説明

地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システム及び地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法

【課題】地中に貯留された二酸化炭素をエネルギー源などとして有用なメタンへと変換し、回収することを可能とし、電子供給以外のエネルギー供給を必要とせず、再生可能エネルギーなどの電力を有効利用することができる地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システムの提供。
【解決手段】地中に貯留された二酸化炭素をメタンに変換するメタン変換手段、及び発生したメタンを回収するメタン回収手段を具備する地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システムであって、前記メタン変換手段が、二酸化炭素の地下貯留層に設置された電極井と、電源と、ケーブルとを備え、前記電極井が、電極井外壁と、アノード電極と、カソード電極と、セパレータとを含み、前記カソード電極が、その表面にメタン菌を配し、前記二酸化炭素と接触可能であり、前記セパレータが、気液透過性を有する地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システムである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、地中に貯留された二酸化炭素をメタンに変換して回収するシステム、及び地中に貯留された二酸化炭素をメタンに変換して回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地球温暖化対策の実効的手段として、二酸化炭素回収貯留技術(Carbon dioxide Capture and Storage:CCS)がある。当該技術は、発電所などの大規模排出源から二酸化炭素を回収し、地中の深部塩水層や枯渇した油ガス田に貯留することにより、大気中の二酸化炭素濃度の上昇を抑えるものである。
【0003】
CCSの実証試験又は商業運転は、世界中で実施が始まっており、日本でも2003年から2005年まで新潟県で行われた実証試験を皮切りに国内での実用化へ向けて動き出している。例えば、回収した二酸化炭素を地下約1,000メートル付近の地下深部塩水層に圧入するように形成された二酸化炭素圧入井と、二酸化炭素を圧送する圧送管とを備え、1996年から現在まで年間約100万トンの二酸化炭素を圧入し、最終的に約2,000万トンの二酸化炭素を貯留する予定である二酸化炭素貯留設備が知られている(非特許文献1参照)。
しかしながら、CCSは結果として、比較的高温に保たれた地中に比較的高濃度の二酸化炭素を集積することになるが、一般のCCSでは、この二酸化炭素を再利用することは想定されてなく、生産的な活動ということはできない。したがって、このような地中貯留二酸化炭素の有効利用がCCS実施推進の誘因として望まれているが、何ら有効な手段が講じられていないのが現状である。
【0004】
一方、メタン生成古細菌(メタン菌)の水素資化性メタン代謝反応(CO+4H → CH+2HO)により、二酸化炭素をメタンへと変換する反応が知られている。
しかしながら、このメタン菌の代謝反応の利用には、二酸化炭素をメタンへと変換(還元)する反応において消費される水素をいかに供給するかという課題があり、CCSにおける二酸化炭素の有効利用への応用が困難であるという問題があった。
【0005】
最近になって、地上の環境において、メタン菌により、電気化学的にメタンを生産する反応が報告された(非特許文献2参照)。この電気化学的メタン生産反応は、メタン菌が二酸化炭素をメタンへと変換する時に、外部から供給された水素ガス(H)又は環境中にすでに存在していた水素ガス(H)を利用する替わりに、水素ガス(H)が存在しない状況下でプロトン(H)と電子(e)を利用してメタンを生産する反応である。原理的には、電気化学的メタン生産反応は、メタン菌がプロトン(H)及び電子(e)を直接利用する反応経路(CO+8H+8e → CH+2HO)と、プロトン(H)及び電子(e)同士が反応(2H+2e → H)して新たに水素ガス(H)を生成するのに伴い、該水素ガス(H)を発生直後にメタン菌が利用する反応経路の二つの反応経路を含む。しかしながら、前記電気化学的メタン生産反応は、地表に存在するメタン菌を用いて地上の環境下でのみ検証されたものであり、地下での応用を想定した研究は、これまでなされていなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】IPCC(2005)Special Report on Carbon Dioxide Capture and Storage:Prepared by Working Group III of the International Panel on Climate Change.Cambridge University Press, Cambridge and New York,422 pp.
