説明

垂直磁気記録媒体,その製造方法,及び磁気記録再生方法

【課題】ビットパターンを高密度に集積した場合にも,熱安定性と記録性に優れ,ビットパターンのトラック周期よりも広い記録素子及び再生素子の磁気ヘッドを用いることができるようにする。
【解決手段】円錐台状の記録ビットの下層に垂直磁気異方性の大きい熱安定層を,上層に飽和磁束密度の大きい高出力層を備える。外周部は高出力層を除去して熱安定性を向上した熱安定性領域22とし,中心部は再生領域21とする。また,外周部と中心部の間に垂直磁気異方性と飽和磁束密度を小さくした反転制御領域23を設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,垂直磁気記録媒体及びその製造方法に係り,特に記録部にビットパターン構造を有する垂直磁気記録媒体とその製造方法,及びその垂直磁気記録媒体を用いた磁気記録方法及び磁気再生方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年,磁気ディスク装置(HDD)を中心とした磁気記録装置は情報化社会の発展に伴い記録密度の向上が強く求められている。記録密度を高める技術として,従来の面内磁気記録方式に代わり,垂直磁気記録方式が広く用いられるようになった。垂直磁気記録方式は,膜面垂直に磁化が互いに反平行になるように記録ビットを形成する方式であり,磁化遷移領域での反磁界が小さいため面内磁気記録方式に比べて急峻な磁化遷移領域が形成され,高記録密度で磁化が安定する特徴がある。従来の垂直磁気記録媒体に関しては,例えば特許文献1〜2に開示されている。
【0003】
そして,更なる高密度化のためには,記録ビット1つ1つとその間の磁化遷移領域をさらに小さくする必要がある。しかし,一般的に記録ビットの安定性は,Ku・V/kT(Kuは磁気異方性定数,Vは磁化反転最小単位(磁気クラスタ)の体積,kはボルツマン定数,Tは絶対温度)が小さいほど不安定で,Ku・V/kTが100程度ないと熱揺らぎにより磁化が反転し記録情報が失われてしまう。従来の垂直磁気記録媒体は,磁性材料の周りに非磁性材料を析出させた所謂グラニュラー構造を持った薄膜を用いて微小な磁気クラスタを作成している。そして,この磁気クラスタ数個から数百個が1つの記録ビットとなっている。熱安定性を向上するには,磁気クラスタ数を減らして,体積Vを大きくすればよいが,1つの記録ビットを担うクラスタ数が減ると,記録ビットの界面(磁化遷移領域)のラフネスが1つ1つの磁気クラスタの形状の影響により大きくなり,再生信号のS/N劣化を招いてしまう。
【0004】
そこで,更なる高密度化には,遷移領域そのものを無くし,記録ビット1つ1つを物理的に孤立させ,記録ビット1つが磁気クラスタ1つで構成されるようにすることで熱安定性を向上するビットパターン媒体が考えられている。ビットパターン媒体は,微細加工などにより記録層を記録ビット単位に孤立化し,記録ビット間を磁化の存在しないガードバンド領域とした媒体である。磁気クラスタと記録ビットを1対1とし,磁化遷移領域をなくし,高密度化により小さくて間隔を狭めた記録ビットでも,熱安定性に優れ,記録ビットの界面形状やラフネス,位置の分散を小さくすることで,良好なS/Nが期待できる。ビットパターン媒体に関しては,例えば特許文献3,4に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−135138号公報
【特許文献2】特開2010−67335号公報
【特許文献3】特開2009−129501号公報
【特許文献4】特開2004−164692号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述の通り熱安定性の向上が期待できるビットパターン媒体でも,1つのビットの体積Vは大きいほど安定で出力も大きく性能が向上する。つまり,記録ビット間のガードバンド領域を小さくし,記録ビットを詰め込むことが重要である。
【0007】
まず,集積度の高いビットパターン媒体を作製する場合のビットの形状と配列を考える。媒体表面から見たビットの形状を円形にして六方最密構造にすることが望ましい。よく知られているビットパターン媒体の作製では,リソグラフィー技術やインプリント技術などにより作られたレジストパターンを用いて,エッチングやイオン注入などにより磁性膜の物理的加工を行う。このため,半導体の微細加工と同様に加工の微細化限界は,加工される溝の幅によるところが大きい。可能な限り小さいビットを高密度に間隔をあけて,できるだけ集積するには,ビットの平面上から見た縦横比を1にすることが適当である。また,微細化するほどパターンのエッジの丸まりが顕在化する。このためビットの平面上から見た形状は,正方形や長方形といった角のある形状より,真円形や楕円形などの角のない形状にするのが適している。その結果,最も高密度に記録ビットを配列する容易な方法は,円形のパターンを六方最密構造に配列することになる。
【0008】
しかし,一般的に円板形状をしたHDDの記録媒体のデータの並び方は記録ビットが1つの円弧の中に複数並んでトラックを形成し,複数のトラックが同心円状に配列している。HDD装置は,記録媒体を高速回転し,その上を記録素子と再生素子を備える磁気ヘッドが浮上して1つのトラックを円周方向(トラック方向)に順次記録又は再生することと,磁気ヘッドを円板の径方向(クロストラック方向)に移動して別のトラックに移動することにより,記録媒体片面を1つの磁気ヘッドで記録再生することを可能にしている。ダウントラック方向の記録ビット幅の低減は,記録媒体の磁気クラスタサイズの微小化や記録再生素子の高周波ノイズの低減などにより達成されるのに対し,クロストラック方向のビット幅の限界は記録素子,再生素子の物理的幅の微細化によるため,小さくすることが困難となっている。また,媒体の記録ビットと磁気ヘッドの位置合わせは,トラック方向が媒体の回転に同期した信号を用いた信号処理を利用するのに対して,クロストラック方向は,媒体内の位置情報信号(サーボ信号)を用いて磁気ヘッドが取りつけられたアームを機械的に移動して行っているため,位置合わせ精度がトラック方向より低い。このため,一般的なHDDの媒体の記録ビットの形状は,クロストラック方向の長さがトラック方向より長くなっている。つまり,ビットパターン媒体では,円形の記録ビットを六方最密構造のように高密度に配列すると,磁気ヘッドを用いて記録再生するのが困難になる。
【0009】
そこで,特許文献4などに記録ビットを円弧に並べてトラックを形成し,隣のトラックのビットはダウントラック方向に半ビット分ずれて並んだ構造が提案されている。この形は,図1に示すように記録ビットが媒体に比べて十分に小さく,トラックが直線で平行に並んでいると考えると,六方最密構造に近い形になる。ところで,磁気ヘッドの素子幅はヘッドが位置ずれを起こさない理想的な記録再生を考えた場合でも,両隣のトラックのビット間の幅W2より小さくなければ,記録素子は隣のトラックのビットを反転させてしまうことになる。また,再生素子の幅も,W2より広いと隣接トラックの信号を検出し,S/Nが劣化することになる。実際には,ヘッドの位置ずれによる影響を考えなければならず,幅W2よりさらに狭い素子が必要となる。記録ビットの熱安定性と信号出力を強くするために記録ビットの直径W1を大きくしガードバンド領域を小さくすると,素子幅W2が小さくなり,記録ヘッドの記録磁束密度も,再生素子の検出感度も低下するジレンマとなる。
