説明

均一な構造を有する高弾性率繊維およびその製造方法

【課題】溶融液晶性ポリエステル繊維において、従来の熱処理により高重合度化する方法を用いることなく高強度・高弾性率繊維を提供する。
【解決手段】芯成分が溶融液晶性ポリエステル、鞘成分がメルトフローレイト(MFR)が1g/10分以上であるポリスチレンまたはポリスチレンブロックとポリオレフィンブロックで構成されるブロックコポリマーで構成される複合繊維において、鞘成分を溶剤で除去して得られる溶融液晶ポリエステル繊維の製造方法とすることにより、光学顕微鏡下で観察した際に繊維軸方法に失透した部分がなく均一な構造を有する溶融液晶性ポリエステル繊維を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は均一な構造を有する高弾性率繊維に関する。
【背景技術】
【0002】
溶融液晶性ポリエステル繊維は低吸湿性、耐薬品性等の諸性能に優れており、さらに製造方法によっては高弾性率を有する繊維が得られることから、幅広い分野での適用が期待されている。
従来、溶融液晶性ポリエステルは高重合度になるほど融点が高く、紡糸性が不良であるため、重合度の低いポリマーを用いて繊維化し熱処理を行うことにより高重合度化し高弾性率化している(例えば、特許文献1〜2参照。)。しかし、かかる方法では熱処理に多大な時間とコストを有するため汎用用途に適用しにくい。
【0003】
また、溶融液晶性ポリエステルは溶融紡糸法にて繊維化しているため比較的容易に複合繊維を製造することができ、具体的には液晶ポリエステルを芯成分、他のポリマーを鞘成分とする芯鞘複合繊維や、ポリマーブレンドした異種ポリマーを紡糸することにより得られるフィブリル化繊維などが提案されている(例えば、特許文献3〜5参照。)。しかし、これらの方法では高弾性率繊維を得ることは難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公昭55−002008号公報
【特許文献2】特開昭60−239600号公報
【特許文献3】特開平1−229815号公報
【特許文献4】特許第3266712号公報
【特許文献5】特許第3301672号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、溶融液晶性ポリエステル繊維において、従来の熱処理により高重合度化する方法を用いることなく高弾性率繊維を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は、上記した繊維を得るべく鋭意検討した結果、芯成分に液晶ポリエステルポリマーを用いて芯鞘複合紡糸法にて繊維化を行った後、鞘ポリマーを溶脱することにより得られる液晶ポリエステル繊維が高弾性率を有することを見出し、本発明に到達した。
【0007】
すなわち本発明は、芯成分が溶融液晶性ポリエステル、鞘成分が230℃、荷重2.16kgfにおけるメルトフローレイト(MFR)が1g/10分以上であるポリスチレンまたはポリスチレンブロックとポリオレフィンブロックで構成されるブロックコポリマーで構成される複合繊維において、鞘成分を溶剤で除去して得られる溶融液晶性ポリエステル繊維の製造方法である。
【0008】
また本発明は上記の製造方法によって得られる繊維であって、光学顕微鏡下で観察した際に繊維軸方法に失透した部分がなく均一な構造を有することを特徴とする溶融液晶性ポリエステル繊維である。
【0009】
さらに本発明は上記の製造方法によって得られる繊維であって、かつ溶融紡糸後に200℃以上の熱処理を行わない状態において、繊維軸に平行な方向の屈折率n//と繊維軸に垂直な方向の屈折率nから下記式により計算される平均屈折率が1.711以上であることを特徴とする溶融液晶性ポリエステル繊維である。
【0010】
【数1】

【発明の効果】
【0011】
本発明の芯成分が溶融液晶性ポリエステル、鞘成分がポリスチレンあるいはブロックコポリマーで構成される芯鞘型複合繊維において、鞘成分を溶剤で溶解除去することで高度の分子配向性を有する高弾性率の繊維を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について詳細に説明する。本発明にいう溶融液晶性(異方性)とは、溶融相において光学的液晶性(異方性)を示すことである。例えば試料をホットステージに載せ、窒素雰囲気下で昇温加熱し、試料の透過光を観察することにより認定できる。
本発明に用いる溶融液晶性ポリエステルは、芳香族ジオール、芳香族ジカルボン酸、芳香族ヒドロキシカルボン酸等の反復構成単位からなり、例えば下記化1〜化2に示す反復構成単位の組合せからなるものが好ましい。
【0013】
【化1】