【非特許文献2】Cheng, S. et al.(2009)Environ Sci Technol. vol.43:3953−8
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、前記従来における諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、地中に貯留された二酸化炭素をエネルギー源などとして有用なメタンへと変換し、回収することを可能とし、電子供給以外のエネルギー供給を必要とせず、再生可能エネルギーなどの電力を有効利用することができる地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システム及び地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記目的を解決すべく、鋭意検討した結果、地下に分布している代表的メタン菌種が電気化学的メタン生成活性を持つことを見出し、次いで、前記メタン菌が地中の環境を模した多孔質媒体中で、電気化学的にメタンを生産できることを見出し、さらに、電極井外壁とアノード電極とカソード電極とセパレータとを含む電極井の構造を有する反応器中で、電気化学的にメタンを生産できることを見出し、よって、地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システム及び地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法が、地中に貯留された二酸化炭素をエネルギー源などとして有用なメタンへと変換し、回収することを可能とし、電子供給以外のエネルギー供給を必要とせず、再生可能エネルギーなどの電力を有効利用することができることを見出し、本発明の完成に至った。
【0009】
本発明は、本発明者らによる前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> 地中に貯留された二酸化炭素をメタンに変換するメタン変換手段、及び発生したメタンを回収するメタン回収手段を具備する地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システムであって、
前記メタン変換手段が、二酸化炭素の地下貯留層に設置された電極井と、電源と、前記電源と前記電極井を電気的に接続するケーブルとを備え、
前記電極井が、電極井外壁と、アノード電極と、カソード電極と、前記アノード電極及び前記カソード電極の接触を防ぐセパレータとを含み、
前記カソード電極が、その表面にメタン菌を配し、前記二酸化炭素と接触可能であり、
前記セパレータが、気液透過性を有することを特徴とする地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システムである。
<2> 電極井が、二酸化炭素圧入井の地中圧入部分を中心として設置された前記<1>に記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システムである。
<3> 電極井が、二酸化炭素貯留層と平行に存在する水平井戸型である前記<1>から<2>のいずれかに記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システムである。
<4> 電源が、再生可能エネルギー及び夜間待機電力の少なくともいずれかに由来する電源である前記<1>から<3>のいずれかに記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システムである。
<5> メタン菌が、天然由来である前記<1>から<4>のいずれかに記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システムである。
<6> メタン菌が、Methanothermobacter thermautotrophicus ΔH株である前記<1>から<5>のいずれかに記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システムである。
<7> メタン菌を予めカソード電極に配した前記<1>から<6>のいずれかに記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システムである。
<8> 地中に貯留された二酸化炭素をメタンに変換するメタン変換工程、及び発生したメタンを回収するメタン回収工程を備える地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法であって、
前記メタン変換工程が、二酸化炭素の地下貯留層に設置された電極井に、電源から電子を供給し、メタン菌を触媒とした下記式(1)の反応、及び下記式(2)を伴う下記式(3)の反応の少なくともいずれかにより、前記二酸化炭素をメタンに変換する工程であり、
前記電極井が、電極井外壁と、アノード電極と、カソード電極と、前記アノード電極及び前記カソード電極の接触を防ぐセパレータとを含み、
前記カソード電極が、その表面にメタン菌を配し、前記二酸化炭素と接触可能であり、
前記セパレータが、気液透過性を有することを特徴とする地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法である。
CO+8H+8e → CH+2HO ・・・式(1)
2H+2e → H ・・・式(2)
CO+4H → CH+2HO ・・・式(3)
<9> 電極井が、二酸化炭素圧入井の地中圧入部分を中心として設置された前記<8>に記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法である。
<10> 電極井が、二酸化炭素貯留層と平行に存在する水平井戸型である前記<8>から<9>のいずれかに記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法である。
<11> 電源が、再生可能エネルギー及び夜間待機電力の少なくともいずれかに由来する電源である前記<8>から<10>のいずれかに記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法である。
<12> メタン菌が、天然由来である前記<8>から<11>のいずれかに記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法である。
<13> メタン菌が、Methanothermobacter thermautotrophicus ΔH株である前記<8>から<12>のいずれかに記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法である。