【0010】
一方,熱安定性に優れる媒体の提供方法として,体積Vではなく磁気異方性Kuの大きな媒体を作製する方法も考えられる。しかし,Kuの大きな媒体では反転に必要な記録素子からの磁束密度が大きくなってしまう。特許文献2及び3には,記録ビットの外周部にKuの小さい軟磁性材料を形成する方法が提案されている。しかし,隣接ビットに最も近い外周部は,隣接ビットからの漏洩磁束(反磁界)の影響を強く受ける。この部分に,Kuの小さい領域を作ると,周囲のビットが同じ方向に磁化している場合,反磁界により磁化が反対を向く力が大きくなり,安定性が低下する。また,特許文献1には,逆に隣接トラックと接近する外周部の強磁性材料の組成比を中心部より大きくし,磁化反転しにくくすることで,隣のトラックを記録する際に記録素子から漏れる磁束による磁化反転(サイドイレーズ)を防ぐ方法が提案されている。しかし,外周部の磁束密度を大きくすると外周部の磁気モーメントが中心部より大きくなり,再生素子から見た場合,外周部から強い磁束が検出されるため,再生時に隣のトラックの外周部からの信号(クロストーク)が大きくなってしまう。これらの問題は,記録ビットの直径W1を大きくするほど顕在化する。
【0011】
本発明は,両隣のトラックのビット間の幅W2より広い素子幅のヘッドを用いて記録再生できるビットパターン媒体及びその関連技術を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明による垂直磁気記録媒体は,平坦な非磁性基板上に垂直磁気記録層が形成されている磁気記録媒体であり,垂直磁気記録層は記録ビット単位に分離され,記録ビットの列が隣の列とは1/2ビット分の間隔だけずらして同心円状に配列されており,記録ビットは,第1の磁性層の上に第2の磁性層が積層された積層構造を有し,底面の面積より上面の面積が小さい先細り形状を有し,記録ビットの最外周部は第1の磁性層からなり,中心部は第1の磁性層と第2の磁性層を有し,最外周部と中心部の間に反転制御領域が設けられ,第2の磁性層の飽和磁束密度をMsa,垂直磁気異方性をKuaとし,第1の磁性層の飽和磁束密度をMsb,垂直磁気異方性をKubとし,反転制御領域の飽和磁束密度をMsc,垂直磁気異方性をKucとするとき,次の関係を満たすものである。
Msa>Msb,Kua<Kub,Msc<Msa,Kuc<Kua
【0013】
また,本発明は,記録ビット単位に分離された磁気記録層を有し,記録ビットの列が隣の列とは1/2ビット分の間隔だけずらして同心円状に配列されている上記垂直磁気記録媒体の製造方法を提供する。すなわち,本発明の製造方法は,平坦な非磁性基板上に第1の飽和磁束密度及び第1の垂直磁気異方性を有する第1の磁性層を形成する工程と,第1の磁性層の上に第1の飽和磁束密度より大きな第2の飽和磁束密度及び第1の垂直磁気異方性より小さな第2の垂直磁気異方性を有する第2の磁性層を形成する工程と,第2の磁性層の上に,ダウントラック方向のビット間の溝幅を他の部分の溝幅より狭くしたビットパターンマスクを形成する工程と,マスクを用いて第2の磁性層にイオン注入し,マスクの下方に一部入り込んだイオン注入部を形成する工程と,サイドエッチング効果の大きいエッチングにより第2の磁性層をエッチングし,ダウントラック方向のビット間以外の部分に形成されたイオン注入部を除去する工程と,直進性のよいエッチングにより,ダウントラック方向のビット間に形成されたイオン注入部のうちマスクの下方に位置する部分を残留させて第2の磁性層をエッチングする工程とを有するものである。
【0014】
更に,本発明は,記録ビット単位に分離された磁気記録層を有し,記録ビットの列が隣の列とは1/2ビット分の間隔だけずらして同心円状に配列されており,記録ビットは,第1の磁性層の上に第2の磁性層が積層された積層構造を有し,底面の面積より上面の面積が小さい先細り形状を有し,記録ビットの最外周部は第1の磁性層からなり,中心部は第1の磁性層と第2の磁性層を有し,最外周部と中心部の間に反転制御領域が磁気ヘッドの流入側と流出側の2か所あるいは磁気ヘッドの流出側の1か所に設けられ,第2の磁性層の飽和磁束密度をMsa,垂直磁気異方性をKuaとし,第1の磁性層の飽和磁束密度をMsb,垂直磁気異方性をKubとし,反転制御領域の飽和磁束密度をMsc,垂直磁気異方性をKucとするとき,次の関係
Msa>Msb,Kua<Kub,Msc<Msa,Kuc<Kua
を満たす垂直磁気記録媒体に対して,同心円状に配列された2列の記録ビット列を跨ぐ素子幅を有する磁気ヘッドを用いて情報を記録・再生する方法を提供する。
【0015】
記録に際しては,磁気ヘッドを2列の記録ビット列の中心に位置制御し,磁気ヘッドが記録ビットの流出側の反転制御領域を通過するときに当該記録ビットに記録するようにして,2列の記録ビット列に対して交互に記録を行う。
【0016】
また,再生に際しては,磁気ヘッドを2列の記録ビット列の中心に位置制御し,磁気ヘッドが記録ビットの中心部を通過するときに当該記録ビットの情報を読み取るようにして,2列の記録ビット列に対して交互に読み取りを行う。
【発明の効果】
【0017】
本発明のビットパターン媒体は,熱安定性に優れ,かつ隣のビットからの漏洩磁束による影響が小さい。記録時には,反転に必要な磁束密度が小さく,かつ隣のトラックを記録する漏洩磁束による反転が抑制される。再生時には,ビット中心部からの出力が高く,隣接ビットからのノイズが小さい。
【0018】
上記した以外の,課題,構成及び効果は,以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】記録ビットの配置及び用いることができる記録再生ヘッド幅を示した図である。
【図2】本発明による垂直磁気記録媒体に設けられた記録ビット内の再生領域,熱安定領域,反転制御領域の一例を示した図である。
【図3】記録ビットの表面構造と断面構造の例を示した図である。
【図4】本発明による垂直磁気記録媒体の製造方法の例を示す工程図である。
【図5】製造途中の垂直磁気記録媒体の平面模式図である。
【図6】サンプル媒体に形成された記録ビットの平面模式図と断面模式図である。
【図7】イオン注入を行う工程の一例を示した概略図である。
【図8】4種類のサンプル媒体について,記録再生ヘッド幅とエラー率の関係を示した図である。
【図9】2列の記録ビットを交互に記録再生する場合の再生信号と記録ヘッドへの入力信号を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下,本発明の実施形態を説明する。
