圧電体膜およびその製造方法、圧電体膜素子およびその製造方法、並びに圧電体膜デバイス
【課題】酸素欠陥が少なく、圧電特性に優れた圧電体膜を形成する。
【解決手段】一般式(NaxKyLiz)NbO3 (0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ酸化物からなる
圧電体膜であって、前記アルカリニオブ酸化物は、擬立方晶、正方晶、斜方晶、単斜晶、菱面体晶、またはそれらが共存した結晶構造を有しており、前記アルカリニオブ酸化物のK原子周囲の結合状態において、K−O結合とK−Metal結合との合計を100%としたとき、前記K−O結合の割合が46.5%以上、前記K−Metal結合の割合が53.5%以下の圧電体膜である。
【解決手段】一般式(NaxKyLiz)NbO3 (0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ酸化物からなる
圧電体膜であって、前記アルカリニオブ酸化物は、擬立方晶、正方晶、斜方晶、単斜晶、菱面体晶、またはそれらが共存した結晶構造を有しており、前記アルカリニオブ酸化物のK原子周囲の結合状態において、K−O結合とK−Metal結合との合計を100%としたとき、前記K−O結合の割合が46.5%以上、前記K−Metal結合の割合が53.5%以下の圧電体膜である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸素欠陥が少なく圧電特性に優れた圧電体膜およびその製造方法、圧電体膜素子およびその製造方法、並びに圧電体膜デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
圧電体膜は種々の目的に応じて様々な圧電素子に加工され、特に電圧を加えて変形を生じさせるアクチュエータや、逆に素子の変形から電圧を発生するセンサなどの機能性電子部品として広く利用されている。アクチュエータやセンサの用途に利用されている圧電体としては、優れた圧電特性を有する鉛系の誘電体、特にPZTと呼ばれるPb(Zr1−
xTix)O3系のペロブスカイト型強誘電体がこれまで広く用いられており、通常個々
の元素からなる酸化物を焼結することにより形成されている。
【0003】
また、近年では環境への配慮から鉛を含有しない圧電体の開発が望まれており、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウム(一般式:(NaxKyLiz)NbO3(0<x<1、0<y<1、0<z<1、x+y+z=1)等の開発が進められている。このニオブ酸リチウムカリウムナトリウムは、PZTに匹敵する圧電特性を有することから、非鉛圧電材料の有力な候補として期待されている。
【0004】
一方、現在、各種電子部品の小型かつ高性能化が進むにつれ、圧電素子においても小型化と高性能化が強く求められるようになった。しかしながら、従来からの製法である焼結法を中心とした製造方法により作製した圧電材料は、その厚みが特に10μm以下の厚さになると、材料を構成する結晶粒の大きさに近づき、その影響が無視できなくなる。そのため、特性のばらつきや劣化が顕著になるといった問題が発生し、それを回避するために、焼結法に変わる薄膜技術等を応用した圧電体の形成法が近年研究されるようになってきた。
【0005】
近年、シリコン基板上にRFスパッタリング法で形成したPZT薄膜が、高精細高速インクジェットプリンタのヘッド用アクチュエータとして実用化されている(例えば、特許文献1参照)。
また、Pbの一部がBi(ビスマス)で置換されたPZT系の圧電膜が、小型低価格のジャイロセンサまたは角速度センサとして実用化されている(例えば、特許文献2参照)。特許文献2によれば、例えば、スパッタリング法で形成された圧電膜は、Pbの一部がBiに置換されることにより、酸素の過不足を有する組成であっても、高い圧電定数を得ることができる。
【0006】
また、鉛を用いないニオブ酸リチウムカリウムナトリウムの圧電薄膜素子として、一般式(NaxKyLiz)NbO3で表され、特定の面方位に高い配向性を有する圧電膜が提案されている(例えば、特許文献3参照)。特許文献3によれば、例えば、スパッタリング法で形成された圧電薄膜は鉛フリーで優れた圧電特性を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平10−286953号公報
【特許文献2】特開2005−333088号公報
【特許文献3】特開2007−19302号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、圧電体膜の形成においては、量産成膜として実績のあるスパッタリング法を用いることが多い。スパッタリング法は、図11に示すように、スパッタ装置20の真空環境下において不活性ガスの一種であるアルゴンガスをプラズマイオン化し、圧電体膜と同じ元素組成で構成された焼結体のターゲット21に対してアルゴンイオンを衝突させる。アルゴンイオンの衝突によりターゲット21から飛び出すスパッタ粒子22を、ターゲット21に対向する基板23上に付着させ薄膜24として形成する方法である。
【0009】
このスパッタリング法では、原理上、高真空下において成膜するため、成膜される圧電体膜は酸素が不足した状態となることが多い。すなわち、スパッタリング法で成膜される圧電体膜は、原料ターゲットと比較して、酸素が化学量論的に減少しており、酸素の組成ずれが生じる。
また、圧電体膜は、圧電体膜デバイスとして作製される際に還元雰囲気で熱処理される場合や、圧電体膜の周辺部に絶縁層や保護層が形成される際に水素や水酸基を有する水などで構成される分子を原料とする場合がある。このような場合、圧電体膜は、触媒活性を有するPtからなる電極との界面において、雰囲気ガスである水素と酸素とが反応し、還元反応が促進される。このため、圧電体膜中の酸素が脱離して、酸素の組成ずれが生じる。
【0010】
酸素の組成ずれは、圧電体膜を構成する各原子周囲の局所構造において生じる酸素欠陥に起因する。酸素欠陥は、圧電体膜中の原子レベルの結合状態が還元反応により変動して生じる格子欠陥である。酸素欠陥を有する圧電体膜は、ペロブスカイト構造の形成が困難であるため、圧電特性が低下することになる。
【0011】
この点、上記特許文献2のPZT系の圧電体膜では、酸素の過不足(酸素の組成ずれ)を有する組成であっても高い圧電特性を得られるが、鉛を含有する上に、酸素欠陥を抑制して圧電特性を向上することは困難である。また、上記特許文献3の圧電体膜は、鉛を含有しないが、酸素欠陥を抑制して圧電特性を向上することは困難である。
【0012】
本発明の目的は、酸素欠陥が少なく、圧電特性に優れた圧電体膜およびその製造方法、圧電体膜素子およびその製造方法、並びに圧電体膜デバイスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の第1の態様は、一般式 (NaxKyLiz)NbO3 (0≦x≦1、0≦y≦
1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ
酸化物からなる圧電体膜であって、前記アルカリニオブ酸化物は、擬立方晶、正方晶、斜方晶、単斜晶、菱面体晶、またはそれらが共存した結晶構造を有しており、前記アルカリニオブ酸化物のK原子周囲の結合状態において、K−O結合とK−Metal結合との合計を100%としたとき、前記K−O結合の割合が46.5%以上、前記K−Metal結合の割合が53.5%以下の圧電体膜である。ただし、Metalは圧電体膜に含まれる金属原子を示す。
【0014】
本発明の第2の態様は、第1の態様の圧電体膜において、前記アルカリニオブ酸化物は、Nb原子周囲の結合状態において、NbO3−結合となるNb5+と、NbO3−が還元されたNbO結合となるNb2+と、の合計を100%としたとき、前記Nb5+の割合が98.2%以上、前記Nb2+の割合が1.8%以下の圧電体膜である。
【0015】
本発明の第3の態様は、第1の態様の圧電体膜において、前記アルカリニオブ酸化物は、O原子周囲の結合状態において、NbO3−結合となるNb5+、NbO3−が還元さ
れたNbO結合となるNb2+、K2O結合となるK+、Na2O結合となるNa+、およびLi2O結合となるLi+の合計を100%としたとき、前記Nb5+の割合が61.4%以上、前記Nb2+、前記K+、および前記Na+の割合の合計が38.6%以下の圧電体膜である。
【0016】
本発明の第4の態様は、第1の態様の圧電体膜において、前記K−O結合の割合が、X線光電子分光分析法によって測定される、前記K−O結合の強度と前記K−Metal結合の強度との合計に対する前記K−O結合の強度の割合として算出される圧電体膜である。
【0017】
本発明の第5の態様は、第1〜第4の態様のいずれかの圧電体膜において、前記アルカリニオブ酸化物の一部に、一般式ABO3で表されるペロブスカイト型酸化物の、結晶層、非晶質層、または結晶層と非晶質層とが混合した混合層のいずれかをさらに含んでおり、前記ABO3は、A原子周囲の結合状態において、A−O結合とA−Metal結合との合計を100%としたとき、前記A−O結合の割合が46.5%以上、前記A−Metal結合の割合が53.5%以下の圧電体膜である。ただし、AはLi、Na、K、Pb、La、Sr、Nd、Ba、Biのうちから選択される1種類以上の元素であり、BはZr、Ti、Mn、Mg、Nb、Sn、Sb、Ta、Inのうちから選択される1種類以上の元素であり、Oは酸素である。
【0018】
本発明の第6の態様は、第5の態様の圧電体膜において、前記ABO3は、B原子周囲の結合状態において、BO3−結合となるB5+と、BO3−が還元されたBO結合となるB2+と、の合計を100%としたとき、前記B5+の割合が98.2%以上、前記B2+の割合が1.8%以下の圧電体膜である。
【0019】
本発明の第7の態様は、第5の態様の圧電体膜において、前記ABO3は、O原子周囲の結合状態において、BO3−結合となるB5+、BO3−が還元されたBO結合となるB2+、およびA2O結合となるA+の合計を100%としたとき、前記B5+の割合が61.4%以上、B2+およびA+の割合の合計が38.6%以下の圧電体膜である。
【0020】
本発明の第8の態様は、基板上に、少なくとも、下部電極層と、第1〜第7の態様のいずれかの圧電体膜と、上部電極層と、を備える圧電体膜素子である。
【0021】
本発明の第9の態様は、第8の態様の圧電体膜素子において、前記上部電極層および/または前記下部電極層が、Pt、Ptを主成分とする合金、またはPtを主成分とする電極層を含む積層構造の電極層である圧電体膜素子である。
【0022】
本発明の第10の態様は、第8の態様の圧電体膜素子において、前記上部電極層および/または前記下部電極層が、Pd、Pdを含む合金、またはPdを主成分とする電極層を主成分とする電極層を含む積層構造の電極層である圧電体膜素子である。
【0023】
本発明の第11の態様は、第8〜第10の態様のいずれかの圧電体膜素子において、前記圧電体膜を被覆する酸化物薄膜を備える圧電体膜素子である。
【0024】
本発明の第12の態様は、第8〜第11の態様のいずれかの圧電体膜素子の前記下部電極層と前記上部電極層との間に電圧印可手段または電圧検知手段を備える圧電体膜デバイスである。
【0025】
本発明の第13の態様は、一般式 (NaxKyLiz)NbO3 (0≦x≦1、0≦y
≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオ
ブ酸化物からなる圧電体膜の製造方法であって、結晶構造が擬立方晶、正方晶、斜方晶、単斜晶、菱面体晶、またはそれらが共存した状態である圧電体膜を形成する工程と、前記圧電体膜を形成する工程の後に、前記圧電体膜は、前記アルカリニオブ酸化物のK原子周囲の結合状態において、K−O結合とK−Metal結合との合計を100%としたときに、前記K−O結合の割合が46.5%以上、前記K−Metal結合の割合が53.5%以下となるように、前記圧電体膜を600℃以上で加熱して酸化する加熱工程と、を有する圧電体膜の製造方法である。ただし、Metalは圧電体膜に含まれる金属原子を示す。
【0026】
本発明の第14の態様は、基板上に下部電極層を形成する工程と、前記下部電極層上に、一般式 (NaxKyLiz)NbO3(0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、
x+y+z=1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ酸化物からなっており、結晶構造が擬立方晶、正方晶、斜方晶、単斜晶、菱面体晶、またはそれらが共存した状態である圧電体膜を形成する工程と、前記圧電体膜上に上部電極層を形成する工程と、を含む圧電体膜素子の製造方法であって、前記上部電極層を形成する工程の後に、前記圧電体膜を600℃以上で加熱して酸化する加熱工程を設け、前記圧電体膜は、K原子周囲の結合状態において、K−O結合とK−Metal結合との合計を100%としたときに、前記K−O結合の割合が46.5%以上、前記K−Metal結合の割合が53.5%以下となる圧電体膜素子の製造方法である。ただし、Metalは圧電体膜に含まれる金属原子を示す。
【0027】
本発明の第15の態様は、第14の態様の圧電体膜素子の製造方法において、前記加熱工程は、酸化促進のガスである、酸素、オゾン、N2Oのうちの、いずれか1種のガス、または、1種を含む混合ガス雰囲気中で加熱する圧電体膜素子の製造方法である。
【0028】
本発明の第16の態様は、第14の態様または第15の態様の圧電体膜素子の製造方法において、前記上部電極層および/または前記下部電極層を、Pd、Pdを主成分とする合金、またはPdを主成分とする電極層を含む積層構造の電極層とする圧電体膜素子の製造方法である。
【0029】
本発明の第17の態様は、第14〜第16の態様のいずれかの圧電体膜素子の製造方法において、前記上部電極層を形成する工程後であって、前記加熱工程の前または後に、前記圧電体膜を被覆する酸化物薄膜を形成する工程を設ける圧電体膜素子の製造方法である。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、酸素欠陥が少なく、圧電特性に優れた圧電体膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1A】アルカリニオブ酸化物のNb原子を中心とした結晶格子を示す図である。
【図1B】アルカリニオブ酸化物のK原子を中心とした結晶格子を示す図である。
【図1C】アルカリニオブ酸化物のO原子を中心とした結晶格子を示す図である。
【図2A】本発明の一実施形態にかかる圧電体膜素子の構造を示す断面図である。
【図2B】本発明の他の実施形態にかかる圧電体膜素子の構造を示す断面図である。
【図3】本発明の一実施形態にかかる圧電体膜デバイスの構造を示す断面図である。
【図4】実施例1の圧電体膜における2θ/θスキャン測定のX線回折パターンを示す図である。
【図5A】実施例1の圧電体膜をX線光電子分光分析法で測定したK2pのスペクトルを示す図である。
【図5B】比較例1の圧電体膜をX線光電子分光分析法で測定したK2pのスペクトルを示す図である。
【図6A】実施例1の圧電体膜をX線光電子分光分析法で測定したNb3dのスペクトルを示す図である。
【図6B】比較例1の圧電体膜をX線光電子分光分析法で測定したNb3dのスペクトルを示す図である。
【図7A】実施例1の圧電体膜をX線光電子分光分析法で測定したO1sのスペクトルを示す図である。
【図7B】比較例1の圧電体膜をX線光電子分光分析法で測定したO1sのスペクトルを示す図である。
【図8】圧電体膜のK原子周囲の結合状態におけるK−O結合比またはK−Metal結合比と圧電定数との相関関係を示す図である。
【図9】圧電体膜のNb原子周囲の結合状態におけるNb5+またはNb2+の割合と圧電定数との相関関係を示す図である。
【図10】圧電体膜のO原子周囲の結合状態における、Nb5+の割合、またはNb2+、K+、およびNa+の割合と圧電定数との相関関係を示す図である。
【図11】圧電体膜を成膜するスパッタ装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
従来の圧電体膜、例えば、一般式 (NaxKyLiz)NbO3 (0≦x≦1、0≦y
≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオ
ブ酸化物からなる圧電体膜は、その組成または結晶構造などを所定の設定とすることにより形成されていた。圧電体膜の組成は、一般的に知られる電子線マイクロアナライザ(Electron Probe Micro Analyzer、以下EPMAとする)法により定性的に評価されていた
。EPMA法によれば、特性X線スペクトルを用いることによって、圧電体膜の構成原子であるAサイト原子(カリウムやナトリウムなど)や、Bサイト原子(ニオブ)などが定性的に評価され、含有される元素およびその含有量が測定される。また、圧電体膜の結晶構造は、構造解析の一般的な方法であるX線回折法により測定されていた。X線回折法によれば、圧電体膜の広い領域にわたる長周期の秩序構造が評価される。
【0033】
