説明

地上放送波受信用アンテナ装置及びその構成部品

【課題】FM帯以下の周波数帯域において、アンテナ素子長を55[mm]程度まで短縮しても、従来と同等以上の性能を有する地上放送波受信用アンテナ装置を提供する。
【解決手段】アンテナ素子10の受信波のうち当該アンテナ素子10の共振点以下の周波数の受信波を増幅する、受信周波数に対して等価雑音抵抗が2Ω以下となる化合物半導体HEMTとを含んで増幅器12−Aを構成し、雑音指数(NF)をFM帯以下の広い周波数帯域にわたってほぼ一定になるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば車両用に用いられるAM帯及びFM帯の地上放送波受信用アンテナ装置及びその構成部品に関する。特に、ごく短いアンテナ素子を用いた場合であっても充分な性能が得られる仕組みに関する。ここでAM帯とは、0.522〜1.629[MHz]、FM帯とは76〜90[MHz]である。
【背景技術】
【0002】
地上放送波受信用のアンテナ素子として、古くから高さ1000[mm]程度の伸縮式棒状アンテナ素子が多く用いられてきた。伸縮式棒状アンテナ素子は、伸展時に、FM帯では、ほぼ0.25λ(「λ」は使用周波数の波長。以下同じ。)の共振型モノポールアンテナとして動作する。また、AM帯では、出力インピーダンスが10[kΩ]程度の非共振モノポールアンテナとして動作する。そのため、受信機に対して低い反射係数を実現し、100[%]近い高効率で動作することが知られている。伸縮式棒状アンテナ素子のAM帯及びFM帯における性能は、長い間、事実上、車両に用いられる地上放送波受信用アンテナの基準として用いられている。
【0003】
車両に伸縮式棒状アンテナ素子を用いる場合、物理的な高さから折損事故が絶えない。そのために市場には、アンテナ素子の短縮化への要求が潜在的に存在する。しかし、アンテナ素子の高さを短くすると、それに伴うアンテナ素子のインピーダンス変化やこれに起因するケーブル及び受信装置との不整合損失が増加する。
【0004】
アンテナ素子の短縮化の要請に応え、1990年代半ばには、高さ200[mm]程度(FM波長λの0.05)の棒状ヘリカルアンテナ素子を採用した棒状アンテナ装置が実用化された。特許文献1は、このような棒状アンテナ装置の一例を提案している。
特許文献1の棒状アンテナ装置は、モノポールアンテナ素子に、AM/FM分波回路、FM整合回路、FM用増幅器、AM用増幅器、AM/FM合成回路を有する増幅部が接続される。この増幅部により、アンテナ素子におけるインピーダンスの変化分をアクティブにインピーダンス変換して、アンテナ素子と受信機との間の不整合損失を低減することでアンテナ素子を短縮化したことによる性能劣化を補償している。このように、アンテナ素子の短縮化による性能劣化を増幅部で補償するようにしたことで、現在、この種のアンテナ装置は、世界的に広く普及している。
【0005】
2000年代以降に入ると、車両に限らず、移動体端末に搭載される無線メディア用のアンテナ素子の種類と数とが急増した。これに伴い、個々のアンテナ素子の短縮化に対する市場要求は更に強まった。その結果、車両用のアンテナ市場では、アンテナ素子の高さが55[mm](例えばFM帯波長λの約0.0125倍)程度まで短縮することが強く望まれるようになった。
しかしながら、アンテナ素子長をこのように短縮したときのアンテナ素子の性能劣化は著しいものがあり、特許文献1のような技術では、性能劣化分を増幅部で充分に補償しきれなくなってきた。特に、従前の技術では、FM帯におけるS(信号)/N(雑音)の大幅な劣化が生じる。そのために、現在、アンテナ素子の高さが55[mm]程度のアンテナ装置で世界的に普及しているものはない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−215122号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来技術の問題点を理論的に分析すると、以下のようになる。
