圧電膜素子及び圧電膜デバイス
【課題】圧電特性に優れ且つ信頼性の高い圧電膜素子及び圧電膜デバイスを提供する。
【解決手段】基板1上に、少なくとも下部電極層2と、非鉛のアルカリニオブ酸化物系の圧電膜4とを配した圧電膜素子10において、前記下部電極層2は、立方晶、正方晶、斜方晶、六方晶、単斜晶、三斜晶、三方晶のいずれかの結晶構造、またはこれら結晶構造のうちの二以上の結晶構造が共存した状態を有し、前記結晶構造の結晶軸のうちの2軸以下のある特定の結晶軸に優先的に配向しており、前記基板1上における少なくとも一つの前記結晶軸を法線とした結晶面のX線回折強度分布において、前記結晶面のX線回折強度の相対標準偏差が57%以下である。
【解決手段】基板1上に、少なくとも下部電極層2と、非鉛のアルカリニオブ酸化物系の圧電膜4とを配した圧電膜素子10において、前記下部電極層2は、立方晶、正方晶、斜方晶、六方晶、単斜晶、三斜晶、三方晶のいずれかの結晶構造、またはこれら結晶構造のうちの二以上の結晶構造が共存した状態を有し、前記結晶構造の結晶軸のうちの2軸以下のある特定の結晶軸に優先的に配向しており、前記基板1上における少なくとも一つの前記結晶軸を法線とした結晶面のX線回折強度分布において、前記結晶面のX線回折強度の相対標準偏差が57%以下である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非鉛のアルカリニオブ酸化物系の圧電膜を用いた圧電膜素子及び圧電膜デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
圧電体は種々の目的に応じて様々な圧電素子に加工され、特に電圧を加えて変形を生じさせるアクチュエータや、逆に素子の変形から電圧を発生するセンサなどの機能性電子部品として広く利用されている。アクチュエータやセンサの用途に利用されている圧電体としては、優れた圧電特性を有する鉛系材料の誘電体、特にPZTと呼ばれるPb(Zr1−xTix)O3系のペロブスカイト型強誘電体が、これまで広く用いられている。PZTなどの圧電体は、通常、圧電体材料の酸化物を焼結することにより形成されている。
【0003】
また、近年では環境への配慮から鉛を含有しない圧電体の開発が切望されており、非鉛のアルカリニオブ酸化物であるニオブ酸カリウムナトリウム(一般式:(NaxKy)NbO3(0<x<1、0<y<1、x+y+z=1))、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウム(一般式:(NaxKyLiz)NbO3(0<x<1、0<y<1、0<z<1、x+y+z=1))等の開発が進められている。ニオブ酸カリウムナトリウム等は、PZTに匹敵する圧電特性を有することから、非鉛圧電材料の有力な候補として期待されている。
【0004】
一方、現在、各種電子部品の小型かつ高性能化が進むにつれ、圧電素子においても小型化と高性能化が強く求められるようになった。しかしながら、従来からの焼結法を中心とした製造方法により作製した圧電膜は、その厚みを薄くするにつれ、特に厚みが10μm程度の厚さに近づくにつれて、圧電材料を構成する結晶粒の大きさに近づくため、特性のばらつきや劣化が顕著になるといった問題が発生する。これを回避するために、焼結法に変わる薄膜技術等を応用した圧電膜の形成法が近年研究されるようになってきた。
【0005】
近年、RFスパッタリング法で形成したPZT薄膜が高精細高速インクジェットプリンタのヘッド用アクチュエータや、小型低価格の角速度センサまたはジャイロセンサとして実用化されている(例えば、特許文献1参照)。また、鉛を用いないニオブ酸リチウムカリウムナトリウムの圧電薄膜を用いた圧電体薄膜素子も提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0006】
これらの圧電素子を駆動させるには、圧電膜に対して電界(電圧)を印加させなければならない。そのためには、電極と呼ばれる導電性材料を圧電膜の上下に配置することが必要である。一般に、圧電膜、高誘電率膜、強誘電性薄膜などの電極としては、耐環境性に優れた白金(Pt)を用いられることが多い。また、その他にも、電極層の種類として、Ru(ルテニウム)、Ir(イリジウム)、Sn(スズ)、In(インジウム)乃至それらの酸化物や、圧電膜中に含む元素との化合物で構成される単層、あるいはそれらの層を含む積層体がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平10−286953号公報
【特許文献2】特開2007−19302号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
圧電膜として非鉛圧電膜を形成することにより、環境負荷を低減させた高精細高速インクジェットプリンタ用ヘッドや小型で低価格な角速度センサやジャイロセンサを作製することができる。このため、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウム等の圧電膜の基礎研究が進められている。また、応用面における低コスト化においては、Si基板やガラス基板上に圧電膜を制御良く形成する技術を確立することも不可欠である。
【0009】
アクチュエータやセンサを作製する場合、従来技術では、圧電膜素子の基幹部位にあたる非鉛系の圧電膜の周辺材料の一つである電極材料に対し、その結晶配向性などの原子レベル構造を定量的にかつ精密に制御することや管理することは行われていなかった。このため、長寿命かつ高い圧電定数を示す非鉛系デバイスを安定に生産することができなかった。また、基板上に多数形成される圧電膜素子の電極構造が基板上の形成部位によって異なることがあるため、圧電膜素子の圧電定数が不均一となり、製造上の歩留り低下の原因の一つとなっていた。
【0010】
本発明の目的は、圧電特性に優れ且つ信頼性の高い圧電膜素子及び圧電膜デバイスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1の態様は、基板上に、少なくとも下部電極層と、非鉛のアルカリニオブ酸化物系の圧電膜とを配した圧電膜素子において、前記下部電極層は、立方晶、正方晶、斜方晶、六方晶、単斜晶、三斜晶、三方晶のいずれかの結晶構造、またはこれら結晶構造のうちの二以上の結晶構造が共存した状態を有し、前記結晶構造の結晶軸のうちの2軸以下のある特定の結晶軸に優先的に配向しており、前記基板上における少なくとも一つの前記結晶軸を法線とした結晶面のX線回折強度分布において、前記結晶面のX線回折強度の相対標準偏差が57%以下である圧電膜素子である。
【0012】
本発明の第2の態様は、基板上に、少なくとも下部電極層と、非鉛のアルカリニオブ酸化物系の圧電膜とを配した圧電膜素子において、前記下部電極層は、立方晶、正方晶、斜方晶、六方晶、単斜晶、三斜晶、三方晶のいずれかの結晶構造、またはこれら結晶構造のうちの二以上の結晶構造が共存した状態を有し、前記結晶構造の結晶軸のうち2軸以下のある特定の軸に優先的に配向しており、前記基板上における少なくとも一つの前記結晶軸を法線とした結晶面のX線回折強度の分布において、前記結晶面のX線回折強度の最小ピーク強度に対する最大ピーク強度の大きさが7倍以下の範囲にある圧電膜素子である。
【0013】
本発明の第3の態様は、第1又は第2の態様に記載の圧電膜素子において、前記基板上における前記圧電膜の圧電定数の分布は、相対標準偏差が10%以下にある。
【0014】
本発明の第4の態様は、第1〜第3の態様のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記下部電極層は、柱状構造の粒子で構成された集合組織を有している。
【0015】
本発明の第5の態様は、第1〜第4の態様のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記下部電極層が、(001)優先配向結晶粒、(110)優先配向結晶粒および(111)優先配向結晶粒のうち、主に一つの優先配向結晶粒で構成された構造、または二以上の優先配向結晶粒が共存した構造である。
【0016】
本発明の第6の態様は、第1〜第5の態様のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記下部電極層は、Pt層またはPtを主成分とする合金層からなる単層構造、あるいはPt層またはPtを主成分とする合金層を含む積層構造である。
【0017】
本発明の第7の態様は、第1〜第6の態様のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記下部電極層は、Ru、Ir、Sn、In、これらの酸化物、またはPtと前記圧電膜中に含まれる元素との化合物からなる層の単層構造、または前記層を含む積層構造である。
【0018】
本発明の第8の態様は、第1〜第7の態様のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記圧電膜上に、上部電極層が設けられ、前記上部電極層は、Pt層またはPtを主成分とする合金層からなる単層構造、あるいはPt層またはPtを主成分とする合金層を含む積層構造である。
【0019】
本発明の第9の態様は、第8の態様に記載の圧電膜素子において、前記上部電極層は、Ru、Ir、Sn、In、これらの酸化物、またはPtと前記圧電膜中に含まれる元素との化合物からなる層の単層構造、または前記層を含む積層構造である。
【0020】
本発明の第10の態様は、第1〜第4の態様のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記基板は、Si基板、MgO基板、ZnO基板、SrTiO3基板、SrRuO3基板、ガラス基板、石英ガラス基板、GaAs基板、GaN基板、サファイア基板、Ge基板、またはステンレス基板である。
【0021】
本発明の第11の態様は、第1〜第10の態様のいずれかに記載の圧電膜素子を備えた圧電膜デバイスである。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、圧電膜素子の下部電極層構造を精密に制御することにより、圧電特性に優れ且つ信頼性の高い圧電膜素子及び圧電膜デバイスを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の一実施形態及び一実施例に係る圧電膜素子の断面図である。
【図2】本発明の他の実施形態に係る圧電膜素子の断面図である。
【図3】本発明の一実施形態に係る圧電膜デバイスの断面図である。
【図4】本発明の実施例において下部電極層のスパッタリング成膜に用いたスパッタリング装置を示す概略構成図である。
【図5】本発明の一実施例に係る圧電膜素子におけるPt下部電極層表面を原子間力顕微鏡で測定した表面形状像である。
【図6】Ptの結晶構造を示す図である。
【図7】本発明の一実施例に係るPt下部電極層の2θ/θスキャンのX線回折パターンである。
【図8】本発明の一実施例に係る圧電膜素子における2θ/θスキャンのX線回折パターンである。
【図9】(a)は実施例のウェハ中心でのPt下部電極層の111X線回折強度とKNN圧電膜の001回折強度との相関図であり、(b)は実施例のウェハ中心から30mm離れた位置のPt下部電極層の111X線回折強度とKNN圧電膜の001回折強度との相関図である。
【図10】(a)は実施例のウェハのオリフラから対向するトップ側に沿って測定したときの、Pt下部電極層の成膜温度と111X線回折強度との相関図であり、(b)は実施例のウェハのオリフラを下に配置したときの左から右側に沿って測定したときの、Pt下部電極層の成膜温度と111X線回折強度との相関図である。
【図11】(a)は実施例のウェハのオリフラから対向するトップ側に沿って測定したときの、Pt下部電極層のPower(スパッタリング投入電力)と111X線回折強度との相関図であり、(b)は実施例のウェハのオリフラを下に配置したときの左から右側に沿って測定したときの、Pt下部電極層のPower(スパッタリング投入電力)と111X線回折強度との相関図である。
【図12】本発明の実施例に係るPt下部電極層のウェハ(基板)面上における(111)優先配向性の分布の説明図であって、(a)は基板面上において不均一な(111)優先配向の分布の一例であり、(b)は本発明の実施例における均一な(111)優先配向の分布の一例である。
【図13】本発明の実施例に係るPt下部電極層のウェハ(基板)面上におけるKNN圧電膜の格子歪分布の説明図であって、(a)は不均一な(111)優先配向の分布をもつPt下部電極層上に形成したKNN圧電膜の格子歪の分布であり、(b)は本発明の一実施例となる均一な(111)優先配向をもつPt下部電極層上に形成したKNN圧電膜の格子歪の分布である。
【図14】実施例の基板上におけるPt下部電極層の111回折強度のばらつきとKNN圧電膜の格子歪c/aのばらつきとの相関図である。
【図15】本発明の実施例に係るPt下部電極層のウェハ(基板)面上におけるKNN圧電膜の圧電定数分布の説明図であって、(a)は不均一な(111)優先配向の分布をもつPt下部電極層上に形成したKNN圧電膜の圧電定数の分布であり、(b)は本発明の一実施例となる均一な(111)優先配向をもつPt下部電極層上に形成したKNN圧電膜の圧電定数の分布である。
