説明

培地および培養方法

【課題】硫酸化ヒアルロン酸を用いて細胞を活性化させ、神経細胞への分化・成熟を促進することができる培地および培養方法を提供すること。
【解決手段】細胞を培養して神経分化を誘導するための培地であって、硫酸化ヒアルロン酸を含有する培地を提供する。また、細胞を播種する播種工程S1と、前記細胞を培養して神経分化を誘導する分化誘導工程S2とを有する培養方法であって、前記播種工程S1または前記分化誘導工程S2において、細胞培養液に硫酸化ヒアルロン酸を添加する培養方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培地および培養方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
神経損傷箇所を修復するための神経組織再生は長年の研究課題とされており、神経再生のための神経細胞への分化誘導培養、および神経細胞への分化誘導を促す物質について様々な研究が行われている。
【0003】
最近の研究により、神経系を構成するアストロサイト(星状膠細胞)等のグリア細胞(神経膠細胞)は、神経回路を物理的に維持するだけでなく、神経栄養因子の供給および神経伝達にも寄与する等、神経保護および神経形成に重要な役割を果たしていることが分かってきている(非特許文献1参照。)。
【0004】
ヒアルロン酸は、細胞外マトリクス(ECM)の安定性および弾性に寄与し、脳の細胞外マトリクスの形成にも重要な役割を果たしてしていることが知られている。
また、硫酸化の程度を変化させて合成されたヒアルロン酸が、ラットの骨芽細胞において、細胞の増殖および分化に影響することが報告されている(非特許文献2参照。)。
【非特許文献1】Ishibashi T et al, "Astrocytes promote myelination in response to electrical impulses", Neuron, vol.49, 2006 p. 823–832
【非特許文献2】Misao Nagahata et al, "A novel function of N-cadherin and Connexin43:marked enhancement of alkaline phosphatase activity in rat calvarial osteoblastexposed to sulfated hyaluronan", Biochemical and Biophysical Research Communications,vol. 315, No. 3, March 12, 2004, p. 603-611
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、硫酸化されたヒアルロン酸が、ラットの骨芽細胞以外の細胞について、増殖・分化にどのような影響があるかについては報告されていない。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、硫酸化ヒアルロン酸を用いて細胞を活性化させ、神経細胞への分化・成熟を促進することができる培地および培養方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は、以下の手段を提供する。
本発明は、細胞を培養して神経分化を誘導するための培地であって、硫酸化ヒアルロン酸を含有する培地を提供する。
【0008】
アストロサイトは、活性化されると脱分化して神経前駆細胞となり、オリゴデンドロサイトやアストロサイトのようなグリア細胞および神経細胞(ニューロン)へと再び分化するといわれている。
発明者らは、硫酸化ヒアルロン酸を用いた細胞培養を行うことにより、アストロサイト等のグリア細胞および神経前駆細胞を含む未分化な細胞を活性化させ、神経細胞の増殖・分化を促進できることを見出した。
【0009】
硫酸化ヒアルロン酸は、その硫酸基の部分が細胞間の相互作用に影響を及ぼして神経栄養因子等の活性化因子の産生・伝達を促進し、そのヒアルロン酸の部分が神経栄養因子等の神経組織の成熟に関わる因子を高濃度に吸着することから、硫酸化ヒアルロン酸を用いることにより、栄養価が非常に高い環境で細胞を培養することができる。
よって、本発明によれば、神経細胞への分化・成熟を著しく促進できるという効果を奏する。また、硫酸化ヒアルロン酸は室温で保存が可能な安定した物質であるため、品質管理が容易であるという利点がある。