まず、モノポールアンテナ素子の長さとアンテナのインピーダンスとの関係を明らかにする。一般に、高さHのモノポールアンテナ素子の給電点でのインピーダンスの実部Rは、(アンテナ)放射抵抗Rと(アンテナ)内部損失抵抗Rとの和(=R+Ri)として与えられる。このうち、放射抵抗Rは、モノポールアンテナ素子の高さをHとすると、下式により理論的に求めることができる。
【0008】
【数1】

【0009】
但し、λは波長(内部損失抵抗を十分無視できる場合)である。
Iバーは、モノポールアンテナ素子上の平均電流を給電電流で規格化した平均電流であり、分布形態の相違に従い、理論的には0.5〜1.0の範囲内の値をとる。Iバーは、非共振アンテナで0.5、0.25λ共振アンテナで≒0.64で、殆どのモノポールアンテナ素子で0.5〜0.64の範囲内であり、平均電流の違いによって生じる性能差は限定的なものである。
0.25λ、0.05λ、0.0125λの三種類の高さのモノポールアンテナ素子について上式からFM帯における特性を計算すると、放射抵抗Rは各々40、1.6、0.1となり、短縮の度合いが高まるにつれて大幅に減少することがわかる(Iバー≒0.64として計算)。
【0010】
内部損失抵抗Rは、モノポールアンテナ素子の材質・構造・製作条件等により決まる。最適化設計により一定程度小さな値を実現することは可能であるが、現状、常温でゼロにする方法は知られていない。そのため、特にモノポールアンテナ素子が短くなることは、アンテナ入出力電力比を表すアンテナ効率η(実質的に、R/(R+R)の低下要因となる。仮に、内部損失抵抗Rを約1.5[Ω]とし、0.25λ、0.05λ、0.0125λの三種類の高さのモノポールアンテナ素子についてFM帯におけるアンテナ効率ηを計算すると、各々0、-3、-12[dB]の程度となる。
【0011】
一方、FM帯に共振させた高さHのモノポールアンテナ素子のインピーダンスZ(=R+jX)の所望の受信帯域Δfに対する虚部の変化幅ΔXは、使用周波数をf、その波長をλとすると、近似的に下式で与えられる。
【0012】
【数2】

【0013】
0.25λ、0.05λ、0.0125λの三種類の高さのモノポールアンテナ素子について上式からFM帯における特性を計算すると、ΔXは、各々24、38、142となり、短縮の度合いが高まるにつれて大幅に増加することがわかる。
また、インピーダンスをRに選んだ場合(帯域中心に完全整合)を想定して、ΔXのR比でみると、各々0.6、24、1400となり、更に変化が増大して、短縮化すると所望の帯域両端において著しい不整合損失を生じることがわかる。
さらに、本発明者らの実測によれば、反射係数(VSWR)についても、0.25λ、0.05λ、0.0125λの三種類の高さのモノポールアンテナ素子について、2以下、10以上、100以上となり、モノポールアンテナ素子の短縮化に伴い、受信機へ到達する信号電力が大幅な不整合損失を免れないことがわかった。このように、モノポールアンテナ素子を短縮化すると、アンテナ効率の低下、狭帯域化、不整合損失が避けられないという問題がある。
【0014】
本発明は、上記の問題点に鑑み、FM帯以下の周波数帯域において、アンテナ素子長を55[mm]程度まで短縮しても、従来と同等以上の性能を有する地上放送波受信用アンテナ装置及びその構成部品を提供することを主たる課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
以上のような課題を解決するため、本発明は、地上放送波受信用増幅器と、地上放送波受信用アンテナ装置とを提供する。
本発明の地上放送波受信用増幅器は、FM放送帯以下の周波数を用いた地上放送波を受信するアンテナ素子の給電点に接続するための給電端子と、前記給電端子を通じて入力される前記アンテナ素子の受信波のうち当該アンテナ素子の共振点以下の周波数の受信波を増幅する、受信周波数に対して等価雑音抵抗が2Ω以下となる化合物半導体HEMTと、を含んで構成される。
【0016】