<14> メタン菌を予めカソード電極に配した前記<8>から<13>のいずれかに記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、従来における前記諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、地中に貯留された二酸化炭素をエネルギー源などとして有用なメタンへと変換し、回収することを可能とし、電子供給以外のエネルギー供給を必要とせず、再生可能エネルギーなどの電力を有効利用することができる地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システム及び地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、本発明に係るメタン変換回収システムにおけるメタン変換手段の一例を示す断面図である。
【図2】図2は、本発明に係るメタン変換回収システムにおける電極井の一例を示す断面図である。
【図3】図3は、本発明に係るメタン変換回収システムにおける電極井の配置の一例を示す模式図である。
【図4】図4は、実施例1における電気化学的培養セル(メタン変換手段)の構成を示す模式図である。
【図5】図5は、実施例2における電気化学的培養セル(メタン変換手段)の構成を示す模式図である。
【図6】図6は、実施例3における電気化学的培養セル(メタン変換手段)の構成を示す模式図である。
【図7】図7は、実施例1におけるM. thermautotrophicus ΔH株の電気化学的メタン生産量を示すグラフである。
【図8】図8は、実施例2におけるM. thermautotrophicus ΔH株の電気化学的メタン生産量を示すグラフである。
【図9】図9は、実施例1及び2におけるM. thermautotrophicus ΔH株の電気化学的メタン生産速度を示すグラフである。
【図10】図10は、実施例3におけるM. thermautotrophicus ΔH株の電気化学的メタン生産量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システム、及び地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法)
本発明の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システムは、メタン変換手段及びメタン回収手段を具備してなり、必要に応じて、更にその他の手段を含む。
本発明の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法は、メタン変換工程及びメタン回収工程を備えてなり、必要に応じて、更にその他の工程を含む。
【0013】
<メタン変換手段及びメタン変換工程>
前記メタン変換手段は、地中に貯留された二酸化炭素をメタンに変換する手段であり、電極井と、電源と、ケーブルとを備えてなり、必要に応じて、更にその他の部材を備える。
前記メタン変換工程は、地中に貯留された二酸化炭素をメタンに変換する工程であり、電極井に、電源から電子を供給し、メタン菌を触媒として下記式(1)の反応、及び下記式(2)を伴う下記式(3)の反応の少なくともいずれかにより、前記二酸化炭素をメタンに変換する。
CO+8H+8e → CH+2HO ・・・式(1)
2H+2e → H ・・・式(2)
CO+4H → CH+2HO ・・・式(3)
前記メタン変換工程は、前記メタン変換手段により実施することができる。
【0014】
<<電極井>>
前記電極井は、二酸化炭素の地下貯留層に設置されたものであり、電極井外壁と、アノード電極と、カソード電極と、セパレータとを含んでなり、必要に応じて、更にその他の構成を備える。前記電極井は、後述するメタン菌を触媒として上記式(1)の反応、及び上記式(2)の反応により生成した水素ガス(H)をメタン菌が利用する上記式(3)の反応の少なくともいずれかにより、前記二酸化炭素をメタンに変換するための電子を供給する電極として機能する。
ここで、「二酸化炭素の地下貯留層」とは、二酸化炭素回収貯留技術(Carbon dioxide Capture and Storage:CCS、以下「CCS」と称する)におけるオペレーションにより回収した二酸化炭素が貯留される地下の地層(深部塩水層や枯渇した油・ガス田の貯留層など)を意味する。貯留された二酸化炭素は、該地下貯留層の塩水中に溶解する。前記二酸化炭素の地下貯留層を、上記式(1)の反応、及び上記式(2)の反応を伴う上記式(3)の反応の少なくともいずれかを行うバイオリアクターとして利用することができる。
また、上記式(1)及び上記式(2)におけるプロトン(H)としては、前記地下貯留層の塩水中に存在するプロトンを利用することができる。後述するメタン菌に前記プロトン(H)と、前記電極井により電子(e)とを直接的又は間接的に供給することにより、それ以外のエネルギー供給なしに二酸化炭素をメタンに変換することができる。ここで、「直接的に供給」とは、プロトン(H)と電子(e)とが上記式(1)の反応に利用されることであり、「間接的に供給」とは、プロトン(H)と電子(e)とが上記式(2)の反応に利用されて生成した水素ガス(H)が、後述するメタン菌により上記式(3)の反応で利用されることである。発生したメタンは、二酸化炭素よりも水に対する溶解度が小さいため、優先的に気化し、ガスとして気相に蓄積される。集積したメタンは、後述するメタン回収手段及びメタン回収工程により回収することができる。
【0015】
前記電極井の形状、サイズなどとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、前記形状としては、油田開発に実際に用いられている水平坑井掘削技術を用いて掘削した水平井戸の内部を利用して電極井を構築できる点から、円柱状が好ましく、この円柱状が長軸方向に曲がった状態であってもよい。前記サイズとしては、前記電極井の長辺乃至長軸の長さで、100m〜2,000mが好ましく、500m〜1,000mがより好ましい。また、前記サイズとしては、前記電極井の長軸方向の断面における平均径で、0.1m〜0.2mが好ましい。これらの中でも、坑井掘削に通常使用される現行の掘削工具のビット径である点で、0.16mがより好ましい。
【0016】
−電極井外壁−
前記電極井外壁(ケーシング)は、前記電極井の外壁を形成し、内包するアノード電極と、カソード電極と、セパレータとを保護する機能を有し、耐圧性に優れた材料からなり、メッシュやスリットなどにより気液透過性を有するものであれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。そのような材料としては、例えば、鋼鉄、ファイバーグラスなどが挙げられる。
【0017】
−アノード電極−
前記アノード電極の電極材としては、特に制限なく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、グラファイト、カーボンなどが挙げられる。これらの中でも、比表面積が大きく、メタン菌を含めた微生物との親和性が高い点でグラファイトが好ましい。
