説明

圧延機の軸ねじれ振動抑制制御方法

【課題】モーターに速度変化を与えた場合に生じる軸ねじり振動を有効的に抑制し、モーターを高応答化できるできる新規な圧延機の軸ねじれ振動抑制制御方法を提供する。
【解決手段】圧延機のモーター1とロール2とそれらの間の動力伝達手段を2慣性であると仮想し、この2慣性を考慮した理想モーター速度モデル(モーター速度補償器11)と、この2慣性を考慮した理想トルクモデル(トルク補償器10)とを備えたドライブ装置によって、モーター1に速度変化指令が与えられたときのロール速度がねじり振動のない理想応答波形となる理想モーター速度と理想トルク指令とを逆算し、これらの値に基づいてモーター速度を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼帯の冷間圧延機に適した圧延機の軸ねじれ振動抑制制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鋼帯の板厚制御方法としては、圧延機のロール圧下量を制御する方法と、スタンド間の張力を制御する方法とがあるが、冷間圧延においては熱間圧延とは異なり鋼帯が硬化しているので圧下量制御は有効ではなく、主として張力制御が行われている。この張力制御を正確に行うためには、各圧延スタンドのロールを駆動しているモーター速度を正確に制御する必要がある。特に最近ではユーザーが要求する板厚公差が厳格化しているため、モーター速度応答を従来よりも大幅に向上させることによって板厚精度を向上させることが求められている。
【0003】
鋼帯の圧延機は、図1に示すように、モーター1とロール2との間にカップリング3、減速機4、スピンドル5等の多くの動力伝達手段が配置された構造である。このため単純にモーター1の速度応答を向上させてモーター速度を理想的に制御したとしても、実際に圧延を行うロール2の速度が理想的に制御される訳ではない。即ち、モーター1の速度が変化したときには、軸が完全な剛体でなくバネの性質を持つためロールの速度はやや遅れて変化することとなる。つまり、この軸にねじれが発生し、モーター1の速度が設定値に達した後にも軸ねじり振動が発生する。軸ねじり振動が発生するとロール端、またはモーター端での速度が振動的になり、速度応答を下げざる得ない状況に陥る。また更にロール2の回転速度が設定値から微妙に変動し、鋼帯の張力変動を招いて板厚精度を低下させる原因となるケースもあり得る。
【0004】
このような軸ねじり振動を抑制するために、従来から特許文献1に記載のような軸ねじれ振動抑制制御方法が採用されている。この特許文献1の制御方法は、ロールを駆動しているモーターの回転速度を検出し、軸ねじれ振動によるモーターの回転速度の変動を打ち消すようにモーターにトルク指令を与えるフィードバック制御方法である。圧延機ではロール端に速度検出器を設置することは難しく、このため電動機端のフィードバック信号から軸振動成分を推定する事が一般的な手法である。
【0005】
この特許文献1の制御方法は、フィードバック制御方法であるから外乱に対して効果的である。またモーターの慣性モーメントよりもロールの慣性モーメントが大きい場合には、軸ねじれ振動によるロールの回転速度の変動をモーターの回転速度の変動として検出し易いため、特に効果的である。しかし実際の設備では、ロールの慣性モーメントはモーターの慣性モーメントがよりも小さいケースが起こりえるため、軸ねじれ振動に起因するロールの回転速度の変動を、モーターの回転速度の変動として検出することは容易ではないケースもある。このようなケースでは軸ねじり振動を十分に抑制することができないという問題があった。
【0006】
このほかに、モーターによって駆動される機械系(前記した動力伝達手段及びロール)を剛体と仮想して1慣性で近似し、これに対応する1慣性モデルをモーター制御ドライブ中に設け、ロールの回転速度を設定速度とするためにモーターに与えるべきトルク指令を演算し、その演算されたトルク指令を実際のモーターに与えるという制御方法も使用されている。この制御方法はモデル規範制御と呼ばれるもので、モーターの回転速度の変動に伴うロールの回転速度の変動をモーター制御ドライブ中の1慣性モデルにより数値演算するため、ロールの慣性モーメントが小さい場合にも特許文献1のような問題は生じない。
【0007】