本発明では,記録ビットを媒体表面から見て円形又は楕円形の形状とし,同心円状に配列する。クロストラック方向の隣の列の記録ビットの中心位置は,ダウントラック方向の記録ビット間隔の1/2分の長さだけダウントラック方向にずらして配置されている。
【0021】
記録ビット群の表面から見た模式図を図2に,記録ビット1つの三面図を図3に示す。記録ビットは媒体表面から見て3種類の領域を持ち,記録ビットの磁気特性は,その3種類の領域でそれぞれ異なる。記録ビットの中心部は再生時に最も出力が出る再生領域21で,記録層の膜厚方向の平均としての飽和磁束密度Ms1,垂直磁気異方性Ku1と膜厚t1を有する。これに対して,外周部は熱安定領域22で,熱安定性向上に効果があり,隣接ビットからの磁気的な影響が小さく再生出力も小さい領域である。熱安定領域22は,記録層の膜厚方向の平均としての飽和磁束密度Ms2,垂直磁気異方性Ku2と膜厚t2を有する。反転制御領域23は,記録素子からの漏洩磁界に反応して磁化反転のきっかけを作る領域である。反転制御領域23は,中心部の再生領域21と外周部の熱安定領域22の境界の全部又は一部に設けられ,表層近傍に飽和磁束密度Ms3,垂直磁気異方性Ku3の領域を有し,記録ビット底面からの膜厚はt3である。再生領域21,熱安定領域22,反転制御領域23の磁気特性は,Ms1>Ms2かつMs1>Ms3,Ku2>Ku1>Ku3の関係を有する。また,熱安定領域22は,膜厚t2が,t1>t2となるようにビット側壁の斜面をなしている領域である。反転制御領域23は,膜厚t3が,t1≧t3となる斜面と平坦な中心部の境界近傍に位置する。
【0022】
再生領域21,熱安定領域22,反転制御領域23の保磁力をそれぞれHc1,Hc2,Hc3とするとき,記録ビットから各領域を切り出して磁気特性を評価すると,Hc2>Hc1>Hc3の関係を有する。このように記録ビットの磁気特性を制御することにより,漏洩磁束密度は中心部が一番大きくなり,信号強度も大きくなる。一方,外周部は記録ビットの熱安定性に寄与するが,漏洩磁束が少ない。このため隣接ビット間の相関を,特にガードバンドが狭い場合に小さくすることができるので,充填率の高い記録ビットを形成することができる。反転制御領域23は,記録ヘッドからの磁界強度が大きい表層部分の磁気異方性を中心部より小さくし,この部分を他の領域より外部磁界によって反転しやすくする。また,反転制御領域23の垂直磁気異方性Kuのみを記録素子の漏洩磁束で磁化反転できるように小さくすることにより,記録ビット全体のKuを大きく保つことができ,記録ビットの熱安定性が向上できる。
【0023】
さらに,図2に示すように反転制御領域23をビットの外周部に設けないことにより,隣のビットを記録するときの漏洩磁束による影響を,より小さくすることができる。より詳しく述べると,反転制御領域23は,再生領域21の中心部と熱安定領域22の外周部の間のうち,トラック方向の境界に設け,クロストラック方向には設けないのが好ましい。つまり,反転制御領域23はクロストラック方向に垂直なビット中心線近傍にまたがるように形成し,トラック方向に垂直なビット中心線上には設けない。こうすることで,隣接トラックから離れた位置に反転制御領域23を制限することができ,トラックを記録するときに記録素子から隣のトラックの反転制御領域23を遠ざけることができる。従って,図2に示すように,隣接トラックのビットの反転制御領域23に跨らない幅W5程度の幅の広い記録素子を用いることができる。この様にクロストラック方向のビット中心近傍に反転制御領域23を制限する場合,磁気ヘッドが流入する側と流出する側の2か所に反転制御領域23が形成される。しかし,ビットは記録ヘッドが流出する際の漏洩磁束により記録され,それ以前のヘッドからの漏洩磁束の向きには依存しない。すなわち,記録にはヘッド流出側の反転制御領域のみが利用されるため,反転制御領域は,流入,流出両側にあっても,流出側一方のみにあってもよい。
【0024】
本発明の磁気記録媒体は,各記録ビットが,膜厚方向に切り取ったとき,3種類の磁気特性を示す領域を有する。中心部の再生領域である再生領域21は,大きい飽和磁束密度と厚い膜厚により,再生信号出力を大きくすることができる。ビットの中心部の出力を大きくすることにより,ビットの外周部からの漏洩磁束が原因のノイズを低減することができる。ビット中心部の出力が大きくなり,隣接トラックのビットからのノイズが小さくなるので,幅の広い再生ヘッドを用いることができる。外周部の熱安定領域22は,高い垂直磁気異方性によりビットの熱安定性に寄与する。また,外周部は隣のビットとの相互作用が大きいので,高い垂直磁気異方性と中心部より小さい飽和磁束密度と薄い膜厚により,隣のビット間の漏洩磁場による影響を小さくすることができる。また,熱安定領域22を形成することにより隣の記録ビットとの隙間を狭くすることができ,同じ集積密度でビットの体積をより大きくできるため,熱安定性の向上が達成される。また,反転制御領域23は,表層部の垂直磁気異方性を小さくすることにより,反転制御領域23に印加された記録ヘッドからの漏洩磁場によって記録ビットが反転されるようにすることができる。反転制御領域23を設けることにより,再生領域21と熱安定領域22を記録ヘッドの漏洩磁場では反転できないほど垂直磁気異方性を大きくすることができ,熱安定性が向上する。さらに,隣接トラックを記録する際に記録ヘッドが熱安定領域22上にあっても,反転制御領域23上になければサイドイレーズされることがないので,より幅広い記録ヘッドを用いることができる。
【0025】
記録時に記録ヘッドが在るべき位置の条件は,記録ヘッドの一部が記録するビットのヘッド流出側の反転制御領域23上にあり,かつ隣接ビットの反転制御領域23上に位置しないことである。また,再生時に再生ヘッドが在るべき位置の条件は,記録ビット中央の再生領域21上にあり,隣接ビットの再生領域21上に位置しないことである。つまり,記録ヘッド及び再生ヘッドが隣接ビットの熱安定領域22上に干渉しても記録再生を行えることとなる。また,記録位置,再生位置がビットの一部分になるため,ヘッドからはビットがあたかも小さくなったかのように見える。これらのことから,ヘッドの位置合わせ精度が低くてもよいことになる。媒体の実際に作成した記録ビットの位置が,設計値とずれても隣のビットの記録・再生の影響を受けにくくなるとともに,ヘッドの位置がずれても隣のビットを記録再生する危険が低減し,信頼性が向上する。
【0026】
さらに,記録ビットの記録可能位置又は再生感度分布を記録ビットのそれぞれ反転制御領域23又は再生領域21に制限できるため,1/2ビット幅分位相のずれた2列のビットを交互に記録又は再生することができる。この2列のビットの中心をトラック中心とする。ビット2列分の幅を持った記録ヘッドをトラック中心に位置制御を行って記録を行うと,2列のビットを交互に記録できる。また,ビット2列分の幅を持った再生ヘッドをトラック中心に位置制御を行って再生すると,2列のビットを交互に再生できる。これにより,同じヘッド幅でも2倍のビットをクロストラック方向に集積することができる。