【0014】
【化2】

【0015】
これらのうち、好ましくは化1および化2に示される反復構成単位の組合せのうち(5)、(6)、(7)および(9)からなるポリマーである。
【0016】
特に下記化3に示す反復構成単位の組合せからなるポリマーが好ましく、具体的には(A)及び(B)の反復構成単位からなる部分が65質量%以上であるポリマーであり、特に(B)の成分が4〜45質量%である芳香族ポリエステルが好ましい。
【0017】
【化3】

【0018】
本発明で好適に用いられる全芳香族ポリエステルの融点は250〜360℃の範囲であることが好ましく、より好ましくは260〜320℃である。なお、ここでいう融点とは、JIS K7121試験法に準拠し、示差走差熱量計(DSC;メトラー社製「TA3000」)で測定し、観察される主吸収ピーク温度である。具体的には、前記DSC装置に、サンプルを10〜20mgをとりアルミ製パンへ封入した後、キャリヤーガスとして窒素を100cc/分流し、20℃/分で昇温したときの吸熱ピークを測定する。ポリマーの種類によってはDSC測定において1st runで明確なピークが現れない場合は、50℃/分の昇温速度で予想される流れ温度よりも50℃高い温度まで昇温し、その温度で3分間完全に溶融した後、−80℃/分の降温速度で50℃まで冷却し、しかる後に20℃/分の昇温速度で吸熱ピークを測定するとよい。
【0019】
なお、本発明で芯成分として用いる溶融液晶性ポリエステルには、本発明の効果を損なわない範囲で、ポリエチレンテレフタレート、変性ポリエチレンテレフタレート、ポリオレフィン、ポリカーボネート、ポリアリレート、ポリアミド、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、フッ素樹脂等の熱可塑性ポリマーを添加してもよい。また酸化チタン、カオリン、シリカ、酸化バリウム等の無機物、カーボンブラック、染料や顔料等の着色剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、光安定剤等の各種添加剤を含んでいてもよい。
【0020】
本発明の複合繊維における鞘成分は、溶融液晶性ポリエステルの紡糸性を妨げるものであってはならない。極細繊維等の製造に用いられる易アルカリ減量性変性ポリエチレンテレフタレートおよび水分散性変性ポリエチレンテレフタレートは水で溶脱ができること、紡糸性が良好であるなどの理由で用いられる場合が多いが、これらの変性ポリエチレンテレフタレートでは、溶融液晶性ポリエステル成分の配向度が溶融液晶性ポリエステル単独で紡糸した場合と同等となる。その理由は、ポリエチレンテレフタレートの固化温度が溶融液晶性ポリエステルの固化温度に近いために、複合紡糸した場合もポリエチレンテレフタレート単独で紡糸した場合とほとんど同じ固化状態となるためと考えられる。
これに対し、本発明においては芯成分の溶融液晶性ポリエステルの配向度を向上させる鞘成分を後述するポリスチレンあるいはポリスチレンブロックとポリオレフィンブロックで構成されるブロックコポリマーとすることで、ポリマーの固化温度は低下するが、芯成分の溶融液晶性ポリエステル側が先に固化して紡糸応力が集中するようになり、その結果、溶融液晶性ポリエステル単独で紡糸して得られた繊維に比べて低い巻取速度で配向度とヤング率が高い繊維が得られる。
一方、鞘成分の固化温度の低下に伴い、巻き取られた繊維が膠着して単繊維分離性が悪くなることが懸念されるが、本発明においては、高速紡糸によって繊維自体の強度を十分に高くすることによって、単繊維分離性を良好とすることが可能である。
【0021】
本発明で鞘成分として用いられるポリマーはポリスチレンあるいはポリスチレンブロックとポリオレフィンブロックで構成されるブロックコポリマーである。
これらのポリマー成分とすることにより、a.高速紡糸性を満足し、b.単繊維分離性も良く、c.人体に有害性の少ない植物由来のリモネンを主成分とする溶剤にも可溶であり、d.鞘成分が除去された芯成分からなるフィラメントが高度の分子配向性を有し、さらに沸水収縮率が低く、そのままでも実用に供することが可能な繊維となり、e.しかも、これらの鞘成分や溶剤を回収して同一用途に再利用できるため環境に優しく、コスト的にも安価にすることができる。
【0022】
本発明において、複合紡糸において紡糸安定性の面からは鞘成分のMFRが1g/分以上であることが必要であり、3g/分以上であることが好ましく、さらに好ましくは5g/分以上150g/分以下である。MFRが大きいということは、鞘成分のポリマーの分子量が小さいことを意味し、一定の分子量範囲のみが高速紡糸性を満足することを意味する。本発明におけるMFRは、JIS K7210試験法に準拠し、230℃、荷重2.16kgfの条件で測定した。
