説明

圧電体膜とその製造方法、圧電素子および液体吐出装置

【課題】高い圧電性能と良好な表面モフォロジを有する圧電体膜とその製造方法、圧電素子および液体吐出装置を提供する。
【解決手段】下記式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物からなり、0.090≦b≦0.25を満たし、Bサイト中のNb比率が、0.13≦a×(1−b)を満たすことを特徴とする圧電体膜とその製造方法である。また、この圧電体膜を用いた圧電素子および液体吐出装置である。
Pb1+δ(ZrTi1−a(MgNb1−b ・・・(P)
(なお、δ=0、z=3が望ましいが、ペロブスカイト構造をとり得る範囲内で変更可能である。また、Pbに変えてペロブスカイト構造をとり得る範囲の量で他のAサイト元素に置換することも可能である。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電体膜とその製造方法、圧電素子および液体吐出装置に係り、特に、圧電性能が向上し、表面モフォロジを改善した圧電体膜とその製造方法、圧電素子および液体吐出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電界印加強度の増減に伴って伸縮する圧電性を有する圧電体と、圧電体に対して電界を印加する電極とを備えた圧電素子が、インクジェット式記録ヘッドに搭載される圧電アクチュエータなどの用途に使用されている。圧電材料としては、ジルコンチタン酸鉛(PZT)などのペロブスカイト型酸化物が広く用いられている。かかる圧電材料は電界無印加時において自発分極性を有する強誘電体である。
【0003】
被置換イオンの価数よりも高い価数を有する各種ドナイオンを添加したPZTでは、真性PZTよりも強誘電性能等の特性が向上することが1960年代より知られている。BサイトのZr4+および/またはTi4+を置換するドナイオンとして、V5+、Nb5+、Ta5+、Sb5+、Mo6+、Mg2+、およびW6+などが知られている。
【0004】
例えば、下記の特許文献1には、高い圧電定数を示す圧電素子を提供するために、BサイトにZn、Ni、Mn、Mgの少なくとも1種以上、および、Nb、Taの少なくとも1種以上の元素が、それぞれ1:2の割合で配合されている圧電膜が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−333088号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載されているような、BサイトにMg、および、Nbを置換したPMN−PZTを代表とするリラクサ系PZTは、バルクでは、通常のPZTよりも高い圧電性能を示すのに対し、薄膜では、高い圧電性能が得られていなかった。また、薄膜とした場合、膜の表面性が悪くなるという問題があった。
【0007】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、高い圧電性能と良好な表面モフォロジを有する圧電体膜とその製造方法、圧電素子および液体吐出装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の請求項1は前記目的を達成するために、下記式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物からなり、0.090≦b≦0.25を満たし、Bサイト中のNb比率が、0.13≦a×(1−b)を満たすことを特徴とする圧電体膜を提供する。
【0009】
Pb1+δ(ZrTi1−a(MgNb1−b ・・・(P)
(なお、δ=0、z=3が望ましいが、ペロブスカイト構造をとり得る範囲内で変更可能である。また、Pbに変えてペロブスカイト構造をとり得る範囲の量で他のAサイト元素に置換することも可能である。)
請求項1によれば、Mgドープ量を0.090≦b≦0.25の範囲内としているので、圧電性能を大幅に下げることなく、表面モフォロジを向上させることができる。Nbを添加することで圧電性能を向上させることができるが、Nbの添加のみでは、電荷中性の観点から好ましくなく、圧電体膜の表面性の低下が見られた。これはMgを添加することで改善できるが、従来は、電荷補償の観点からMg:Nb=1:2の比率で配合されていた。しかしながら、圧電性能に寄与するのは、Nbのみであり、Mgは結晶性を保つための助剤であることを発見し、本発明においては、適切なMg量を明らかにした。Mg量はNb量の1/2よりも少なく、式(P)において、0.090≦b≦0.25の範囲とすることで、圧電体膜の表面モフォロジを向上させることができる。