【0027】
このように,本発明のビットパターン媒体は,再生出力がビット中心部に収束しており,記録素子からの磁束によって磁化反転可能な領域も一部に制限されるため,ヘッドの位置決め精度の要求が緩い。このため,ダウントラック方向に互い違いに並んだ2列の記録ビットを1つのトラックとして交互に記録再生することが可能で,より幅の広い記録素子幅,再生素子幅のヘッドが利用可能であり,より高集積化が可能なビットパターン媒体を提供できる。
【0028】
上記磁気特性を有するビットの形成に当たっては,平坦な非磁性基板上に少なくとも上部と下部で異なる磁気特性を有する磁性膜を記録層として形成する。ここで,上部を高出力層,下部を熱安定層と定義する。高出力層の飽和磁束密度Msa及び垂直磁気異方性Kuaと,熱安定層の飽和磁束密度Msb及び垂直磁気異方性Kubの間には,Msa>MsbとKua<Kubが成り立つように材料を選択する。本発明の一態様による磁気記録媒体の製造方法は,平坦な非磁性基板上に少なくとも2層の磁性膜を用いて記録層を形成する工程と,記録層上にビットパターンのマスクを形成する工程と,ビットパターンのマスクを用いて記録層にイオン注入する工程と,少なくとも2種類の加速電圧又はビーム角度でのイオンビームエッチングにより記録層をエッチングする工程を有する。
【0029】
熱安定領域22であるビット外周部は高出力層を物理的にエッチングすることにより,Ms1>Ms2,t1>t2及びKu2>Ku1を満たすようにすることができる。また,反転制御領域23はビット外周部と中心部の境界付近にあり,高出力層に非磁性原子を注入することにより飽和磁束密度と垂直磁気異方性を低減させ,Ms3<Ms1及びKu3<Ku1を満たすようにして形成することができる。
【0030】
[垂直磁気記録媒体]
垂直磁気記録媒体は,平坦な非磁性基板上に少なくとも記録層を有する。記録層は,異なる磁気特性を示す2層以上の磁性層で構成されており,上部に高出力層となる飽和磁束密度Msa,垂直磁気異方性Kuaを有する層を備え,下部に熱安定層となる飽和磁束密度Msb,垂直磁気異方性Kubを有する層を備える。ここで,Msa>Msb,Kua<Kubである。この様にすることにより,上部の高出力層からの単位体積当たりの漏洩磁束は下部の熱安定層からの漏洩磁束より大きく,信号強度を上げる効果が高い。一方,下部の熱安定層は上部の高出力層より垂直磁気異方性が強く,飽和磁束密度が小さいため,磁化反転しにくく熱安定性に優れる性質を示す。
【0031】
上記性質を示す磁気記録層であれば,CoCrPt合金,CoPt合金,CoPd人工格子膜,CoPt人工格子膜,FePt合金などの垂直磁化膜を用いることができる。上述した通り高出力層と熱安定層の磁気特性を制御するには,例えば高出力層の飽和磁束密度を大きくするためには高出力層の強磁性元素であるCo及び/又はFeの組成比を熱安定層より大きくし,また人工格子膜であればCo又はFeの膜厚比を熱安定層のそれより大きくするとよい。一方,熱安定層の垂直磁気異方性を大きくするにはPt及び/又はPdの組成比を高出力層より大きくし,また人工格子膜であればPt又はPdの膜厚比を高出力層より大きくするとよい。また,アニールなどにより結晶配向性を向上させる方法もある。その他にもC,Al,Cr,B,N,Ta,Si,Ruなどの非磁性元素を添加したりすることなどにより磁気特性を変化させることができる。高出力層及び熱安定層は,それぞれが単層膜でも多層膜でもよい。また,高出力層及び熱安定層それぞれが,複数の磁気特性を持った多層構造であっても,高出力層及び熱安定層それぞれの平均的磁気特性が上述の性質を示せばよい。
【0032】
記録ビットは,媒体表面から見て円形又は楕円形で,図1に示す通り同心円状にトラック方向に配列するとよい。クロストラック方向に隣の列のビットは,ダウントラック方向にビット間隔の1/2ずらして配置するとよい。この様にすることにより,同心円状にビットを配列し,かつ最密構造に近い構造となり,ビット密度を高くすることができる。記録ビットは,ダウントラック方向,クロストラック方向共に,サーボ領域などによって区切られて複数の記録ビットによりブロックを形成していても構わない。
【0033】
1つ1つの記録ビットの形状は,図3に示すような底面の面積より上面の面積が小さくなった先細り形状,典型的には円錐台のような形状とすることができる。1つの記録ビットの断面形状は,側壁が斜めになった台形のような形状をしている。円錐台の上面が平坦になったビットの中心部は最も膜厚が厚く,飽和磁束密度が大きい再生領域21となる。円錐台の斜面に対応する記録ビットの外周部は,高出力層が削られて熱安定層の割合が増加又は熱安定層のみとなった構造を有し,熱安定領域22を構成する。円錐台形状の記録ビットの上面の端部近傍には,高出力層に非磁性金属をイオン注入するなどして強磁性元素の組成比を小さくすることで,記録ビットの中心部より垂直磁気異方性と飽和磁束密度が小さい領域を形成する。こうして,図6(a)のように,熱安定領域22の内側に反転制御領域23を形成する。さらに,図3に示すように,再生領域21と熱安定領域22の境界のうちトラック方向の2か所にのみ反転制御領域23を形成すると,記録ヘッドの位置ずれの許容量が大きくなり好ましい。また,図6(b)に示すように,トラック方向のうちヘッドが流出していく側の1か所にのみ反転制御領域23を形成してもよい。
【0034】
[垂直磁気記録媒体の製造方法]
本発明の垂直磁気記録媒体は,以下の方法で製造することができる。図4(a)から図4(g)は,記録媒体の製造工程の断面形状を示し,図2のA−B−C断面に相当する模式図である。
【0035】
最初に,図4(a)に示すように,非磁性基板10上に少なくとも記録層を構成する熱安定層131と高出力層132を形成する。この時,非磁性基板10と熱安定層131の間に密着層,軟磁性下地層11,配向制御層を形成してもよく,高出力層132上に保護層,ハードマスク層141,142を形成してもよい。次に,図4(b)に示すように,インプリント装置などを用いて多層膜を成膜した表面にレジストパターンを形成する。次に,図4(c)のように,ハードマスク層がある場合にはインプリントレジストパターンを,リアクティブイオンエッチング装置などを用いてハードマスク層に転写する。
【0036】
次に,図4(d)に示すように,インプリントレジストパターン又はハードマスクパタンをマスクとして,C,Al,Cr,B,N,Ta,Si,Ruなどの非磁性元素をイオン注入装置を用いてマスクの開口部下の高出力層に注入する。イオン注入には数keVに加速したイオンを用いるため,マスクのない領域の高出力層だけでなく,イオンの一部はマスクされた部分の高出力層にも広がる。その結果,図5(a)の平面図のように,破線で示したビット形状のマスクの境界の内側に,実線で示したイオン注入されていない高出力層の境界が位置するようになる。
