説明

培養微生物菌体の集菌方法

【課題】ニトリラーゼ活性を有するグラム陰性菌の培養液から該菌体を集菌するにあたり、該ニトリラーゼ活性を低下させない、該培養微生物菌体の集菌方法を提供する。
【解決手段】ニトリラーゼ活性を有するグラム陰性菌の培養液から該菌体を集菌する方法において、洗浄液或いは懸濁液として使用する無機塩水溶液の濃度を0.03M以下にすること、かつpHを8以上12以下にすることを特徴とする培養微生物菌体の集菌方法。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は培養微生物菌体の集菌方法、より詳しくは、ニトリラーゼ活性を有するグラム陰性菌の培養液から該菌体を集菌する際、該菌体の持つニトリラーゼ活性を低下させることなく、安定的に集菌する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
培養微生物菌体の集菌方法は、従来、一般的に遠心分離器を用いる方法や、UF膜等の分離膜を用いる方法等が知られている。それらの方法で培養液と分離されたペレット状の微生物菌体は、通常バッファー液や蒸留水等での洗浄により、培養液由来の該菌体老廃物等の余分な成分を取り除いた後、該バッファー液や蒸留水等の懸濁液にすることは公知の操作法である。
【0003】
特にニトリラーゼ等の活性を有する微生物菌体に関しては、100mM及至飽和濃度の無機塩類水溶液中で保存する方法が特開平8−112089号(特許文献1)に記載されている。更に無機炭酸塩及び無機重炭酸塩からなる群から選択される少なくとも1つの化合物を加えることを含む無機塩全濃度が100mMから飽和濃度の範囲の水溶液中で保存する方法が特表2003−504049(特許文献2)に記載されているが、高濃度の塩類を用いると高コストとなり、また反応系での使用前に水洗等の煩雑な操作が必要となる、或いは反応系内に不純物として該無機塩類が混入し、その精製のためイオン交換等の精製系への負荷が増える等の欠点を有していた。
また、ニトリラーゼ活性を有する微生物菌体を、ブリックス値で0.3〜3.0%の範囲で選択される濃度の培養液成分を含む水性媒体に懸濁した状態で保存する方法が、特開2001−149065(特許文献3)に記載されている。
【0004】
【特許文献1】
特開平8−112089号公報
【特許文献2】
特表2003−504049
【特許文献3】
特開2001−149065
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、本発明者によるその後の検討において、上記ニトリラーゼ活性は非常に不安定で、長期保存は勿論のこと、集菌直後であっても大きな活性低下が引き起こされることが判明した。このことは従来の知見からは全く予想されないことである。しかも、この現象は一般的な冷蔵操作、或いは前記100mM及至飽和濃度の無機塩類水溶液の使用、或いは無機炭酸塩及び無機重炭酸塩の使用、或いはブリックス値で0.3〜3.0%の範囲で選択される濃度の培養液成分を含む水性媒体の使用でも抑制できないことが明らかとなった。
【0006】
このように、せっかく高活性ニトリラーゼを有する培養微生物菌体を製造できても、該培養微生物菌体を高ニトリラーゼ活性のまま使用することができず、該培養微生物菌体の工業的な利用に障害を生じていた。
【0007】
本発明は、ニトリラーゼ活性を有するグラム陰性菌の培養液から該菌体を集菌するにあたり、該ニトリラーゼ活性を低下させない、該培養微生物菌体の集菌方法を提供することを目的とする。
【0008】
【課題を解決するための手段】
本発明者はこのような工業的な問題を解決するため、高ニトリラーゼ活性を低下させることなく培養微生物菌体を集菌する方法について鋭意検討したところ、驚くべき事に集菌時に洗浄液或いは懸濁液として使用する無機塩水溶液の濃度を0.03M以下にすること、かつpHを8以上12以下にすることによって達成されることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
即ち本発明は、
1)ニトリラーゼ活性を有するグラム陰性菌の培養液から該菌体を集菌する方法において、洗浄液或いは懸濁液として使用する無機塩或いは、また有機酸塩水溶液の濃度を0.03M以下にすること、かつpHを8以上12以下にすることを特徴とする培養微生物菌体の集菌方法、