【0010】
また、Bサイト中のNb量の比率を0.13以上とすることにより、圧電性能を上昇させることができ、Nbを添加することにより、劣化した表面平滑性はMgを添加することで向上させることができる。Mgの添加により圧電特性は低下するが、Nbの添加により、圧電特性は大幅に向上しているので、許容できる範囲内とすることができる。
【0011】
また、Nbの量が、例えば、1〜2%程度と少ない量であれば、Mg:Nb=1:2の組成で製造してもペロブスカイト構造とすることができるが、本発明においてはNb量が13%以上と添加量を多くしているため、従来の量では、ペロブスカイト構造になっていなかった。本発明においては、適切なMg量とすることで、ペロブスカイト構造とすることができる。
【0012】
請求項2は請求項1において、Bサイト中のNb比率が、0.16≦a×(1−b)を満たすことを特徴とする。
【0013】
請求項2によれば、Bサイト中のNb比率を0.16以上としているので、より圧電性能を向上させることができるとともに、Mgにより表面モフォロジの改善効果も向上させることができる。
【0014】
請求項3は請求項1または2において、Bサイト中のZrとTiの比率x:yが45:55〜55:45の範囲内であることを特徴とする。
【0015】
請求項3によれば、ZrとTiの比を上記範囲とすることにより、正方晶相と菱面体相との相転移点であるMPB(モルフォトロピック相境界)組成の近傍とすることができるので、高い圧電性能を得ることができる。
【0016】
請求項4は請求項1から3いずれか1項において、気相成長法により成膜されたことを特徴とする。請求項5は請求項4において、前記気相成長法がスパッタ法であることを特徴とする。
【0017】
請求項4および請求項5によれば、圧電体膜を気相成長法、特に、スパッタ法により成膜しているので、積層結晶化に起因する横スジの発生を防止することができ、耐久性を向上させることができる。電荷中性が成り立たない状態では、バルク焼結のような平衡状態を利用する方式ではペロブスカイト構造をとることが困難であったが、非平衡状態で成膜するスパッタ法によって圧電体を薄膜化することで、電荷中性が成り立たない状態でもペロブスカイト構造をとることができる。
【0018】
本発明の請求項6は前記目的を達成するために、シリコン基板、酸化シリコン基板、及び、SOI基板のいずれかの基板上に請求項1から5いずれか1項に記載の圧電体膜と、前記圧電体膜に対して電界を印加する電極とを備えたことを特徴とする圧電素子を提供する。
【0019】
本発明の請求項7は前記目的を達成するために、請求項6に記載の圧電素子と、前記圧電素子に一体的にまたは別体として設けられた液体吐出部材を備え、前記液体吐出部材は、液体が貯留される液体貯留室と、前記液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口と、を有することを特徴とする液体吐出装置を提供する。
【0020】
本発明の圧電体膜は、高い圧電性能を有し、表面フォモロジを向上させることができるので、圧電素子および液体吐出装置に好適に用いることができる。
【0021】
本発明の請求項8は前記目的を達成するために、請求項1から3いずれか1項に記載の圧電体膜の製造方法において、気相成長法により成膜を行うことを特徴とする圧電体膜の製造方法を提供する。請求項9は請求項8において、前記気相成長法がスパッタ法であることを特徴とする。
【0022】
請求項8および請求項9によれば、圧電体膜を気相成長法、特に、スパッタ法により成膜しているので、積層結晶化に起因する横スジの発生を防止することができ、耐久性を向上させることができる。
【0023】
請求項10は請求項9において、成膜する圧電体膜の膜組成に応じた組成のターゲットと、基板と、を離隔配置させ、成膜温度Ts(℃)と、成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との差であるVs−Vf(V)とが、下記式(1)及び(2)を充足する成膜条件で成膜を行うことを特徴とする。
【0024】
Ts(℃)≧400・・・(1)
−0.2Ts+100<Vs−Vf(V)<−0.2Ts+130・・・(2)
請求項10によれば、圧電定数の高い圧電体膜を製造することができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明の圧電体膜によれば、Nbを添加することで、圧電性能を向上させ、Mg量を最適化することで、表面フォモロジを向上させることができる。また、圧電素子および液体吐出装置として好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】スパッタリング装置の概略断面図である。
