説明

圧電基板、弾性表面波素子、電子部品、及び圧電基板の製造方法、

【課題】縦型漏洩弾性表面波の伝搬減衰が小さな圧電基板、この圧電基板を利用した弾性表面波素子及び電子部品、前記圧電基板の製造方法を提供する。
【解決手段】縦型漏洩弾性表面波を励振するための圧電基板10は、圧電結晶中の一価陽イオンをプロトンと交換するプロトン交換処理が可能な圧電材料からなり、前記圧電材料をプロトン交換処理することにより形成されたプロトン交換層11と、このプロトン交換層内のプロトンを前記一価陽イオンと交換する逆プロトン交換処理することにより、前記プロトン交換層の上層側に、圧電基板の表面に露出するように形成された逆プロトン交換層12と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電基板に縦型漏洩弾性表面波を伝搬させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
携帯電話などの移動体通信機器のさらなる進化に伴い、フィルタやデュプレクサなどの弾性表面波(Surface Acoustic Wave:SAW)デバイスの高性能化が要求されている。特に、高周波化、広帯域化のために、高速、高結合のSAWモード、基板構造、圧電材料が要請されており、国内外で広く研究開発が行われている。
【0003】
縦型漏洩弾性表面波(Longitudinal-type Leaky SAW:LLSAW、縦波型漏洩弾性表面波、第二漏洩弾性表面波などとも呼ばれる)は、バルク縦波に近い位相速度を有しており、SAWデバイスの高周波化に有利な伝搬モードの一つである。しかし、SH波とSV波のバルク波を漏洩しながら伝搬するため、非常に大きい伝搬減衰を有している。大きな電気機械結合係数K(理論値:12.9%)を有すると報告されているXカット36°回転Y伝搬のLiNbO(以下、LNと記す)上、短絡表面の伝搬減衰理論値は4dB/波長(λ)に達する。LNやTiTaO(以下、LTと記す)上のLLSAWの低損失化の手法として、基板方位、電極膜厚の最適化が試みられている(非特許文献1、非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献1】"GHz-band surface acoustic wave devices using the second leaky mode", J. Appl. Phis., vol.36, no.9B, pp.6083-6087, 1997.
【非特許文献2】"LiNbO3の縦波形漏洩弾性表面波の共振器特性-有限要素-解析解結合法による解析", 信学会基礎・境界ソサイエティ大会, A-195, p.196, 1996.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明はこのような事情の下になされたものであり、その目的は、縦型漏洩弾性表面波の伝搬減衰が小さな圧電基板、この圧電基板を利用した弾性表面波素子及び電子部品、前記圧電基板の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る縦型漏洩弾性表面波の励振用の圧電基板は、圧電結晶中の一価陽イオンをプロトンと交換するプロトン交換処理が可能な圧電材料からなり、縦型漏洩弾性表面波を励振するための圧電基板であって、
前記圧電材料をプロトン交換処理することにより形成されたプロトン交換層と、
このプロトン交換層内のプロトンを前記一価陽イオンと交換する逆プロトン交換処理することにより、前記プロトン交換層の上層側に、圧電基板の表面に露出するように形成された逆プロトン交換層と、を備えることを特徴とする。
【0007】
上述の圧電基板は、以下の特徴を備えていてもよい。
(a)前記逆プロトン交換層を形成する前の初期のプロトン交換層の厚さは、縦型漏洩弾性表面波の波長をλとすると、0.1λ〜10λの範囲であり、前記逆プロトン交換層の厚さは0.05λ〜1λの範囲であること。
(b)前記圧電材料は、ニオブ酸リチウムまたはタンタル酸リチウムであること。