2)洗浄液或いは懸濁液として使用する無機塩水溶液が、リン酸塩、硼酸塩、硫酸塩、亜硫酸塩及び塩酸塩から選ばれた少なくとも1種の塩の水溶液である前記1)記載の培養微生物菌体の集菌方法、
3)ニトリラーゼ活性を有するグラム陰性菌がアシネトバクター属或いはアルカリゲネス属である前記1)ないし2)記載の培養微生物菌体の集菌方法、
4)ニトリラーゼ活性を有するグラム陰性菌がアシネトバクター属である前記1)ないし3)記載の培養微生物菌体の集菌方法、
5)ニトリラーゼ活性を有するグラム陰性菌がアシネトバクター エスピー AK226(FERM BP−2451)、アシネトバクター エスピー AK227(微工研菌寄8272号)である前記1)ないし4)記載の培養微生物菌体の集菌方法に係わる。
【0010】
【発明の実施の形態】
本発明について、以下具体的に説明する。
本発明でいうニトリラーゼ活性を有するグラム陰性菌は数多くのものが知られているが、代表的な高活性を有するものとして、アシネトバクター属、アルカリゲネス属等が挙げられるが、これらに限定するものではない。
【0011】
具体的には、アシネトバクター エスピー AK226(FERM BP−2451)、アシネトバクター エスピー AK227(微工研菌寄 8272号)である。これらの菌株は、特公昭63−2596に記載されている。また、天然のあるいは人為的に改良したニトリラーゼ遺伝子を遺伝子工学的手法により組み込んだ微生物であっても構わない。
【0012】
本発明でいう培養微生物菌体の集菌方法は、遠心分離器を用いる方法や、UF膜等の分離膜を用いる方法等が挙げられるがこれらに限定されるものではない。それらの方法で培養液と分離されたペレット状の微生物菌体は、通常バッファー液や蒸留水等での洗浄により、培養液由来の該菌体老廃物等の余分な成分を取り除いた後、該バッファー液や蒸留水等の懸濁液にするが、その際、洗浄液或いは懸濁液として無機塩水溶液を使用する。
【0013】
本発明で洗浄液或いは懸濁液として使用する無機塩水溶液としては、リン酸塩、硼酸塩、硫酸塩、亜硫酸塩及び塩酸塩から選ばれた少なくとも1種の塩の水溶液が良く、好ましくはリン酸塩が良い。
本発明で洗浄液或いは懸濁液として使用する無機塩水溶液の濃度は、高濃度では急激なニトリラーゼ活性の低下が発生するので、0.03M以下が良い。
本発明で洗浄液或いは懸濁液として使用する無機塩水溶液pHは中性付近では急激なニトリラーゼ活性の低下が発生するので、8以上12以下が良く、好ましくは9以上10以下が良い。
【0014】
以下、実施例を挙げて本発明を説明する。なお、本発明は、これらの実施例に限定されるものでは無く、その要旨を越えない限り、様々な変更、修飾などが可能である。
【実施例】
微生物菌体液中の乾燥菌体重量の測定法は、以下のごとく実施した。まず、適当な濃度の微生物菌体懸濁液を適量取り、−80℃まで冷却した後、凍結乾燥機を用いて完全に乾燥し、菌体懸濁液濃度を算出した。既知濃度となった菌体懸濁液を適当な複数の濃度に希釈し、濁度計にて濁度を測定し、濁度計の検量線を作成し、ファクターを算出した。該濁度計の濁度指示値から任意の微生物菌体懸濁液の乾燥菌体濃度を算出した。
【0015】
集菌方法は以下のごとく実施した。500ml三角フラスコを用いて、振盪培養器中、30℃で好気的に培養した250ml培養液の内30mlを冷却式高速遠心分離機(5℃、10000rpm×10min)で遠心分離し上澄みを除いた後、所定の洗浄液30mlに懸濁させ遠心分離して上澄みを除く操作を2回行い、続いて所定の懸濁液30mlに懸濁させたものを活性評価サンプルとした。
【0016】
ニトリラーゼ活性評価は以下のごとく実施した。基質としてアクリロニトリルを用い生成物であるアクリル酸アンモニウム量を測定することで活性を評価した。
【0017】