【図2】プラズマ電位Vsおよびフローティング電位Vfの測定方法を示す説明図である。
【図3】圧電素子およびインクジェット記録装置の構造を示す断面図である。
【図4】インクジェット記録装置の概略を示す全体構成図である。
【図5】実施例の結果を示す表図である。
【図6】Nb量22%の時のMg量に対する表面ラフネスRaと応力の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、添付図面に従って、本発明に係る圧電体膜、圧電体の好ましい実施の形態について説明する。
【0028】
[圧電体膜]
本発明の圧電体膜は、下記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物を主成分とする圧電体膜である。
【0029】
Pb1+δ(ZrTi1−a(MgNb1−b ・・・(P)
(δ=0、z=3が望ましいが、ペロブスカイト構造をとり得る範囲内で変更可能である。)
ペロブスカイト型酸化物(P)のbは、0.090≦b≦0.25である。また、BサイトのNbドープ量:a×(1−b)は0.13以上である。
【0030】
また、下記式(P’)に示すように、Aサイトを置換するドナイオンを添加することで、Pb量を減らすことができ、駆動耐久性を向上させることができるとともに、Pb欠損を補完することができるので、ペロブスカイト型酸化膜により膜を成膜することができ、圧電特性を向上させることができる。
【0031】
(Pb1-d+δ)(ZrTi1−a(MgNb1−b ・・・(P’)
Aサイトを置換することができる元素としては、Ba、La、Sr、Bi、Li、Na、Ca、Cd、Mg、および、Kからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を挙げることができる。Aサイトを置換する元素の量としては、ペロブスカイト構造をとり得る範囲内であれば、特に限定されず添加することができる。
【0032】
PZT系のペロブスカイト型酸化物においては、モルフォトロピック相境界(MPB)及びその近傍で高い圧電性能を示すと言われている。PZT系では、Zrリッチなときに菱面体晶系、Tiリッチなときに正方晶系となり、Zr/Tiモル比=55/45近傍が菱面体晶系と正方晶系との境界線、すなわちMPBとなっている。したがって、上記一般式(P)の、yは、MPB組成又はそれに近いことが好ましい。具体的には、x:yは、45:55〜55:45の範囲内であることが好ましい。
【0033】
Bサイト中のNb比率は、0.13以上であり、0.16以上であることがさらに好ましい。Nb量を上記範囲とすることで圧電性能を向上させることができる。また、上限は、0.4以下であることが好ましい。Nb量が多くなると、圧電性能を向上させることができるが、逆に多すぎると、ペロブスカイト構造を形成することができず、パイロクロア相という圧電性がない異相が発生するので、好ましくない。
【0034】
本発明においては、Bサイト元素にNbとMgを添加し、Nbの添加量が多く、また、NbとMgの組成が従来と異なる点を特徴とする。Nbをドープすることで、圧電性能を向上させることができる。しかしながら、形成された薄膜の表面モフォロジが低下していた。そこで、従来は、Mgを、電荷補償の観点からMg:Nb=1:2の組成比でMgを添加していたが、圧電性能に寄与するのはNbのみで、Mgは結晶性を保つための助剤であることを明らかにした。さらに、薄膜の場合における適切なMg量は、Nb量の1/2よりも少なく、上記一般式(P)において、bの範囲は、0.090≦b≦0.25の範囲であり、好ましくは、0.15 ≦b≦ 0.25である。表面モフォロジを改善することで、耐電圧を高電圧化することができる。
【0035】
[圧電体膜の製造方法]
上記式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物を主成分とする圧電体膜は、非熱平衡プロセスにより成膜することができる。本発明の圧電体膜の好適な成膜方法としては、スパッタ法、プラズマCVD法、MOCVD法、焼成急冷クエンチ法、アニールクエンチ法、及び、溶射急冷法などの気相成長法が挙げられる。中でもスパッタ法が特に好ましい。
【0036】
ゾルゲル法などの熱平衡プロセスでは、本来価数が合わない添加物を高濃度ドープすることが難しく、焼結助剤あるいはアクセプタイオンを用いるなどの工夫が必要であるが、非熱平衡プロセスではかかる工夫なしに、ドナイオンを高濃度ドープすることができる。