【0010】
上記発明においては、前記硫酸化ヒアルロン酸の分子量が20万以上であるであることとしてもよい。
発明者らは、分子量が数万程度の硫酸化ヒアルロン酸と比較して、分子量が10万を超える硫酸化ヒアルロン酸は、神経栄養因子等の活性化因子の産生・伝達を促進して細胞間の相互作用に及ぼす影響がより大きいことを見出した。
よって、本発明によれば、硫酸化ヒアルロン酸を一定量以上の分子量で合成することにより、小さな分子量の硫酸化ヒアルロン酸と比較して、より大きな効果を得ることができる。
【0011】
上記発明においては、前記硫酸化ヒアルロン酸の硫酸化度が0.4以上であることとしてもよい。好ましくは、前記硫酸化ヒアルロン酸の硫酸化度が1.0以上であることとする。
このようにすることで、より培養細胞の細胞活性を高めることができ、成熟した神経細胞を培養することができる。
また、上記発明においては、前記硫酸化ヒアルロン酸の濃度が10μg/mL以上であることとしてもよい。
【0012】
上記発明においては、前記培地がFGF−2(塩基性線維芽細胞増殖因子)をさらに含むこととしてもよい。
発明者らは、上記硫酸化ヒアルロン酸を用いた細胞培養において、さらにFGF−2を加えることにより、アストロサイト等のグリア細胞および神経前駆細胞を含む未分化な細胞をさらに活性化させ、神経細胞への増殖・分化を促進し、より成熟させることが可能なことを見出した。
【0013】
一般的に、細胞が分化する際には、細胞の増殖が停止するとされている。しかし、上記硫酸化ヒアルロン酸およびFGF−2を用いて培養すれば、細胞を分化誘導して神経細胞へと成熟させながら、同時に増殖させることも可能であるという大きな効果を奏する。
本発明によれば、より成熟した神経細胞を大量に増殖させて移植に用いることができ、より高い治療効果を得ることができる。
好ましくは、前記FGF−2の濃度が10ng/mL以上であることとする。
【0014】
上記発明においては、前記細胞が未分化の細胞を含むこととしてもよい。
このようにすることで、例えば、完全に神経細胞へと分化する前に移植する等、未分化の細胞が有する再生能力を用いて治療効果を高めることができる。
【0015】
また、上記発明においては、前記細胞が外胚葉由来の細胞であってもよい。
このようにすることで、外胚葉由来の細胞に含まれる未分化な細胞および前駆細胞等を神経細胞へと分化誘導することができる。
【0016】
また、上記発明においては、前記細胞が神経組織由来の細胞であってもよい。
このようにすることで、神経組織中の神経前駆細胞および脱分化したアストロサイトを神経細胞へと分化誘導することができる。
【0017】
また、本発明は、細胞を播種する播種工程と、前記細胞を培養して神経分化を誘導する分化誘導工程とを有する培養方法であって、前記播種工程または前記分化誘導工程において、細胞培養液に硫酸化ヒアルロン酸を添加する培養方法を提供する。
本発明によれば、播種時または培養工程の途中のいずれかから神経細胞への分化誘導を開始することができる。よって、細胞を活性化させ、神経細胞へと分化させる時期を選択することができる。
【0018】
上記発明においては、前記分化誘導工程の後に、細胞間の結合を測定することにより神経分化を評価する評価工程を有することとしてもよい。
細胞間の結合であるギャップ結合は、隣り合う上皮細胞をつないで小さいイオンや分子を通過させる。並んだ2つの細胞の細胞膜にはコネクソンと呼ばれるタンパク複合体が複数並んでおり、橋渡し構造をなしている。このコネクソンがチャネルとなって、無機イオンや分子量1000程度の小さい分子が隣接細胞の細胞質間を移動できる。
【0019】
発明者らは、このようなコネクソンを介してなる細胞間のギャップ結合を評価することにより、神経細胞への分化を評価することが可能であることを見出した。
上記ギャップ結合により、神経組織の成熟を促す神経栄養因子を細胞間で伝達することができる。よって、ギャップ機能の活性化の程度と上記神経栄養因子の伝達による神経細胞の成熟の程度との相互関係により、神経細胞への分化の程度を評価することができる。
本発明によれば、少量のサンプルで簡易に神経細胞への分化を評価でき、移植に適した神経分化の状態であるかについて確認してから移植を行うことができる。
【0020】