しかしながら、従来においては、組成または結晶構造などを所定の設定としたにもかかわらず、所望する圧電特性を有する圧電体膜を再現性高く形成することは困難であった。この理由は、EPMA法では、検出下限が低く、原子レベルの局所構造(原子レベルの結合状態)において生じる酸素欠陥が定量的に評価されないためである。また、X線回折法では、原子直径レベルの狭い領域における特定原子周囲の構造や結合状態が測定されず、酸素欠陥が十分に評価されないためである。すなわち、従来の圧電体膜は、構成原子の組成や原子レベル構造よりも大きい周期構造に基づく結晶構造が評価されるだけであって、原子レベルの結合状態は厳密に測定されず、酸素欠陥は定量的に評価されなかった。
そもそも、これまで、圧電体膜の原子レベルの結合状態が、成膜投入電力、成膜温度、基板と原料ターゲットとの距離などの成膜条件や成膜後の熱処理条件によって、どのように変動し、酸素欠陥を有することになるかは不明瞭であった。このように、酸素欠陥の定量化を行わずに定性的な評価をもとに圧電体膜を成膜していたため、従来においては、優れた圧電特性を有する圧電体膜を再現性高く形成することは困難であった。
【0034】
そこで、本発明者らは、圧電体膜の構成原子であるNb原子、Aサイト原子あるいはO原子などの原子レベルの結合状態や各原子の価数の割合を定量的に解析した。そして、圧電体膜の酸素欠陥を定量的に評価し、酸素欠陥が圧電特性に及ぼす影響について検討を行った。
【0035】
その結果、圧電体膜を構成する各原子周囲の原子レベルの結合状態が、酸素欠陥により
変動することがわかった。
具体的に説明すると、酸素欠陥のないペロブスカイト構造を有する酸化物は、図1Aに示すように、Nb原子の陽イオンに酸素イオンが6配位する構造を有している。このペロブスカイト構造において、Nb原子は、1のNb原子に対して3のO原子が化学量論的に結合するNbO3−結合をとり、価数5のNb5+となっている。
これに対して、酸化物が成膜時の酸素不足や還元により酸素欠陥を有する場合、Nb原子は、Nb5+が還元された価数2のNb2+となり、NbO結合となる。すなわち、Nb原子1に対してO原子が1結合することとなり、本来のペロブスカイト構造と比較して、Nb原子と結合するO原子数が化学量論的に減少する。このO原子数の減少が酸素欠陥であり、圧電体膜全体としての酸素の組成ずれを引き起こす。酸素欠陥は、大きく組成ずれを引き起こさない割合であっても、圧電特性を大きく低下させることになる。
つまり、圧電体膜は、原子レベルの局所構造において、酸素欠陥を含むことにより原子レベルの結合状態が変動し圧電特性が低下する。
【0036】
以上のことから、本発明者らは、圧電体膜を構成する各原子の原子レベルの結合状態や原子の価数の割合を調整し、酸素欠陥を制御することによって、圧電特性を向上できることを見出し、本発明を創作するに至った。
【0037】
以下に、本発明に係る圧電体膜を備える圧電体膜素子の実施形態について説明する。図2Aは、本発明の一実施形態にかかる圧電体膜素子の構造を示す断面図である。
【0038】
(圧電体膜素子の構造)
本実施形態の圧電体膜素子1は、図2Aに示すように、基板2と、基板2の表面に形成される接着層3と、接着層3上に形成される下部電極層4と、下部電極層4上に形成される圧電体膜5と、圧電体膜5上に形成される上部電極層6と、を有しており、圧電体膜5が、一般式(NaxKyLiz)NbO3 (0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト型のアルカリニオブ酸化物からなっている。
【0039】
(基板)
基板2は、Si基板、MgO基板、ZnO基板、SrTiO3基板、SrRuO3基板、ガラス基板、石英ガラス基板、GaAs基板、GaN基板、サファイア基板、Ge基板、ステンレス基板などが挙げられる。中でも、特に、低価格でかつ工業的に実績のあるSi基板が好ましい。ただし、Si基板を用いる場合には、酸化膜がSi基板表面に形成されることが好ましい。基板2の表面に形成される酸化膜は、熱酸化により形成される熱酸化膜、CVD(Chemical Vapor Deposition)法により形成されるSi酸化膜などがあげ
られる。なお、酸化膜を形成せずに、石英ガラス、MgO、SrTiO3、SrRuO3基板などの酸化物基板上に、直接Pt電極などの下部電極層を形成しても良い。
【0040】
(下部電極層)
下部電極層4は接着層3を介して基板2上に形成される。下部電極層4は、圧電体膜5を成膜させる重要な層であり、例えば、スパッタリング法や蒸着法などにより形成される。下部電極層4は(111)面方位に優先配向していることが好ましい。(111)面方位(基板2表面に対して垂直な方向)に優先配向した下部電極層4は、柱状構造の多結晶となり、下部電極層4上に形成される圧電体膜5を特定の面方位へと優先配向することができる。
下部電極層4としては、Pt、Ptを主成分とする合金、またはPtを主成分とする電極層を含む積層構造の電極層であることが好ましい。これは、圧電体膜5を加熱酸化する場合、触媒活性を有するPtが酸化を促進させ、効率的に酸化することができるためである。または、下部電極層4としては、Pd、Pdを主成分とする合金、またはPdを主成分とする電極層を含む積層構造の電極層であることが好ましい。これは、PdがPtと同
様に触媒活性を有し、N2OやO2などを含む雰囲気中において、圧電体膜5の酸化を促進でき、加熱工程による圧電特性の向上を効率よく行うことができる。または、下部電極層4としては、Ru、Ir、Sn、In、またはその酸化物を用いることも可能である。特に、Ru、Irについては、酸化物電極として用いることが可能であり、還元性雰囲気における圧電体膜の還元反応による酸素欠損にともなう圧電特性の低下を極力抑制することができる。
【0041】
(上部電極層)
上部電極層6は、圧電体膜5上に形成される電極であって、下部電極層4のように圧電体膜5の結晶構造に大きな影響を与えるものではないため、上部電極層6の結晶構造は特に限定されない。ただし、上部電極層6の材料は、下部電極層4と同様であることが好ましい。すなわち、Pt、Ptを主成分とする合金、またはPtを主成分とする電極層を含む積層構造の電極層であることが好ましい。または、Pd、Pdを主成分とする合金、またはPdを主成分とする電極層を含む積層構造の電極層であることが好ましい。
【0042】
(圧電体膜の構造)
本実施形態における圧電体膜5は、一般式 (NaxKyLiz)NbO3 (0≦x≦1
、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト構造のアル
カリニオブ酸化物からなる。その酸化物は、擬立方晶、正方晶、斜方晶、単斜晶、菱面体晶、またはそれらが共存した結晶構造を有している。また、その酸化物は、K原子周囲の結合状態において、K−O結合とK−Metal結合との合計を100%としたとき、K−O結合の割合(以下、K−O結合比とする)が46.5%以上、K−Metal結合の割合(以下、K−Metal結合とする)が53.5%以下となっている。なお、Metalは、圧電体膜中に含まれる金属原子を示す。
【0043】
本実施形態における圧電体膜5の結晶構造は、図1A、図1B、または図1Cに示すようなペロブスカイト構造を有する。図1Aでは、アルカリニオブ酸化物のNb原子を中心とした結晶格子で表され、図1Bでは、図1Aの結晶格子を、Aサイト原子であるK原子中心として表したものである。また、図1Cでは、図1Aおよび図1Bの結晶格子を、O原子中心として表したものである。なお、図1A、図1B、および図1Cでは、結晶構造が立方晶で示されるが、実際には、擬立方晶や正方晶などの対称性を有さない結晶構造となっている。
【0044】
図1Bに示すように、O原子は、K原子の周囲に最も近接して配位しており、第一近接原子となっている。第一近接原子のO原子は、K原子に所定の原子間距離を隔てて12配位して、K−O結合を形成する。また、Nb原子は、K原子周囲にO原子に次いで近接しており、第二近接原子となっている。第二近接原子のNb原子は、K原子に所定の原子間距離を隔てて8配位して、K−Nb結合を形成する。K原子周囲の結合状態とは、K原子とK原子に第一近接する原子(O原子)との結合状態、およびK原子とK原子に第二近接する原子(Nb原子)との結合状態を示す。図1Aに示すように、Nb原子周囲の結合状態は、K原子周囲の結合状態と同様に、Nb原子と、第一近接原子および第二近接原子との結合状態を示す。図1Cに示すように、O原子周囲の結合状態も、K原子周囲またはNb原子周囲の結合状態と同様である。なお、結晶構造が対称性を有する立方晶とならないため、結晶格子中心のK原子とK原子の周囲に配位する複数のO原子との原子間距離はわずかに異なる。この原子間距離の相違により、同じK−O結合でも結合状態や結合エネルギーが異なる。同様にして、K原子と複数のNb原子との原子間距離もわずかに異なり、その結合状態や結合エネルギーも異なることになる。
【0045】
ここで、上記K−O結合比の算出について説明する。
本実施形態において、K−O結合比は、例えば、X線光電子分光分析法(X-ray Photoe
lectron Spectroscopy、以下XPSとする)によって測定される、K−O結合の強度I(K−O)とK−Metal結合の強度I(K−Metal)との合計に対するI(K−O)の割合として算出される。
【0046】
XPS法は、試料(圧電体膜)表面にX線を照射し、測定対象の構成原子を励起させる。そして、励起された原子から生じる光電子のエネルギーを測定することで、構成原子やその結合状態(電子状態)を分析する方法である。XPS法によれば、圧電体膜の構成原子の結合状態(構成原子の電子状態)が、その結合エネルギーにより特定される。具体的には、K−O結合のK原子とK−Nb結合のK原子とでは、その原子レベルの結合状態(電子状態)が異なるため、異なる結合エネルギーとして検出される。すなわち、XPS法によれば、K−O結合やK−Nb結合などを構成する、K原子、O原子、およびNb原子などの電子状態が特定される。また、構成原子の電子状態を特定するとともに、所定の電子状態の原子から生じる光電子の数から、その原子がどの程度含まれるか(結合数)が強度として測定される。
【0047】
ただし、ペロブスカイト構造を有する酸化物においては、K−O結合を構成する原子を示すピークが、所定の結合エネルギーよりも広い範囲で分散して検出される(後述する実施例1のスペクトルを示す図5Aを参照)。このため、K−O結合の強度は、所定のエネルギー範囲で分散されて検出される強度の積分値(ピーク面積)である積分強度として算出される。K−O結合が所定の結合エネルギーよりも広い範囲で分散して検出される理由は、同じK−O結合でも、原子間距離が異なり、それぞれの結合エネルギーがわずかに異なるからである。K−O結合と同様にして、K−Metal結合も積分強度として表される。
【0048】
K−Metal結合における「Metal」は、圧電体膜中に含まれる金属原子のNb原子、Na原子、K原子、Li原子を示しており、K−Metal結合は、K−Nb結合、K−Na結合、K−K結合、K−Li結合を含んでいる。これは、XPS法では、K−Na結合、K−K結合、K−Li結合をK−Nb結合から分離して測定することは容易ではなく、これらの結合がK−Nb結合に対して一定数混在して測定される可能性があるためである。つまり、K−Metal結合は、主にK−Nb結合を含んでおり、K−Nb結合に対して低い割合であって、一定数のK−Na結合などを含んでいる。したがって、K−Metal結合は、少なくともK−Nb結合を示しており、K−Nb結合だけを分離して測定できる場合は、K−Metal結合をK−Nb結合とすることができる。
【0049】
このように、K−O結合比は、K原子周囲の結合状態において、K−O結合の積分強度I(K−O)とK−Metal結合の積分強度I(K−Metal)との合計に対するI(K−O)の割合として算出される。
【0050】
続いて、圧電体膜が上記K−O結合比により特定される技術的意義について説明する。上述したように、圧電体膜中において、O原子は酸素欠陥(欠損)によって化学量論的に減少する傾向にある。一方、K原子やNb原子などは、O原子に比べて欠陥(欠損)が生じにくく、圧電体膜中に所定量含まれる。すなわち、K原子周囲の局所構造に注目したとき、酸素欠陥(欠損)により結合数が変動するK−O結合に対して、K−Metal結合は比較的安定に形成され、その結合数はほぼ一定の数となる。このため、一定数のK−Metal結合数に対して、上記K−Metal結合比およびK−O結合比からK−O結合数の変動(増減)がわかるとともに、圧電体膜中に含まれる、K原子などの特定原子周囲におけるO原子の過不足がわかる。つまり、局所構造での酸素欠陥(欠損)によるO原子数の減少がわかる。したがって、本実施形態においては、K−O結合比を規定して、圧電体膜中のO原子数を調節することによって、圧電体膜の原子レベルの局所構造を最適化し、酸素欠陥(欠損)の少ない圧電体膜とすることができる。
【0051】
以上をまとめると、本実施形態における圧電体膜素子は、XPS法で測定される積分強度から算出される、圧電体膜のK−O結合比が46.5%以上となっている。また、K−Metal結合比が53.5%以下となっている。この構成により、圧電体膜は、その原子レベルの局所構造において、O原子を含むK−O結合およびNb原子などを含むK−Metal結合を所定の割合で含む。すなわち、圧電体膜は、原子レベルの結合状態といった最小単位において、O原子およびNb原子がK原子周囲に所定の割合で配位するペロブスカイト構造となっている。このため、圧電体膜は、原子レベルの局所構造において、酸素欠陥(欠損)の少ない構造となっている。そして、圧電体膜は、酸素欠陥(欠損)による原子レベル構造の不安定性が抑制され、優れた圧電特性を有することになる。
これに対して、従来の圧電体膜は、組成比や局所的な原子レベル構造よりも大きい周期構造に基づく結晶構造で特定される。このため、これまでは局所的な原子レベル構造を特定していなかったことから、組成比のずれがない最適な値にあっても、特定の原子周囲における酸素の配置など、すなわち、規定の結合状態に基づいた制御を行っていなかった。したがって、本実施形態における圧電体膜によれば、K原子、Nb原子、およびO原子周囲の原子レベルの局所構造(結合状態)を調節できるため、圧電体膜全体において安定な構造を有し、かつ、規定の原子サイトにO原子が配置された、酸素欠陥の少ない結晶構造とすることができる。そして、圧電特性に優れた圧電体膜とすることができる。
【0052】
また、本実施形態の圧電体膜素子において、圧電体膜のアルカリニオブ酸化物が、K−O結合比を46.5%以上75%以下、K−Metal結合比を25%以上53.5%以下であることが好ましい。さらに、K−O結合比を47%以上60%以下、K−Metal結合比を40%以上53%以下であることがより好ましい。K−O結合比を上記数値範囲内とするのは、46.5%よりも小さいと圧電体膜中の酸素が不足し、75%よりも大きくなると圧電体膜中の酸素が過剰となり、ペロブスカイト構造以外の構造を有する相が一部生成され、全体として良好な圧電特性を得られにくくなるためである。
【0053】
また、本実施形態の圧電体膜素子において、圧電体膜のアルカリニオブ酸化物が、Nb原子周囲の結合状態において、NbO3−結合となるNb5+と、NbO3−が還元されたNbO結合となるNb2+と、の合計を100%としたとき、Nb5+の割合が98.2%以上100%以下、Nb2+の割合が0%以上1.8%以下であることが好ましい。さらに、Nb5+の割合が99%以上100%以下、Nb2+の割合が0%以上1%以下であることがより好ましい。これは、Nb5+の割合が98.2%よりも小さくなると、還元されたNb2+が増加するとともに酸素欠陥が増加して、圧電特性が低下するためである。この構成とすることによって、酸素欠陥を示すNb2+を制御して、圧電特性をさらに向上することができる。
【0054】
また、本実施形態の圧電体膜素子において、圧電体膜のアルカリニオブ酸化物が、O原子周囲の結合状態において、NbO3−結合となるNb5+と、NbO3−が還元されたNbO結合となるNb2+と、K2O結合となるK+と、Na2O結合となるNa+と、の合計を100%としたとき、Nb5+の割合が61.4%以上100%以下、Nb2+、K+、およびNa+の割合の合計が0%以上38.6%以下であることが好ましい。さらに、Nb5+の割合が62%以上100%以下、Nb2+、K+、およびNa+の割合の合計が0%以上38%以下であることがさらに好ましい。これは、Nb5+の割合が数値範囲外であると、圧電体膜中の酸素の過不足が生じ、アルカリニオブ酸化物がペロブスカイト構造をとりにくくなるためである。
【0055】
また、本実施形態の圧電体膜素子において、圧電体膜のアルカリニオブ酸化物の一部に、一般式ABO3で表されるペロブスカイト型酸化物の、結晶層、非晶質層、または結晶層と非晶質層とが混合した混合層のいずれかをさらに含んでおり、ABO3は、A原子周
囲の結合状態において、A−O結合とA−Metal結合との合計を100%としたとき、A−O結合の割合が46.5%以上、A−Metal結合の割合が53.5%以下であることが好ましい。ただし、AはLi、Na、K、Pb、La、Sr、Nd、Ba、Biのうちから選択される1種類以上の元素であり、BはZr、Ti、Mn、Mg、Nb、Sn、Sb、Ta、Inのうちから選択される1種類以上の元素であり、Oは酸素である。
【0056】