(c)前記圧電材料は、面方位が36°Xカット、Y伝搬のニオブ酸リチウムであること。
【0008】
また、本発明に係わる弾性表面波素子は、上述の縦型漏洩弾性表面波の励振用の圧電基板より得られた圧電片の逆プロトン交換層の表面に、縦型漏洩弾性表面波を励振させるためのIDT電極を備えることを特徴とする。
そして、本発明に係わる電子部品は、当該弾性表面波素子を備えることを特徴とする。
【0009】
また、他の発明に係わる縦型漏洩弾性表面波の励振用の圧電基板の製造方法は、圧電材料基板の被処理面を、200〜400℃に加熱されたプロトン源の溶液と接触させて、この被処理面に、前記圧電材料を構成する圧電結晶中の一価陽イオンをプロトンと交換してなるプロトン交換層を形成するプロトン交換処理工程と、
このプロトン交換層が形成された面を、200〜400℃に加熱され、前記プロトンと交換されたものと同種の一価陽イオンを含むイオン源と接触させて、当該プロトン交換層の上層側の被処理面に、前記プロトンを元の圧電結晶の一価陽イオンと交換してなる逆プロトン交換層を形成する逆プロトン交換処理工程と、を含むことを特徴とする。
【0010】
上記圧電基板の製造方法は、以下の特徴を備えていてもよい。
(d)前記プロトン交換処理工程及び逆プロトン交換処理工程のプロトン源濃度、処理温度、処理時間は、縦型漏洩弾性表面波の波長をλとしたとき、前記逆プロトン交換層を形成する前のプロトン交換層の初期の厚さが0.1λ〜10λの範囲となり、前記逆プロトン交換層の厚さが0.05λ〜1λの範囲となるように調整されること。
(e)前記圧電材料は、ニオブ酸リチウムまたはタンタル酸リチウムであること。
(f)前記圧電材料は、面方位が36°Xカット、Y伝搬のニオブ酸リチウムであること。
(g)前記圧電材料基板を300℃以上の温度に加熱して、前記プロトン交換層を拡散させる熱処理工程を含むこと。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、圧電基板の表面に露出している逆プロトン交換層の下層側に、逆プロトン交換層に比べて弾性定数の低いプロトン交換層を形成することにより、前記逆プロトン交換層の表面を伝搬する縦型漏洩弾性表面波の伝搬減衰を低減できる。この結果、当該圧電基板を利用して挿入損失の小さい弾性表面波フィルタやQ値の大きな弾性表面波共振子を構成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】発明の実施の形態に係わる圧電基板の構成を示す模式図である。
【図2】前記圧電基板を用いたSAWフィルタの構成例を示す平面図である。
【図3】前記圧電基板を用いたSAW共振子の構成例を示す平面図である。
【図4】実験に用いたSAWフィルタの平面図である。
【図5】実施例及び比較例に係わるSAWフィルタの挿入損失の周波数特性を示す特性図である。
【図6】実施例及び比較例に係わるSAW共振子のアドミタンスの周波数特性を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<圧電基板>
図1に示すように、本発明の縦型漏洩弾性表面波(以下、LLSAWと記す)の励振用の圧電基板1は、プロトン交換処理や逆プロトン交換処理が行われていない圧電材料の未処理層13の上層側に、当該圧電材料をプロトン交換処理して形成したプロトン交換層12、このプロトン交換層12の上層側の一部を逆プロトン交換処理して形成した逆プロトン交換層11を備えている。そしてこの逆プロトン交換層11が圧電基板1の表面に露出しており、LLSAWを伝搬させる伝搬面となる。
【0014】
本発明の圧電基板1の材料として利用可能な圧電材料は、プロトン交換処理及び逆プロトン交換処理を実施可能な圧電材料であり、具体例としてはニオブ酸リチウム(LiNbO:LN)やタンタル酸リチウム(LiTaO:LT)、ニオブ酸カリウム(KNbO)、MgOドープLNなどを挙げることができる。また圧電基板1において、LLSAWの伝搬減衰の程度は、圧電材料基板のカット方向及びLLSAWの伝搬方向に依存する。後述の実施例に示すように例えばLNでは、Xカット36°回転Y伝搬基板(以下、36°X-Y LNと記す)のとき伝搬減衰を低減可能なことを実験的に確認している。