上記発明においては、前記硫酸化ヒアルロン酸の分子量が20万以上であることとしてもよい。
硫酸化ヒアルロン酸を一定量以上の分子量となるように合成することにより、小さな分子量の硫酸化ヒアルロン酸と比較して、より大きな効果を得ることができる。
【0021】
上記発明においては、前記硫酸化ヒアルロン酸の硫酸化度が0.4以上であることとしてもよい。好ましくは、前記硫酸化ヒアルロン酸の硫酸化度が1.0以上であることとする。
また、上記発明においては、前記硫酸化ヒアルロン酸濃度が10μg/mL以上となるように添加されることとしてもよい。
【0022】
上記発明においては、前記播種工程または前記分化誘導工程のいずれかにおいて、細胞培養液にFGF−2がさらに添加されることとしてもよい。
このようにすることで、神経細胞に分化させながらさらに増殖を促進することができ、より成熟した治療効果の高い細胞を多く得ることができる。
好ましくは、前記FGF−2濃度が10ng/mL以上となるように添加されることとする。
【0023】
上記発明においては、前記細胞が未分化の細胞を含むこととしてもよい。
このようにすることで、例えば、完全に神経細胞へと分化する前に移植する等、未分化の細胞が有する再生能力を用いて治療効果を高めることができる。
また、上記発明においては、前記細胞が外胚葉由来の細胞であってもよく、神経組織由来の細胞であってもよい。
このようにすることで、完全に未分化な細胞から分化誘導培養を開始することと比較して、神経細胞への成熟が早期に行われ、より早く移植に用いることができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、硫酸化ヒアルロン酸を用いて細胞を活性化させ、神経細胞への分化・成熟を促進することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下に、本発明の実施形態に係る培地および培養方法について説明する。
本発明の第1の実施形態に係る培地は、例えば、組織から単離された神経前駆細胞およびアストロサイトを活性化し神経細胞へと分化誘導するための培地である。
つまり、神経細胞用培地に硫酸化ヒアルロン酸を加えた培地を用いた培養により、神経細胞への分化誘導が行われる。
【0026】
上記培地を用いることにより、上記神経前駆細胞およびアストロサイト含むグリア細胞が活性化されて、神経栄養因子の産生や細胞間結合が促進され、神経栄養因子の伝達が増大することにより、神経前駆細胞および脱分化したアストロサイトを成熟したグリア細胞および神経細胞等に分化誘導することができる。
【0027】
本発明の第2の実施形態に係る培地は、例えば、組織から単離された神経前駆細胞や神経幹細胞等の未分化な細胞を含む細胞群を活性化させて神経細胞へと分化誘導しながら増殖させるための培地である。
つまり、神経細胞用培地に硫酸化ヒアルロン酸およびFGF−2を加えた培地を用いた培養により、細胞の増殖および神経細胞への分化誘導が行われる。
【0028】
上記培地を用いることにより、上記神経前駆細胞や神経幹細胞等の未分化な細胞が活性化されて神経系細胞に分化誘導され、成熟したグリア細胞および神経細胞等を得ることができるだけでなく、同時にこれらの細胞を増殖させることができる。
【0029】
本発明の第3の実施形態に係る培養方法は、例えば、組織から単離された神経前駆細胞や神経幹細胞等の未分化な細胞を含む細胞群について、FGF−2を添加した神経細胞用培地に播種して培養を開始する播種工程S1と、硫酸化ヒアルロン酸を添加する分化誘導工程S2を備える培養方法である。
つまり、硫酸化ヒアルロン酸およびFGF−2を加えた培地を用いた培養方法により、細胞の増殖および神経細胞への分化誘導が行われる。
【0030】
上記培養方法により、FGF−2を添加して培養する播種工程で細胞を増殖させ、硫酸化ヒアルロン酸を添加して培養する分化誘導工程S2で上記細胞群を活性化させて神経細胞へ分化させることができ、分化した神経細胞を大量に得ることができる。
また、前記硫酸化ヒアルロン酸およびFGF−2の添加時期は上記実施形態に限定されるものではなく、前記播種工程S1において、前記硫酸化ヒアルロン酸およびFGF−2を両方加えた培地に細胞を播種して培養を開始してもよく、前記分化誘導工程S2において前記硫酸化ヒアルロン酸とFGF−2とを両方添加して培養することとしてもよい。
【0031】