前記アノード電極の形状としては、特に制限なく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、チューブ状、平板状、粒子状、フレーク状などが挙げられる。これらの中でもチューブ状が、前記セパレータで前記アノード電極周辺を覆うことにより前記アノード電極と前記カソード電極との直接接触を容易に防止できる点で好ましい。
前記アノード電極は、前記電極井の長軸方向に貫いて存在することが好ましい。また、前記アノード電極の前記電極井の長軸方向断面における位置としては、特に制限なく、目的に応じて適宜選択することができるが、上部、中心部などが好ましい。
【0018】
−カソード電極−
前記カソード電極としては、その表面に前記メタン菌を配し、前記二酸化炭素と接触可能であるものであれば、特に制限なく、目的に応じて適宜選択することができる。そのような電極材としては、例えば、グラファイト、カーボンなどが挙げられる。
前記カソード電極の形状としては、例えば、粒子状、フレーク状、チューブ状などが挙げられる。これらの中でも、比表面積が大きい点で粒子状が好ましい。粒子状のカソード電極材を用いることにより、メタン菌が吸着乃至反応するエリア面積を確保することができる。
前記カソード電極のサイズとしては、特に制限なく、目的に応じて適宜選択することができるが、メタン菌が吸着乃至反応するエリア面積を確保する観点から、粒子状、フレーク状のものであれば、平均径で0.01mm〜100mmが好ましく、0.1mm〜10mmがより好ましい。
【0019】
−セパレータ−
前記セパレータとしては、絶縁性であり、前記アノード電極と前記カソード電極との接触を防ぎ、気液透過性を有するものであれば、特に制限なく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ガラスフィルター、ナイロンフィルター、木綿等の布などが挙げられる。
【0020】
[電極井の設置及びその方法]
前記電極井としては、二酸化炭素の地下貯留層に設置されたものであれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、二酸化炭素圧入井の地中圧入部分を中心として配置されたことが好ましく、また、前記二酸化炭素圧入井から適切な距離に設置されたことが好ましい。
ここで、「適切な距離」とは、その地点の地層内で貯留二酸化炭素が塩水中に溶解した状態で存在する距離であり、そのような距離としては、貯留層の規模と地質構成、二酸化炭素の圧入量などに依存するため、一概に規定することができないが、500m〜5,000mが好ましく、1,000m〜3,000mがより好ましい。
また、前記電極井は、前記二酸化炭素の地下貯留層と略平行に存在する水平井戸型であることが好ましい。これらの電極井は、1つを単独で使用してもよいし、複数を併用してもよい。また、単独の略平面上に複数の電極井を設置した単層の構成としてもよく、複数の略平面上にそれぞれ複数の電極井を設置した多層の構成としてもよい。
ここで、「略平行」乃至「略平面」とは、前記二酸化炭素の地下貯留層(通常、地表面と略水平に広がっている)と平行又は略平行である限り特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、該二酸化炭素の地下貯留層を形成する面に対し、±5度が好ましく、±3度が好ましい。
【0021】
ここで、図1及び図2により、本発明に係るメタン変換回収システムにおけるメタン変換手段について説明する。図1は、本発明に係るメタン変換回収システムにおけるメタン変換手段の一例を示す断面図であり、電極井10の長軸を含む面における断面図である。図2は、本発明に係るメタン変換回収システムにおける電極井の一例を示す断面図(電極井10の長軸方向に垂直な面における断面図)である。
メタン変換手段1は、電極井10と、電極井10に電子を供給する電源2と、電極井10と電源2とを接続するケーブル3とを備えてなり、電極井10が二酸化炭素の地下貯留層4に設置される。電極井10は、電極井外壁11と、アノード電極12と、カソード電極13と、セパレータ14とを含む。電極井外壁11は、電極井10の外壁を形成し、内包するアノード電極12と、カソード電極13と、セパレータ14とを保護し、二酸化炭素の地下貯留層に含まれる二酸化炭素及び二酸化炭素が溶解した液体を透過する気液透過性を有する。アノード電極12は、電極井10の長軸方向に貫いて存在し、その周囲に、絶縁性かつ気液透過性を有するセパレータ14が覆い、アノード電極12及びカソード電極13の接触を防ぐ。セパレータ14により覆われたアノード電極12を取り囲むようにカソード電極13が配置される。カソード電極13は、その表面にメタン菌(不図示)を配し、前記二酸化炭素と接触する。ケーブル3とアノード電極12とを介して電源2から供給された電子(e)、二酸化炭素の地下貯留層4に存在するプロトン(H)及び前記二酸化炭素との下記式(1)の反応を前記メタン菌が触媒することにより、該二酸化炭素をメタンに変換する。または、前記電子(e)と前記プロトン(H)との下記式(2)の反応により水素ガス(H)が新たに生成し、該水素ガス(H)と前記二酸化炭素との下記式(3)の反応を前記メタン菌が触媒することにより、該二酸化炭素をメタンに変換する。前記貯留層、前記メタン菌、前記電源などの状態により、下記式(1)の反応及び下記式(2)を伴った下記式(3)の反応は、並行若しくは交互、又はいずれかのみ行われる。
CO+8H+8e → CH+2HO ・・・式(1)
2H+2e → H ・・・式(2)
CO+4H → CH+2HO ・・・式(3)
【0022】
前記電極井の設置方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、油田の開発に用いられる水平坑井の構築方法などが挙げられる。また、前記電極井外壁と前記アノード電極と前記カソード電極と前記セパレータとを備える前記電極井を設置してもよく、前記電極井外壁を設置した後に、その内部に前記アノード電極と前記カソード電極と前記セパレータとを充填してもよく、前記アノード電極と前記カソード電極と前記セパレータのうち一部を備えた前記電極井外壁を設置した後に、その内部に前記アノード電極と前記カソード電極と前記セパレータの残りを充填してもよい。
【0023】
本発明の一実施形態として、大規模にメタン変換回収を行う観点から、二酸化炭素圧入井の地中圧入部分を中心とした前記二酸化炭素の地下貯留層と平行に存在する半径1,000m〜5,000mの円周部に沿って、複数の電極井を設置することが好ましい。
図3に、本発明に係るメタン変換回収システムにおける電極井の配置の一例を示す模式図を示す。二酸化炭素圧入井の地中圧入部分5を中心とした、二酸化炭素の地下貯留層と平行に存在する円周部(例えば、半径2km)に沿って、電極井10が10本設置される。