【図16】本発明の実施例に係る基板上におけるPt下部電極層の111回折強度の相対標準偏差とKNN圧電膜の圧電定数の相対標準偏差との相関図である。
【図17】本発明の実施例に係る基板上におけるPt下部電極層の(111)面のX線回折強度の倍率と、KNN圧電膜の圧電定数−d31との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明者は、圧電膜素子の構成材料である、基板、下部電極層及び圧電膜を適切に選定すると共に、これら材料の作製条件の最適化を図ったが、その過程で圧電膜素子の圧電特性と下部電極構造との関係に着目し、圧電特性と下部電極構造との相関関係を明確にすべく、精密かつ詳細な解析を定量的に行った。その結果、下部電極層の結晶配向性を厳密に制御することにより、非鉛の圧電膜素子の圧電特性の向上と、圧電膜デバイスの高性能化を実現できると同時に、圧電膜素子及び圧電膜デバイスの製造歩留りを向上できることを見出した。
【0025】
本発明の一態様の圧電膜素子は、基板上に、少なくとも下部電極層と、非鉛のアルカリニオブ酸化物系の圧電膜とを配した圧電膜素子において、前記下部電極層は、立方晶、正方晶、斜方晶、六方晶、単斜晶、三斜晶、三方晶のいずれかの結晶構造、またはこれら結晶構造のうちの二以上の結晶構造が共存した状態を有し、前記結晶構造の結晶軸のうちの2軸以下のある特定の結晶軸に優先的に配向しており、前記基板上における少なくとも一つの前記結晶軸を法線とした結晶面のX線回折強度分布において、前記結晶面のX線回折強度の相対標準偏差が57%以下である。
例えば、後述する実施例の表2及び図16に示すように、基板上における下部電極層の(111)優先配向分布の指標である(111)X線回折強度の相対標準偏差が57%以下、より好ましくは44%以下の範囲に設定することによって、基板上における圧電定数分布の指標である圧電定数の相対標準偏差を10%以下、もしくは7%以下(111X線回折強度の相対標準偏差が44%以下の場合)にまで、基板上における圧電特性を均一かつ安定的に実現できる。
【0026】
本発明の他の態様の圧電膜素子は、基板上に、少なくとも下部電極層と、非鉛のアルカリニオブ酸化物系の圧電膜とを配した圧電膜素子において、前記下部電極層は、立方晶、正方晶、斜方晶、六方晶、単斜晶、三斜晶、三方晶のいずれかの結晶構造、またはこれら結晶構造のうちの二以上の結晶構造が共存した状態を有し、前記結晶構造の結晶軸のうち2軸以下のある特定の軸に優先的に配向しており、前記基板上における少なくとも一つの
前記結晶軸を法線とした結晶面のX線回折強度の分布において、前記結晶面のX線回折強度の最小ピーク強度に対する最大ピーク強度の大きさが7倍以下、より好ましくは6倍以下の範囲にある。
例えば、後述する実施例の表3及び図17に示すように、基板上における下部電極層の(111)優先配向分布の指標である(111)X線回折強度の最小ピーク強度に対する最大ピーク強度の大きさを7倍以下の範囲に精密に設定することによって、非鉛圧電体の圧電特性を自由に制御あるいは向上させることができる。そして、より好ましくは、上記X線回折強度の大きさを約6倍以下に設定することによって、圧電定数を各種デバイスへ広く適用できるレベルの70以上に制御することが可能である。尚、このときの圧電定数は、KNN圧電膜のヤング率をバルクで仮定しているために、任意単位で表記しているが、本発明の一実施例として電極面に沿った方向の伸縮の変化量であるd31である。
【0027】
上記態様の圧電膜素子において、前記下部電極層として、Pt層またはPt合金層を使用し、Pt層またはPt合金層からなる下部電極層を前記基板面に対して垂直方向に(111)優先配向にすることにより、基板上に形成した圧電膜の配向性を向上できる。これにより圧電膜素子の圧電特性を更に向上させることができる。
また、前記下部電極層の材料として、Ru、Ir、Sn、In、これらの酸化物、またはPtと前記圧電膜中に含まれる元素との化合物を使用することによっても、同様にして圧電膜の配向性、圧電膜素子の圧電特性を向上できる。
また、前記基板についても、Si基板、MgO基板、ZnO基板、SrTiO3基板、SrRuO3基板、ガラス基板、石英ガラス基板、GaAs基板、GaN基板、サファイア基板、Ge基板、またはステンレス基板を使用することによって、その上に形成した圧電膜の結晶配向性を制御することができ、圧電特性を向上することができる。
【0028】
以下に、本発明に係る圧電膜素子及び圧電膜デバイスの一実施形態を図面を用いて説明する。
【0029】
(圧電膜素子の一実施形態)
図1に、本発明に係る圧電膜素子の一実施形態を示す。
本実施形態の圧電膜素子10は、図1に示すように、表面に酸化膜を有する基板1と、基板1上に接着層2を介して形成される下部電極層3と、下部電極層3上に形成されるペロブスカイト構造の圧電膜4とを有する。圧電膜4は、(NaxKyLiz)NbO3(0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)であり、所定方向に配向し
て形成される下部電極層3に対して、圧電膜4が所定方向に優先配向している。
【0030】
基板1には、Si基板、MgO基板、ZnO基板、SrTiO3基板、SrRuO3基板、ガラス基板、石英ガラス基板、GaAs基板、GaN基板、サファイア基板、Ge基板、ステンレス基板などが挙げられる。特に、低価格でかつ工業的に実績のあるSi基板が望ましい。Si基板等の表面に形成される前記酸化膜は、熱酸化により形成される熱酸化膜、CVD(Chemical Vapor Deposition)法により形成されるSi酸化膜などが挙げ
られる。なお、前記酸化膜を形成せずに、石英ガラス、MgO、SrTiO3、SrRuO3基板などの酸化物基板上に、直接Pt電極などの下部電極層3を形成しても良い。
【0031】
下部電極層3は、PtもしくはPtを主成分とするPt合金からなる単層構造の電極層、またはこれらの層を含む積層した構造の電極層であることが望ましい。また、下部電極層3は、(111)面方位([111]軸の方向)に配向して形成されるのが好ましく、基板1とPt層もしくはPt合金層からなる下部電極層3との間には、図1に示すように、基板1との密着性を高めるためのTi等からなる接着層2を設けるのが良い。
【0032】
本実施形態においては、下部電極層3の結晶配向性は(111)面優先配向であり、一
例として、基板1である4インチSiウェハ上における分布において、下部電極層3は、(111)配向度のばらつきである(111)面のX線回折強度の相対標準偏差が15%であると共に、(111)面優先配向の指標として用いた(111)面のX線回折強度について、(111)面X線回折強度分布における最小ピーク強度に対する最大ピーク強度の大きさを7倍にまで制御した。また、Ptの下部電極層3の(111)優先配向性を評価する上で、下部電極層3のX線回折パターンは、KNN圧電膜を形成する前と後においても、容易に測定できることから、圧電膜形成後の改質処理の前後においても、(111)優先配向性を有するPt下部電極層3を評価することが可能である。(111)面など所定の方向に優先配向した下部電極層3について、その配向度に注目し、X線回折法等(その他の配向方向を見積もることができる構造解析法、例えば、走査型電子顕微鏡による電子線回折を応用した結晶方位解析法等)を用いて、適切な結晶配向性を有する下部電極層3の作製条件の最適化を図る。
【0033】
一般的に、Ptなどの電極層については、その上部に形成される誘電性膜や圧電性膜などの結晶配向性や格子歪など原子レベル構造を制御するために、上記のように電極層の結晶配向性に関し、特定軸方向に優先配向させることが多い。しかし、下部電極層の膜質以外に、その上部の圧電膜の膜質を決定する要因が多数存在することや、大口径の基板上において下部電極層の膜質を均一に形成することが困難であることから、結果として、高性能な圧電膜を安定に作製することは容易ではない。本発明の実施形態の一つである(111)優先配向のPt電極層においても、上記理由から、非鉛の圧電膜の特性決定要因の一つであるPt下部電極層の結晶配向性の精密な制御が難しいため、所望の高い圧電定数を有する小型の非鉛系圧電素子を安定に生産することができなかった。
【0034】
そこで、非鉛系圧電膜であるニオブ酸リチウムカリウムナトリウム膜の圧電特性を厳密に制御するために、この圧電膜における初期の結晶成長状態を決定するPt下部電極層について、Pt下部電極層の結晶構造を精度良く安定に製造すべく、次に述べる製造条件によって最適化を行う。
本実施形態では、一般に量産実績のある成膜法であるスパッタリング法を用いて、Pt下部電極層の試作を行った。まず、制御パラメータの一つである成膜時のスパッタリング投入電力(Power)については、スパッタリング投入電力を増加させることで、Arイオ
ンなどのエネルギー粒子の衝撃により、多くのスパッタ粒子を強制的に基板上に打ち込み、結果として最適な高配向を有するPt下部電極層を作製する。また、成膜温度も結晶配向性の制御パラメータとして注目し、均一に(111)優先配向となるよう、室温〜800℃の範囲、より好ましくは室温〜300℃の範囲で、最適な(111)優先配向のPt下部電極層を作製する。更に、下部電極層表面の平滑性と基板との密着性も向上するため、下部電極層の形成前に基板上に0.1から数nmの膜厚のTiもしくはTiOxを形成
し、その上にPt下部電極層を形成することで、基板との密着力の強い高配向のPt下部電極層を安定に作製することを可能にした。
【0035】
また、基板1の候補としては、Si、MgO、ZnO、SrTiO3、SrRuO3、ガラス、石英ガラス、GaAs、GaN、サファイア、Ge、ステンレス等の結晶あるいは非晶質あるいはそれらの複合体等が望ましく、それらの基板上に、密着層や下部電極層を形成し、その上部にニオブ酸リチウムカリウムナトリウム膜を形成した圧電膜素子について、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウム膜の結晶配向性を詳細に比較して、実際に、優先配向性を厳密に制御できる基板の選定を進めた。更に、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウム膜の優先配向性をより確実に実現するために、上記の実施の形態において、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウム膜を成膜するときの温度、スパッタリング動作ガスの種類、動作ガス圧力、真空度、投入電力、及び成膜後の熱処理等の条件について最適化を行い、圧電特性が向上する結晶配向性を有する圧電膜を作製した。
【0036】
本実施形態における多結晶あるいはエピタキシャル成長させた単結晶のPt下部電極層は、(111)優先配向しており、基板(例えばSiウェハ)上における(111)配向度のばらつきとして、(111)X線回折強度の相対標準偏差が一定の範囲内におさまるように精密に制御されたものである。この(111)X線回折強度の相対標準偏差は、(111)面に優先配向したPt下部電極層の結晶配向性を定量的に現した構造パラメータであり、その上部に形成する圧電膜の特性向上の鍵となる制御パラメータである。
実際には、Pt下部電極層の(111)優先配向分布を均一にすべく、赤外線ランプによる熱幅射、レーザー照射あるいは伝熱板等を介したヒータ加熱による熱伝導などを用いて、成膜温度、熱処理温度などが一定の範囲となるように制御する。また、Ptのスパッタリング成膜時の投入電力値を最適制御すること、ターゲット材の形状を変更すること、成膜される側の基板と原料のスパッタリングターゲット間の距離、およびスパッタリングターゲットに対して自転、公転、あるいは自公転させた基板側の速度を適切に制御すること等によって、大きな面積を有する基板(ウェハ)上におけるPt下部電極層の結晶配向性、すなわち(111)優先配向度を均一化する効果が期待できる。更に、上記の設定条件・制御条件に加えて、圧電膜のスパッタリング投入電力、成膜装置内に導入されるガス圧力や流量を制御し、He、Ar、Kr、Xeなどのスパッタ動作ガスに対して、0.1
%以上のO2やN2やH2Oなどを含有させるなど、適切なガス種を選ぶことによって、高い圧電定数を示すニオブ酸リチウムカリウムナトリウム膜を備えた圧電膜素子が安定かつ歩留まり良く得られる。また、マグネトロンスパッタ装置に搭載されるスパッタリングターゲット側に配置される磁石の磁力の強弱や回転数を調節あるいは制御することによっても同様な効果が期待できる。
【0037】
(圧電膜素子の他の実施形態)
前記の下部電極層の結晶配向性を正確に定量化し、厳密に制御・管理して作製された図1に示す実施形態の圧電膜素子(ないし圧電膜付き基板)10に対して、更に、図2に示すように、圧電膜4上に上部電極層5を形成することによって、高い圧電定数を示す圧電膜素子20を作製できる。