具体的には、上記のごとくニトリラーゼ活性を有するグラム陰性菌を所定の懸濁液に懸濁させたもの30mlを冷却式高速遠心分離機(5℃、10000rpm×10min)で遠心分離し、上澄みを除いた後、30mMのアクリル酸アンモニウム水溶液30ml(pH=7)に懸濁させ、その内の5mLを予め30℃に保持したものに、アクリロニトリル100μLを素早く添加した時点を反応スタートとし、振盪培養器中、30℃で20分間反応させた。反応後の反応液中のアクリル酸アンモニウム濃度は、ホルマリン処理でアンモニウムイオンをヘキサメチレンテトラミンとしてトラップした後、中和滴定にて定量した。この時同時にアクリロニトリルを添加しないサンプルも作成し、前記と同様に処理し、その滴定値をブランク値(反応前のアクリル酸アンモニウム濃度)として、前記滴定値から差し引いた値を生成アクリル酸アンモニウム濃度とした。反応活性は1時間当たり、1g微生物菌体当たりの生成アクリル酸アンモニウム重量で表示した。
【0018】
【実施例1】
微生物培養液の調製
ニトリラーゼ活性を有するAcinetobacter sp. AK226(FERM BP−2451)を、塩化ナトリウム0.1%、リン酸2水素カリウム0.1%、硫酸マグネシウム7水和物0.05%、硫酸鉄7水和物0.005%、硫酸マンガン5水和物0.005%、硫酸アンモニウム0.1%、硝酸カリウム0.1%(いずれも重量%)を含む水溶液をpH=7に調整した培地で、栄養源としてアセトニトリル0.5重量%添加し、30℃で好気的に培養した。
【0019】
【基本例1】
培養後微生物菌体の活性評価
実施例1で調製した微生物菌体液を使用し、また、本発明者による知見から、既にカルボン酸或いはカルボン酸塩の活性保持効果が判明しているので、洗浄液或いは懸濁液として30mMアクリル酸アンモニウムを使用し、集菌操作及び活性評価を前記実施例の方法で行ったところ、活性は89.2[g−アクリル酸アンモニウム/g−乾燥菌体/時間]であった。
【0020】
【実施例2】
活性保持確認実験
洗浄液或いは懸濁液として30mMリン酸カリウムバッファー(pH=9)を使用する以外は基本例1と同様に集菌操作及び活性評価を行ったところ、活性は85.4[g−アクリル酸アンモニウム/g−乾燥菌体/時間]であった。
【0021】
【比較例1】
バッファー濃度の影響
洗浄液或いは懸濁液として50mMリン酸カリウムバッファー(pH=9)を使用する以外は基本例1と同様に集菌操作及び活性評価を行ったところ、活性は69.4[g−アクリル酸アンモニウム/g−乾燥菌体/時間]であった。
【0022】
【比較例2】
バッファーのpHの影響
洗浄液或いは懸濁液として30mMリン酸カリウムバッファー(pH=7)を使用する以外は基本例1と同様に集菌操作及び活性評価を行ったところ、活性は71.2[g−アクリル酸アンモニウム/g−乾燥菌体/時間]であった。
【0023】
【発明の効果】
本発明は、ニトリラーゼ活性を有するグラム陰性菌の培養液から該菌体を集菌するにあたり、該ニトリラーゼ活性を低下させない、該培養微生物菌体の集菌方法を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニトリラーゼ活性を有するグラム陰性菌の培養液から該菌体を集菌する方法において、洗浄液或いは懸濁液として使用する無機塩水溶液の濃度を0.03M以下にすること、かつpHを8以上12以下にすることを特徴とする培養微生物菌体の集菌方法。
【請求項2】
洗浄液或いは懸濁液として使用する無機塩水溶液が、リン酸塩、硼酸塩、硫酸塩、亜硫酸塩及び塩酸塩から選ばれた少なくとも1種の塩の水溶液である請求項1記載の培養微生物菌体の集菌方法。
【請求項3】
ニトリラーゼ活性を有するグラム陰性菌がアシネトバクター属或いはアルカリゲネス属である請求項1〜2記載の培養微生物菌体の集菌方法。
【請求項4】
ニトリラーゼ活性を有するグラム陰性菌がアシネトバクター属である請求項1〜3記載の培養微生物菌体の集菌方法。
【請求項5】
ニトリラーゼ活性を有するグラム陰性菌がアシネトバクターエスピー AK226(FERM BP−2451)、アシネトバクター エスピー AK227(微工研菌寄8272号)である請求項1〜4記載の培養微生物菌体の集菌方法。

【公開番号】特開2004−305058(P2004−305058A)
【公開日】平成16年11月4日(2004.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2003−101080(P2003−101080)
【出願日】平成15年4月4日(2003.4.4)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】