このように構成される地上放送波受信用増幅器は、例えばアンテナ素子の高さ(長さ)が短くなることによってその性能(信号対雑音比や受信系の利得等)が劣化しても、その劣化分を、等価雑音抵抗が2[Ω]以下となる化合物半導体HEMTが補償することができるので、例えば、FM放送帯の地上放送波の0.0125波長以下の長さをもつモノポールアンテナ素子を用いた場合であっても、実用的な性能を実現することができる。
【0017】
前記化合物半導体HEMTは、好ましくは、スミス図上において、前記モノポールアンテナ素子で受信可能な周波数帯域内の複素インピーダンスの描く曲率円の中心をなすインピーダンスと一致する、少なくとも一つの等雑音指数円の中心を形成するように構成する。これにより、所望の周波数帯域全体にわたって等雑音を維持することができる。
【0018】
ある実施態様では、前記化合物半導体HEMTはソース接地されており、そのゲートには、所定のインピーダンスの線路を介して前記モノポールアンテナ素子で受信した受信波と、直流阻止回路及びバイアス回路を経てバイアス電力とが供給される。
他の実施態様では、前記化合物半導体HEMTはソース接地されており、そのゲートと前記給電端子とを接続する線路は前記モノポールアンテナ素子の出力インピーダンスよりも小さく200[Ω]以上のインピーダンスの線路であり、当該ゲートへは、直流阻止回路及びバイアス回路を経てバイアス電力が供給される。
他の実施態様では、前記HEMTのドレインには、AM帯の周波数の受信波を当該HEMTに増幅させるための第1回路と、FM帯の周波数の受信波を当該HEMTに増幅させるための第2回路との少なくとも一方の回路が接続されている。これにより、一つの増幅器で、AM帯とFM帯の地上波放送を受信することができる。
【0019】
本発明の地上放送波受信用アンテナ装置は、FM放送帯以下の周波数を用いた地上放送波を受信するアンテナ素子と、このアンテナ素子の受信波のうち当該アンテナ素子の共振点以下の周波数の受信波を増幅する増幅器と、前記増幅器の接地ラインを外部の接地導体面に導通させるための接地端子とを備えており、前記増幅器は、その初段に、前記共振点以下の周波数の受信波を増幅する、等価雑音抵抗が2Ω以下の化合物半導体HEMTを配備している装置である。
【0020】
前記増幅器は、スミス図上において、FM放送帯の地上放送波の0.0125波長以下の長さをもつアンテナ素子で受信可能な周波数帯域内の複素インピーダンスの描く曲率円の中心をなすインピーダンスと一致する、少なくとも一つの等雑音指数円の中心を形成するように構成される。
【0021】
ある実施態様では、地上放送波受信用アンテナ装置の増幅器は、すべての電気部品が配線基板の片面に搭載されて構成されており、当該配線基板の部品非搭載面に前記グランド板が配設されている。これにより、低い姿態のアンテナ装置を実現することができ、車両等の移動体への搭載促進が期待される。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、アンテナ素子を短縮することによって生じる性能劣化,特に雑音に関する劣化分を増幅器のHEMTが補償するので、従前は考えられなかった高さ(長さ)に短縮化されたアンテナ素子であっても、所望の周波数帯域全体で一定な信号対雑音特性が得られるという、特有の効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明を適用したアンテナ装置の全体構成図。
【図2】上記アンテナ装置に含まれる増幅器の構成例を示した図。
【図3】上記アンテナ装置に含まれる増幅器の他の構成例を示した図。
【図4】上記アンテナ装置に含まれる増幅器の他の構成例を示した図。
【図5】スミス図におけるFM帯の放射インピーダンス曲率円の説明図。
【図6】(a)はスミス図における増幅器の等NF(雑音指数)円と等NF円の中心の軌跡の説明図、(b)はアンテナ素子の放射インピーダンスと増幅器の等NF円との関係を示した図。
【図7】スミス図におけるアンテナ素子と増幅器の利得との関係を示した図。