また、図1に示す圧電膜素子10の圧電膜4上に所定のパターンを備えた電極を形成することで、表面弾性波を利用した圧電膜素子(フィルタデバイス)を形成することができる。表面弾性波を利用する圧電膜素子(フィルタデバイス)などのように、下部電極を必要としない場合には、下部電極層3を圧電膜4の下地層として用いる。
【0038】
(圧電膜デバイス)
図2に示す実施形態の圧電膜素子20を所定形状に成型し、成型した圧電膜素子の下部電極層3と上部電極層5との間に、電圧印加手段あるいは電圧検出手段を設けることにより、各種のアクチュエータあるいはセンサなどの圧電膜デバイスを作製することができる。これらデバイスにおける下部電極層及び圧電膜の結晶配向性を安定に制御することによって、圧電膜素子や圧電膜デバイスの圧電特性の向上や安定化を実現でき、高性能なマイクロデバイスを安価に提供することが可能になる。また、本発明の圧電膜素子は、鉛を用いない圧電膜を備えた圧電膜素子であるため、本発明の圧電膜素子を搭載することによって、環境負荷を低減させかつ高性能な小型のモータ、センサ、アクチュエータ等の小型システム装置、例えばMEMS(Micro Electro Mechanical System)等が実現できる。
【0039】
図3は、他の実施形態に係る圧電膜デバイスの概略構成を示す断面図である。この実施形態の圧電膜デバイス30は、図2に示す実施形態の圧電体膜素子20を可変容量キャパシタに適用した場合を示す。
この圧電膜デバイス30は、デバイス基板31と、デバイス基板31上に形成された絶縁層32と、絶縁層32上に形成され、図2と同様の構造を有する圧電膜素子20とを備える。デバイス基板31及び絶縁層32は、圧電膜素子20の一方の端部を支持する支持部材として機能する。圧電膜素子20は、基板1上に密着層2、下部電極層3、圧電膜4
及び上部電極層5が形成され、圧電膜素子20のもう一方の端部(自由端部)は、基板1が延出されており、この基板1の延出部には、上部キャパシタ電極36が突出して設けられている。デバイス基板31上には、上部キャパシタ電極36の下に空隙33を介して下部キャパシタ電極34を形成し、下部キャパシタ電極34の表面にSiN等からなる絶縁層35を形成している。
そして、上部電極層5及び下部電極層3に、それぞれボンディングワイヤ18A、18Bを介して電圧を印加すると、圧電膜素子20の先端が変位し、これに伴って上部キャパシタ電極36が上下方向に変位する。上部キャパシタ電極36の変位によって上部キャパシタ電極36と下部キャパシタ電極34との間のキャパシタが変化し、本実施形態の圧電膜デバイス30は可変キャパシタとして動作する。
【実施例】
【0040】
以下に、本発明の実施例を具体的に説明する。
【0041】
(圧電膜素子)
本実施例では、図1に示す上記実施形態と同様の断面構造を有する圧電膜素子(圧電膜付き基板)を作製した。
【0042】
本実施例においては、まず、酸化膜を有するSi基板1上に接着層2を形成した上部に、Pt下部電極層3を形成した下部電極付き基板を作製した。このとき、Pt下部電極層3は、図6に示すように、結晶系としては立方晶の一つである面心立方格子の構造を有している。また、下部電極層3としては、Ptではなく、Auを用いても良く、あるいはPt合金、Ir、Ru、Auを含む合金、InやSnを含む導電性酸化物であっても良い。以下、それぞれの製造方法を記述する。
【0043】
始めに、Si基板1の表面に熱酸化膜を形成し、その上に接着層2、下部電極層3形成した。基板1としては、Si基板ではなく、MgO基板、ZnO基板、SrTiO3板、SrRuO3基板、ガラス基板、石英ガラス基板、GaAs基板、GaN基板、サファイア基板、Ge基板、ステンレス基板であっても良い。下部電極は、接着層2として形成した厚さ2nmのTi膜(あるいはTiを含む化合物膜でも良い)上に、Pt下部電極層3として形成した厚さ100nmのPt薄膜からなる。接着層2、Pt下部電極層3の形成にはスパッタリング法を用いた。
【0044】
本発明の実施例では、接着層2、下部電極層3及び圧電膜4の形成には、図4に示すRFマグネトロンスパッタリング装置を用い、スパッタリング装置の成膜容器41内に、スパッタリング用ターゲット42に対向させてSi基板1を設置した。Ti膜、Pt膜のスパッタリング用ターゲット42として直径100mmの金属ターゲットを用い、成膜時のスパッタリング投入電力は100Wであり、スパッタリング用ガスには100%ArガスまたはArとO2の混合ガス、あるいはHeまたはNeまたはKrまたはN2など少なくとも一つ以上の不活性ガスが混合したガスを使用した。また、Pt膜形成時には基板温度を300℃にして成膜を行って、多結晶のPt膜を形成した。また、成膜後において酸素中や不活性ガス中あるいは両者の混合ガス、または大気中あるいは真空中で加熱処理を行った。
【0045】
図5に原子間力顕微鏡で測定した下部電極層3としてのPt膜の表面形状像を示す。図5に示すように、微細な結晶粒子の集合組織が表面上に見られ、個々の粒子が正三角形に近い形状をしていることがわかる。これは、Ptが面心立方格子であることを考慮すれば、図6のPtの結晶構造から推察できるように、(111)結晶面が基板表面側に向いていると考えられる。一般的なX線回折装置で結晶構造を調べた結果、Pt下部電極層は、図7のX線回折パターン(2θ/θスキャン測定)に示すように、(111)面、(22
2)面の回折ピークのみが観測され、他の(200)面、(220)面、(311)面の回折ピークは確認できなかった。すなわち、基板表面に対して(111)優先配向したPt薄膜が形成されていることが明確になった。
【0046】
次に、Pt下部電極層3上に圧電膜4としてペロブスカイト構造のニオブ酸カリウムナトリウム(以下、KNNと記す)膜を形成した。KNN膜の成膜にもスパッタリング法を用いて形成した。KNN膜の形成時には基板温度を400〜500℃の範囲で行い、ArとO2の5:5の混合ガスまたはArガスまたはHeまたはNeまたはKrまたはN2など少なくとも一つ以上の不活性ガスが混合したガスによるプラズマでスパッタリング成膜を実施した。また、ターゲットには(NaxK1−x)NbO3(x=0.5)のセラミ
ックターゲットを用いた。膜厚が3μmになるまでKNN膜の成膜を行った。また、成膜後において酸素中や不活性ガス中あるいは両者の混合ガス、または大気中あるいは真空中で加熱処理を行った。
【0047】
このとき、KNN圧電膜は、結晶系としては擬立方晶あるいは正方晶あるいは斜方晶であり、その少なくとも一部にABO3の結晶、非晶質あるいは両者の混合した組成が含まれていても良い。ここで、AはLi、Na、K、La、Sr、Nd、Ba及びBiの中から少なくとも1つの元素、BはZr、Ti、Mn、Mg、Nb、Sn、Sb、Ta及びInの中から選択される少なくとも1つの元素であり、Oは酸素である。作製条件によって圧電膜の結晶配向性の状態が変化するとともに、圧電膜の内部応力(歪)が圧縮応力あるいは引張応力へと変化することもある。また、応力のない状態、すなわち無歪の状態の場合もある。
【0048】
こうして作製したKNN膜について、走査電子顕微鏡などで断面形状を観察すると、その組織は柱状構造で構成されていた。また、一般的なX線回折装置で結晶構造を調べたところ、図8のX線回折パターン(2θ/θスキャン測定)に示すように、(111)に優先配向したPt膜上にKNN膜を形成した結果、作製されたKNN膜は擬立方晶のペロブスカイト型の結晶構造を有する多結晶膜であることが判明した。また、図8のX線回折パターンからわかるように、(001)面、(002)面、(003)面の回折ピークのみを確認できることから、KNN圧電膜が概ね(001)面に優先配向していることがわかる。
【0049】
KNN膜の配向性を詳細かつ精密に評価するために、極図形(Pole figure)の測定を
行ったところ、(001)優先配向であることが明らかになった。詳細については、以下の参考文献1,2を参照されたい。更に、図8から、実施例のPt下部電極層の上部にKNN膜を形成した状態でのX線回折測定で、KNN膜の下地であるPt下部電極層の(111)回折ピークや(222)回折ピークを同時に確認することができた。すなわち、KNN膜を形成した後においてもPt下部電極層の(111)優先配向性を見出すことできる。実施例の圧電膜素子における下部電極層の配向性評価について、評価装置であるX線回折装置には、Panalytical社製のMRDを用い、測定時のX線源の出力は1.8kW(45kV、40mA)であり、特性X線源にCuKa線を使用し、Line focusとして10mm×0.1mmのスリットを使用した。また、回折X線の検出器にはシンチレーションカ
ウンターを使用した。配向性の高精度評価として極図形測定も行い、広い面積のX線検出城をもつ2次元検出器を搭載した高出力X線回折装置(Bruker AXS社製の「D8 DISCOVER with Hi STAR、VANTEC2000°」)を用いた。
参考文献1:カリティ著、新版X線回折要論、アグネ、1980年
参考文献2:理学電気編、X線回折の手引き、改訂第4版、理学電気株式会社、1986年
【0050】
(Pt下部電極層の(111)優先配向とKNN膜の(001)優先配向との相関)
本実施例では、Pt下部電極層の(111)優先配向について、図8で説明したX線回折パターンのPt111回折ピーク強度を参考にした。また、圧電特性の向上と密接に関連するKNN膜の(001)優先配向について、X線回折パターンのKNN001回折ピーク強度を参考にした。図9に、一実施例における、下部電極層のPt111回折強度に対するKNN膜のKNN001回折強度の変化を示す。
図9(a)に示すように、Si基板であるウェハの中心部において、Pt下部電極層の111回折強度が増加するに従い、KNN膜の001回折強度が、約100カウント(counts)から650カウント(counts)へと増加することがわかる。また、Si基板であるウェハの中心から30mm離れた位置においても、図9(b)に示すように、Pt下部電極層の111回折強度の増加に従って、KNN圧電膜の001回折強度が増加している。すなわち、Pt下部電極層の(111)優先配向度が高いほど、KNN圧電膜の(001)優先配向度が高くなることを表している。KNN圧電膜の(001)優先配向と相関のある圧電特性を向上するためには、KNN圧電膜の下地にあたる下部電極層の(111)優先配向度を制御することが重要であることが分かった。
【0051】
(Pt下部電極層の(111)優先配向度の制御)
Pt下部電極層の(111)優先配向度の制御方法の一つとして、スパッタリング成膜時の温度制御がある。図10に成膜温度(基板温度)に対するPt下部電極層の111回折強度の変化を示す。図10(a)に、111回折強度のウェハ上の分布が比較的に均一なサンプルについて、ウェハのオリフラ側からトップ側にかけて5点測定した結果を示している。Pt下部電極層の成膜温度が高くなるに従い、Pt111回折強度が増加することがわかる。また、図10(b)に、当該サンプルウェハについて、オリフラ側を下にして、左から右側に5点測定した結果を示す。図10(a)と同じように、成膜温度が高くなるに伴ってPt111回折強度が高くなる温度依存性を示す。すなわち、ウェハ全体にわたって、成膜温度とPt111回折強度の間に正の相関がある。成膜温度の適切な制御がPt下部電極層の(111)優先配向度を向上させ、その結果、KNN圧電膜の(001)優先配向度を最適化することができることを表している。
【0052】
Pt下部電極層の(111)優先配向度を制御する、その他の方法として、スパッタリング成膜時のスパッタリング投入電力(Power)がある。図11にPowerに対するPt下部電極層の111回折強度の変化を示す。なお、図11には、異なる成膜温度(非加熱時、150℃加熱時)における、Powerに対する111回折強度の変化を示している。また図
11(a)は、ウェハのオリフラ側からトップ側にかけて5点測定した結果、図11(b)はオリフラ側を下にして、左から右側に5点測定した結果を示している。図11に示すように、Powerが300Wから500Wへと大きくなるに従い、111回折強度が高くな
ることがわかる。ウェハ面上においてほぼ一様に、Powerが大きくなるに従い111回折
強度が大きくなる。また、Power(スパッタリング投入電力)の大きさに関係なく、成膜
時に150℃で加熱した時は、非加熱の時に比べてPt111の回折強度が高くなることがわかる。言い換えると、Powerも成膜温度と同じく、Pt下部電極層の(111)優先
配向を制御するパラメータであると考えられる。
【0053】
(基板(ウェハ)上におけるPt下部電極層の(111)優先配向度の分布)
ここで本発明の実施例について、基板、例えばSiウェハ上における、Pt下部電極層の(111)優先配向度の分布について説明する。図12はSiウェハ上のPt下部電極層の(111)優先配向度の分布を示したものである。尚、横軸はオリフラ側からトップ側へ多点測定したときのX線回折の測定位置、縦軸はPt下部電極層の111X線回折強度である。図12(a)は、4インチSiウェハ上に成膜したPt下部電極層の111回折強度分布が不均一な状態を表した図である。図12(a)の場合、111回折強度の分布指標であるSiウェハ上の111回折強度の相対標準偏差は約59%である。一方、図12(b)は、Pt下部電極層の111回折強度分布が均一な分布を実現した状態を表し