【0015】
プロトン交換層12は、LNやLTを構成するリチウムイオン(Li)、ニオブ酸カリウムを構成するカリウムイオン(K)など一価陽イオンの一部または全部がプロトン(H)と交換されるプロトン交換処理を行って形成された層である。また、逆プロトン交換層11は、上記プロトン交換層12の圧電基板1の表面側の一部のプロトンが、プロトン交換処理にて交換された一価陽イオン(LiやKなど)と同種のイオンによって逆交換される逆プロトン交換処理を行って形成された層である。
【0016】
プロトン交換層12は、圧電材料を構成する圧電結晶中の一価陽イオン(LNやLTの場合、リチウムイオン)の一部がプロトンと交換されて、圧電性が低下する一方、弾性定数が低くなっている。一方、プロトン交換層12を逆プロトン交換処理して形成される逆プロトン交換層11は、圧電結晶中のプロトンがプロトン交換処理される前のものと同種の一価陽イオンと交換され、圧電性が回復すると共に、プロトン交換層11に比べて弾性定数も高くなる。
【0017】
このように逆プロトン交換層11の下層側に、当該逆プロトン交換層11よりも弾性定数の低いプロトン交換層12を配置すると、LLSAWの伝搬減衰を低減することができることが分かっている。このようにLLSAWの伝搬減衰が低減する理由は未だ不明であるが、圧電基板の異方性を実効的に変化させることができることなどが関連しているのではないかと考えている。
【0018】
圧電基板1の表面の逆プロトン交換層11の厚さは、縦型漏洩弾性表面波の波長をλとすると、0.05λ〜1λの範囲が好ましい。逆プロトン交換層11の厚さが0.05λよりも薄いと、圧電性が確認されにくくなり、1λよりも厚いとプロトン交換層11を設けた効果が現れにくくなってしまう。また、この逆プロトン交換層11を形成する前の初期のプロトン交換層12の厚さは前記λに対して0.1λ〜10λの範囲が好ましい。プロトン交換層12の厚さが0.1λよりも薄いと、逆プロトン交換層11の形成時に中間層を形成しにくいという問題があり、10λよりも厚いと圧電性を確保しにくくなる。ここで、逆プロトン交換層11を形成する際の加熱により、プロトン交換層12が拡散するため、プロトン交換層12と逆プロトン交換層11との合計の厚さは、逆プロトン交換層11を形成する前のプロトン交換交換層12の初期の厚さよりも厚くなっている。
【0019】
また、プロトン交換層12におけるLiやKなどの一価陽イオンのプロトンへの交換率は10〜100%の範囲が好ましい。プロトンへの交換率が10%よりも低いと、プロトン交換層を設けた効果が見えにくくなる。また、逆プロトン交換層11に残存しているプロトン、即ち、前述の交換率は、0〜90%の範囲が好ましい。この値が90%よりも高いと圧電性を確保しにくいという問題がある。
【0020】
そして逆プロトン交換層11が形成されている面に、例えば後述のIDT(Inter-Digital Transducer)電極をLLSAWの伝搬方向に対向させて配置し、トランスバーサル型のSAWフィルタを構成すると、IDT電極の電極子間隔に応じた周波数を持つLLSAWを圧電基板1の表面(逆プロトン交換層11の表面)に励振させ、伝搬させることができる。背景技術でも述べたように、LLSAWは、レイリー型のSAW(レイリー波)や漏洩弾性表面波(Leaky SAW:LSAW)よりも位相速度が速く、高周波化に適した伝搬モードである。
【0021】
<製造方法>
1.プロトン交換処理工程
プロトン交換処理は、例えば、200〜400℃に加熱した安息香酸、ピロリン酸、リン酸、硫酸、安息香酸リチウムで希釈した安息香酸などのプロトン源に、圧電材料基板を10分〜100時間程度浸漬することなどにより行われる。圧電基板の一面側だけにプロトン交換層を形成する場合には、圧電材料基板の他方側の面はマスクする。
【0022】