【図8】本実施形態のアンテナ装置の評価例を示した実測図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明をAM帯(0.522〜1.629[MHz])やFM帯(76〜90[MHz])の地上波放送を受信して増幅する地上放送波受信用アンテナ装置、特に、車両に取付可能なアンテナ装置に適用した場合の実施の形態を説明する。
【0025】
[構成]
図1は、本実施形態におけるアンテナ装置の全体構成図である。
このアンテナ装置は、アンテナ素子10と、このアンテナ素子10と接続するための給電端子11と、増幅器12と、この増幅器12の出力を外部の受信機等へ伝達するための出力端子13と、増幅器12の接地ラインをグランド板15に接続するための接地端子14とを備えて構成される。グランド板15は、車両導体面30に貼り付けられており、アンテナ素子10に対してグランド板15及び車両導体面30が地板面となる。
【0026】
アンテナ素子10は、例えば線経0.4[mm]の銅線を、巻径6[mm]で略100ターン巻回した棒状ヘリカルコイルである。アンテナ素子10は、その先端が、車両導体面30から55[mm]前後、すなわちFM帯(75[MHz])の使用周波数に対して0.0125λとなる高さに設計されている。但し、アンテナ素子10は、上記の例に限るものではない。例えば、厚さ0.1[mm]、幅10[mm]、長さ55[mm]の銅箔から成る高さが0.0125λ(55[mm]前後)の板状電極を車両導体面30に対して略平行に配設し、この板状電極と給電端子11との間に、例えば線径0.3〜0.8[mm]の銅線を、適宜の巻径で10〜20ターン巻回したコイルを装荷した構造のものであってもよい。
【0027】
このように構成されるアンテナ素子10は、例えばAM帯やFM帯の地上波放送を受信し、一定のアンテナ効率のもとで受信波を給電端子11へ出力するが、その給電端子11に増幅器12が接続されたときには、所望の受信帯域より若干高い周波数、例えばFM帯域の上端から0〜1[%]高い周波数に共振点を生じるように構成される。これにより、増幅器12は、給電端子11を通じて入力されるアンテナ素子10の受信波のうち当該アンテナ素子10の共振点以下の周波数の受信波を増幅することになる。
【0028】
増幅器12は、例えば図2〜図4のように構成することができる。各図において共通するのは、初段の増幅素子として、GaAs系、InP系、GaN系、SiGe系などの化合物半導体で作製されたHEMT(High Electron Mobility Transistor:高電子移動度トランジスタ)、すなわち半導体ヘテロ接合に誘起された高移動度の二次元電子ガスをチャネルとしたFET(Field Effect Transistor:電界効果トランジスタ)を用いたことである。HEMTは、その等価雑音抵抗が、2[Ω]以下のものである。
【0029】
HEMTは、一般的には、地上波デジタル放送(470[MHz]〜710[MHz])の受信機やマイクロ波帯の信号を増幅する高周波機器用増幅器において使用されるもので、これまで、AM帯やFM帯において使用されることがなかった。これは、AM帯やFM帯でHEMTを採用することの性能対効果が低いこと、及び、このように低い周波数帯域では、HEMTの扱いが難しいことが、その理由になっていると考えられる。
すなわち、もともと熱雑音が信号電力に重畳しているのが当たり前のAM帯やFM帯の受信波では、HEMTを採用したとしても、顕著な性能改善に結びつかないので、HEMTをAM帯やFM帯で使用するには、100倍程度の増幅能力が過剰となり、100倍もの広範な周波数にわたる回路・部品の動作、放射器1の指向性等を考慮した設計・製造技術が余分な負担となる。また、シリコンバイポーラトランジスタに比べ、化合物半導体素材が高価で、基板に形成する際のパターンルールが微細となるので、製造コストも相対的に高くなるばかりでなく、主たる動作周波数がAM帯やFM帯のように、マイクロ波に比べて低い周波数で動作するように設計された素子と比較すれば、パターンルールが過剰に微細となって、電気的ストレスに対して脆弱となる。