【0037】
また、非熱平衡プロセスでは、SiとPbとが反応する温度以下の比較的低い成膜温度にて成膜することができるため、加工性の良好なSi基板上への成膜が可能であり、好ましい。
【0038】
スパッタ法において、成膜される膜の特性を左右するファクターとしては、成膜温度、基板の種類、基板に先に成膜された膜があれば下地の組成、基板の表面エネルギー、成膜圧力、雰囲気ガス中の酸素量、投入電力、基板−ターゲット間距離、プラズマ中の電子温度および電子密度、プラズマ中の活性種密度および活性種の寿命などが考えられる。
【0039】
例えば、成膜温度Tsと、Vs−Vf(Vsは成膜時のプラズマ中のプラズマ電位、Vfはフローティング電位)、Vs、及び基板−ターゲット間距離Dのいずれかを好適化することにより、良質な膜を成膜できる。すなわち、成膜温度Tsを横軸にし、Vs−Vf,Vs,及び基板−ターゲット間距離Dのいずれか縦軸にして、膜の特性をプロットすると、ある範囲内において良質な膜を成膜できる。
【0040】
図1を参照して、スパッタリング装置の構成例と成膜の様子について説明する。ここでは、RF電源を用いるRFスパッタリング装置を例として説明するが、DC電源を用いるDCスパッタリング装置を用いることもできる。図1は装置全体の概略断面図である。
【0041】
図1に示すように、スパッタリング装置1は、内部に、成膜基板Bを保持すると共に成膜基板Bを所定温度に加熱することができる静電チャック等の基板ホルダ11と、プラズマを発生させるプラズマ電極(カソード電極)12とが備えられた真空容器10から概略構成されている。
【0042】
基板ホルダ11とプラズマ電極12とは互いに対向するように離間配置され、プラズマ電極12上にターゲットTが装着されるようになっている。プラズマ電極12はRF電源13に接続されている。
【0043】
真空容器10には、真空容器10内に成膜に必要なガスGを導入するガス導入管14と、真空容器10内のガスの排気Vを行うガス排出管15とが取り付けられている。ガスGとしては、Ar、又はAr/O混合ガス等が使用される。
【0044】
本発明の圧電体膜をスパッタ法により成膜する場合、成膜温度Ts(℃)と、成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との差であるVs−Vf(V)とが、下記式(1)及び(2)を充足する成膜条件で成膜を行うことが好ましく、下記式(1)〜(3)を充足する成膜条件で成膜を行うことが特に好ましい。
【0045】
Ts(℃)≧400・・・(1)、
−0.2Ts+100<Vs−Vf(V)<−0.2Ts+130・・・(2)、
10≦Vs−Vf(V)≦35・・・(3)
プラズマ空間Pの電位はプラズマ電位Vs(V)となる。通常、基板Bは絶縁体であり、かつ、電気的にアースから絶縁されている。したがって、基板Bはフローティング状態にあり、その電位はフローティング電位Vf(V)となる。ターゲットTと基板Bとの間にあるターゲットの構成元素は、プラズマ空間Pの電位と基板Bの電位との電位差Vs−Vfの加速電圧分の運動エネルギーを持って、成膜中の基板Bに衝突すると考えられる。
【0046】
プラズマ電位Vs及びフローティング電位Vfは、ラングミュアプローブを用いて測定することができる。プラズマ空間P中にラングミュアプローブの先端を挿入し、プローブに印加する電圧を変化させると、例えば図2に示すような電流電圧特性が得られる(小沼光晴著、「プラズマと成膜の基礎」p.90、日刊工業新聞社発行)。この図では電流が0となるプローブ電位がフローティング電位Vfである。この状態は、プローブ表面へのイオン電流と電子電流の流入量が等しくなる点である。絶縁状態にある金属の表面や基板表面はこの電位になっている。プローブ電圧をフローティング電位Vfより高くしていくと、イオン電流は次第に減少し、プローブに到達するのは電子電流だけとなる。この境界の電圧がプラズマ電位Vsである。Vs−Vfは、基板とターゲットとの間にアースを設置するなどして、変えることができる。
【0047】
PZT系圧電体膜のスパッタ成膜において、高温成膜するとPb抜けが起こりやすくなることが知られている。Pb抜けは、成膜温度以外にVs−Vfにも依存する。PZTの構成元素であるPb,Zr,及びTiの中で、Pbが最もスパッタ率が大きく、スパッタされやすい。例えば、「真空ハンドブック」((株)アルバック編、オーム社発行)の表8.1.7には、Arイオン300evの条件におけるスパッタ率は、Pb=0.75、Zr=0.48,Ti=0.65であることが記載されている。スパッタされやすいということは、スパッタされた原子が基板面に付着した後に、再スパッタされやすいということである。プラズマ電位と基板の電位との差が大きい程、すなわち、Vs−Vfの差が大きい程、再スパッタの率が高くなり、Pb抜けが生じやすくなると考えられる。