本発明の第4の実施形態に係る培養方法は、例えば、組織から単離された神経前駆細胞およびアストロサイトを含む細胞群を播種する播種工程S1と、硫酸化ヒアルロン酸およびFGF−2を添加して培養する分化誘導工程S2と、アストロサイトを含むグリア細胞を活性化および神経細胞への分化を評価するために細胞間の連結を形成するギャップ結合を測定する、SLDT(Scrape-loading and dye transfer:色素移行)法による評価を行う評価工程S3とを有する培養方法である。
【0032】
上記培地および上記培養方法により活性化されたグリア細胞および神経分化誘導された細胞について、細胞間の連結を測定することにより、神経細胞への分化の程度を評価することができ、治療の目的に合わせて適切な程度に分化培養された神経細胞を移植に用いることができる。
【0033】
なお、培養に用いた細胞は上記実施形態のものに限定されるものではなく、神経系の細胞へと分化し得る、いかなる未分化な細胞であってもよく、神経系の前駆細胞であってもよい。
【0034】
次に、硫酸化ヒアルロン酸の合成方法の一実施例について以下に述べる。
図1は、ヒアルロン酸(Hya)および硫酸化ヒアルロン酸(SHya)について、二糖の繰り返し単位の構造を示している。
合成された硫酸化ヒアルロン酸において、繰り返し単位あたりの導入された硫酸基の数は特に限定されるものではなく、2糖残基あたり1〜4個の硫酸基を含むことができる。
【0035】
硫酸化ヒアルロン酸の合成は、分子量1.5×10のヒアルロン酸溶液、DMF(ジメチルホルムアミド)−SO複合体およびTMA(トリメチルアミン)−SO複合体を用いて化学的に硫酸基をヒアルロン酸に導入し、DMF−SO複合体およびTMA−SO複合体の配合を変化させることにより硫酸化度の異なる硫酸化ヒアルロン酸を作成した。
【0036】
具体的には、DMF(和光純薬工業株式会社製)の10%ヒアルロン酸溶液にDMF−SO複合体を加えて混合し、0℃で14時間攪拌した。この反応溶液を希釈し、中和し、アセトンにより析出させた。この析出物を蒸留水に再び溶かしたのちに透析することにより硫酸化ヒアルロン酸を得た。
同様に、TMA(Aldrich Chemical 社製)の10%ヒアルロン酸溶液にTMA−SO複合体を加えて混合し、60℃で48時間攪拌した。この析出物から上記と同様の方法により硫酸化ヒアルロン酸を得た。
なお、硫酸化ヒアルロン酸の合成方法は上記実施例に限定されるものではなく、当業者がなしえる公知の合成方法であってもよい。
【0037】
次に、上述のようにして合成された硫酸化ヒアルロン酸の細胞毒性について確認するために、前記硫酸化ヒアルロン酸を用いて培養した細胞の生存率について以下に述べる。
図2は、上述の方法により硫酸化度が0.4または1.0で合成された硫酸化ヒアルロン酸についての細胞毒性試験の評価を示す。0.1,1,10,50,100μg/mLの硫酸化ヒアルロン酸を、1%FBS(Fetal Bovine Serum)入りMEM培地に加えて培地として用い、V79細胞(チャイニーズハムスター由来細胞)を37℃、7日間培養してコロニー形成阻害試験を行った。
図2に示されるグラフについて、横軸は硫酸化ヒアルロン酸の濃度を示しており、縦軸は硫酸化ヒアルロン酸を加えていないコントロールと比較した細胞生存率を示している。
【0038】
硫酸化度が0.4の場合、硫酸化ヒアルロン酸の濃度が100μg/mLであってもコントロールと変わらず細胞生存率(cell viability)が高いことが分かる。また、硫酸化度が1.0の場合、硫酸化ヒアルロン酸の濃度が10μg/mLで培養した場合は、コントロールと変わらず高い細胞生存率を示している。また、硫酸化ヒアルロン酸の濃度が100μg/mLの場合は細胞生存率が少し低下しているが、75%程度の高い細胞生存率を維持している。
このことから、硫酸化ヒアルロン酸は細胞毒性が非常に低い物質であるといえる。よって、硫酸化ヒアルロン酸を加えて培養を行っても、細胞の生存率に影響を与えることなく高い細胞生存率を維持しながら細胞培養が可能であるといえる。
【0039】
次に、本発明に係る培地および培養方法の一実施例について、図3から図11を参照して説明する。
硫酸化ヒアルロン酸およびFGF−2を加えて培養した細胞の増殖能について以下に述べる。