た図である。図12(b)と図12(a)を比較すると、図12(a)の111回折強度の凸状分布が図12(b)では平坦化していることがわかる。図12(b)の場合、Siウェハ上の111回折強度の相対標準偏差は14%であり、ウェハ上におけるPt下部電極層の(111)優先配向性分布の大きさを約1/4にまで改善できることを示している。
【0054】
(Pt下部電極層の(111)優先配向とKNN圧電膜の格子歪との関係)
次に、Pt下部電極層の(111)優先配向性分布が異なる基板上にKNN圧電膜を形成し、これらKNN圧電膜の格子歪分布を比較し、下部電極層の配向性分布の均一性に対する、KNN圧電膜の格子歪分布の均一性について調べた。図13にKNN圧電膜の格子歪c/aのウェハ上分布を示す。ここで、格子歪c/aとは、KNN圧電膜の基板面に垂直な法線方向の格子定数cと、基板面に平行な方向の格子定数aとの比である。c/a<1のときは、基板面に対して平行な方向の格子間距離が法線方向の格子間距離に対して長く、KNN圧電膜は面内において引張状態にあり、c/a>1のときは、基板面に対して平行な方向の格子間距離が法線方向の格子間距離に対して短く、KNN圧電膜は面内において圧縮状態にあることを表している。
【0055】
図13(a)は、図12(a)で示した(111)優先配向性の分布が不均一な状態のPt下部電極層上に形成したKNN圧電膜の格子歪c/a分布を示した図である。Pt下部電極層の(111)優先配向性の分布が不均一な場合、KNN圧電膜の格子歪c/a分布が不均一であることがわかる。このとき、格子歪c/aの相対標準偏差は約31%である。一方、図13(b)は、図12(b)で示した(111)優先配向性の分布を均一化させたPt下部電極層上に形成したKNN圧電膜の格子歪c/a分布を示した図である。Pt下部電極層の(111)優先配向性の分布を均一に制御した結果、その上部に積層したKNN圧電膜の格子歪c/a分布が均一化する。このとき、c/aの相対標準偏差は約5%である。Pt下部電極層の(111)優先配向性の均一化を実現することによって、KNN圧電膜のウェハ上での格子歪分布の相対標準偏差を約1/6にまで低減できる。
【0056】
また、表1に、Pt下部電極層の(111)優先配向性の均一性が異なる基板上に形成したKNN圧電膜に関し、Pt下部電極層の111回折強度の相対標準偏差、及びそれに対応したKNN圧電膜の格子歪c/aの相対標準偏差をまとめている。表1を用いて、Pt下部電極層の(111)優先配向性のばらつきの大きさと、KNN圧電膜の格子歪c/aのばらつきとの相関を検討した。図14にその結果を示す。横軸はPt下部電極層の(111)優先配向性の均一性を表すPt下部電極層の111回折強度のばらつき、縦軸はKNN圧電膜の格子歪c/aのばらつきである。Pt下部電極層の(111)優先配向性の基板上のばらつきが大きくなるに従い、KNN圧電膜の基板上での格子歪c/aのばらつきが大きくなることがわかる。以上から、Ptの下部電極層の(111)優先配向分布を均一化することによって、Siウェハ上で均一な格子歪c/aのKNN圧電膜を安定的に生産することができる。また、格子歪c/aは圧電特性と密接に関連しているため、歩留まり良く、高性能なKNN圧電膜を製造することができる。
上記のPt下部電極層の111回折強度のばらつきは、KNN圧電膜を形成する前のPt下部電極形成ウェハにおいて、ウェハの移動あるいはX線源の移動によって、ウェハ上の任意の位置を多数点測定したPt下部電極層の111X線回折強度の標準偏差であって、それを平均値で割った百分率、すなわち相対標準偏差である。次に、KNN圧電膜のウェハ上での格子歪の分布との相関関係を明確にするために、前述したPt下部電極層の111回折強度のばらつきを求めたウェハ上にKNN圧電膜を形成したウェハを作製した。このKNN圧電膜のウェハ上の任意の位置について、Out of plane(面外)X線回折法とIn-plane(面内)X線回折法によって、KNN圧電膜の面外(膜厚)方向の格子定数cと面内方向の格子定数aを多数点測定し、ウェハ上での任意の位置における格子歪量c/aを求めた。実施例に記載したKNN圧電膜の格子歪c/aのばらつきは、前述したウェハ
上で多数点測定して得られたc/aの標準偏差であって、それを平均値で割った百分率、すなわち相対標準偏差である。尚、当該Pt下部電極層の111X線回折強度のばらつき、及びKNN圧電膜の格子歪c/aのばらつきは、一枚のウェハ上におけるばらつきの均一・不均一に基づく標準偏差や相対標準偏差には限定されず、ウェハ上の任意の一点を測定して得られたPt下部電極層の111X線回折強度やKNN圧電膜の格子歪c/aについて、異なるウェハ間あるいはロット間に基づく標準偏差や相対標準偏差であっても良い。
【0057】
【表1】
【0058】
(Pt下部電極層の(111)優先配向分布とKNN圧電膜の圧電定数分布との関係)
実際に、Pt下部電極層の(111)優先配向分布の状態が異なる基板(4インチSiウェハ)上に形成したKNN圧電膜について、圧電定数の分布を評価した結果を図15に示す。図15(a)は図12(a)で示した(111)優先配向性の分布が不均一な状態のPt下部電極層上に形成したKNN圧電膜の圧電定数の分布を示した図である。Pt下部電極の(111)優先配向性の分布が不均一な場合、KNN圧電膜の圧電定数が不均一であることがわかる。このとき、ウェハ上において圧電定数が約70〜110(任意単位)まで分布をもっており、相対標準偏差は約14.3%であった。一方、図15(b)に
図12(b)で示した(111)優先配向性の分布を均一化させたPt下部電極上に形成したKNN圧電膜の圧電定数の分布を示した。Pt下部電極の(111)優先配向性の分布を均一に制御した場合、その上部に形成したKNN圧電膜について、その圧電定数の分布が均一化した。この圧電定数分布の相対標準偏差は約4.1%であり、約1/4にまで
ウェハ上での圧電定数のばらつきが低減できることがわかる。すなわち、KNN圧電膜の下地であるPt下部電極層の構造制御、具体的には(111)優先配向性の精密な制御によって、KNN圧電膜の高性能化と安定生産を両立させることができる。
【0059】
尚、図15に示すように、本実施例における圧電定数の単位は任意単位である。これは、圧電定数を求めるためには、圧電膜のヤング率やポアソン比などの数値が必要であるが、薄膜形態にある圧電体のヤング率やポアソン比の数値を求めることは困難であるからである。薄膜の圧電膜の場合、バルク体と異なり、成膜時に使用される基板からの影響(拘束など)を受けるため、圧電薄膜自身のヤング率やポアソン比(定数)の絶対値(真値)を原理的に求めることができない。そこで、現在までに知られているKNN膜のヤング率やポアソン比の推定値を用いて圧電定数を算出した。従って、得られた圧電定数の値は推定値となることから、客観性をもたせるために相対的な任意単位とした。但し、圧電定数の算出に用いたKNNのヤング率やポアソン比の値は推定値とはいえ、ある程度、信頼性のある値であり、圧電定数の約100(任意単位)は、圧電定数−d31が概ね100(pm/V)であると考えられる。
【0060】
また、表2にPt下部電極層の(111)優先配向性の均一性が異なる基板上に形成したKNN圧電膜について、Pt下部電極の(111)X線回折強度の相対標準偏差、及びそれに対応したKNN圧電膜の圧電定数の相対標準偏差をまとめて示す。表2をもとに、
図16に、Pt下部電極層の(111)優先配向性のばらつきに対する、KNN圧電膜の圧電定数のばらつきの変化を検討した結果を示す。図16の横軸はPt下部電極層の(111)優先配向性のばらつきに相当する(111)X線回折強度の相対標準偏差、縦軸はKNN圧電膜の圧電定数のばらつきに相当する圧電定数の相対標準偏差である。Pt下部電極層の(111)優先配向性の基板上でのばらつきが大きくなるに従い、結果としてKNN圧電膜の基板上での圧電定数のばらつきが大きくなることがわかる。すなわち、Ptの下部電極の(111)優先配向分布を均一化することによって、Siウェハ上で均一な圧電特性を有するKNN圧電膜を製造することができる。
【0061】
【表2】
【0062】
(Pt下部電極層の(111)面のX線回折強度の最小ピーク強度に対する最大ピーク強度の大きさと、KNN圧電膜の圧電定数−d31との関係)
表3に、Pt下部電極層の(111)優先配向性の均一性が異なる基板上に形成したKNN圧電膜に関し、Pt下部電極層の(111)面のX線回折強度の最小ピーク強度に対する最大ピーク強度の大きさ(X線回折強度の最小ピーク強度に対する最大ピーク強度の大きさを、単に「X線回折強度の倍率」と記す)、及びそれに対応したKNN圧電膜の圧電定数−d31をまとめている。また、表3をもとに作成した図17に、Pt下部電極層の(111)面のX線回折強度の倍率と、KNN圧電膜の圧電定数−d31との関係を図示する。Pt下部電極層の(111)面のX線回折強度の倍率(ばらつき)が大きくなるに従い、KNN圧電膜の圧電定数−d31が低下し、Pt下部電極層の(111)面のX線回折強度の倍率を6倍以下にすることで、圧電定数−d31を各種デバイスへ広く適用できるレベルの70以上に制御できることが分かる。
【0063】
【表3】
【符号の説明】
【0064】
1 基板(Si基板)
2 接着層
3 下部電極層(Pt下部電極層)
4 圧電膜(KNN膜)
5 上部電極層
10 圧電膜素子
20 圧電膜素子
30 圧電膜デバイス
41 成膜容器
42 スパッタリング用ターゲット
【技術分野】
【0001】
本発明は、非鉛のアルカリニオブ酸化物系の圧電膜を用いた圧電膜素子及び圧電膜デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
圧電体は種々の目的に応じて様々な圧電素子に加工され、特に電圧を加えて変形を生じさせるアクチュエータや、逆に素子の変形から電圧を発生するセンサなどの機能性電子部品として広く利用されている。アクチュエータやセンサの用途に利用されている圧電体としては、優れた圧電特性を有する鉛系材料の誘電体、特にPZTと呼ばれるPb(Zr1−xTix)O3系のペロブスカイト型強誘電体が、これまで広く用いられている。PZTなどの圧電体は、通常、圧電体材料の酸化物を焼結することにより形成されている。
【0003】
また、近年では環境への配慮から鉛を含有しない圧電体の開発が切望されており、非鉛のアルカリニオブ酸化物であるニオブ酸カリウムナトリウム(一般式:(NaxKy)NbO3(0<x<1、0<y<1、x+y+z=1))、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウム(一般式:(NaxKyLiz)NbO3(0<x<1、0<y<1、0<z<1、x+y+z=1))等の開発が進められている。ニオブ酸カリウムナトリウム等は、PZTに匹敵する圧電特性を有することから、非鉛圧電材料の有力な候補として期待されている。
【0004】
一方、現在、各種電子部品の小型かつ高性能化が進むにつれ、圧電素子においても小型化と高性能化が強く求められるようになった。しかしながら、従来からの焼結法を中心とした製造方法により作製した圧電膜は、その厚みを薄くするにつれ、特に厚みが10μm程度の厚さに近づくにつれて、圧電材料を構成する結晶粒の大きさに近づくため、特性のばらつきや劣化が顕著になるといった問題が発生する。これを回避するために、焼結法に変わる薄膜技術等を応用した圧電膜の形成法が近年研究されるようになってきた。
【0005】
近年、RFスパッタリング法で形成したPZT薄膜が高精細高速インクジェットプリンタのヘッド用アクチュエータや、小型低価格の角速度センサまたはジャイロセンサとして実用化されている(例えば、特許文献1参照)。また、鉛を用いないニオブ酸リチウムカリウムナトリウムの圧電薄膜を用いた圧電体薄膜素子も提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0006】
これらの圧電素子を駆動させるには、圧電膜に対して電界(電圧)を印加させなければならない。そのためには、電極と呼ばれる導電性材料を圧電膜の上下に配置することが必要である。一般に、圧電膜、高誘電率膜、強誘電性薄膜などの電極としては、耐環境性に優れた白金(Pt)を用いられることが多い。また、その他にも、電極層の種類として、Ru(ルテニウム)、Ir(イリジウム)、Sn(スズ)、In(インジウム)乃至それらの酸化物や、圧電膜中に含む元素との化合物で構成される単層、あるいはそれらの層を含む積層体がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平10−286953号公報
【特許文献2】特開2007−19302号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
圧電膜として非鉛圧電膜を形成することにより、環境負荷を低減させた高精細高速インクジェットプリンタ用ヘッドや小型で低価格な角速度センサやジャイロセンサを作製することができる。このため、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウム等の圧電膜の基礎研究が進められている。また、応用面における低コスト化においては、Si基板やガラス基板上に圧電膜を制御良く形成する技術を確立することも不可欠である。
