説明

圧延方向の0.2%耐力が大きい高耐食チタン合金とその製造方法

【課題】本発明は、非酸化性の酸や隙間部などの厳しい腐食環境にて使用される耐食性に優れたチタン合金で、PdやRu等の貴金属元素を含まず、十分な圧延方向の0.2%耐力と加工性を有する合金とその製造方法に関するものである。
【解決手段】質量%で、Ni:0.7%以上、0.9%以下、Mo:0.20%以上、0.40%以下、O:0.10%以上、0.20%以下、Fe:0.02%以上、0.10%以下、N:0.001%以上、0.010%以下、Q:0.20%以上、0.30%以下(ここでQは酸素当量値で、Q=[O]+2.77[N]+0.1([Fe]+[Ni]))を含み、最小耐力方向の0.2%耐力が363MPa以上、最小耐力方向および最小耐力方向と直交する直交耐力方向の伸びが23%以上であり、かつ最小耐力方向と直交耐力方向の0.2%耐力の差が180MPa未満であることを特徴とする高耐食性チタン板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非酸化性の酸や隙間部などの厳しい腐食環境にて使用される耐食性に優れたチタン合金で、PdやRu等の貴金属元素を含まず、十分な圧延方向の0.2%耐力と加工性を有する合金とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
純チタンは、硝酸、クロム酸などの酸化性の酸や、海水、塩化物イオン含有溶液の環境において高い耐食性を発揮するが、塩酸、硫酸などの非酸化性酸中では、隙間部においていわゆる隙間腐食を生じることがある。この点を改良した合金として、PdやRu等の貴金属元素を添加した合金(Ti−0.2%Pd;ASTM規格のグレード7、11、Ti−0.5%Ni−0.05%Ru;ASTM規格のグレード13、14、15)が使用されている。一方、特許文献1には、貴金属添加合金に比べ若干劣るものの、安価な耐隙間腐食性に優れる合金として、NiとMoを複合添加した合金(Ti−0.8%Ni−0.3%Mo、ASTM規格のグレード12)が記されている。本合金は、熱ブライン環境で使用される脱塩装置、塩蒸発器、塩素電界槽等、各種化学プラントに使用されている。こうした用途においては、溶接管へ加工されて使用されるため、加工性(伸び)が要求される他、構造体としての強度も求められる。
【0003】
特許文献2〜4には、純チタンのマクロ的不均質組織の生成を抑制するための製造方法が記載されている。また、特許文献5には、Ti−4.0〜5.0%Al−2.5〜3.5%V−1.5〜2.5%Fe−1.5〜2.5%Mo合金において、高靭性チタン合金の製造方法が記載されている。また、特許文献6には、酸処理後の表面粗さと表面のうねりがある基準値以下のチタン合金シートの製造方法が記載されている。また、特許文献7には、Feを0.8〜2.3%、Nを0.05%以下、Oを、酸素等量値Q=[O]+2.77[N]+0.1[Fe]が0.45〜1.00であるα+β合金の製造方法が記載されている。また、特許文献8には、Ti−20V−4Al−1Sn合金においてβ変態点以下の温度で熱間クロス圧延することにより機械特性の異方性が小さくなることが記載されている。特許文献9には、Ti−Fe−O−Nチタン合金シートについてβ変態点以下での熱間クロス圧延による延びや加工性の向上の方法が記載されている。また、特許文献10及び11には、Ti−Fe−Ni−Cr系合金の衝撃吸収特性の向上について記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公昭54−8529号公報
【特許文献2】特許第4094292号公報
【特許文献3】特許第4094244号公報
【特許文献4】特許第3967897号公報
【特許文献5】特許第4019668号公報
【特許文献6】特許第3535027号公報
【特許文献7】特開平8−295969号公報
【特許文献8】特開2010−82688号公報
【特許文献9】特開平11−61297号公報
【特許文献10】特開2003−147462号公報