【0023】
本発明の複合繊維における芯成分と鞘成分は、特定の比率の範囲においてのみ、前記a−eの全てを同時に満足することができる。その構成比率は好ましくは芯成分が50%以上95%以下であり、鞘成分が50%以下5%以上であり、より好ましくは芯成分が58%以上92%以下であり、鞘成分が42%以下8%以上であり、さらに好ましくは芯成分が65%以上90%以下、鞘成分が35%以下10%以上である。
【0024】
本発明の複合繊維には、必要に応じて酸化チタン、シリカ、硫酸バリウム等の無機物、カーボンブラック、染料や顔料等の着色剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、光安定剤等の各種添加剤を含んでいてもよい。
【0025】
本発明は、上記芯成分と鞘成分からなる融液が複合紡糸ノズルによって押し出されることによって、複合紡糸されることを特徴とする。複合紡糸ノズルは芯鞘型複合紡糸ノズルを用いて芯鞘型複合繊維とすることができる。本発明は、溶融液晶性ポリエステルポリマー単独を紡糸して得られる繊維よりも高配向化を可能にしたことに特徴がある。溶融液晶性ポリエステルポリマー単独での紡糸は、紡糸速度500〜4000m/分の範囲で通常行われるが、この範囲では溶融液晶性ポリエステルの配向は変化しない。一方、本発明の複合繊維を製造するための紡糸速度は1500〜4000m/分の範囲で行うことが好ましい。本発明では、複合紡糸において溶融液晶ポリエステル成分よりも相対的に固化温度の低いポリスチレンあるいはポリスチレンブロックとポリオレフィンブロックで構成されるブロックコポリマー成分を用いるため、溶融液晶性ポリエステル成分が先に固化して応力が集中し、高配向の繊維構造が形成される。さらには複合紡糸ノズルの設計により溶融液晶性ポリエステル成分を繊維表面に露出させないように制御すれば、4000m/分を超えた紡糸速度であっても不均一構造が生じにくく、糸質の良好なフィラメントとなる。このように本発明においては、単に生産性やコスト面のみならず鞘成分の単繊維分離性が高速紡糸によって良好なものとなるという良好な要件となる。
【0026】
本発明においては、複合繊維から鞘成分を溶剤除去することにより繊維断面形態が制御される。従来のポリエチレンテレフタレート繊維の減量加工では、水酸化ナトリウム溶液を使用して高温(100℃前後)で長時間(60分前後)を要していたが、本発明では、四塩化炭素あるいは植物由来のリモネンを主成分とする溶剤により低温(40℃前後)、短時間(15分前後)で処理して鞘成分を除去することができる。
【0027】
本発明の複合繊維の鞘成分が溶剤除去された溶融液晶性ポリエステル繊維は、光学顕微鏡下で観察した際に繊維軸方法に失透した部分がなく均一な構造を有する。
【0028】
さらに本発明の複合繊維の鞘成分が溶剤除去された溶融液晶性ポリエステル繊維は、溶融紡糸後に200℃以上の熱処理を行わない状態において、繊維軸に平行な方向の屈折率n//と繊維軸に垂直な方向の屈折率nから下記式により計算される平均屈折率が1.711以上であることが好ましい。平均屈折率が高い繊維ほど密度・結晶化度が高く、高い弾性率が期待できる。 具体的には、平均屈折率が1.711以上であることが好ましく、1.712以上がより好ましい。
【0029】
また本発明の複合繊維の鞘成分が溶剤除去された溶融液晶性ポリエステル繊維は分子配向性が高いという特性を有する。分子配向性の評価は、通常、複屈折を測定することにより行われる。本発明により得られる溶融液晶性ポリエステル繊維は複屈折が0.380以上であることが好ましく、0.385以上であることがさらに好ましい。分子配向性を向上させた溶融液晶性ポリエステル繊維は、複屈折とともに結晶化度も高く、十分な強度と高い耐熱特性を有するため、テンションメンバーをはじめとする幅広い用途で利用可能となる。
【0030】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は本実施例により何等限定されるものではない。なお、以下の実施例において、平均屈折率、繊維繊度、弾性率は下記の方法により測定したものを示す。
【0031】
[繊維強度 弾性率 cN/dtex]
JIS L1013に準拠し、試長20cm、初荷重0.1g/d、引張速度10cm/分の条件にて強度、弾性率を測定した。
【0032】
[平均屈折率]
干渉顕微鏡(カールツアイス社製インターファコ)を用い、繊維の平行方向については屈折率1.97の浸漬液を、垂直方向については屈折率1.57の浸漬液を用いて、繊維の平行方向の屈折率(n//)、垂直方向の屈折率(n)をそれぞれ測定し、下記式により平均屈折率を算出した。
【0033】
【数2】