【0037】
次に,イオンミリング装置を用いて,マスク開口部のイオン注入した高出力層をエッチングにより除去する。トラック方向にのみ反転制御層23を設ける図3に示した記録ビットを形成する場合には,図2に示すようにトラック方向の隣接ビット間距離W3をクロストラック方向の隣接ビット間距離W4より小さく(W4>W3)することにより,トラック方向のマスクの開口幅をその他の部分の開口幅と比較して狭くしておく。図4(e)に示すように,ミリングイオンの直進性を制御し磁気記録媒体表面に対して斜めに入射するイオンの成分を増やすと,サイドエッチング効果が大きくなり,開口幅が広い部分ではマスクの側壁がエッチングされてマスクが後退し,もともとのマスクの下に拡散により形成されたイオン注入領域もエッチングにより取り除かれる。ただし,トラック方向の隣接ビット間のイオン注入領域部は,マスクの開口溝が狭いため直進性の低いイオンは入りにくくエッチングされない。表面から見ると図5(b)のようになり,記録ビットのトラック方向に残ったイオン注入された層を持つ部分が反転制御領域23となる。
【0038】
また,図7に示すように,イオンビーム71を基板上からオフセットし,斜めからスリット72を介して円板73の一部の扇型部分にのみ入射するようにし,円板73を回転すると,円板全面においてイオンビーム71がトラック方向に斜め入射した状態でエッチングすることができる。本方法によりトラック方向の側壁のうち一方のサイドエッチングを抑制でき,磁気ヘッドの流出側のダウントラック方向のイオン注入部のみ残すことができる。この方法を用いると,図6(b)に示す記録ビット構造を作ることができる。図6(a)に示す反転制御領域23を再生領域21と熱安定領域22の間に同心円状に形成する場合,本工程を省略することができる。
【0039】
次に,図4(f)に示すように,イオンミリング装置を用いて前記イオン注入部をエッチングする時よりも直進性に優れるイオンを照射し,マスクの開口部の下の高出力層と熱安定層をエッチングし溝を形成する。この時,溝の深いところほど溝の幅が狭くなるテーパー形状の溝が形成され,記録ビットは円錐台の形状になる。
【0040】
以上により,再生領域21,熱安定領域22,反転制御領域23の3種類の磁気特性が図5(c)に示すように分布した記録ビットを形成することができる。最後に図4(g)に示すように,記録ビット間にできた溝に炭素やSi,Crなどの非磁性材料の埋戻し充填層161を形成し,表面平坦性を向上してもよい。垂直磁気記録媒体としてヘッドを浮上させるためには,エッチングなどにより記録ビットのうち再生領域21の記録層の表面が露出するまでマスクや埋戻し充填層を除去して表面を平坦にし,保護層162と潤滑層163を形成するとよい。
【0041】
[垂直磁気記録媒体の記録再生方法]
本発明の垂直磁気記録媒体は,記録ビットの記録及び再生位置をクロストラック方向には,それぞれビットの中央部の反転制御領域23と再生領域21に制限しているため,記録素子及び再生素子が隣のトラックのビット上にあっても外周部の熱安定領域22上であれば,記録再生に支障がない。そのため,記録ビットの隣接トラックのビットが被らない幅よりもクロストラック方向に広い記録素子及び再生素子を持った磁気ヘッドを用いることができる。1つの記録ビットの幅よりも幅の広い記録素子,再生素子を用いることができるため,より大きな磁界を発生する記録素子や感度の高い再生素子を用いることができ,反転磁界が大きな垂直磁気異方性の大きい熱安定性に優れた記録ビットを形成した磁気記録媒体を用いることができる。これにより,より高い記録密度でビットが形成できる。また,十分な再生出力と高いSNRを得ることができる。
【0042】
さらに,本発明の垂直磁気記録媒体は記録ビットの記録及び再生位置をビットの一部に制限することができるので,クロストラック方向に並んだ2列のビットを1つのトラックとして,隣り合う列のダウントラック方向に1/2ビット間隔幅分ずれて並んだビットを交互に記録・再生する方法で特に安定して記録再生を行うことができる。この場合,記録素子及び再生素子の幅は2列のビット両方を跨ぐ幅で,素子の中心を2列のビット群の中心に位置合わせして記録再生を行う。常に,2列のビット両方の上を素子が飛んでいることになるが,ヘッドからは,再生位置の再生領域21が交互に現れるようになり,再生素子は感受部の平均信号を得るのであたかも2列で構成されたトラックの中心に1/2ビット間隔で並んでいるように見えるので,1列のビットを1トラックとして記録再生するシステムと同じものを用いることができる。一方,記録位置に関しては,図2に示した構造の場合,1つのビットに反転制御領域23が2か所あり,磁気ヘッドの流出側の反転制御領域23は,隣のトラックの最隣接ビットの磁気ヘッド流入側の反転制御領域23とダウントラック方向の位置が非常に近い。このため,記録素子からの漏洩磁界により同時に2つのビットが反転してしまうが,最終的にヘッドが流出する側の反転制御領域23を記録素子が通過した時の記録素子からの漏洩磁界によって記録ビットの磁化方向が決まる。このため一般的な磁気記録装置同様に,特定の1つの記録ビットを反転するのではなく,1つのトラック上の記録ビットの集団(所謂セクタ)を連続的に記録する方法を用いるとよい。
【0043】
[実施例]
以下,実施例により具体的に説明する。
図4(a)から図4(g)に示した製造方法により,ビットパターン型の垂直磁気記録媒体を作製した。図4(a)から図4(g)は,図2のA−B−C断面に相当する断面図である。なお,上記の発明を実施するための形態に記載され,本実施例に未記載の事項は本実施例にも適用することができる。
【0044】
図4(a)のように,非磁性基板10として直径65mmのガラス基板を用い,スパッタ装置を用いて,軟磁性下地層11,中間層12,熱安定層131,高出力層132,第一ハードマスク141,第二ハードマスク142を順に形成した。中間層には膜厚9nmのRu,熱安定層131には膜厚5nmのCoCr15Pt15合金,高出力層132には膜厚3nmのCoCr18Pt10合金,第一ハードマスク141には膜厚10nmのCNx,第二ハードマスク142には膜厚2nmのSiNxを用いた。次に,図4(b)のように,インプリント装置を用いてインプリントレジストパターン15を形成した。レジストの総厚は30nmでビットパターンの高さが25nm,レジストの残渣が5nmとなるようにした。
【0045】
次に,図4(c)のように,リアクティブイオンエッチング装置により,酸素ガスを用いたリアクティブイオンエッチングで,ビットパターン間の溝部のレジスト残渣を除去し,CF4ガスを用いたリアクティブイオンエッチングで溝部の第二ハードマスク142を除去し,CO2ガスを用いたリアクティブイオンエッチングで溝部の第一ハードマスク141を除去した。この時,同時に残ったインプリントレジストも除去され,ビットパターンは第一及び第二ハードマスクに転写された。