【特許文献11】特開2001−262257号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載されたTi−0.8%Ni−0.3%Mo合金は、圧延方向(以下L方向)の0.2%耐力が小さく、L方向と圧延方向に直交する方向(以下T方向)の0.2%耐力の差が大きいという問題がある。本合金は、凝集塩化物を含むブラインや亜硫酸ガスを含む湿潤環境の熱交換機用パイプ等、各種化学プラントの配管などに使用されるため、十分な耐力、加工性が必要であり、かつ、材料を歩留まり良く使用するため、0.2%耐力の圧延方向異方性はできるだけ小さくする必要がある。
【0006】
特許文献1では、NiとMoおよびFeの成分範囲が規定されているのみで、製造方法についての記載はなく、機械的特性については、極限引張強さと伸びのみが記載され、L方向の0.2%耐力に関する記載はない。
【0007】
特許文献2〜4においては、銅箔製造用純チタンドラム電極に関するものであり、表面に不均質マクロ組織の出現を防ぐため、クロス圧延により集合組織を制御することのみに言及しているが、機械的性質への影響については記載されていない。
【0008】
また、特許文献5は、0.2%耐力が870MPa以上の高強度α+β合金、Ti−4.0〜5.0%Al−2.5〜3.5%V−1.5〜2.5%Fe−1.5〜2.5%Mo合金に関するものであり、α相とTi2Ni相を主な構成相とするTi−0.8%Ni−0.3%Mo合金とは大きく異なる。
【0009】
また、特許文献6および7は、チタン合金材を複数枚重ねてパック圧延し、シート材を作製する際に曲げ特性等の加工性の面内異方性を低減するものであり、Ti−0.8%Ni−0.3%Mo合金のL方向0.2%耐力の向上を問題とする本発明とは大きく異なる。
【0010】
本発明は、板表面に平行な方向のうち、0.2%耐力が最小の方向を最小耐力方向、最小耐力方向と直交する方向を直交耐力方向としたとき、最小耐力方向の0.2%耐力が363MPa以上で、かつ400MPa以下であり、最小耐力方向と直交耐力方向の0.2%耐力の差が180MPa未満であることを特徴とするTi−0.8%Ni−0.3%Mo合金(ASTM規格のグレード12)とその製造方法を提供することを目的としている。363MPaは、ASTM規格のグレード12の0.2%耐力の基準値に対して余裕を持って大きい値である。最小耐力方向と直交耐力方向の0.2%耐力の差が180MPa未満であれば、耐力の面内異方性を気にせず基材より材料を採取しても問題ない。
【0011】
特許文献8は、Ti−20%V−4%Al−1%Sn等のβ型チタン合金の延性の異方性を下げるためのものであり、更に、特許文献9は、Ti−Fe−O−N系合金に関するものである。これらの発明においては、その0.2%耐力及びその圧延条件において、本発明が対象とする、隙間腐食耐性に優れる、α相とTi2Ni相を主な構成相とするTi−0.8%Ni−0.3%Mo合金とは大きく異なる。また、特許文献10及び11は、衝撃吸収性に関するものであり、本発明の目的とするところとは、大きく異なる。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、Ti−0.8%Ni−0.3%Mo合金のL方向の0.2%耐力を上昇させ、十分な延性があり、かつ0.2%耐力の圧延方向異方性を低減するためには、酸素濃度、および酸素当量、熱間圧延方法、特に熱間圧延の加熱温度、圧下比およびクロス圧延比が重要であると考え、鋭意研究を重ねた結果、構成成分(Ni、Mo、O、Fe、N)を適正に選択し、熱間圧延時の加熱温度を一定範囲で行い、圧下比を一定値以上とし、熱間圧延時にクロス圧延を行ってクロス比を一定値未満とすること、および熱間圧延後に焼鈍を行う場合には焼鈍温度を一定の温度範囲とすることにより、上記の目標を解決できることを見出した。但し、本発明において、圧下比は、圧延開始板厚を圧延終了板厚で除した数値、クロス比は、クロス圧延の一方の圧延方向の圧下比と、当該一方の圧延方向と直交する他の圧延方向の圧下比との比(但し、両者の圧下比のうち、圧下比が大きい方を分子とする)と定義する。
【0013】
本発明はこのような知見に基づくものであり、その要旨とするところは、以下のとおりである。