また、上記ABO3は、B原子周囲の結合状態において、BO3−結合となるB5+と、BO3−が還元されたBO結合となるB2+と、の合計を100%としたとき、B5+の割合が98.2%以上、B2+の割合が1.8%以下であることが好ましい。
【0057】
また、上記ABO3は、O原子周囲の結合状態において、BO3−結合となるB5+と、BO3−が還元されたBO結合となるB2+、A2O結合となるA+と、の合計を100%としたとき、B5+の割合が61.4%以上100%以下、B2+およびA+の割合が0%以上38.6%以下であることが好ましい。
【0058】
また、上記圧電体膜素子において、圧電体膜を被覆する酸化物薄膜を備えることが好ましい。酸化物薄膜によれば、圧電体膜を水素や水などから保護するとともに、圧電体膜に酸素を供給し、圧電体膜の本体や下部電極層との界面近傍における還元作用を抑制することができる。酸化物薄膜は、圧電体膜と同じ材料でも良く、またはSiOx(0<X≦2)やAlOx(0<x≦1.5)で構成される単層または積層の薄膜などであっても良い。酸化物薄膜としては、例えば、SiO2膜やAl2O3膜などを用いることができる。
【0059】
なお、上記実施形態においては、K−O結合比をXPS法により測定される積分強度から算出しているが、本発明はこれに限定されない。K−O結合比の算出方法としては、原子レベルでの結合状態を特定できる方法であればよく、例えば、X線吸収微細構造解析(X-ray absorption fine structure、以下XAFSとする)があげられる。XAFS法は
、X線吸収スペクトルの高エネルギー側に現れる振動構造であり、この振動構造は、X線の吸収原子から放出される光電子の出射波と、吸収原子の周囲に存在する原子により後方散乱された電子の入射波との干渉効果によるものである。測定される振幅は吸収原子の周囲に存在する原子の数、即ち、配位数に比例する。したがって、配位数や原子間距離が明確な標準物質を用いながら、K原子のXAFSスペクトルを解析することによって、K原子周囲に、どの元素がどれだけ配位しているかを評価することができる。そして、XAFSスペクトルのフーリエ変換によって得られる動径分布関数と一般に行われているFEFFを用いた光電子多重散乱理論に基づくXAFSスペクトルシミュレーションの解析によって、K原子周囲のO原子の配位数およびK周囲のNb原子の配位数を数値として求めることができる。これらの配位数は、K−O結合数およびK−Nb結合数と対応することから、結果としてK−O結合比およびK−Nb結合比が算出できる。
【0060】
(圧電体膜素子の製造方法)
次に、上記実施形態にかかる圧電体膜素子の製造方法について図2Aおよび図2Bを用いて説明する。以下では、上記実施形態にかかる圧電体膜を有する圧電体膜素子の製造方法について説明する。
【0061】
上記実施形態にかかる圧電体膜素子の製造方法は、基板2上に接着層3を介して下部電極層4を形成する工程と、下部電極層4上に、一般式 (NaxKyLiz)NbO3 (0
≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト構
造のアルカリニオブ酸化物からなっており、結晶構造が擬立方晶、正方晶、斜方晶、単斜晶、菱面体晶、またはそれらが共存した状態である圧電体膜5を形成する工程と、圧電体膜5上に上部電極層6を形成する工程と、圧電体膜5を被覆するように酸化物薄膜7を形成する工程と、圧電体膜5を600℃以上で加熱して酸化する加熱工程と、を含む。
【0062】
まず、基板2上に接着層3を介して、(111)面方位に優先配向する下部電極層4を形成する。下部電極層4としては、PtもしくはPtを主成分とする合金からなる電極層、またはこれらを積層した構造の電極層を含む電極層であることが好ましい。または、下部電極層4としては、Pd、Pdを含む合金、またはPdを主成分とする電極層を主成分とする電極層を含む積層構造の電極層であることが好ましい。この構成とすることにより、圧電体膜の還元作用を抑制し、酸素の組成ずれを抑制することができる。
【0063】
次に、下部電極層4上に、所定の組成比を有するターゲットを用いて、マグネトロンスパッタリング法により圧電体膜5を形成する。この圧電体膜5は、下部電極層4の配向性を引き継いで成膜されるため、(001)面方位に優先配向する結晶構造となる。この際に形成される圧電体膜5は、酸素欠陥を含み、酸素の組成ずれが生じている。圧電体膜5の成膜方法としては、スパッタリング法以外に、ゾルゲル法、水熱合成法、イオンビームスパッタ法、CVD法あるいはAD(Aerosol Deposition)法などを用いることができる。
圧電体膜5の成膜に際して用いる原料のターゲット材としては、その組成比が、成膜する圧電体膜5の組成比と同等であることが好ましい。ターゲット材は、水熱合成法により作製され、有機系分子、水酸基を備える分子、カルボニル基やアシル基を備える分子の含有量を適切な量に制御したものが好ましい。また、ターゲット材を酸素、オゾン、あるいはN2O雰囲気中で1気圧乃至高気圧で600℃以上の加熱処理を行って、酸化を促進させ酸素欠陥を極力低減したものが好ましい。この構成とすることにより、スパッタリング法による成膜に際しての酸素の組成ずれを抑制することができる。
【0064】
続いて、圧電体膜5上に上部電極層6を形成する。なお、上部電極層6は下部電極層4と同様にして形成される。
【0065】
続いて、図2Bに示すように、圧電体膜5の表面を被覆するように、酸化物薄膜7を形成する。本実施形態において、酸化物薄膜7の被膜領域は、上部電極層6、圧電体膜5、下部電極層4、および接着層3に渡っている。この酸化物薄膜7によれば、圧電体膜5を水素や水などから保護するとともに、圧電体膜5に酸素を供給し、圧電体膜5の本体や下部電極層4との界面近傍における還元作用を抑制することができる。
酸化物薄膜7は、圧電体膜5と同じ材料でも良く、またはSiOX(0<X≦2)やAlOx(0<x≦1.5)で構成される単層または積層の薄膜などであっても良い。酸化物薄膜7としては、例えば、SiO2膜やAl2O3膜などを用いることができる。酸化物薄膜7は、スパッタリング法、CVD法、ゾルゲル法、または少なくとも一つの成膜法を組み合わせた成膜法によって形成される。なお、酸化物薄膜7を形成する工程は、上部電極層6を形成する工程の後であれば良い。
【0066】
続いて、上記で得られた圧電体膜素子1を600℃以上の温度で加熱して酸化する。この加熱工程により、圧電体膜5中の、酸素欠陥を有するNbO結合のNb2+がNb5+に酸化される。酸化されたNb5+は、大気中のO原子または圧電体膜中のNbとは結合せずに存在するO原子と選択的に結合して、NbO3−結合となる。この結果、圧電体膜5は、原子レベルの局所構造において、酸素欠陥が低減し、酸素の組成ずれが戻る。この圧電体膜5は、K原子周囲の結合状態において、K−O結合とK−Metal結合との合計に対するK−O結合の割合が45%以上となり、酸素欠陥が少ない。したがって、本実施形態の圧電体膜の製造方法によれば、酸素欠陥を有する圧電体膜であっても、酸素欠陥を補完して、優れた圧電特性を有する圧電体膜を形成することができる。また、加熱工程により圧電体膜中の酸素欠陥を適宜調整することができるため、圧電特性に優れた圧電体膜を再現性高く形成し、歩留まりを向上することができる。
【0067】
圧電体膜素子1を加熱酸化する温度は、1420℃以下であることが好ましい。これは、加熱酸化する温度が1420℃よりも高いと、基板に用いるSi結晶へのダメージが大きいことや、界面と圧電体膜との間の元素の相互拡散による組成ずれ、圧電体膜自身の結晶配向性を破壊させることになり、圧電特性が低下するためである。
【0068】
上記加熱工程における熱処理雰囲気としては、圧電体膜を酸化できる雰囲気であれば限定されず、大気中、真空中もしくは不活性ガス雰囲気中、または、酸化促進の雰囲気ガスである、酸素、オゾン、N2Oのうちの、いずれか1種のガス、もしくは、1種を含む混合ガス雰囲気中などがあげられる。具体的には、不活性ガスArや窒素N2に対する酸素濃度が15〜25%の範囲内である環境や、酸素濃度やオゾン濃度が100%の環境があげられる。特に、酸化促進のガスである、酸素、オゾン、N2Oのうちの、いずれか1種のガス、または、1種を含む混合ガス雰囲気が好ましい。これは、加熱酸化工程における酸化を促進させ、酸素欠陥を好適に減少させることができるためである。なお、スパッタリングの成膜室に残留する酸素や酸素を含む水分子などのガスの量を、成膜前、成膜時、または成膜後に適宜調節することが好ましい。
【0069】
(圧電体膜デバイス)
次に、上記実施形態にかかる圧電体膜素子を用いた圧電体膜デバイスについて説明する。
【0070】
図3に示すように、上記実施形態の圧電体膜素子1を所定の形状に成型し、下部電極層4と上部電極層6との間に電圧検知手段11を接続することで、圧電体膜デバイス10としてのセンサが得られる。このセンサの圧電体膜素子が何らかの物理量の変化に伴って変形すると、その変形の変位量によって所定の電圧が発生するので、この電圧を電圧検知手段11で検知することで各種物理量を測定することができる。センサとしては、例えば、ジャイロセンサ、超音波センサ、圧カセンサ、速度・加速度センサなどが挙げられる。
【0071】
また、図3に示すように、上記実施形態の圧電体膜素子1の下部電極層4と上部電極層6との間に電圧印可手段12を接続することで、圧電体膜デバイス10としてのアクチュエータが得られる。このアクチュエータの圧電体膜素子に電圧を印加して、圧電体膜素子を変形することによって各種部材を作動させることができる。アクチュエータとしては、例えば、インクジェットプリンタ、スキャナ、超音波発生装置などに用いることができる。
【実施例】
【0072】
次に、本発明について実施例を用いて具体的に説明する。
【0073】
まず、基板としてSi基板を準備して、Si基板の表面に熱酸化膜を形成した。次に、熱酸化膜上に、接着層としてのTi層(厚さ2nm)を形成した。そして、RFマグネトロンスパッタリング法により、Ptからなる金属ターゲットを用いて、接着層を介してPtからなる下部電極層(厚さ200nm)を形成した。下部電極層は、基板温度350℃、スパッタリングの投入電力100W、雰囲気ガスを100%Arガス、O2混合ガス、またはHe、Ne、Kr、N2などの少なくとも一つ以上の不活性ガスを混合したガス、圧力1〜10Paで、成膜時間を1〜10分の成膜条件で形成した。
【0074】
次に、この下部電極層を形成した基板上に、図11に示すRFマグネトロンスパッタリング装置を用いて、圧電体層としてのニオブ酸リチウムカリウムナトリウム(以下、KNN)圧電体膜(膜厚3μm)を形成した。この成膜に際して、原料ターゲットとして、C(カーボン)を用いない水熱合成法により作製され、有機系分子、水酸基を有する分子、カルボニル基やアシル基を有する分子の含有量を適切な量に制御した(NaxKyLiz)
NbO3(x=0.5、y=0.5、z=0)のセラミックターゲットを用いた。さらに、セラミックターゲットは、酸素、オゾン、あるいはN2O雰囲気中で1気圧乃至高気圧で600℃以上の加熱処理が行われ、酸化を促進させ酸素欠陥が極力低減されている。
KNN圧電体膜の成膜条件は、形成温度400〜500℃、放電パワー0.03W/mm2、雰囲気ガスをArとO2との5:5の混合ガスまたはArガスまたはHeまたはNeまたはKrまたはN2など少なくとも一つ以上の不活性ガスが混合したガス、圧力0.7Pa、成膜時間1時間とした。
【0075】
次に、圧電体膜が形成されたSi基板を酸素中や不活性ガス中または両者の混合ガス、大気中、あるいは真空中で、熱源として、抵抗加熱を用いて所定の温度で加熱処理を行った。加熱処理条件は、気圧を標準大気圧の101.33kPa、雰囲気ガスを不活性ガスArや窒素N2に対する酸素濃度が15〜25%の範囲内の混合ガス、加熱温度を700℃とした。また、700℃までの昇温時間を1時間以下、700℃における熱処理保持時間を2時間、700℃から室温までの降温時間を3時間以下とした。
【0076】
最後に、圧電体膜上に、Ptからなる上部電極層(厚さ20nm)をスパッタリング法により形成して、本発明の一実施形態にかかる圧電体膜素子を形成した。
【0077】
(実施例2)
実施例2では、圧電体膜の加熱温度を600℃とした以外は、実施例1と同様の条件でKNN圧電体膜を形成した。
【0078】
(比較例1〜4)
次に、比較例について、上記実施例と異なる点を説明する。比較例においては、成膜された圧電体膜を加熱する温度を、500℃、400℃、300℃、加熱なし、とそれぞれ設定した点が上記実施形態と異なるだけであり、その他の条件については、実施例と同様にKNN圧電体膜を成膜した。
【0079】
(圧電体膜の評価)
実施例、比較例で得られた圧電体膜について、結晶構造および配向性、組成比、原子レベルの結合状態、ならびに圧電特性を評価した。
【0080】
(結晶構造および配向性の評価)
実施例、比較例で得られたKNN圧電体膜の結晶構造およびその配向性について調べた。まず、走査電子顕微鏡により、実施例1で得られたKNN圧電体膜の断面形状を観察したところ、その組織は柱状構造となっていた。比較例1〜4のKNN圧電体膜は、実施例1と同様な柱状構造となっており、組織においての差は確認されなかった。
次に、一般的なX線回折装置により、実施例のKNN圧電体膜の結晶構造を調べた。その結果、図4のX線回折パターン(2θ/θスキャン測定)に示すように、実施例1のKNN圧電体膜では、基板を加熱して形成された下部電極層としてのPt層が、基板表面に垂直な向きに(111)面に優先配向していることが確認された。そして、このPt層上に形成されたKNN圧電体膜は、擬立方晶のペロブスカイト型の結晶構造を有する多結晶薄膜であって、001、002、003の回折ピークのみを確認できることから、(001)面方位に優先配向していることが確認された。比較例4のKNN圧電体膜は、001、002、003の回折ピークのみが測定できたことから、実施例1と同様に、(001)面方位に優先配向していることが確認された。結晶構造および配向性の評価からは、実施例と比較例との明確な差は確認されなかった。
【0081】
(原子レベルの結合状態の評価)
続いて、XPS法により、実施例、比較例で得られたKNN圧電体膜の特定原子の原子
レベルにおける局所構造を評価した。XPS法の分析装置として、AXIS−ULTRA(KRATOS製)を用いた。
【0082】
具体的には、超高真空中に実施例1の試料(10mm×2.5mm)を設置し、X線として分光器により単色化されたAlLα線(1486.6eV)を試料に照射する。X線の照射により励起された原子から飛び出した光電子の運動エネルギーを測定した。この運動エネルギーの測定には、一般的な電子増倍管であるチャンネルトロンマルチプライヤーやマイクロチャンネルプレートなどを使用した。そして、測定した光電子の運動エネルギーから仕事関数を差し引くことによって、特定の原子における電子の結合(束縛)エネルギーを求めた。また、特定の結合エネルギーを有する光電子の数を測定し、特定の原子の結合状態の数を強度として表した。
測定された結果から、電子の結合エネルギー(Binding Energy)を横軸に、検出された光電子の数を縦軸にとり、特定原子のX線光電子スペクトルのプロファイルを描いた。
本実施例では、KNN圧電体膜を構成する各原子の結合状態を定量的に評価するため、構成原子であるK2p、Na1s、Nb3d、O1sのX線光電子分光プロファイルについて、各スペクトル成分、例えば結合状態の異なる成分や価数の異なる光電子スペクトルなどの積分強度計算を行った。なお、K2pはK原子の2p軌道のスペクトルを示しており、他の原子についても同様に、それぞれの電子軌道のスペクトルを示している。
【0083】
(K原子の結合状態)
本実施例では、Aサイト原子としてK原子を選択して測定した。実施例1で得られたKNN圧電体膜のK原子について測定したX線光電子分光分析のK2pのスペクトルを図5Aに示し、比較例4で得られたスペクトルを図5Bに示す。図5A、図5Bにおいて、横軸はK2pの結合エネルギーを、縦軸はその強度を示している。
検出されたスペクトルのピーク位置は、上述した統計分布関数とバックグラウンド補正とのフィッティング解析により導出された。また、K原子の周囲の結合状態は、プロファイルのデコンボリューションから見出された。その結果、図5A、図5B中の斜線領域のスペクトルは、K−Metal結合(K−Nb結合、K−Na結合、K−K結合)となるK原子のプロファイルであり、黒領域のスペクトルは、K−O結合となるK原子のプロファイルであることがわかった。なお、K2pのスペクトルでは、スピン軌道相互作用により、K2p3/2とK2p1/2との2つのエネルギー順位に分裂されて、ピークが検出される。
図5Bに示すように、比較例4では、K−Metal結合となるK原子のスペクトルピークの積分強度(図中の斜線領域)が、K−O結合となるK原子のスペクトルピークの積分強度(図中の黒領域)に比べて大きいことがわかる。一方、実施例1では、図5Aに示すように、加熱処理により圧電体膜が酸化され、K−O結合となるK原子の積分強度が大きくなっている。このことから、実施例1では、加熱処理によりO原子が増加することがわかる。
【0084】
次に、上記スペクトルから得られたK−O結合およびK−Metal結合の積分強度を、Gauss関数やLorentz関数及びそれらのコンボリューション関数であるPseudo Voight関