図3は、硫酸化度が0.4または1.0の硫酸化ヒアルロン酸濃度が10μg/mLとなるように、また、FGF−2濃度が10ng/mLとなるように添加した培地用いて培養した正常ヒトアストロサイト(NHA)の増殖についてのグラフを示す。正常ヒトアストロサイトは1%FBS入りアストロサイト基本培地(ABM)を用いて、2日に一度培地交換をしながら37℃で80日間培養した。
【0040】
図3(a)および図3(b)に示されるように、硫酸化度が0.4の硫酸化ヒアルロン酸10μg/mLで培養した細胞は、硫酸化ヒアルロン酸を加えていないコントロール培地を用いて培養した細胞と同様の増殖がみられた。
よって、硫酸化ヒアルロン酸を培養開始時または培養途中で加えても、アストロサイトの増殖能に影響を与えることなく細胞を培養することができるといえる。
硫酸化度が1.0の硫酸化ヒアルロン酸10μg/mLで培養した細胞は、硫酸化ヒアルロン酸を加えていないコントロールと比較して、培養初期は増殖率が少し低下していたが、培養50日目以降にはコントロールと同様の増殖がみられた。
【0041】
また、図3(a)および図3(b)に示されるように、硫酸化ヒアルロン酸に加えてFGF−2を添加して培養すると、コントロールと比較して、培養30日目以降に細胞数が大幅に増加していることが分かる。また図3(c)に示されるように、FGF−2のみを添加して培養した場合も、コントロール培養と比較して、培養30日目以降にかけて細胞が大幅に増殖していることが分かる。
よって、FGF−2を培養開始時または培養途中に加えることにより、アストロサイトの増殖能を高めることができ、硫酸化ヒアルロン酸に加えてFGF−2を添加して培養した場合も、アストロサイト等の神経系細胞の増殖能を高めて培養することができる。
【0042】
次に、硫酸化ヒアルロン酸およびFGF−2を加えた培地による培養方法により、上述のように培養した上記正常ヒトアストロサイトの分化誘導に伴う形態変化について図4から図6を参照して以下に述べる。
培養5日目では、図4に示されるように、硫酸化度が1.0の硫酸化ヒアルロン酸10μg/mLで培養した細胞、および硫酸化度が0.4または1.0の硫酸化ヒアルロン酸10μg/mLに加えてFGF−2を10ng/mLを添加して培養した細胞は形態変化がみられ、細胞に突起状の形態が現れていることがわかる。
【0043】
培養10日目では、図5に示されるように、硫酸化度が0.4または1.0の硫酸化ヒアルロン酸10μg/mLに加えてFGF−2を10ng/mLを添加して培養した細胞において特に大きな形態変化がみられ、細胞の形態が星状化していることがわかる。
一方、FGF−2のみを10ng/mL添加した場合は、硫酸化ヒアルロン酸およびFGF−2を加えないコントロールと比較して形態変化はみられない。また、硫酸化ヒアルロン酸のみを加えて培養した細胞は、コントロールと比較して形態変化が少しずつ現れて始めている状態である。
よって、硫酸化ヒアルロン酸とFGF−2とを組み合わせて添加することにより、細胞を活性化させ、神経細胞への分化・成熟をより促進することができるといえる。
【0044】
培養20日目では、図6に示されるように、培養開始時と比較して細胞体が大きくなり、拡張していることがわかる。
硫酸化度が0.4の硫酸化ヒアルロン酸10μg/mLに加えてFGF−2を10ng/mLを添加して培養した細胞は、薄くなった細胞体が星状に形態変化している。
【0045】
一方、硫酸化度が1.0の硫酸化ヒアルロン酸10μg/mLを添加して培養した細胞は、細胞体が薄く拡張することなく、部分的な星状化もみられる。
また、硫酸化度が1.0の硫酸化ヒアルロン酸10μg/mLに加えてFGF−2を10ng/mLを添加して培養した細胞は、細胞体が薄く拡張することなく、細胞形態の星状化が顕著に現れていることがわかる。
【0046】
次に、硫酸化ヒアルロン酸およびFGF−2を加えた培地による培養方法により、上述のように培養した上記正常ヒトアストロサイトの分化誘導に伴う遺伝子レベルでの発現およびタンパク質レベルでの発現の変化について図7から図11を参照して以下に述べる。
図7は、正常ヒトアストロサイトについて、GFAP(グリア細胞繊維性酸性タンパク質)およびNestin(ネスチン)のmRNAの発現を示すグラフである。GFAPは成熟したアストロサイト等のグリア細胞の指標とされており、Nestinは神経前駆細胞を含む未分化な細胞(幹細胞)の指標とされている。
【0047】
