャンバー2内に一定流量の気体を供給するための微量バルブ8、及び、圧力モニター9が備え付けられている。また、真空ポンプ6には排気中の水分の飛散を回避するためのトラップビン10が接続されている。
【0013】
本発明の土壌試料の乾燥方法は、土壌試料をチャンバー内で減圧しながらマイクロ波を照射する工程を有する。
【0014】
上記チャンバーにはキャピラリが挿入されている。上記チャンバーにキャピラリを挿入することにより、上記チャンバーの外部から上記チャンバー内に一定流量の気体を供給することができ、これによりチャンバー内の圧力を一定に保持できることから、土壌試料にマイクロ波を照射する際の真空放電の発生を防止できる。
【0015】
上記チャンバー内での上記キャピラリの形状は、円弧状であることが好ましい。上記キャピラリの形状が円弧状の形状であることにより、土壌試料の周囲に気流を発生させ、土壌試料にマイクロ波を照射する際の真空放電の発生を防止する効果が向上する。
【0016】
上記キャピラリの内径及び長さを変えることで、上記チャンバー内の真空度を設定できる。
上記キャピラリの内径及び長さの好ましい範囲は土壌試料の状態や真空ポンプの性能等により変化するが、内径の好ましい下限は0.05mm、上限は3mm、かつ、長さの好ましい下限は0.1m、上限は5mである。上記キャピラリの内径及び長さを上記範囲内とすることで、マイクロ波照射中のチャンバー内の真空度を、真空放電の発生を防止し、かつ、短時間に土壌試料を乾燥させることができる範囲に保つことができる。
【0017】
マイクロ波照射中の上記チャンバー内の真空度の下限は2kPa、上限は30kPaである。上記真空度が2kPa未満であると、真空放電が発生して土壌試料に局所的な温度の上昇を起こし、土壌試料に含まれる成分が飛散したり変質したりする。上記真空度が30kPaを超えると、短時間で土壌試料を乾燥させるために、乾燥に必要な水の沸騰温度が高くなり、その結果、測定対象成分の変質、飛散を招くことがある。上記真空度の好ましい下限は5kPa、好ましい上限は20kPaであり、20kPa以下の圧力とすることで、処理温度が60℃以下であっても短時間で土壌試料を乾燥させることができる。
【0018】
マイクロ波照射中の土壌試料の温度は特に限定されないが、好ましい上限は60℃である。上記土壌試料の温度が60℃を超えると、上記土壌試料に含まれる成分が変質することがある。上記土壌試料の温度のより好ましい上限は50℃である。
【0019】
本発明の土壌試料の乾燥方法におけるマイクロ波を照射する手段は特に限定されず、市販されているマイクロ波照射装置をそのまま使用出来る。好ましくは出力が600W以下の状態で使用できる装置であり、より好ましくは出力が100〜600Wの範囲で使用できる装置である。この出力範囲は市販マイクロ波照射装置としては低出力の範囲である。本発明では、乾燥対象試料の重量および含有水分量、マイクロ波の出力、照射時間の3要素の兼ね合いによって適度な乾燥を行われるように調整することができるが、最も頻繁に行われると想定される使用態様は、試料と出力が固定され、時間の調整によって最適な乾燥状態を探索する態様である。この際に高出力の装置を用いると乾燥が短時間で完結して試料温度の過熱およびそれに伴う試料中の測定対象成分の揮発等を招く可能性が高いため、これを避けるために、上記のように低出力のマイクロ波照射装置が好ましい。
【0020】
本発明の土壌試料の乾燥方法において、土壌試料をチャンバー内で減圧しながらマイクロ波を照射する際、土壌試料の試料容器として誘電率の低い材料からなる試料容器を用いることが好ましい。上記誘電率の低い材料からなる試料容器を用いることにより、マイクロ波照射によって加熱された試料容器の熱による土壌試料の温度上昇を抑制できる。
上記誘電率の低い材料は特に限定されず、紙製の試料容器等が挙げられる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、簡易な構成の装置により、汚染物質等を飛散させたり変質させたりすることなく短時間で土壌試料を乾燥させることができる、土壌試料の乾燥装置及び乾燥方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下に実施例を掲げて本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されない。
【0023】
(実施例)