(1)質量%で、Ni:0.7%以上、0.9%以下、Mo:0.20%以上、0.40%以下、O:0.10%以上、0.20%以下、Fe:0.02%以上、0.10%以下、N:0.001%以上、0.010%以下を含有し、下記(1)式で規定するQ:0.20%以上、0.30%以下であり、残部チタンと不可避不純物からなり、
板表面に平行な方向のうち、0.2%耐力が最小の方向を最小耐力方向、最小耐力方向と直交する方向を直交耐力方向とし、最小耐力方向の0.2%耐力が363MPa以上、最小耐力方向及び直交耐力方向の伸びが23%以上であり、かつ最小耐力方向と直交耐力方向の0.2%耐力の差が180MPa未満であることを特徴とする高耐食性チタン板。
Q=[O]+2.77[N]+0.1([Fe]+[Ni]) (1)
ただし、[O]、[N]、[Fe]、[Ni]はそれぞれの元素の含有量(質量%)を意味する。
(2)上記(1)に規定する成分含有量を有する分塊スラブを800℃以上、840℃以下の温度で加熱保定後、圧下比4.0以上、25.0以下で熱間圧延すること、かつ、同熱間圧延の際にクロス圧延を行い、一方の圧延方向の圧下比と、当該一方の圧延方向と直交する他の圧延方向の圧下比との比をクロス比とし、クロス比が1以上となるようにクロス比の分母分子を定め、当該クロス比が1.0以上、10.0未満になるように熱間圧延を行うことを特徴とする上記(1)に記載の高耐食性チタン板の製造方法。
(3)前記熱間圧延に引き続いて、550℃以上、750℃未満の温度域で焼鈍を行うことを特徴とする、上記(2)に記載の高耐食性チタン板の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、最小耐力方向の0.2%耐力が十分高く、十分な延性があり、かつ最小耐力方向と直交耐力方向の0.2%耐力の差が小さいTi−0.8%Ni−0.3%Mo合金を提供することが可能となり、耐久性に優れた凝集塩化物を含むブラインや亜硫酸ガスを含む湿潤環境の熱交換機用パイプが製造できるようになり、各種化学プラントの配管等への普及が大きく進み、環境上、産業上の貢献が極めて顕著である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、ASTM規格のグレード12の成分範囲内において、Ni、Mo、O、Fe、Nを以下に示す適正成分とし、さらに以下に規定する製造条件により、所定の目的に達しようとするものである。
【0016】
請求項1に記載の本発明では、質量%で、Ni:0.7%以上、0.9%以下、Mo:0.20%以上、0.40%以下、O:0.10%以上、0.20%以下、Fe:0.02%以上、0.10%以下、N:0.001%以上、0.010%以下を含有し、前記(1)式で規定するQ:0.20%以上、0.30%以下であり、残部チタンと不可避不純物からなり、板表面に平行な方向のうち、0.2%耐力が最小の方向を最小耐力方向、最小耐力方向と直交する方向を直交耐力方向とし、最小耐力方向の0.2%耐力が363MPa以上、最小耐力方向及び直交耐力方向の伸びが23%以上であり、かつ最小耐力方向と直交耐力方向の0.2%耐力の差が180MPa未満であることを特徴とする高耐食性チタン板とした。
【0017】
Ni、Mo、O、Fe、Nの量を限定した理由は、以下に示すとおりである。
【0018】
Niは、質量%で0.7%以上、0.9%以下を含むことにより、非酸化性の酸における耐隙間腐食性を得ている。これは、非酸化性の酸に対する隙間腐食性を司るTi2Niが析出することによる。0.7〜0.9%のNiを含有することにより、適量のTi2Niが析出し、これがチタン合金表面の酸化被膜を強固なものとするため、優れた耐隙間腐食性が得られる。Ni量は0.7%未満では、十分な耐隙間腐食性が得られず、0.9%を超えて含むと伸びが23%未満となり、溶接管製造等、加工の際に支障を来す。
【0019】
Moは、質量%で0.20%以上、0.40%以下とした。Moは、腐食速度を低下する効果があり、Niとの複合添加により、耐隙間腐食性を貴金属添加合金に近い水準にまで引き上げることが可能となる。0.20%未満では、十分な耐隙間腐食性が得られず、0.40%を超えると加工性に影響が出るため、0.20〜0.40%とした。