このプロトン交換処理により、圧電材料中の一価陽イオンがプロトンと交換され、プロトン交換層が圧電材料基板の表面に形成される。既述の通り当該処理時に形成されるプロトン交換層の初期の厚さは0.1λ〜10λの範囲であることが好ましい。
【0023】
プロトン交換層の厚さは、処理温度や処理時間、プロトン源の希釈量にて調整され、処理温度を高くし、処理時間を長くし、希釈量を減らす程、厚いプロトン交換層を形成できる。但し、基板のカットによっては、プロトン源の希釈量を減らしすぎると、圧電材料基板の表面にクラックを生ずる場合があるため、クラックが生じない程度の希釈量にて処理する必要がある。また、プロトン交換処理した圧電材料基板を、300℃以上の酸素雰囲気や不活性ガス雰囲気中などで0.5〜6時間程度熱処理してプロトンを拡散させ、プロトン交換層の厚さやプロトン交換率を調整してもよい(熱処理工程)。一方、一価陽イオン(LiやKなど)のプロトンへの交換率は、プロトン源の希釈量により調整され、希釈量を減らす程、交換率を高くすることができる。
【0024】
2.逆プロトン交換処理工程
逆プロトン交換処理は、例えば、200〜400℃に加熱され、前記プロトン処理にてプロトンと交換された一価陽イオンを含むイオン源にプロトン交換処理後の圧電材料基板を1〜80時間程度、浸漬することなどにより行われる。LNやLTの逆プロトン交換処理を行う場合には、イオン源としてLiNO、NaNO、KNOの等モル溶融液などを利用できる。
【0025】
このプロトン交換処理により、プロトン交換層中のプロトンが元の圧電材料の一価陽イオンと逆プロトン交換され、逆プロトン交換層がプロトン交換層の上層側の圧電材料基板表面に形成される。
逆プロトン交換層の厚さは、処理温度を高くし、処理時間を長くする程、厚い逆プロトン交換層を形成できる。これらのパラメータの調整により、既述の0.05λ〜1λの厚さの逆プロトン交換層が形成される。一方、逆プロトン交換層のプロトン交換率(言い替えると、一価陽イオンに逆交換されなかったプロトンの残存率)は、イオン源中の一価イオン濃度(例えば前記等モル溶融液の場合Liイオン濃度)を減らす程、低くする(プロトンの残存率を高くする)ことができる。
【0026】
また前述の熱処理工程は、プロトン交換処理工程の後、逆プロトン交換処理工程の前に行う場合のみに限られない。例えば逆プロトン交換処理工程の後に行ってもよいし、プロトン交換処理工程の後と逆プロトン交換処理工程との合計2回行ってもよい。プロトン交換処理を行った後において、圧電材料基板中のプロトンの濃度は、プロトン交換層12にて高く、圧電材料基板の本体である未処理層13にて低くなっており、これらの層12、13の境界を挟んで急激に変化している。プロトン交換処理工程の後に熱処理工程を設けると、プロトン交換層12内のプロトンが未処理層13側に拡散して、プロトン濃度が圧電材料基板の深さ方向に向けて徐々に低下する傾斜状の境界層が形成される。
【0027】
また、逆プロトン交換処理工程を行った後においても同様であり、逆プロトン交換層11ではプロトンの濃度が低く、プロトン交換層12との境界を挟んで急激にプロトン濃度が上昇する。このあとに熱処理工程を設けることにより、プロトン交換層12のプロトンが逆プロトン交換層11に拡散して、プロトン濃度が逆プロトン交換層11からプロトン交換層12へ向けて徐々に上昇する傾斜状の境界層が形成される。
【0028】
この熱処理工程を実施するタイミングを(1)プロトン交換処理工程の後、逆プロトン交換処理工程の前に1回だけ行う場合、(2)プロトン交換処理工程の後には行わず、逆プロトン交換処理工程の後に1回だけ行う場合、(3)プロトン交換処理工程の後と、逆プロトン交換処理工程の後とに1回ずつ、合計2回行う場合、と変化させることにより、プロトン濃度の傾斜の度合いや逆プロトン交換層11、プロトン交換層12の厚さを適宜調整することができる。またこれらの熱処理により、プロトン交換層12が厚くなり、逆プロトン交換層11や未処理層13との厚さの比を調整できる。そして、逆プロトン交換層11とプロトン交換層12との境界、及びプロトン交換層12と、圧電材料基板の本体である未処理層13との境界におけるプロトン濃度を傾斜状に変化させることにより、スプリアスの抑制に寄与できる場合がある。