【0030】
図2に示す増幅器12−Aでは、ソース接地されたエンハンスメント型のHEMT120のゲートGに、アンテナ素子10で受信され、給電端子11,増幅器入力端子Riを通じて入力された受信波と、電源端子Piから直流阻止回路121及びバイアス回路122を経て供給された正のバイアス電力とを重畳して入力する。
給電端子11及び増幅器入力端子RiからHEMT120のゲートGまでを接続する配線線路は、アンテナ素子10のインピーダンスが非常に高いことから、200[Ω]以上(好ましくは1[kΩ]以上)の高インピーダンスとなるように線路幅が制限されている。
【0031】
なお、HEMT120のゲートGから増幅器入力端子Riまでをグランド板15から離間できるように、グランド板15に逃げを設けるか、HEMT120等の電子部品と別の基板で構成して、グランド板15と略垂直に配設するように構成してもよい。
【0032】
HEMT120のソースSは接地端子14と導通する増幅器側接地端子Grに接続される。HEMT120のドレイン(負荷側)Dには、FM並列共振回路123の一方端と出力整合回路125とが接続されている。FM並列共振回路123の他方端は、電源端子Piに接続される。出力整合回路125は、増幅器出力端子Roを通じて出力端子13に接続される外部の受信機等との間で出力整合をとるためのものである。
【0033】
図3に示す増幅器12−Bは、図2に示した増幅器12−Aにおいて、HEMT120のドレイン(負荷側)Dに、FM並列共振回路123のほかに、AM並列共振回路124を付加したものである。これにより、増幅器12−Bは、AM帯及びFM帯の受信波の増幅が同時に可能となる。
【0034】
図4に示す増幅器12−Cは、AM帯とFM帯とを分離して増幅するようにしたものである。すなわち、給電端子11から取り込んだ受信波を分波回路21で二分岐し、一方の分岐路に図2に示した増幅器12−Aを挿入し、他方の分岐路にAM整合回路22とAM帯増幅器23とを挿入し、両増幅器12−A,23の出力を合成回路24で合成して出力端子13へ出力するようにしたものである。
AM帯増幅器23の初段には、図2及び図3に示したものと同様、ソース接地されたエンハンスメント型のHEMTを初段の増幅素子として設け、そのゲートに、AM帯の受信波を入力するようにしている。
【0035】
増幅器12−A,12−B,12−Cは、それを構成するすべての電子部品が、所定サイズの基板の片面(アンテナ素子10の高さ方向の面)に搭載されており、基板の部品非搭載面はグランド板15に密着して低背に配設されている。
【0036】
このように構成される増幅器12−A,12−B,12−Cは、アンテナ素子10との利得整合の追求という視点ではなく、アンテナ素子10に接続したときの雑音指数(Noise Figure:以下、「NF」という)をAM帯及びFM帯の所望の周波数帯域全体でほぼ一定になるように動作する。以下、その理由を説明する。
ここでは、約55[mm]の高さのアンテナ素子10と増幅器12−Aとを接続してFM帯の放送波を受信する場合について説明する。また、便宜上、50[Ω]で規格したスミス図(Smith chart)を用いて説明する。スミス図の水平軸は複素反射係数の実数部、垂直軸は虚数部である。最外周は全反射に対応している。
【0037】
(1)アンテナ素子10に対する考察
アンテナ素子10のインピーダンスは、使用周波数帯域で広範囲に拡散して分布している。そのため、アンテナ素子10のインピーダンスを、増幅器12−Aのほぼ定まったNF最小点のインピーダンスに所望の全帯域で整合させることは、事実上不可能であって、例えば、帯域中央で整合をとるなどの一般的な方法を用いた場合には、帯域両端の不整合が急激に増加し、NFの大幅な劣化を避けることができない。