例えば、二酸化炭素の圧入量が年間100万トンの規模のCCS設備(二酸化炭素圧入井及び地下貯留層)において、該二酸化炭素圧入井の地中圧入部分を中心とした二酸化炭素の地下貯留層と平行に存在する半径2kmの円周部に沿って、長軸の長さが1,000m、内径0.16mの電極井を10本の設置したメタン変換手段を設けた場合、年間1,500,000m〜5,000,000mのメタンガスの生産が可能であると試算される。このとき必要な電力量は、1.4×10MWh〜5.8×10MWhであると試算される。なお、この試算は、非特許文献2(Cheng et al.)及び後述する実施例1における反応効率から導いた。
【0024】
<<電源>>
前記電源としては、前記電極井に電子を供給できるものであれば、特に制限なく、目的に応じて適宜選択することができるが、再生可能エネルギー及び夜間待機電力の少なくともいずれかに由来する電源であることが好ましい。
前記再生可能エネルギーとしては、特に制限なく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、太陽光発電、風力発電、海洋発電、水力発電等に由来するエネルギー、バイオマスや地熱資源から発生した熱や電力等に由来するエネルギーなどが挙げられる。前記再生可能エネルギーは、工場や家庭向けの電力供給源としての大規模な実用化に際して、エネルギーの安定供給が難しく、発電効率や蓄電効率が低いという弱点が存在するため、これらの点が大規模な実用化へ向けた問題となっている。しかしながら、本発明の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システム及びその方法においては、前記電源からの電子供給に応じて随時、二酸化炭素からメタンへの変換が行われるため、エネルギーの安定供給の必要がなく、前記再生可能エネルギーを有効利用することができる点で有利である。また、前記再生可能エネルギーをメタンの形態で備蓄することができるため、エネルギー供給の不確実性を緩和することができる点で有利である。
【0025】
<<ケーブル>>
前記ケーブルとしては、前記電源と前記電極井を電気的に接続するものであれば、特に制限なく、目的に応じて公知のケーブルを適宜選択することができる。
【0026】
<<メタン菌>>
前記メタン菌としては、下記式(1)の反応、及び下記式(2)を伴う下記式(3)の反応の少なくともいずれか(「電気化学的メタン生産反応」と総称する)を触媒することにより、二酸化炭素をメタンに変換でき、また地下環境中で生育可能なものであれば、特に制限なく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、Methanothermobacter thermautotrophicus(以下、M. thermautotrophicusと称することがある)に代表されるMethanobacteria網のメタン菌、Methanomicrobia網のメタン菌などが挙げられる。これらの中でも、後述する実施例において電気化学的メタン生産反応活性を有することが実証されたM. thermautotrophicus ΔH株、M. thermautotrophicus ΔH株の近縁のM. thermautotrophicus種のメタン菌が好ましい。これらのメタン菌は、例えば、独立行政法人製品評価技術基盤機構、独立行政法人理化学研究所などの公共の菌株保存・提供施設より入手することができる。
CO+8H+8e → CH+2HO ・・・式(1)
2H+2e → H ・・・式(2)
CO+4H → CH+2HO ・・・式(3)
これらの菌が電気化学的メタン生産反応を触媒可能なメタン菌であることを判別する方法としては、例えば、後述する実施例において用いた実験系に該菌を適用し、メタン生成能を有することにより電気化学的メタン生産反応を触媒可能なメタン菌であると判別する方法が挙げられる。
【0027】
一実施形態において、前記メタン菌としては、天然由来のメタン菌、例えば、前記二酸化炭素の地下貯留層に存在するメタン菌であることが、メタン菌を地上で大量培養せずに本発明の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システムを簡便に実施できる点から好ましい。
前記二酸化炭素の地下貯留層に存在するメタン菌が、電気化学的メタン生産反応を触媒可能なメタン菌であることを判別する方法としては、例えば、前記電極井の設置準備段階における地層調査の際に前記二酸化炭素の地下貯留層の土壌を嫌気的に採取し、上述のメタン菌を判別する方法により判別する方法が挙げられる。
【0028】
また、別の実施形態においては、前記メタン菌を予め前記カソード電極に配したことが好ましい。その場合、前記メタン菌を嫌気的条件にてカソード電極に配するために、地上においてメタン菌を培養し、その培養液を予め前記カソード電極に配したことが好ましい。前記培養液をカソード電極に配する方法としては、構築された電極井内のカソード電極部に培養液を注入する方法が挙げられる。この実施形態によれば、前記二酸化炭素の地下貯留層に電気化学的メタン生産反応を触媒可能なメタン菌が存在しない場合、本発明の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システムを効率的に稼動させることができる。また、天然由来のメタン菌が前記カソード電極に吸着するのに要する時間を節約することができ、短時間で本発明の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システムを最適化することができる。
また、前記メタン菌の存在量が少ない場合、メタン菌の増殖を促進する栄養成分(炭素源、窒素源、ビタミン、ミネラルなど)の水溶液を同様の方法で電極井内部に注入することで、メタン菌の電極井内部での増殖を促進することができる。
【0029】
<メタン回収手段及びメタン回収工程>
前記メタン回収手段は、発生したメタンを回収する手段である。また、前記メタン回収工程は、発生したメタンを回収する工程であり、前記メタン回収手段により実施することができる。
前記メタン変換手段により乃至前記メタン変換工程において発生したメタンは、二酸化炭素よりも水に対する溶解度が小さいため、優先的に気化し、ガスとして気相に蓄積される。集積したメタンは、天然のメタンガス田と同様にメタンガス田を形成する。したがって、前記メタン回収手段としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、通常のガス田開発技術におけるメタンガス回収手段などが挙げられる。
【0030】
<その他の手段及びその他の工程>
前記その他の手段としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、二酸化炭素分離回収手段、二酸化炭素地下貯留手段、再生可能エネルギー発電手段などが挙げられる。