【0029】
以上に説明した工程により、圧電材料の未処理層13の上層側にプロトン交換層12と逆プロトン交換層11とがこの順に積層され、当該逆プロトン交換層11が表面に露出した圧電基板1を製造できる。
【0030】
<弾性表面波素子>
以上に説明した圧電基板1を利用して圧電片10を形成すると、例えばIDT電極を用いることにより圧電片10の表面にLLSAWを伝搬させることができる。図2は、LLSAWの伝搬路を挟んで、当該LLSAWの伝搬方向に、2つのIDT電極21a、21bを対向するように設けた弾性表面波素子であるSAWフィルタ2の構成例を示している。
【0031】
各IDT電極21a、21bは、LLSAWの伝搬方向に沿って伸びる2本のバスバー211を備え、各バスバー211から、例えばLLSAWの伝搬方向と直交する方向に伸びる電極指213、214を互い違いに交差指状に配した構成となっている。そして例えば不平衡入出力の場合は、一方側のIDT電極21aのバスバー211が入力ポートに接続され、他方側のIDT電極21bのバスバー211が出力ポートに接続され、残るバスバー212は接地される(また平衡入出力の場合は両方のバスバー211、212が入出力ポートに接続される)。
【0032】
このSAWフィルタ2おいて、隣り合う電極指213、214の中心間の距離をλ/2[μm]、LLSAWの位相速度をV[m/s]とすると、通過帯域の中心周波数はf=V×10−3/λ[GHz]となる。
本例の圧電基板1を利用して形成した圧電片10はLLSAWの伝搬減衰が小さく、電気機械結合係数Kが大きく、挿入損失の小さなSAWフィルタ2を得ることができる。
【0033】
ここでSAWフィルタ2に適用可能なIDT電極の構成は、図2に示した例に限られるものではない。電極指213、214の交差幅を変化させるなどの重み付けや、浮き電極などの一方向性変換器を設けてもよいし、電極指213、214の間隔を連続的に変化させる傾斜型のIDT電極としてもよく、各種のIDT電極を適用することができる。
【0034】
また、電極指213、214の幅や本数、IDT電極21a、21bの距離(LLSAWの伝搬路長)は、SAWフィルタ2の仕様に応じて適宜、設定することがでる。即ち、圧電片10の材料として本発明の圧電基板1を利用することにより、逆プロトン交換層11やプロトン交換層12を備えない従来の圧電基板と比較して、IDT電極21a、21bを設計する上での新たな制約が発生するものではない。
【0035】
また本発明の圧電基板1を用いた圧電片10にIDT電極を設けてなる弾性表面波素子の例は、SAWフィルタ2に限定されるものではない。例えば図3に示すSAW共振子3に適用した場合も本発明の技術的範囲に含まれる。図3は、圧電片10上に1組のIDT電極31を設け、当該IDT電極31を構成するバスバー311、312に各々入力ポート、出力ポートを接続してなる1ポート型のSAW共振子3である。図3中、313、314は各バスバー311、312に接続された電極指であり、32はグレーティング反射器である。
【0036】
このSAW共振子3において、隣り合う電極指313、314の中心間の距離をλ/2[μm]、LLSAWの位相速度をV[m/s]とすると、共振周波数はf=V×10−3/λ[GHz]となる。
本例の圧電基板1を利用して形成した圧電片10によるとLLSAWの伝搬減衰が小さく、電気機械結合係数Kが大きいと共に、応答が大きくて急峻な(Q値が大きい)SAW共振子3を得ることができる。
【0037】
ここでSAW共振子3の構成についても図3に示したものに限られるものではなく、例えば複数のIDT電極31をLLSAWの伝搬方向に並べて構成される縦結合型の2重モードフィルタや、IDT電極31をLLSAWの伝搬方向と直交する方向に並べて構成される横結合型の2重モードフィルタを構成してもよい。
【0038】
<電子部品>