数、Pearson関数、及びSplit Pseudo Voight関数等の統計分布関数を適用したスペクトルフィッティング解析によって求めた。また、スペクトルのバックグラウンド補正においては、直線法、Shile法、Tougaard法を用いた。また元素組成の定量にかかわる解析法につ
いては元素毎の相対感度係数やマトリックス補正を考慮して解析を行った。
そして、実施例1、比較例4で得られたKNN圧電体膜において、K−O結合となるK原子の積分強度、およびK−Metal結合となるK原子の積分強度から、K−O結合とK−Metal結合との合計に対するK−O結合の割合を算出した。その結果、実施例1では、K−O結合の割合は、51.4%であり、比較例4の34.7%よりも大きくなっている。比較例4では、酸素欠陥による組成ずれのためK原子に配位し結合するO原子が
少ない。これに対して、実施例1では、加熱酸化により、大気中のO原子または圧電体膜中のK原子とは独立して存在するO原子が、K原子と選択的に結合し、結果としてK−O結合数の増加を促進したことを示している。また、その他の実施例におけるK−O結合の割合について、コンボリューション方法に基づく解析値を表1に示す。表1によれば、加熱温度の上昇により、圧電体膜の酸化が促進し、K−O結合の割合が相対的に増加することが示されている。
なお、図5A、図5B中において、結合エネルギーが285eV付近のスペクトルのピークは、C1sであり、試料表面に付着した汚染異物を示している。通常このピーク値の結合エネルギーを用いてエネルギー補正の目安としている。
【0085】
【表1】
【0086】
(Nb原子の結合状態)
また、上記した圧電体膜のK原子のXPS測定と同様にして、実施例で得られた圧電体膜のNb原子について、Nb3dのスペクトルを測定した。実施例1の測定結果を図6Aに示し、比較例4の測定結果を図6Bに示す。図6A、図6Bにおいては、Nb原子周囲の局所構造が解析され、図中の斜線領域のスペクトルは、NbO3−結合となるNb5+に由来するプロファイルであり、黒領域のスペクトルは、NbO結合となるNb2+に由来するプロファイルである。なお、Nb原子においては、Nb3dが、K原子と同様に、2つのエネルギー順位に分裂されて、ピークが検出される。
図6Bによれば、比較例4の圧電体膜は、結晶構造中にNb5+とNb2+が共存しており、酸素欠陥を有していることがわかる。これに対して、図6Aによれば、実施例1の圧電体膜では、NbO結合となるNb2+のNb3dのスペクトルが消失し、NbO3−結合となる、高い価数のNb5+のスペクトルのみが測定されている。このことから、実施例1の圧電体膜は酸素欠陥を有さず、Nb2+を含まないことを示している。Nb2+が消滅した理由は、圧電体膜中のNb2+が酸化されてNb5+となり、O原子がNb原子と選択的に結合して、酸素欠陥が減少したためと考えられる。この加熱によるNb2+の割合の変化は、上述したK2pのXPSのスペクトル変化と一致している。
また、上記スペクトルの積分強度からNb5+およびNb2+の割合を算出した。実施例1においては、Nb5+の割合が100%となっている。一方、比較例4においては、Nb5+の割合が93.8%、Nb2+の割合が6.2%となっている。その他の実施例の結果を表2に示す。表2によれば、圧電体の加熱温度の上昇とともに、圧電体膜中に存在するNb2+の割合が減少し、酸素欠陥が減少することがわかる。
【0087】
【表2】
【0088】
(O原子の結合状態)
続いて、上記した圧電体膜のK原子やNb原子の結合状態のXPS測定と同様にして、実施例で得られた圧電体膜のO原子について、O1sのスペクトルを測定した。実施例1の測定結果を図7Aに示し、比較例4の測定結果を図7Bに示す。図7A、図7Bにおいて、横軸はほぼO1sを中心とした結合エネルギーを示し、縦軸はその強度を示す。図7A、図7Bにおいては、530eVより右の低エネルギー側の斜線領域のスペクトルは、NbO3−結合となるO原子に由来するプロファイルを示す。一方、530eVより左の高エネルギー側の黒領域のスペクトルは、NbO結合となるO原子と、K2O結合及びNa2O結合となるO原子と、に由来するプロファイルを示す。NbO3−結合となるO原子は、Nb5+と結合するO原子を示す。また、NbO結合となるO原子は、Nb2+と結合するO原子を示す。同様に、K2O結合及びNa2O結合となるO原子は、K+と結合するO原子、Na+と結合するO原子をそれぞれ示す。
図7Aと図7Bを比較すると、NbO3−結合となるO原子のスペクトルピークの積分強度は加熱工程によって増加することが示されている。また、NbO結合となるO原子と、K2O結合及びNa2O結合のO原子と、のスペクトルピークの積分強度は加熱工程により減少することが示されている。すなわち、加熱工程によって、NbO3−結合(Nb5+)となるO原子の割合が相対的に増加する。この結果から、加熱処理を行うことによって、O原子周囲に結合するNb原子について、Nb2+の割合が減少し、Nb5+の割合が増加したと考えられる。また、K2O結合及びNa2O結合をとるO原子が熱処理によって減少していることが考えられる。なお、この加熱処理による変化は、上述したNb3dのXPSスペクトル変化と一致している。
また、上記スペクトルの積分強度から、NbO3−結合となるO原子と、NbO結合、K2O結合、及びNa2O結合となるO原子と、の割合をそれぞれ算出した。実施例1では、Nb5+と結合するO原子の割合が65.1%であり、Nb2+、K+、Na+のそれぞれと結合するO原子の割合が34.9%である。一方、比較例4では、Nb5+と結合するO原子の割合が52.3%であり、Nb2+、K+、Na+のそれぞれと結合するO原子の割合が47.7%となっている。その他の実施例についての結果を、表3に示す。表3によれば、表1および表2と同様に、加熱工程により酸素欠陥が減少することが分かる。
【0089】
【表3】
【0090】
(圧電特性の評価)
続いて、実施例および比較例で得られた圧電体膜の圧電特性を測定した。測定方法は、圧電定数の一つであるd31を評価するため、幅2.5mm、長さ20mmの短冊形状の簡易的なユニモルフカンチレバーを構成し、ユニポーラのsin波電圧を印加した際のカンチレバー先端の変位量をレーザードップラ変位計で測定することにより行った。
実施例1および比較例4の圧電定数−d31を比較すると、比較例4が1.4[pm/V]であるのに対して、実施例1では、94.8[pm/V]となり、優れた圧電特性を有することが示されている。その他の実施例、比較例の圧電体膜の圧電特性を表1に示す。また、図8に、表1に基づき、圧電体膜のK原子周囲の結合状態におけるK−O結合比またはK−Metal結合比と圧電定数との相関関係を示す。図8において、横軸はK−O結合比またはK−Metal結合比を示し、縦軸は圧電定数を示す。なお、図8中の菱
形のプロットはK−O結合の割合を、四角のプロットはK−Metal結合の割合をそれぞれ示している。また、水平方向に並ぶ菱形および四角のプロットは、合計が100%となる。
表1に示すように、圧電体膜を加熱する温度を高くすることにより、圧電体膜中のK−O結合の割合が徐々に増加し、結晶構造中に含まれるO原子の数が増加することがわかる。また、図8によれば、K−O結合の割合の増加とともにK−Metal結合の割合が相対的に低減し、K−O結合の割合が46.5%以上となることによって、圧電定数が所定の数値(70[pm/V])以上となることが示されている。また、表1によれば、K−O結合の割合を46.5%以上とすることによって、誘電損失(tanδ)を0.4以下に低減できることが示されている。また、加熱温度を600℃以上とすることにより、K−O結合の割合を45%以上として、O原子の数を増加することができる。
【0091】
続いて、図9に、表2に基づき、圧電体膜のNb原子周囲の結合状態におけるNb5+またはNb2+の割合と圧電定数との相関関係を示す。図9において、横軸はNb5+またはNb2+の割合を示し、縦軸は圧電定数を示す。なお、図9中の三角のプロットはNb5+の割合を、菱形のプロットはNb2+の割合を、それぞれ示している。また、水平方向に並ぶ三角および菱形のプロットは、合計が100%となる。
図9によれば、Nb5+の割合が増加して、Nb2+の割合が減少するにしたがって、圧電定数が増大している。Nb5+の割合が98.2%以上、かつNb2+の割合が1.8%以下となることによって、圧電定数を70[pm/V]以上とすることができる。しかも、表2に示すように、誘電損失(tanδ)を0.4以下に低減することができる。すなわち、Nb原子を酸化させ、Nb原子周囲に配位し結合するO原子の数を増加することによって、圧電体膜の原子レベル構造を制御し、圧電特性を向上することができる。
【0092】
続いて、図10に、表3に基づき、圧電体膜のO原子周囲の結合状態における、Nb5+の割合、またはNb2+、K+、およびNa+の割合と圧電定数との相関関係を示す。図10において、横軸はNb5+の割合、またはNb2+とK+とNa+との割合を示し、縦軸は圧電定数を示す。なお、図10中の菱形のプロットはNb5+の割合を示し、三角のプロットはNb2+とK+とNa+との割合を示している。また、水平方向に並ぶ三角および菱形のプロットは、合計が100%となる。
図10によれば、Nb2+とK+とNa+との割合が減少して、Nb5+の割合が増加するにしたがって、圧電定数が増加することが示されている。この結果は、上述した図9で示したNb原子周囲の結合状態の解析で得られたNb5+の増加にともなう圧電定数の増加と一致している。Nb5+の割合を61.4%以上とし、かつNb2+とK+とNa+との割合を38.6%以下とすることによって、圧電定数を70[pm/V]以上とすることができる。しかも、表3に示すように、誘電損失(tanδ)を0.4以下に低減することができる。
【0093】
このように、本発明の圧電体膜は、A原子周囲の局所構造において、圧電体膜を構成する原子が原子レベルで制御されるため、酸素欠陥が少なく圧電特性に優れることが示されている。
【0094】
なお、上述した実施例では、KおよびNaを含むKNN圧電体膜を用いて説明したが、本発明は、これに限定されない。Li、Na、およびKは第1族であって、同属元素であることから、同価数を有する原子である。このため、本発明のペロブスカイト構造であるABO3構造のAサイト原子に容易に置換することが可能であり、KNNと同等性能の圧電特性を示す圧電膜を得ることができる。
【符号の説明】
【0095】
1 圧電体膜素子
2 基板
3 接着層
4 下部電極層
5 圧電体膜
6 上部電極層
7 酸化物薄膜
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸素欠陥が少なく圧電特性に優れた圧電体膜およびその製造方法、圧電体膜素子およびその製造方法、並びに圧電体膜デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
圧電体膜は種々の目的に応じて様々な圧電素子に加工され、特に電圧を加えて変形を生じさせるアクチュエータや、逆に素子の変形から電圧を発生するセンサなどの機能性電子部品として広く利用されている。アクチュエータやセンサの用途に利用されている圧電体としては、優れた圧電特性を有する鉛系の誘電体、特にPZTと呼ばれるPb(Zr1−
xTix)O3系のペロブスカイト型強誘電体がこれまで広く用いられており、通常個々
の元素からなる酸化物を焼結することにより形成されている。
【0003】
また、近年では環境への配慮から鉛を含有しない圧電体の開発が望まれており、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウム(一般式:(NaxKyLiz)NbO3(0<x<1、0<y<1、0<z<1、x+y+z=1)等の開発が進められている。このニオブ酸リチウムカリウムナトリウムは、PZTに匹敵する圧電特性を有することから、非鉛圧電材料の有力な候補として期待されている。
【0004】
一方、現在、各種電子部品の小型かつ高性能化が進むにつれ、圧電素子においても小型化と高性能化が強く求められるようになった。しかしながら、従来からの製法である焼結法を中心とした製造方法により作製した圧電材料は、その厚みが特に10μm以下の厚さになると、材料を構成する結晶粒の大きさに近づき、その影響が無視できなくなる。そのため、特性のばらつきや劣化が顕著になるといった問題が発生し、それを回避するために、焼結法に変わる薄膜技術等を応用した圧電体の形成法が近年研究されるようになってきた。
【0005】
近年、シリコン基板上にRFスパッタリング法で形成したPZT薄膜が、高精細高速インクジェットプリンタのヘッド用アクチュエータとして実用化されている(例えば、特許文献1参照)。
また、Pbの一部がBi(ビスマス)で置換されたPZT系の圧電膜が、小型低価格のジャイロセンサまたは角速度センサとして実用化されている(例えば、特許文献2参照)。特許文献2によれば、例えば、スパッタリング法で形成された圧電膜は、Pbの一部がBiに置換されることにより、酸素の過不足を有する組成であっても、高い圧電定数を得ることができる。
【0006】
また、鉛を用いないニオブ酸リチウムカリウムナトリウムの圧電薄膜素子として、一般式(NaxKyLiz)NbO3で表され、特定の面方位に高い配向性を有する圧電膜が提案されている(例えば、特許文献3参照)。特許文献3によれば、例えば、スパッタリング法で形成された圧電薄膜は鉛フリーで優れた圧電特性を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平10−286953号公報
【特許文献2】特開2005−333088号公報
【特許文献3】特開2007−19302号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、圧電体膜の形成においては、量産成膜として実績のあるスパッタリング法を用いることが多い。スパッタリング法は、図11に示すように、スパッタ装置20の真空環境下において不活性ガスの一種であるアルゴンガスをプラズマイオン化し、圧電体膜と同じ元素組成で構成された焼結体のターゲット21に対してアルゴンイオンを衝突させる。アルゴンイオンの衝突によりターゲット21から飛び出すスパッタ粒子22を、ターゲット21に対向する基板23上に付着させ薄膜24として形成する方法である。
【0009】
このスパッタリング法では、原理上、高真空下において成膜するため、成膜される圧電体膜は酸素が不足した状態となることが多い。すなわち、スパッタリング法で成膜される圧電体膜は、原料ターゲットと比較して、酸素が化学量論的に減少しており、酸素の組成ずれが生じる。
また、圧電体膜は、圧電体膜デバイスとして作製される際に還元雰囲気で熱処理される場合や、圧電体膜の周辺部に絶縁層や保護層が形成される際に水素や水酸基を有する水などで構成される分子を原料とする場合がある。このような場合、圧電体膜は、触媒活性を有するPtからなる電極との界面において、雰囲気ガスである水素と酸素とが反応し、還元反応が促進される。このため、圧電体膜中の酸素が脱離して、酸素の組成ずれが生じる。
【0010】
酸素の組成ずれは、圧電体膜を構成する各原子周囲の局所構造において生じる酸素欠陥に起因する。酸素欠陥は、圧電体膜中の原子レベルの結合状態が還元反応により変動して生じる格子欠陥である。酸素欠陥を有する圧電体膜は、ペロブスカイト構造の形成が困難であるため、圧電特性が低下することになる。
【0011】
この点、上記特許文献2のPZT系の圧電体膜では、酸素の過不足(酸素の組成ずれ)を有する組成であっても高い圧電特性を得られるが、鉛を含有する上に、酸素欠陥を抑制して圧電特性を向上することは困難である。また、上記特許文献3の圧電体膜は、鉛を含有しないが、酸素欠陥を抑制して圧電特性を向上することは困難である。
【0012】
本発明の目的は、酸素欠陥が少なく、圧電特性に優れた圧電体膜およびその製造方法、圧電体膜素子およびその製造方法、並びに圧電体膜デバイスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の第1の態様は、一般式 (NaxKyLiz)NbO3 (0≦x≦1、0≦y≦
1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ
酸化物からなる圧電体膜であって、前記アルカリニオブ酸化物は、擬立方晶、正方晶、斜方晶、単斜晶、菱面体晶、またはそれらが共存した結晶構造を有しており、前記アルカリニオブ酸化物のK原子周囲の結合状態において、K−O結合とK−Metal結合との合計を100%としたとき、前記K−O結合の割合が46.5%以上、前記K−Metal結合の割合が53.5%以下の圧電体膜である。ただし、Metalは圧電体膜に含まれる金属原子を示す。
【0014】
本発明の第2の態様は、第1の態様の圧電体膜において、前記アルカリニオブ酸化物は、Nb原子周囲の結合状態において、NbO3−結合となるNb5+と、NbO3−が還元されたNbO結合となるNb2+と、の合計を100%としたとき、前記Nb5+の割合が98.2%以上、前記Nb2+の割合が1.8%以下の圧電体膜である。
【0015】
本発明の第3の態様は、第1の態様の圧電体膜において、前記アルカリニオブ酸化物は、O原子周囲の結合状態において、NbO3−結合となるNb5+、NbO3−が還元さ
れたNbO結合となるNb2+、K2O結合となるK+、Na2O結合となるNa+、およびLi2O結合となるLi+の合計を100%としたとき、前記Nb5+の割合が61.4%以上、前記Nb2+、前記K+、および前記Na+の割合の合計が38.6%以下の圧電体膜である。