前記その他の工程としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、二酸化炭素分離回収工程、二酸化炭素地下貯留工程、再生可能エネルギー発電工程などが挙げられ、それぞれ対応する手段により実施することができる。
【実施例】
【0031】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に制限されるものではない。
【0032】
(微生物材料と前培養)
微生物材料として、メタン菌M. thermautotrophicus ΔH株(独立行政法人製品評価技術基盤機構より購入)を使用した。培養には、Methanobacterium液体培地(medium #1067、独立行政法人製品評価技術基盤機構指定の方法により調整)を用いた。前培養では、嫌気条件下で50mlの液体培地を広口バイアル瓶(200ml容量、株式会社マルエム製)に加え、そこに菌株(ストック菌体1ml)をピペットで植菌し、ブチルゴム栓とアルミ製ストッパー(マルエム)で密閉した。バイアル瓶内の気相部をH:CO(80:20、体積比)混合ガスで置換加圧(2気圧)し、180rpm〜200rpmの条件で、65℃で一晩振盪培養した。
【0033】
(実施例1:電気化学的メタン生成実験)
<電極の作製>
10mm×30mmにカットしたカーボンペーパー(筑波物質情報研究所製)を用いて電極を作製した。カソード電極には、カーボンペーパーの片面にカーボンパウダー(Vulcan XC−72R、Cabot Corporation製)を電導性樹脂Nafion(5% sol、Sigma−Aldrich Corporation製)を接着剤として塗布したものを用いた。アノード電極には、何も塗布していないカーボンペーパーを使用した。作製した各電極の上端近くに千枚通しで穴を穿ち、ケーブル3(図4参照)としてのチタニウムワイヤー(0.5mm径、Alfa Aesar製)を接続した。
【0034】
<培養セルの作製>
以下の手順で、図4に示した通り、メタン変換手段1である電圧印加培養用の培養セルを構築した。バイアル瓶20(20ml容量、株式会社マルエム製)にカソード電極13とアノード電極12を一対挿入し、さらにナイロンフィルター(NY6H、Millipore製)を電極間に挿入し電極同士の直接接触を防ぐセパレータ14とした。培養時には、ブチル製のゴム栓21とストッパー22でセルを密閉した。チタニウムワイヤーの電極側とは反対側の先端を、ゴム栓21を貫通させて培養セル上部から突出させた。培養セル外部に設置した直流電源装置2(Array 3645A、株式会社ティ・アンド・シー・テクニカル製)の正極及び負極を、チタニウムワイヤーを介して培養セルのアノード電極12及びカソード電極13とそれぞれ接続した。
【0035】
<培養セルでの電圧印加培養による電気化学的メタン生産実験>
前培養したM. thermautotrophicus ΔH株の菌体を3,000×g、20分間の遠心分離により集菌し、1cmOD600=0.3となるように調整してフレッシュな液体培地に懸濁した。得られたメタン菌培養液15を8mlずつ培養セルに分注した。培養セルをゴム栓21とストッパー22で密閉し、気相部をN:CO(80:20、体積比)混合ガス23で置換加圧(2気圧)した。直流電源装置2(Array 3645A、株式会社ティ・アンド・シー・テクニカル製)から1.0Vの電圧を印加しながら60℃で静置培養(電圧印加培養)した。
【0036】
<メタン濃度の測定方法>
生産されたメタン量を、ガスクロマトグラフィー(GC−2014、株式会社島津製作所製)に低級炭化水素分析用充填剤(Shincarbon STカラム、3.0mm径×6m;信和化工株式会社製)を備えたものを用いて測定した。ガスタイトシリンジを用いて培養セル内気相部からガスを採取し、水素炎イオン検出器(FID)ガスクロマトグラフィーでメタン濃度を測定し、熱伝導度検出器(TCD)で窒素と二酸化炭素の濃度を測定した。
<生産メタン量の算出方法>
前記メタン濃度の測定方法により得られたメタン濃度と窒素濃度に基づき、下記式(4)によりメタン量を算出した。
生産メタン量(mol)=反応開始前の気相部の窒素量(mol)×{メタン濃度(%)÷窒素濃度(%)} ・・・式(4)
ここで、式(4)における反応開始前の気相部の窒素量(mol)は、下記式(5)により算出した。
反応開始前の気相部の窒素量(mol)={気圧(atm)×気相部体積(L)×反応前気相部の窒素の占める割合(体積比:0.8)}÷{温度(K)×気体定数(R:0.0820574)} ・・・式(5)
同様の実験を実験数2で行い、生産メタン量を測定した結果、及びメタン生産速度をそれぞれ図7及び9に示す。
【0037】
(実施例2:多孔質媒体中における電気化学的メタン生成実験)
実施例1において、8mlのメタン菌培養液15に加え、さらに25gのガラスビーズ16(150μm〜212μm径、acid−washed;Sigma−Aldrich Corporation製)を培養セルに加えたこと以外は、実施例1と同様にして、多孔質媒体中でのメタン変換活性測定用の培養セル(図5)を作製し、電圧印加培養を行い、生産メタン量を測定した。生産メタン量を測定した結果、及びメタン生産速度をそれぞれ図8及び9に示す。
【0038】
(実施例3:「電極井」構造を有する培養セルにおける電気化学的メタン生成実験)
<「電極井」構造を有する培養セルの作製>
実施例1において、培養セル(図4)に代えて、以下の手順で作製した「電極井」構造を有する培養セル(図6)を用いたこと、及び気相部をN:CO(80:20、体積比)混合ガス23に代えて、CO(100%)ガス24で置換加圧(2気圧)したこと以外は、実施例1と同様にして、電圧印加培養を行い、生産メタン量を測定した。
広口のバイアル瓶20(50ml容量、株式会社マルエム製)を電極井外壁及び反応環境として用いて「電極井」の構造を有する電圧印加培養用の培養セル(図6)を構築した。カソード電極13として、バイアル瓶20に20gのグラファイトフレーク(natural、−10mesh;Alfa Aesar製)を加え、さらにグラファイトロッド(6.15mm径×102mm、Alfa Aesar製)を挿入した。アノード電極12には、グラファイトロッド(6.15mm径×102mm、Alfa Aesar製)を使用した。各グラファイトロッドの上部にドリルで穴を穿ち、チタニウムワイヤーを接続した。セパレータ14として木綿の布を用いてアノード電極12表面を覆った。実施例1と同様に調製したメタン菌培養液15(1cmOD600=0.3)を10ml加え、さらにフレッシュな液体培地を10ml加えた後、ゴム栓21とストッパー22でセルを密閉した。ゴム栓21を貫通させたチタニウムワイヤーを介して各グラファイトロッドと直流電源装置2の各電極とを接続し、1.0Vの電圧を印加しながら60℃で静置培養(電圧印加培養)した。
生産したメタンの濃度を測定した結果を図10に示す。
【0039】
<結果>
<<1.地下に分布している代表的メタン菌種M. thermautotrophicusの電気化学的メタン生産活性の実証>>