以上に説明したSAWフィルタ2はそれ単体でフィルタ機能を持つ電子部品として利用される。また、SAW共振子3は例えば周知のコルピッツ回路内に組み込まれることにより発振器として利用してもよいし、複数のSAW共振子3をラダー状に接続したラダー型フィルタや、送信信号、受信信号の帯域に応じて通過帯域の異なるラダー型フィルタを組み合わせて構成されるデュプレクサなどとして利用するなど、各種の電子部品として利用してもよい。
【0039】
本実施の形態に係わる圧電基板によれば以下の効果がある。圧電基板1の表面に露出している逆プロトン交換層11の下層側に、逆プロトン交換層11に比べて弾性定数の低いプロトン交換層12を形成することにより、前記逆プロトン交換層11の表面を伝搬するLLSAWの伝搬減衰を低減できる。この結果、当該圧電基板1を利用して挿入損失の小さいSAWフィルタ2や、Q値の大きなSAW共振子3を構成することができる。
【実施例】
【0040】
<実験1>
図1の構成を備える圧電基板1及び、プロトン交換処理、逆プロトン交換処理を行っていない圧電基板を用いてSAWフィルタ4を作製し、各圧電基板の電気機械結合係数及び、SAWフィルタ4の周波数特性を測定した。
A.実験条件
厚さ0.5mmの36°X-Y LNの圧電材料基板を250℃のプロトン溶液(安息香酸リチウムを安息香酸で希釈した溶液(Li:1.0mol%))中に5時間浸漬してプロトン交換処理を行い、プロトン交換層12を形成した。レーザー光導波の屈折率分布に基づいて決定したプロトン交換層12の初期の厚さは1.7μm(後述のようにLLSAWの波長λは3.6μmなので、0.47λ)であった。しかる後、当該圧電材料基板を300℃のLiNO、NaNO、KNOの等モル溶融液に9時間浸漬して逆プロトン交換処理を行い、プロトン交換層12の上層に逆プロトン交換層11を形成した。逆プロトン交換層11の厚さは1.1μm(同じく0.3λ)であった。
【0041】
(実施例1)
逆プロトン交換層11が形成された圧電片10の表面に、図4に示すダブル電極構造のIDT電極41a、41bを設けてSAWフィルタ4を構成した。ダブル電極構造のIDT電極41a、41bでは、各バスバー411、412から電極指413、414が2本毎に交互に伸び出している。電極指413、414の配置周期(LLSAWの波長)はλ=3.6μm、開口長(バスバー411、412の交差幅)は50λ、LLSAWの伝搬路長はL=50λであり、バスバー411、412の対数(ダブル電極構造では4本で1対)はN=10、30、50と変化させた。伝搬路は、図4に示す自由表面のSAWフィルタ4と、伝搬路表面に電極膜を形成して短絡表面としたSAWフィルタ4(図示せず)との2種類のものを用意し、両伝搬路表面の位相速度の差から電気機械結合係数を求めた。また当該SAWフィルタ4を用いてLLSAWの伝搬減衰やSAWフィルタ4の挿入損失の周波数特性を測定した。
(比較例1)
プロトン交換処理、逆プロトン交換処理を行っていない36°X-Y LNを用いた点以外は、実施例1と同様の条件でSAWフィルタ4を作製し、電気機械結合係数、LLSAWの伝搬減衰、SAWフィルタ4の挿入損失の周波数特性を計測した。
【0042】
B.実験結果
実施例1、比較例1のSAWフィルタ4(N=10、30)において、レイリー波及びLLSAWの伝搬速度から算出した電気機械結合係数を表1に示す。また、当該SAWフィルタ4にLLSAWを伝搬させたときの伝搬減衰を表2に示す。さらに図5には、実施例1、比較例1に係わるSAWフィルタ4(N=10)の挿入損失の周波数特性を示してある。図中、横軸は周波数[GHz]、縦軸は挿入損失[dB]であり、実施例1の結果を一点鎖線、比較例1の結果を実線で示した。
(表1)

(表2)

【0043】
表1によれば、実施例1では、レイリー波の電気機械結合係数が、プロトン交換処理、逆プロトン交換処理を行っていない比較例1における電気機械結合係数の8割程度まで回復している。これは、プロトン交換処理によって低減した圧電性が逆プロトン交換処理によってほぼ回復した結果であると考えられる。また、実施例1では、比較例1に比べてLLSAWの電気機械結合係数の値が大きく、より効率的に圧電片10の表面に供給された電気エネルギーがLLSAWの機械エネルギーに変換されているといえる。