しかし上記したように、実際の圧延機はモーターとロールとの間にカップリング、減速機、スピンドル等の多くの動力伝達手段が配置された構造であるから、モーターによって駆動されるこれらの部分を1慣性とみなすという前提に無理があり、特にモーター速度応答を従来の10〜20rad/secから50rad/secのレベルまで高めた場合には、1慣性モデルでは現れない軸ねじり振動が顕在化するため、軸ねじり振動を十分に抑制し、ロール端応答を高応答化することができないのが実情であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平8−206718号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従って本発明の目的は上記した従来の問題点を解決し、ロールの慣性モーメントがモーターの慣性モーメントよりも小さいケースでも、モーターに速度変化を与えた場合に生じる軸ねじり振動を有効的に抑制し、モーター速度応答を高めることができる新規な圧延機の軸ねじれ振動抑制制御方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するために、本発明者は従来技術の問題点に対する検討を重ねた結果、特に冷延圧延機では外乱応答が低くても実操業上は問題ないこと、モデル規範制御が有効であるが、実機は多慣性であるため1慣性とみなして制御することは妥当でないこと、しかし多慣性モデルを用いると演算装置が複雑化するとともに長い演算時間を要し、実機の制御に適用できないことなどが判明した。そして更に検討を進めた結果、実際は10慣性程度である実際の圧延機を2慣性にまで単純化してモデル化しても、十分効果のある制御が可能であることを究明した。
【0011】
本発明は上記の知見に基づいて完成されたものであり、圧延機のモーターとロールとそれらの間の動力伝達手段を、モーターとロールとの2つの慣性がばねによって連結された2慣性であると仮想し、この2慣性を考慮した理想モーター速度モデルと、この2慣性を考慮した理想トルクモデルとを備えたドライブ装置によって、モーターに速度変化指令が与えられたときのロール速度がねじり振動のない理想応答波形となる理想モーター速度と理想トルク指令とを逆算し、これらの値に基づいてモーター速度を制御することを特徴とするものである。なお、2慣性を考慮した理想モーター速度モデルの伝達関数と、2慣性を考慮した理想トルクモデルの伝達関数は分母の次数が分子の次数以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、2慣性を考慮した理想モーター速度モデルと、この2慣性を考慮した理想トルクモデルとを備えたドライブ装置によって、ロール速度がねじり振動のない理想応答波形となるような理想モーター速度と理想トルク指令とを逆算したうえでこれらの値に基づいてモーター速度を制御するため、モーターに速度変化を与えた場合におけるロール速度を、理想応答波形に近づけることができる。また、実際は10慣性程度である実際の圧延機を2慣性にまで単純化したので、演算装置が徒に複雑化したり長い演算時間を要したりすることもなく、ドライブ装置への実装も容易に可能となる。本発明によれば、モーター速度応答を従来の10〜20rad/secから50rad/secのレベルまで高めた場合にも、軸ねじり振動によるロールの回転速度の変動を抑制することが可能となった。また2慣性を考慮した理想モーター速度モデルの伝達関数と、2慣性を考慮した理想トルクモデルの伝達関数として、分子が2次式で分母が3次式の分数式を使用することにより、応答を安定させることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】圧延機の構成を示す概念図である。
【図2】2慣性のモデルとそのブロック線図表現の説明図である。
【図3】2慣性の速度制御ブロックの説明図である。
【図4】本発明の制御方法全体を示すブロック図である。
【図5】本発明の制御方法のより好ましいブロック図である。
【図6】従来の速度応答波形図である。
【図7】本発明の速度応答波形図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に本発明を更に詳細に説明する。
本発明では、圧延機のモーターとロールとそれらの間の動力伝達手段を、モーターとロールとの2つの慣性がばねによって連結された2慣性であると仮想した2慣性のモデルを用いる。図2はその説明図であり、モーター1とロール2とが、軸を表わすばね6によって連結された様子を示している。図2は図1に示したカップリング3、減速機4、スピンドル5等の多くの動力伝達手段を単純化したものである。ここでモーター1とロール2とは、それぞれJとJ2の慣性モーメントを持ち、またωとωとの回転速度を持つものとする。またばね6のばね定数をkとする。この2慣性モデルをブロック線図で表現すると、図2の下段のようになる。
【0015】
また、この2慣性モデルの速度制御をブロック図で表現すると図3上段の図のようになる。ここで7はG(s)の伝達関数を持つ速度制御装置(ASR)であり、Tはこの速度制御装置7から出力されるトルク指令である。電流制御系は簡略化のため省略している。このブロック図を等価変換すると図3の下段の通りとなる。ここでH(s)の出力はモーター1の速度を表わし、H(s)の出力はロール2の速度を表わしている。この図3においては数1の連立方程式が成立するので、これを解くとH(s)とH(s)は数2の通りとなる。
【0016】
【数1】