【0020】
なお、耐隙間腐食性を調べる方法は、板厚×25mm×25mm、中央に直径10mmの孔をあけた試験片を4フッ化エチレン製の隙間形成材で押さえつけて、沸騰NaCl溶液に168h浸漬し、腐食生成物の有無を目視で評価する。
【0021】
Oは、0.10%以上、0.20%以下とした。Oは機械的性質をコントロールするための元素として重要である。最小耐力方向の0.2%耐力は、Oが0.10%未満では363MPaに達せず、0.20%を超えると伸びが23%未満となり、溶接管製造等、加工の際に支障を来す。
【0022】
本合金においては、Fe、Nも機械的強度をコントロールするための元素である。単独の含有量として、Feを0.02%未満にするためには、高純度の原料を用いなければならず、コスト上昇に繋がるため、0.02%以上とし、0.10%を超えると室温延性に悪影響を与えるため、0.10%以下とした。Nも0.001%未満とするのは高純度の原料を用いなければならず、0.010%を超えると室温延性に悪影響を与えるためである。
【0023】
O以外の元素を含め、機械的性質に影響を及ぼす元素の強化能を示す指標として、下記(1)式で規定するQを用いる。Qは酸素当量値である。QはO、N、Fe、Niの強化能を、Oの場合を1として一次結合した式であり、NiはFeと同等の強化能を有することから、係数はFeと同じとした。本発明ではQの範囲を、0.20%以上、0.30%以下とした。Qが0.20未満では十分な最小耐力方向の0.2%耐力が得られず、0.30%を超えると伸びが不十分であり、加工性に影響を及ぼす。
Q=[O]+2.77[N]+0.1([Fe]+[Ni]) (1)
ただし、[O]、[N]、[Fe]、[Ni]はそれぞれの元素の含有量(質量%)を意味する。
【0024】
残部チタンと不可避不純物である。不可避不純物として代表的には、H、Cを指し、いずれも0.02%以下である。
【0025】
ASTM規格のグレード12では、0.2%耐力は345MPa以上であるが、この値を、5%以上余裕を持って超えるため、最小耐力方向の0.2%耐力を363MPa以上とした。これは化学プラント配管などの構造体として必要な強度として十分である。最小耐力方向、直交耐力方向の伸びは、板厚5〜10mmの板を丸めて溶接管として加工するために必要な延性を確保するため、23%以上とした。また、耐力の面内異方性を低減するため、最小耐力方向と直交耐力方向の0.2%耐力の差を180MPa未満とした。
【0026】
次に、上記本発明の高耐食性チタン板の製造方法について説明する。
【0027】
本発明の高耐食性チタン板は、通常、溶解、分塊、熱間圧延、さらに必要に応じて焼鈍の工程を経て製造する。この製造工程中の熱間圧延工程において、分塊スラブを800℃以上、840℃以下で加熱保定後、圧下比4.0以上で圧延すること、かつ、クロス圧延を行い、クロス比が1.0以上、10.0未満になるように圧延することを特徴とする製造方法とした。ここで、クロス圧延における一方の圧延方向の圧下比と、当該一方の圧延方向と直交する他の圧延方向の圧下比との比をクロス比とし、クロス比が1以上となるようにクロス比の分母分子を定める。即ち、両者の圧下比のうち、圧下比が大きい方を分子とする。
【0028】
これら、圧延温度、圧下比、およびクロス比の規定は、いずれも、十分な大きさの最小耐力方向0.2%耐力を得るためである。Ti−0.8質量%Ni−0.3質量%Mo合金は850℃超の高温ではβ相の割合が約50%以上となる。840℃以下で熱間圧延を行うことにより、加工発熱した場合でもα相の割合が多い温度域で十分な加工組織が導入されるため、圧延方向の0.2%耐力の低下を避け、かつ、圧延方向と直交する方向の0.2%耐力との差を小さくすることができる。一方、800℃を下回ると、熱延中に疵が多く導入されてしまい、除去するために多大な労力が必要となる。熱延温度としては、820±10℃の温度範囲が望ましい。
【0029】
また、圧下比を4.0以上としたのは、圧下比が4.0未満だと十分な加工組織が導入されず、圧延方向耐力が低いからである。上限は特にないが、圧延可能なレベルとして25.0以下とした。