【0009】
アクチュエータやセンサを作製する場合、従来技術では、圧電膜素子の基幹部位にあたる非鉛系の圧電膜の周辺材料の一つである電極材料に対し、その結晶配向性などの原子レベル構造を定量的にかつ精密に制御することや管理することは行われていなかった。このため、長寿命かつ高い圧電定数を示す非鉛系デバイスを安定に生産することができなかった。また、基板上に多数形成される圧電膜素子の電極構造が基板上の形成部位によって異なることがあるため、圧電膜素子の圧電定数が不均一となり、製造上の歩留り低下の原因の一つとなっていた。
【0010】
本発明の目的は、圧電特性に優れ且つ信頼性の高い圧電膜素子及び圧電膜デバイスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1の態様は、基板上に、少なくとも下部電極層と、非鉛のアルカリニオブ酸化物系の圧電膜とを配した圧電膜素子において、前記下部電極層は、立方晶、正方晶、斜方晶、六方晶、単斜晶、三斜晶、三方晶のいずれかの結晶構造、またはこれら結晶構造のうちの二以上の結晶構造が共存した状態を有し、前記結晶構造の結晶軸のうちの2軸以下のある特定の結晶軸に優先的に配向しており、前記基板上における少なくとも一つの前記結晶軸を法線とした結晶面のX線回折強度分布において、前記結晶面のX線回折強度の相対標準偏差が57%以下である圧電膜素子である。
【0012】
本発明の第2の態様は、基板上に、少なくとも下部電極層と、非鉛のアルカリニオブ酸化物系の圧電膜とを配した圧電膜素子において、前記下部電極層は、立方晶、正方晶、斜方晶、六方晶、単斜晶、三斜晶、三方晶のいずれかの結晶構造、またはこれら結晶構造のうちの二以上の結晶構造が共存した状態を有し、前記結晶構造の結晶軸のうち2軸以下のある特定の軸に優先的に配向しており、前記基板上における少なくとも一つの前記結晶軸を法線とした結晶面のX線回折強度の分布において、前記結晶面のX線回折強度の最小ピーク強度に対する最大ピーク強度の大きさが7倍以下の範囲にある圧電膜素子である。
【0013】
本発明の第3の態様は、第1又は第2の態様に記載の圧電膜素子において、前記基板上における前記圧電膜の圧電定数の分布は、相対標準偏差が10%以下にある。
【0014】
本発明の第4の態様は、第1〜第3の態様のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記下部電極層は、柱状構造の粒子で構成された集合組織を有している。
【0015】
本発明の第5の態様は、第1〜第4の態様のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記下部電極層が、(001)優先配向結晶粒、(110)優先配向結晶粒および(111)優先配向結晶粒のうち、主に一つの優先配向結晶粒で構成された構造、または二以上の優先配向結晶粒が共存した構造である。
【0016】
本発明の第6の態様は、第1〜第5の態様のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記下部電極層は、Pt層またはPtを主成分とする合金層からなる単層構造、あるいはPt層またはPtを主成分とする合金層を含む積層構造である。
【0017】
本発明の第7の態様は、第1〜第6の態様のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記下部電極層は、Ru、Ir、Sn、In、これらの酸化物、またはPtと前記圧電膜中に含まれる元素との化合物からなる層の単層構造、または前記層を含む積層構造である。
【0018】
本発明の第8の態様は、第1〜第7の態様のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記圧電膜上に、上部電極層が設けられ、前記上部電極層は、Pt層またはPtを主成分とする合金層からなる単層構造、あるいはPt層またはPtを主成分とする合金層を含む積層構造である。
【0019】
本発明の第9の態様は、第8の態様に記載の圧電膜素子において、前記上部電極層は、Ru、Ir、Sn、In、これらの酸化物、またはPtと前記圧電膜中に含まれる元素との化合物からなる層の単層構造、または前記層を含む積層構造である。
【0020】
本発明の第10の態様は、第1〜第4の態様のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記基板は、Si基板、MgO基板、ZnO基板、SrTiO3基板、SrRuO3基板、ガラス基板、石英ガラス基板、GaAs基板、GaN基板、サファイア基板、Ge基板、またはステンレス基板である。
【0021】
本発明の第11の態様は、第1〜第10の態様のいずれかに記載の圧電膜素子を備えた圧電膜デバイスである。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、圧電膜素子の下部電極層構造を精密に制御することにより、圧電特性に優れ且つ信頼性の高い圧電膜素子及び圧電膜デバイスを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の一実施形態及び一実施例に係る圧電膜素子の断面図である。
【図2】本発明の他の実施形態に係る圧電膜素子の断面図である。
【図3】本発明の一実施形態に係る圧電膜デバイスの断面図である。
【図4】本発明の実施例において下部電極層のスパッタリング成膜に用いたスパッタリング装置を示す概略構成図である。
【図5】本発明の一実施例に係る圧電膜素子におけるPt下部電極層表面を原子間力顕微鏡で測定した表面形状像である。
【図6】Ptの結晶構造を示す図である。
【図7】本発明の一実施例に係るPt下部電極層の2θ/θスキャンのX線回折パターンである。
【図8】本発明の一実施例に係る圧電膜素子における2θ/θスキャンのX線回折パターンである。
【図9】(a)は実施例のウェハ中心でのPt下部電極層の111X線回折強度とKNN圧電膜の001回折強度との相関図であり、(b)は実施例のウェハ中心から30mm離れた位置のPt下部電極層の111X線回折強度とKNN圧電膜の001回折強度との相関図である。
【図10】(a)は実施例のウェハのオリフラから対向するトップ側に沿って測定したときの、Pt下部電極層の成膜温度と111X線回折強度との相関図であり、(b)は実施例のウェハのオリフラを下に配置したときの左から右側に沿って測定したときの、Pt下部電極層の成膜温度と111X線回折強度との相関図である。
【図11】(a)は実施例のウェハのオリフラから対向するトップ側に沿って測定したときの、Pt下部電極層のPower(スパッタリング投入電力)と111X線回折強度との相関図であり、(b)は実施例のウェハのオリフラを下に配置したときの左から右側に沿って測定したときの、Pt下部電極層のPower(スパッタリング投入電力)と111X線回折強度との相関図である。
【図12】本発明の実施例に係るPt下部電極層のウェハ(基板)面上における(111)優先配向性の分布の説明図であって、(a)は基板面上において不均一な(111)優先配向の分布の一例であり、(b)は本発明の実施例における均一な(111)優先配向の分布の一例である。
【図13】本発明の実施例に係るPt下部電極層のウェハ(基板)面上におけるKNN圧電膜の格子歪分布の説明図であって、(a)は不均一な(111)優先配向の分布をもつPt下部電極層上に形成したKNN圧電膜の格子歪の分布であり、(b)は本発明の一実施例となる均一な(111)優先配向をもつPt下部電極層上に形成したKNN圧電膜の格子歪の分布である。
【図14】実施例の基板上におけるPt下部電極層の111回折強度のばらつきとKNN圧電膜の格子歪c/aのばらつきとの相関図である。
【図15】本発明の実施例に係るPt下部電極層のウェハ(基板)面上におけるKNN圧電膜の圧電定数分布の説明図であって、(a)は不均一な(111)優先配向の分布をもつPt下部電極層上に形成したKNN圧電膜の圧電定数の分布であり、(b)は本発明の一実施例となる均一な(111)優先配向をもつPt下部電極層上に形成したKNN圧電膜の圧電定数の分布である。
【図16】本発明の実施例に係る基板上におけるPt下部電極層の111回折強度の相対標準偏差とKNN圧電膜の圧電定数の相対標準偏差との相関図である。
【図17】本発明の実施例に係る基板上におけるPt下部電極層の(111)面のX線回折強度の倍率と、KNN圧電膜の圧電定数−d31との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明者は、圧電膜素子の構成材料である、基板、下部電極層及び圧電膜を適切に選定すると共に、これら材料の作製条件の最適化を図ったが、その過程で圧電膜素子の圧電特性と下部電極構造との関係に着目し、圧電特性と下部電極構造との相関関係を明確にすべく、精密かつ詳細な解析を定量的に行った。その結果、下部電極層の結晶配向性を厳密に制御することにより、非鉛の圧電膜素子の圧電特性の向上と、圧電膜デバイスの高性能化を実現できると同時に、圧電膜素子及び圧電膜デバイスの製造歩留りを向上できることを見出した。
【0025】
本発明の一態様の圧電膜素子は、基板上に、少なくとも下部電極層と、非鉛のアルカリニオブ酸化物系の圧電膜とを配した圧電膜素子において、前記下部電極層は、立方晶、正方晶、斜方晶、六方晶、単斜晶、三斜晶、三方晶のいずれかの結晶構造、またはこれら結晶構造のうちの二以上の結晶構造が共存した状態を有し、前記結晶構造の結晶軸のうちの2軸以下のある特定の結晶軸に優先的に配向しており、前記基板上における少なくとも一つの前記結晶軸を法線とした結晶面のX線回折強度分布において、前記結晶面のX線回折強度の相対標準偏差が57%以下である。
例えば、後述する実施例の表2及び図16に示すように、基板上における下部電極層の(111)優先配向分布の指標である(111)X線回折強度の相対標準偏差が57%以下、より好ましくは44%以下の範囲に設定することによって、基板上における圧電定数分布の指標である圧電定数の相対標準偏差を10%以下、もしくは7%以下(111X線回折強度の相対標準偏差が44%以下の場合)にまで、基板上における圧電特性を均一かつ安定的に実現できる。
【0026】
本発明の他の態様の圧電膜素子は、基板上に、少なくとも下部電極層と、非鉛のアルカリニオブ酸化物系の圧電膜とを配した圧電膜素子において、前記下部電極層は、立方晶、正方晶、斜方晶、六方晶、単斜晶、三斜晶、三方晶のいずれかの結晶構造、またはこれら結晶構造のうちの二以上の結晶構造が共存した状態を有し、前記結晶構造の結晶軸のうち2軸以下のある特定の軸に優先的に配向しており、前記基板上における少なくとも一つの
前記結晶軸を法線とした結晶面のX線回折強度の分布において、前記結晶面のX線回折強度の最小ピーク強度に対する最大ピーク強度の大きさが7倍以下、より好ましくは6倍以下の範囲にある。
例えば、後述する実施例の表3及び図17に示すように、基板上における下部電極層の(111)優先配向分布の指標である(111)X線回折強度の最小ピーク強度に対する最大ピーク強度の大きさを7倍以下の範囲に精密に設定することによって、非鉛圧電体の圧電特性を自由に制御あるいは向上させることができる。そして、より好ましくは、上記X線回折強度の大きさを約6倍以下に設定することによって、圧電定数を各種デバイスへ広く適用できるレベルの70以上に制御することが可能である。尚、このときの圧電定数は、KNN圧電膜のヤング率をバルクで仮定しているために、任意単位で表記しているが、本発明の一実施例として電極面に沿った方向の伸縮の変化量であるd31である。
【0027】
上記態様の圧電膜素子において、前記下部電極層として、Pt層またはPt合金層を使用し、Pt層またはPt合金層からなる下部電極層を前記基板面に対して垂直方向に(111)優先配向にすることにより、基板上に形成した圧電膜の配向性を向上できる。これにより圧電膜素子の圧電特性を更に向上させることができる。
また、前記下部電極層の材料として、Ru、Ir、Sn、In、これらの酸化物、またはPtと前記圧電膜中に含まれる元素との化合物を使用することによっても、同様にして圧電膜の配向性、圧電膜素子の圧電特性を向上できる。
また、前記基板についても、Si基板、MgO基板、ZnO基板、SrTiO3基板、SrRuO3基板、ガラス基板、石英ガラス基板、GaAs基板、GaN基板、サファイア基板、Ge基板、またはステンレス基板を使用することによって、その上に形成した圧電膜の結晶配向性を制御することができ、圧電特性を向上することができる。
【0028】
以下に、本発明に係る圧電膜素子及び圧電膜デバイスの一実施形態を図面を用いて説明する。
【0029】
(圧電膜素子の一実施形態)
図1に、本発明に係る圧電膜素子の一実施形態を示す。
本実施形態の圧電膜素子10は、図1に示すように、表面に酸化膜を有する基板1と、基板1上に接着層2を介して形成される下部電極層3と、下部電極層3上に形成されるペロブスカイト構造の圧電膜4とを有する。圧電膜4は、(NaxKyLiz)NbO3(0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)であり、所定方向に配向し