本発明者らは、図5に示すスミス図(模式図)上において、ある状態での複素インピーダンスをZ、その点Zからのインピーダンス距離の半径がqとなる曲率円(便宜上「インピーダンス円」という)を想定すると、Zとqとの組み合わせによって、放射器として動作するアンテナ素子10のインピーダンス(便宜上「放射インピーダンス」という)と重なるインピーダンス円が唯一つ存在することを見出し、このことを本発明の出発点とした。この複素インピーダンスZが、放射インピーダンス上の至る点から等しいインピーダンス距離を有することは言うまでもない。本明細書では、このような条件を満足するインピーダンス円を便宜上「放射インピーダンス曲率円」、その中心を「放射インピーダンス曲率円中心」と表現して説明する。
【0038】
なお、インピーダンス距離は、インピーダンスの整合度と同義と考えればよい。
例えばインピーダンスZ(=R+jX)のA点と、インピーダンスZ(=R+jX)のB点とのインピーダンス距離は|Z−Z|となる。この距離が大きいほどスミス図上でB点はA点から遠ざかり、B点はA点に対しより不整合ということになる。ここでA点からのインピーダンス距離がq(=|R+jX−R−jX|=√((R−R+(X−X))となる点の集合を想定すると、この集合は、A点を中心とする半径qの円になる。この円は、A点に対して等しい不整合度(反射係数)を持つ点の集合ということができる。
【0039】
(2)増幅器におけるインピーダンスとその関連量
ここで、増幅器の属性として格別な意味を持つインピーダンスとその関連量を以下のように定義しておく。
:測定系の基準インピーダンス(本例では50[Ω])
opt:増幅器入力インピーダンスの複素共役点であって利得最適点
Γopt:NF最適点
min:ΓoptにおけるNF
Γ :等NF円
Ω :Γの中心
:Γの半径
:ΓにおけるNF
N :Γを指定するパラメータ
:増幅器の入力等価雑音抵抗
:規格化した増幅器の入力等価雑音抵抗
【0040】
上記関連量の間には、理論的に以下の関係がある。
増幅器12−Aの入力側のS(信号)対N(雑音)比を(S/N)in、増幅器12−Aの出力側の信号対雑音比を(S/N)outとすると、増幅器12−AのNFは、(S/N)in/(S/N)outとなる。
【0041】
増幅器の特性値として、Gopt、Γopt、Γmin、Rが(その製造メーカより)与えられると、Ω、R、F、rは、それぞれ、以下のようにして算出される。
Ω =Γopt/(1+N)
=√[N+N(1−|Γopt])]/(1+N)
=Fmin+4r N/(|1+Γopt
=R/Z
【0042】
これらの算出結果から、スミス図上で等NF円Γを描くことができる。パラメータNはスミス図上のいわゆる等高線を指定する正の実数であって、0のときFminとなり、無限大のときにNF最大円(全反射円)となる。Nは、以下のようにして求めることができる。
Ω =Γopt/(1+N)=Z
N=(Γopt/Z)−1
なお、N=0のときの等NF円の中心がNF最適点Γoptであり、その半径、Rも0となる。
【0043】
(3)放射インピーダンスと等NF円との関係
増幅器12−Aにおける等NF円の中心は、パラメータNの変化に従い、図6(a)に示されるように、NF最適点Γopt と、NF最大円(スミス図最外周)中心とを結ぶ直線上を移動する。この等NF円の中心の軌跡を示したのが図6(b)である。
図6(b)に示されるように、放射インピーダンス曲率円の中心がNF最大円中心となす角度と等NF円の中心との直線状軌跡の角度が所望の周波数帯域で一致するような増幅器12−Aとすることにより、あるいは、所望の周波数帯域において等NF円中心の描く軌跡が、アンテナ素子10の放射インピーダンス曲率円中心のインピーダンスZoを含むNF最適点Γoptをもつ増幅器12−Aとすることにより、アンテナ素子10の放射インピーダンス曲率円と重なる等NF円が必ず存在し、このとき増幅器12−Aは、所望の周波数帯域の至るところで等NFとなる。
放射インピーダンス曲率円と重なる等NF円のNFは、増幅器12−Aにおける増幅素子、すなわちHEMT120の入力における等価雑音抵抗Rにより定まる。