【0030】
上記本発明のように熱間圧延でのクロス圧延を行って製造したチタン板において、クロス圧延の圧下比が大きい方の圧延方向(以下「L方向」ともいう。)が最小耐力方向と一致し、圧下比が小さい方の圧延方向(以下「T方向」ともいう。)が直交耐力方向と一致する。従って、本発明の高耐食性チタン板を規定する上で、最小耐力方向をL方向、直交耐力方向をT方向と読み替えることができる。
【0031】
上記のように、一定範囲の圧延温度、圧下比をとって、かつ、クロス圧延をクロス比が1.0%以上、10.0未満になるように圧延することにより、0.2%耐力を向上させ、かつ、最小耐力方向と直交耐力方向の0.2%耐力の差を180MPa未満とすることができる。Ti−0.8質量%Ni−0.3質量%Mo合金を一方向に圧延すると、圧延方向に変形しやすく、逆に圧延方向と直交する向きに変形しにくい集合組織が形成されるため、圧延方向の変形が容易となり、最小耐力方向の0.2%耐力が低下してしまう。これに対し、圧延方向と直交する向きにクロス圧延を施すと、圧延方向に変形しやすく圧延方向と直交する方向に変形しにくい集合組織が壊れるため、最小耐力方向の0.2%耐力を向上でき、かつ、最小耐力方向と直交耐力方向の0.2%耐力の差を低減できる。なお、800〜840℃の圧延温度、圧下比4.0〜10.0とクロス比1.0以上、10.0未満の条件がそろって初めて、0.2%耐力の十分な向上、かつ、最小耐力方向と直交耐力方向の0.2%耐力差の低減が得られ、最小耐力方向の0.2%耐力が363MPa以上、かつ、最小耐力方向と直交耐力方向の0.2%耐力の差が180MPa未満となる。ところで、クロス比1.0は、クロス比の最小値であり、最小耐力方向の0.2%耐力向上に最も効果のあるクロス比であるが、実際の製品では設備上の制約からは取ることが難しく、好ましくは1.5以上であり、更に好ましくは2.0以上である。
【0032】
本発明の高耐食性チタン板は、熱間圧延ままで用いることもできるが、熱間圧延に引き続いて、550℃以上、750℃未満の温度域で焼鈍を行うことが望ましい。550℃以上、750℃未満の温度域での焼鈍を行うことにより、Ti−0.8%Ni−0.3%Mo合金の耐隙間腐食性を司るTi2Niを適量析出させることができる。550℃以上としたのは、この温度未満では十分な再結晶がなされず、室温延性が小さいためであり、750℃未満としたのは、これ以上の温度では、Ti2Niの析出量が減り、耐隙間腐食性が低下するためである。再結晶と十分なTi2Niの析出の観点からは650〜700℃の焼鈍が望ましい。なお、焼鈍時間については、材料全体が所定の温度になって30分〜1時間で良い。
【実施例】
【0033】
以下、実施例を挙げて本発明の構成と作用効果をより具体的に説明する。
【0034】
真空アーク溶解または電子ビーム溶解により、表1に示す組成のチタン材を溶解し、これを熱間鍛造によりスラブとし、表1に示す加熱温度で保定した後、熱間圧延し、板厚6〜30mmの厚板とした。その後、焼鈍を行う場合は表1に示す温度で30分の焼鈍、ショットブラスト、酸洗を行い供試材とした。焼鈍温度欄に「−」を付した実施例は焼鈍を行っていない。
【0035】
これらの供試材からJIS14号、15号の試験片を切出し、クロス圧延の圧下比が大きい方の圧延方向(L方向)が最小耐力方向と一致することを確認した。そこで、最小耐力方向としてL方向を選び、L方向に直交するT方向を直交耐力方向として、最小耐力方向と直交耐力方向の室温引張試験を行った。また、板厚×25mm×25mm、中央に直径10mmの孔をあけた腐食試験片を切り出し、4フッ化エチレン製の隙間形成材で押さえつけて、沸騰NaCl溶液に168h浸漬し、腐食生成物の有無で耐隙間腐食性の評価を行った。引張試験および耐隙間腐食性試験ともにn=3で行った。表1に示した機械試験値はその平均値である。
【0036】
測定結果を表1にまとめて示す。
【0037】
【表1】

【0038】