て形成される下部電極層3に対して、圧電膜4が所定方向に優先配向している。
【0030】
基板1には、Si基板、MgO基板、ZnO基板、SrTiO3基板、SrRuO3基板、ガラス基板、石英ガラス基板、GaAs基板、GaN基板、サファイア基板、Ge基板、ステンレス基板などが挙げられる。特に、低価格でかつ工業的に実績のあるSi基板が望ましい。Si基板等の表面に形成される前記酸化膜は、熱酸化により形成される熱酸化膜、CVD(Chemical Vapor Deposition)法により形成されるSi酸化膜などが挙げ
られる。なお、前記酸化膜を形成せずに、石英ガラス、MgO、SrTiO3、SrRuO3基板などの酸化物基板上に、直接Pt電極などの下部電極層3を形成しても良い。
【0031】
下部電極層3は、PtもしくはPtを主成分とするPt合金からなる単層構造の電極層、またはこれらの層を含む積層した構造の電極層であることが望ましい。また、下部電極層3は、(111)面方位([111]軸の方向)に配向して形成されるのが好ましく、基板1とPt層もしくはPt合金層からなる下部電極層3との間には、図1に示すように、基板1との密着性を高めるためのTi等からなる接着層2を設けるのが良い。
【0032】
本実施形態においては、下部電極層3の結晶配向性は(111)面優先配向であり、一
例として、基板1である4インチSiウェハ上における分布において、下部電極層3は、(111)配向度のばらつきである(111)面のX線回折強度の相対標準偏差が15%であると共に、(111)面優先配向の指標として用いた(111)面のX線回折強度について、(111)面X線回折強度分布における最小ピーク強度に対する最大ピーク強度の大きさを7倍にまで制御した。また、Ptの下部電極層3の(111)優先配向性を評価する上で、下部電極層3のX線回折パターンは、KNN圧電膜を形成する前と後においても、容易に測定できることから、圧電膜形成後の改質処理の前後においても、(111)優先配向性を有するPt下部電極層3を評価することが可能である。(111)面など所定の方向に優先配向した下部電極層3について、その配向度に注目し、X線回折法等(その他の配向方向を見積もることができる構造解析法、例えば、走査型電子顕微鏡による電子線回折を応用した結晶方位解析法等)を用いて、適切な結晶配向性を有する下部電極層3の作製条件の最適化を図る。
【0033】
一般的に、Ptなどの電極層については、その上部に形成される誘電性膜や圧電性膜などの結晶配向性や格子歪など原子レベル構造を制御するために、上記のように電極層の結晶配向性に関し、特定軸方向に優先配向させることが多い。しかし、下部電極層の膜質以外に、その上部の圧電膜の膜質を決定する要因が多数存在することや、大口径の基板上において下部電極層の膜質を均一に形成することが困難であることから、結果として、高性能な圧電膜を安定に作製することは容易ではない。本発明の実施形態の一つである(111)優先配向のPt電極層においても、上記理由から、非鉛の圧電膜の特性決定要因の一つであるPt下部電極層の結晶配向性の精密な制御が難しいため、所望の高い圧電定数を有する小型の非鉛系圧電素子を安定に生産することができなかった。
【0034】
そこで、非鉛系圧電膜であるニオブ酸リチウムカリウムナトリウム膜の圧電特性を厳密に制御するために、この圧電膜における初期の結晶成長状態を決定するPt下部電極層について、Pt下部電極層の結晶構造を精度良く安定に製造すべく、次に述べる製造条件によって最適化を行う。
本実施形態では、一般に量産実績のある成膜法であるスパッタリング法を用いて、Pt下部電極層の試作を行った。まず、制御パラメータの一つである成膜時のスパッタリング投入電力(Power)については、スパッタリング投入電力を増加させることで、Arイオ
ンなどのエネルギー粒子の衝撃により、多くのスパッタ粒子を強制的に基板上に打ち込み、結果として最適な高配向を有するPt下部電極層を作製する。また、成膜温度も結晶配向性の制御パラメータとして注目し、均一に(111)優先配向となるよう、室温〜800℃の範囲、より好ましくは室温〜300℃の範囲で、最適な(111)優先配向のPt下部電極層を作製する。更に、下部電極層表面の平滑性と基板との密着性も向上するため、下部電極層の形成前に基板上に0.1から数nmの膜厚のTiもしくはTiOxを形成
し、その上にPt下部電極層を形成することで、基板との密着力の強い高配向のPt下部電極層を安定に作製することを可能にした。
【0035】
また、基板1の候補としては、Si、MgO、ZnO、SrTiO3、SrRuO3、ガラス、石英ガラス、GaAs、GaN、サファイア、Ge、ステンレス等の結晶あるいは非晶質あるいはそれらの複合体等が望ましく、それらの基板上に、密着層や下部電極層を形成し、その上部にニオブ酸リチウムカリウムナトリウム膜を形成した圧電膜素子について、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウム膜の結晶配向性を詳細に比較して、実際に、優先配向性を厳密に制御できる基板の選定を進めた。更に、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウム膜の優先配向性をより確実に実現するために、上記の実施の形態において、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウム膜を成膜するときの温度、スパッタリング動作ガスの種類、動作ガス圧力、真空度、投入電力、及び成膜後の熱処理等の条件について最適化を行い、圧電特性が向上する結晶配向性を有する圧電膜を作製した。
【0036】
本実施形態における多結晶あるいはエピタキシャル成長させた単結晶のPt下部電極層は、(111)優先配向しており、基板(例えばSiウェハ)上における(111)配向度のばらつきとして、(111)X線回折強度の相対標準偏差が一定の範囲内におさまるように精密に制御されたものである。この(111)X線回折強度の相対標準偏差は、(111)面に優先配向したPt下部電極層の結晶配向性を定量的に現した構造パラメータであり、その上部に形成する圧電膜の特性向上の鍵となる制御パラメータである。
実際には、Pt下部電極層の(111)優先配向分布を均一にすべく、赤外線ランプによる熱幅射、レーザー照射あるいは伝熱板等を介したヒータ加熱による熱伝導などを用いて、成膜温度、熱処理温度などが一定の範囲となるように制御する。また、Ptのスパッタリング成膜時の投入電力値を最適制御すること、ターゲット材の形状を変更すること、成膜される側の基板と原料のスパッタリングターゲット間の距離、およびスパッタリングターゲットに対して自転、公転、あるいは自公転させた基板側の速度を適切に制御すること等によって、大きな面積を有する基板(ウェハ)上におけるPt下部電極層の結晶配向性、すなわち(111)優先配向度を均一化する効果が期待できる。更に、上記の設定条件・制御条件に加えて、圧電膜のスパッタリング投入電力、成膜装置内に導入されるガス圧力や流量を制御し、He、Ar、Kr、Xeなどのスパッタ動作ガスに対して、0.1
%以上のO2やN2やH2Oなどを含有させるなど、適切なガス種を選ぶことによって、高い圧電定数を示すニオブ酸リチウムカリウムナトリウム膜を備えた圧電膜素子が安定かつ歩留まり良く得られる。また、マグネトロンスパッタ装置に搭載されるスパッタリングターゲット側に配置される磁石の磁力の強弱や回転数を調節あるいは制御することによっても同様な効果が期待できる。
【0037】
(圧電膜素子の他の実施形態)
前記の下部電極層の結晶配向性を正確に定量化し、厳密に制御・管理して作製された図1に示す実施形態の圧電膜素子(ないし圧電膜付き基板)10に対して、更に、図2に示すように、圧電膜4上に上部電極層5を形成することによって、高い圧電定数を示す圧電膜素子20を作製できる。
また、図1に示す圧電膜素子10の圧電膜4上に所定のパターンを備えた電極を形成することで、表面弾性波を利用した圧電膜素子(フィルタデバイス)を形成することができる。表面弾性波を利用する圧電膜素子(フィルタデバイス)などのように、下部電極を必要としない場合には、下部電極層3を圧電膜4の下地層として用いる。
【0038】
(圧電膜デバイス)
図2に示す実施形態の圧電膜素子20を所定形状に成型し、成型した圧電膜素子の下部電極層3と上部電極層5との間に、電圧印加手段あるいは電圧検出手段を設けることにより、各種のアクチュエータあるいはセンサなどの圧電膜デバイスを作製することができる。これらデバイスにおける下部電極層及び圧電膜の結晶配向性を安定に制御することによって、圧電膜素子や圧電膜デバイスの圧電特性の向上や安定化を実現でき、高性能なマイクロデバイスを安価に提供することが可能になる。また、本発明の圧電膜素子は、鉛を用いない圧電膜を備えた圧電膜素子であるため、本発明の圧電膜素子を搭載することによって、環境負荷を低減させかつ高性能な小型のモータ、センサ、アクチュエータ等の小型システム装置、例えばMEMS(Micro Electro Mechanical System)等が実現できる。
【0039】
図3は、他の実施形態に係る圧電膜デバイスの概略構成を示す断面図である。この実施形態の圧電膜デバイス30は、図2に示す実施形態の圧電体膜素子20を可変容量キャパシタに適用した場合を示す。
この圧電膜デバイス30は、デバイス基板31と、デバイス基板31上に形成された絶縁層32と、絶縁層32上に形成され、図2と同様の構造を有する圧電膜素子20とを備える。デバイス基板31及び絶縁層32は、圧電膜素子20の一方の端部を支持する支持部材として機能する。圧電膜素子20は、基板1上に密着層2、下部電極層3、圧電膜4
及び上部電極層5が形成され、圧電膜素子20のもう一方の端部(自由端部)は、基板1が延出されており、この基板1の延出部には、上部キャパシタ電極36が突出して設けられている。デバイス基板31上には、上部キャパシタ電極36の下に空隙33を介して下部キャパシタ電極34を形成し、下部キャパシタ電極34の表面にSiN等からなる絶縁層35を形成している。
そして、上部電極層5及び下部電極層3に、それぞれボンディングワイヤ18A、18Bを介して電圧を印加すると、圧電膜素子20の先端が変位し、これに伴って上部キャパシタ電極36が上下方向に変位する。上部キャパシタ電極36の変位によって上部キャパシタ電極36と下部キャパシタ電極34との間のキャパシタが変化し、本実施形態の圧電膜デバイス30は可変キャパシタとして動作する。
【実施例】
【0040】
以下に、本発明の実施例を具体的に説明する。
【0041】
(圧電膜素子)
本実施例では、図1に示す上記実施形態と同様の断面構造を有する圧電膜素子(圧電膜付き基板)を作製した。
【0042】
本実施例においては、まず、酸化膜を有するSi基板1上に接着層2を形成した上部に、Pt下部電極層3を形成した下部電極付き基板を作製した。このとき、Pt下部電極層3は、図6に示すように、結晶系としては立方晶の一つである面心立方格子の構造を有している。また、下部電極層3としては、Ptではなく、Auを用いても良く、あるいはPt合金、Ir、Ru、Auを含む合金、InやSnを含む導電性酸化物であっても良い。以下、それぞれの製造方法を記述する。
【0043】
始めに、Si基板1の表面に熱酸化膜を形成し、その上に接着層2、下部電極層3形成した。基板1としては、Si基板ではなく、MgO基板、ZnO基板、SrTiO3板、SrRuO3基板、ガラス基板、石英ガラス基板、GaAs基板、GaN基板、サファイア基板、Ge基板、ステンレス基板であっても良い。下部電極は、接着層2として形成した厚さ2nmのTi膜(あるいはTiを含む化合物膜でも良い)上に、Pt下部電極層3として形成した厚さ100nmのPt薄膜からなる。接着層2、Pt下部電極層3の形成にはスパッタリング法を用いた。
【0044】
本発明の実施例では、接着層2、下部電極層3及び圧電膜4の形成には、図4に示すRFマグネトロンスパッタリング装置を用い、スパッタリング装置の成膜容器41内に、スパッタリング用ターゲット42に対向させてSi基板1を設置した。Ti膜、Pt膜のスパッタリング用ターゲット42として直径100mmの金属ターゲットを用い、成膜時のスパッタリング投入電力は100Wであり、スパッタリング用ガスには100%ArガスまたはArとO2の混合ガス、あるいはHeまたはNeまたはKrまたはN2など少なくとも一つ以上の不活性ガスが混合したガスを使用した。また、Pt膜形成時には基板温度を300℃にして成膜を行って、多結晶のPt膜を形成した。また、成膜後において酸素中や不活性ガス中あるいは両者の混合ガス、または大気中あるいは真空中で加熱処理を行った。
【0045】
図5に原子間力顕微鏡で測定した下部電極層3としてのPt膜の表面形状像を示す。図5に示すように、微細な結晶粒子の集合組織が表面上に見られ、個々の粒子が正三角形に近い形状をしていることがわかる。これは、Ptが面心立方格子であることを考慮すれば、図6のPtの結晶構造から推察できるように、(111)結晶面が基板表面側に向いていると考えられる。一般的なX線回折装置で結晶構造を調べた結果、Pt下部電極層は、図7のX線回折パターン(2θ/θスキャン測定)に示すように、(111)面、(22