図7に示されるように、硫酸化ヒアルロン酸およびFGF−2を加えないコントロールと比較して、硫酸化度が1.0の硫酸化ヒアルロン酸を10μg/mLおよびFGF−2を10ng/mLとなるように、それぞれについて添加した場合であっても、両方添加した場合であっても、GFAPおよびNestinの両方について、有意にmRNAの発現が増加している。
硫酸化ヒアルロン酸とFGF−2とを両方添加した場合に、GFAPについてもNestinについても、それぞれについて添加した場合と比較して、さらに高く発現していることがわかる。
【0048】
図8は、正常ヒトアストロサイトについての抗体染色を示している。GFAPタンパク質を発現している細胞について細胞質が染色されていることを示している。コントロールの細胞が確認できるように、細胞核はすべての細胞について染色されている。
硫酸化度が1.0の硫酸化ヒアルロン酸を10μg/mLおよびFGF−2を10ng/mLとなるようにそれぞれについて添加した場合、コントロールと比較してGFAPの発現が高くなっていることがわかる。
【0049】
さらに、硫酸化ヒアルロン酸とFGF−2とを両方添加した場合は、それぞれについて添加した場合と比較して、GFAPが最も高く発現していることがわかる。
よって、硫酸化ヒアルロン酸とFGF−2とを組み合わせて添加することにより、細胞を活性化させ、神経細胞への分化・成熟をより促進することができるといえる。
【0050】
次に、正常ヒトアストロサイトについて、SLDT法により、細胞と細胞どの連結、つまりギャップジャンクション依存性細胞間情報伝達(GJIC)の評価を行った。
具体的には、培養したコンフルエント状態の細胞表面にカミソリで直線的に切れ目をつけて、蛍光色素を加えた。次に洗浄を行い、蛍光顕微鏡で観察した。また、蛍光色素が細胞間のギャップ結合により流入した長さをイメージスキャナにより測定した。
【0051】
図9は上記SLDT法による、硫酸化度が1.0の硫酸化ヒアルロン酸1μg/mLまたは10μg/mLを添加して培養した場合のギャップ結合の評価を示している。
図9(a)に示されるように、硫酸化度が1.0の硫酸化ヒアルロン酸10μg/mLを添加して培養した場合には、蛍光色素が細胞に流入した長さが有意に長くなっており、図9(b)に示される蛍光顕微鏡写真からも、コントロールと比較して、細胞間の連結を通じて流入している蛍光色素量が多いことがわかる。
【0052】
よって、硫酸化ヒアルロン酸を加えて培養することにより、ギャップ機能が上昇して細胞間のギャップ結合の形成が促進されて神経栄養因子等が伝達され、アストロサイト等の活性化および神経細胞への分化が促進されていることがわかる。
また、上記細胞について、細胞間の情報伝達を介して細胞間の恒常性維持に働くことが知られているコネキシン(Cx)遺伝子の発現を測定したところ、アストロサイトに特異的に発現するCx26,Cx43およびアストロサイトおよびオリゴデンドロサイトに特異的に発現するCx32の遺伝子発現がみられた(図示せず)。
【0053】
図10および図11は、アストロサイトについて各神経栄養因子のmRNAの発現を示している。
FGF−2のみを10ng/mLで添加して培養した場合は、Midkine(ヘパリン結合性の成長因子)およびNGF(神経成長因子)については、コントロールと比較して、有意なmRNAの発現がみられたが、FGF−2、BDNF(脳由来神経栄養因子)およびIGF-1(インスリン様増殖因子I)については、有意なmRNAの発現はみられなかった。
【0054】
硫酸化度が1.0の硫酸化ヒアルロン酸10μg/mLのみを添加した場合は、FGF−2、Midkine、BDNF、NGFおよびIGF-1の全てについて有意なmRNAの発現がみられた。
【0055】
硫酸化度が1.0の硫酸化ヒアルロン酸10μg/mLに加えてFGF−2を10ng/mLとなるように添加して培養した場合は、コントロールと比較して、BDNFについては有意なmRNAの発現がみられなかったが、NGFおよびIGF-1については有意なmRNAの発現がみられた。FGF−2およびMidkineについては、硫酸化ヒアルロン酸またはFGF−2を単独で添加した場合よりも、コントロールと比較して、さらに有意なmRNAの発現がみられた。
【0056】