【0048】
成膜温度TsとVs−Vfがいずれも過小の条件では、ペロブスカイト結晶を良好に成長させることができない傾向にある。また、成膜温度TsとVs−Vfのうち少なくとも一方が過大の条件では、Pb抜けが生じやすくなる傾向にある。すなわち、上記式(1)を充足するTs(℃)≧400の条件では、成膜温度Tsが相対的に低い条件のときには、ペロブスカイト結晶を良好に成長させるためにVs−Vfを相対的に高くする必要があり、成膜温度Tsが相対的に高い条件のときには、Pb抜けを抑制するためにVs−Vfを相対的に低くする必要がある。これを表したのが上記式(2)である。
【0049】
また、PZT系圧電体膜を成膜する場合、上記式(1)〜(3)を充足する範囲で成膜条件を決定することで、圧電定数の高い圧電体膜が得られる。
【0050】
気相成長法、特に、スパッタ法で成膜することにより、多数の柱状結晶からなる柱状結晶膜構造を有する膜を成膜することができる。基板面に対して非平行に延びる多数の柱状結晶からなる中将結晶膜構造とすることで、結晶方位の揃った配向膜を得ることができる。このような膜構造とすることで、高い圧電性能を得ることができる。
【0051】
[圧電素子、インクジェット式記録ヘッド]
図3を参照して、本発明に係る実施形態の圧電素子、及びこれを備えたインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造について説明する。図3はインクジェット式記録ヘッドの要部断面図である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0052】
本実施形態の圧電素子2は、基板20上に、下部電極30と圧電体膜40と上部電極50とが順次積層された素子であり、圧電体膜40に対して、下部電極30と上部電極50とにより厚み方向に電界が印加されるようになっている。圧電体膜40は上記式(P)で表される本発明のペロブスカイト型酸化物を含む本発明の圧電体膜である。
【0053】
下部電極30は基板20の略全面に形成されており、この上に図示手前側から奥側に延びるライン状の凸部41がストライプ状に配列したパターンの圧電体膜40が形成され、各凸部41の上に上部電極50が形成されている。
【0054】
圧電体膜40のパターンは図示するものに限定されず、適宜設計される。また、圧電体膜40は連続膜でも構わない。但し、圧電体膜40は、連続膜ではなく、互いに分離した複数の凸部41からなるパターンで形成することで、個々の凸部41の伸縮がスムーズに起こるので、より大きな変位量が得られ、好ましい。
【0055】
基板20としては特に制限なく、シリコン、ガラス、ステンレス(SUS)、イットリウム安定化ジルコニア(YSZ)、アルミナ、サファイヤ、シリコンカーバイド等の基板が挙げられる。基板20としては、シリコン基板の表面にSiO酸化膜が形成されたSOI基板等の積層基板を用いてもよい。
【0056】
下部電極30の主成分としては特に制限なく、Au,Pt,Ir,IrO,RuO,LaNiO,及びSrRuO等の金属又は金属酸化物、及びこれらの組合せが挙げられる。
【0057】
上部電極50の主成分としては特に制限なく、下部電極30で例示した材料、Al,Ta,Cr,及びCu等の一般的に半導体プロセスで用いられている電極材料、及びこれらの組合せが挙げられる。
【0058】
下部電極30と上部電極50の厚みは特に制限なく、例えば200nm程度である。圧電体膜40の膜厚は特に制限なく、通常1μm以上であり、例えば1〜5μmである。圧電体膜40の膜厚は3μm以上が好ましい。
【0059】
インクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)3は、概略、上記構成の圧電素子2の基板20の下面に、振動板60を介して、インクが貯留されるインク室(液体貯留室)71及びインク室71から外部にインクが吐出されるインク吐出口(液体吐出口)72を有するインクノズル(液体貯留吐出部材)70が取り付けられたものである。インク室71は、圧電体膜40の凸部41の数及びパターンに対応して、複数設けられている。
【0060】
インクジェット式記録ヘッド3では、圧電素子2の凸部41に印加する電界強度を凸部41ごとに増減させてこれを伸縮させ、これによってインク室71からのインクの吐出や吐出量の制御が行われる。