表1において、No.1からNo.12は、本発明の実施例である。いずれの場合も、最小耐力方向の0.2%耐力は363MPa以上あり、最小耐力方向と直交耐力方向の0.2%耐力の差は180MPa未満、最小耐力方向および直交耐力方向の伸びは23%以上であった。また、耐隙間腐食性に関しても、腐食の発生は見られなかった。一方、熱間圧延温度が840℃よりも高いNo.13においては、最小耐力方向の0.2%耐力が349MPaと小さく、最小耐力方向と直交耐力方向の0.2%耐力の差も195MPaと圧延方向異方性が大きい。熱間圧延温度が800℃よりも低いNo.14においては、最小、直交耐力方向の伸びが小さい。クロス比が10.0よりも大きいNo.15では、最小耐力方向の0.2%耐力が363MPaより小さく、最小耐力方向と直交耐力方向の0.2%耐力の差も180MPaより大きく、圧延方向異方性が顕著である。圧下比が4.0よりも小さいNo.16では、最小耐力方向の0.2%耐力が363MPaより小さい。焼鈍温度が、750℃を超えるNo.17では、耐隙間腐食性試験で、n=3の内、一つの試験片で腐食の進行が見られた。また、Ni,Mo、Oの含有量及びQ値がそれぞれ、本発明の上限を超えるNo.18では、最小,直交耐力方向ともに伸びが23%に届かない。また、Ni,Mo、Oの含有量及びQ値がそれぞれ、本発明の下限を下回るNo.19では、最小耐力方向の0.2%耐力が、363MPaよりも小さく、かつ、耐隙間腐食性試験で、n=3の内、一つの試験片で腐食の進行が見られた。Fe、Nの含有量が、それぞれ、0.10%、0.010%を超え、Q値が0.30%を超えたNo.20では、最小、直交耐力方向の伸びが23%に届かない。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明により、十分な0.2%耐力を有し、0.2%耐力の圧延方向異方性が小さく、かつ、耐隙間腐食性に優れ、室温における延性も良好なチタン合金が得られ、耐久性に優れた凝集塩化物を含むブラインや亜硫酸ガスを含む湿潤環境の熱交換機用パイプが製造できるようになり、各種化学プラントの配管等での利用の普及が促進される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
Ni:0.7%以上、0.9%以下、
Mo:0.20%以上、0.40%以下、
O:0.10%以上、0.20%以下、
Fe:0.02以上、0.10%以下、
N:0.001%以上、0.010%以下
を含有し、下記(1)式で規定するQ:0.20%以上、0.30%以下であり、残部チタンと不可避不純物からなり、
板表面に平行な方向のうち、0.2%耐力が最小の方向を最小耐力方向、最小耐力方向と直交する方向を直交耐力方向とし、最小耐力方向の0.2%耐力が363MPa以上、最小耐力方向及び直交耐力方向の伸びが23%以上であり、かつ最小耐力方向と直交耐力方向の0.2%耐力の差が180MPa未満であることを特徴とする高耐食性チタン板。
Q=[O]+2.77[N]+0.1([Fe]+[Ni]) (1)
ただし、[O]、[N]、[Fe]、[Ni]はそれぞれの元素の含有量(質量%)を意味する。
【請求項2】
請求項1に規定する成分含有量を有する分塊スラブを800℃以上、840℃以下の温度で加熱保定後、圧下比4.0以上、25.0以下で熱間圧延すること、かつ、同熱間圧延の際にクロス圧延を行い、一方の圧延方向の圧下比と、当該一方の圧延方向と直交する他の圧延方向の圧下比との比をクロス比とし、クロス比が1以上となるようにクロス比の分母分子を定め、当該クロス比が1.0以上、10.0未満になるように熱間圧延を行うことを特徴とする請求項1に記載の高耐食性チタン板の製造方法。
【請求項3】
前記熱間圧延に引き続いて、550℃以上、750℃未満の温度域で焼鈍を行うことを特徴とする、請求項2に記載の高耐食性チタン板の製造方法。

【公開番号】特開2012−52213(P2012−52213A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−197987(P2010−197987)
【出願日】平成22年9月3日(2010.9.3)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】