例えば、等価雑音抵抗が2[Ω]で、基準インピーダンスZo=50[Ω]、R=2[Ω]、Fmin=0.08[dB]、Γopt=0.68-0.16jのHEMT120を使用し、パラメータNを5に選ぶと、等NF円のNFは約1.1[dB]となる(図6(a)参照)。このことから、実用上、HEMT120の入力における等価雑音抵抗R は、2[Ω]以下であることが好ましいことがわかる。
【0044】
(4)HEMTの効用
注目すべきは、図7に示すごとく、増幅器12−Aの入力インピーダンス及び利得整合点は、アンテナ素子10の放射インピーダンスと著しく離間しており、動作状態における利得不整合損失は最大−25[dB]にも及ぶ。つまり、本実施形態のように、その高さが55[mm]まで短縮されたアンテナ素子10は、アンテナ実効高を損なう配置となっており、基本的に増幅器12−Aの利得を劣化させる方向に作用する。また、増幅器12−Aは、アンテナ素子10の共振点以下の周波数の受信波を増幅するため、共振点が周波数帯域の中心近くにある場合よりも利得が劣化する。
しかし、このような状態であっても、本実施形態のアンテナ装置10では、FM帯の全体にわたって実用的なNFを維持できるようにしている。その理由の一つは、従前、一般的に行われているインピーダンスと利得整合の追求をやめ、アンテナ素子10と増幅器12−Aとを接続したときに、FM帯全体で一定の雑音特性が得られるようにするとともに、アンテナ素子10を短縮化したことによって生じる利得等の劣化分については、増幅器12−AのHEMT120で(低雑音に)補償したことにある。
【0045】
(5)検証
本実施形態のアンテナ装置が、同じ周波数領域で使用される従前のアンテナ装置との関係で、どの程度の特性が得られるかを検証する。
検証は、電波暗室において、適切な受信範囲となるように設定した一定の送信電力を評価対象アンテナ装置に供給した。評価対象アンテナ装置は、200[mm]のアンテナ素子とHEMT120を含まない従来型の増幅器とを含む第1のアンテナ装置、アンテナ素子だけを55[mm]に短縮した第2のアンテナ装置、及び、本実施形態のアンテナ装置(第3のアンテナ装置)である。
これらの装置で受信し、増幅した受信波をスペクトラムアナライザに入力し、信号電力(S)と雑音電力(N)とをそれぞれ計測した。雑音電力は、送信を停波した状態で測定した。その後、信号電力(S)を雑音電力(N)電力で割ってS/Nを求めた。この結果を図8に示す。
【0046】
図8において、第1データは、第1のアンテナ装置における典型的な性能例を示している。この数値は性能達成水準の目標値(業界標準性能)であり、多くのアンテナ装置メーカは、この性能をキャッチアップすることを目標に開発が行なわれている。
第2データは、第2のアンテナ装置によるデータである。第3データは、本実施形態のアンテナ装置によるデータである。第3データは、第2データに比べて、帯域の両端が顕著に改善されており、第1データに近いものとなっている。
すなわち、FM帯の地上波放送用のアンテナ装置として、従来技術では実現し得なかった0.0125λ程度のアンテナ素子10で、業界標準性能に近いS/Nを実現できていることが裏付けられている。
【0047】
なお、以上の説明は、図2の増幅器12−Aを用いたアンテナ装置についての例であるが、図3及び図4の増幅器12−B,12−Cを用いたアンテナ装置にも、本発明を適用することができる。特に、図3の増幅器12−Bを用いた場合は、AM帯及びFM帯の地上放送波を一つのアンテナ装置で受信できる利点があるし、図4の増幅器12−Cは、従前のアンテナ装置の一部を増幅器12−Aに置き換えるだけで実現できる利点がある。
また、本実施形態では、FM帯の放送波を受信した場合の例を説明したが、AM帯においても充分実用的な性能を発揮できることが,本発明者らの検証によって裏付けられている。
また、以上の説明は、車両への搭載を考慮したものとなっているが、本発明のアンテナ装置は、二輪車、鉄道、航空機、船舶その他の移動体や携帯端末など、アンテナ素子の短縮が要請されているすべての分野において、広く利用できるものである。
【符号の説明】
【0048】