【0044】
また表2に示したLLSAWの伝搬減衰について見てみると、実施例1の伝搬減衰の値(0.18dB/λ)は、未処理の36°X-Y LNを用いた比較例2の伝搬減衰の値(0.48dB/λ)の37.5%にまで低減されている。このことから、圧電片10に逆プロトン交換層11、プロトン交換層12が形成されている圧電基板1は、これらの層11、12が形成されていない圧電基板に比べて伝搬減衰が小さいという特性を有している。
【0045】
さらに図5によれば、実施例1、比較例1の何れのSAWフィルタ4にもレイリー波及びLLSAWの通過帯域を確認することができる。これらのうち、レイリー波の通過帯域の中心周波数における挿入損失は、実施例1と比較例1との間で大きな差は見られず、実施例1で26.6dB、比較例1で23.7dBであった。
【0046】
これに対して、LLSAWの通過帯域においては、実施例1(中心周波数1.85GHz、位相速度6,650m/s)の挿入損失が24.7dB、比較例1(中心周波数2.0GHz、位相速度7,190m/s)の挿入損失が47.5dBであり、比較例1に比べて実施例1の挿入損失が約23dBも低い。
これらのことから、圧電基板1を利用して形成したSAWフィルタ4は、レイリー波と同等程度にまで挿入損失を低減し、レイリー波(中心周波数約0.94GHz)の2倍近い周波数のLLSAWを伝搬させることが可能であることが分かる。
【0047】
<実験2>
図1の構成を備える圧電基板1及び、プロトン交換処理、逆プロトン交換処理を行っていない圧電基板を用いてSAW共振子3を作製し、周波数特性を測定した。
A.実験条件
(実施例2)
実施例1と同様の圧電基板1を利用して得た圧電片10上に、図3に示したものと同様のIDT電極31及びグレーティング反射器32配置してSAW共振子3を構成した。電極指313、314の配置周期(LLSAWの波長)はλ=3.6μm、開口長(電極指313、314の交差幅)はW=15λ、電極指313、314の対数(2本で1対)はN=100、各グレーティング反射器32の電極指数はN=50である。このSAW共振子3を用いてアドミタンスの周波数特性を測定した。
(比較例2)
プロトン交換処理、逆プロトン交換処理を行っていない36°X-Y LNを用いた点以外は、実施例2と同様の条件でSAW共振子3を作製し、アドミタンスの周波数特性を測定した。
【0048】
B.実験結果
実施例2、比較例2に係わるSAW共振子3のアドミタンスの周波数特性を図6に示す。図中、横軸は周波数[GHz]、縦軸はアドミタンスの振幅の絶対値[S]であり、実施例1の結果を一点鎖線で示し、比較例1の結果を実線で示した。
【0049】
図6に示した結果によれば、実施例2、比較例2のいずれについてもレイリー波の共振点、反共振点、並びにLLSAWの共振点、反共振点が確認された。そして、LLSAWの共振点、反共振点につい実施例2、比較例2を比べると、何れの点においても実施例2の方が比較例2よりもアドミタンスの振幅が大きな応答が得られている。また、LLSAWの共振点、反共振点についてQ値を計算したところ、Q値は表3のようになった。
(表3)

表3によれば、共振点、反共振点のいずれの点においても実施例2の方が急峻な周波数応答が得られ、より安定した周波数応答が得られるSAW共振子3であるといえる。
【符号の説明】
【0050】
1 圧電基板
10 圧電片
11 逆プロトン交換層
12 プロトン交換層
13 未処理層
2 SAWフィルタ
21a、21b
IDT電極
3 SAW共振子
31 IDT電極
4 SAWフィルタ
41a、41b
IDT電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電結晶中の一価陽イオンをプロトンと交換するプロトン交換処理が可能な圧電材料からなり、縦型漏洩弾性表面波を励振するための圧電基板であって、
前記圧電材料をプロトン交換処理することにより形成されたプロトン交換層と、