Pb、Cd、B、Hg、Fを含む標準汚染土壌(含水率約30%)約10gをコーヒーフィルターに入れ、チャンバー内に収容した。真空ポンプによりチャンバー内を減圧し、内径1.0mm、長さ1.0mのキャピラリにより一定流量の空気をチャンバー内に供給することによりチャンバー内の圧力を15kPaとした。電子レンジの出力を200W、加熱時間を15分に設定し、マイクロ波の照射を開始した。マイクロ波の照射中の赤玉土の温度が40℃を超えることはなく、マイクロ波の照射中のチャンバー内の圧力は10〜20kPaを保持していた。マイクロ波の照射終了後、チャンバー内の雰囲気を大気に戻し、乾燥した赤玉土を得た。同様の方法で加熱時間を20分又は30分にして乾燥させた試料も調製した。乾燥後の標準汚染土壌の重量を測定し、乾燥前の重量に対する乾燥後の標準汚染土壌の重量の割合を表1に示した。
【0024】
(比較例)
キャピラリにより一定流量の空気をチャンバー内に供給しなかったこと以外は、実施例1と同様にして標準汚染土壌を乾燥させた。マイクロ波の照射中のチャンバー内の圧力は1kPaであった。照射を開始してすぐチャンバー内でグロー放電が開始し30分後の試料温度はいずれも40℃以上となった。
【0025】
(参考例)
標準汚染土壌(含水率約30%)約10gを25℃で30分、及び48時間自然乾燥させた。乾燥後の標準汚染土壌の重量を測定し、乾燥前の重量に対する乾燥後の標準汚染土壌の重量の割合を表1に示した。
【0026】
<重金属成分量評価>
実施例、比較例、参考例の乾燥後の各々の試料に関し、JIS K0102に基づき、原子フレーム吸光分析器(日立ハイテクノロジー社製「Z−2700」)を用いてHg、B、F、Cr(VI)、Cd、Pb含有量を測定した。結果を表1に示した。
実施例に対し、比較例では、グロー放電による局所加熱により、特に揮発しやすい重金属成分の揮発がみられた。このように、乾燥処理による揮発を生じてしまうと、土壌が本来有する成分量を正確に定量することができない。また、実施例に対し、参考例でも、特に揮発しやすい重金属成分の揮発がみられた。これは、長時間の乾燥処理により、揮発しやすい元素が揮散したものと考えられる。本実施例による方法は、土壌が本来有する成分量を正確に定量するのに、極めて有用な方法であるといえる。
【0027】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明によれば、簡易な構成の装置により、汚染物質等を飛散させたり変質させたりすることなく短時間で土壌試料を乾燥させることができる、土壌試料の乾燥装置及び乾燥方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の土壌試料の乾燥装置の一例を模式的に示した正面図である。
【図2】本発明の土壌試料の乾燥装置の一例を模式的に示した背面図である。
【符号の説明】
【0030】
1 電子レンジ
2 チャンバー
3 吸排気配管
4 キャピラリ
5 空気流回避フィルム
6 真空ポンプ
7 開放バルブ
8 微量バルブ
9 圧力モニター
10 トラップビン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
土壌汚染の分析のために土壌試料を乾燥する乾燥装置であって、
土壌試料を収容するチャンバーと、土壌試料にマイクロ波を照射するマイクロ波照射手段と、前記チャンバーを減圧する減圧手段と、該チャンバー内に挿入されたキャピラリとを有する
ことを特徴とする土壌試料の乾燥装置。
【請求項2】
チャンバー内でのキャピラリの形状は、円弧状であることを特徴とする請求項1記載の土壌試料の乾燥装置。
【請求項3】
土壌汚染の分析のために土壌試料を乾燥する方法であって、
土壌試料をチャンバー内で減圧しながらマイクロ波を照射する工程を有し、前記工程において前記チャンバーにキャピラリを挿入することにより、前記チャンバー内の圧力を2〜30kPaに保持することを特徴とする土壌試料の乾燥方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−91132(P2010−91132A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−258523(P2008−258523)
【出願日】平成20年10月3日(2008.10.3)
【出願人】(000002174)積水化学工業株式会社 (5,781)
【Fターム(参考)】