【0016】
本発明の第4の態様は、第1の態様の圧電体膜において、前記K−O結合の割合が、X線光電子分光分析法によって測定される、前記K−O結合の強度と前記K−Metal結合の強度との合計に対する前記K−O結合の強度の割合として算出される圧電体膜である。
【0017】
本発明の第5の態様は、第1〜第4の態様のいずれかの圧電体膜において、前記アルカリニオブ酸化物の一部に、一般式ABO3で表されるペロブスカイト型酸化物の、結晶層、非晶質層、または結晶層と非晶質層とが混合した混合層のいずれかをさらに含んでおり、前記ABO3は、A原子周囲の結合状態において、A−O結合とA−Metal結合との合計を100%としたとき、前記A−O結合の割合が46.5%以上、前記A−Metal結合の割合が53.5%以下の圧電体膜である。ただし、AはLi、Na、K、Pb、La、Sr、Nd、Ba、Biのうちから選択される1種類以上の元素であり、BはZr、Ti、Mn、Mg、Nb、Sn、Sb、Ta、Inのうちから選択される1種類以上の元素であり、Oは酸素である。
【0018】
本発明の第6の態様は、第5の態様の圧電体膜において、前記ABO3は、B原子周囲の結合状態において、BO3−結合となるB5+と、BO3−が還元されたBO結合となるB2+と、の合計を100%としたとき、前記B5+の割合が98.2%以上、前記B2+の割合が1.8%以下の圧電体膜である。
【0019】
本発明の第7の態様は、第5の態様の圧電体膜において、前記ABO3は、O原子周囲の結合状態において、BO3−結合となるB5+、BO3−が還元されたBO結合となるB2+、およびA2O結合となるA+の合計を100%としたとき、前記B5+の割合が61.4%以上、B2+およびA+の割合の合計が38.6%以下の圧電体膜である。
【0020】
本発明の第8の態様は、基板上に、少なくとも、下部電極層と、第1〜第7の態様のいずれかの圧電体膜と、上部電極層と、を備える圧電体膜素子である。
【0021】
本発明の第9の態様は、第8の態様の圧電体膜素子において、前記上部電極層および/または前記下部電極層が、Pt、Ptを主成分とする合金、またはPtを主成分とする電極層を含む積層構造の電極層である圧電体膜素子である。
【0022】
本発明の第10の態様は、第8の態様の圧電体膜素子において、前記上部電極層および/または前記下部電極層が、Pd、Pdを含む合金、またはPdを主成分とする電極層を主成分とする電極層を含む積層構造の電極層である圧電体膜素子である。
【0023】
本発明の第11の態様は、第8〜第10の態様のいずれかの圧電体膜素子において、前記圧電体膜を被覆する酸化物薄膜を備える圧電体膜素子である。
【0024】
本発明の第12の態様は、第8〜第11の態様のいずれかの圧電体膜素子の前記下部電極層と前記上部電極層との間に電圧印可手段または電圧検知手段を備える圧電体膜デバイスである。
【0025】
本発明の第13の態様は、一般式 (NaxKyLiz)NbO3 (0≦x≦1、0≦y
≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオ
ブ酸化物からなる圧電体膜の製造方法であって、結晶構造が擬立方晶、正方晶、斜方晶、単斜晶、菱面体晶、またはそれらが共存した状態である圧電体膜を形成する工程と、前記圧電体膜を形成する工程の後に、前記圧電体膜は、前記アルカリニオブ酸化物のK原子周囲の結合状態において、K−O結合とK−Metal結合との合計を100%としたときに、前記K−O結合の割合が46.5%以上、前記K−Metal結合の割合が53.5%以下となるように、前記圧電体膜を600℃以上で加熱して酸化する加熱工程と、を有する圧電体膜の製造方法である。ただし、Metalは圧電体膜に含まれる金属原子を示す。
【0026】
本発明の第14の態様は、基板上に下部電極層を形成する工程と、前記下部電極層上に、一般式 (NaxKyLiz)NbO3(0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、
x+y+z=1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ酸化物からなっており、結晶構造が擬立方晶、正方晶、斜方晶、単斜晶、菱面体晶、またはそれらが共存した状態である圧電体膜を形成する工程と、前記圧電体膜上に上部電極層を形成する工程と、を含む圧電体膜素子の製造方法であって、前記上部電極層を形成する工程の後に、前記圧電体膜を600℃以上で加熱して酸化する加熱工程を設け、前記圧電体膜は、K原子周囲の結合状態において、K−O結合とK−Metal結合との合計を100%としたときに、前記K−O結合の割合が46.5%以上、前記K−Metal結合の割合が53.5%以下となる圧電体膜素子の製造方法である。ただし、Metalは圧電体膜に含まれる金属原子を示す。
【0027】
本発明の第15の態様は、第14の態様の圧電体膜素子の製造方法において、前記加熱工程は、酸化促進のガスである、酸素、オゾン、N2Oのうちの、いずれか1種のガス、または、1種を含む混合ガス雰囲気中で加熱する圧電体膜素子の製造方法である。
【0028】
本発明の第16の態様は、第14の態様または第15の態様の圧電体膜素子の製造方法において、前記上部電極層および/または前記下部電極層を、Pd、Pdを主成分とする合金、またはPdを主成分とする電極層を含む積層構造の電極層とする圧電体膜素子の製造方法である。
【0029】
本発明の第17の態様は、第14〜第16の態様のいずれかの圧電体膜素子の製造方法において、前記上部電極層を形成する工程後であって、前記加熱工程の前または後に、前記圧電体膜を被覆する酸化物薄膜を形成する工程を設ける圧電体膜素子の製造方法である。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、酸素欠陥が少なく、圧電特性に優れた圧電体膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1A】アルカリニオブ酸化物のNb原子を中心とした結晶格子を示す図である。
【図1B】アルカリニオブ酸化物のK原子を中心とした結晶格子を示す図である。
【図1C】アルカリニオブ酸化物のO原子を中心とした結晶格子を示す図である。
【図2A】本発明の一実施形態にかかる圧電体膜素子の構造を示す断面図である。
【図2B】本発明の他の実施形態にかかる圧電体膜素子の構造を示す断面図である。
【図3】本発明の一実施形態にかかる圧電体膜デバイスの構造を示す断面図である。
【図4】実施例1の圧電体膜における2θ/θスキャン測定のX線回折パターンを示す図である。
【図5A】実施例1の圧電体膜をX線光電子分光分析法で測定したK2pのスペクトルを示す図である。
【図5B】比較例1の圧電体膜をX線光電子分光分析法で測定したK2pのスペクトルを示す図である。
【図6A】実施例1の圧電体膜をX線光電子分光分析法で測定したNb3dのスペクトルを示す図である。
【図6B】比較例1の圧電体膜をX線光電子分光分析法で測定したNb3dのスペクトルを示す図である。
【図7A】実施例1の圧電体膜をX線光電子分光分析法で測定したO1sのスペクトルを示す図である。
【図7B】比較例1の圧電体膜をX線光電子分光分析法で測定したO1sのスペクトルを示す図である。
【図8】圧電体膜のK原子周囲の結合状態におけるK−O結合比またはK−Metal結合比と圧電定数との相関関係を示す図である。
【図9】圧電体膜のNb原子周囲の結合状態におけるNb5+またはNb2+の割合と圧電定数との相関関係を示す図である。
【図10】圧電体膜のO原子周囲の結合状態における、Nb5+の割合、またはNb2+、K+、およびNa+の割合と圧電定数との相関関係を示す図である。
【図11】圧電体膜を成膜するスパッタ装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
従来の圧電体膜、例えば、一般式 (NaxKyLiz)NbO3 (0≦x≦1、0≦y
≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオ
ブ酸化物からなる圧電体膜は、その組成または結晶構造などを所定の設定とすることにより形成されていた。圧電体膜の組成は、一般的に知られる電子線マイクロアナライザ(Electron Probe Micro Analyzer、以下EPMAとする)法により定性的に評価されていた
。EPMA法によれば、特性X線スペクトルを用いることによって、圧電体膜の構成原子であるAサイト原子(カリウムやナトリウムなど)や、Bサイト原子(ニオブ)などが定性的に評価され、含有される元素およびその含有量が測定される。また、圧電体膜の結晶構造は、構造解析の一般的な方法であるX線回折法により測定されていた。X線回折法によれば、圧電体膜の広い領域にわたる長周期の秩序構造が評価される。
【0033】
しかしながら、従来においては、組成または結晶構造などを所定の設定としたにもかかわらず、所望する圧電特性を有する圧電体膜を再現性高く形成することは困難であった。この理由は、EPMA法では、検出下限が低く、原子レベルの局所構造(原子レベルの結合状態)において生じる酸素欠陥が定量的に評価されないためである。また、X線回折法では、原子直径レベルの狭い領域における特定原子周囲の構造や結合状態が測定されず、酸素欠陥が十分に評価されないためである。すなわち、従来の圧電体膜は、構成原子の組成や原子レベル構造よりも大きい周期構造に基づく結晶構造が評価されるだけであって、原子レベルの結合状態は厳密に測定されず、酸素欠陥は定量的に評価されなかった。
そもそも、これまで、圧電体膜の原子レベルの結合状態が、成膜投入電力、成膜温度、基板と原料ターゲットとの距離などの成膜条件や成膜後の熱処理条件によって、どのように変動し、酸素欠陥を有することになるかは不明瞭であった。このように、酸素欠陥の定量化を行わずに定性的な評価をもとに圧電体膜を成膜していたため、従来においては、優れた圧電特性を有する圧電体膜を再現性高く形成することは困難であった。
【0034】
そこで、本発明者らは、圧電体膜の構成原子であるNb原子、Aサイト原子あるいはO原子などの原子レベルの結合状態や各原子の価数の割合を定量的に解析した。そして、圧電体膜の酸素欠陥を定量的に評価し、酸素欠陥が圧電特性に及ぼす影響について検討を行った。
【0035】
その結果、圧電体膜を構成する各原子周囲の原子レベルの結合状態が、酸素欠陥により
変動することがわかった。
具体的に説明すると、酸素欠陥のないペロブスカイト構造を有する酸化物は、図1Aに示すように、Nb原子の陽イオンに酸素イオンが6配位する構造を有している。このペロブスカイト構造において、Nb原子は、1のNb原子に対して3のO原子が化学量論的に結合するNbO3−結合をとり、価数5のNb5+となっている。
これに対して、酸化物が成膜時の酸素不足や還元により酸素欠陥を有する場合、Nb原子は、Nb5+が還元された価数2のNb2+となり、NbO結合となる。すなわち、Nb原子1に対してO原子が1結合することとなり、本来のペロブスカイト構造と比較して、Nb原子と結合するO原子数が化学量論的に減少する。このO原子数の減少が酸素欠陥であり、圧電体膜全体としての酸素の組成ずれを引き起こす。酸素欠陥は、大きく組成ずれを引き起こさない割合であっても、圧電特性を大きく低下させることになる。
つまり、圧電体膜は、原子レベルの局所構造において、酸素欠陥を含むことにより原子レベルの結合状態が変動し圧電特性が低下する。
【0036】
以上のことから、本発明者らは、圧電体膜を構成する各原子の原子レベルの結合状態や原子の価数の割合を調整し、酸素欠陥を制御することによって、圧電特性を向上できることを見出し、本発明を創作するに至った。
【0037】
以下に、本発明に係る圧電体膜を備える圧電体膜素子の実施形態について説明する。図2Aは、本発明の一実施形態にかかる圧電体膜素子の構造を示す断面図である。
【0038】
(圧電体膜素子の構造)
本実施形態の圧電体膜素子1は、図2Aに示すように、基板2と、基板2の表面に形成される接着層3と、接着層3上に形成される下部電極層4と、下部電極層4上に形成される圧電体膜5と、圧電体膜5上に形成される上部電極層6と、を有しており、圧電体膜5が、一般式(NaxKyLiz)NbO3 (0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト型のアルカリニオブ酸化物からなっている。
【0039】
(基板)
基板2は、Si基板、MgO基板、ZnO基板、SrTiO3基板、SrRuO3基板、ガラス基板、石英ガラス基板、GaAs基板、GaN基板、サファイア基板、Ge基板、ステンレス基板などが挙げられる。中でも、特に、低価格でかつ工業的に実績のあるSi基板が好ましい。ただし、Si基板を用いる場合には、酸化膜がSi基板表面に形成されることが好ましい。基板2の表面に形成される酸化膜は、熱酸化により形成される熱酸化膜、CVD(Chemical Vapor Deposition)法により形成されるSi酸化膜などがあげ
られる。なお、酸化膜を形成せずに、石英ガラス、MgO、SrTiO3、SrRuO3基板などの酸化物基板上に、直接Pt電極などの下部電極層を形成しても良い。
【0040】
(下部電極層)
下部電極層4は接着層3を介して基板2上に形成される。下部電極層4は、圧電体膜5を成膜させる重要な層であり、例えば、スパッタリング法や蒸着法などにより形成される。下部電極層4は(111)面方位に優先配向していることが好ましい。(111)面方位(基板2表面に対して垂直な方向)に優先配向した下部電極層4は、柱状構造の多結晶となり、下部電極層4上に形成される圧電体膜5を特定の面方位へと優先配向することができる。
下部電極層4としては、Pt、Ptを主成分とする合金、またはPtを主成分とする電極層を含む積層構造の電極層であることが好ましい。これは、圧電体膜5を加熱酸化する場合、触媒活性を有するPtが酸化を促進させ、効率的に酸化することができるためである。または、下部電極層4としては、Pd、Pdを主成分とする合金、またはPdを主成分とする電極層を含む積層構造の電極層であることが好ましい。これは、PdがPtと同
様に触媒活性を有し、N2OやO2などを含む雰囲気中において、圧電体膜5の酸化を促進でき、加熱工程による圧電特性の向上を効率よく行うことができる。または、下部電極層4としては、Ru、Ir、Sn、In、またはその酸化物を用いることも可能である。特に、Ru、Irについては、酸化物電極として用いることが可能であり、還元性雰囲気における圧電体膜の還元反応による酸素欠損にともなう圧電特性の低下を極力抑制することができる。
【0041】
(上部電極層)
上部電極層6は、圧電体膜5上に形成される電極であって、下部電極層4のように圧電体膜5の結晶構造に大きな影響を与えるものではないため、上部電極層6の結晶構造は特に限定されない。ただし、上部電極層6の材料は、下部電極層4と同様であることが好ましい。すなわち、Pt、Ptを主成分とする合金、またはPtを主成分とする電極層を含む積層構造の電極層であることが好ましい。または、Pd、Pdを主成分とする合金、またはPdを主成分とする電極層を含む積層構造の電極層であることが好ましい。
【0042】
(圧電体膜の構造)
本実施形態における圧電体膜5は、一般式 (NaxKyLiz)NbO3 (0≦x≦1
、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト構造のアル
カリニオブ酸化物からなる。その酸化物は、擬立方晶、正方晶、斜方晶、単斜晶、菱面体晶、またはそれらが共存した結晶構造を有している。また、その酸化物は、K原子周囲の結合状態において、K−O結合とK−Metal結合との合計を100%としたとき、K−O結合の割合(以下、K−O結合比とする)が46.5%以上、K−Metal結合の割合(以下、K−Metal結合とする)が53.5%以下となっている。なお、Metalは、圧電体膜中に含まれる金属原子を示す。
【0043】
本実施形態における圧電体膜5の結晶構造は、図1A、図1B、または図1Cに示すようなペロブスカイト構造を有する。図1Aでは、アルカリニオブ酸化物のNb原子を中心とした結晶格子で表され、図1Bでは、図1Aの結晶格子を、Aサイト原子であるK原子中心として表したものである。また、図1Cでは、図1Aおよび図1Bの結晶格子を、O原子中心として表したものである。なお、図1A、図1B、および図1Cでは、結晶構造が立方晶で示されるが、実際には、擬立方晶や正方晶などの対称性を有さない結晶構造となっている。
【0044】
図1Bに示すように、O原子は、K原子の周囲に最も近接して配位しており、第一近接原子となっている。第一近接原子のO原子は、K原子に所定の原子間距離を隔てて12配位して、K−O結合を形成する。また、Nb原子は、K原子周囲にO原子に次いで近接しており、第二近接原子となっている。第二近接原子のNb原子は、K原子に所定の原子間距離を隔てて8配位して、K−Nb結合を形成する。K原子周囲の結合状態とは、K原子とK原子に第一近接する原子(O原子)との結合状態、およびK原子とK原子に第二近接する原子(Nb原子)との結合状態を示す。図1Aに示すように、Nb原子周囲の結合状態は、K原子周囲の結合状態と同様に、Nb原子と、第一近接原子および第二近接原子との結合状態を示す。図1Cに示すように、O原子周囲の結合状態も、K原子周囲またはNb原子周囲の結合状態と同様である。なお、結晶構造が対称性を有する立方晶とならないため、結晶格子中心のK原子とK原子の周囲に配位する複数のO原子との原子間距離はわずかに異なる。この原子間距離の相違により、同じK−O結合でも結合状態や結合エネルギーが異なる。同様にして、K原子と複数のNb原子との原子間距離もわずかに異なり、その結合状態や結合エネルギーも異なることになる。