このことから、硫酸化ヒアルロン酸とFGF−2とを目的に応じて組み合わせて添加し、細胞培養を行うことにより、神経栄養因子の産生がより活性化され、アストロサイトを含むグリア細胞等の神経系細胞をより活性化することができ、神経細胞への分化・成熟をより促進することができるといえる。
したがって、活性化された増殖能の高い細胞および成熟した細胞を得ることができ、これらの細胞を用いることにより、治療効果の高い神経再生のための移植を行うことができる。
なお、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において適宜変更することができる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】ヒアルロン酸および硫酸化ヒアルロン酸の構造を示す。
【図2】硫酸化ヒアルロン酸についての細胞毒性試験の評価を示すグラフである。
【図3】細胞の増殖を示すグラフである。
【図4】分化誘導に伴う細胞の形態変化を示す顕微鏡写真である。
【図5】分化誘導に伴う細胞の形態変化を示す顕微鏡写真である。
【図6】分化誘導に伴う細胞の形態変化を示す顕微鏡写真である。
【図7】GFAPおよびNestinのmRNAの発現を示すグラフである。
【図8】GFAPについての抗体染色を示す顕微鏡写真である。
【図9】ギャップ結合の評価を示す(a)グラフおよび(b)顕微鏡写真である。
【図10】神経栄養因子のmRNAの発現を示すグラフである。
【図11】神経栄養因子のmRNAの発現を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞を培養して神経分化を誘導するための培地であって、硫酸化ヒアルロン酸を含有する培地。
【請求項2】
前記硫酸化ヒアルロン酸の分子量が20万以上である請求項1に記載の培地。
【請求項3】
前記硫酸化ヒアルロン酸の硫酸化度が0.4以上である請求項1または2に記載の培地。
【請求項4】
前記硫酸化ヒアルロン酸の濃度が10μg/mL以上である請求項1から3のいずれかに記載の培地。
【請求項5】
FGF−2をさらに含む請求項1から4のいずれかに記載の培地。
【請求項6】
前記FGF−2の濃度が10ng/mL以上である請求項5に記載の培地。
【請求項7】
前記細胞が未分化の細胞を含む請求項1から6のいずれかに記載の培地。
【請求項8】
前記細胞が外胚葉由来の細胞である請求項1から6のいずれかに記載の培地。
【請求項9】
前記細胞が神経組織由来の細胞である請求項1から6のいずれかに記載の培地。
【請求項10】
細胞を播種する播種工程と、
前記細胞を培養して神経分化を誘導する分化誘導工程とを有する培養方法であって、
前記播種工程または前記分化誘導工程において、細胞培養液に硫酸化ヒアルロン酸を添加する培養方法。
【請求項11】
前記分化誘導工程の後に、細胞間の結合を測定することにより神経分化を評価する評価工程を有する請求項10に記載の培養方法。
【請求項12】
前記硫酸化ヒアルロン酸の分子量が20万以上である請求項10または11に記載の培養方法。
【請求項13】
前記硫酸化ヒアルロン酸の硫酸化度が0.4以上である請求項10から12のいずれかに記載の培養方法。
【請求項14】
前記硫酸化ヒアルロン酸の濃度が10μg/mL以上となるように添加される請求項10から13のいずれかに記載の培養方法。
【請求項15】
前記播種工程または前記分化誘導工程のいずれかにおいて、細胞培養液にFGF−2がさらに添加される請求項10から14のいずれかに記載の培養方法。
【請求項16】
前記FGF−2の濃度が10ng/mL以上となるように添加される請求項15に記載の培養方法。
【請求項17】
前記細胞が未分化の細胞を含む請求項10から16のいずれかに記載の培養方法。
【請求項18】
前記細胞が外胚葉由来の細胞である請求項10から16のいずれかに記載の培養方法。
【請求項19】
前記細胞が神経組織由来の細胞である請求項10から16のいずれかに記載の培養方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2009−278873(P2009−278873A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−131103(P2008−131103)
【出願日】平成20年5月19日(2008.5.19)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】