従来の研究では、一つのメタン菌種に関してのみ純粋培養系での電気化学的メタン生産の活性が確認されている(Cheng., S. et al.,(2009)Environ Sci Technol.vol.43:3953−8)。Chengらが用いたメタン菌Methanobacterium palustre ATCC BAA−1077株は、至適生育温度が37℃の中温菌であり、地上の環境中に分布しているが、一般に高温(50℃以上)の地下環境では生息はできない。
実施例1では、微生物材料としてメタン菌M. thermautotrophicus ΔH株の純粋培養系を用いた。このメタン菌種は、至適生育温度が65℃の好熱菌であり、実験モデルとして広く研究されている。さらに、近縁種の(二酸化炭素地中貯留の貯留層として有望な)油ガス田の地下貯留層を含む地下環境への広い分布が確認されている。実施例1では、このメタン菌種の電気化学的メタン生成活性の有無を検証するために、M. thermautotrophicus ΔH株を水素が存在しない培養セル内で電圧(1.0V)を印可しながら培養し、メタンガスの生産を解析した。
【0040】
その結果、培養終了時(培養開始後10日目)、電圧(1.0V)印可培養したサンプルは、電圧を印可していないコントロールに比べ、約30倍のメタンガスを生産することが分かった(培養終了時の単位カソード電極面積当りの累積メタン量は、電圧印可培養サンプルでは55.1±10.5 mmol/m、電圧非印可コントロールでは1.8±0.9 mmol/m:図7)。メタンガス生産が活発な培養開始後3日目のメタン生産量を基に、単位カソード電極面積当りのメタン生産速度を産出したところ、電圧印可サンプルでは13.8±0.5 mmol/日・m、電圧非印可コントロールでは0.6±0.3 mmol/日・mであった(図9)。電圧非印可コントロールでも低いメタン生産が観察されたが、これは前培養(水素を添加)からの水素の持ち込みによる残存活性と考えられる。この水素の非存在下での電圧印可に依存したメタン生産から、電気化学的メタン生成活性が、地下にも分布が確認されている代表的メタン菌M. thermautotrophicusにも保持されていることが初めて示された。
【0041】
<<2.地中の環境を模した多孔質媒体内での電気化学的メタン生産の実証>>
従来の研究(Cheng., S. et al.,2009)では、電気化学的メタン生産は、電極が液体(培養液)中に挿入された培養系でのみ確認されている(上記実施例1と同様、ただし中温条件(室温)に限る:図4)。しかし、本発明では、電気化学的メタン生産を行う反応装置であるメタン変換手段を、二酸化炭素の地下貯留層内に設置するものである。二酸化炭素の地下貯留層とは、多孔質の岩石からなる地下の地層であり、岩石の孔隙間に流体(一般的に地下水などの液体)が含まれている。このような多孔質媒体中では、液体の流動が制限されることから、内部での微生物活性に影響を与えることが考えられる。多孔質媒体内にメタン変換手段が設置された場合でも電気化学的メタン生産が可能であるかを検証するため、実施例2において、培養セル中に多孔質媒体としてガラスビーズを充填し(図5)、電極と微生物が多孔質媒体中に存在する条件下における電気化学的メタン生産能の有無を調査した。なお、地中の環境(二酸化炭素の地下貯留層の環境、地中の多孔質媒体中の環境など)のモデル系として、ガラスビーズを使用した実験系を用いることは、当該分野において広く用いられている手法である。
【0042】
その結果、多孔質媒体を充填した培養セル内でも、電圧(1.0V)印可培養したサンプルは、電圧を印可していないコントロールに比べ、約25倍のメタンガスを生産することが分かった(培養終了時の単位カソード電極面積当りの累積メタン量は、電圧印可培養サンプルでは18.3±9.0 mmol/m、電圧非印可コントロールでは0.7±0.06 mmol/m:図8)。培養開始後3日目のメタン生産量を基に、単位電極(カソード電極)面積当りのメタン生産速度を産出したところ、電圧印可サンプルでは4.7±1.4 mmol/日・mであった(電圧非印可コントロールでは0.3±0.003 mmol/日・m:図9)。これは、多孔質媒体内でも、液体中での電圧印可培養時(実施例1)の約30%のメタン生産速度を保持していることを示している。この結果から、多孔質媒体内でも電気化学的メタン生産が実際に可能なことが示された。
【0043】
<<3.「電極井」構造を有する培養セルでの電気化学的メタン生産の実証>>
本発明では、電気化学的メタン生産を行う前記メタン変換手段の前記電極井(電極部)は、例えば、地下貯留層内に作製された水平坑井(例えば、直径約16cm、長さ約500m〜1,000mのチューブ状の穴)を利用して構築される。本発明の一実施形態では、この特徴的な限られた空間中で、特にメタン菌に電子を供給するカソード電極の表面積を最大限に確保するため、表面積の大きい砂粒状電極材(グラファイトフレークやグラファイトグラニュールなど)を用いてカソード電極を構築することを提案している。従来の研究(Cheng., S. et al.,2009)では、メタン菌による電気化学的メタン生産は、実施例1と同様の紙状又は布状(カーボンペーパーやカーボンクロスなど)の電極材で作製した短冊型電極を使用した培養セルでのみ確認されている。実施例3では、実際にグラファイトフレークをカソード電極として「電極井」構造を有する培養セルを作製し(図6)、その中でM. thermautotrophicus ΔH株を電圧印可培養し、電気化学的メタン生産を計測した。また、二酸化炭素の地下貯留層における環境を模すため、気相部をCO(100%)ガスで置換加圧(2気圧)した。
【0044】
その結果、実施例3において、「電極井」を有する培養セル内でも、電圧(1.0V)を印可しながら培養したサンプルは、電圧を印可していないコントロールに比べ、約16倍のメタンガスを生産することが分かった(培養開始後11日目:図10)。この結果から、「電極井」構成の中でメタン菌による電気化学的メタン生産を行うことが実際に可能であることが示された。
【0045】
<結論>