【0045】
ここで、上記K−O結合比の算出について説明する。
本実施形態において、K−O結合比は、例えば、X線光電子分光分析法(X-ray Photoe
lectron Spectroscopy、以下XPSとする)によって測定される、K−O結合の強度I(K−O)とK−Metal結合の強度I(K−Metal)との合計に対するI(K−O)の割合として算出される。
【0046】
XPS法は、試料(圧電体膜)表面にX線を照射し、測定対象の構成原子を励起させる。そして、励起された原子から生じる光電子のエネルギーを測定することで、構成原子やその結合状態(電子状態)を分析する方法である。XPS法によれば、圧電体膜の構成原子の結合状態(構成原子の電子状態)が、その結合エネルギーにより特定される。具体的には、K−O結合のK原子とK−Nb結合のK原子とでは、その原子レベルの結合状態(電子状態)が異なるため、異なる結合エネルギーとして検出される。すなわち、XPS法によれば、K−O結合やK−Nb結合などを構成する、K原子、O原子、およびNb原子などの電子状態が特定される。また、構成原子の電子状態を特定するとともに、所定の電子状態の原子から生じる光電子の数から、その原子がどの程度含まれるか(結合数)が強度として測定される。
【0047】
ただし、ペロブスカイト構造を有する酸化物においては、K−O結合を構成する原子を示すピークが、所定の結合エネルギーよりも広い範囲で分散して検出される(後述する実施例1のスペクトルを示す図5Aを参照)。このため、K−O結合の強度は、所定のエネルギー範囲で分散されて検出される強度の積分値(ピーク面積)である積分強度として算出される。K−O結合が所定の結合エネルギーよりも広い範囲で分散して検出される理由は、同じK−O結合でも、原子間距離が異なり、それぞれの結合エネルギーがわずかに異なるからである。K−O結合と同様にして、K−Metal結合も積分強度として表される。
【0048】
K−Metal結合における「Metal」は、圧電体膜中に含まれる金属原子のNb原子、Na原子、K原子、Li原子を示しており、K−Metal結合は、K−Nb結合、K−Na結合、K−K結合、K−Li結合を含んでいる。これは、XPS法では、K−Na結合、K−K結合、K−Li結合をK−Nb結合から分離して測定することは容易ではなく、これらの結合がK−Nb結合に対して一定数混在して測定される可能性があるためである。つまり、K−Metal結合は、主にK−Nb結合を含んでおり、K−Nb結合に対して低い割合であって、一定数のK−Na結合などを含んでいる。したがって、K−Metal結合は、少なくともK−Nb結合を示しており、K−Nb結合だけを分離して測定できる場合は、K−Metal結合をK−Nb結合とすることができる。
【0049】
このように、K−O結合比は、K原子周囲の結合状態において、K−O結合の積分強度I(K−O)とK−Metal結合の積分強度I(K−Metal)との合計に対するI(K−O)の割合として算出される。
【0050】
続いて、圧電体膜が上記K−O結合比により特定される技術的意義について説明する。上述したように、圧電体膜中において、O原子は酸素欠陥(欠損)によって化学量論的に減少する傾向にある。一方、K原子やNb原子などは、O原子に比べて欠陥(欠損)が生じにくく、圧電体膜中に所定量含まれる。すなわち、K原子周囲の局所構造に注目したとき、酸素欠陥(欠損)により結合数が変動するK−O結合に対して、K−Metal結合は比較的安定に形成され、その結合数はほぼ一定の数となる。このため、一定数のK−Metal結合数に対して、上記K−Metal結合比およびK−O結合比からK−O結合数の変動(増減)がわかるとともに、圧電体膜中に含まれる、K原子などの特定原子周囲におけるO原子の過不足がわかる。つまり、局所構造での酸素欠陥(欠損)によるO原子数の減少がわかる。したがって、本実施形態においては、K−O結合比を規定して、圧電体膜中のO原子数を調節することによって、圧電体膜の原子レベルの局所構造を最適化し、酸素欠陥(欠損)の少ない圧電体膜とすることができる。
【0051】
以上をまとめると、本実施形態における圧電体膜素子は、XPS法で測定される積分強度から算出される、圧電体膜のK−O結合比が46.5%以上となっている。また、K−Metal結合比が53.5%以下となっている。この構成により、圧電体膜は、その原子レベルの局所構造において、O原子を含むK−O結合およびNb原子などを含むK−Metal結合を所定の割合で含む。すなわち、圧電体膜は、原子レベルの結合状態といった最小単位において、O原子およびNb原子がK原子周囲に所定の割合で配位するペロブスカイト構造となっている。このため、圧電体膜は、原子レベルの局所構造において、酸素欠陥(欠損)の少ない構造となっている。そして、圧電体膜は、酸素欠陥(欠損)による原子レベル構造の不安定性が抑制され、優れた圧電特性を有することになる。
これに対して、従来の圧電体膜は、組成比や局所的な原子レベル構造よりも大きい周期構造に基づく結晶構造で特定される。このため、これまでは局所的な原子レベル構造を特定していなかったことから、組成比のずれがない最適な値にあっても、特定の原子周囲における酸素の配置など、すなわち、規定の結合状態に基づいた制御を行っていなかった。したがって、本実施形態における圧電体膜によれば、K原子、Nb原子、およびO原子周囲の原子レベルの局所構造(結合状態)を調節できるため、圧電体膜全体において安定な構造を有し、かつ、規定の原子サイトにO原子が配置された、酸素欠陥の少ない結晶構造とすることができる。そして、圧電特性に優れた圧電体膜とすることができる。
【0052】
また、本実施形態の圧電体膜素子において、圧電体膜のアルカリニオブ酸化物が、K−O結合比を46.5%以上75%以下、K−Metal結合比を25%以上53.5%以下であることが好ましい。さらに、K−O結合比を47%以上60%以下、K−Metal結合比を40%以上53%以下であることがより好ましい。K−O結合比を上記数値範囲内とするのは、46.5%よりも小さいと圧電体膜中の酸素が不足し、75%よりも大きくなると圧電体膜中の酸素が過剰となり、ペロブスカイト構造以外の構造を有する相が一部生成され、全体として良好な圧電特性を得られにくくなるためである。
【0053】
また、本実施形態の圧電体膜素子において、圧電体膜のアルカリニオブ酸化物が、Nb原子周囲の結合状態において、NbO3−結合となるNb5+と、NbO3−が還元されたNbO結合となるNb2+と、の合計を100%としたとき、Nb5+の割合が98.2%以上100%以下、Nb2+の割合が0%以上1.8%以下であることが好ましい。さらに、Nb5+の割合が99%以上100%以下、Nb2+の割合が0%以上1%以下であることがより好ましい。これは、Nb5+の割合が98.2%よりも小さくなると、還元されたNb2+が増加するとともに酸素欠陥が増加して、圧電特性が低下するためである。この構成とすることによって、酸素欠陥を示すNb2+を制御して、圧電特性をさらに向上することができる。
【0054】
また、本実施形態の圧電体膜素子において、圧電体膜のアルカリニオブ酸化物が、O原子周囲の結合状態において、NbO3−結合となるNb5+と、NbO3−が還元されたNbO結合となるNb2+と、K2O結合となるK+と、Na2O結合となるNa+と、の合計を100%としたとき、Nb5+の割合が61.4%以上100%以下、Nb2+、K+、およびNa+の割合の合計が0%以上38.6%以下であることが好ましい。さらに、Nb5+の割合が62%以上100%以下、Nb2+、K+、およびNa+の割合の合計が0%以上38%以下であることがさらに好ましい。これは、Nb5+の割合が数値範囲外であると、圧電体膜中の酸素の過不足が生じ、アルカリニオブ酸化物がペロブスカイト構造をとりにくくなるためである。
【0055】
また、本実施形態の圧電体膜素子において、圧電体膜のアルカリニオブ酸化物の一部に、一般式ABO3で表されるペロブスカイト型酸化物の、結晶層、非晶質層、または結晶層と非晶質層とが混合した混合層のいずれかをさらに含んでおり、ABO3は、A原子周
囲の結合状態において、A−O結合とA−Metal結合との合計を100%としたとき、A−O結合の割合が46.5%以上、A−Metal結合の割合が53.5%以下であることが好ましい。ただし、AはLi、Na、K、Pb、La、Sr、Nd、Ba、Biのうちから選択される1種類以上の元素であり、BはZr、Ti、Mn、Mg、Nb、Sn、Sb、Ta、Inのうちから選択される1種類以上の元素であり、Oは酸素である。
【0056】
また、上記ABO3は、B原子周囲の結合状態において、BO3−結合となるB5+と、BO3−が還元されたBO結合となるB2+と、の合計を100%としたとき、B5+の割合が98.2%以上、B2+の割合が1.8%以下であることが好ましい。
【0057】
また、上記ABO3は、O原子周囲の結合状態において、BO3−結合となるB5+と、BO3−が還元されたBO結合となるB2+、A2O結合となるA+と、の合計を100%としたとき、B5+の割合が61.4%以上100%以下、B2+およびA+の割合が0%以上38.6%以下であることが好ましい。
【0058】
また、上記圧電体膜素子において、圧電体膜を被覆する酸化物薄膜を備えることが好ましい。酸化物薄膜によれば、圧電体膜を水素や水などから保護するとともに、圧電体膜に酸素を供給し、圧電体膜の本体や下部電極層との界面近傍における還元作用を抑制することができる。酸化物薄膜は、圧電体膜と同じ材料でも良く、またはSiOx(0<X≦2)やAlOx(0<x≦1.5)で構成される単層または積層の薄膜などであっても良い。酸化物薄膜としては、例えば、SiO2膜やAl2O3膜などを用いることができる。
【0059】
なお、上記実施形態においては、K−O結合比をXPS法により測定される積分強度から算出しているが、本発明はこれに限定されない。K−O結合比の算出方法としては、原子レベルでの結合状態を特定できる方法であればよく、例えば、X線吸収微細構造解析(X-ray absorption fine structure、以下XAFSとする)があげられる。XAFS法は
、X線吸収スペクトルの高エネルギー側に現れる振動構造であり、この振動構造は、X線の吸収原子から放出される光電子の出射波と、吸収原子の周囲に存在する原子により後方散乱された電子の入射波との干渉効果によるものである。測定される振幅は吸収原子の周囲に存在する原子の数、即ち、配位数に比例する。したがって、配位数や原子間距離が明確な標準物質を用いながら、K原子のXAFSスペクトルを解析することによって、K原子周囲に、どの元素がどれだけ配位しているかを評価することができる。そして、XAFSスペクトルのフーリエ変換によって得られる動径分布関数と一般に行われているFEFFを用いた光電子多重散乱理論に基づくXAFSスペクトルシミュレーションの解析によって、K原子周囲のO原子の配位数およびK周囲のNb原子の配位数を数値として求めることができる。これらの配位数は、K−O結合数およびK−Nb結合数と対応することから、結果としてK−O結合比およびK−Nb結合比が算出できる。
【0060】
(圧電体膜素子の製造方法)
次に、上記実施形態にかかる圧電体膜素子の製造方法について図2Aおよび図2Bを用いて説明する。以下では、上記実施形態にかかる圧電体膜を有する圧電体膜素子の製造方法について説明する。
【0061】
上記実施形態にかかる圧電体膜素子の製造方法は、基板2上に接着層3を介して下部電極層4を形成する工程と、下部電極層4上に、一般式 (NaxKyLiz)NbO3 (0
≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト構
造のアルカリニオブ酸化物からなっており、結晶構造が擬立方晶、正方晶、斜方晶、単斜晶、菱面体晶、またはそれらが共存した状態である圧電体膜5を形成する工程と、圧電体膜5上に上部電極層6を形成する工程と、圧電体膜5を被覆するように酸化物薄膜7を形成する工程と、圧電体膜5を600℃以上で加熱して酸化する加熱工程と、を含む。
【0062】
まず、基板2上に接着層3を介して、(111)面方位に優先配向する下部電極層4を形成する。下部電極層4としては、PtもしくはPtを主成分とする合金からなる電極層、またはこれらを積層した構造の電極層を含む電極層であることが好ましい。または、下部電極層4としては、Pd、Pdを含む合金、またはPdを主成分とする電極層を主成分とする電極層を含む積層構造の電極層であることが好ましい。この構成とすることにより、圧電体膜の還元作用を抑制し、酸素の組成ずれを抑制することができる。
【0063】
次に、下部電極層4上に、所定の組成比を有するターゲットを用いて、マグネトロンスパッタリング法により圧電体膜5を形成する。この圧電体膜5は、下部電極層4の配向性を引き継いで成膜されるため、(001)面方位に優先配向する結晶構造となる。この際に形成される圧電体膜5は、酸素欠陥を含み、酸素の組成ずれが生じている。圧電体膜5の成膜方法としては、スパッタリング法以外に、ゾルゲル法、水熱合成法、イオンビームスパッタ法、CVD法あるいはAD(Aerosol Deposition)法などを用いることができる。
圧電体膜5の成膜に際して用いる原料のターゲット材としては、その組成比が、成膜する圧電体膜5の組成比と同等であることが好ましい。ターゲット材は、水熱合成法により作製され、有機系分子、水酸基を備える分子、カルボニル基やアシル基を備える分子の含有量を適切な量に制御したものが好ましい。また、ターゲット材を酸素、オゾン、あるいはN2O雰囲気中で1気圧乃至高気圧で600℃以上の加熱処理を行って、酸化を促進させ酸素欠陥を極力低減したものが好ましい。この構成とすることにより、スパッタリング法による成膜に際しての酸素の組成ずれを抑制することができる。
【0064】
続いて、圧電体膜5上に上部電極層6を形成する。なお、上部電極層6は下部電極層4と同様にして形成される。
【0065】
続いて、図2Bに示すように、圧電体膜5の表面を被覆するように、酸化物薄膜7を形成する。本実施形態において、酸化物薄膜7の被膜領域は、上部電極層6、圧電体膜5、下部電極層4、および接着層3に渡っている。この酸化物薄膜7によれば、圧電体膜5を水素や水などから保護するとともに、圧電体膜5に酸素を供給し、圧電体膜5の本体や下部電極層4との界面近傍における還元作用を抑制することができる。
酸化物薄膜7は、圧電体膜5と同じ材料でも良く、またはSiOX(0<X≦2)やAlOx(0<x≦1.5)で構成される単層または積層の薄膜などであっても良い。酸化物薄膜7としては、例えば、SiO2膜やAl2O3膜などを用いることができる。酸化物薄膜7は、スパッタリング法、CVD法、ゾルゲル法、または少なくとも一つの成膜法を組み合わせた成膜法によって形成される。なお、酸化物薄膜7を形成する工程は、上部電極層6を形成する工程の後であれば良い。
【0066】
続いて、上記で得られた圧電体膜素子1を600℃以上の温度で加熱して酸化する。この加熱工程により、圧電体膜5中の、酸素欠陥を有するNbO結合のNb2+がNb5+に酸化される。酸化されたNb5+は、大気中のO原子または圧電体膜中のNbとは結合せずに存在するO原子と選択的に結合して、NbO3−結合となる。この結果、圧電体膜5は、原子レベルの局所構造において、酸素欠陥が低減し、酸素の組成ずれが戻る。この圧電体膜5は、K原子周囲の結合状態において、K−O結合とK−Metal結合との合計に対するK−O結合の割合が45%以上となり、酸素欠陥が少ない。したがって、本実施形態の圧電体膜の製造方法によれば、酸素欠陥を有する圧電体膜であっても、酸素欠陥を補完して、優れた圧電特性を有する圧電体膜を形成することができる。また、加熱工程により圧電体膜中の酸素欠陥を適宜調整することができるため、圧電特性に優れた圧電体膜を再現性高く形成し、歩留まりを向上することができる。
【0067】
圧電体膜素子1を加熱酸化する温度は、1420℃以下であることが好ましい。これは、加熱酸化する温度が1420℃よりも高いと、基板に用いるSi結晶へのダメージが大きいことや、界面と圧電体膜との間の元素の相互拡散による組成ずれ、圧電体膜自身の結晶配向性を破壊させることになり、圧電特性が低下するためである。
【0068】
上記加熱工程における熱処理雰囲気としては、圧電体膜を酸化できる雰囲気であれば限定されず、大気中、真空中もしくは不活性ガス雰囲気中、または、酸化促進の雰囲気ガスである、酸素、オゾン、N2Oのうちの、いずれか1種のガス、もしくは、1種を含む混合ガス雰囲気中などがあげられる。具体的には、不活性ガスArや窒素N2に対する酸素濃度が15〜25%の範囲内である環境や、酸素濃度やオゾン濃度が100%の環境があげられる。特に、酸化促進のガスである、酸素、オゾン、N2Oのうちの、いずれか1種のガス、または、1種を含む混合ガス雰囲気が好ましい。これは、加熱酸化工程における酸化を促進させ、酸素欠陥を好適に減少させることができるためである。なお、スパッタリングの成膜室に残留する酸素や酸素を含む水分子などのガスの量を、成膜前、成膜時、または成膜後に適宜調節することが好ましい。