10・・・アンテナ素子、11・・・給電端子、12,12−A,12−B,12−C・・・増幅器、13・・・出力端子、14・・・接地端子、15・・・グランド板、30・・・車両導体面、120・・・HEMT、Pi・・・電源端子、Ri・・・増幅器入力端子、Ro・・・増幅器出力端子、Gr・・・増幅器接地端子、121・・・直流阻止回路、122・・・バイアス回路、123・・・FM並列共振回路、124・・・AM並列共振回路、125・・・出力整合回路、21・・・分波回路、22・・・AM整合回路、23・・・AM帯増幅器、24・・・合成回路。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
FM放送帯以下の周波数を用いた地上放送波を受信するアンテナ素子の給電点に接続するための給電端子と、
前記給電端子を通じて入力される前記アンテナ素子の受信波のうち当該アンテナ素子の共振点以下の周波数の受信波を増幅する、受信周波数に対して等価雑音抵抗が2Ω以下となる化合物半導体HEMTと、を含んで成る、
地上放送波受信用増幅器。
【請求項2】
前記アンテナ素子は、FM放送帯の地上放送波の0.0125波長以下の長さをもつモノポールアンテナ素子である、
請求項1記載の地上放送波受信用増幅器。
【請求項3】
前記化合物半導体HEMTは、スミス図上において、前記モノポールアンテナ素子で受信可能な周波数帯域内の複素インピーダンスの描く曲率円の中心をなすインピーダンスと一致する、少なくとも一つの等雑音指数円の中心を形成する、
請求項2記載の地上放送波受信用増幅器。
【請求項4】
前記化合物半導体HEMTはソース接地されており、そのゲートには、所定のインピーダンスの線路を介して前記モノポールアンテナ素子で受信した受信波と、直流阻止回路及びバイアス回路を経てバイアス電力とが供給される、
請求項3記載の地上放送波受信用増幅器。
【請求項5】
前記化合物半導体HEMTはソース接地されており、そのゲートと前記給電端子とを接続する線路は前記モノポールアンテナ素子の出力インピーダンスよりも小さく200[Ω]以上のインピーダンスの線路であり、当該ゲートへは、直流阻止回路及びバイアス回路を経てバイアス電力が供給される、
請求項3又は4記載の地上放送波受信用増幅器。
【請求項6】
前記HEMTのドレインには、AM帯の周波数の受信波を当該HEMTに増幅させるための第1回路と、FM帯の周波数の受信波を当該HEMTに増幅させるための第2回路との少なくとも一方の回路が接続されている、
請求項5記載の地上放送波受信用増幅器。
【請求項7】
FM放送帯以下の周波数を用いた地上放送波を受信するアンテナ素子と、
このアンテナ素子の受信波のうち当該アンテナ素子の共振点以下の周波数の受信波を増幅する増幅器と、
前記増幅器の接地ラインを外部の接地導体面に導通させるための接地端子とを備えており、
前記増幅器は、その初段に、前記共振点以下の周波数の受信波を増幅する、等価雑音抵抗が2Ω以下の化合物半導体HEMTを配備している、
地上放送波受信用アンテナ装置。
【請求項8】
前記増幅器は、スミス図上において、FM放送帯の地上放送波の0.0125波長以下の長さをもつアンテナ素子で受信可能な周波数帯域内の複素インピーダンスの描く曲率円の中心をなすインピーダンスと一致する、少なくとも一つの等雑音指数円の中心を形成する、
請求項7記載の地上放送波受信用アンテナ装置。
【請求項9】
前記増幅器は、すべての電気部品が配線基板の片面に搭載されて構成されており、
当該配線基板の部品非搭載面に前記グランド板が配設されている、
請求項7又は8記載の地上放送波受信用アンテナ装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−160878(P2012−160878A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−18679(P2011−18679)
【出願日】平成23年1月31日(2011.1.31)
【出願人】(000006758)株式会社ヨコオ (158)
【Fターム(参考)】