【0061】
基板20とは独立した部材の振動板60及びインクノズル70を取り付ける代わりに、基板20の一部を振動板60及びインクノズル70に加工してもよい。例えば、基板20がSOI基板等の積層基板からなる場合には、基板20を裏面側からエッチングしてインク室71を形成し、基板自体の加工により振動板60及びインクノズル70とを形成することができる。
【0062】
本実施形態の圧電素子2及びインクジェット式記録ヘッド3は、以上のように構成されている。
【0063】
[インクジェット記録装置]
図4を参照してインクジェット式記録ヘッド3(172M、172K、172C、172Y)を備えたインクジェット記録装置の構成例について説明する。図4は、装置全体図である。
【0064】
インクジェット記録装置100は、描画部116の圧胴(描画ドラム170)に保持された記録媒体124(便宜上「用紙」と呼ぶ場合がある。)にインクジェットヘッド172M、172K、172C、172Yから複数色のインクを打滴して所望のカラー画像を形成する圧胴直描方式のインクジェット記録装置であり、インクの打滴前に記録媒体124上に処理液(ここでは凝集処理液)を付与し、処理液とインク液を反応させて記録媒体124上に画像形成を行う2液反応(凝集)方式が適用されたオンデマンドタイプの画像形成装置である。
【0065】
図示のように、インクジェット記録装置100は、主として、給紙部112、処理液付与部114、描画部116、乾燥部118、定着部120、及び排出部122を備えて構成される。
【0066】
(給紙部)
給紙部112は、記録媒体124を処理液付与部114に供給する機構であり、当該給紙部112には、枚葉紙である記録媒体124が積層されている。給紙部112には、給紙トレイ150が設けられ、この給紙トレイ150から記録媒体124が一枚ずつ処理液付与部114に給紙される。
【0067】
(処理液付与部)
処理液付与部114は、記録媒体124の記録面に処理液を付与する機構である。処理液は、描画部116で付与されるインク中の色材(本例では顔料)を凝集させる色材凝集剤を含んでおり、この処理液とインクとが接触することによって、インクは色材と溶媒との分離が促進される。
【0068】
処理液付与部114で処理液が付与された記録媒体124は、処理液ドラム154から中間搬送部126を介して描画部116の描画ドラム170へ受け渡される。
【0069】
(描画部)
描画部116は、描画ドラム(第2の搬送体)170、用紙抑えローラ174、及びインクジェット式記録ヘッド172M,172K,172C,172Yを備えている。
【0070】
インクジェット式記録ヘッド172M,172K,172C,172Yはそれぞれ、記録媒体124における画像形成領域の最大幅に対応する長さを有するフルライン型のインクジェット方式の記録ヘッド(インクジェットヘッド)とすることが好ましい。インク吐出面には、画像形成領域の全幅にわたってインク吐出用のノズルが複数配列されたノズル列が形成されている。各インクジェット式記録ヘッド172M,172K,172C,172Yは、記録媒体124の搬送方向(描画ドラム170の回転方向)と直交する方向に延在するように設置される。
【0071】
描画ドラム170上に密着保持された記録媒体124の記録面に向かって各インクジェット式記録ヘッド172M,172K,172C,172Yから、対応する色インクの液滴が吐出されることにより、処理液付与部114で予め記録面に付与された処理液にインクが接触し、インク中に分散する色材(顔料)が凝集され、色材凝集体が形成される。これにより、記録媒体124上での色材流れなどが防止され、記録媒体124の記録面に画像が形成される。
【0072】
描画部116で画像が形成された記録媒体124は、描画ドラム170から中間搬送部128を介して乾燥部118の乾燥ドラム176へ受け渡される。
【0073】
(乾燥部)
乾燥部118は、色材凝集作用により分離された溶媒に含まれる水分を乾燥させる機構であり、図4に示すように、乾燥ドラム(搬送体)176、及び溶媒乾燥装置178を備えている。
【0074】
溶媒乾燥装置178は、乾燥ドラム176の外周面に対向する位置に配置され、IRヒータ182と、IRヒータ182の間に配置された温風噴出しノズル180とで構成される。
【0075】
乾燥部118で乾燥処理が行われた記録媒体124は、乾燥ドラム176から中間搬送部130を介して定着部120の定着ドラム184へ受け渡される。
【0076】
(定着部)