【0069】
(圧電体膜デバイス)
次に、上記実施形態にかかる圧電体膜素子を用いた圧電体膜デバイスについて説明する。
【0070】
図3に示すように、上記実施形態の圧電体膜素子1を所定の形状に成型し、下部電極層4と上部電極層6との間に電圧検知手段11を接続することで、圧電体膜デバイス10としてのセンサが得られる。このセンサの圧電体膜素子が何らかの物理量の変化に伴って変形すると、その変形の変位量によって所定の電圧が発生するので、この電圧を電圧検知手段11で検知することで各種物理量を測定することができる。センサとしては、例えば、ジャイロセンサ、超音波センサ、圧カセンサ、速度・加速度センサなどが挙げられる。
【0071】
また、図3に示すように、上記実施形態の圧電体膜素子1の下部電極層4と上部電極層6との間に電圧印可手段12を接続することで、圧電体膜デバイス10としてのアクチュエータが得られる。このアクチュエータの圧電体膜素子に電圧を印加して、圧電体膜素子を変形することによって各種部材を作動させることができる。アクチュエータとしては、例えば、インクジェットプリンタ、スキャナ、超音波発生装置などに用いることができる。
【実施例】
【0072】
次に、本発明について実施例を用いて具体的に説明する。
【0073】
まず、基板としてSi基板を準備して、Si基板の表面に熱酸化膜を形成した。次に、熱酸化膜上に、接着層としてのTi層(厚さ2nm)を形成した。そして、RFマグネトロンスパッタリング法により、Ptからなる金属ターゲットを用いて、接着層を介してPtからなる下部電極層(厚さ200nm)を形成した。下部電極層は、基板温度350℃、スパッタリングの投入電力100W、雰囲気ガスを100%Arガス、O2混合ガス、またはHe、Ne、Kr、N2などの少なくとも一つ以上の不活性ガスを混合したガス、圧力1〜10Paで、成膜時間を1〜10分の成膜条件で形成した。
【0074】
次に、この下部電極層を形成した基板上に、図11に示すRFマグネトロンスパッタリング装置を用いて、圧電体層としてのニオブ酸リチウムカリウムナトリウム(以下、KNN)圧電体膜(膜厚3μm)を形成した。この成膜に際して、原料ターゲットとして、C(カーボン)を用いない水熱合成法により作製され、有機系分子、水酸基を有する分子、カルボニル基やアシル基を有する分子の含有量を適切な量に制御した(NaxKyLiz)
NbO3(x=0.5、y=0.5、z=0)のセラミックターゲットを用いた。さらに、セラミックターゲットは、酸素、オゾン、あるいはN2O雰囲気中で1気圧乃至高気圧で600℃以上の加熱処理が行われ、酸化を促進させ酸素欠陥が極力低減されている。
KNN圧電体膜の成膜条件は、形成温度400〜500℃、放電パワー0.03W/mm2、雰囲気ガスをArとO2との5:5の混合ガスまたはArガスまたはHeまたはNeまたはKrまたはN2など少なくとも一つ以上の不活性ガスが混合したガス、圧力0.7Pa、成膜時間1時間とした。
【0075】
次に、圧電体膜が形成されたSi基板を酸素中や不活性ガス中または両者の混合ガス、大気中、あるいは真空中で、熱源として、抵抗加熱を用いて所定の温度で加熱処理を行った。加熱処理条件は、気圧を標準大気圧の101.33kPa、雰囲気ガスを不活性ガスArや窒素N2に対する酸素濃度が15〜25%の範囲内の混合ガス、加熱温度を700℃とした。また、700℃までの昇温時間を1時間以下、700℃における熱処理保持時間を2時間、700℃から室温までの降温時間を3時間以下とした。
【0076】
最後に、圧電体膜上に、Ptからなる上部電極層(厚さ20nm)をスパッタリング法により形成して、本発明の一実施形態にかかる圧電体膜素子を形成した。
【0077】
(実施例2)
実施例2では、圧電体膜の加熱温度を600℃とした以外は、実施例1と同様の条件でKNN圧電体膜を形成した。
【0078】
(比較例1〜4)
次に、比較例について、上記実施例と異なる点を説明する。比較例においては、成膜された圧電体膜を加熱する温度を、500℃、400℃、300℃、加熱なし、とそれぞれ設定した点が上記実施形態と異なるだけであり、その他の条件については、実施例と同様にKNN圧電体膜を成膜した。
【0079】
(圧電体膜の評価)
実施例、比較例で得られた圧電体膜について、結晶構造および配向性、組成比、原子レベルの結合状態、ならびに圧電特性を評価した。
【0080】
(結晶構造および配向性の評価)
実施例、比較例で得られたKNN圧電体膜の結晶構造およびその配向性について調べた。まず、走査電子顕微鏡により、実施例1で得られたKNN圧電体膜の断面形状を観察したところ、その組織は柱状構造となっていた。比較例1〜4のKNN圧電体膜は、実施例1と同様な柱状構造となっており、組織においての差は確認されなかった。
次に、一般的なX線回折装置により、実施例のKNN圧電体膜の結晶構造を調べた。その結果、図4のX線回折パターン(2θ/θスキャン測定)に示すように、実施例1のKNN圧電体膜では、基板を加熱して形成された下部電極層としてのPt層が、基板表面に垂直な向きに(111)面に優先配向していることが確認された。そして、このPt層上に形成されたKNN圧電体膜は、擬立方晶のペロブスカイト型の結晶構造を有する多結晶薄膜であって、001、002、003の回折ピークのみを確認できることから、(001)面方位に優先配向していることが確認された。比較例4のKNN圧電体膜は、001、002、003の回折ピークのみが測定できたことから、実施例1と同様に、(001)面方位に優先配向していることが確認された。結晶構造および配向性の評価からは、実施例と比較例との明確な差は確認されなかった。
【0081】
(原子レベルの結合状態の評価)
続いて、XPS法により、実施例、比較例で得られたKNN圧電体膜の特定原子の原子
レベルにおける局所構造を評価した。XPS法の分析装置として、AXIS−ULTRA(KRATOS製)を用いた。
【0082】
具体的には、超高真空中に実施例1の試料(10mm×2.5mm)を設置し、X線として分光器により単色化されたAlLα線(1486.6eV)を試料に照射する。X線の照射により励起された原子から飛び出した光電子の運動エネルギーを測定した。この運動エネルギーの測定には、一般的な電子増倍管であるチャンネルトロンマルチプライヤーやマイクロチャンネルプレートなどを使用した。そして、測定した光電子の運動エネルギーから仕事関数を差し引くことによって、特定の原子における電子の結合(束縛)エネルギーを求めた。また、特定の結合エネルギーを有する光電子の数を測定し、特定の原子の結合状態の数を強度として表した。
測定された結果から、電子の結合エネルギー(Binding Energy)を横軸に、検出された光電子の数を縦軸にとり、特定原子のX線光電子スペクトルのプロファイルを描いた。
本実施例では、KNN圧電体膜を構成する各原子の結合状態を定量的に評価するため、構成原子であるK2p、Na1s、Nb3d、O1sのX線光電子分光プロファイルについて、各スペクトル成分、例えば結合状態の異なる成分や価数の異なる光電子スペクトルなどの積分強度計算を行った。なお、K2pはK原子の2p軌道のスペクトルを示しており、他の原子についても同様に、それぞれの電子軌道のスペクトルを示している。
【0083】
(K原子の結合状態)
本実施例では、Aサイト原子としてK原子を選択して測定した。実施例1で得られたKNN圧電体膜のK原子について測定したX線光電子分光分析のK2pのスペクトルを図5Aに示し、比較例4で得られたスペクトルを図5Bに示す。図5A、図5Bにおいて、横軸はK2pの結合エネルギーを、縦軸はその強度を示している。
検出されたスペクトルのピーク位置は、上述した統計分布関数とバックグラウンド補正とのフィッティング解析により導出された。また、K原子の周囲の結合状態は、プロファイルのデコンボリューションから見出された。その結果、図5A、図5B中の斜線領域のスペクトルは、K−Metal結合(K−Nb結合、K−Na結合、K−K結合)となるK原子のプロファイルであり、黒領域のスペクトルは、K−O結合となるK原子のプロファイルであることがわかった。なお、K2pのスペクトルでは、スピン軌道相互作用により、K2p3/2とK2p1/2との2つのエネルギー順位に分裂されて、ピークが検出される。
図5Bに示すように、比較例4では、K−Metal結合となるK原子のスペクトルピークの積分強度(図中の斜線領域)が、K−O結合となるK原子のスペクトルピークの積分強度(図中の黒領域)に比べて大きいことがわかる。一方、実施例1では、図5Aに示すように、加熱処理により圧電体膜が酸化され、K−O結合となるK原子の積分強度が大きくなっている。このことから、実施例1では、加熱処理によりO原子が増加することがわかる。
【0084】
次に、上記スペクトルから得られたK−O結合およびK−Metal結合の積分強度を、Gauss関数やLorentz関数及びそれらのコンボリューション関数であるPseudo Voight関
数、Pearson関数、及びSplit Pseudo Voight関数等の統計分布関数を適用したスペクトルフィッティング解析によって求めた。また、スペクトルのバックグラウンド補正においては、直線法、Shile法、Tougaard法を用いた。また元素組成の定量にかかわる解析法につ
いては元素毎の相対感度係数やマトリックス補正を考慮して解析を行った。
そして、実施例1、比較例4で得られたKNN圧電体膜において、K−O結合となるK原子の積分強度、およびK−Metal結合となるK原子の積分強度から、K−O結合とK−Metal結合との合計に対するK−O結合の割合を算出した。その結果、実施例1では、K−O結合の割合は、51.4%であり、比較例4の34.7%よりも大きくなっている。比較例4では、酸素欠陥による組成ずれのためK原子に配位し結合するO原子が
少ない。これに対して、実施例1では、加熱酸化により、大気中のO原子または圧電体膜中のK原子とは独立して存在するO原子が、K原子と選択的に結合し、結果としてK−O結合数の増加を促進したことを示している。また、その他の実施例におけるK−O結合の割合について、コンボリューション方法に基づく解析値を表1に示す。表1によれば、加熱温度の上昇により、圧電体膜の酸化が促進し、K−O結合の割合が相対的に増加することが示されている。
なお、図5A、図5B中において、結合エネルギーが285eV付近のスペクトルのピークは、C1sであり、試料表面に付着した汚染異物を示している。通常このピーク値の結合エネルギーを用いてエネルギー補正の目安としている。
【0085】
【表1】
【0086】
(Nb原子の結合状態)
また、上記した圧電体膜のK原子のXPS測定と同様にして、実施例で得られた圧電体膜のNb原子について、Nb3dのスペクトルを測定した。実施例1の測定結果を図6Aに示し、比較例4の測定結果を図6Bに示す。図6A、図6Bにおいては、Nb原子周囲の局所構造が解析され、図中の斜線領域のスペクトルは、NbO3−結合となるNb5+に由来するプロファイルであり、黒領域のスペクトルは、NbO結合となるNb2+に由来するプロファイルである。なお、Nb原子においては、Nb3dが、K原子と同様に、2つのエネルギー順位に分裂されて、ピークが検出される。
図6Bによれば、比較例4の圧電体膜は、結晶構造中にNb5+とNb2+が共存しており、酸素欠陥を有していることがわかる。これに対して、図6Aによれば、実施例1の圧電体膜では、NbO結合となるNb2+のNb3dのスペクトルが消失し、NbO3−結合となる、高い価数のNb5+のスペクトルのみが測定されている。このことから、実施例1の圧電体膜は酸素欠陥を有さず、Nb2+を含まないことを示している。Nb2+が消滅した理由は、圧電体膜中のNb2+が酸化されてNb5+となり、O原子がNb原子と選択的に結合して、酸素欠陥が減少したためと考えられる。この加熱によるNb2+の割合の変化は、上述したK2pのXPSのスペクトル変化と一致している。
また、上記スペクトルの積分強度からNb5+およびNb2+の割合を算出した。実施例1においては、Nb5+の割合が100%となっている。一方、比較例4においては、Nb5+の割合が93.8%、Nb2+の割合が6.2%となっている。その他の実施例の結果を表2に示す。表2によれば、圧電体の加熱温度の上昇とともに、圧電体膜中に存在するNb2+の割合が減少し、酸素欠陥が減少することがわかる。
【0087】
【表2】
【0088】
(O原子の結合状態)
続いて、上記した圧電体膜のK原子やNb原子の結合状態のXPS測定と同様にして、実施例で得られた圧電体膜のO原子について、O1sのスペクトルを測定した。実施例1の測定結果を図7Aに示し、比較例4の測定結果を図7Bに示す。図7A、図7Bにおいて、横軸はほぼO1sを中心とした結合エネルギーを示し、縦軸はその強度を示す。図7A、図7Bにおいては、530eVより右の低エネルギー側の斜線領域のスペクトルは、NbO3−結合となるO原子に由来するプロファイルを示す。一方、530eVより左の高エネルギー側の黒領域のスペクトルは、NbO結合となるO原子と、K2O結合及びNa2O結合となるO原子と、に由来するプロファイルを示す。NbO3−結合となるO原子は、Nb5+と結合するO原子を示す。また、NbO結合となるO原子は、Nb2+と結合するO原子を示す。同様に、K2O結合及びNa2O結合となるO原子は、K+と結合するO原子、Na+と結合するO原子をそれぞれ示す。
図7Aと図7Bを比較すると、NbO3−結合となるO原子のスペクトルピークの積分強度は加熱工程によって増加することが示されている。また、NbO結合となるO原子と、K2O結合及びNa2O結合のO原子と、のスペクトルピークの積分強度は加熱工程により減少することが示されている。すなわち、加熱工程によって、NbO3−結合(Nb5+)となるO原子の割合が相対的に増加する。この結果から、加熱処理を行うことによって、O原子周囲に結合するNb原子について、Nb2+の割合が減少し、Nb5+の割合が増加したと考えられる。また、K2O結合及びNa2O結合をとるO原子が熱処理によって減少していることが考えられる。なお、この加熱処理による変化は、上述したNb3dのXPSスペクトル変化と一致している。
また、上記スペクトルの積分強度から、NbO3−結合となるO原子と、NbO結合、K2O結合、及びNa2O結合となるO原子と、の割合をそれぞれ算出した。実施例1では、Nb5+と結合するO原子の割合が65.1%であり、Nb2+、K+、Na+のそれぞれと結合するO原子の割合が34.9%である。一方、比較例4では、Nb5+と結合するO原子の割合が52.3%であり、Nb2+、K+、Na+のそれぞれと結合するO原子の割合が47.7%となっている。その他の実施例についての結果を、表3に示す。表3によれば、表1および表2と同様に、加熱工程により酸素欠陥が減少することが分かる。
【0089】
【表3】
【0090】
(圧電特性の評価)
続いて、実施例および比較例で得られた圧電体膜の圧電特性を測定した。測定方法は、圧電定数の一つであるd31を評価するため、幅2.5mm、長さ20mmの短冊形状の簡易的なユニモルフカンチレバーを構成し、ユニポーラのsin波電圧を印加した際のカンチレバー先端の変位量をレーザードップラ変位計で測定することにより行った。
実施例1および比較例4の圧電定数−d31を比較すると、比較例4が1.4[pm/V]であるのに対して、実施例1では、94.8[pm/V]となり、優れた圧電特性を有することが示されている。その他の実施例、比較例の圧電体膜の圧電特性を表1に示す。また、図8に、表1に基づき、圧電体膜のK原子周囲の結合状態におけるK−O結合比またはK−Metal結合比と圧電定数との相関関係を示す。図8において、横軸はK−O結合比またはK−Metal結合比を示し、縦軸は圧電定数を示す。なお、図8中の菱
形のプロットはK−O結合の割合を、四角のプロットはK−Metal結合の割合をそれぞれ示している。また、水平方向に並ぶ菱形および四角のプロットは、合計が100%となる。
表1に示すように、圧電体膜を加熱する温度を高くすることにより、圧電体膜中のK−O結合の割合が徐々に増加し、結晶構造中に含まれるO原子の数が増加することがわかる。また、図8によれば、K−O結合の割合の増加とともにK−Metal結合の割合が相対的に低減し、K−O結合の割合が46.5%以上となることによって、圧電定数が所定の数値(70[pm/V])以上となることが示されている。また、表1によれば、K−O結合の割合を46.5%以上とすることによって、誘電損失(tanδ)を0.4以下に低減できることが示されている。また、加熱温度を600℃以上とすることにより、K−O結合の割合を45%以上として、O原子の数を増加することができる。
【0091】
続いて、図9に、表2に基づき、圧電体膜のNb原子周囲の結合状態におけるNb5+またはNb2+の割合と圧電定数との相関関係を示す。図9において、横軸はNb5+またはNb2+の割合を示し、縦軸は圧電定数を示す。なお、図9中の三角のプロットはNb5+の割合を、菱形のプロットはNb2+の割合を、それぞれ示している。また、水平方向に並ぶ三角および菱形のプロットは、合計が100%となる。
図9によれば、Nb5+の割合が増加して、Nb2+の割合が減少するにしたがって、圧電定数が増大している。Nb5+の割合が98.2%以上、かつNb2+の割合が1.8%以下となることによって、圧電定数を70[pm/V]以上とすることができる。しかも、表2に示すように、誘電損失(tanδ)を0.4以下に低減することができる。すなわち、Nb原子を酸化させ、Nb原子周囲に配位し結合するO原子の数を増加することによって、圧電体膜の原子レベル構造を制御し、圧電特性を向上することができる。