【0046】
次に,図4(d)のように,イオン注入装置を用いて3keVの加速電圧で窒素イオンを5×1014イオン/cm2溝部の高出力層132に注入した。こうして,高出力層132の一部にイオン注入部133を形成した。イオン注入部133はハードマスクの下側の領域にも一部が入り込む形で形成されている。次に,図4(e)のように,イオンビームエッチング装置を用いて500Vの加速電圧でArイオンを照射し,溝部の高出力層132をエッチングした。この時,磁気記録媒体表面に対して斜めに入射するイオンビームの成分が増えて,サイドエッチング効果の大きなエッチングが行われる。その結果,A−B断面の狭い溝にはイオンビームが入りにくく高出力層に溝が形成されない。一方,B−C断面の広い溝にはイオンビームが入り,ハードマスクの側壁がサイドエッチングにより後退しながら高出力層に溝が形成された。ハードマスクと高出力層の溝の側壁は約50度に傾斜した。次に,図4(f)のように,加速電圧200VでArイオンを照射し,溝部の高出力層132と熱安定層131を除去した。このとき,図4(e)の加工時よりもイオンビームの直進性が増している。本工程では,A−B断面の狭い溝もB−C断面の広い溝にも同様にイオンビームが入り両方の溝がエッチングされ本工程で形成された溝部の側壁は約75度の傾斜を示した。また,上記2つのイオンビームエッチングを行っている間にハードマスクもエッチングされて,第一ハードマスク141の一部のみ高出力層132の上に残った。このとき,A−B断面の狭い溝に隣接し,第一ハードマスク141の下に位置するイオン注入領域は除去されずに残留して,反転制御領域となる。
【0047】
次に,図4(g)のように埋戻し充填層161としてカーボンを表面に形成し,凹凸を平坦にした後にドライエッチングにより高出力層表面が露出するまで埋戻し充填層161を除去し,保護層162としてカーボンを形成し,潤滑層163をディップ処理により形成した。こうして作製された垂直磁気記録媒体をサンプル1とする。
【0048】
出来上がった記録ビットの大きさは,図1及び図2に示した記録ビットの幅W1:12nm,隣接トラックのビットが被らないクロストラック方向の幅W2:14nm,トラック方向の近接する最隣接ビット間距離W3:13mm,ダウントラック方向に近接する最隣接ビット間距離W4:14nm,隣接トラックの再生領域の隣接側端間距離W5:21nmとなった。
【0049】
次に,サンプル1と同様の製造方法で,イオン注入までを行った後,500Vの加速電圧でのイオンビームエッチングを行わず,200Vの加速電圧のみでイオンビームエッチングを行った。その他の製造工程はサンプル1と同様に行い,クロストラック側の反転制御領域23も残して同心円状に,中心部から再生領域21,反転制御領域23,熱安定領域22が形成された垂直磁気記録媒体を作製した。これをサンプル2とする。サンプル2の記録ビットの模式図を図6(a)に示す。
【0050】
次に,サンプル1と同様の製造方法で,イオン注入までを行った後,イオンビームを基板表面に対して傾斜してエッチングを行い,反転制御領域23をダウントラック方向の磁気ヘッド流出側のみに残したサンプル3を作製した。サンプル3の記録ビットの模式図を図6(b)に示す。
【0051】
次に,サンプル1と同様の製造方法で,イオン注入を行わず反転制御領域23の存在しない垂直磁気記録媒体を作製した。これをサンプル4とする。サンプル4の記録ビットの模式図を図6(c)に示す。
【0052】
次に,サンプル1と同様の製造方法で,イオン注入を行わず,且つ溝部のエッチングを加速電圧150VのArイオン照射で行うことにより溝部の高出力層と熱安定層の側壁を垂直にした垂直磁気記録媒体を作製した。これをサンプル5とする。サンプル5の記録ビットの模式図を図6(d)に示す。サンプル5の記録ビットは全てが再生領域21でできており,熱安定領域22及び反転制御領域23がない。
【0053】
次に,サンプル1と同様の製造方法で,イオン注入を行った後,溝部のエッチングを加速電圧150VのArイオン照射で行うことにより,高出力層と熱安定層の側壁を垂直にした垂直磁気記録媒体を作製した。これをサンプル6とする。サンプル6の記録ビットは,ビットの最外周部に反転制御領域23が形成されており,中心部が再生領域21となっていて熱安定のための熱安定領域22を持っていない。サンプル6の記録ビットの模式図を図6(e)に示す。
【0054】
次に,サンプル1と同様の方法で,熱安定層131には膜厚5nmのCoCr18Pt10合金を用い,高出力層132には膜厚3nmのCoCr15Pt15合金を用いて,上側の高出力層132の方が熱安定層131よりKuが大きくMsが小さい記録層の構成としたパターン媒体を作製した。これをサンプル7とする。
【0055】
次に,サンプル1と同様の製造方法で,熱安定層131にCo(膜厚0.3nm)とPd(膜厚0.7nm)を交互に積層し総膜厚5nmとしたものを用い,高出力層には,Co(膜厚0.4nm)Pd(膜厚0.6nm)を交互に積層し総膜厚3nmとしたものを用いてパターン媒体を作製した。これをサンプル8とする。
【0056】
次に,サンプル1と同様の方法で,熱安定層131に5nmのCo70Pt30合金を用い,高出力層に3nmのCo80Pt20合金を用いてパターン媒体を作製した。これをサンプル9とする。
【0057】
次に,サンプル1と同様の製造方法で,熱安定層131に膜厚5nmのFe50Pt50合金を成膜し,摂氏500度でアニールを行った後,高出力層として膜厚3nmのCo80Pt20合金を形成したパターン媒体を作製した。これをサンプル10とする。
【0058】
上記サンプル1〜10の磁気特性を調べるため,試料振動型磁力計を用いて基板に垂直方向の磁化測定を行った。反転開始磁界Hn,保磁力Hc,飽和磁場Hsを表1に示す。温度の記載のないものは,室温で測定した。
【0059】
【表1】

【0060】
サンプル1の媒体は,サンプル4の媒体と比較して,保磁力と飽和磁場が低く,記録ヘッドの磁界が小さくても記録できることがわかる。また,サンプル5,6の媒体の保磁力は小さいが飽和磁場が大きく記録が安定してできないことを示している。一方,反転開始磁界は,サンプル1〜4の媒体はマイナスになっておりビットを安定に保つことができることを示しているが,サンプル5,6の媒体は印加磁場をゼロに戻すと反転してしまうビットがあることを示している。サンプル7は,サンプル1と形状が同じであるが熱安定層が十分に機能しないため,特に反転開始磁界が小さく記録ビットの安定性が低いことがわかる。サンプル8,9,10は室温での飽和磁束密度は10kOeを大きく超えている。しかし,150度〜200度に温度を上げると,表に示すように保磁力:約5kOe,飽和磁束密度:約8kOeで反転開始磁界−2kOe以下となっており,サンプル1と同様の磁気特性を示した。
【0061】