定着部120は、定着ドラム184、ハロゲンヒータ186、定着ローラ188、及びインラインセンサ190で構成される。定着ドラム184の回転により、記録媒体124は記録面が外側を向くようにして搬送され、この記録面に対して、ハロゲンヒータ186による予備加熱と、定着ローラ188による定着処理と、インラインセンサ190による検査が行われる。
【0077】
定着ローラ188は、乾燥させたインクを加熱加圧することによってインク中の自己分散性熱可塑性樹脂微粒子を溶着し、インクを皮膜化させるためのローラ部材であり、記録媒体124を加熱加圧するように構成される。
【0078】
上記の如く構成された定着部120によれば、乾燥部118で形成された薄層の画像層内の熱可塑性樹脂微粒子が定着ローラ188によって加熱加圧されて溶融されるので、記録媒体124に固定定着させることができる。
【0079】
また、インク中にUV硬化性モノマーを含有させた場合は、乾燥部で水分を充分に揮発させた後に、UV照射ランプを備えた定着部で、画像にUVを照射することで、UV硬化性モノマーを硬化重合させ、画像強度を向上させることができる。
【0080】
(排出部)
定着部120に続いて排出部122が設けられている。排出部122は、排出トレイ192を備えており、この排出トレイ192と定着部120の定着ドラム184との間に、これらに対接するように渡し胴194、搬送ベルト196、張架ローラ198が設けられている。記録媒体124は、渡し胴194により搬送ベルト196に送られ、排出トレイ192に排出される。
【0081】
なお、図4においてはドラム搬送方式のインクジェット記録装置について説明したが、本発明はこれに限定されず、ベルト搬送方式のインクジェット記録装置などにおいても用いることができる。
【0082】
[実施例]
次に、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0083】
[実施例1]
SOI基板をシリコンRIEエッチングにて加工して作製したダイヤフラム構造上に、スパッタ法により、基板温度350℃にて、50nm厚のTiW膜と150nm厚のIr下部電極とを順次成膜した。この下部電極上に、4μm圧のPZT圧電体膜を成膜した。成膜条件は、以下の通りとした。
【0084】
成膜装置:Rfスパッタ装置
ターゲット:
120mmφのPb1.3(Zr0.44Ti0.40Nb0.12Mg0.04)O焼結体
基板温度:475℃
基板−ターゲット間距離(T−S距離):60mm
成膜圧力:0.3Pa(2.3mTorr)
成膜ガス:Ar/O=97.5/2.5(モル比)
投入電力:500W
得られた圧電体膜は、基板面に対して非平行方向に延びる多数の柱状体からなる柱状構造であり、X線回折測定(XRD)より、(100)配向のペロブスカイト構造を有していることが確認できた。また、蛍光X線分析(XRF)から、Bサイト中のNb組成およびMg組成はそれぞれ13%、3.5%であった。また、AFM測定から表面ラフネスRaを、非接触段差計WYCOによって測定したウエハの反り量から薄膜にかかる応力を算出した。Raは9nm、膜にかかる引っ張り応力は170MPaであった。リソグラフィ工程によってPZT上に上部電極を形成し、ダイヤフラムの変位量から圧電定数d31を測定したところ、195pm/Vであった。
【0085】
[比較例4]
ターゲットを120mmのPb1.3(Zr0.42Ti0.39Nb0.12Mg0.07)O焼結体に変更した以外は実施例1と同様の条件で成膜を行なった。
【0086】
得られた圧電体膜は、基板面に対して非平行方向に延びる多数の柱状体からなる柱状構造膜であり、X線回折測定(XRD)から(100)配向のペロブスカイト構造を有していることが確認できた。また、蛍光X線分析(XRF)から、Bサイト中のNb組成およびMg組成はそれぞれ13%、6.5%であった。また、Ra=11nm、引っ張り応力は180MPa、d31=140pm/Vであった。しかし、上部電極を形成するリソグラフィ工程後に、圧電体膜の約50%の面積にクラックが発生し、歩留まりが著しく低下していた。
【0087】
[実施例2−5、比較例1−3、5−8]
ターゲットを図5に示すターゲットに変更した以外は実施例1と同様の条件で成膜を行なった。結果を図5に示す。
【0088】
なお、表中のクラックの記号は、倍率5倍の顕微鏡で圧電体膜表面を確認し、以下の基準で評価を行った。
【0089】
○・・・クラックは確認されなかった、または圧電体膜全体の20%以下である。
【0090】
△・・・クラックが圧電体膜全体の20%をこえ、50%以下である。
【0091】
×・・・クラックが圧電体膜全体の50%をこえる。
【0092】