実施例1〜3の結果から、二酸化炭素の地下貯留層内でのメタン菌による電気化学的メタン生産反応の利用技術の実効性が実験室レベルで実証された。これまで、電気化学的メタン生産活性は地上に生息する中温性メタン菌種でのみ確認されていた(Cheng., S. et al.,2009)。実施例1では、実際に地下での分布が確認されている代表的メタン菌種M. thermautotrophicusの電圧印加培養を行い、地下に生息する好熱性メタン菌種が実際に電気化学的メタン生産活性を持つことを実証した。この時、M. thermautotrophicus ΔH株の電気化学的メタン生産速度は13.8±0.5mmol/日・mであり、これは温性メタン菌種M. palustre ATCC BAA−1077株の電気化学的メタン生産速度10.8mmol/日・m(Cheng et al.,2009)と同等以上の速度であり、「地下のメタン菌による電気化学的メタン生産」の有望性を支持する結果となった。さらに、M. thermautotrophicusを微生物材料とし地下貯留層内での電気化学的メタン生産の利用を想定した応用的実験を行った。その結果、地下貯留層内の環境を模した多孔質媒体中(実施例2)、さらに実用時の反応装置(電極井)の構造を有する反応器中(実施例3)で、メタン菌による電気化学的メタン生産が実際に可能であることを示し、本発明に係る地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システム及び地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法が、地中に貯留された二酸化炭素をエネルギー源などとして有用なメタンへと変換し、回収することを可能とし、電子供給以外のエネルギー供給を必要とせず、再生可能エネルギーなどの電力を有効利用することができることが明らかとなった。
【符号の説明】
【0046】
1 メタン変換手段
2 電源装置
3 ケーブル
4 二酸化炭素の地下貯留層
5 二酸化炭素圧入井の地中圧入部分
10 電極井
11 電極井外壁
12 アノード電極
13 カソード電極
14 セパレータ
15 メタン菌培養液
16 ガラスビーズ
20 バイアル瓶
21 ゴム栓
22 ストッパー
23 N:CO(80:20、体積比)混合ガス
24 COガス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
地中に貯留された二酸化炭素をメタンに変換するメタン変換手段、及び発生したメタンを回収するメタン回収手段を具備する地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システムであって、
前記メタン変換手段が、二酸化炭素の地下貯留層に設置された電極井と、電源と、前記電源と前記電極井を電気的に接続するケーブルとを備え、
前記電極井が、電極井外壁と、アノード電極と、カソード電極と、前記アノード電極及び前記カソード電極の接触を防ぐセパレータとを含み、
前記カソード電極が、その表面にメタン菌を配し、前記二酸化炭素と接触可能であり、
前記セパレータが、気液透過性を有することを特徴とする地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システム。
【請求項2】
電極井が、二酸化炭素圧入井の地中圧入部分を中心として設置された請求項1に記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システム。
【請求項3】
電極井が、二酸化炭素の地下貯留層と平行に存在する水平井戸型である請求項1から2のいずれかに記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システム。
【請求項4】
電源が、再生可能エネルギー及び夜間待機電力の少なくともいずれかに由来する電源である請求項1から3のいずれかに記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システム。
【請求項5】
メタン菌が、天然由来である請求項1から4のいずれかに記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システム。
【請求項6】
メタン菌が、Methanothermobacter thermautotrophicus ΔH株である請求項1から5のいずれかに記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システム。
【請求項7】
メタン菌を予めカソード電極に配した請求項1から6のいずれかに記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収システム。
【請求項8】
地中に貯留された二酸化炭素をメタンに変換するメタン変換工程、及び発生したメタンを回収するメタン回収工程を備える地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法であって、
前記メタン変換工程が、二酸化炭素の地下貯留層に設置された電極井に、電源から電子を供給し、メタン菌を触媒として下記式(1)の反応、及び下記式(2)を伴う下記式(3)の反応の少なくともいずれかにより、前記二酸化炭素をメタンに変換する工程であり、
前記電極井が、電極井外壁と、アノード電極と、カソード電極と、前記アノード電極及び前記カソード電極の接触を防ぐセパレータとを含み、
前記カソード電極が、その表面にメタン菌を配し、前記二酸化炭素と接触可能であり、
前記セパレータが、気液透過性を有することを特徴とする地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法。
CO+8H+8e → CH+2HO ・・・式(1)
2H+2e → H ・・・式(2)
CO+4H → CH+2HO ・・・式(3)
【請求項9】
電極井が、二酸化炭素圧入井の地中圧入部分を中心として設置された請求項8に記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法。
【請求項10】
電極井が、二酸化炭素の地下貯留層と平行に存在する水平井戸型である請求項8から9のいずれかに記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法。
【請求項11】
電源が、再生可能エネルギー及び夜間待機電力の少なくともいずれかに由来する電源である請求項8から10のいずれかに記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法。
【請求項12】
メタン菌が、天然由来である請求項8から11のいずれかに記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法。
【請求項13】
メタン菌が、Methanothermobacter thermautotrophicus ΔH株である請求項8から12のいずれかに記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法。
【請求項14】
メタン菌を予めカソード電極に配した請求項8から13のいずれかに記載の地中貯留二酸化炭素のメタン変換回収方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−152137(P2012−152137A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−13976(P2011−13976)
【出願日】平成23年1月26日(2011.1.26)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】