各サンプルの媒体の実際の記録特性を調べるため,記録素子を用いて記録ビットの周期に合わせて交流記録(0101・・・)と直流記録(111111・・・)を行った。評価に用いたヘッドは,シールドギャップ長20nm,トラック幅7〜22nmの巨大磁気抵抗効果を利用した再生素子(再生ヘッド)と,トラック幅7〜22nmの書き込み素子(単磁極記録ヘッド)を有する複合磁気ヘッドである。周速10m/s,スキュー角0度,磁気スペーシング約1nmの条件で,記録素子の印加電流を変えて記録を行い,再生素子で信号を読み取りエラー率を計算した。エラー率が10-4以下となった時を,正常に記録できたものとして,正常に記録できる記録素子に印加する最低電流を調べた。結果を表2に示す。尚,サンプル8,9,10の媒体は室温での保磁力が大きくヘッドからの磁界で記録ができないため,サンプルを摂氏150度〜200度に加熱して記録を行った。
【0062】
【表2】

【0063】
サンプル1〜3の媒体が約20mAの電流で交流記録も直流記録もできたのに対して,サンプル4,5の媒体は約50mAの電流を印加しないと交流記録できなかった。また,サンプル4の媒体は,55mAの電流を印加すると直流記録できたが,サンプル5,6,7は直流磁場では記録電流の大きさ,即ち印加磁場に依らず記録できなかった。サンプル8,9,10は記録温度での保磁力,飽和磁束密度がサンプル1より大きいため,若干大きな記録磁界を必要としたが,交流磁界,直流磁界とも安定して記録することができた。
【0064】
以上の結果より,ビットの中心部に再生領域21,外周部に熱安定領域22,これらの間に反転制御領域23があると低い電流で直流記録,交流記録共に正しく行えることがわかる。サンプル4,5が交流記録で高い電流を必要としたことは,記録電流を下げるのに反転制御領域23が効果的であることを示している。一方,サンプル5,6が直流記録できなかったことは,最外周部に熱安定領域22の形成することが同じ方向にビットを並べるのに有効であることを示している。また,サンプル6の結果は,反転制御領域23を外周部に形成することが良くないことも示している。サンプル7の結果は,熱安定領域22の効果には,熱安定層の垂直磁気異方性が高出力層の異方性より大きく,熱安定層の飽和磁束密度を高出力層の飽和磁束密度より小さくすることが重要であることを示している。サンプル8,9,10は加熱して記録を行う(熱アシスト記録)ことを想定した高い異方性を示す材料のサンプルでも,熱安定領域22と反転制御領域23を形成することで安定した記録ができることを示している。
【0065】
次に,記録素子と再生素子のクロストラック方向の幅を変えて複数トラックにわたって交流記録を行い再生信号のエラー率を調べた。結果を図8に示す。サンプル1〜3は,15nm程度の幅の記録再生素子を用いてもほとんど誤りなく記録再生できる。特にトラック方向にのみ反転制御領域23を作製したサンプル1とサンプル3では,17nmの幅の素子を用いても誤りなく記録再生できた。一方,記録ビットの外周部に反転制御領域23があるサンプル6では,幅が広い記録素子では隣接トラックのビットまで反転してしまってエラー率が高く,幅の広い素子が使えないことを示している。また,サンプル8〜10についてもサンプル1と同様の結果が得られた。サンプル4,5については幅の狭いヘッドでは記録磁場が不足することによってエラーレートが急激に低下し評価できなかった。またサンプル7はサンプル6と同様,隣接トラックへの記録に影響されエラー率が低下した。
【0066】
本結果は,サンプル1,8,9,10及びサンプル3の構造,つまり反転制御領域23がクロストラック方向になく,ダウントラック方向のみにあると,隣接トラックの記録によるビットが反転してしまう影響を小さくすることができ,より大きな幅の記録素子を用いることができることを示している。
【0067】
次に,記録素子と再生素子の幅が25nmの磁気ヘッドを用いて,図9に示すように,クロストラック方向の2つのビット列を1つのトラックとして記録再生を試みた。サンプル8,9,10については前記記録再生実験と同様に温度を上げて行った。2つのビット列の中心をトラック中心として,磁気ヘッドをそのトラック中心に位置制御する。このトラッキング制御は,既存の技術を用いて実現することが可能である。記録時には,記録素子の磁界を図9に示すように,磁気ヘッドが流出側の反転制御領域23に来た時に記録用の磁界が印加されるように上列用と下列用ビットを交互に記録するように記録信号を発生させた。再生時には,図9に示すように合計の再生信号が検出されるが,上列及び下列の記録ビットの中心に再生素子が来たときに信号が交互に再生素子に入力されることから,それぞれの列のビットからの再生信号は図中のように分離される。実際に記録再生を行う上では,ビットがどちらの列であるかを考慮する必要はなく,2列のビットを1つのトラックとして考えて記録再生を行うことができる。そこで,2列のビットが1つのトラックとして正しく記録できるかを検証するために,交流記録を行い,エラー誤り率を計算した。その結果を表3に示す。
【0068】
【表3】

【0069】
サンプル1及び3では,反転制御領域23の位置と記録素子からの磁場が良く同期しているので適切な記録電流で記録再生を行うとほとんどエラーが発生しない。一方,サンプル2は反転制御領域23が再生領域21の周囲全体にあるため,隣の列を記録するために印加した磁場によっても磁化反転が起こりうる。このため,わずかにヘッドが位置ずれしただけで記録エラーが発生するためエラー率が増加したと考えられる。同様に,サンプル1,2,3いずれも記録電流を60mAに上げて再生領域21への磁界印加で磁化反転するようになると,わずかに記録ヘッドが位置ずれしただけで記録エラーが発生するためエラー率が大きくなった。また,サンプル4,5,7は反転制御領域23がなく,サンプル6は適切な外周部全体に反転制御領域23があるため,記録できる位置を適切に制御できず2列を同時に記録再生することは困難であった。サンプル1,3のように反転制御領域をクロストラック方向に設けず,ダウントラック方向の再生領域と熱安定領域の間に設けることにより1つ1つのビットの記録できる位置を小さくすることができる。これにより記録ヘッドの位置制御のマージンを増やすことができるため,2列のビットを交互に記録再生が可能であることが示された。サンプル8,9,10は記録電流が30mAでは反転制御領域23を反転できないため,表に記載の電流に上げて測定したところ,サンプル1と同様のエラー率が得られた。一方,記録電流60mAでも再生領域が反転しにくいため,サンプル1に比較してエラー率が小さかった。本方法が,熱アシスト記録方式にも有効であることを示している。以上の検討の結果,サンプル1,8,9,10あるいはサンプル3に示したビット構造の媒体は,クロストラック方向の2つのビット列を1つのトラックとして記録再生に適することが分かった。
【符号の説明】
【0070】
10 非磁性基板
11 軟磁性下地層
12 中間層
13 記録層
131 熱安定層
132 高出力層
133 イオン注入部
14 ハードマスク層
141 第一ハードマスク層