図5より、bが0.3を越える試験については、圧電体膜表面にクラックが発生してしまい、良好なサンプルを形成することができなかった。
【0093】
また、Mgを添加することで、圧電定数d31の低下がみられるが、問題無い程度であった。また、Mgを添加することで、表面ラフネスRaも低くなっており、表面の平滑性が向上していることが確認できる。
【0094】
図6に、Nb組成が22%(実施例3〜5、比較例7、8)におけるMg組成に対する表面ラフネスRaと応力の関係を示す。図6に示すように、Mg組成が大きくなるにつれて表面ラフネスRaは小さくなり、逆に応力は大きくなり、従来の組成比(b=0.33)付近でクラックが発生していた。実施例、図6のグラフより、bの値は、図6の太線で囲まれた0.090≦b≦0.25の範囲内とすることで、表面性を向上させ、適切な応力を有する圧電素子を提供することができる。
【符号の説明】
【0095】
1…スパッタリング装置、2…圧電素子、3、172…インクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)、10…真空容器、11…基板ホルダ、12…プラズマ電極(カソード電極)、13…RF電源、14…ガス導入管、15…ガス排出管、20…基板、30…下部電極、40…圧電体膜、41…凸部、50…上部電極、60…振動板、70…インクノズル(液体貯留吐出部材)、71…インク室、72…インク吐出口(液体吐出口)、100…インクジェット記録装置、112…給紙部、114…処理液付与部、116…描画部、118…乾燥部、120…定着部、122…排出部、124…記録媒体、B…基板、G…ガス、T…ターゲット、V…排気

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物からなり、
0.090≦b≦0.25を満たし、
Bサイト中のNb比率が、0.13≦a×(1−b)を満たすことを特徴とする圧電体膜。
Pb1+δ(ZrTi1−a(MgNb1−b ・・・(P)
(なお、δ=0、z=3が望ましいが、ペロブスカイト構造をとり得る範囲内で変更可能である。また、Pbに変えてペロブスカイト構造をとり得る範囲の量で他のAサイト元素に置換することも可能である。)
【請求項2】
Bサイト中のNb比率が、0.16≦a×(1−b)を満たすことを特徴とする請求項1に記載の圧電体膜。
【請求項3】
Bサイト中のZrとTiの比率x:yが45:55〜55:45の範囲内であることを特徴とする請求項1または2に記載の圧電体膜。
【請求項4】
気相成長法により成膜されたことを特徴とする請求項1から3いずれか1項に記載の圧電体膜。
【請求項5】
前記気相成長法がスパッタ法であることを特徴とする請求項4に記載の圧電体膜。
【請求項6】
シリコン基板、酸化シリコン基板、及び、SOI基板のいずれかの基板上に請求項1から5いずれか1項に記載の圧電体膜と、前記圧電体膜に対して電界を印加する電極とを備えたことを特徴とする圧電素子。
【請求項7】
請求項6に記載の圧電素子と、前記圧電素子に一体的にまたは別体として設けられた液体吐出部材を備え、
前記液体吐出部材は、液体が貯留される液体貯留室と、前記液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口と、を有することを特徴とする液体吐出装置。
【請求項8】
請求項1から3いずれか1項に記載の圧電体膜の製造方法において、
気相成長法により成膜を行うことを特徴とする圧電体膜の製造方法。
【請求項9】
前記気相成長法がスパッタ法であることを特徴とする請求項8に記載の圧電体膜の製造方法。
【請求項10】
成膜する圧電体膜の膜組成に応じた組成のターゲットと、基板と、を離隔配置させ、
成膜温度Ts(℃)と、成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との差であるVs−Vf(V)とが、下記式(1)及び(2)を充足する成膜条件で成膜を行うことを特徴とする請求項9に記載の圧電体膜の製造方法。
Ts(℃)≧400・・・(1)
−0.2Ts+100<Vs−Vf(V)<−0.2Ts+130・・・(2)

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−39037(P2012−39037A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−180448(P2010−180448)
【出願日】平成22年8月11日(2010.8.11)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】