このプロトン交換層内のプロトンを前記一価陽イオンと交換する逆プロトン交換処理することにより、前記プロトン交換層の上層側に、圧電基板の表面に露出するように形成された逆プロトン交換層と、を備えることを特徴とする縦型漏洩弾性表面波の励振用の圧電基板。
【請求項2】
前記逆プロトン交換層を形成する前の初期のプロトン交換層の厚さは、縦型漏洩弾性表面波の波長をλとすると、0.1λ〜10λの範囲であり、前記逆プロトン交換層の厚さは0.05λ〜1λの範囲であることを特徴とする請求項1に記載の縦型漏洩弾性表面波の励振用の圧電基板。
【請求項3】
前記圧電材料は、ニオブ酸リチウムまたはタンタル酸リチウムであることを特徴とする請求項1または2に記載の縦型漏洩弾性表面波の励振用の圧電基板。
【請求項4】
前記圧電材料は、面方位が36°Xカット、Y伝搬のニオブ酸リチウムであることを特徴とする請求項3に記載の縦型漏洩弾性表面波の励振用の圧電基板。
【請求項5】
請求項1ないし4に記載の縦型漏洩弾性表面波の励振用の圧電基板より得られた圧電片の逆プロトン交換層の表面に、縦型漏洩弾性表面波を励振させるためのIDT電極を備えることを特徴とする弾性表面波素子。
【請求項6】
請求項5に記載の弾性表面波素子を備えることを特徴とする電子部品。
【請求項7】
圧電材料基板の被処理面を、200〜400℃に加熱されたプロトン源の溶液と接触させて、この被処理面に、前記圧電材料を構成する圧電結晶中の一価陽イオンをプロトンと交換してなるプロトン交換層を形成するプロトン交換処理工程と、
このプロトン交換層が形成された面を、200〜400℃に加熱され、前記プロトンと交換されたものと同種の一価陽イオンを含むイオン源と接触させて、当該プロトン交換層の上層側の被処理面に、前記プロトンを元の圧電結晶の一価陽イオンと交換してなる逆プロトン交換層を形成する逆プロトン交換処理工程と、を含むことを特徴とする縦型漏洩弾性表面波の励振用の圧電基板の製造方法。
【請求項8】
前記プロトン交換処理工程及び逆プロトン交換処理工程のプロトン源濃度、処理温度、処理時間は、縦型漏洩弾性表面波の波長をλとしたとき、前記逆プロトン交換層を形成する前のプロトン交換層の初期の厚さが0.1λ〜10λの範囲となり、前記逆プロトン交換層の厚さが0.05λ〜1λの範囲となるように調整されることを特徴とする請求項7に記載の縦型漏洩弾性表面波の励振用の圧電基板の製造方法。
【請求項9】
前記圧電材料は、ニオブ酸リチウムまたはタンタル酸リチウムであることを特徴とする請求項7または8に記載の縦型漏洩弾性表面波の励振用の圧電基板の製造方法。
【請求項10】
前記圧電材料は、面方位が36°Xカット、Y伝搬のニオブ酸リチウムであることを特徴とする請求項9に記載の縦型漏洩弾性表面波の励振用の圧電基板の製造方法。
【請求項11】
前記圧電材料基板を300℃以上の温度に加熱して、前記プロトン交換層を拡散させる熱処理工程を含むことを特徴とする請求項7ないし10の何れか一つに記載の縦型漏洩弾性表面波の励振用の圧電基板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−30829(P2013−30829A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−163452(P2011−163452)
【出願日】平成23年7月26日(2011.7.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 山梨大学、平成22年度山梨大学工学部電気電子システム工学科卒業論文発表会予稿集 情報通信システムコース、平成23年2月18日 電子情報通信学会、電子情報通信学会2011年総合大会講演論文集、平成23年2月28日 電気学会 電子回路技術委員会、第40回EMシンポジウム予稿集、平成23年5月19日
【出願人】(000232483)日本電波工業株式会社 (1,148)
【出願人】(304023994)国立大学法人山梨大学 (223)
【Fターム(参考)】