142 第二ハードマスク層
15 インプリントレジスト
161 埋戻し充填層
162 保護層
163 潤滑層
21 再生領域
22 熱安定領域
23 反転制御領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平坦な非磁性基板上に垂直磁気記録層が形成されている磁気記録媒体において,
前記垂直磁気記録層は記録ビット単位に分離され,前記記録ビットの列が隣の列とは1/2ビット分の間隔だけずらして同心円状に配列されており,
前記記録ビットは,第1の磁性層の上に第2の磁性層が積層された積層構造を有し,底面の面積より上面の面積が小さい先細り形状を有し,前記記録ビットの最外周部は前記第1の磁性層からなり,中心部は前記第1の磁性層と前記第2の磁性層を有し,前記最外周部と前記中心部の間に反転制御領域が設けられ,
前記第2の磁性層の飽和磁束密度をMsa,垂直磁気異方性をKuaとし,前記第1の磁性層の飽和磁束密度をMsb,垂直磁気異方性をKubとし,前記反転制御領域の飽和磁束密度をMsc,垂直磁気異方性をKucとするとき,次の関係を満たすことを特徴とする垂直磁気記録媒体。
Msa>Msb,Kua<Kub,Msc<Msa,Kuc<Kua
【請求項2】
請求項1記載の垂直磁気記録媒体において,前記反転制御領域が磁気ヘッドの流入側と流出側の2か所にあることを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項3】
請求項1記載の垂直磁気記録媒体において,前記反転制御領域が磁気ヘッドの流出側の1か所にあることを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載の垂直磁気記録媒体において,前記第2の磁性層は前記第1の磁性層よりCoとFeの合計の組成比が大きいことを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項記載の垂直磁気記録媒体において,前記第2の磁性層中の前記反転制御領域は前記第2の磁性層の中心部よりCoとFeの合計の組成比が少ないことを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項6】
記録ビット単位に分離された磁気記録層を有し,前記記録ビットの列が隣の列とは1/2ビット分の間隔だけずらして同心円状に配列されている垂直磁気記録媒体の製造方法において,
平坦な非磁性基板上に第1の飽和磁束密度及び第1の垂直磁気異方性を有する第1の磁性層を形成する工程と,
前記第1の磁性層の上に前記第1の飽和磁束密度より大きな第2の飽和磁束密度及び前記第1の垂直磁気異方性より小さな第2の垂直磁気異方性を有する第2の磁性層を形成する工程と,
前記第2の磁性層の上に,トラック方向のビット間の溝幅を他の部分の溝幅より狭くしたビットパターンマスクを形成する工程と,
前記マスクを用いて前記第2の磁性層にイオン注入し,前記マスクの下方に一部入り込んだイオン注入部を形成する工程と,
サイドエッチング効果の大きいエッチングにより前記第2の磁性層をエッチングし,前記トラック方向のビット間以外の部分に形成されたイオン注入部を除去する工程と,
直進性のよいエッチングにより,前記トラック方向のビット間に形成されたイオン注入部のうち前記マスクの下方に位置する部分を残留させて前記第2の磁性層をエッチングする工程と
を有することを特徴とする垂直磁気記録媒体の製造方法。
【請求項7】
記録ビット単位に分離された磁気記録層を有し,前記記録ビットの列が隣の列とは1/2ビット分の間隔だけずらして同心円状に配列されている垂直磁気記録媒体に磁気ヘッドで記録する磁気記録方法において,
前記記録ビットは,第1の磁性層の上に第2の磁性層が積層された積層構造を有し,底面の面積より上面の面積が小さい先細り形状を有し,前記記録ビットの最外周部は前記第1の磁性層からなり,中心部は前記第1の磁性層と前記第2の磁性層を有し,前記最外周部と前記中心部の間に反転制御領域が磁気ヘッドの流入側と流出側の2か所あるいは磁気ヘッドの流出側の1か所に設けられ,前記第2の磁性層の飽和磁束密度をMsa,垂直磁気異方性をKuaとし,前記第1の磁性層の飽和磁束密度をMsb,垂直磁気異方性をKubとし,前記反転制御領域の飽和磁束密度をMsc,垂直磁気異方性をKucとするとき,次の関係
Msa>Msb,Kua<Kub,Msc<Msa,Kuc<Kua
を満たし,
前記同心円状に配列された2列の記録ビット列を跨ぐ素子幅を有する磁気ヘッドを前記2列の記録ビット列の中心に位置制御する工程と,
前記磁気ヘッドが前記記録ビットの前記流出側の反転制御領域を通過するときに当該記録ビットに記録する工程とを有し,
前記2列の記録ビット列に対して交互に記録することを特徴とする磁気記録方法。
【請求項8】
記録ビット単位に分離された磁気記録層を有し,前記記録ビットの列が隣の列とは1/2ビット分の間隔だけずらして同心円状に配列されている垂直磁気記録媒体に記録されている情報を磁気ヘッドによって再生する磁気再生方法において,
前記記録ビットは,第1の磁性層の上に第2の磁性層が積層された積層構造を有し,底面の面積より上面の面積が小さい先細り形状を有し,前記記録ビットの最外周部は前記第1の磁性層からなり,中心部は前記第1の磁性層と前記第2の磁性層を有し,前記最外周部と前記中心部の間に反転制御領域が磁気ヘッドの流入側と流出側の2か所あるいは磁気ヘッドの流出側の1か所に設けられ,前記第2の磁性層の飽和磁束密度をMsa,垂直磁気異方性をKuaとし,前記第1の磁性層の飽和磁束密度をMsb,垂直磁気異方性をKubとし,前記反転制御領域の飽和磁束密度をMsc,垂直磁気異方性をKucとするとき,次の関係
Msa>Msb,Kua<Kub,Msc<Msa,Kuc<Kua
を満たし,
前記同心円状に配列された2列の記録ビット列を跨ぐ素子幅を有する磁気ヘッドを前記2列の記録ビット列の中心に位置制御する工程と,
前記磁気ヘッドが前記記録ビットの前記中心部を通過するときに当該記録ビットの情報を読み取る工程とを有し,
前記2列の記録ビット列に対して交互に読み取りを行うことを特徴とする磁気再生方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−146362(P2012−146362A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−3974(P2011−3974)
【出願日】平成23年1月12日(2011.1.12)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成20年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「超高密度ナノビット磁気記録技術の開発(グリーンITプロジェクト)」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】