2)面の回折ピークのみが観測され、他の(200)面、(220)面、(311)面の回折ピークは確認できなかった。すなわち、基板表面に対して(111)優先配向したPt薄膜が形成されていることが明確になった。
【0046】
次に、Pt下部電極層3上に圧電膜4としてペロブスカイト構造のニオブ酸カリウムナトリウム(以下、KNNと記す)膜を形成した。KNN膜の成膜にもスパッタリング法を用いて形成した。KNN膜の形成時には基板温度を400〜500℃の範囲で行い、ArとO2の5:5の混合ガスまたはArガスまたはHeまたはNeまたはKrまたはN2など少なくとも一つ以上の不活性ガスが混合したガスによるプラズマでスパッタリング成膜を実施した。また、ターゲットには(NaxK1−x)NbO3(x=0.5)のセラミ
ックターゲットを用いた。膜厚が3μmになるまでKNN膜の成膜を行った。また、成膜後において酸素中や不活性ガス中あるいは両者の混合ガス、または大気中あるいは真空中で加熱処理を行った。
【0047】
このとき、KNN圧電膜は、結晶系としては擬立方晶あるいは正方晶あるいは斜方晶であり、その少なくとも一部にABO3の結晶、非晶質あるいは両者の混合した組成が含まれていても良い。ここで、AはLi、Na、K、La、Sr、Nd、Ba及びBiの中から少なくとも1つの元素、BはZr、Ti、Mn、Mg、Nb、Sn、Sb、Ta及びInの中から選択される少なくとも1つの元素であり、Oは酸素である。作製条件によって圧電膜の結晶配向性の状態が変化するとともに、圧電膜の内部応力(歪)が圧縮応力あるいは引張応力へと変化することもある。また、応力のない状態、すなわち無歪の状態の場合もある。
【0048】
こうして作製したKNN膜について、走査電子顕微鏡などで断面形状を観察すると、その組織は柱状構造で構成されていた。また、一般的なX線回折装置で結晶構造を調べたところ、図8のX線回折パターン(2θ/θスキャン測定)に示すように、(111)に優先配向したPt膜上にKNN膜を形成した結果、作製されたKNN膜は擬立方晶のペロブスカイト型の結晶構造を有する多結晶膜であることが判明した。また、図8のX線回折パターンからわかるように、(001)面、(002)面、(003)面の回折ピークのみを確認できることから、KNN圧電膜が概ね(001)面に優先配向していることがわかる。
【0049】
KNN膜の配向性を詳細かつ精密に評価するために、極図形(Pole figure)の測定を
行ったところ、(001)優先配向であることが明らかになった。詳細については、以下の参考文献1,2を参照されたい。更に、図8から、実施例のPt下部電極層の上部にKNN膜を形成した状態でのX線回折測定で、KNN膜の下地であるPt下部電極層の(111)回折ピークや(222)回折ピークを同時に確認することができた。すなわち、KNN膜を形成した後においてもPt下部電極層の(111)優先配向性を見出すことできる。実施例の圧電膜素子における下部電極層の配向性評価について、評価装置であるX線回折装置には、Panalytical社製のMRDを用い、測定時のX線源の出力は1.8kW(45kV、40mA)であり、特性X線源にCuKa線を使用し、Line focusとして10mm×0.1mmのスリットを使用した。また、回折X線の検出器にはシンチレーションカ
ウンターを使用した。配向性の高精度評価として極図形測定も行い、広い面積のX線検出城をもつ2次元検出器を搭載した高出力X線回折装置(Bruker AXS社製の「D8 DISCOVER with Hi STAR、VANTEC2000°」)を用いた。
参考文献1:カリティ著、新版X線回折要論、アグネ、1980年
参考文献2:理学電気編、X線回折の手引き、改訂第4版、理学電気株式会社、1986年
【0050】
(Pt下部電極層の(111)優先配向とKNN膜の(001)優先配向との相関)
本実施例では、Pt下部電極層の(111)優先配向について、図8で説明したX線回折パターンのPt111回折ピーク強度を参考にした。また、圧電特性の向上と密接に関連するKNN膜の(001)優先配向について、X線回折パターンのKNN001回折ピーク強度を参考にした。図9に、一実施例における、下部電極層のPt111回折強度に対するKNN膜のKNN001回折強度の変化を示す。
図9(a)に示すように、Si基板であるウェハの中心部において、Pt下部電極層の111回折強度が増加するに従い、KNN膜の001回折強度が、約100カウント(counts)から650カウント(counts)へと増加することがわかる。また、Si基板であるウェハの中心から30mm離れた位置においても、図9(b)に示すように、Pt下部電極層の111回折強度の増加に従って、KNN圧電膜の001回折強度が増加している。すなわち、Pt下部電極層の(111)優先配向度が高いほど、KNN圧電膜の(001)優先配向度が高くなることを表している。KNN圧電膜の(001)優先配向と相関のある圧電特性を向上するためには、KNN圧電膜の下地にあたる下部電極層の(111)優先配向度を制御することが重要であることが分かった。
【0051】
(Pt下部電極層の(111)優先配向度の制御)
Pt下部電極層の(111)優先配向度の制御方法の一つとして、スパッタリング成膜時の温度制御がある。図10に成膜温度(基板温度)に対するPt下部電極層の111回折強度の変化を示す。図10(a)に、111回折強度のウェハ上の分布が比較的に均一なサンプルについて、ウェハのオリフラ側からトップ側にかけて5点測定した結果を示している。Pt下部電極層の成膜温度が高くなるに従い、Pt111回折強度が増加することがわかる。また、図10(b)に、当該サンプルウェハについて、オリフラ側を下にして、左から右側に5点測定した結果を示す。図10(a)と同じように、成膜温度が高くなるに伴ってPt111回折強度が高くなる温度依存性を示す。すなわち、ウェハ全体にわたって、成膜温度とPt111回折強度の間に正の相関がある。成膜温度の適切な制御がPt下部電極層の(111)優先配向度を向上させ、その結果、KNN圧電膜の(001)優先配向度を最適化することができることを表している。
【0052】
Pt下部電極層の(111)優先配向度を制御する、その他の方法として、スパッタリング成膜時のスパッタリング投入電力(Power)がある。図11にPowerに対するPt下部電極層の111回折強度の変化を示す。なお、図11には、異なる成膜温度(非加熱時、150℃加熱時)における、Powerに対する111回折強度の変化を示している。また図
11(a)は、ウェハのオリフラ側からトップ側にかけて5点測定した結果、図11(b)はオリフラ側を下にして、左から右側に5点測定した結果を示している。図11に示すように、Powerが300Wから500Wへと大きくなるに従い、111回折強度が高くな
ることがわかる。ウェハ面上においてほぼ一様に、Powerが大きくなるに従い111回折
強度が大きくなる。また、Power(スパッタリング投入電力)の大きさに関係なく、成膜
時に150℃で加熱した時は、非加熱の時に比べてPt111の回折強度が高くなることがわかる。言い換えると、Powerも成膜温度と同じく、Pt下部電極層の(111)優先
配向を制御するパラメータであると考えられる。
【0053】
(基板(ウェハ)上におけるPt下部電極層の(111)優先配向度の分布)
ここで本発明の実施例について、基板、例えばSiウェハ上における、Pt下部電極層の(111)優先配向度の分布について説明する。図12はSiウェハ上のPt下部電極層の(111)優先配向度の分布を示したものである。尚、横軸はオリフラ側からトップ側へ多点測定したときのX線回折の測定位置、縦軸はPt下部電極層の111X線回折強度である。図12(a)は、4インチSiウェハ上に成膜したPt下部電極層の111回折強度分布が不均一な状態を表した図である。図12(a)の場合、111回折強度の分布指標であるSiウェハ上の111回折強度の相対標準偏差は約59%である。一方、図12(b)は、Pt下部電極層の111回折強度分布が均一な分布を実現した状態を表し
た図である。図12(b)と図12(a)を比較すると、図12(a)の111回折強度の凸状分布が図12(b)では平坦化していることがわかる。図12(b)の場合、Siウェハ上の111回折強度の相対標準偏差は14%であり、ウェハ上におけるPt下部電極層の(111)優先配向性分布の大きさを約1/4にまで改善できることを示している。
【0054】
(Pt下部電極層の(111)優先配向とKNN圧電膜の格子歪との関係)
次に、Pt下部電極層の(111)優先配向性分布が異なる基板上にKNN圧電膜を形成し、これらKNN圧電膜の格子歪分布を比較し、下部電極層の配向性分布の均一性に対する、KNN圧電膜の格子歪分布の均一性について調べた。図13にKNN圧電膜の格子歪c/aのウェハ上分布を示す。ここで、格子歪c/aとは、KNN圧電膜の基板面に垂直な法線方向の格子定数cと、基板面に平行な方向の格子定数aとの比である。c/a<1のときは、基板面に対して平行な方向の格子間距離が法線方向の格子間距離に対して長く、KNN圧電膜は面内において引張状態にあり、c/a>1のときは、基板面に対して平行な方向の格子間距離が法線方向の格子間距離に対して短く、KNN圧電膜は面内において圧縮状態にあることを表している。
【0055】
図13(a)は、図12(a)で示した(111)優先配向性の分布が不均一な状態のPt下部電極層上に形成したKNN圧電膜の格子歪c/a分布を示した図である。Pt下部電極層の(111)優先配向性の分布が不均一な場合、KNN圧電膜の格子歪c/a分布が不均一であることがわかる。このとき、格子歪c/aの相対標準偏差は約31%である。一方、図13(b)は、図12(b)で示した(111)優先配向性の分布を均一化させたPt下部電極層上に形成したKNN圧電膜の格子歪c/a分布を示した図である。Pt下部電極層の(111)優先配向性の分布を均一に制御した結果、その上部に積層したKNN圧電膜の格子歪c/a分布が均一化する。このとき、c/aの相対標準偏差は約5%である。Pt下部電極層の(111)優先配向性の均一化を実現することによって、KNN圧電膜のウェハ上での格子歪分布の相対標準偏差を約1/6にまで低減できる。
【0056】
また、表1に、Pt下部電極層の(111)優先配向性の均一性が異なる基板上に形成したKNN圧電膜に関し、Pt下部電極層の111回折強度の相対標準偏差、及びそれに対応したKNN圧電膜の格子歪c/aの相対標準偏差をまとめている。表1を用いて、Pt下部電極層の(111)優先配向性のばらつきの大きさと、KNN圧電膜の格子歪c/aのばらつきとの相関を検討した。図14にその結果を示す。横軸はPt下部電極層の(111)優先配向性の均一性を表すPt下部電極層の111回折強度のばらつき、縦軸はKNN圧電膜の格子歪c/aのばらつきである。Pt下部電極層の(111)優先配向性の基板上のばらつきが大きくなるに従い、KNN圧電膜の基板上での格子歪c/aのばらつきが大きくなることがわかる。以上から、Ptの下部電極層の(111)優先配向分布を均一化することによって、Siウェハ上で均一な格子歪c/aのKNN圧電膜を安定的に生産することができる。また、格子歪c/aは圧電特性と密接に関連しているため、歩留まり良く、高性能なKNN圧電膜を製造することができる。
上記のPt下部電極層の111回折強度のばらつきは、KNN圧電膜を形成する前のPt下部電極形成ウェハにおいて、ウェハの移動あるいはX線源の移動によって、ウェハ上の任意の位置を多数点測定したPt下部電極層の111X線回折強度の標準偏差であって、それを平均値で割った百分率、すなわち相対標準偏差である。次に、KNN圧電膜のウェハ上での格子歪の分布との相関関係を明確にするために、前述したPt下部電極層の111回折強度のばらつきを求めたウェハ上にKNN圧電膜を形成したウェハを作製した。このKNN圧電膜のウェハ上の任意の位置について、Out of plane(面外)X線回折法とIn-plane(面内)X線回折法によって、KNN圧電膜の面外(膜厚)方向の格子定数cと面内方向の格子定数aを多数点測定し、ウェハ上での任意の位置における格子歪量c/aを求めた。実施例に記載したKNN圧電膜の格子歪c/aのばらつきは、前述したウェハ
上で多数点測定して得られたc/aの標準偏差であって、それを平均値で割った百分率、すなわち相対標準偏差である。尚、当該Pt下部電極層の111X線回折強度のばらつき、及びKNN圧電膜の格子歪c/aのばらつきは、一枚のウェハ上におけるばらつきの均一・不均一に基づく標準偏差や相対標準偏差には限定されず、ウェハ上の任意の一点を測定して得られたPt下部電極層の111X線回折強度やKNN圧電膜の格子歪c/aについて、異なるウェハ間あるいはロット間に基づく標準偏差や相対標準偏差であっても良い。
【0057】
【表1】
【0058】
(Pt下部電極層の(111)優先配向分布とKNN圧電膜の圧電定数分布との関係)