【0092】
続いて、図10に、表3に基づき、圧電体膜のO原子周囲の結合状態における、Nb5+の割合、またはNb2+、K+、およびNa+の割合と圧電定数との相関関係を示す。図10において、横軸はNb5+の割合、またはNb2+とK+とNa+との割合を示し、縦軸は圧電定数を示す。なお、図10中の菱形のプロットはNb5+の割合を示し、三角のプロットはNb2+とK+とNa+との割合を示している。また、水平方向に並ぶ三角および菱形のプロットは、合計が100%となる。
図10によれば、Nb2+とK+とNa+との割合が減少して、Nb5+の割合が増加するにしたがって、圧電定数が増加することが示されている。この結果は、上述した図9で示したNb原子周囲の結合状態の解析で得られたNb5+の増加にともなう圧電定数の増加と一致している。Nb5+の割合を61.4%以上とし、かつNb2+とK+とNa+との割合を38.6%以下とすることによって、圧電定数を70[pm/V]以上とすることができる。しかも、表3に示すように、誘電損失(tanδ)を0.4以下に低減することができる。
【0093】
このように、本発明の圧電体膜は、A原子周囲の局所構造において、圧電体膜を構成する原子が原子レベルで制御されるため、酸素欠陥が少なく圧電特性に優れることが示されている。
【0094】
なお、上述した実施例では、KおよびNaを含むKNN圧電体膜を用いて説明したが、本発明は、これに限定されない。Li、Na、およびKは第1族であって、同属元素であることから、同価数を有する原子である。このため、本発明のペロブスカイト構造であるABO3構造のAサイト原子に容易に置換することが可能であり、KNNと同等性能の圧電特性を示す圧電膜を得ることができる。
【符号の説明】
【0095】
1 圧電体膜素子
2 基板
3 接着層
4 下部電極層
5 圧電体膜
6 上部電極層
7 酸化物薄膜
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(NaxKyLiz)NbO3 (0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ酸化物からなる圧電体膜で
あって、
前記アルカリニオブ酸化物は、擬立方晶、正方晶、斜方晶、単斜晶、菱面体晶、またはそれらが共存した結晶構造を有しており、前記アルカリニオブ酸化物のK原子周囲の結合状態において、K−O結合とK−Metal結合との合計を100%としたとき、前記K−O結合の割合が46.5%以上、前記K−Metal結合の割合が53.5%以下であることを特徴とする圧電体膜。
ただし、Metalは圧電体膜に含まれる金属原子を示す。
【請求項2】
請求項1に記載の圧電体膜において、前記アルカリニオブ酸化物は、Nb原子周囲の結合状態において、NbO3−結合となるNb5+と、NbO3−が還元されたNbO結合となるNb2+と、の合計を100%としたとき、前記Nb5+の割合が98.2%以上、前記Nb2+の割合が1.8%以下であることを特徴とする圧電体膜。
【請求項3】
請求項1に記載の圧電体膜において、前記アルカリニオブ酸化物は、O原子周囲の結合状態において、NbO3−結合となるNb5+、NbO3−が還元されたNbO結合となるNb2+、K2O結合となるK+、Na2O結合となるNa+、およびLi2O結合となるLi+の合計を100%としたとき、前記Nb5+の割合が61.4%以上、前記Nb2+、前記K+、および前記Na+の割合の合計が38.6%以下であることを特徴とする圧電体膜。
【請求項4】
請求項1に記載の圧電体膜において、前記K−O結合の割合が、X線光電子分光分析法によって測定される、前記K−O結合の強度と前記K−Metal結合の強度との合計に対する前記K−O結合の強度の割合として算出されることを特徴とする圧電体膜。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の圧電体膜において、前記アルカリニオブ酸化物の一部に、一般式ABO3で表されるペロブスカイト型酸化物の、結晶層、非晶質層、または結晶層と非晶質層とが混合した混合層のいずれかをさらに含んでおり、前記ABO3は、A原子周囲の結合状態において、A−O結合とA−Metal結合との合計を100%としたとき、前記A−O結合の割合が46.5%以上、前記A−Metal結合の割合が53.5%以下であることを特徴とする圧電体膜。
ただし、AはLi、Na、K、Pb、La、Sr、Nd、Ba、Biのうちから選択される1種類以上の元素であり、BはZr、Ti、Mn、Mg、Nb、Sn、Sb、Ta、Inのうちから選択される1種類以上の元素であり、Oは酸素である。
【請求項6】
請求項5に記載の圧電体膜において、前記ABO3は、B原子周囲の結合状態において、BO3−結合となるB5+と、BO3−が還元されたBO結合となるB2+と、の合計を100%としたとき、前記B5+の割合が98.2%以上、前記B2+の割合が1.8%以下であることを特徴とする圧電体膜。
【請求項7】
請求項5に記載の圧電体膜において、前記ABO3は、O原子周囲の結合状態において、BO3−結合となるB5+、BO3−が還元されたBO結合となるB2+、およびA2O結合となるA+の合計を100%としたとき、前記B5+の割合が61.4%以上、B2+およびA+の割合の合計が38.6%以下であることを特徴とする圧電体膜。
【請求項8】
基板上に、少なくとも、下部電極層と、請求項1〜7に記載の圧電体膜と、上部電極層と、を備えることを特徴とする圧電体膜素子。
【請求項9】
請求項8に記載の圧電体膜素子において、前記上部電極層および/または前記下部電極層が、Pt、Ptを主成分とする合金、またはPtを主成分とする電極層を含む積層構造の電極層であることを特徴とする圧電体膜素子。
【請求項10】
請求項8に記載の圧電体膜素子において、前記上部電極層および/または前記下部電極層が、Pd、Pdを含む合金、またはPdを主成分とする電極層を主成分とする電極層を含む積層構造の電極層であることを特徴とする圧電体膜素子。
【請求項11】
請求項8〜10に記載の圧電体膜素子において、前記圧電体膜を被覆する酸化物薄膜を備えることを特徴とする圧電体膜素子。
【請求項12】
請求項8〜11のいずれか1項に記載の圧電体膜素子の前記下部電極層と前記上部電極層との間に電圧印可手段または電圧検知手段を備えることを特徴とする圧電体膜デバイス。
【請求項13】
一般式(NaxKyLiz)NbO3 (0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ酸化物からなる圧電体膜の
製造方法であって、
結晶構造が擬立方晶、正方晶、斜方晶、単斜晶、菱面体晶、またはそれらが共存した状態である圧電体膜を形成する工程と、
前記圧電体膜を形成する工程の後に、
前記圧電体膜は、前記アルカリニオブ酸化物のK原子周囲の結合状態において、K−O結合とK−Metal結合との合計を100%としたときに、前記K−O結合の割合が46.5%以上、前記K−Metal結合の割合が53.5%以下となるように、前記圧電体膜を600℃以上で加熱して酸化する加熱工程と、を有することを特徴とする圧電体膜の製造方法。
ただし、Metalは圧電体膜に含まれる金属原子を示す。
【請求項14】
基板上に下部電極層を形成する工程と、前記下部電極層上に、一般式 (NaxKyLiz)NbO3 (0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ酸化物からなっており、結晶構造が擬立方晶、正方晶、斜方晶、単斜晶、菱面体晶、またはそれらが共存した状態である圧電体膜を形成する工程と、前記圧電体膜上に上部電極層を形成する工程と、を含む圧電体膜素子の製造方法であって、
前記上部電極層を形成する工程の後に、前記圧電体膜を600℃以上で加熱して酸化する加熱工程を設け、
前記圧電体膜は、K原子周囲の結合状態において、K−O結合とK−Metal結合との合計を100%としたときに、前記K−O結合の割合が46.5%以上、前記K−Metal結合の割合が53.5%以下となることを特徴とする圧電体膜素子の製造方法。
ただし、Metalは圧電体膜に含まれる金属原子を示す。
【請求項15】
請求項14に記載の圧電体膜素子の製造方法において、前記加熱工程は、酸化促進のガスである、酸素、オゾン、N2Oのうちの、いずれか1種のガス、または、1種を含む混合ガス雰囲気中で加熱することを特徴とする圧電体膜素子の製造方法。
【請求項16】
請求項14または15に記載の圧電体膜素子の製造方法において、前記上部電極層および/または前記下部電極層を、Pd、Pdを主成分とする合金、またはPdを主成分とする電極層を含む積層構造の電極層とすることを特徴とする圧電体膜素子の製造方法。
【請求項17】
請求項14〜16のいずれか1項に記載の圧電体膜素子の製造方法において、前記上部電極層を形成する工程後であって、前記加熱工程の前または後に、前記圧電体膜を被覆する酸化物薄膜を形成する工程を設けることを特徴とする圧電体膜素子の製造方法。
【請求項1】
一般式(NaxKyLiz)NbO3 (0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ酸化物からなる圧電体膜で
あって、
前記アルカリニオブ酸化物は、擬立方晶、正方晶、斜方晶、単斜晶、菱面体晶、またはそれらが共存した結晶構造を有しており、前記アルカリニオブ酸化物のK原子周囲の結合状態において、K−O結合とK−Metal結合との合計を100%としたとき、前記K−O結合の割合が46.5%以上、前記K−Metal結合の割合が53.5%以下であることを特徴とする圧電体膜。
ただし、Metalは圧電体膜に含まれる金属原子を示す。
【請求項2】
請求項1に記載の圧電体膜において、前記アルカリニオブ酸化物は、Nb原子周囲の結合状態において、NbO3−結合となるNb5+と、NbO3−が還元されたNbO結合となるNb2+と、の合計を100%としたとき、前記Nb5+の割合が98.2%以上、前記Nb2+の割合が1.8%以下であることを特徴とする圧電体膜。
【請求項3】
請求項1に記載の圧電体膜において、前記アルカリニオブ酸化物は、O原子周囲の結合状態において、NbO3−結合となるNb5+、NbO3−が還元されたNbO結合となるNb2+、K2O結合となるK+、Na2O結合となるNa+、およびLi2O結合となるLi+の合計を100%としたとき、前記Nb5+の割合が61.4%以上、前記Nb2+、前記K+、および前記Na+の割合の合計が38.6%以下であることを特徴とする圧電体膜。
【請求項4】
請求項1に記載の圧電体膜において、前記K−O結合の割合が、X線光電子分光分析法によって測定される、前記K−O結合の強度と前記K−Metal結合の強度との合計に対する前記K−O結合の強度の割合として算出されることを特徴とする圧電体膜。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の圧電体膜において、前記アルカリニオブ酸化物の一部に、一般式ABO3で表されるペロブスカイト型酸化物の、結晶層、非晶質層、または結晶層と非晶質層とが混合した混合層のいずれかをさらに含んでおり、前記ABO3は、A原子周囲の結合状態において、A−O結合とA−Metal結合との合計を100%としたとき、前記A−O結合の割合が46.5%以上、前記A−Metal結合の割合が53.5%以下であることを特徴とする圧電体膜。
ただし、AはLi、Na、K、Pb、La、Sr、Nd、Ba、Biのうちから選択される1種類以上の元素であり、BはZr、Ti、Mn、Mg、Nb、Sn、Sb、Ta、Inのうちから選択される1種類以上の元素であり、Oは酸素である。
【請求項6】
請求項5に記載の圧電体膜において、前記ABO3は、B原子周囲の結合状態において、BO3−結合となるB5+と、BO3−が還元されたBO結合となるB2+と、の合計を100%としたとき、前記B5+の割合が98.2%以上、前記B2+の割合が1.8%以下であることを特徴とする圧電体膜。
【請求項7】
請求項5に記載の圧電体膜において、前記ABO3は、O原子周囲の結合状態において、BO3−結合となるB5+、BO3−が還元されたBO結合となるB2+、およびA2O結合となるA+の合計を100%としたとき、前記B5+の割合が61.4%以上、B2+およびA+の割合の合計が38.6%以下であることを特徴とする圧電体膜。
【請求項8】
基板上に、少なくとも、下部電極層と、請求項1〜7に記載の圧電体膜と、上部電極層と、を備えることを特徴とする圧電体膜素子。
【請求項9】
請求項8に記載の圧電体膜素子において、前記上部電極層および/または前記下部電極層が、Pt、Ptを主成分とする合金、またはPtを主成分とする電極層を含む積層構造の電極層であることを特徴とする圧電体膜素子。
【請求項10】
請求項8に記載の圧電体膜素子において、前記上部電極層および/または前記下部電極層が、Pd、Pdを含む合金、またはPdを主成分とする電極層を主成分とする電極層を含む積層構造の電極層であることを特徴とする圧電体膜素子。
【請求項11】
請求項8〜10に記載の圧電体膜素子において、前記圧電体膜を被覆する酸化物薄膜を備えることを特徴とする圧電体膜素子。
【請求項12】
請求項8〜11のいずれか1項に記載の圧電体膜素子の前記下部電極層と前記上部電極層との間に電圧印可手段または電圧検知手段を備えることを特徴とする圧電体膜デバイス。
【請求項13】
一般式(NaxKyLiz)NbO3 (0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ酸化物からなる圧電体膜の
製造方法であって、
結晶構造が擬立方晶、正方晶、斜方晶、単斜晶、菱面体晶、またはそれらが共存した状態である圧電体膜を形成する工程と、
前記圧電体膜を形成する工程の後に、
前記圧電体膜は、前記アルカリニオブ酸化物のK原子周囲の結合状態において、K−O結合とK−Metal結合との合計を100%としたときに、前記K−O結合の割合が46.5%以上、前記K−Metal結合の割合が53.5%以下となるように、前記圧電体膜を600℃以上で加熱して酸化する加熱工程と、を有することを特徴とする圧電体膜の製造方法。
ただし、Metalは圧電体膜に含まれる金属原子を示す。
【請求項14】
基板上に下部電極層を形成する工程と、前記下部電極層上に、一般式 (NaxKyLiz)NbO3 (0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ酸化物からなっており、結晶構造が擬立方晶、正方晶、斜方晶、単斜晶、菱面体晶、またはそれらが共存した状態である圧電体膜を形成する工程と、前記圧電体膜上に上部電極層を形成する工程と、を含む圧電体膜素子の製造方法であって、
前記上部電極層を形成する工程の後に、前記圧電体膜を600℃以上で加熱して酸化する加熱工程を設け、
前記圧電体膜は、K原子周囲の結合状態において、K−O結合とK−Metal結合との合計を100%としたときに、前記K−O結合の割合が46.5%以上、前記K−Metal結合の割合が53.5%以下となることを特徴とする圧電体膜素子の製造方法。
ただし、Metalは圧電体膜に含まれる金属原子を示す。
【請求項15】
請求項14に記載の圧電体膜素子の製造方法において、前記加熱工程は、酸化促進のガスである、酸素、オゾン、N2Oのうちの、いずれか1種のガス、または、1種を含む混合ガス雰囲気中で加熱することを特徴とする圧電体膜素子の製造方法。
【請求項16】
請求項14または15に記載の圧電体膜素子の製造方法において、前記上部電極層および/または前記下部電極層を、Pd、Pdを主成分とする合金、またはPdを主成分とする電極層を含む積層構造の電極層とすることを特徴とする圧電体膜素子の製造方法。
【請求項17】
請求項14〜16のいずれか1項に記載の圧電体膜素子の製造方法において、前記上部電極層を形成する工程後であって、前記加熱工程の前または後に、前記圧電体膜を被覆する酸化物薄膜を形成する工程を設けることを特徴とする圧電体膜素子の製造方法。
【図1A】
【図1B】
【図1C】
【図2A】
【図2B】
【図3】
【図4】
【図5A】
【図5B】
【図6A】
【図6B】
【図7A】
【図7B】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図1B】
【図1C】
【図2A】
【図2B】
【図3】
【図4】
【図5A】
【図5B】
【図6A】
【図6B】
【図7A】
【図7B】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2013−26246(P2013−26246A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−156212(P2011−156212)
【出願日】平成23年7月15日(2011.7.15)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年7月15日(2011.7.15)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】
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