【数2】

【0017】
図4は本発明の制御方法全体を示すブロック図である。この図4中の、G(s)とH(s)とH(s)の内容は上記の通りである。このブロック図を更に簡略化してREFに対してトルク部に入る部分にH4(s)を速度制御器の前にはいる部分にH5(s)を置くような構成も可能である事は言うまでもない。
【0018】
図4の上部に示されるH(s)の伝達関数を持つブロックは、モーター1によって駆動される機械系部分を軸ねじれのない理想剛体と仮定した場合の理想応答波形モデル8である。G(s)の伝達関数を持つ速度制御装置(ASR)7からトルク指令がこの理想剛体モデル8に与えられると理想速度ωを出力することとなる。この理想速度ωは加え合わせ点9に入力されて、指令モーター速度(REF)との偏差がゼロとなるように速度制御装置(ASR)7がトルク指令を変化させてモーター速度を制御している。
【0019】
しかしこの速度制御装置(ASR)7から出力されるトルク指令は、機械系部分を理想剛体(1慣性)と仮定したときの値であるから、そのまま実際のモーター1のトルク指令として入力しても、軸ねじり振動を抑制することはできない。そこで本発明では、2慣性を考慮した理想トルクモデルをドライブ装置内に設ける。これが図4中のトルク補償器10であり、速度制御装置(ASR)7から出力されるトルク指令はこのトルク補償器10に入力される。
【0020】
このトルク補償器10から出力されるトルク指令はH(s)の伝達関数を持つブロックに入力されてωのモーター回転速度となり、このモーター回転速度ωがH(s)の伝達関数を持つブロックに入力されるとロール速度ωとなる。H(s)とH(s)は前記した数2のとおりであるから、トルク補償器10から出力されるトルク指令を確定すれば、ロール速度ωを一義的に算出できる。このことは逆に、ロール速度ωを与えればそれに対応するトルク指令を逆算できることを意味している。そこで本発明のトルク補償器10は、モーターに速度変化指令が与えられたときのロール速度ωがねじり振動のない理想応答波形となるようなトルク指令を逆算する。これが図4中に記載された理想トルクである。この理想トルクによってモーター制御を行うことにより、ロール速度ωをねじり振動のない理想応答波形とすることが可能となる。
【0021】
また本発明では、2慣性を考慮した理想速度モデルをドライブ装置内に設ける。これが図4中のモーター速度補償器11である。前記した理想剛体モデル8から出力される理想速度ωはモーター速度補償器11によって2慣性を考慮した理想モーター速度に変換される。このモーター速度補償器11は理想剛体(1慣性)モデル8と2慣性モデルとのモデル誤差を補正するために、理想速度ωから2慣性モデルに適した理想モーター速度を逆算する。そして実測されたモーター回転速度ωとの偏差を加え合わせ点12において算出し、その値を速度制御装置(ASR)13に入力してトルクに返すものである。これにより実際に外乱などの影響でモーター速度変動が発生した場合にも速度制御装置(ASR)により指令値通りに制御できることがわかる。理想的なトルク指令及びモーター速度指令はモーター、ロール、軸の機械構成から一意に決まることから、それぞれの伝達関数は1つの伝達関数で表現することができる。すなわち、図4のブロック線図は等価的に図5のように表現できる。図4のブロック線図よりも図5のブロック線図の方がソフトボリュームを軽減できることから、実機導入の際には図5が好ましい。
【0022】
なお、トルク補償器10(2慣性を考慮した理想トルクモデル)の伝達関数をH、モーター速度補償器11(2慣性を考慮した理想速度モデル)の伝達関数をHとすると、これらは数3の通りとなる。
【0023】
【数3】

【0024】
数3に示されるように、2慣性を考慮したモデルの伝達関数は分子が2次あるいは3次となるため、分母を3次として応答を安定させる必要がある。このためには数に示したように分母を3次式とするほか、3次のベッセルフィルターを用いることもできる。なお3次のベッセルフィルターの伝達関数は、H(s)=15/(S+6S+15s+15)である。2慣性を考慮したモデルの応答の安定性を確保するためには分母を3次以上とすればよいが、次数を4次以上に増加させることによる特別の利点はなく、演算が複雑化するだけであるから、3次とすれば十分である。
【0025】
上記のように、本発明によれば圧延機のモーターに速度変化指令が与えられたときのロール速度を理想応答波形とすることができ、軸ねじり振動の発生を防止することができる。図6はモーターにステップ状の速度変化指令を与えたときの従来の速度応答波形図であり、軸ねじり振動の影響によってロール速度が振動している様子が示されている。これに対して本発明によれば、モーターにステップ状の速度変化指令を与えたときの速度応答波形図は図7のようになり、軸ねじり振動の影響によるロール速度の変動が抑制されていることが確認できる。なおいずれもモーター速度応答を50rad/secとしたシミュレーション結果である。
【符号の説明】
【0026】
1 モーター
2 ロール
3 カップリング
4 減速機
5 スピンドル
6 ばね
7 速度制御装置
8 理想剛体モデル
9 加え合わせ点
10 トルク補償器
11 モーター速度補償器
12 加え合わせ点

【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧延機のモーターとロールとそれらの間の動力伝達手段を、モーターとロールとの2つの慣性がばねによって連結された2慣性であると仮想し、この2慣性を考慮した理想モーター速度モデルと、この2慣性を考慮した理想トルクモデルとを備えたドライブ装置によって、モーターに速度変化指令が与えられたときのロール速度がねじり振動のない理想応答波形となる理想モーター速度と理想トルク指令とを逆算し、これらの値に基づいてモーター速度を制御することを特徴とする圧延機の軸ねじれ振動抑制制御方法。
【請求項2】
2慣性を考慮した理想モーター速度モデルの伝達関数と、2慣性を考慮した理想トルクモデルの伝達関数として、分子が2次式で分母が3次式の分数式を使用することを特徴とする請求項1記載の圧延機の軸ねじれ振動抑制制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−115825(P2011−115825A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−276358(P2009−276358)
【出願日】平成21年12月4日(2009.12.4)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)