実際に、Pt下部電極層の(111)優先配向分布の状態が異なる基板(4インチSiウェハ)上に形成したKNN圧電膜について、圧電定数の分布を評価した結果を図15に示す。図15(a)は図12(a)で示した(111)優先配向性の分布が不均一な状態のPt下部電極層上に形成したKNN圧電膜の圧電定数の分布を示した図である。Pt下部電極の(111)優先配向性の分布が不均一な場合、KNN圧電膜の圧電定数が不均一であることがわかる。このとき、ウェハ上において圧電定数が約70〜110(任意単位)まで分布をもっており、相対標準偏差は約14.3%であった。一方、図15(b)に
図12(b)で示した(111)優先配向性の分布を均一化させたPt下部電極上に形成したKNN圧電膜の圧電定数の分布を示した。Pt下部電極の(111)優先配向性の分布を均一に制御した場合、その上部に形成したKNN圧電膜について、その圧電定数の分布が均一化した。この圧電定数分布の相対標準偏差は約4.1%であり、約1/4にまで
ウェハ上での圧電定数のばらつきが低減できることがわかる。すなわち、KNN圧電膜の下地であるPt下部電極層の構造制御、具体的には(111)優先配向性の精密な制御によって、KNN圧電膜の高性能化と安定生産を両立させることができる。
【0059】
尚、図15に示すように、本実施例における圧電定数の単位は任意単位である。これは、圧電定数を求めるためには、圧電膜のヤング率やポアソン比などの数値が必要であるが、薄膜形態にある圧電体のヤング率やポアソン比の数値を求めることは困難であるからである。薄膜の圧電膜の場合、バルク体と異なり、成膜時に使用される基板からの影響(拘束など)を受けるため、圧電薄膜自身のヤング率やポアソン比(定数)の絶対値(真値)を原理的に求めることができない。そこで、現在までに知られているKNN膜のヤング率やポアソン比の推定値を用いて圧電定数を算出した。従って、得られた圧電定数の値は推定値となることから、客観性をもたせるために相対的な任意単位とした。但し、圧電定数の算出に用いたKNNのヤング率やポアソン比の値は推定値とはいえ、ある程度、信頼性のある値であり、圧電定数の約100(任意単位)は、圧電定数−d31が概ね100(pm/V)であると考えられる。
【0060】
また、表2にPt下部電極層の(111)優先配向性の均一性が異なる基板上に形成したKNN圧電膜について、Pt下部電極の(111)X線回折強度の相対標準偏差、及びそれに対応したKNN圧電膜の圧電定数の相対標準偏差をまとめて示す。表2をもとに、
図16に、Pt下部電極層の(111)優先配向性のばらつきに対する、KNN圧電膜の圧電定数のばらつきの変化を検討した結果を示す。図16の横軸はPt下部電極層の(111)優先配向性のばらつきに相当する(111)X線回折強度の相対標準偏差、縦軸はKNN圧電膜の圧電定数のばらつきに相当する圧電定数の相対標準偏差である。Pt下部電極層の(111)優先配向性の基板上でのばらつきが大きくなるに従い、結果としてKNN圧電膜の基板上での圧電定数のばらつきが大きくなることがわかる。すなわち、Ptの下部電極の(111)優先配向分布を均一化することによって、Siウェハ上で均一な圧電特性を有するKNN圧電膜を製造することができる。
【0061】
【表2】
【0062】
(Pt下部電極層の(111)面のX線回折強度の最小ピーク強度に対する最大ピーク強度の大きさと、KNN圧電膜の圧電定数−d31との関係)
表3に、Pt下部電極層の(111)優先配向性の均一性が異なる基板上に形成したKNN圧電膜に関し、Pt下部電極層の(111)面のX線回折強度の最小ピーク強度に対する最大ピーク強度の大きさ(X線回折強度の最小ピーク強度に対する最大ピーク強度の大きさを、単に「X線回折強度の倍率」と記す)、及びそれに対応したKNN圧電膜の圧電定数−d31をまとめている。また、表3をもとに作成した図17に、Pt下部電極層の(111)面のX線回折強度の倍率と、KNN圧電膜の圧電定数−d31との関係を図示する。Pt下部電極層の(111)面のX線回折強度の倍率(ばらつき)が大きくなるに従い、KNN圧電膜の圧電定数−d31が低下し、Pt下部電極層の(111)面のX線回折強度の倍率を6倍以下にすることで、圧電定数−d31を各種デバイスへ広く適用できるレベルの70以上に制御できることが分かる。
【0063】
【表3】
【符号の説明】
【0064】
1 基板(Si基板)
2 接着層
3 下部電極層(Pt下部電極層)
4 圧電膜(KNN膜)
5 上部電極層
10 圧電膜素子
20 圧電膜素子
30 圧電膜デバイス
41 成膜容器
42 スパッタリング用ターゲット
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、少なくとも下部電極層と、非鉛のアルカリニオブ酸化物系の圧電膜とを配した圧電膜素子において、
前記下部電極層は、
立方晶、正方晶、斜方晶、六方晶、単斜晶、三斜晶、三方晶のいずれかの結晶構造、またはこれら結晶構造のうちの二以上の結晶構造が共存した状態を有し、前記結晶構造の結晶軸のうちの2軸以下のある特定の結晶軸に優先的に配向しており、前記基板上における少なくとも一つの前記結晶軸を法線とした結晶面のX線回折強度の分布において、前記結晶面のX線回折強度の相対標準偏差が57%以下である
ことを特徴とする圧電膜素子。
【請求項2】
基板上に、少なくとも下部電極層と、非鉛のアルカリニオブ酸化物系の圧電膜とを配した圧電膜素子において、
前記下部電極層は、
立方晶、正方晶、斜方晶、六方晶、単斜晶、三斜晶、三方晶のいずれかの結晶構造、またはこれら結晶構造のうちの二以上の結晶構造が共存した状態を有し、前記結晶構造の結晶軸のうち2軸以下のある特定の結晶軸に優先的に配向しており、前記基板上における少なくとも一つの前記結晶軸を法線とした結晶面のX線回折強度の分布において、前記結晶面のX線回折強度の最小ピーク強度に対する最大ピーク強度の大きさが7倍以下の範囲にある
ことを特徴とする圧電膜素子。
【請求項3】
請求項1または2に記載の圧電膜素子において、前記基板上における前記圧電膜の圧電定数の分布は、相対標準偏差が10%以下にあることを特徴とする圧電膜素子。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記下部電極層は、柱状構造の粒子で構成された集合組織を有していることを特徴とする圧電膜素子。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記下部電極層が、(001)優先配向結晶粒、(110)優先配向結晶粒および(111)優先配向結晶粒のうち、主に一つの優先配向結晶粒で構成された構造、または二以上の優先配向結晶粒が共存した構造であることを特徴とする圧電膜素子。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記下部電極層は、Pt層またはPtを主成分とする合金層からなる単層構造、あるいはPt層またはPtを主成分とする合金層を含む積層構造であることを特徴とする圧電膜素子。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記下部電極層は、Ru、Ir、Sn、In、これらの酸化物、またはPtと前記圧電膜中に含まれる元素との化合物からなる層の単層構造、または前記層を含む積層構造であることを特徴とする圧電膜素子。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記圧電膜上に、上部電極層が設けられ、前記上部電極層は、Pt層またはPtを主成分とする合金層からなる単層構造、あるいはPt層またはPtを主成分とする合金層を含む積層構造であることを特徴とする圧電膜素子。
【請求項9】
請求項8に記載の圧電膜素子において、前記上部電極層は、Ru、Ir、Sn、In、これらの酸化物、またはPtと前記圧電膜中に含まれる元素との化合物からなる層の単層構造、または前記層を含む積層構造であることを特徴とする圧電膜素子。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記基板は、Si基板、MgO基板、ZnO基板、SrTiO3基板、SrRuO3基板、ガラス基板、石英ガラス基板、GaAs基板、GaN基板、サファイア基板、Ge基板、またはステンレス基板であることを特徴とする圧電膜素子。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれかに記載の圧電膜素子を備えたことを特徴とする圧電膜デバイス。
【請求項1】
基板上に、少なくとも下部電極層と、非鉛のアルカリニオブ酸化物系の圧電膜とを配した圧電膜素子において、
前記下部電極層は、
立方晶、正方晶、斜方晶、六方晶、単斜晶、三斜晶、三方晶のいずれかの結晶構造、またはこれら結晶構造のうちの二以上の結晶構造が共存した状態を有し、前記結晶構造の結晶軸のうちの2軸以下のある特定の結晶軸に優先的に配向しており、前記基板上における少なくとも一つの前記結晶軸を法線とした結晶面のX線回折強度の分布において、前記結晶面のX線回折強度の相対標準偏差が57%以下である
ことを特徴とする圧電膜素子。
【請求項2】
基板上に、少なくとも下部電極層と、非鉛のアルカリニオブ酸化物系の圧電膜とを配した圧電膜素子において、
前記下部電極層は、
立方晶、正方晶、斜方晶、六方晶、単斜晶、三斜晶、三方晶のいずれかの結晶構造、またはこれら結晶構造のうちの二以上の結晶構造が共存した状態を有し、前記結晶構造の結晶軸のうち2軸以下のある特定の結晶軸に優先的に配向しており、前記基板上における少なくとも一つの前記結晶軸を法線とした結晶面のX線回折強度の分布において、前記結晶面のX線回折強度の最小ピーク強度に対する最大ピーク強度の大きさが7倍以下の範囲にある
ことを特徴とする圧電膜素子。
【請求項3】
請求項1または2に記載の圧電膜素子において、前記基板上における前記圧電膜の圧電定数の分布は、相対標準偏差が10%以下にあることを特徴とする圧電膜素子。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記下部電極層は、柱状構造の粒子で構成された集合組織を有していることを特徴とする圧電膜素子。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記下部電極層が、(001)優先配向結晶粒、(110)優先配向結晶粒および(111)優先配向結晶粒のうち、主に一つの優先配向結晶粒で構成された構造、または二以上の優先配向結晶粒が共存した構造であることを特徴とする圧電膜素子。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記下部電極層は、Pt層またはPtを主成分とする合金層からなる単層構造、あるいはPt層またはPtを主成分とする合金層を含む積層構造であることを特徴とする圧電膜素子。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記下部電極層は、Ru、Ir、Sn、In、これらの酸化物、またはPtと前記圧電膜中に含まれる元素との化合物からなる層の単層構造、または前記層を含む積層構造であることを特徴とする圧電膜素子。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記圧電膜上に、上部電極層が設けられ、前記上部電極層は、Pt層またはPtを主成分とする合金層からなる単層構造、あるいはPt層またはPtを主成分とする合金層を含む積層構造であることを特徴とする圧電膜素子。
【請求項9】
請求項8に記載の圧電膜素子において、前記上部電極層は、Ru、Ir、Sn、In、これらの酸化物、またはPtと前記圧電膜中に含まれる元素との化合物からなる層の単層構造、または前記層を含む積層構造であることを特徴とする圧電膜素子。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記基板は、Si基板、MgO基板、ZnO基板、SrTiO3基板、SrRuO3基板、ガラス基板、石英ガラス基板、GaAs基板、GaN基板、サファイア基板、Ge基板、またはステンレス基板であることを特徴とする圧電膜素子。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれかに記載の圧電膜素子を備えたことを特徴とする圧電膜デバイス。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図2】
【図3】
【図4】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
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【図16】
【図17】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【公開番号】特開2013−4707(P2013−4707A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−133911(P2011−133911)
【出願日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】
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