【0034】
[実施例1〜3、比較例1〜4]
(1)芯成分として溶融液晶性ポリエステル(ポリプラスチックス(株)製「A920RX」、以下LCPと記す)、鞘成分としてポリスチレン(実施例1、PSジャパン社製「HH32」、以下PSと記す)、ブロックコポリマーとして、株式会社クラレ製「セプトン2063」(実施例2、以下SEPS−1と記す)、「セプトン2002」(実施例3、以下SEPS−2と記す)、「セプトン2104」(比較例1、以下SEPS−3と記す)、水分散性ポリエステル(比較例2、イーストマン社製「EASTONE S112」、以下E−PETと記す)、および5−ナトリウムスルホイソフタル酸ジメチル(I)が共重合ポリエステルを構成する全酸成分の2.5モル%、分子量2000のポリエチレングリコール(II)および化4で表されるポリオキシエチレングリシジルエーテル(III)が全共重合ポリエステルのそれぞれ10質量%を占め、残りがテレフタル酸、エチレングリコールである共重合ポリエステル(固有粘度0.58dl/g)を用いた(比較例3、以下R−PETと記す)。なお、比較例3において、該共重合ポリエステルは、該ポリエチレングリコールとポリオキシエチレングリシジルエーテルの合計量に対して5質量%の酸化分解防止剤(アメリカンサイアミッド社製「サイアノックス1790」)を含有するものを用いた。
【0035】
【化4】

【0036】
(2)実施例1〜3および比較例1〜3において、LCPを複合繊維の芯成分、表1に記した6種類のポリマーを鞘成分として複合紡糸を行った。芯鞘各成分のポリマーはそれぞれシリンダー温度310℃、290℃で溶融し、芯鞘複合ノズルの温度を310℃、複合紡糸における芯、鞘成分の吐出量をそれぞれ5g/分、2g/分とし、紡糸口金径1mm、巻取速度2500m/分で巻き取った。
さらに比較例4としてLCP単独での溶融紡糸をシリンダー温度300℃、ノズル温度310℃、吐出量7g/min、紡糸口金径1mm、巻取速度2500m/分として巻き取った。
曳糸性については、設定した巻取温度にて試作糸が得られた場合を○、巻取りに際して紡糸線上で糸が破断し、試作糸が得られなかった場合を×とした。
(3)次に実施例1については四塩化炭素、実施例2、3および比較例1についてはD−LIMONENE、比較例2については水、比較例3については3%水酸化ナトリウム水溶液にて鞘成分を除去した。実施例1〜3、比較例1〜3については鞘成分除去後の強度、弾性率、平均屈折率を測定・算出した。なお、比較例4は巻取り後の糸の強度、弾性率、平均屈折率を測定・算出した。結果を表1に示す。
【0037】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明の製造方法により得られる溶融液晶性ポリエステル繊維は、複屈折とともに結晶化度も高く、十分な強度と高い耐熱特性を有するため、テンションメンバーをはじめとする幅広い用途で利用可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芯成分が溶融液晶性ポリエステル、鞘成分が230℃、荷重2.16kgfにおけるメルトフローレイト(MFR)が1g/10分以上であるポリスチレンまたはポリスチレンブロックとポリオレフィンブロックで構成されるブロックコポリマーで構成される複合繊維において、鞘成分を溶剤で除去して得られる溶融液晶性ポリエステル繊維の製造方法。
【請求項2】
請求項1記載の製造方法によって得られる繊維であって、光学顕微鏡下で観察した際に繊維軸方法に失透した部分がなく均一な構造を有することを特徴とする溶融液晶性ポリエステル繊維。
【請求項3】
請求項1記載の製造方法によって得られる繊維であって、かつ溶融紡糸後に200℃以上の熱処理を行わない状態において、繊維軸に平行な方向の屈折率n//と繊維軸に垂直な方向の屈折率n⊥から下記式により計算される平均屈折率が1.711以上であることを特徴とする溶融液晶性ポリエステル繊維。
【数1】


【公開番号】特開2012−1823(P2012−1823A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−134653(P2010−134653)
【出願日】平成22年6月14日(2010.6.14)
【出願人】(000001085)株式会社クラレ (1,607)
【Fターム(参考)】